【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
「せめて燃料補給だけでも済ませて!! 出せる機体は全部出す! パーツの補充急いで! 壊れてる部分は他の機体の使ってもいいから!」
宝島内部。そこに降り立った≪アウローラ≫から出て来たメイは、整備班の各メンバーに対して次々と指示を出していく。
宝島は、エンブリヲがいるであろう時空の狭間に向けて時空間の中を飛んでいた。時空間の中は、青色の背景に歪んだ時計が見えるという初めて見る人間にとっては少しおかしな空間だ。だが、そんな光景もドラえもん達にとっては見慣れた物。そして、メイたちにとってはそんなものに目を奪われている時間はないのだ。
もうすぐエンブリヲとの最終決戦が始まる。メイルライダーは全員宝島に降りてもらって、その間に自分達は彼女たちが乗る≪パラメイル≫の修復作業をしなければならなかった。しかし、時間がない。壊れた≪パラメイル≫からキメラ的なソレでパーツを貰ったとしても、整備する時間が足りない。このままだと、自分たちは彼女たちに整備不良のいつ壊れてもおかしくない不良品を手渡すことになってしまう。
そんなの、これまで整備士として≪アルゼナル≫で闘って来た。そして≪リベルタス≫のために努力してきたその全てを否定するようなものだ。しかし、どうすればいい。弾薬、燃料の補給だけは済ませるようにと指示は出した。でもこれ以上自分たちにできる事は―――。
「メイさん。これを使って! 行動が速くなる“ひみつ道具”だ!」
その時だ。ドラえもんは“ひみつ道具”の“クイック”という錠剤型の“ひみつ道具”を取り出した。“クイック”は彼の言う通りに身体の動きや思考を素早くする薬であり、こと今回のように素早く作業をするにはうってつけの道具であるのだ。
「ありがとう! そうだ、“フエルミラー”はまだ使える!?」
「勿論! 存分に使って!」
と、ドラえもんから“フエルミラー”を受け取ったメイ。よかった。これで想定していた以上の、≪パラメイル≫を出すことができるかもしれない。勿論、≪パラメイル≫自体をコピーすればそれだけで自分たちの出番なんてなくなってしまう。
けど、彼女たちにもプライドが、整備士としてのプライドがある。これまで数々の仲間たちを、自分たちが整備し、自分たちが修復した≪パラメイル≫で送り出したそのプライドが。だから、彼女はその道具で丸々≪パラメイル≫をコピーしようとは思っていなかった。ただ、パーツだけ、足りていないパーツと機械を増やすだけでいいのだ。
「できるだけ一機でも多く動くようにする……私たちの最後の仕事! 気合い入れるわよ!」
『イェスマム!!』
こうして、彼女たちの最後の戦いも始まった。
「本当に行くのかい?」
「はい……」
そのころ、≪アウローラ≫内にある特設された医務室の中。そこで重傷を負ったエルシャとそのエルシャの傷を見たマギーが話し合っていた。
もはや何の話をしているのかは想像するのも難しくはあるまい。エルシャは、その傷だらけの身体で戦場に出ようと言うのだ。それが、どんな結果をもたらすのか、彼女にも、マギーにも分かりきっていることなのに。
「次はもう、命の保証はないよ……」
先ほど冷線砲のトリガーを引くことすらもままならなかった身体だ。≪パラメイル≫に乗れたとしても満足に動かすこともできない。いやそれどころか体にかかるGによって身体の各部位は損傷し、良くて全身麻痺、悪ければ死。マギーはそう彼女に伝えた。それでも、本当に行くと言うのか。
「私の願いは変わらない。子供達の命を、未来を、守りたい。この手で……例え……」
「命をかけても、か。バカだね……」
エルシャの思いは何も変わっていない。変わらなかった。子供たちのために。子供たちを、あの、戦いのない世界に連れて行きたい。たった一つの信念。それは死を前にしても変わらなかった。それは、もはや死神に魅入られているようだ、そうマギーは感じたと言う。
全く、アレクトラと言いこのエルシャと言い、どうしてこう自分が傷つくことを承知でそれでも前に進もうとするのか。マギーは呆れるように一つの注射器と液体が入った小瓶を見せる。
「それは……」
「ドクターゲッコーがくれた向こうの薬だ。鎮痛剤だそうだが、エンブリヲの手で作られた≪ノーマ≫にどんな副作用が出るかわからない。それでも、使うかい?」
それは、向こうの世界から救援に来ていたドラゴンの医師、ドクターゲッコーが渡してくれた鎮痛剤だった。本来だったらドラゴンに使用する物、つまり向こうの世界の遺伝子操作を受けた人間に対して使用されるもの、その中でも一番強力な物をエルシャに差し出したのだ。
故にエンブリヲによってつくられた自分たちが使用すれば、どんな副作用が出るかは分からない。そう、ドクターゲッコーは言っていた。もしかすると、命を落とす可能性すらあった。そう、説明されてもなお、彼女の意思は変わらない。
「……はい!」
「全く……」
こうして、エルシャは死に体で戦場に出ることになる。最後の、いや、本当の意味で最期の戦いに。エルシャは感じていた。自分の身体はもう長くはないことを。でも、彼女はそれでも出撃するのだ。
全ては、子供たちのために。他人のためにここまで尽くすことができる愚か者が一体どれほどいる事か、いや、エルシャの中には何人かの仲間と、そして子供たちの姿が思い浮かんでいた。
エルシャは感謝している。彼らと、そしてアンジュと出会えたことに。たとえ、それが自分の死期を早めることになったとしても、それでも彼女たちと出会えたからこそ、自分は希望を持つことができた。
それが、彼女にとって何よりも、嬉しい事であったのだ。
「まさか、貴方がこの船に乗ってたなんて、思っても見なかったわ」
「私もです」
そう話しているのは、宝島の端の方、透明なバリアを目の前にしたアンジュと、もう一人の女の子。
外の景色はすでに今までのそれとは違うより一層不気味に、まるで万華鏡の中に吸い込まれてしまったかのような空間となっていて、ところどころからクリスタルのような結晶が宝島に当たったり、光の球が当たったりしている。ドラえもん曰く、≪タイムボール≫という小型の台風のような物らしいのだが、どれもが宝島のバリアによって弾かれている。
この宝島のバリアは強固だ。だからこそ、彼女はゆっくりと話すことができるのかもしれない。
目の前にいる、少女と。少女は薄っすらと笑みを浮かべて言う。
「まさか、≪フェスタ≫の慰問訪問にきたと思ったら、世界の危機なんてものに遭遇するなんて……アンジュリーゼ様、いえ、あえてアンジュと呼ばせてもらいますね」
≪フェスタ≫。アンジュにとってその言葉を知ったのはついさっきの事。そして、その≪フェスタ≫の慰問訪問のために、一つの国の皇族が≪アルゼナル≫近くまで来ていて、≪マナ≫の供給が止まってしまったために海に落ち、この宝島に拾われたことも、ついさっき知った事。
だがまさかその皇族が、自分の知っている人間であるなんて、驚きにも程がある。
「えぇ、ミスティ・ローゼンブルム王女」
ミスティ・ローゼンブルム。その名前の通り、ローゼンブルム王国の王女であり、アンジュとは学生時代からの旧知の仲、つまり自分がまだ≪マナ≫を使える人間だと思っていた頃からの知り合いだ。
国が違うが故に学校自体も違うので、会う時と言ったら、王国どうしの晩餐会の会場や、それから≪エアリア≫の試合の時くらいだったがしかし、彼女のことはよく覚えていた。
「もう王女でもなんでもありません。私も貴方と同じ、ただの≪ノーマ≫……いいえ、もうその言葉も不適切かもしれませんね」
と儚げに自分の手を見たミスティ。アンジュは聞いた。
「良かったの? 一緒に来て。貴方のお父様もお母様も、まだ向こうの世界にいるんでしょ?」
「≪アルゼナル≫の管理運営は、我がローゼンブルム家の責務です。その者たちがなす事を最後まで見守ること、見届けること、それが……私達が≪ノーマ≫と蔑み、利用し続けてきた償い。この船に助けられた時、そう悟ったのです」
「……」
アンジュは思った。この子、≪ノーマ≫に対しての償いを考えるほど、責任感のある女の子だったのかと。
確かに、彼女もまた≪ノーマ≫に対する差別意識は持っていた。けど、それは昔のアンジュリーゼと呼ばれた人間や、ミスルギ皇国の人間たちに比べればだいぶマシといっても過言ではない。
彼女が言った通り、≪アルゼナル≫の管理運営は、彼女の家、ローゼンブルム家が行っていたから。彼女たちが命がけでドラゴンと戦って、自分たちの世界を守っていてくれたことを知っていたから。
流石に、そのドラゴンを殺した結果抽出されたエネルギーをアウラという存在に送り込んで≪マナ≫が供給されていたという事実は、サリアによる決意表明の時に知ったのだが、しかしそれもまた一層、彼女の中にある責任感に火をつけることになった。
この戦いは自分たちが≪ノーマ≫と蔑んでしまっていた者たちと、自分たちを、自分たちの国を裏から操っていた人間の戦い。それを最後まで見守る責任があると彼女は考えていた。たとえ、二度と元の世界に戻れなくなったとしても。
「アンジュ。私は、≪マナ≫を使えない生活というのに慣れてません。世界を救った暁には、私に……本当の人間の暮らし方を教えてくれますか?」
と言うと、ミスティは手を差し出す。握手、のつもりなのだろう。それは、本来だったら前代未聞の事。相手が≪ノーマ≫という化け物であると知っていてもなお、その手を、何ならはめていた手袋を外して手を差し出すなんてこと、王家の人間だったらしないこと。
それはもう、彼女も理解したからなのだろう。≪ノーマ≫だ、人間だなんて、言葉を使って差別する時はもう過ぎ去ったのだと。自分と、アンジュは、同じ、人間なのだと。
「えぇ、分かった。本当の人間の暮らし、教えてあげる。ミスティ」
それは、≪ノーマ≫の代表と、人間の代表による和解の握手だった。歴史的な瞬間とまで後世まで語り継がれるほどの一瞬の出来事。
それに、微笑みで返すミスティは、しかしすぐに言った。
「でも、残念です。貴方ともう一度、エアリアで勝負をしてみたかったから」
そう言えば、とアンジュは思い出す。自分が洗礼の儀、つまり王族の一員として認めらえる前の日、自分は、当時通っていた学校の生徒たちと一緒にミスティ・ローゼンブルム率いる学校と≪エアリア≫で勝負を行った。結果は、アンジュのチームの惜敗と言う形で終わってしまって、さらに自分が≪ノーマ≫だと明るみに出てしまったがために二度と彼女と戦うことができなかった。
そして、きっとこれからも、≪マナ≫を使うスポーツは再現できないだろう。だから、もう彼女と≪エアリア≫で決着をつけることは叶わないこと。ミスティは、それに少し残念がっていた。しかし、アンジュは言う。
「フフッ……向こうの世界にはそんなのよりも楽しい遊びがたくさんあるわ。それで、戦いましょう」
「えぇ、楽しみにしてます」
そう。向こうの世界には≪エアリア≫よりも楽しいスポーツがたくさんある。サラマンディーネは決闘なんて物々しい言葉を使っていたけど、今考えればどれも遊びの延長と言っても過言ではなかった。
悪くないだろう。向こうの競技で決着をつけるのも。アンジュはそう考えていた。
「まぁ、それまで私に生きる資格があるか……によるけど」
「え?」
そう言いながら、アンジュはある方向を向いた。そこには、自分に近づいてくる桃色髪の女の子の姿。
彼女の事も、さっき聞いた。まさか、生きていたなんて思わなかった。いや、そもそも存在自体を知らなかった女の子。知る由もなかった、女の子。
「アンジュ……」
「初めまして、ナオミ」
「うん……」
ナオミ。アンジュが前に着ていたライダースーツの持ち主にして、戦死確定という状況の中で生き残った奇跡的な女の子。
そして、自分が殺した、ココとミランダの、同期。
「ココとミランダの事なら、どんな償いでもするわ。けど、それはエンブリヲを倒してからに」
と言ったアンジュの手を持ったナオミは首を横に振って言う。
「いいの。ココとミランダは、きっとそんなこと望んでないから。望んでるのはきっと、アンジュの方」
「ナオミ……」
そう、言われて気が付いた。そうか、もしかしたら自分は、誰かに罰せられたかったのかもしれない。誰かに、ココとミランダを殺したその罰を受けたかったのかもしれない。自分のせいで失った命、その償いを色々と考え、実践に移して来たアンジュ。でも、たとえどんな償いをしても二人が帰ってくることはない。
分かっているからこそ、彼女はゆだねた。ナオミに、≪自分が望んでいた≫償いを。
でも。
「ココとミランダのこと、忘れないでいてあげて。ただ、それだけでいいの」
なるほど、どこかエルシャと似た感覚の持ち主だ。そう、アンジュは感じる。この子が、もし、戦死、いや行方不明になることなくそのまま≪アルゼナル第一中隊≫にいてくれたら、どれだけ自分たちが助かった事か。そう、考えてしまったアンジュは、ナオミに誓う。
「えぇ、絶対に忘れない。ゾーラの事も、絶対に」
三人の死を。三人が生きた証を、この胸に宿したまま、生きていく。そんな覚悟を。
「アンジュ、私のいない間、第一中隊のみんなを守ってくれて、ありがとう……」
其の時、アンジュは見た。ナオミの目からこぼれた一筋の涙を。それが彼女が一番伝えたかったことなのだろう。自分がいない間の、第一中隊の仲間たちの命を救ってくれていたこと。その身を呈して危険の中に身を置き続けてくれたこと、それを、その感謝を伝えたかった。ただ、それだけだったのかもしれない。
アンジュは、そんなナオミの身体を抱き締めると言う。
「怒り、悲しみ、報復。その先にあるのは、滅びだけ。でも人間は、ソレを受け入れ、赦すことができる……か……その通りかも、しれないわね……」
サラマンディーネの言葉、正確に言えば、その側近のカナメ伝いに聞いた彼女の言葉だ。彼女の言う通りだった。ナオミは赦してくれた。こんな、自分を。こんなに、彼女の愛した第一中隊をひっかきまわした自分の事を赦し、受け入れ、そして一緒に進むべく前を向く。そんな女の子に、アンジュもまた、感謝していた。
赦してくれて、ありがとうと。
「ふぅ、やれやれ」
「なんとか終わった……」
と、その時だ。≪パラメイル≫の整備に追われていたメイとドラえもんの二人がアンジュの下にやってきたのは。
「メイ、機体の方はどう?」
「万事オッケー。スーツの方もね」
「スーツ?」
アンジュはそのメイの言葉に疑問符を浮かべた。確かに自分は機体の整備の方は完全に彼女に一任していた。でも、スーツに関しては何も指示を与えていなかったはずだが、なんのことだろう。
「そう。はい、これナオミの分」
「あ、ありがとう!」
と言って、メイが取り出したスーツ。それに、アンジュはどこか見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころか、だ。
「こ、このライダースーツって!」
そのスーツは間違いなく今、自分が来ているスーツその物、つまりドラえもんが“きせかえカメラ”で作ったスーツそのものだったのだ。
「アンジュのスーツを見てから一度着たい! って思ってたんだよね!」
「これが最後の戦いになるんだ。文句あるまい」
と、現れた他の第一中隊の面々やジル。そして出撃が可能なメイルライダーの面々と、のび太たち。全員が全員、今自分が来ているライダースーツと同じものを着用していた。
そう、これが最後の戦いになるのだ。もう規律とか規定とか、そんなの関係なかった。だからといってそのライダースーツを着る理由なんてない。ただ、着てみたかった。ヴィヴィアンの言葉が一番その現状に合っているのだろう。
「えぇ、そうね」
そんな彼女たちを見渡して、アンジュはさらに決意を改めたように言う。
「終わらせましょう、全ての、戦いを!」
最後の戦い。その舞台に彼女たちがたどり着くまで、あと、数分。
何故ミスティに救済を与えたのかって?
救える可能性があった人間なのに、救えないなんて、後味悪すぎるだろ?