【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
女性の言葉は、現在進行形でパニックに陥っているメンバーをさらに狼狽させるのに最も適したものであった。
「ば、化け物!?」
「どこ!? どこにいるの!」
スネ夫はジャイアンの肩に飛び移ると、まるで同期しているかのように上下左右を見ながら叫んだ。その様子があまりにも滑稽だったのだろう。女性は、フッ、と笑うと言った。
「目の前さ」
と。
「へ?」
この女性が、化け物。そんな事、信じられなかった。だって、外見上は普通の人間と大差がない。違いがあるとしたら、右手の義手くらいなもので、それ以外は自分たちのよく知っている人間のソレと同じだったのだから。
女性は、スネ夫とジャイアンが落ち着いたところを見計らって言う。
「私はこの≪アルゼナル≫の総司令をしてるジル。アンタたちを連れて来たそっちの子はサリア」
「……」
ジル、か。確か昔そんな名前の人に遭ったことがあったっけ、その人は男性だったけれど。とのび太達は思い出していた。
「あんた達の名前は?」
「ぼ、僕のび太です」
「静香よ」
「俺は剛田武、ジャイアンと呼んでくれ!」
「す、スネ夫です」
「僕は、ドラえもんです。早速ですがジル司令さん」
「あの≪パラメイル≫」
「え?」
と、自己紹介を終えて早速本題。自分たちの置かれた状況について聞こうとしたドラえもんの話に割り込んできたジルは、テーブルの上に左手を乗せて言う。
「どっから持ってきた? アレは、あたしの知り合いの所有物なんだが?」
≪パラメイル≫。持ってきた。この言葉と、先ほどのデッキで聞いた言葉から察するに、どうやら自分たちが乗っていたソレの事を言っているようだ。
「む、無人島にあったんです! ソレをコピーして」
「コピー? フン面白い」
といったジルは、再び座ると、一度煙草を取り出そうとして、止めた。いつもの彼女の性格からすれば、ここで一本煙草を吸っててもおかしくはない。しかし、彼女自身も理由はハッキリとは分からなかったが、煙草は吸われることなくケースから出してすぐにしまわれた。
「それより、なんなのさここは? あの竜は一体なんなんだよ!?」
と、そこでようやく本題に入るためにスネ夫が叫んだ。この≪アルゼナル≫と言う場所は一体何なのか、そして自分たちが遭遇したあの竜は一体何なのかと。もはや半狂乱と言ってもおかしくないくらいの勢いで。
すると、ジルは少しだけ考え込んでから立ち上がり、言った。
「ドラゴン……あたし達はそう呼んでる」
「ドラゴン?」
「その通り」
その後、ジルはある人物を呼び出した。それから間もなくして、一人の、帽子をかぶり緑髪をした女性が、自分たちも入ってきたドアから現れた。
「もう、何ですか? 私これから報告書を……」
「エマ監察官。すまないが、この五人にドラゴンの画像を見せてやってくれないか?」
「ッ! もう、≪ノーマ≫は勝手なんですから……」
と言って、エマ監察官と呼ばれた女性は、掌を前方にだす。すると、そこから青い光が放たれ、一つの画像が映し出されたのだ。
「な、ナニコレ!?」
「凄い!」
「これが≪マナの光≫よ。≪ノーマ≫の貴方たちは知らないでしょうけどね」
「≪マナの光≫?」
どうやら映された画像には何やら英語が書かれているようだ。そして、そこに出て来た怪物は、自分たちが先ほど邂逅した竜、ドラゴンと呼称された物に極似していた。
今更ながら、のび太たちは無人島にいた時に、ドラえもんから日記が英語で書かれていたことからこの辺りが英語圏内であると考えて、念のために“ひみつ道具”である“翻訳こんにゃく”を渡して食べさせていたのだ。
“翻訳こんにゃく”とはその名前の通りに、あらゆる言語を自分たちの国の言葉として理解できるようになる道具で、逆に自分たちが話す言葉は相手にとって最も馴染みの深い言葉に翻訳されるという海外旅行にはうってつけの道具。
その言葉の範囲は尋常ではなく、古くは石器時代の言葉。遠くだと、宇宙人の言葉ですらも翻訳することが可能となっている。
そしてジルは、エマ監察官が提示したその画像を見ながら言った。
「Dimensional Rift Attuned Gargantuan Organic Neototypes―通称ドラゴン。この≪アルゼナル≫は、落ちこぼれの≪ノーマ≫を集めてそのドラゴンを退治するためだけに存在する要塞さ」
翻訳すると、≪次元を超えて進行してくる巨大攻性生物≫という事になる。それが、竜を表す英語の名前ドラゴンになったのは、皮肉なことなのかもしれない。いや、もしかすると英語から言葉が作られた可能性もあるのだが、そこは定かではない。
要するに、この≪アルゼナル≫は、ドラゴンと呼ばれる存在と戦うために存在している要塞だと、そう言う事だ。しかし、である。
「あの、さっきから気になってるんですけど、≪ノーマ≫ってなんです?」
「≪ノーマ≫を知らないなんて、貴方たちどれほどの田舎で育ってきたんですか?」
と、エマが珍妙な言葉を発した。まるで、全人類が共通認識している単語を知らないと言ったかのようだ。
この時、エマはのび太たちの事を新しく発見された新種の≪ノーマ≫だと思っていたらしい。まぁ、当然だろう。こんな場所にわざわざ進んでくるような奇特な人間が、その人種を除いていないだろうと考えていたから。
―――この前一人いたが。
「……今エマ監察官殿が使っているような≪マナ≫を使えない化け物のことさ」
と、ジルが言った。色々とパニックになっていたから不思議にも思う事ができなかったが、確かにエマと呼ばれた女性の目の前にある物。それは、どうやら立体映像のようなソレではなく、本当に何もないところから出現させている物だったのだ。
「あの、≪マナ≫ってなんですか?」
「この世界の人間は、等しく≪マナ≫と言う力を持つ。≪マナ≫は、物理現象に干渉して物質の浮遊、移動、拘束や防護用の結界の展開、光や熱を発生させたり人間同士でのコミュニケーションツールにもなる。常識さ。そうだろ? エマ監察官」
「……はい」
この言葉に、ますます意味が分からなくなった五人。その中でも特に意味の分かっていなかったジャイアンから言う。
「なんだよソレ? そんなの聞いた事ねぇぜ」
「≪ノーマ≫だとかドラゴンだとか≪マナ≫とか、そんなの全部作り話なんじゃないの?」
「私たち、≪マナ≫なんてモノ使った事ないものね」
「当然です。使えないから、ここに来たのだから」
と口々に疑問を唱えていた面々に対してエマが厳しい顔つきで言った。この表情、どうやら今までの話は全部作り話ではないようだ。
少なくとも≪この世界の常識≫が、≪マナ≫という不思議な力を扱える人間の集まりであることは確か。ならば、自分たちの今までの常識との差異は何だ。
今まで自分たちが過ごしてきたこの年代で培われてきた常識と、二人の言う世界の常識。この相反する二つが両立するには一体どうすればいいのか。そう考えたドラえもんは、何かに気が付いたように言った。
「そうか! ひょっとしたらここは!」
「ひょっとしたら?」
「ジル司令! この世界の地図を見せてください」
「? あぁ、頼めますか? エマ監察官殿」
「え、えぇ……」
と言うと、エマはすぐさまこの世界の地図らしきものを映す。その言葉遣いからして、どうやら司令のジルよりもエマの方が位が高い様子なのだが、しかしそれでもしれっと彼女の事を使うあたり、彼女の神経も随分と図太い。ひいては、そのカリスマ性が高いと見えるか。
「ありがとうございます」
と言って、エマが出した地図を覗き込んだドラえもんは、その顔をより一層険しいものとして言う。そう、疑念が確信に変わった瞬間だったのだ。
「やっぱり、ここは、僕たちの知ってる地球じゃない!」
「えぇ!?」
「どういう事それ!?」
「……エマ監察官殿、ご足労いただき感謝します。もう今日はお休みになられては?」
「え? いや、貴方に呼び出されてきたんですけど……これだから≪ノーマ≫は……」
と、ジルはなにやら追い払うかのようにエマを部屋の外に追い出した。予感がしていたのだろう。この先、エマには決して知られてはいけないような話を、彼がする。そんな予感が。
ドラえもんは、彼女が出て行ったのを確認すると面々に言う。
「さっきの地図。僕たちの地球に似てはいるけど、地形が少しだけ違ってるんだ」
「なんだって!?」
そう、エマが差し出した世界地図は、確かに自分たちの世界の地図とよく似ていた。でも、ところどころに差異が確認でき、一部に至っては完全に別物と言ってもいいくらいに地形が変わっている場所もあった。
「どういう事かしら?」
そう、疑問の声を出した静香に対して、ドラえもんは、推論ではあるが答えを言う。
「考えられるのは一つ。“どこでもドア”を使った時になんらかの異常が発生してこの世界、≪マナ≫のある世界に来たんだ。つまり、僕たちが僕たちの地球だと思っていたあの無人島も、この世界の無人島だったんだ!」
「そんな!?」
「うそぉ!?」
そう、あの時、彼らが無人島に行くために“どこでもドア”を使用した際、時空間に乱れが発生。結果、彼らは本来行くべきはずだった自分たちの世界の無人島ではなく、この、≪マナ≫と呼ばれる不思議な力がある世界に飛ばされてしまっていたのだ。
「地理の違いも、文明の違いも、そしてドラゴンと言う未知の存在がいる理由にもこれで全て説明がつく」
「説明がつく! じゃないよ! ソレじゃ早く元の世界に帰らなくちゃ!」
と、焦りにも泣き声にも聞こえるような声を出したスネ夫に対して、ドラえもんはしかし頭を掻きながら言う。
「それが……元の世界に帰ることは……できないんだ」
「そんなぁ!?」
「もう一度“どこでもドア”を使って帰れないの?」
「これが偶発的に起こった事だとしたら、“どこでもドア”を使って帰れる保証はどこにもない……」
「う、嘘でしょ!?」
そう、何万分の一の可能性で奇跡的にこの世界に来てしまったのだ。という事は、もし仮にもう一度“どこでもドア”を使ったところで元の世界に帰れる保証なんてどこにもない。
ドラえもんの道具には、確かに時空間を通ってタイムスリップすることができる道具がある。しかし、ソレを使ってもパラレルワールド、それも特定の世界に辿り着くことは到底不可能なのだ。
「なんとかならないの!? ドラえもん!」
「そんなこと言われても!」
と、泣きつかれたドラえもんだが、彼もまた考えているのだ。自分たちの世界。自分たちの時代に戻る方法を。しかし、どれだけ考えても帰る方法なんて思いつかない。一体どうすればいいのだろうか。
「……方法ならないわけではない」
「「「「「え?」」」」」
と言いながら、煙草ケースから一本取り出したジルは、それに火もつけることなく、口にくわえながら言った。
「奴を倒す……≪リベルタス≫を成功させれば、あるいは……」
「アレクトラ!?」
「アレクトラ?」
あれ、この人の名前は、ジルじゃ。それに≪リベルタス≫って一体。
「サリア、この五人を≪パラメイル第一中隊≫に編入させる。≪メイルライダー≫としての訓練を受けさせろ」
「……イェスマム」
と言いながら、サリアはほれぼれしいまでの敬礼をする。まるで本当の軍人の様だ。いや、軍人か、と考えながらものび太はドラえもんに聞いた。
「≪メイルライダー≫って何?」
「さぁ」
「≪パラメイル≫によってドラゴンを狩るもの……つまり」
その言葉を紡ぐと、ジルは加えていた煙草を一度口から離して言った。
「ドラゴンを殺すための道具さ」
と。
「ドラゴンを……殺す……」
この時、のび太の心にともったのは、一体何だったのだろうか。