【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
一日に二度の出撃があった、ある意味では儲けものと言った方がいい日から、一夜が経った。
アンジュは、いつも通りの時刻に目を開けると、すぐ近く、自分と同室の≪メイド≫からのいつもの『おはようございます』の声を聞くと、そっけない返事をしてすぐに服を着替える。
と言っても、夜寝る時はほとんど下着だけの彼女にとっては、服は着替えるのではなく、着るだけであるのだが。
そしていつもの、昔の自分だったら恥ずかしいと言っていた服に袖を通したアンジュはいつものように朝食を食べに行こうとした。その時だ。
「≪アルゼナル第一中隊≫。発進デッキに集合せよ。繰り返す。≪アルゼナル第一中隊≫は……」
「これ、いつもの出撃の警報じゃありませんね……」
そう、いつもの出撃だったら、廊下中の赤ランプが回転し、更には警報もなっているはず。そう、いつもの出撃だったら。という事は、だ。
「どうせ、あの四人と一匹の事でしょ? 行くわよ、モモカ」
昨晩、自分たちが連れ帰ってきたあの四人と、そしてタヌキの事か。そう考えたアンジュは、すぐそばにいた自分のメイドにそう言ってゆっくりと発進デッキへと向かった。すぐに出撃するわけではないのだから、これくらいの速さでも十分だろう。そう考えて。
「はい! アンジュリーゼ様!」
メイドは、その言葉を受けて同じようにゆっくりと彼女の背後を歩き始めた。≪アンジュ≫の事を、何故か≪アンジュリーゼ≫と呼んで。そんな人間、もういないと言うのに。アンジュは、そう考えていた。
「遅いわよ、アンジュ!」
「……」
現在≪アルゼナル第一中隊≫の隊長を務めるサリアからの叱責に、アンジュは何も返さなかった。そこにいたのは、自分が所属している中隊員が全員。自分と同じアルゼナルの制服たるものを着ており、先ほど自分に声をかけたサリアだけが、スーツを着用している状態であった。
そして、そのサリアの横にいるのは、自分の想像した通りの、四人と一匹。
「全く……取り敢えず司令からの指示で、今日から第一中隊にこの五人が所属することとなった」
いや、タヌキもどうやら一人と数えるようだ。とにかく、アンジュは不機嫌そうにいつもの隊列に加わる。
「うわぁ……」
「すごい服……」
「あ、あの、その服は?」
と、男性陣はその場に並んだ女性たちの服装を見て顔を赤らめており、静香は男性陣とはまた別の意味で顔を赤らめているようだ。それもそうだろう、そうアンジュは思っていた。自分だって、こんな服装、≪アルゼナル≫に来るまでは着ることになるとは想像もしていなかった。
上はへそ出しルック、と言えない程に大きく空いた服、下はショートスカートで、あまりにもその丈が短くて少し動けばその下が見えてしまうほど。いや、制服はまだいい方だ。
≪メイルライダー≫のスーツ、つまり今サリアが着ている物だが、そちらに至ってはさらに胸元が大きく開いて、その谷間が見えており、下のパンツに至っては丸出しと言う、変態が考えたとしか思えないほどに屈辱的な服装。しかし―――。
「なんだよ、これがこの≪アルゼナル≫の服装だよ。文句あるか?」
そう、これがこの≪アルゼナル≫の常識。非常識こそが、この小さな世界の中での、常識なのだ。
「まぁまぁ≪ヒルダ≫ちゃん。私は≪エルシャ≫。よろしくね」
と言ったのは、桃色の髪を持った女性。他の面々と違っていてそのおっとりとした笑顔は、見てて心が安らぎを感じる、そしてその言葉遣いからして、この部隊の≪母親≫的立ち位置の人間なのだろうか。そう、のび太に思わせるものがあった。
「……≪ヒルダ≫」
と、ぶっきらぼうに言ってきたのは赤髪の女性。他の女性たちの例にもれず随分と目つきがきつい女性、言葉遣いもぶっきらぼうな気がして、のび太からしてみればジャイアンの女版のような感じがした。
「は~い! あたしは≪ヴィヴィアン≫! よろしく!」
と、こちらも桃髪を持った女の子。多分、この部隊の中では身長からして一番幼いであろう少女が元気よく挨拶をしてくる。確か、この子は昨日≪パラメイル≫に乗っていた時に突然クイズを出してきた女の子だ。そう、のび太は把握していた。
「男の≪ノーマ≫……ねぇ、あたしは≪ロザリー≫」
と、こちらもまたヒルダのようにきつい目をしたオレンジの髪色の女性。やっぱりドラゴンを狩る人間、いやこの世界では≪ノーマ≫だったか。そう言う人間は、それに適応した目つきと言う物になるのだろうか。のび太はそう感じた。いや、先ほどのエルシャ、それにヴィヴィアンのような違う例もある。
「……≪クリス≫」
片方を三つ編みにした水色の髪の女の子。この子もそうだ。なんだか、少し自分に似ているような匂いを感じ取ったのび太。
引っ込み思案で、誰かの陰に隠れている姿は、どこかのび太にそっくりだ。そうのび太を知っている四人も思っていた。
そして、最後の一人。
「≪アンジュ≫よ」
「アンジュ、さん……」
「アンジュ……」
金髪の、昨晩自分たちの事を助けてくれた女性。綺麗な金髪をした、厳しそうな眼付をした、でも他のきつい目をした人とはまた違った何かを感じ取れる。そんな女性に、のび太はどこか気になるところを感じていた。
一方で、ドラえもんはその名前をこれまたどこかで聞いたことが、いや見たことがあった。確か、ごく最近のことだったような気がするが点で思い出せない。つい昨日の事であると言うのに。
「そしてアタシ、サリアを入れた七人が、≪アルゼナル第一中隊≫よ」
最後に、昨晩ジル司令のところに連れて行ってもらった女性サリアがそう締めた。ふと、ここでのび太たちは疑問に思った。
「ん? そんじゃ、そこにいるメイドさんはなんだ?」
「私ですか?」
と、アンジュの後ろにいる女性に指さしながら聞いたのはジャイアンである。この中では明らかに異色、自分たちの世界で言うところのメイド服を着た。自分達五人を除けば一番まともと言える服を着た女の人だ。
「私は≪モモカ・荻野目≫。アンジュリーゼ様の筆頭侍女を勤めさせて貰っています」
「アンジュリーゼ様?」
そんな人間いたっけ。そう聞いたスネ夫に対して、目の前にいたアンジュが苛々を隠せない様子で言う。
「私の昔の名前よ、もう捨てたわ。今はただのアンジュ」
「アンジュリーゼ……」
「捨てたって、どういうことですか?」
「≪アルゼナル≫に来た≪ノーマ≫は、全てを失うことになる。所有物、所有権、生存権、そして、名前……と言っても、アンジュちゃんやヒルダちゃんのように大きくなってから≪ノーマ≫だって分かって来る人間なんて限られているから、最初から名前のない≪ノーマ≫の方が多い……死んで初めて、その名前を取り返す。死んで初めて、名前を貰うことも」
「エルシャ!」
「ッ!」
「勝手な事、言わないで……」
「ゴメンなさい……」
エルシャの言葉に、やはり苛々しているアンジュ。この人、いつもこんなに不機嫌なのだろうか。でも、何だろうやっぱり違和感のようなものを感じる。でも、のび太にはその正体が全く分からなかった。
それにしても、ただ≪マナの光≫と言う物が使えないだけで、自分のすべてを奪われるなんて、そんな悲劇、あっていいのだろうか。いや、あってはならない。少なくとも、自分たちの常識の中では。
でも、それが常識なのだ。この世界の。自分たちの世界の非常識こそ、この世界の常識。のび太は、どれだけその言葉を脳内で繰り返しても、割り切れないものがあった。
「じじょってなんだ?」
「メイドさんを日本語に訳した言葉だよ」
「へぇ、ちょっと物々しい場所だけど、メイドさんはいるのね」
「彼女は特別よ。アンジュの所有物だから」
「所有物?」
その言葉に、引っかかるものを感じたスネ夫は、言葉を反復する。すると、やはりアンジュがきつい口調で言う。
「えぇ、買ったのよ。ここのお金で。ここではなんでも金を出せば手に入るの。下着から武器まで……何もかもね」
「武器……」
アンジュは、その時の少年の表情の変化に、気が付いた。
その、一瞬見せた悲しげな表情に。