【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
彼女の過去に何があったのか?
そして彼女達は、彼は、何を思うのか?
「巻き込みたくなかった?」
一方、会議室内。この部屋は十人程の人間が椅子に座って作戦会議を行うためのスペースしかなかった。
しかし、ご存じの通り現在は≪アウローラ≫の司令であるジルとその盟友三人、第一中隊の面々に向こうの世界から来たサラマンディーネ、そしてのび太、スネ夫、ジャイアン、宝島からジョンにフロックにセーラにクルトとついでにタスクにと大勢の人間で寿司詰め状態。
そんな状態だったからこそ、彼はソレを隠れて使用することができた。結果これである。
ジルは、何か諦めたかのように語り始めた。
「……古の民。タスクやエマの両親……≪マナ≫の使えない古い人類の生き残り……要は、向こうの世界からエンブリヲと共に汚れた世界から逃げてきた人間たちの子孫」
「……」
「その子孫たちは、居場所を取り戻すために、何度も何度もエンブリヲに立ち向かった。けど、そのたびに仲間たちは一人一人といなくなり、ついには逃げ出す者もあらわれた……」
「ッ……」
その言葉に反応したのはタスクである。そう、タスクは逃げ出した人間だった。使命から。多くの同胞が死んでいく中で、自分に科せられていく仲間たちの思いを受け取り、その重圧に耐えきれなくなった人間の一人だったから。だから、彼女のその言葉に反応し、うつむいてしまった。
「……古の民はその戦いの中で、≪ラグナメイル≫ヴィルキスを手に入れ、これで神と……エンブリヲと同等に戦えると、誰もがそう信じていた。だが……」
「古の民は、誰にもソレを乗りこなすことができなかったのさ」
「どうして!?」
ジャスミンの言葉に反応したフロック。サリアも言っていた、ヴィルキスを乗りこなすことができなかったと。どうして、そんなことに。
「鍵がかかっていたんだ。虫けら如きが使いこなせないようにね……」
「生体認証のような物か?」
「そんな生易しい物じゃないよ……」
といいながら、ジルはもう一服煙草をふかしてから言う。
「生き残った者もあとわずか、あとは滅びを待つだけだった。そんな時だ。世界の果てに送られた≪ノーマ≫が、ドラゴンたちと戦わされていると、古の民が知ったのは」
「それって!」
「≪アルゼナル≫……か」
「その通り、彼らはあの場所へと向かった。そう、今私たちが乗ってるこの≪アウローラ≫を使って……だったっけ、司令殿」
「司令?」
司令とは、ジルの事だったのではないのか。そうのび太が疑問に思った瞬間だった。
「あぁ、あの日の事はよく覚えているよ。その時の司令はアタシだったからねぇ。最初に同盟を結んだ時の事は今でも覚えている……ジル……アンタがアルゼナルに来た時の事もね」
誰にも悟られないようにと夜深く、≪アウローラ≫を用いて≪アルゼナル≫に来た古の民たち。彼女ジャスミンはその時の信頼できる仲間たちと一緒に、その者たちと対面した。そして知った。世界の真実。すべてを裏で操る者、エンブリヲの存在を。
二組の利害は一致した。一方は、裏切り者でもあるエンブリヲを殺す事。もう一方は、自由を得る事。そのために古の民と≪ノーマ≫達は同盟を秘密裏に結び、極秘の計画である≪リベルタス≫が進められた。
ジャスミンがそれと並んで思い出したのは、ジルが≪アルゼナル≫に来た時の事だった。≪アレクトラ・マリア・フォン・レーベンヘルツ≫。後にジルと名前を呼ばれることになる現在の司令である。
「王族だったジルには、ヴィルキスを動かせる才能があった。そう、ヴィルキスを動かすには、高貴な血と、王族の指輪の二つが必要だった。それが、鍵を開いたのさ」
「え……それじゃ、司令も……」
「アンジュと同じ、お姫様だったの?」
ヴィヴィアンの言葉に、大昔の話さ、と言うジル。
「そう、アイツと同じだ。≪ノーマ≫であることを隠して十歳まで暮らしていたけどついにばれて≪アルゼナル≫に放り込まれた……」
「あの時も、随分荒れてたねぇ……そう、アンジュと同じように自暴自棄になっていた……そんなジルにどうせ死ぬならとヴィルキスを貸したのも同じだったよ」
「フッ……あたしたちの元には多くの仲間が集まった。ヴィルキスを守る騎士。ヴィルキスを治す甲冑師、医者に武器屋に犬。始まったんだ。捨てられた者たちの逆襲。≪リベルタス≫が」
タスクの両親。エマの両親。マギーに、司令の椅子をヴィルキスを操れるジルに与えて武器屋を始めたジャスミンとその愛犬であるバルカン。そして、他にも多くの古の民の力を借りて彼女たちの≪リベルタス≫が始まった。
「地獄のどん底で、私は仲間と使命を得た。この作り物のくそったれな世界を壊すと言う使命をな……だが」
その瞬間、ジルは右腕を、義手が破壊するかのような勢いで机の上にたたきつけると叫ぶように言う。
「私には足りなかった。全部吹っ飛んでしまった。指輪も仲間も、右腕も……そして……」
そして、その後には自嘲するかのように笑い、数瞬の間考え込んでから言った。
「笑いたければ笑うがいいわ? 私は、エンブリヲの愛人にされてしまった」
「あ、愛人!?」
一番、子供たちに刺激的ではない、柔らかな言葉を、しかし、その場にいる彼女たちの知り合いにとっては裏切りとも言えるような、そんな言葉を。
「それはあたしたちも初耳よアレクトラ」
と、赤い髪の女性。マギーが言う。マギーだけじゃない。ジャスミンも、メイもまた彼女の言葉に驚きを隠せていなかった。
「当然だろ? 戦いに出た結果、むざむざと仲間を目の前で殺されて、更には敵の……エンブリヲの人形にされてしまった。ただただあの男に屈辱を与えられそれを屈辱と思えないほどまで堕ちてしまってた。目が覚めた時には……もう、何も残されていない。誇りも使命も……仲間との絆も……なにも……」
怖かった。全部奪われて行くのに、それを何とも思えなく位にすべてをあの男にささげた。そんな自分に作り替えられていくのが、とても怖かった。
でも、その恐怖すらも快楽に変えられてしまって、あの男と一緒にいるという事に何の不思議も抱かなくなってきた。もう、このまま堕落した生活を続けてもいいと、あの男と一緒に入れるならいいと思えていた。その時だった。
「こんな私を信じて命を捨てても助けに来てくれた、タスク……アンタの両親……」
タスクの、古の民である父親と、メイルライダーであった母親が、助けに来てくれたのだ。でも、それでも自分は直前まであの男と寝床の上にいた。虜とされていた。見向きもしなかった。
そんな自分の事を、エンブリヲに捕らえられているだけだと思って、助けに来てくれた。見捨てなかった者たちがいた。それが、タスクの両親。ヴィルキスの、騎士。
ジルは、その最後、炎に包まれる中で死んでいく二人を見て、ようやく目が覚めたのだ。でも、全てが遅すぎた。
ジルは、壊れた右手で顔を支えるようにして言った。
「あぁ、そうさ。私が殺したようなもの……いや、殺したッ!」
「ッ!?」
そう、自分が殺したのだ。彼女は断言した。タスクはその言葉に口を塞いだ。自分が、両親の本当の仇なのだと、そう宣言されたも同然だったから。
でも、それでも彼には憎しみが湧いてこなかった。知っていたから。彼女を助けるために命がけで両親がエンブリヲの下に行き、それについて行ってその目の前ですべてを見届けたから。流石に、彼女がエンブリヲの人形にされていたという事実は知らなかったが、しかし何か違和感のようなものを感じていたのは確かだ。
だからこそ、彼は、ヴィルキスの騎士という役目を放棄した。≪リベルタス≫が失敗に終わって、逃げる仲間たちに着いて行った。自分もまた、ヴィルキスの騎士として戦って、死ぬことに恐怖したから。
「あったのは、エンブリヲに対する復讐心と、数少ない仲間たちだけ。エンブリヲを殺す! それしか、私が償う方法はなかった!」
まるで憎しみをぶつけるかのようにジルは言った。その言葉から、心の底からエンブリヲを憎む気持ち、そしてその悲しみしか残っていない彼女に、哀れみを感じる物があった。
「そこにアンジュ、アイツが現れた。アイツは、私が失った物を持っていた。だから、アタシはアイツをヴィルキスに乗せて、世界を破壊させる役目を譲った。≪ノーマ≫解放の使命を、アイツに、託すしかなかった。すべては、≪リベルタス≫を成功させるために……いや、仲間達の無念をはらすためには、どんな奴でも使う! そう、覚悟したのにね……」
自分は情を捨てきれなかった。サリアを捨てきれなかった。だからこそ、彼女に打ち明けることができなかった。ヴィルキスに乗る資格があるのは、自分のような王族の血と、指輪を持つ人間だけなのだと。
指輪はともかくとして、普通の一般家庭の≪ノーマ≫として生まれたサリアには、その資格がなかった。それでも、彼女はヴィルキスに乗りたがっていた。自分の代わりに、≪リベルタス≫を成功させると、自分の仇を討つと、幼いころから必死で頑張っていた彼女に真実を告げるのが怖かった。
それでまた、仲間が、大切にしているものが離れて行くのが、怖かったから。
「それじゃ、サリアをヴィルキスに乗せなかったのは……」
「あの子は私に似ている。けど、その本当の力も出せずにヴィルキスに乗せてたら、私のようにあの男に掴まって……絶対に取り込まれる。人形にされる。あの男に利用される! それが、我慢ならなかった。だから、守りたかったのさ……私に……唯一残された、この世で最も大切なものをさ……」
「なんでよ、なんで最初から、全部話してくれなかったのよ」
と、その時だ。サリアが、静香とともに廊下の扉から現れたのは。彼女は、その目に涙をためて言う。
「私は、アレクトラのためだったらなんだってする。アレクトラのためなら、どうなっても構わない。ずっとずっと……アレクトラが傷だらけで帰って来てからずっとそう考えて生きて来た。だから私は……いつか、アレクトラを守れる騎士になるんだって……そう、信じて……戦って……ヴィルキスを使いこなせるようになるんだって頑張って来た! なのに……」
はなから、ヴィルキスに乗れなかった。ソレを隠していたなんて。
どうして、教えてくれなかったのか。自分は、大丈夫なのに。自分は、アレクトラのために戦っているのに。だから、例えヴィルキスに乗れないと分かっても、それでも、彼女の仇を討つ方法を考えていたかもしれないのに。
いや、違う。妹のように思っていた。その言葉が欲しかったのかもしれない。自分が、彼女に必要とされている。彼女の心の支えになっている。それを知れていれば、彼女の助けに、なれていたのに。どうして。
「サリア……」
「……ジル、いえアレクトラさん。貴方は、アンジュさんに似てます」
「……」
そう、のび太が言った。確かに、似ている。その生い立ちも、そして復讐心を持つところも、何もかも似ている。そしてなおかつ、≪心の底にある優しい心≫も、似ていた。でも、でも―――。
「でも、違うところがある……どうして、その優しさをサリアさんに見せなかったんですか!」
アンジュは、その優しさを行動で出していた。ドラゴンを率先して殺して、他の人間を死の危険から遠ざけた。モモカを膨大な額のお金で買い取って、死ぬはずだった彼女の運命を変えた。言葉の端々にも厳しいながらも優しい心を持った言葉を出して、エルシャやヴィヴィアンのように、仲間たちの中にはその優しさが伝わった者もいた。
「最初からそんな優しい気持ちをサリアさんに、みんなにも見せてたら……貴方が復讐に苦しむことはなかった! 誰かが、相談に乗ってくれてたかもしれないじゃないですか!」
辛かった。のび太にとっては。復讐に身を染めて、自分の心を押し通し、嘘で嘘を固めて他人を拒絶し、一番大切なものをも手放そうとしていた、その姿が。
何故他の人間にも自分に降りかかった事実を伝えなかったか。
簡単だ。そんな事実を知ってしまったら、自分を、もしかしたら敵にもう一度寝返ってしまうかもしれない人間を司令のままにしておかないだろうから。
もし、誰かに弱さを見せてしまったら、誰も付いてこなくなる。また、仲間を喪う。それが、怖かったから。
だから彼女は一人ですべてを抱え込んでしまった。一人で、苦しんで、もがいて、誰にも共有することができないような痛みの中で過ごしてきた。
それが、のび太には悲しすぎたのだ。
「フッ、似てる……か。のび太……覚えておいた方が良い」
「……」
「復讐心の前では、例えどれだけ優しい人間も鬼になる、とな」
「でも、アンジュさんは優しさを忘れなかった。ドラゴンを相手にしても、ココさんやミランダさんやゾーラさんって人を殺されて、どれだけ怒りに震えてても、それでもアンジュさんは……ドラゴンの話を聞いてくれた。最後まで。エルシャさんも、優しさを持っていた。だから、真実を知ろうと僕たちについてきてくれた! アンジュさんは言っていた! 向こうの世界で、もうこれ以上過ちを繰り返さないように、エンブリヲからアウラを助けて、戦いを終わらせて、≪アルゼナル≫の皆と一緒に向こうの世界に行こうって、そうすればもう誰も殺さなくて済む。死ななくて済むって、だからこの世界に帰って来たんだ!」
「アンジュが……」
「あの痛姫がそんなこと……」
「……」
のび太の言葉に第一中隊の面々は、まさかあのアンジュがそんなことを考えていたなんて、というような表情をする。
そして、サラマンディーネは、目をつぶり、彼の言葉を心の中にしまう。そう、確かに彼女は言った。もうドラゴンを殺さないと、自分たちの前で、笑顔で宣言した。あの時の姿は、自分でもとても凛々しく見えた。あのまごうことなき曇りのない目を。
「その結果がこれさ! アンジュを失い、≪リベルタス≫はもう」
「まだ、よ。アレクトラ」
「……」
もう、終わった。そう言おうとしたジルの言葉にサリアが重ねるように言った。そして、叫んだ。思いの丈を。
「アレクトラ、私の心も、身体も……まだ、貴方のものよ! あなたに私しかいないように、私には、貴方しかいないの! アレクトラ!!」
「……」
「だからお願い……もう、ヴィルキスに乗せろなんて言わない。だから、私を……私も、アレクトラを守らせて!! 私を、アレクトラの騎士にさせて!」
もう、≪リベルタス≫なんてどうでもいい。ヴィルキスだってどうでもいい。もう、使命だとかそんなものは関係ない。自分をジル一人のための騎士にさせてほしい。その言葉は、どこかタスクのソレと似ているものがあった。
タスクが、アンジュと共に過ごして、その人柄を知って、彼女の事を守りたいと本気で願った。その時と、どこか似ているものがあった。
その既視感に、タスクは笑みを浮かべた。と同時に、ジルは立ち上がって≪何故か≫クルトの方を向いて言う。
「全く……そこの奴らに変な事されて全部吐いちまったよ」
「げげっ!」
バレてたのか。そうクルトは思った。クルトが使用したのは“ショージキデンパ”。手よりも少し大きなサイズのパラボラアンテナ型の“ひみつ道具”で、これを使うと相手が話したくないと考えていても強引に本音を漏らさせるという、警察にとってはとてもありがたい“ひみつ道具”として未来の世界では使われている。
そう、ここまで話してきた正直な本音。本当はジルは懐にしまったまま、エンブリヲの亡骸を前にするまで語るまいと思って来た。でも、突如として頭の中が空っぽになって、そう、まるであの男に頭の中を弄られて、快楽の虜になった時と同じ感覚がした。
それでも、その“ひみつ道具”の効果にあらがえたのは、彼女の精神力が異常に強かったからであろう。抗い、言葉を選ぶ余裕すらもあった。だからこそ、子供たちに変な言葉を教えないようにと自重ができた。でも、サリアに対する言葉に嘘偽りなんてなかった。それは、本当だ。
「聞いた通り、アタシは一度アイツの手に落ちたどうしようもない女さ。そんな奴が、司令官なんてできない。今後の指揮は……サリア、アンタに譲るよ」
「え……」
と、言うとジルは人の群れの中をかき分けて、廊下に通ずるドアの方へと向かう。
そして、サリアの横を通ろうとした、その時だった。
「アレクトラ……」
「この後は、お前の自由だ。サリア……戦うも、逃げるも、私のようにエンブリヲに尻尾を振って命乞いするのも……お前の顔と性格なら、アイツのメガネにかなうだろうさ。ただ、一つだけ……」
ジルは、サリアに≪ある物≫を渡すとその身体を抱きしめて、耳元で言う。
「どれだけ汚れ、みすぼらしくなってもいいから、私はお前に、生きていてもらいたい……」
ただ、それだけ言うと彼女は部屋から去ってしまった。
その台詞。まるでそう、アンジュの母親が、死の間際に彼女に伝えた言葉の様、何があっても生きてほしいと言う願いにも似た何かのように感じる。
「……」
一方、指揮権を任されたサリアは、その掌に彼女が渡してくれたソレを見る。自由。でも、コレを自分に渡されてももう、自分にはアレを動かすことなんてできない。
戦うも。
逃げるも。
エンブリヲの下に行くのも自由。
そして、彼女が願う事が生きていてほしいという願いなら、どんな姿になっても生きてもらいたいと言うのなら、きっと、彼女の、本当の願いは―――。
アンジュとジル、二人は似て非なるモノ。ジルのIFがアンジュ、アンジュのIFがジル。
でも、決定的に違うのはジルはエンブリヲによって優しさを失わざるをえなかったこと。
そして、司令の立場故に誰にもその苦悩を話せなかったこと、例え妹と思う者にすら……。
それが、原作の彼女の結末に向かう事となった……。
そして、サリアの心を繋ぎ止めたのは、真の友情を知るものの言葉と、真に信じるものの一言。
原作見てる勢の安心ポイント一つ。考えてみればジャイアンのおかげで原作の悲劇がいくつも回避され、とんでもねえ数の人が救われた事になる。大長編補正ありのジャイアンすげぇなおい。