【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
アンジュがシルヴィアの下から戻った時には、戦場は混乱を極めていた。≪ピレスロイド≫が≪パラメイル≫達を追い詰め、ソレから逃げればエンブリヲが操る≪ラグナメイル≫による追撃が待っている。それぞれの機体が互いに守り合っているため未だに戦死者が出ていないのは奇跡的とも言えるが、そろそろ限界が来ようとしている機体もあった。
特にそれが顕著に表れているのは戦場の後方で≪ピレスロイド≫による一斉射を受けている戦艦、≪アウローラ≫である。ここにいる機体の中でも一番の巨体であるその戦艦は、敵にとっては絶好の的となってしまうのだ。
その証拠に、今もまた一撃、≪ラグナメイル≫の攻撃を受けてしまった。
「くっ、アウローラ量子フィールド! 30%ダウン!」
「左舷! 突破されました!」
オペレーターのパメルとヒカルの声が艦橋に響き渡った。≪アウローラ≫には、量子フィールドという一種のバリアが備え付けてある。しかし、それもまた有限ではない。攻撃を受け続けていれば、いつかは剥がれてしまうもの。事実、量子フィールドが破られたところから無数の≪ピレスロイド≫による特攻があり、≪アウローラ≫本体にまで攻撃が及んでしまった。そして、≪アウローラ≫のあちらこちらではその攻撃によるダメージで火災が発生し、負傷者が続出しているところだった。
まだ、戦闘には支障をきたしてはいない程のダメージだ。しかし、それが蓄積していくとどうなることか、ジャスミンも分かっていた。
「まずいね、ヴィヴィアンとナオミを呼び戻しな! 後方で待機してる第二中隊もだよ!」
と、この場の指揮をアンジュから一任されたジャスミンが指令を出す。アンジュにも、その前任者であるサリアもそうだが、少し前まで大勢の人間の指揮を任されたことがない人間が、事こんな重要な場面において拙い指示を出すのは非常に危険である。
故に、元≪アルゼナル≫の指令を務めた経験があるジャスミンにアンジュは戦場での指揮を頼んだのだ。
しかし、場数を踏んでいたからこそ分かった。この状況はかなりまずいと。オペレーターから悲鳴のような声が飛んでくる。
「艦長! このままだと……」
「分かってる! 何かきっかけさえあれば……」
そう、きっかけだ。何かこの戦況を打開できるきっかけさえあれば。フロックとクルトが何か作業をしているのは分かるのだが、しかし二人が何をしているのか、集中しているために聞くこともできなかった。
このままだと弾薬もエネルギーも底をつく。一体どうすれば。
『あ、≪暁ノ御柱≫……』
「なに?」
と、その時だ。目の前のモニターに一人の女性の姿が現れたのは。その女性は上半身がほぼ裸体、その肌に見える傷がとても痛々しく、今にも事切れそうなほどに痛めつけられていた。
「この声、まさか!」
その声を聞いた瞬間に反応したのは、サラマンディーネを含めたドラゴン側からの協力者三人であった。という事は、彼女は。
『アウラへ続くメインシャフトは、そこの地下に……』
「リザーディア!」
恐らく、彼女が以前サラマンディーネが話していた間者。つまり、ミスルギ皇国に内通していたドラゴンなのであろう。その姿を見て驚くのは、何も彼女たちだけじゃない。アンジュもまた、少し意外そうな顔をして言った。
「リィザ? 驚きね、まさか近衛長官がドラゴンのスパイだったなんて……」
リィザ。それは、己がこの国の皇女を務めていた時からミスルギ皇国の近衛長官であった女性。故に、何度もアンジュは彼女と顔を合わせていたのだが、まさか彼女がドラゴンだったなんて、知りもしなかった。
彼女は、ドラゴン側のスパイとして、≪暁ノ御柱≫のシステムを時折操作し、自分たちの同胞を≪意図的≫の場合のみこちらの世界に送り込んでいた。
だが、前回ドラえもん達が≪アルゼナル≫の子供たちを助けるために特異点を開いたとき、それが見破られた。結果、彼女はエンブリヲともう一人による拷問や、憂さ晴らしに使われ、その身体に大きな傷を残してしまったのである。
『さ、サラマンディーネ様……アウラを、頼み、ます……』
と言う言葉とともに通信が途切れた。状況から判断するに、恐らく気絶してしまったのだろう。最悪のパターンとすれば、もしかすると。
「ッ! ナーガ! カナメ! リザーディアの救助を! 私は、アウラを助けに行きます!」
「分かりました!」
ここまでの情報を伝えてくれた、命がけで最後の最後まで同胞たちを導いてくれた女性だ。無駄死になんてさせない。殺しはしない。サラマンディーネは、二人の側近にリィザーディアが最後に通信を送って来たポイントへ救助を頼むと同時に、彼女の言っていた≪暁ノ御柱≫の地下深くにまで行く方法をアンジュと共に考えていた。
「って言ってもアレ壊すのも一苦労ね……」
そう、≪暁ノ御柱≫。それはとても巨大な塔なのだ。それを、ロボット一機が通れるほどに破壊するにはとてつもない苦労がかかるであろう。もし周辺の人間たちの事を考えないのであれば方法はあるにはあるのだが、できるのならあんなもの、いくらエンブリヲの下僕となっていた者たちであるとはいえソレで殺すのは憚られた。
では、どうすれば。
「任せときな。こっちには奥の手があるんだ」
「奥の手?」
と言いながら、ジャスミンはその進路を≪暁ノ御柱≫に向けるとオペレーターに向けて叫ぶ。
「冷線砲! エネルギー充填! 発射準備!!」
「了解! 冷線砲! 発射準備!」
「冷線砲?」
すると、≪アウローラ≫は下部から巨大な砲を出し、その中心部に向けてエネルギーを充填し始めた。あれが、ジャスミンの言っていた奥の手という物なのか。
「エネルギー充填64%!」
「エルシャ、いいかい。エネルギー残量から考えて、撃てるのは一発までだ。外すんじゃないよ!」
「は、はい!」
と言われたエルシャは、緊張にはち切れんばかりの声をだす。彼女の乗機であった≪パラメイル≫は前回の戦いで乗り捨ててしまい、そのまま海中に沈んでしまった。ヴィルキスと違い、彼女の≪パラメイル≫は海底の岩礁にそのまま当たってしまったために爆散し、回収も修理も不可能。
なので、今回彼女には乗機が用意できなかった。いや、そうじゃなくても彼女は≪アルゼナル≫での戦いで重傷を負っているのだ。本当だったらこんな場所にいるのも困難である。それでも彼女はジャスミンに志願したのだ。この戦いに参戦したいと。自分にも、何か役に立てることがあるのではないかと。
結果、彼女には≪アウローラ≫の機銃、そして一番大事な秘密兵器のトリガーを渡した。外せばそれで終わりの最終兵器のトリガーを。
そんなもの、人選ミスだろう。そう誰もが思う。しかし、その選択を非難する者は誰一人としていなかった。
信じていたのだ。彼女の子供達への思い。背後にいる、守るべきものへの思い。その力を。
「エネルギー充填76%!」
「右舷! 敵機きます!」
「ッ!」
其の時、今までにない衝撃が彼女たちを襲った。この時、エネルギーを冷線砲に集めているために量子フィールドへ回すはずだったソレを防御に使えなくなっていたのだ。
結果、手薄になった場所に次々と≪ピレスロイド≫が激突していき、火柱が上がり、≪アウローラ≫が大きく揺れる。いや、それだけじゃない。
「ぐッ……」
トリガーを持つエルシャの顔が、苦悶に歪んだのである。ジャスミンは後ろからであるがその姿に気が付いて声をかけた。
「エルシャ! まさか、傷が開いたのかい!?」
「だ、い、じょうぶです」
その声からして、限りなく大丈夫ではないことも、ジャスミンには分かっていた。そう、先の攻撃でエルシャのまだ治りきっていなかった腹部の傷が開いてしまったのである。
元々満身創痍だったエルシャ。ことここにきて傷が開いてしまい、彼女の目線はおぼろげになってしまう。しかし、それでも彼女はトリガーから手を離さなかった。
この手に、この引き金に、全てがかかっている。この、今まで自分がドラゴンを殺すためだけに引いてきた悪魔のような引き金一つで、全てを終わらせることができるのだ。エルシャは、まさに命と引き換えにしてでもその引き金を引こうとした。
「エネルギー充填100%!」
「え、N式……冷線……っ!」
「エルシャ!」
しかし、流石に彼女だって普通の人間だ。女の子だ。いくら何でも限界と言う物がある。エルシャは、その意識が消失する感覚があった。絶対に離すまいとしていたトリガーは、がっしりと掴んで、しかし椅子から崩れ落ちそうになっているソレは、ジャスミンも何度も見て来た死に逝く人間のソレに見えてならなかった。
「くっ! な!」
こうなったら、自分がトリガーを引きに行くしかない。そう考えたジャスミンが操舵から手を放そうとした。その時だった。≪三人≫の影がその横を通り過ぎたのだ。
そして―――。
「え?」
エルシャの身体を支えて、彼女が持つトリガーにそっと手を添える。エルシャは驚いた。その三人に。
「も、モモカさん。それに、エマ、監察官と……」
先ほど海上で救助した皇女様。つまり、元≪マナ≫を使えていた三人の女性だった。
「今の私はもう監察官でもなんでもありません。貴方たちと同じ……人間です!」
「ッ!」
そう、彼女たちはもうアウラからのエネルギー供給を受けられなくなったために≪マナ≫を使えなくなった、つまり≪ノーマ≫と呼ばれた存在、彼女達が忌避して来たソレと、同じになってしまった。
いや、そんなこと関係ない。エルシャには驚くべきことがあった。
彼女が、エマが自分たちと≪同じ人間≫だと、そう言ってくれたのだ。確かに彼女はドラゴンと戦う≪ノーマ≫という存在を見ていたことによって他の≪マナ≫使いよりも自分たちの事をはれ物として扱っていなかった節がある。
でも、それでも同じ人間としては決して見てくれていなかった。どこか自分の方が頭一つ抜けている。そういうプライドのような、しかしこの世界の人間からしてみれば当たり前の感情があった。
そんな彼女が、自分達と同じ、人間だと、そう言ってくれた。エルシャはそれが意外であり、そして嬉しかったのかもしれない。
「でも、引き金を引く……そのお手伝いはできます!」
「もう≪ノーマ≫も人間もドラゴンも関係ない……この一射は、その礎となる。それを、手伝わせてください!」
モモカ、そしてもう一人の女性もまたそう言う。そう、この一撃ですべてが終わるのだ。全ての関係性が。≪ノーマ≫として虐げられてきた人間の、≪マナ≫を使って悠々自適に暮らしていると思えば一人の人間によって裏から操られていた人間の、そして向こうの世界の人間たちの悲願を乗せた一撃。
「……えぇ!」
「フッ」
これが、その、第一歩となるのだ。その姿を見たジャスミンはこれまで見たことがなかったような光景に一度だけ笑うと、叫んだ。
「N式冷線破壊砲! 撃てぇ!」
「「「「ハァァァァァァァァ!!」」」」
瞬間、≪アウローラ≫の砲台から青白く、太い攻撃が一直線に≪暁ノ御柱≫を襲った。すると、その当たった場所から徐々に徐々に凍り付いていく。それはまるで、アルゼナルの人間たちがドラゴンに対して凍結バレットを使用したソレと全く同じ。
そして、完全に凍り付いた≪暁ノ御柱≫は自らの自重に耐えきれなくなり、崩れ、倒れる。
残ったのは少しだけ浮いている≪暁ノ御柱≫と、そしてその跡地に空いた巨大な穴のみ。
「大きな穴が……」
「あの先に、アウラが……!」
ソレを見たサラマンディーネは、一直線にその穴の底に向かった。そう、自分達同胞たちの悲願。ソレを達成するために。
「待ちなさいサラ子!!」
「……私も行きます!」
と言って、アンジュと静香もまたサラマンディーネを追う。≪アウローラ≫はその一射でほとんどのエネルギーを使ったため、推進力を失い、海上に着水した。
「よかっ……た」
≪暁ノ御柱≫が倒れたこと、そしてアンジュたちが地下に入っていったのを見届けたエルシャは、安心するかのようにその目を閉じ、倒れこんだ。
「頼んだよ……エルシャをすぐマギーとドクターゲッコーの所に連れてきな!」
「はい! ……イェスマム、艦長!」
と、エマはジャスミンに対して≪アルゼナル≫式の返事を返す。こんな言葉を使う時が来るなんて、思ってもみなかった。そう後に彼女は回顧している。
「「イェスマム!」」
それと同時に、もう二人の元≪マナ≫使いだった女性も、ジャスミンに対して敬礼した。一方はともかく、モモカはその言葉を使ってみたかったのだろうか。とてもノリノリである。
「フン、懐かしいねぇ」
といったジャスミン。その姿が一瞬だけ、若いころ、全盛期の時の自分に戻っていたのを彼女は感じた。勿論、そんなことはない。だが、心は、思いは変わる物なのだ。たった一つの、きっかけで。彼女たちのように。ジャスミンはソレを実感していた。