魔石生物 ーMagic Stone Creature-   作:御坂まさき

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もう届かないその背中

 この逃走劇で、早くも力尽きたのは洸だった。

 

 原因は能力の乱発によるガス欠だ。

 

 支配権は俺にある(マインワールド)はエリアのあらゆるものを自分の思う通りの環境に塗り替えるが、範囲はそんなに広く無い。

 

 その範囲を抜けては使用するという乱発により、レオが鎧化状態を保てなくなった。

 

 そして今、レオは魔石に戻り洸は淡墨に担がれエリア外を目指していた。

 

「おいてけ」

 

 生身で絶大な重力をその身で受けながらも、洸は言葉を紡ぐ。

 

「俺1人、どうとでもなる、足手纏いは、先に行け」

「うるさい!静かにしてろ!」

 

 珍しく言葉を荒げる淡墨。

 

 それは余裕の無さを露呈させていた。

 

 さっきよりもまるで倍になったような重力の中、淡墨は必死で走る。そのスピードは走っているとはとえも言い難かったが、本気も本気で走っていた。

 

「あんたを死なせやしない!見捨ててなんか、やらないからな!!」

「かー、ほんと、お前は馬鹿だな」

 

 それ以降、洸は何も言わなかった。

 

 淡墨は走る。

 

 呼吸はぐちゃぐちゃに乱れている。

 

 足も上がらなくなってきた。

 

 しかし淡墨は走る。

 

 この男を絶対に助ける。

 

 それだけを胸に、それだけを糧に、淡墨は走る。

 

 全ての生命が重力に屈した場所で、屈しはしないと抗い続ける。

 

 肉体の活動限界など疾うに超えていた。

 

 そうしてしかし、終わりは来る。

 

 絶望が降り注ぐ。

 

「あ、あぁ」

 

 空を見上げて、淡墨は震えた声をこぼす。

 

 空は黒い靄よりもなおも真っ黒な闇が、コールタールのように粘ついた闇が覆おうとしていた。

 

 通称、“来るもの通さず去るもの逃さず(ボス部屋)

 異空間に閉じ込める、レイドボスが持つ文字通りの必殺技である。

 

 レイドボスを倒すか、もしくは自分が死なない限りそれは解除されない。

 

 助けは絶対に来ない。

 

 レイドボスを見かけたらまず走れと言われる所以の一つ。

 エリア外には来ないため、エリア外まで全力疾走するのが定石であり、それが()()が助かる道だ。

 

 が、今回においてそれは叶わない。

 

 重力エリアがそれを不可能にした。

 

 本来のエリアの重力ならまだしも、それ以上の重力が加わったせいで対応が出来ない。

 

 スピードが出せず間に合わない。

 

 エリア外へはまだ1キロ近くもある。

 

 闇はもう、淡墨達の背中に迫りつつあった。

 

 しかし無駄な足掻きと分かっていても、淡墨は足を止めない。

 

 脳裏に間に合わないと思ってもなお、心肺が、肉体が限界を超えていてもなお、走り続ける。

 

 足を動かし続ける。

 

 敬愛する兄を救わんが為に。

 

「まったくお前はほんと、馬鹿な弟だよ」

 

 背中からそんな声が聞こえ、カッと輝いたかと思うと、背負っていた洸が鎧化した。

 

 そして殴られた。

 

 思わず倒れ込んでしまい、そして洸はさらに地面を殴る。

 

 身体が軽くなったのを淡墨は感じた。

 

 そのまま担がれ

 

「オルァ!!」

 

 掛け声と共に思いっきり投げられた。

 

 いくら洸が鎧化していても、鎧化した淡墨の重量はかなり重い。

 

 支配権は俺にある(マインワールド)を使って重力を軽くしても大した飛距離は出ない。

 

 たかが数メートル程度だ。

 

 しかしそれが明暗を分ける。

 

 その数メートルが2人を永遠に別つ。

 

 投げられながら、身動き出来ない空中で洸からのボイスチャットが届く。

 

「あばよ、恭介」

 

 兜を外したその顔は満足したような笑みだった。

 

「あと頼んだ」

 

 グッと親指を立てて、笑っていた。

 

 そして闇はまるでシャッターが落ちるように、洸だけを飲み込んでピシャリと閉じた。

 

 同時にボイスチャットも閉じて、淡墨も地面に落ちた。

 

「え?」

 

 あまりの唐突なことに淡墨の頭は理解を拒んでいた。

 

 目の前には闇しかなかった。

 

 さっきまで一緒にいた、兄と呼べる男はもうそこにはいなかった。

 

 

 手と手を伸ばし合えば届く距離で、その手が届くことはもう二度とない。

 

 

♦︎♢♦︎♢

 

 

「あぁぁぁあ!!」

 

 叫びながら淡墨は闇を切り裂く。

 

 同時に何度も連絡を試みて、失敗する。

 

 闇を液体化したようなそれは切り付けてもたちまち元通りになる。

 

 体当たりしても、跳ね返される。

 

 何度繰り返しても、繰り返しても。

 

 意味のない行為なんて分かっていても、動かずにはいられなかった。

 

 胸に抱く焦燥感だけが淡墨を突き動かしていた。

 

「くそぉ!!」

 

 苛立ち紛れに声を荒げる。

 

『にゃおう』

 

 そこにシンラが言う。

 

 どこか闇の切れ目でもないか、と。

 

「そうか!そうだな!」

 

 それに頷き、淡墨は走り出した。

 

 何もしないなんて選択肢はなかった。

 

 ただ黙って待っているなんて出来なかった。

 

 例えそれが願望でしかないと薄々分かっていたとしても、諦めることなんか出来るわけがなかった。

 

 淡墨は走る。

 

 重力はさっきよりも軽く、通常の重力通りになり行動速度は上がった。

 

 しかし足の疲労は限界を超えていて何度も転んでしまう。

 

 それでもなお立ち上がり走る。

 

 闇の裂け目があると、そんな奇跡があると、勝手な光明を信じて。

 

 ありもしない願望を抱いて走る。

 

 今、この中で戦っているはずだ。

 

 ならば加勢しなければならない。

 

 絶対にあの男は諦めてなどいないはずだ。

 

 そう信じて、走る。

 

 そんな裂け目などなく、今既に2周目に差し掛かっているなどとも知らずに。

 

 無駄な労力とは、頭では分かっていても。

 

 どれくらい経ったのか、もう息も絶え絶えだったその時、唐突にその闇が空に溶けて消えた。

 

 中の光景が見えるようになった。

 

 酸素欠乏した脳内でもレイドボスがいなくなったのだとわかる。

 

 洸がレイドボスを倒したのか、それとも……。

 

 嫌な考えが脳裏を過ぎる。

 

 さらに活動限界を超えた足は思うように動かず、足取りは重い。

 

 静寂が続き、1分程で視界が黄金色の光に満ちた。あまりの眩しさに淡墨は腕で手を覆ってその光を遮る。

 

 そしてバチバチと雷光が走り、その一閃は黒い靄を切り裂いて地響きのような轟音を辺りに響かせた。

 

 大地が震える程の威力、目を瞑っても眩しいと感じさせる閃光。

 

 雷刃の必殺技、『この雷光は我が名の如く(サウザンドシャイン)』だ。

 

 いつも以上に光り輝いていたのが疑問だが、間違いないだろう。

 

 瞬時に淡墨は悟る。あそこにまだいる、洸は生きている。

 

 そうして光が収まった時、()()が視界に見えた瞬間

 

「ぅおっしゃぁぁあああ!!」

『にゃあ!!』

 

 淡墨とシンラは思わず歓声の雄叫びをあげる。

 

「やってくれた!やりやがった!!」

 

 焦燥と絶望に飲まれていた空っぽの心に、歓喜の雫が満ちる。

 

 思わず涙してしまった。

 

 こんな大偉業、世界でもそういない。先生ですらないかもしれない。

 

 そんなことを考えている間に()()はグングンと背を伸ばし、瞬く間に樹齢が数千年もあるような大樹となった。

 

 それは魔石樹。

 

 エリアキング討伐の戦果。

 

 洸が勝利した証明である。

 

「洸さーん!!」

 

 淡墨は声を張り上げる。

 

 真っ直ぐに魔石樹に向かう。

 

 重力はなくなったが、相変わらず足は重く、ゆっくりだった。

 

 疲れも忘れて笑顔で英雄の名前を呼ぶ。

 

「洸さーん!!」

 

 そうして魔石樹の根元まで近くに来た時に、待望の存在がいた。

 

 威風堂々と、悠然と立っている魔石樹の前にそれはあった。

 

 地面に突き刺ささった人の身の丈程もあるその大剣、洸のパートナーの“雷刃”があり、その柄をギュッと握りしめたその手がそこにはあった。

 

 それを見て

 

「嘘だ」

 

 ぼそりと呟いて淡墨は力無く崩れ落ちた。

 

 ギュッと握りしめた手は、手より()がなかった。

 

 手首までしか残されていなかった。

 

 そしてその手も、まるで淡墨を来るのを待っていたかのようにポトリと地面に落ちた。

 

「あ」

 

 掠れたような声が喉から溢れる。

 

 ついさっきまで、彼はそこにいたはずなのに。

 

 その手以外はもう文字通りこの世にいない。

 

「あ、あ」

 

 引き攣った声が出る。

 

 間に合わなかった。

 

 その言葉が心を占める。

 

 いや、違う。そうじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 あの時冷静に、洸がこの後どういう行動をするか深く考えでいれば()()間に合ったのかもしれない。

 

 静寂の1分。

 

 その60秒があれば間に合ったのではないか?

 

 体力を回復することだけを考え、そして闇が溶けた後に最高速で彼の元へ行けば。

 

 死なせずに、済んだのではないだろうか?

 

 それならば。

 そうなのだとしたら。

 

 洸が死んだのは、自分の

 

「あ…あ」

 

 喉が張り付いて呼吸すらままならない。

 

 冷静さを欠き、ただ己の欲する感情のままに行動を起こしてしまった。

 

 未だ魔石狩りとして未成熟な人間なら仕方のない判断だ。後に多くの人間はそう思ったし、彼をそう言って慰めた。

 

 しかし、当人はそうは思えない。

 

 思えるわけがない。

 

 その思いが、後悔が、淡墨の絶望さらなる漆黒に染めた。

 

 罪悪感の檻に閉じ込められた。

 

――だって、絶対に助けるって約束したんだ。

 

 落ちた手は動くことはなく、その手が握り返してくれることは当然ない。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 淡墨は慟哭する。

 

「ゔあ゙あ゙あ゙ぁぁぁあああ!!!」

 

 喉が擦り切れるくらい。

 

「がぁあ゙ぁぁぁあああ!!!」

 

 抑えられない感情が溢れ出す。

 

「にゃぁぁぁああ!!!」

 

 変身を解いたシンラも、淡墨と同じくらい嘆き叫ぶ。

 

 声が擦り切れて、掠れた声でなお喚く。

 

 救助隊が来るまで2人はただただ、叫び続けた。

 

 

 先に行かれて置いてけぼりになった迷子になった子供のように。

 

 

 そうして千野洸は、待望の子供に会えることもなく逝った。

 

 

 花火のような鮮烈な閃光を残し、彼は25年という瞬きのような短い生涯に幕を下ろした。

 

 

 彼の子供が産まれる53日前の悲劇であり、そして歴史に残る英雄譚。

 

 

 その閃光の残影は、未だ消えることはなく。




奇跡の種


それを埋めるとそこには魔石樹が聳え立つ。
通常の魔石樹よりも一回り大きいそれは、どこにでも植えることができる。
日本にはそれが4本埋められている場所があるが”献花”として植えられているので魔石の回収はできない。
2本はナナシの英雄が植え、1本は千野洸からの遺言で植えられている。
もう1本は未だ誰が植えたのか判明していない。


参考文献
鎮魂の霊廟
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