【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞   作:牢吏川波実

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 ハッピーバースデードラえもん、なんて気分で言える雰囲気じゃありませんねこの展開……。


chapter22 落涙

 夕日が輝く空。己の上を飛ぶドラゴンたちを見て、最初は恐怖を覚えていたエルシャ。しかし、慣れと言う物は恐ろしいものである。じっと只々一時間近く空を眺めていたら、いつの間にかそんな恐怖、どこかに吹き飛んでしまった。

 いや、むしろ幻想的とも言える。ドラゴンって、こんなに美しい生き物だったんだと、思ってすらしまった。大型の≪ガレオン級≫。いや、男のドラゴンのところどころが発光しているその姿。いつもだったらソレを目掛けて銃を乱射するような光に、自分は少しだけトキメキを感じていた。

 全く、なんてチョロイ女なのだろう。安全が確保された状態でドラゴンを見て、そんな思いになってしまうなんて。命がかかっていないと言うただそれだけで、そんな気持ちにかられるなんて。そして、そんな甘ったるい感情で、今まで戦場で命を懸けた戦いをしていたなんて。本当にチョロイ女。

 そうだ。自分にとってドラゴンは狩るべき対象。殺すべき脅威。あの子たちに迫る、恐怖。だからこそ自分はドラゴンをずっと殺していた。ずっとずっと、部隊の誰よりも長く、ドラゴンを殺していた。そんな自分に今は腹が立ってしまう。

 でも、不思議なことに真実を知ってしまったことに対する後悔は一ミリもなかった。むしろ、自分が今まで戦っていた者の正体を知った今、知った今、知った、今。

 自分がどうするべきなのか、エルシャは、悩んでいた。

 

「はぁ、いいお風呂だったわぁ……」

 

 と言って脱衣所から現れたのは、浴衣姿の静香である。いや、静香だけではない。ベランダに出て空を見上げているエルシャも、そして壁を背にして体育座りをしているアンジュもまた、浴衣姿だ。

 ずっとライダースーツのままだときつかろうという事で提供された浴衣。ソレに手を通す前に風呂に入った彼女たち。特に、お風呂好きの静香にとっては格別のお湯心地を言う物をもたらしてくれた。

 現在彼女たち女性三人衆、エルシャ、アンジュ、そして静香はサラマンディーネから提供された屋敷の一室にいた。あの、彼女からお茶を淹れてもらった部屋に似た内装。

 床は木材でできていてその上がピカピカになるほどに磨かれて反射してるかのよう。一角にはやはり畳が置いてて、その横には布団が敷いてある。

 そして、周囲はふすまで囲まれていて、その二つ隣の部屋には、男性陣三人とドラえもんがいるらしく、あたかも旅館に来ているかのような感覚を静香に与える。

 静香は、まだほてった身体をタオルで拭きながら、ベランダに出て、エルシャのように空を見上げた。

 

「凄い光景ですね。こんなにドラゴンがいるなんて……」

「えぇ、本当なら、殺すべきはずのドラゴンが、目の前でこんなに飛んでるんですものね……」

 

 エルシャは、自嘲するかのように言った。静香は、そんな彼女の事を心配になる。当然だ。自分が人殺しをしていた。そんな事実を知って、正気を保てる人間も、そうはいないから。

 

「あの、エルシャさん……」

「アルゼナルにはね、幼年部があるの」

「え?」

 

 どうして、その話をし始めたのか。エルシャ自身も分からなかった。でも、もしかしたら聞いてもらいたかったのかもしれない。自分が戦う事から離れられない理由。自分が、これまで犯してきた過ちを、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 その相手を、まだまだ自分より下、まだ幼年部にいてもおかしくないような静香にしてしまうのは、きっと彼女が怖かったからなのだろう。自分の話を聞いて、罵詈雑言を浴びるのが。だから彼女は静香に静かに聞かせることにしたのだ。

 自分がこれまで命を懸けて戦って来た理由を。

 

「世界中から運ばれてくる≪ノーマ≫。その大多数が赤ちゃんの時にそうだとわかって、連れてこられる。アンジュちゃん、それにヒルダちゃんのように大きくなってから≪アルゼナル≫に来るのは、珍しいこと……」

 

 アンジュのソレは聞いた。しかし、ヒルダについてはそう言えば詳しく聞いていなかったなと思い出す静香。エルシャが言うには、ヒルダは物心つくまでは人間の母親に育てられていたらしい。そう、≪ノーマ≫であることを隠して。

 しかし、ある時に彼女が≪ノーマ≫であることがばれて、≪アルゼナル≫に連れて来られた。エルシャは言う。

 

「ヒルダちゃん。きっとお母さんに会いたいんだと思う……」

「……私も、そう思います」

 

 静香もまた、エルシャの言葉に同意した。母親に会いたくない子供なんて、この世にいるはずがないから。特に、殺し合いをする戦場のまっただ中にいる人間にとってのソレは、普通の人間の倍以上の望郷の念があるはずだ。

 彼女自身はハッキリとはそうは言わない。でも、一緒に過ごしていたエルシャには、容易に想像ができる事だった。

 

「私は、幼年部の子ども達を大切にしていた。私の全てで、私の生きる目的で……」

 

 もし、あの子たちがいなかったら今の自分のいないかもしれない。そうエルシャは言った。

 そうだ。自分にとって子供たちが全て。自分の稼いだお金も幼年部の子供に使って、暇があったらその子たちのところに行って、お姉さま、お姉さまと慕ってくれる子供たちが可愛くて、その子たちを守るためだったら、どれだけ手を汚しても構わない。例え地獄に堕ちてもいい、そう考えていた。でも―――。

 エルシャは、涙を流しながら言う。

 

「でも、私が殺したドラゴンにも、ヴィヴィちゃんみたいな子供が、幼年部と同じくらいの子供がいたかもしれない。そうじゃなくても、子供がいたお母さんや、お父さんを殺してたのかもしれない」

 

 ヴィヴィアンがドラゴンになった瞬間に、考えてしまった。もしかしたら、今まで自分が殺してきた≪スクーナー級≫のドラゴンは、子供だったのかもしれない。あの、幼年部の子供たちのように幼い子供だったのかもしれない。

 あのサラマンディーネが見せてくれた映像を見ていた時に映った子供を見て、確信してしまった。自分が、子供を殺していた。あんなに元気に、はしゃいで、笑っていた子供を殺していた。

 いや、そうじゃなくても、その子供の親を殺していたのかもしれない。いや、殺していた。絶対に。どこかで今もなお生きるドラゴンは、自分に憎しみを抱いている。

 父親殺し、母親殺し。そして、子殺しの憎しみを、抱いて当然の事。復讐で殺されても仕方のない事。だって、自分だって、子供たちが殺されたら狂乱する。悲しくて、前を向けない。歩いていくことなんてできない。もう、戦う事なんて、できない。

 エルシャは、その場にしゃがみ、下を向く。すると、流れていた涙は、ポタポタと雨のように床に落ちて行き、木の床にシミとなって顕在する。

 

「私が戦って来た理由って、なんだったの? 私がドラゴンを殺して、子供達から親を奪って、ソレでも≪アルゼナル≫の子供達のためにって頑張ってきた……私の今までの人生って、なんだったの?」

「……」

 

 静香は、エルシャにどう声をかけていいのか分からなかった。なぜなら、自分たちは、自分たち五人は結局ドラゴンを一匹たりとも殺していないどころか、ほとんど傷つけることはなかったのだから。

 最初に遭遇した時に、のび太がショックガンをドラゴンに当てたくらい。しかし、あれは対象となる相手を気絶させる程度でほとんど傷らしい傷なんて作らない、彼にとってはうってつけの武器だった。

 だから、自分たちには何も言う事ができなかった。でも、もし≪彼≫だったらこんな時、何を言うだろう。そう考えた時、静香は聞いた。

 

「今は、どうなんですか?」

「え?」

「真実を知って、これからもドラゴンを殺そうって、そう思えるんですか?」

 

 その言葉を聞いたエルシャは、袖口で涙を拭くと言う。

 

「……分からなくなっちゃった。でも、あの世界には帰らなくちゃ。私には、あの子達しかいないから……でも、そうなるとあのサラマンディーネさんは絶対に帰してくれないわよね……」

 

 と、エルシャは気丈に振舞うかのように笑顔を見せる。目を赤くして、それは静香の目からしても痛々しい物だった。

 確かに、サラマンディーネは言っていた。もし向こうの世界に帰ろうものなら拘束すると。そうしなければ、自分たちの仲間を殺すのだと。そう、エルシャには選択肢という選択肢なんてほとんど残されていない。

 そしてそれは―――。

 

「……」

 

 アンジュも、同じこと。彼女はお風呂から上がった後、一切動じることなく鎮座していた。まるで、抜け殻にでもなってしまったかのようだ。

 割り切っていたはずなのに、殺さなければ殺されるのだと。のび太に自分自身が言ったのに。それなのに、真実を知った後からこれっぽっちもドラゴンを殺そうと言う思いが宿ることはなかった。あったのは、唯憎しみだけ、だと思う。仲間を殺された憎しみか。いや、自分にこんなことを強いたあの世界に、なのかもしれない。

 どちらにせよ、彼女にも選択肢なんてないように思える。と、その時だった。

 コンコンコン、と、耳障りの良いノックが外から聞こえて来たのである。三人は一瞬だけ顔を見合わせると、『どうぞ』と声をかけた。すると、ふすまの外から現れたのは。

 

「あのぉ……」

「のび太……」

「のび太さん……」

 

 のび太、である。彼もまた浴衣姿で、額には汗がにじんでいた。静香と同じで、先ほどまでお風呂に入っていたのだろう。

 そんな彼は、アンジュに近づくと言う。

 

「アンジュさんに、話があって来ました」

 

 すると、アンジュは下を向いて自嘲した。

 

「何よ、笑いにでも来たの?」

「え?」

「だってそうじゃない。何も知らずに命懸けで戦わされて、それで殺していたのはこっちの世界の人間だったなんて、そんなの滑稽だわ。笑いたければ笑えばいいじゃない!」

 

 と、自暴自棄になっているかのように、思いの丈を叫んだ。いや、ぶつけた。何も知らなかった道化である自分を、嘲笑うなら、思う存分すればいいと。

 

「そんなことしないよ!」

 

 けど、のび太は必死の思いで言う。それは、アンジュだけじゃない。エルシャにも向けての言葉だった。

 

「だって、アンジュさんやエルシャさん達は、何も知らされずに戦わされていたんだから!」

「のび太……」

「のび太君……」

「のび太さん……」

 

 そう、知らなかった。でもそれで罪が軽くことはない。罰せられなくていいわけじゃない。知らないという事が罪であるのと同じように、どんな言葉を選んだとしても、自分たちが罪人である事は変わらないのだ。

 それでも、のび太は言うのだ。なぜなら―――。

 

「……それに」

「それに?」

「僕に≪パラメイル≫の乗り方を教えてくれたの……まだちゃんと、話していなかったから……」

 

 あの時、自分の命を救ってくれたのはアンジュだった。彼女は、確かに、多くのドラゴンを殺していたのかもしれない。でも、自分の命を救うために命を懸けて守ってくれたり、≪パラメイル≫の乗り方を教えてくれたのは、紛れもなくアンジュだった。彼女がいてくれたから、今の自分はいる。そう彼は伝えたかったのだ。

 

「別に、初陣でココやミランダのように死んでもらっても迷惑だから……」

 

 と、いつものようにぶっきらぼうに言ったアンジュ。でも、その言葉の裏にある感情を、彼は知っていた。だって、同じだから。自分も彼女も。表面には出ていないかもしれない。でも、その内面。心の底には確かに、ソレを持っているのだから。

 そう、のび太と同じ、だけど。深淵よりも下の根っこの部分に、隠してしまった。彼女の本心。それは―――。

 

「アンジュさんって……優しいんですね」

「はぁ!? なんでそうなるのよ!?」

 

 その言葉に驚いたアンジュは、思わず下に向けていた顔を上げて驚きの声を上げた。のび太は続ける。

 

「だって、死んじゃった人たちの名前もちゃんと覚えているんだもの、本当に無関心な人は、死んだ人の名前も……ましてや、フルネームで覚えてないと思う」

 

 そう、彼女はサラマンディーネの前で叫んだ。自分の知っている死んだ仲間たちの名前を、それも死んでから返されることになる、本名で、呼んだ。

 かかわりがなかったナオミですらも、その名前を憶えていた。彼女はしっかりと、自分が≪殺した≫という三人の名前を言えたのだ。

 それは、彼女が他人に興味がないと言う事と矛盾した。優しい心を持つ証拠だと、のび太は確信に至ったのである。

 

「勝手な想像しないで……」

 

 それでも、アンジュは再び下を向いた。≪優しい≫、そんな言葉、自分が言われる資格なんてないと、思っているから。




 エルシャの心労がどんどんと溜まっていく……果たして、彼女は乗り越えられるのか?
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