魔石生物 ーMagic Stone Creature-   作:御坂まさき

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前章の54話帰還にて描写し忘れていた部分がありました。
宜しければお読みください。


エゴ

「はやての主人はここで亡くなった」

 

 陽太はクロとシロ、はやてとたまもが遊んでいるのを見ながら一条に語る。

 

「結構ベテランの方で、『血の十日間』以降魔石狩りとして活躍されていた。その日ここに来たのは()()()()が起きる日だったからだ。意味はわかるね?」

「ここのエリアキングは『魔石生物』というアプリがまだゲームだった頃に実装されていた大型の魔物(イベントボス)。イベントボスの登場により指定されたエリア内の魔物が活性化する――それがイベント」

「新宿はイベントボスがエリアキングになった特殊なエリアだ。特殊とは言ってもありふれてはいる。日本でも数カ所あるし、世界では百ケ所以上も確認されている。イベントも基本的に年に数回程度だ」

「ほとんどのエリアがランクEかDで、攻略難易度は非常に低いのよね」

「集団で挑めばまず勝てる。強さで言えばここよりもランクの低い高尾山の蜘蛛(エリアキング)の方が強い。しかしランクはこちらの方が上だ」

「そのイベントの難易度がこのエリア危険度を上げているということ?」

「俺も去年恭介と一緒に参加したけど、酷いものだったよ。倒しても倒しても魔物が発生(ポップ)するんだ。『血の十日間』の恐ろしさの片鱗を垣間見たよ。()()が世界が恐れていることだ。仮にエリア内から溢れて来たらという恐怖が、魔石狩りという仕事が無くならない本当の理由。テイムを基本としている国ですらイベントの時は狩りを是としている」

「…そのイベントの時にはやての主人は」

「イベント当日、参加していいレベルではない新人が分不相応にも勝手にエリアに侵入して連携をかき乱した。それを立て直したのがはやての主人で、そして新人を庇って致命傷を負った」

「最低のバカが起こした最悪の結末ね」

 

 凍えるような怒りを込めて、一条は吐き捨てるように言う。

 

「結果、当の本人達は心的外傷(トラウマ)を抱え、外に出るのすら怖がるようになった。相棒も彼らを庇って亡くなってしまったそうだ。つくづく救いのない話だよ」

 

 感情を乗らさずに喋る陽太だったが、どうしても恨み言の一つくらい言ってしまうような胸糞悪い話だった。

 

「…その後はやてはどうしていたの?」

「仲間と共に主人を弔い、葬式まで参加した後、はやてはパタリと姿を消した。その直後、とある魔石狩りから通報があった。“単独でエリアキングに挑んでいる魔石生物(パトクリ)がいる”と」

「その時からずっと独りで戦い続けているというの?…主人に倣うように他人を助けて」

 

 まるで悲鳴のように一条は言う。

 

 独りの悲しみを理解しているから。

 

 チラリとはやてを見る。

 

 シロと戯れて笑い合っている。

 

 その笑顔の下にはどれほどの悲しみを抱え込んでいるのか。

 

 想像するだけで胸が締め付けられるようだった。

 

 しかし。

 

「いや」

 

 と陽太はその悲しみを察して否定する。

 

 

 

「はやてはもっと冷静で狡猾(クレバー)だった」

 

 

 陽太は首を傾げる一条に続ける。

 

「はやてはエリアキングに挑んだ後、すぐに諦めた。理由は()()()()()()()()()()

「それは当たり前のことでしょう?申し訳ないけれど、はやて独りで倒せるのなら魔石狩りは必要ないわ」

「論理的には当然の事実だ。しかし感情はそうはいかない。自分の主人を殺した憎きエリアキングを前に納得出来る相棒は知能と理性が極めて高い相棒(パートナー)に限る。魔石生物は本能が強い個体の方が圧倒的に多いからね。まぁそれ以前に憎い相手を前に何もしないというのは人間ですら難しい」

「実際にはやてはそれが出て来ているじゃない?何が言いたいの?……いや、まさか、ちょっと待って」

 

 一条は自分で思いついたのにも関わらず、その考えが信じられないように目を見開く。

 

()()した?」

 

 思わず言葉にするが、すぐに自分でそれを否定する。

 

「いえ、意味がないわ。本当に倒すのなら自分の能力を強化することを願うでしょう。進化するとしても能力や、クロみたいに体格の大きな進化を望むはずよ」

「普通ならね。しかしはやてはそれを選ばなかった。一条さん、進化の条件はなんだい?」

「…魔石を摂取すること、経験を積むこと。それが一般的な進化の条件でしょう?」

「大体の進化条件はそれだ。『成長進化』、『特化進化』なんて呼ばれる一般的な進化。しかしはやての進化はもう一つ」

「――『感情進化』」

「勉強しているね。はやては怒りを、憎しみを、悲しみを、その負荷(ストレス)を全てのエネルギーを進化に代えた。願い(復讐)を果たす為に」

「どういうこと?真っ当な進化だとは思えない」

「それは()()()()()()()()()()()()()だ。ゲームの仕様と現実との折り合いのつかない齟齬(バグ)のせいか、イベントボスを倒してもシンボルエリアをクリアしたことにならない」

「倒せないエリアキング。世界的にも知られている現代の一般常識ね」

「だからはやては自分の全てを代償にして、エリアキングを倒す為だけに進化させた。元々はやてはあそこまで賢く理性の強い子ではなかった。非常に風の能力に秀でていて、はやてが駆け抜けると暴風を巻き起こすほどの強い能力を有していた」

「今は違うの?」

「当時の仲間(チーム)の人は、あの子がはやてだとは信じられなかったらしい。高い俊敏性はそのままだったけれど、威力が面影も無いくらい落ちていたから」

「――能力を犠牲に知性を進化させた?」

「重い代償をはやては望んで支払った。能力と引き換えに深い知性と高い理性を得た、()()()()()()。それがはやてだ。唯一種になるのも当然の話だよ。新宿のエリアキングを倒すそのためだけに特化したから進化だからだ。目的はただ一つ。倒しても倒せないエリアキングを倒す為に」

 

 一条は思わず口を塞ぐ。

 

 深い悲しみと激しい怒りを抱えた結果、はやては自分の全てを手放した。

 

 能力とは魔石生物にとって自分の存在証明書(アイデンティティ)だ。

 

 自分が自分である証で、それは決して捨てられるものではない。

 

 しかしそれを捨てた。

 

 察して余りあるほどはやての絶望は深かったのだと悟り、苦しくなる。

 

「簡単に倒すことは出来ない。ならば知恵を絞るしかない。その為にあらゆるものを捨てた」

 

 クロの隣で笑顔でわんわんと吠えているはやて。

 

「それでも足りない。ならば王を倒す仲間を(つど)るしかない。だからはやては新人達を積極的に手助けしてるんだ。恩を売り、レジスタンス(仲間)を増やす。倒せない王をいつか倒す為に」

 

 その笑顔の内には、未だ消えない復讐の炎が渦巻いている。

 

 己の命尽きるか、反逆(クーデター)を完遂するその日まで。

 

♦︎♢♦︎♢

 

 呆けてしまった一条に、陽太はこれからが問いただしたかったことだと居住まいを正して問う。

 

 日差しが雲に遮られ、薄暗くなる。この辺りの魔物は昼よりも暗い夜に本領を発揮する。

 

 その証拠にはやて達が辺りの警戒を始めた。

 

 話を急ぐかと、陽太は一つ咳払いをして話を進める。

 

「ここからが本題だ、一条さん」

 

 振り向いた一条に陽太は問う。

 

「はやては野良だ。捨てられたわけではないけれど、保護対象に変わりはないと思う。今はたまたま上手くいっているだけで、いつ命を落としてもおかしくはない」

 

 一条は胸に置いた掌を強く握りしめる。

 

「全てを踏まえた上で君に問う」

 

 陽太は一条に答えを求める。

 

 

「はやては本当に救うべき対象か?」

 

 

 一条はギュッと拳を握り込んだ。

 

「……嫌なことを聞くのね、先輩」

 

 目を伏せた一条の顔は読めない。

 

 それでも陽太はさらに言う。

 

「はやては確固たる信念を持って生きている。それは尊重すべきことだと思うし、誰も侵害していいものじゃない。自分の生き方は自分で決めるべきだ」

「それは野良の狸(あの子)も一緒。そう言いたいのね」

「経緯はどうであれ、今あの狸は自分で選択してあの場所にいる。わざわざシンボルエリア内にいる必要だってないんだ。普段はシンボルエリアではない野山に住んで、魔石が欲しい時だけ潜ることだって出来る。人に頼らない生き方は他にもある」

「自分で考えてその場所に留まっている。その可能性があると?」

「あくまで可能性だ。でも彼は自分自身の生き方をそう選んだ。シンボルエリアに身を置いて、のんびりと過ごす日常を謳歌しているのかもしれない」

 

 無言の一条に陽太ははっきりと厳しい言葉を投げつける。

 

「君の救いたいと言う気持ちは尊重するけれど、それは君のわがまま(エゴ)だ」

「はっきり言うのね」

 

 俯いたまま一条は言う。

 

「キツイ言い方をした自覚はある。でも手を伸ばして掴まないからといって首根っこを掴んででも救おうとするのは傲慢な身勝手だ。自分の正義感に酔っているだけだ」

 

 厳しい物言いに、さしもの一条も口を結んだ。

 

「善意は人によっては悪意に変わる。それをふまえた上でもう一度聞くよ、一条さん。()を助けるべきか?」

 

 しばらく考え込むだろうと考えた陽太だったが、それに反して一条はパッと顔を上げた。

 

 

「助ける」

 

 

 口元には笑みを携え、目には強い意志があった。迷いのない強い言葉だった。

 

「少なくともあの()は絶対に助ける。あんな悲しい目を見て見ていないフリは出来ない。晴れの日は良いけど雨の日のあのエリアは危険よ。私のわがまま(エゴ)であの子をあそこに置いておけない。放って置けないの。人といるのが嫌ならば他の場所を考えてもらいましょう。少なくとも最低限それは譲れない」

 

 躊躇のない答えに、陽太は思わず口を開けてポカンとしてしまう。

 

「はやてもいつか助けるわ。別に助けるって言うのは身の安全だけじゃないでしょう?このエリアを開放すればあの子は助かる」

「…本気か?」

「えぇ。だって――」

 

 一条は惚れ惚れするような挑戦的な笑顔で言う。

 

 雲間から降り注いだ一条(ひとすじ)の光がその顔を照らす。

 

「私が諦めない限り付き合ってくれるのでしょう?」

「――」

 

 面食らった陽太は一本取られたと両手を上げる。

 

「…吐いた唾は飲めないんだっけか?」

「別に?飲んでも良いけれど、その男の度量()は知れるでしょうね」

「参った。こっちの負けだ一条さん。改めて付き合うよ、君の気が済むまで」

「発言を撤回しないところは褒めてあげましょう」

「はいはい。まったくこりゃ余計なお世話だったか。君の覚悟を甘く見てたよ」

「あら先輩。これから私達はその余計なお世話を焼きに行くのだから、その気持ちを持っているのは大事よ?それに――」

 

 一条は先に歩き出し、背を向けたまま言う。

 

 

 

「私、余計なお世話嫌いじゃないの」

 

 

♦︎♢♦︎♢

 

 その後、はやてが笑顔でエリアの出口付近まで送ってくれて、手を振って別れた。

 

 さっぱりとした綺麗な別れではなかったが、一条はグッと言いたいことを堪えて前を向いて歩く。

 

 たった一度、今日だけの付き合いだが、死なせたくないと心から思う程度には感情移入してしまった。

 

――まったく、以前までの自分からは考えられないわね。

 

 一条は心の中で独り言ちた。

 

 ここまで他人を、他の魔石生物に肩入れするなんてこの大学に入学するまで思いもしなかった。

 

 私は、家族がいればそれでよかった。

 

 他人のことなんてどうでも良かった。

 

 魔石狩りになるのも、独りで生きる為に必要なもので元々別に憧れていたわけでもない。

 

 よくもまぁここまで(ほだ)されたものだと、自分のチョロさに気恥ずかしくなる。

 

 バレないように隣の陽太()をチラリと見やる。

 

 シロとクロと何やら話しているようだ。

 

 内容を聞いている限り、はやてのことだろう。

 

 彼は彼でしっかりはやてのことを気にかけているらしい。

 

――本当、お節介な男。

 

 思わず頬が緩むが、陽太の足が止まるのを見て口元をキリッと結び直した。

 

 視線を前に向けると、先程まではやてと仲良くしていた女性が立っていた。

 

「どう?説得できた?」

 

 女性は一条を見て言う。

 

 期待したわけでもないだろうに、女性はわざわざ一条を待っていた。

 

「…残念ながら、ご期待に――」

 

 添えませんでした、と言うつもりだったが一条は女性の顔を見て言葉を止める。

 

 静かな瞳は確かに何かを期待していた。

 

 しかしそれはきっと連れて帰ることじゃない。

 

 そう悟り一条は違う言葉を口にする。

 

「いえ、説得は失敗しました。けれどはやての願いを叶える手伝いをします。このエリアキングを倒して、彼を救います」

 

 それは一条の決意表明。

 

 まったくお人好しが移ってしまったと、一条は心の中で微笑んだ。

 

「いいわ!その言葉が欲しかったの!仲間は多ければ多いほど良いから。私達もはやてを救いたい。あの新宿()から彼を救い出したいの」

 

 女性はニッコリと笑って

 

はやて解放戦線(レジスタンス)へようこそ。歓迎するわ」

 

 そう言って握手を求めてきた。

 

 陽太と一条が握手を返すと、女性は

 

「じゃあ早速連絡先を交換しましょう。はやて専用のSNSもあるし、今日のはやて情報はこれ見れば絶対わかるから。あぁそう言えばあなた達名前は?私は夕香(ゆか)。大城夕香って言うの。一応これでもチームリーダーをやっていて――」

 

 グイグイと話を進め、早口に喋る女性に一条は目を白黒させている。

 

 たじたじな一条は陽太に目線で助けを求めて来たが、陽太は意地悪くニンマリと笑って見守ることに徹していた。

 

 あれくらい強引な人の方が、一条には丁度いいのかもしれない。世話焼きな年上のお姉さんが出来たと考えれば、それは彼女にとって素晴らしいことだろう。

 

 あと、困っている一条を見ているのは新鮮で少し楽しい――というのは秘密だ。

 

 恭介の嫁(華さん)とも相性がいいかもしれない。おっとりな外見に反してあの人も意外と強引な人だ。今度引き合わせてみようか。

 

 とそこまで考えて陽太は苦笑する。

 

 入学当時の真っ暗で真っ黒な目を思い返せば、なんともまぁ人間らしくなったものだと感慨深いものを感じる。

 

 一条の心の雪解けを感じ、陽太は笑みをこぼした。

 

 これから先を思うと大変な未来しか見えないが、充実した未来だと捉えて頑張るとしよう。

 

 それはそうと、まだ人を信用し始めようとしたばかりの一条には少々手強い相手だったようでしどろもどろだ。

 

 そろそろ助け舟を出すとしようか。

 

 押され気味の一条を庇う形で陽太も会話に加わり、一条はようやく胸を撫で下ろした。

 

 

 

 後に

 

「助けるのが遅いのよ。後輩が困ってるってわからないのかしら?愚鈍な男ね。それともあえて放置したの?だとしたら人間性が捻じ曲がってるわね。シンプルに性格が悪いし人間としての底が知れるわ」

 

 あの女性と同じように早口で、それどころか追加で愚痴愚痴と恨み言を言葉のナイフで刺されまくられることになり、陽太はやっぱり心の雪解けにはまだまだ早いと遠い目をしていた。

 

「聞いているの!?先輩!」

「はい。以後気をつけます!」

「以後?私は今の話をして――」




イベントボス

魔石生物というゲームがまだゲームだった頃、イベントボスとして登場した大型の魔物。
3m以上の大きさで、種類は多岐に渡り、キリンやサイ、ハチやカマキリと豊富に存在した。
強いが準備をしっかりして連携すれば倒せる程度で、イベントボスを発見したら早い者勝ちというのが当時の共通認識だった。かと言って準備不足で挑めば返り討ちは必死だ。
というのも、イベントボスというだけあって倒せば報酬が貰えた。
それはたくさんの純度の高い魔石だったり、そのボスの残した貴重な素材だった。
我先にと倒されたイベントボスだが、中には強い個体もいた。
それが現在の“イベントボス”が“エリアキング”になった例であり、『血の十日間』を生き抜いた精鋭だ。
しかし当時はゲームで今は現実だ。
ゲームでは出来なかった、何十人で包囲し安全に狩るということが出来る。
倒せるのだ。
しかし現実であり、ゲームであるという矛盾の名残が彼らを無敵にしている。
イベントボスは倒しても復活するのだ。
現在このようなエリアを総称して解放不可能(バグエリア)と呼称している。

参考文献
魔石狩りが必要なのはこれを読めばわかる!!
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