【完結】映画 ドラえもんクロスアンジュ のび太と天使と竜の輪舞 作:牢吏川波実
塵と化した≪ヒステリカ≫。そして、一刀両断されたエンブリヲ。
短く、あっけない、しかし彼女たちにとってみれば長いとも言えるような沈黙が、その場を包み込んだ。
「終わったの? ッ!?」
と、疑問符を呈したアンジュ。これで本当に終わったのか、その判断の基準がないから出た言葉だ。
しかし、その答えはすぐに、彼女達の目に映ることとなる。彼女たちをまばゆいばかりの光が襲い、視界が奪われた。まるですべてを解放したかのような祝福のような光とともに、彼女たちの姿は、時空の狭間から消え去ったのである。
そして―――。
「ここ、は……?」
目を開けた時、そこにあったのは一つの大きな、自分たちがそれまで戦っていた島よりも巨大な島と、そしてその島の近くに着陸した宝島、≪アウローラ≫、そして数多くの仲間たちの姿だった。
上を見ると青空と白い雲が浮かんでおり、何より真っ青な海が神々しく光っている姿は、どう見てもさっきまでいた場所とは全然違う物だった。
一体ここはどこなのかと考えているアンジュたちに対して、宝島の船長ジョンが通信機を通し、感慨深そうに言う。
「ここは……あぁ……少し森の形は違っているが、まさしく……私とエンブリヲが最後にドラグニウムの研究をした島……そのものだ」
「パパ……」
「それじゃ、ここは!」
忘れるはずがない。フィオナと共に研究をし、タイムマシンを使った実験中に起こった事故によって絶望の未来を見ることとなった、あの島を。見間違えるはずがなかった。
そうだ、ここは。
「そう。私たちの世界……向こうの世界の……恐らく未来だ……」
そう、ドラゴンたちの、サラマンディーネが本来いるべき世界だ。
ふと、その時ドラえもんが青空を見てあることに気が付いた。
「嵐が、やんでる……」
「それじゃ、もしかして!」
そう、青空だ。つまり、時空融合の結果発生していたあの突発的な嵐が収まっているのだ。それが何を示しているのか、上空に現れた巨大な白いドラゴンが語ってくれた。
『はい、エンブリヲは滅び、時空融合は停止し、時空は解放され、全てが、あるべき場所へと帰ったのです』
「アウラ!」
彼女には、元々別次元を飛び越える力があったのだろう。いや、残っていたのだろう。同胞たちの命が、アウラをこの世界に返したいと願った者たちの願いが、形を変えて叶ったのだ。
そして、アウラは念を押すかのように、そして歓喜に打ち震えるかのように叫んだ。
『戻ってきたのです。世界が、貴方たちの手に!』
「……」
戻って来た。帰って来た。奪われていた物が、自由が、全部。実感がほとんどわかなかった。
でも、アンジュには一つだけ確かなものがあった。
「アンジュ!」
「タスク!」
愛という、確かな感情が。
「アンジュ……」
「タスク……」
抱きしめあった一組の男女は、≪パラメイル≫から降りた他のメイルライダーの目も気にすることなく互いの名前を呟き合っていた。そうだ。もう、終わったんだ。全部。
ドラゴンを殺すこともない。
殺される心配をする必要もない。
毎日の生活に苦労することはない。
いつ死ぬか分からない。
明日生きてるのかもわからない。
自分達の戦う意味すらも知らなかった。
そんな、非日常的な世界からついに彼女たちは解放されたのだった。
でも―――。
「……でも、時空融合が阻止されても、未来は、滅ぶんだよね……」
「あぁ……」
クルトが、心配そうに言った。そうだ。たとえこの世界が元に戻ったとしても、自分たちの世界が滅びの未来に進むのだとしたら、結局自分たちがしたことは無駄だったのかもしれない。
そう、彼らががっかりしていた時だった。
「その心配はいらない」
「え?」
ジョンが宝島から外に向けてスピーカーを使い話す。そこには、少しだけの笑みがこもっていた。喜びの声、本来だったら自分がするべきだった事を成し遂げてくれた子供達に向けての声だった。
「エンブリヲの存在自体、ここで実験を行った時から未確定領域に封鎖された状態にあった」
『はい。そして、エンブリヲが行ったことで発生した時間の分岐は、量子物理学的見地から考えるとまだ未到達の未来にあるのです』
つまり、エンブリヲの行動は、その存在自体が曖昧な物となってしまっていたために行動を起こしたとしても、その結果が顕在しているとは限らないと言う話。こういった量子物理学的な話はよく分からないところが多い。
しかし、ジョンとアウラの話から統合すると、エンブリヲのしでかした、ドラグニウムの使用。戦争の勃発。そして滅びの未来は全て確定されている未来と言うわけじゃなかった。エンブリヲという存在がいたからこそ現れた最悪の未来の一つだったという事だ。
「それって……」
「エンブリヲの存在が消えた今、過去に戻れば、滅びの世界となることはない。そう、断言できるだろう」
「それじゃ!」
「私たち!」
「未来を救ったんだ!!」
「「「「「「「「うわぁい!!」」」」」」」」
その言葉に、ドラえもん達五人と、フロック、クルト、そして駆け付けたセーラが喜びを分かち合う。
そう、自分たちも手に入れたのだ。未来を。この手に掴んだのだ。世界が滅亡し、多くの人間が死に至る戦争を回避させることに成功したのだ。
再び救ったのだ。この地球を。
「やったね! のび太くん!」
「皆がいてくれたからだよ!! 皆が協力してくれたからできたことなんだよ!!」
そうだ。自分一人の力なんかじゃない。アンジュやドラえもんやフロックやクルト。たくさんの人間が一つの場所を目指した結果できたこと。一人じゃできなかった事でも、皆が集まったからこそ生まれた結果なのだ。
たった一人で神様を気取っていた人間には、絶対に想像もできなかったであろう世界。つかみ取った未来予想図は、果てしない世界へとつながる道標に変化したのである。
ふと、その時サリアは一人の女性が、何かを海に投げ捨てる姿を見た。
「アレクトラ……」
「子供には、見せたくないものだからね」
ジル、である。彼女は、ボロ屑のようなソレが海の藻屑に消える姿を見届けると、膝の上に腕を乗せて座った。
「終わったのね……リベルタスが……」
「あぁ……そうだな」
そう、終わったのだ。全部。自分の人生を狂わせ、多くの人間を死に至らしめ、自分を生涯苦しめることになるトラウマを植え付けた、その全てに、幕が閉じられたのだ。
ジルは、崖のすぐそばで、青い海を見ながら微笑みながら煙草を一本出そうとする。
しかし、ダメだった。手が震えて、口に入れる事すらもできなかったのだ。そんなジルを見て、サリアは。
「アレクトラ……」
「何の真似だ?」
ただ、前から抱きしめるだけだった。理由は、簡単。
「泣き顔なんて、見られたくないでしょ?」
「……あぁッ!」
妹として、姉の泣いている姿なんて、今まで上官として気丈な態度を見せ続けていた彼女の泣き顔なんて、誰にも見せたくなかったから。
いや、もう上官とかそんなもの関係ない。ジルはようやく解放されたのだ。罪から、数多くの仲間を殺したと言う責任から、ようやく解放された。
自分のために死んでいった仲間たちの顔が次々にジルの頭の中を通り過ぎていく。自分のせいで死んだ。自分が不甲斐ないばかりに死んだ。そして、自分の復讐のために犠牲になった人間たち。
そんな彼、彼女たちの顔はどれも明るい物だった。
終わったのだ全部。それは一人の女性も感じていた。
「終わったのね……ぜん……ぶ……」
「えぇ、エルシャの望み通り、この世界に子供達を連れてくるって目的も、果たせたわね」
「そう……ね……」
エルシャは、そう呟くとヘルメットを取り、近くにあった木を背にして座った。
いつものライダースーツじゃなくてよかった。もし、いつも身につけてる露出の激しいアレだったら、きっと、アンジュに悟られてたであろうから。
ふと、エルシャは懐からオルゴールを取り出した。この戦いが始まる前にジャスミンから買った、最後の、子供達への、プレゼント。
それを開けると綺麗なメロディーが流れ始める。いい音色。そして、心地の良い気持ち。
エルシャは、何もかもが全て、夢のように感じていた。
いや、これは夢なんかじゃない。だってーーー。
「あん……じゅ…………ちゃん……」
「え?」
「こども……たち……を…………」
消えゆくように呟き、力を無くしたその手を、地面におろして、彼女は―――。
「そうね、これから子供達をこの陸に降ろすわ。一緒に……」
迎えに行きましょう。そう、声をかけようとしたアンジュ。しかし。気が付いてしまった。
「……」
「エル……シャ……?」
オルゴールのネジと共に、彼女の胸の鼓動も、止まってしまったことに。