それでは、どうぞ。
冷や汗出るのを感じる。手が震える。
目にしている人物――更識楯無と言う人物を少なからず知っているからだろうか。生徒会長、冠する二つ名は学園最強。
ならば知らなければ良かったとデュノアは思った。
「大きな音がしたと思って見に来てみれば何をしているのかしら? シャルル・デュノアさん?」
顔の笑みは変わらずに、しかし重圧だけは増していく。いつの間にか扇子のようなものを持っていたことに気づく。
「あ、えっと――」
ゆっくりと体を起こし、絡まりそうになる舌を動かし、言葉を紡ぐが、畳みかけるようにもう一人の人物が現れる。
「……やはりデュノアだったか」
現れたのは女性の首筋を掴んで離さない星野凛だった。
女性は無駄だと分かったのか一切の抵抗をしていない。
それに星野凛はすでにさきほど使っていた他方向推進装置(マルチスラスター)は外していた。
「星野凛、あなたもよ。学園内とはいえ訓練でもなく、しかもISを使って何をしているのかしら」
楯無の視線は女性に向けられている。
しかしその視線は一切の同情などといったものは込められてなどいなく、刺すように冷たいものだった。
「関係無いな、俺は自分の身を守るためにIS(これ)を使っただけだ」
顔はヘッドギアの様なもので覆われているため、表情は確認できないが声色は淡々としていた。
「帰っていいか? 俺はコイツに聞きたいことがあるんだ」
「ぐっ……!」
ぐいっと持ち上げられ、ぐぐもった声を出す女性。
「待ちなさい、その人の身柄は学園が預かるわ」
「――あぁ、言い忘れてたが」
楯無の言葉に被せるように凛は言う。
「早く助けないと手遅れになるぞ? 向こうの六人が」
そう言って先ほど戦闘が繰り広げられていた三つのビルを指す凛。
「? 何をいって――!?」
風にのってやって来た潮風に混じった血なまぐさい臭い。それに気付いて凛に食ってかかる。
「あなたっ、一体何をしたの!」
「別に。ただ俺のことを殺そうとした殺し屋を懲らしめただけだが?」
「殺し屋、ですって?」
不審に思った楯無は聞く。
「ああ、ごていねいに観測手(スポッター)も付いて三組。『グリーンサタデー』っていう有名所が一人いたがな」
それはもちろん【裏】の話なのでデュノア知らない。
「それを先に言いなさいな!」
ああもう! と悪態をつきながらも楯無はISを展開し飛んでいった。
「まったく、ほんとなら消さなきゃダメなんだが社長に言われてることもあるしな、しゃーなしだ」
凛はISを待機状態にし、頭を掻きながら呟く。
「ま、致命傷は避けてるからよっぽどのことがなけりゃ死なんか」
そう言ってデュノアの方を向く。どう考えてもお腹を刺されてた人は死ぬんじゃないかな、とデュノアは思った。
「お前もだデュノア。来い」
「え、え、ぼ、僕も?」
「とぼけるなよデュノア、お前が関わっているのはおおかた予想がついてた」
こんなやり方とは予想していなかったがな、と付け足す。
「な、何の話かな?」
「あくまでシラを通そうってか。まぁいい、じゃあ今のうちに言い訳でも考えておくんだな」
そうデュノアに言うと凛は胸ぐらを掴み強引に立たせ、連行する。ちなみに女性のほうは暴れることがないと分かったのかデュノアと同じような掴み方になっている。
「え、あ、ちょっ――」
「だから待ちなさいな、お姉さんの話がまだでしょうよ」
一体いつからいたのか、楯無はため息を吐いて凛に言う。
「ずいぶんと早かったですね、手遅れでした?」
ニヤリと薄ら笑い、顔だけを楯無に向ける。
「白々しいわね、全員出血が酷いけど致命傷はないから知り合いを呼んで任せただけよ。まぁもっとも、退院後には獄中でしょうけどね」
凛の表情に顔をしかめながら答える楯無。
「生徒会長、言いたいことはあると思いますが、とりあえず移動しましょうか、ここで話せる内容じゃないでしょう? お互いに」
凛の言葉に肯定する楯無。
「それもそうね、なら生徒会長室に来てくれないかしら? あそこは意外と堅いのよ?」
堅い――おそらく盗聴、盗撮等の心配が無いということだと予想した凛はそれに従う。
「あのー……ちょっといいかな?」
「何だ」
移動の最中、デュノアが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「少しでいいからシャワーを浴びたいんだけど……」
「ダメだ」
そのお願いを一蹴する。
「……なんでさ」
不満そうにいうデュノアに俺は理由を話す。
「昔、お情けで泥だらけになった奴にシャワーを浴びさせたことがある。見張りもつけてな、そいつはシャワーを浴びてる最中に死亡した」
デュノアが驚いて目を白黒させているが構わずに続ける。
「検死したら体内からは青酸カリが検出されたってわけだ。後で調べたら上着から青酸カリの入ったカプセルが見つかった」
「……僕がそれをやるって?」
「追い詰められた人間は何をするか分からん。用心に越したことはない」
「……それは無いと思うわよ」
先ほどから黙ったままだった女性が口を開いた。
「やるとするなら私だし、その子は関係ないもの」
まるで私を庇(かば)うように反論する。
「入れてあげたら二人とも? そういったものは持っていないし何ならお姉さんも入るわ」
一体いつ確認したのか、女性も驚いている。
「…………その言葉を信じろと?」
「信じる信じないはあなた次第よ?」
訝しむ凛に楯無は扇子をひろげて口元を隠す。扇には『関 ○夫(せき ○お)』と書かれていた……おい。
「はぁ…………好きにしてくれ」
諦めたのか寮の方向に向かい、丁度1056号室のドアを開ける。
「ではごゆっくり」
皮肉を込めて凛は言う。
そうしてデュノアと女性と楯無は中に入っていった。凛は廊下の壁に体をあずけて立っていた。
しかし数分で楯無は廊下に出てきた。
「監視するんじゃなかったんですか?」
「あなたに少し話しておきたいと思ってね」
「部屋の中には窓もあるんですからちゃんとしてください」
「そこはお姉さん抜かりはないわよ、ちょっと特殊なコーティングをしたから」
だから出ようとしても無駄よ、と胸を張って言う楯無。
あーはいはい、と流す凛。
「もーツレないわね、もう少しくらい絡んできなさいな少年」
「食えない相手には絡むなっておじちゃんに言われてるんで」
「嘘おっしゃい」
たわいもない会話を少ししたあと急に楯無の雰囲気が変わる。
「丁度良いから聞くけど、あなた、一体何者なの?」
「星野凛と言う人間だが?」
俺は素直にその質問に答える。
「姓名を聞いているんじゃないわ。そうね、生徒を入学させる際に色々と調べるのよ、内容は秘密だけど」
プライバシーもあったもんじゃねぇなと凛内心で苦笑する。
「あなたのことだけいくら調べても、どんな手を使っても出てこないのよ――あなた、本当に何者なの?」
俺はそれにニヤリと笑みを浮かべて答える。
「ghost(亡霊)」
「……ふざけないで」
「ふざけてない、俺はそれだ、亡霊。それなら経歴が無いのも頷けるだろ『更識』の人間」
目を見開いて驚く楯無。
「……知っているのね、更識の意味を」
「すこしはな。何、別にどうこうっていう話じゃないしケンカを吹っ掛ける気もないから安心しろ」
「そう、ならいいわ」
更識――裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部。そして「更識家」の現当主、楯無。俺が知っているのはこのくらいである。
「……てか、今さら思ったんだが」
「何?」
「デュノアとあの女性を一緒に入らすのは不味くないか?」
疑っているとはいえ、本当に男なら不味い。
「大丈夫よ、きちんと別々に入っているわ」
「…………知ってるんだろ?」
「あら? なんのことかしら」
「とぼけるな、シャルル・デュノアのことだ」
少しの間の後、楯無は口を開く。
「ええ、あなたもご察しの通り、彼、いや彼女は女の子よ」
「やっぱりか……」
ゴン、と頭を後ろの壁にぶつけ、億劫げにため息を吐く。
薄々分かってはいた、いつも着替えの時は離れた場所で着替え、一夏の裸(健全)に顔を真っ赤にしたりとあまりにも「お粗末」すぎる。
あれでよく抜けられたなと思ってしまう。
「あれ、星野、と楯無さん。部屋の前で何してるんですか?」
……タイミングが悪く、一夏が帰ってきました。
「ああ、ちょっとな人を待ってる。一夏はどうしたんだ?」
「私も似たようなものよ」
「ふーん、そうなのか、俺はちょっと忘れ物をして」
といって中に入っていった……ん?
「っておい、一――」
夏と呼びきる前に楯無に遮られる。
「何をする」
「反応が面白そうだから聞いてましょう」
ガキかコイツは。
「反応を見るも何も、忘れ物を取りに来ただけなんだからそんなこと無いでしょうよ」
「ふふん、分からないわよ、案外シャンプーかボディーソープ辺りがきれてるのを思い出して、それを織斑君が知らせて置いておこうとしたところを丁度上がったばかりのデュノアさんの裸をバッチリ見てしまう、とかね」
「すげえ嫌に的確。そしてちょっとありそうで怖い。」
というかそれ、フラグじゃ――
バンッ! と大きな音を立てて誰かが出てきた。
「星野大変だ! デュノアが! デュノアが女の子に!」
「分かった、分かったから落ち着け顔近い」
楯無さんが立てたフラグが見事に当たったようだ。
「どうやら当たったようね」
「ニヤニヤするな、次々に問題が起こってんのにそんな顔されるとイライラする」
とりあえず、一夏を落ち着かせ、部屋の中に入る。
「あ……」
デュノアがジャージを着てベッドに座っていた。
もはや隠す気さえないのか女性特有の膨らみがあらわになっていた。
「上がったな、移動するからその胸は隠せよ」
言われて自分の体を抱くようにして顔を紅く染めるデュノア。
「なあ、シャルがどうかしたのか?」
とりあえずデュノアを着替えに行かせている時に一夏に質問された。
「気にするな、ちょっとしたことだ」
関係は少なからずあるが、一夏はこれ以上関わらせない方がいいだろう。
「いや、気になるんだが、友達が何か女の子になってたり変な女性が部屋の中にいたり……何かもうよく分からないんだが」
「それに関しては同情するが、気にするなここからは一夏にはあまり関係のない話だ」
「いや、友達が困っているなら放っておけないだろ」
ほらみろ、一夏のことだから友達、デュノアのことに首を突っ込んでくると思ったんだ。
「一夏、それはお前が友達と思っているだけかもしれないぞ?」
「……どういうことだよ」
「言葉通りだ」
一夏が俺の言葉に不信に思い、部屋の空気が悪くなる。それを楯無が切り裂く。
「はいはい、ケンカはやめなさいな少年たち。今はそんなことしてる場合じゃないでしょう?」
そういうと楯無は一夏を真っ直ぐ見て言い放つ。
「織斑一夏君、あなたは真実を受け止めることが出来る?」
「ああ、もちろん!」
一夏は力強く肯定する。
「ならばあなたにも聞く権利があるわ、ただしそれは他言無用よ。分かった?」
もう一度返事をする一夏。
くそっ、うまい具合に更識楯無に利用されてる気分だ。
コイツは一夏を巻き込んで何がしたいんだ? 分からん。
頭で考えても良い答えは出てこず、デュノアの着替えが終わったので生徒会室に移動することにした。
「さあ、話してもらうぞ、誰に雇われた? 目的は?」
生徒会室に誰もいなかったことに少々疑問を抱きつつも、やっと本題に移れたことにため息を吐きながら質問する。
「待って、その前に名前を聞いておくのか先よ」
楯無が女性に名前を聞く。
「私は……アリシア。アリシア・ルイスよ」
名前はアリシアというらしい。本当かどうかは知らんが。
「ならアリシア、さっきの質問だ、答えろ」
「知らないわよ、私はただ雇われただけで何も、それに私はそこに連れて行かされただけ」
「そうか、じゃあどこに雇われた」
「それは……分からないわ。何も言っていなかったもの、相手が男性としか」
嘘をついているわけでもないがどうもきな臭いな。 俺は楯無に耳打ちする。
(楯無さん、ちょっとこのアリシアって人の経歴、調べてくれません? どうも信用ならなくて)
(貸しひとつ、ってことならいいけど?)
(分かったからとっとと調べてきてください)
すると楯無は「分かったわよまったく、人使いが荒いわね」と言ってどこかに行ってしまった。
俺は今度はデュノアに質問する。
「デュノア、お前はどうなんだ? 俺を撃った理由、コイツと何が繋がりがあるんじゃないのか?」
一夏は俺を撃ったという所に驚いているが今は話を続ける。
「…………分かったよ、全て話すよ」
デュノアは観念したといった風な疲れた声で全てを話始めた。
「僕は――シャルル、いやシャルロット・デュノアは愛人の娘なんだ」
そこから始まり、シャルロットの出生から今までの塗り潰された出来事が語られた。
「僕は今のデュノア社社長、ランスロット・デュノアと僕の母さんであるオリヴィア・フローリスの間から生まれたんだ。でも母さんは愛人でアイツには本当の妻がいた。
それを知った母さんはこのままではいずれ来るであろう相続関係に当時まだお腹の中にいた僕を巻き込むことがないように、とデュノアとの関係を切ったんだ。
関係が切れて数年後、僕を生んでくれた。そこからだよ、デュノア社が母さんに接触してくるようになった。
理由は簡単だった、まだ幼い僕を養子に引き取ろうとしたんだ。本妻との方では子供ができなかったらしいからね。
母さんと僕は逃亡生活を余儀なくされたよ、でもそれでも良かった、母さんがいてくれればそれで良かったんだ。
そんなハードな生活で心身ともに疲れていっても母さんは常に笑顔だった、「辛くても笑っていなさい、そうすれば必ず良いことがあるから」って僕にいつも言っていたよ。
でも母さんは僕が5、6歳の時に死んじゃたんだよ。原因はもちろん過労だった。
その数日後にデュノア社に見つかり、養子として引き取られた。
そこからは地獄だったよ、義母からは散々暴行を受けたりもしたし死のうとも考えた、けど死ねなかった。僕が死んでものうのうとあいつらが生きてる、それが堪えられなかったんだ! 僕は、いつも母さんの言葉を思い出して頑張った……でも、でももうどうしたらいいか分からないよ……母さんっ……」
最後の方は溜まっていたものが抑えられなかったのか嗚咽混じりになり、泣いてしまった。
「そんなことが許されるのかよっ……!」
一夏は拳を握り締め、怒りを抑えている。
「これは、僕が……グスッ、引き取られた後に聞かされたことだよ」
――これがシャルロット・デュノアの今までである。そして。
「そして僕は無理矢理養子させられ、育てられた。逃げようと飛び出したことも何回もあるけどすぐに捕まった。そして数年後一夏という初の男性操縦者が現れた。
そしてその次に星野凛という別のIS操縦者が現れた。
あいつがこれを逃さない手がなかった。
今もそうだけどデュノア社の経済力はあまり芳しくなくて、第二世代型の生産がやっとなんだ。
そこで僕が選ばれた。男装をしてIS学園に行って男性操縦者二人のデータと第三世代型のデータ収集をさせるために入学させられたんだ。
でも思った以上にガードが固くて情報が得られなかったから、それなら星野凛を殺せって命令された。もちろん僕だけじゃなく他の者も来させるとかいって――まぁ、結果はあの通りだったけどね」
これが全てだよ。とデュノアが告げて一息つく。
ほう……そのランスロットとかいう奴、なかなか良い根性してるじゃないか。
「なんだよそれ……ゆるせねぇよ!!」
ダンッ! とおもいっきり机を叩き、怒りをあらわにする一夏。アリシアはただただ黙って聞いていた。
「我慢ならねぇ、凛! 俺たちでシャルを助けようぜ! 校則で最低でも三年間の安全が保証されてても、話を聞く限りじゃその後シャルが何されるか分かんねぇ!」
「一夏……」
まるで目の前に救世主(メシア)でもあらわれたかのようにデュノアは涙目になりながら一夏の名前を呟く。
確かにな、三年間の安全が保証されてるからといって安心は出来ない。今回みたく襲撃されるかもしれないのだ。
だから俺は一夏に――
「――断る」
――そう言い放った。
次回、一夏と凛が少しだけ険悪になります。
そしてやっと来るミリタリー描写。お楽しみに。