【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
のび太は聞いてみたいことがあった。自分が想像しているアンジュが、本当に初陣で三人を殺したのかと、それに大きな疑問を抱いていたのである。
なにか、理由があったんじゃないか、そうならざるを得なかった、理由が。
「ねぇ、本当は何があったの? アンジュさんの初陣の時に、一体何が」
「……サリアから聞いたでしょ? あれで、全部。何も隠すことなんてない」
と、言ったアンジュ。しかし、その一部分だけ見えている顔からは、確実に何かがあった。何か理由があった。そういう感情がにじみ出ていた。そう、≪三人≫は感じたのである。
「……あれは、初陣の兵士にはよくある、ある意味では事故、見たいなことだったのよ」
「事故?」
語り始めたのは、エルシャである。事故、とは一体どういうことなのか。
「エルシャ! ちょっと、勝手なこと言わない」
「≪エルシャ! 地獄突き!! スペシャルバージョン≫!!」
「ぐはぁ!」
「いぃ!?」
と、抗議の意を唱えようと立ち上がったアンジュにつかさず正拳突きをお見舞いするエルシャ。その威力は、アンジュが一瞬吹き飛んでしまったと勘違いしてしまうほどに強力で、衝撃波のような物すらも一瞬だけ見えた。
「安心して。峰打ちよ」
「み、みぞおちの間違えでしょ……ガクッ」
と言いながら悶えるアンジュを無視してエルシャは語ろうとする。
そう、分かっていたから。彼女の気持ち。彼女たちの、あの時の気持ちが。だから、自分はアンジュに対して他の仲間たちのように憎しみを抱くことはなかった。それは、彼女があの時、ゾーラを除けば一番長く仲間たちを見ていたからこそ、分かること。数々の死を見て来たから、分かった事。
「アンジュちゃん、ココちゃんとミランダちゃんは、初陣だった。貴方たちも分かるかもしれないけど、いきなりドラゴンを目の前にして正常な判断ができなくなるのは当然の事よ。特にココちゃんって、物語に出てくるようなお姫様が好きだったから、ミスルギ皇国の皇女だったアンジュちゃんに憧れを抱いてしまった。だから、まだ自分が≪ノーマ≫だって理解することを拒んで、自分の国に帰ろうと戦線離脱しちゃったアンジュちゃんを追って、周りの事なんて見てなくてドラゴンに……そして、お友達のココちゃんが目の前で殺されて、パニックになったミランダちゃんが、連鎖的に死んで。そして、アンジュちゃんもまた、目の前で二人の死を見て混乱して。だから、ゾーラ隊長の機体にしがみついてしまって……」
そう。それは、初陣の兵士によくあることだった。いくらドラゴンと言う存在を教えられていたとはいえども、実際にその目で確認してしまったら、パニックになってとんでもない動きをしてしまう。それは、のび太だってそうだった。彼は運があまりにも良過ぎた。
ドラえもんと言う存在、そしてアンジュという存在がいてくれたおかげで命を落とすことはなかった。でも、あそこまで立ち回れるのは本当に極わずかの人間だけ。
「特にアンジュちゃんは、ミスルギ皇国から来て数週間しか経ってなかった。それまでドラゴンの事も知らず≪マナ≫のある生活が普通だったアンジュちゃんにとって、その恐怖は計り知れないものがあったはずよ」
「そうか……アンジュさんも、怖かったんですね……」
僕が、あんなに怖かったんだ。誰だって怖いに決まっている。そう、考えるのび太。
もちろん、自分が臆病だって、弱虫だって言う事は知っている。他人よりも劣っているのだと分かっている。でも、分かっているからこそ、目の前の恐怖を感じ、分かることができる。のび太は、そういう人間だった。
そのころ、ようやく起き上がることができたアンジュが吐き捨てるように言う。
「ッ……どんな言葉で見繕っても、私が三人を殺したこと、そして、ドラゴンを殺して来たことには変わりないわ……そう、死んだ人間は誰も戻ってこない。お母様も……それに、シルヴィアも」
「シルヴィア?」
初めて聞く名前だ。彼女の母親の事は以前話してもらった。しかし、シルヴィアとは一体だれの事か。静香が聞くと、アンジュは、今度はその目を遠い空に向けて言う。
「ミスルギ皇国に残してきた妹よ。マナの使える人間。でも、足が不自由で車椅子を使っている子……」
「そのシルヴィアって子……気になっているんですね」
「私に残された、たった一人の妹だもの。お兄様やお父様も、どうなってることか……ミスルギ皇国は滅んだって、聞いたから、きっと……」
その言葉が、もしかしたら自分の妹が死んだかもしれないという憶測を口にした時、それまで考えないようにしていた思いを吐露した瞬間だった。
「ッ、あぁもう! 痛いわねエルシャ!」
「アンジュちゃん……」
「ほんと……痛いわね……涙が出てくるほどに……」
その時、彼女の目から涙が零れ落ちて来た。あの日、ゾーラたちが死んだ時以来に零れ落ちた涙。もう流すまいとしていた涙が、まるでダムが決壊したかのように流れ落ち始めたのだ。
「えぇ、そうよ……皆私のせいよ。私が≪ノーマ≫……≪マナ≫を使えなかったから、お母様も死んで、≪アルゼナル≫に来て三人も殺して、ドラゴンもたくさん殺して……全部、私のせいで……」
「でも、アンジュちゃんが来てから、私達の部隊で死傷者が出たことはないわ。アンジュちゃんが率先して戦っているおかげでね」
「え?」
そう、アンジュが来てからと言う物、≪アルゼナル第一中隊≫は、誰一人として死人どころか、負傷者もなく戦闘を継続できている。
それはなぜか。理由はひとえに彼女の独断専行や手柄の独り占めと言った物に理由がある。
ドラゴンひしめく戦場の中、独断専行してドラゴンを殺していく。それが一体どれだけ危険な事か。一人でドラゴンを殺していく。それがどれだけ自分の寿命を短くしていることか。エルシャには分かっていた。だからこそ、彼女は言うのだ。
「アンジュちゃんは、十分贖罪を果たしてる。誰も死なせない。それを実践していることで……ココちゃんやミランダちゃん。それにゾーラ隊長の墓石も自分のお金で払って立ててあげて……」
「それはただ後払いだっただけよ……関係、ないわ……」
確かに、墓石を買ったことに関しては、その後ドラゴンを倒した際の報酬から天引きされたことによって自動的に支払われた形になっている。でも、彼女はそのことに一切異論を唱えなかった。むしろ、その後彼女はゾーラたちの墓の前で自らのトレードマークだった長い髪を切り落とし、それまでの自分と決別する意思を表した。
それは、彼女から殺してしまった三人への決意表明。そして、謝罪の気持ちがあったからこそ。アンジュは、十分に贖罪を果たしてきたのだ。でも、だからと言って―――。
「それに……この世界のドラゴンに私達がして来たことにはどう責任をとるの!?」
「それは……」
「何も変わらない。私が殺したドラゴンは誰一人として帰ってこないし、私がこれからもドラゴンを殺し続けることも変わらない。そうしなくちゃ、私は生きることができない……」
そう、もうそれしかないのだ。一度渡ってしまった橋から下りる方法なんてない。自分たちは、ただただドラゴンを殺す道具として使われるしか、生きるすべはない。それが事実だ。殺して、破壊して、生き残る。それしか今の自分にできる事なんて、ない。
「そんな、そんなの悲しいよ! どうして、そんなに優しいアンジュさんたちがこれ以上戦う必要があるの!? ここのドラゴンさんと一緒に、アウラって人を奪い返しに行けばいいじゃないか!」
「え?」
その、のび太の思いもよらなかった発言に彼の方を見たアンジュ。のび太は続けて言う。
「だってそうでしょ? もしアウラを取り返したら、ドラゴンはアンジュさん達の世界に攻め入ってこない。アンジュさん達は、戦いから解放されるんだよ!」
「戦いの日々からの解放……か」
なるほど、確かに彼のいう事はもっともだ。もし本当に≪アウラ≫というドラゴンがいるとして、それのおかげで戦争になっているとしたら、それを奪い返したらもう二度とドラゴンが現れることはない。自分も、エルシャも、エルシャが気になっている幼年部の子供たちもサリアたちも、誰ももう、戦わなくていい。
言うことは簡単だ。でも、問題はそれ以降だ。
「じゃあ聞くけど、私達はどう暮らしていけっていうの?」
「え?」
「アウラが≪マナ≫のエネルギー源なら、アウラを取り返したら、私達の世界の人間は全員≪ノーマ≫となってしまう。そうなったら、≪マナ≫に頼りっきりだった私達の世界は、どうなるの? きっと暴動が起こって、戦争が起こる。ううん、戦争もできないくらいのダメージを負うわ。そんな世界で、私達はどう暮らせばいいのよ!」
「それは……その……」
「……」
この言葉に、静香はある言葉を思い出していた。
『俺たちにもう一度、サルになれっていうのかよ!!』
剛田武こと、ジャイアンの言葉である。
かつて、自分たちはドラえもんの道具を使って雲の上に王国をつくったことがあった。そこは、とてもとても楽しい場所。王宮があって、別荘のような家があって、テニスコートや野球場やソーラーボート、ありとあらゆる娯楽を集めた夢の国。天国のような場所。
でも、そんな夢の国を作ったからこそ出会った。天上人に。雲の上に楽園を築きあげ、多くの宇宙人と交流を持っていた天上人。でも、その天上人は滅亡の危機にあった。自分達地上人のせいで。
度重なる環境汚染によって、空気を、水を、土地を汚し、その結果多くの動植物が死に絶えていた。その環境破壊による影響はついにはそういった動植物を保護していた天上人にも影響し、その人口をどんどんと減らしていくことになった。
そして、天上人はついに決断したのである。地球全土を覆いつくす大雨を降らし、水であふれさせ、全てを洗い流す≪ノア計画≫を。
天上人は、全ての人類は計画前に一度避難させると言っていたが、しかしその時に答えた剛田武の言葉が上記のソレである。
そう、全ての文明の理が破壊された後、残るは何もないただの荒れ地のみ。そこから、今の人類が何千年もかけて築いてきたソレを復興させるのに、一体どれくらいの年月がかかるのだろう。一体、それまでにどれくらいの人間が息絶えるのだろう。
結果的に、≪ノア計画≫はドラえもんの自己犠牲を伴った勇気ある行動と、のび太が過去に行った善意によって阻止され、天上人は他の惑星に移住することで事件は終結に至った。でも、まさかここにきてまた同じような決断を、それも今度は自分たちが彼女に迫ることになるなんて、思ってもみなかった。
果たして、のび太の答えは。
「僕には分からないよ」
「だったら」
「分からないから、みんなで相談して、みんなで決めればいいんだ! 一人じゃできないことでも、みんなで手を取り合えば、きっとなんとかなるよ!」
ある意味で、のび太らしい言葉だと静香は思った。そう、一人じゃできなくても、たくさんの仲間がいてくれたらなんだってできる。そんな彼らしい言葉。
でも―――。
「あのね、そんな楽観論じゃ世界は変わらないのよ! 世界が、あなたみたいなお人よしばかりだったらいいんだけれどね……そう、アンタみたいな、優しい人ばかりだったら……」
「アンジュさん……」
「……」
現実と言う物は、いつも無常である。のび太の言う通りのことができていれば、確かにどれほどよかったことか。でも、この世界は、いやあの世界はのび太のような人間ばかりの世界じゃない。
実際に、自分がそうだったから。自分のように、≪ノーマ≫を化け物扱いする人間ばかりの世界で、そんな楽観論が通るわけがない。これは、経験論からも基づかれた事実なのである。
そう、もしも世界中の人間が、のび太のような人間ばかりだったら。アンジュは、もしもの世界をこの時から、思い浮かべていたのかもしれない。
勿論、アンジュの行いを完全に擁護することはできません。実際どんな理由があろうと、三人の命が失われたのは確かですから。
しかし、それでも彼女にだって事情があった。そしてその死を受け入れ、そして彼女が償うために戦っている。ただ、それだけは分かってもらってほしい。
そういう気持ちで書きました。