【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
シルヴィアから放たれた銃弾。それは、アンジュにも、そして静香にも当たることなく天井に小さな穴を開けるだけで済んだ。
しかし、その銃弾は、アンジュの心に穴を作るのには十分すぎるほどだった。
どうして、自分が大切に思っていた妹から、こんな仕打ちを受けなければならないのか。なんてことは思っていない。自分はただ知りたかった。彼女が、そんな行為をするに至ったその経緯を。
「な、馴れ馴れしく名前を呼ばないで! この化け物!!」
「シルヴィア……」
シルヴィアは、ドア付近の壁に背を付け乍ら、やはり猟銃を持って叫んだ。やはり、自分が≪ノーマ≫だから、だろう。これが当たり前の反応なのだ。
「貴方なんて、姉でもなんでもありません!」
「そんな、アンジュさんは貴方の事……ッ!」
静香は、アンジュがシルヴィアの事を大切に思っていた。そう言おうとしていた。しかし、アンジュによってそれは遮られてしまい、アンジュは太ももに常備されていた拳銃を彼女に向ける。
「シルヴィア……」
「ッ……」
しかし、シルヴィアは臆することなく猟銃を構えたままだった。しかし、どう見てもアンジュのその動作に恐怖しているのは確かだ。その下半身から流れ落ち、絨毯の上に水たまりを作るほど、尿を漏らしていることからして、しかしそれでも彼女は叫んだ。
「どうして……どうして生まれて来たんですか? 貴方さえ生まれて来なければ、お父様も、お母様も、お兄様も、私も! みんなみんな幸せだった! 貴方がいなければ、私が歩けなくなることはなかった! お母様が、お父様が死ぬこともなかった。お兄様を殺した人殺し!!」
「……」
アンジュは、その罵倒を聞くだけだった。そう、自分がいなかったら、もし自分が≪ノーマ≫じゃなかったのだとしたら、この国も平和そのものだっただろう。偽物の、平和に包まれて、誰も不幸にならない、そんな毎日。
ただただ平々凡々な毎日を送って、≪アルゼナル≫で≪ノーマ≫がドラゴンと戦わされ続けているという事実も知らないで、お姫様として優雅に、暮らしていたことだろう。
「貴方が……全部奪ったんです! 全部壊したんです! お母様を、お父様を、お兄様を……≪マナの光≫を! 全部、全部返して! この化け物……この、化け物! 大っ嫌い!!」
「そう……貴方は、そう言うのね……」
「ヒッ……」
「アンジュさん!」
アンジュは、その言葉を聞くと、銃口をシルヴィアに向けた。その行動に、流石にシルヴィアも恐れを抱いたのか、持っていた猟銃を床に落としてしまう。そして、静香もまたアンジュが行おうとしている、と思われる行動を止めるために出て行った。
彼女はもうすでに兄殺しという決して拭いきることのできない罪を背負っている。今更、妹を、ましてやこれほどの暴言を言い放つ妹を殺すこと何て、彼女にとってはわけのないことのはずだ。
でも、そんな事許してはならない。これ以上、悲劇が続くなんて。だから。
その瞬間だった。
「安心したわ。それぐらい強い言葉を投げ捨てられるのなら、もう、立てるわね」
「え……」
と言って、アンジュは優しい微笑みを浮かべる。それは、慈愛に満ちた表情。自分やのび太に向けてくれていたあの表情と同じものに見えた。そう、彼女の本性を現したかのような、そんな表情に。
「な、なにを言って……私の足はもう!」
自分の足は動かない。アンジュと乗馬中に、落馬して、もう動けなくなっているはずだ。そう、彼女は言った。しかし、アンジュは一度目をつぶってから言った。
「もう、治ってるのよ。貴方の足は」
「え?」
「え……」
この言葉に、静香はおろかシルヴィアですらも驚きを隠せていなかった。治っている。自分の、足が。動かないのに。まったく、前に足を出すことすらできないのに。それでも、治っていると言うのか。
「宮廷医師が言ってたわ。貴方の足はもう完全に治っているって。それでも立たなかったのは、貴方が甘えてたから」
「甘えて、た……」
「その通り。昔の私と同じ。≪マナ≫の光でなんでもできると思い込んで、周りの≪ノーマ≫……人間の事なんて見向きもせずに化け物扱いしていた。私とおんなじよ……」
昔の自分もそうだった。≪マナ≫が使えないだけでその人物を人間扱いしないで、≪ノーマ≫は人間ではないと格好つけて言って、母親の目の前で、赤ん坊を奪い去って出た言葉が、今度はちゃんとした≪マナ≫を使える人間を産むこと。等と、今考えてみれば滑稽であり残酷な言葉を投げかけていた。
いくら、それが遺伝子情報的に操作されていたからこそ出た言葉であったとはいえ、自分の性格が歪んでいたが故に出てしまった言葉。
そう、自分は完全に甘えていた。この世界に、皇女と言う立場に。そして、甘えさせてしまっていた。この世で最も大切で、手放したくない。そんな女の子を。そのせいで、彼女は何もできなくなった。誰かに頼らなければ自分では何もせず、何も考えず、他人の言う事ばかりを聞くような、そんな子に育ててしまった。
そう、だから彼女はケジメを付けに来たのだ。自分が甘やかしてしまったがために、ダメになってしまった妹を、もう一度立ち上がらせるために。
「アンジュリーゼ……お姉さま……ヒッ!」
アンジュは、自分の皇女時代の名前を使うシルヴィアに対して、すぐ近く、と言うほど近くはないがそこにあった車椅子を撃つと言った。
「違う、私の名前は……アンジュ……貴方の言う通り、人殺しの化け物よ。否定なんてしない。誰のせいでもない。全部、私のせい」
母が死んだのも、父が死んだのも、全部自分が≪ノーマ≫だったせい。兄が死んだのも、そもそもヴィルキスという機体の性能を知らなかった自分のせい。そして、向こうの世界の人間であるドラゴンを殺し続けたのも、ただただそれでしか生きることができないと言う自分自身の思考停止が招いた事実。
本当は、ゆっくりと話す時間があったはずなのに。本当は、ちゃんと話せばわかり合えたはずなのに。自分は、彼らが来るまでそんなことをせずにドラゴンを狩り続けて、結果、これほどまでに被害を増やしてしまって。
もう、何人もの人間を殺した、殺人鬼、シリアルキラーであるのか、自分自身でも分からない。でも、唯一ついえる事があるとするのならば。
「でも、私はもう……あと一人しか殺さない……それで、最後……もう、貴方に二度と会う事もない」
「え……」
もう、二度と会う事はない。時空融合を阻止できたとして、自分やエルシャたちはサラマンディーネたちがいる、向こうの世界に永住する事を決めている。だからもう、シルヴィアと会って話す機会があるとすればこれが最後。
だからこそ、アンジュは、彼女はシルヴィアのために叫ぶのだ。
「立ちなさい! 立って歩きなさいシルヴィア! そんなものがなくても、私がいなくても、≪マナの光≫がなくても! それでも! 前に歩いて行きなさい!」
車椅子がなくても、自分がいなくても、他人がいなくても、それでも前に向いて歩け。それが人間なのだ。それが本来の人間の姿なのだ。彼女はシルヴィアに伝えたかった。それが、彼女の姉として生まれて来た、そして最後の家族として残ってしまった人間の、責務なのだから。
アンジュは二度、三度と彼女の周辺に銃弾を放つ。すると。
「ヒッ、あ、あぁ!!」
その攻撃におののいたからか、それともその言葉に勇気をもらったからなのか、シルヴィアはやんわりと立ち上がり、その銃から逃げるために歩き始めたのだ。
シルヴィア自身も、驚いていた。まさか自分が本当に歩けるなんて、と。
甘えていた。そう。自分は甘えていたのだ。周りに流され、甘やかされ育ってきた自分。そんな自分に一番優しくしてくれたのがアンジュリーゼだった。
そんな姉を喪い、その姉を中心として次々と親しかったものが死んでいった。そして、最後に残ってしまったその絶望は計り知れないものがある。それは理解できる。でも、だったらどうしてその憎しみを、その最後まで残った肉親に向けてしまったのか。
決まっている。そこしかはけ口がなかったから。それまでの彼女には何もなかった。あったのは、手元にあるムチと銃だけ。それ以外には、何もなかった。はずだった。
でも、ことここに彼女に新たな武器が渡される。足と言う、人間の基本的な機能の一つ。
それがあれば、彼女はどこにだって行ける。それがあれば、彼女はどこまでも歩いて行ける。それがあれば、彼女は多くの仲間を作ることができる。
自分のように。
「戦いなさい! 一人で生きていくために!」
アンジュは、最後にそう叫ぶと踵を返してベランダの方に行く。
「行くわよ、静香……」
「アンジュさん、良いんですか!?」
静香の言葉に、一度だけその足を止めたアンジュはしかし、吹っ切れたかのような顔をして、シルヴィアに顔を見せずに言った。
「えぇ……強く生きなさい! シルヴィア! 私の……たった一人の、妹……」
「アンジュリーゼ……お姉さま……」
ただ、その言葉を言うと、アンジュはヴィルキスに乗り込み、空高くへと飛び立ったのだ。残ったのは静香と、そして立って、泣いているシルヴィアだけ。
「……」
そして、何かを決意した静香は走り出した。未来を決して暗黒に染めないためにも。
果たして、彼女の向かう先に何があるのか……。