三十六話 『レゾナンス』
「――――こうして出かけられる、というのも嬉しいものですね、兄さん」
「……そうだな、あらためて実感させられたよ」
銀髪の少女と白髪黒髪が混じり合った少年が並んで歩きながらポツリと呟く。
噛み締めるように言ったその言葉はとても実感が籠っていた。
「あ、いた~。ほっし~! ラウり~ん!」
「……おまたせ?」
「あらあら、本当に仲が良いわねぇ」
最初から本音、簪、楯無の順で喋っていた。
――俺達はIS学園の外、ショッピングモール『レゾナンス』というところに来ていた。
何故来たかというと物語は少しさかのぼる――
「――――さぁ! 吐いてもらいますよ、新聞部部員、相坂遥加(あいさか はるか)の耳からは逃れられま――って、速っ!?」
新聞部と聞いて脱兎のごとく逃げ出した俺、星野凛だったがここのところ毎日似たようなことが起こって、とても辟易していた。
「……はぁ」
まったく、それについては前に言ったじゃないか『昔、一緒に遊んだり、とても仲が良く、よくお兄ちゃんと呼んでいたからだ』と。
新聞部は不満なようで連日、さらなる情報を聞き出そうとしていたのだった。
「こっちはまだ動揺してんのによ…………」
僅かに震える指先で俺は自室のドアノブに手をかける。
「兄さん」
入ると、ラウラ・ボーデヴィッヒが笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「……まぁ、なんだ、飲み物でも飲みながらゆっくりと話すからとりあえず座っててくれ」
「いや、私も手つだ――いや、分かりました」
手伝おうとしたボーデヴィッヒだったが急に言葉を変えて、ベッドの端に座る。
それを見ながら俺は飲み物を準備する。
ココアを作りながら思考を次々と巡らせる。たが何も浮かんでこなかった。
コトコトと沸騰手前の音がして二人分の量を分けていく。
「熱いからな、気を付けて飲めよ」
「はい――熱っ……ふー、ふー」
いったそばから飲もうとして熱さに顔をしかめる。二度目からはちゃんと冷まそうと、ふーふーと息をかけていた。
「………………」
一旦息を吸い込んで、吐く。そして俺も一口だけココアを飲む。
しつこいくらい甘くて、でも旨い。また飲みたくなる味だった。
「ラウラ、そっちは三日間でやりたいことは果たせたのか?」
三日前にラウラはドイツに行き、今日帰ってきた。 その表情はどこかスッキリとわだかまりを解消した顔つきに見えたのを覚えている。
「――はい、果たせました。短い時間でしたが行って、話せて良かったと思います」
「…………そうか」
なら。
「ラウラ」
俺はラウラの名前を呼ぶ。そしてカップを置いて、ラウラの肩に手を置く。
「落ち着いて、聞いてくれ。これから話すのはラウラがいなくなってから起こった、俺達家族がどうなったかの話だ」
全てを、話すことにした。
ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
それからゆっくりとラウラに話した。あの施設を脱出したことも、その過程で死人が出たことも、死にかけたことも――そして脱出した矢先、襲撃に逢い、俺を除く全員が死んだことを。ラウラ・ユリウスとイリア・ユリウスが死んだことを。
「……………………………………そんな」
持っていたカップを取り落とし、まだ残っていた液体が散らばる。呆然とした表情をするラウラ、意志の強かった瞳は今は揺れ動き、ひどく狼狽しているのだということがわかる。
「……俺だけが、生き残っちやったんだ。なんの意味もない俺だけが」
机に向かって歩き出し、引き出しを開けて二つのケースを取りだし、ラウラに持っていく。
「それは…………」
「あぁ、これは二人が俺に託した銃だ」
ケースを開けると銃が二挺入っていた。どちらもさっきの説明の通りだと思うラウラ。
そしてそれに隠れるようにして写真とロケット(写真入れ)が顔を覗かせていた。
「――家族ひとり守れず、ただ見殺しにしかできなかったこんな俺を、どう思う?」
「…………」
「――憎い、と。そうは思わないか?」
「…………」
「もしも、少しでもそう思うのなら好きにしてくれ」
ゴトリとマガジンがガンケースの手前に二本置かれた。 どちらも銃にあった規格のようでみっちりと弾が詰まっていた。
「……分かった」
しばらくの間、考えていたラウラは短い返事をして単列式弾倉(シングルカラム・マガジン)を手にとる。凛は手に取ったのを見て目を瞑る。
二つの弾倉をクロームシルバーとブラックの銃に装填し、スライドを引いて薬室に弾を送り込む。
「…………」
その間にも一言も発っさずゆっくりと銃口を凛へと向ける。
雰囲気でそれが分かった凛はただただそこで目を瞑るだけだった。
――カキンッ、カキンッカキンッカキンッカキンッカキンッカキンッ。
発砲音よりもはるかに軽く、ハンマーが落ちる音ならば同時に弾丸が射出しているはずならばおかしい。目を開けた凛が見たのは置かれているホールドオープンの状態になったクロームシルバーの銃と、ブラックのガバメントを連続してスライドをコッキングして弾を排出しているラウラの姿だった。
「…………なんで」
なかば呆然としている凛にラウラはジト目で睨んでくる。
「……それを私に言わせる気ですか」
同じようにホールドオープンとなった銃と置いていたクロームシルバーのガバメントのスライドストップを解除してガンケースに戻すラウラ。
「――これが私の答えだ、凛兄さん。そしてあの人たちの答えでもある」
立ち上がり、胸をはってそう答えるラウラ。
「あの人は――『お父さん』と『お母さん』は生きてほしかったんだ。だから兄さんに託した、全てを。だから、私は兄さんをどうすることもできない」
ギュッと凛を抱き締めるラウラ。若干の体格差があるが構わずに首に手を回す。
「私も兄さんに生きていて欲しい。兄さんをどうこうするだとか、そんなことよりも生きて欲しい。私と生きて欲しい。たったひとりになってしまった家族を死なせたいと思うものか、バカ兄」
「…………そっか」
膝が崩れる。それに合わせて頭部がラウラの体に包まれる。
確かな体温と心臓の鼓動が耳に響く。
「………………そっか」
ポタポタと透明な液体が床を濡らす。そしてラウラの背中に手を回す。
凛は堰をきったかのように涙や嗚咽をもらす凛をラウラは慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、さらに凛を抱き寄せる。
「……まったく、苦労をかける兄だ」
ぽんぽんと、背中をあやすように叩く。
その行為は凛が泣き止むまで続いた。
「…………すまん、見苦しいものを見せた」
「いや、むしろどんとこいだ兄さん。家族に遠慮は不要だ、どんどん泣いていいぞ? そのたびに受け止めてやろう」
堂々と腕を組んで宣言する。
「……いや、もう大丈夫だ。ラウラは大丈夫か?」
俺がそういうとラウラは腕を組んだまま、俺の顔を見て答える。
「女は強し、大丈夫だ――といいたいがあまりそういうわけではないな……すまないが少しだけ泣かせてくれ」
「おう、泣け。耐えるよりも泣いた方がスッキリするってさっきより分かったからな『兄ちゃん』の胸でどんと泣け」
組んでいた腕を解き、先ほどとは逆になる俺達。
「ふっ……私も、まだまだ、ぐすっ、……くっ、ぅぅぅぅぅぅ……」
凛の制服の肩口を濡らすラウラの涙。凛もラウラが泣き止むまで動かず背中をさすっていた。
「――――兄さん」
「ん? どうした?」
泣いて、落ち着いたラウラは凛に呟くように語りかける。
「私、皆に逢いたい」
どういう意味か分かった凛は分かったといってから次の句を告げる。
「なら、今度一緒に行こう。皆も、きっと喜ぶ」
「――うん!」
頷いたラウラは花が咲き誇ったような笑顔だった。
「――付き合ってもらうわよ、星野君」
「…………は?」
丁度、昼食を食べに行こうとしていると更識楯無生徒会長と遭遇し、そんなことを言われた。
「……は?」
俺もそうだが、一緒に食いに行こうとしていたラウラも驚いていた。
と同時に「何言ってんだコイツ」という顔になる。
「あー……誤解しないで欲しいのだけれど多分、あなたたちの思っていることとは違うわよ? 私はちょーと買い物に付き合ってもらいたいだけよ――簪ちゃんの」
「あぁ、なんだそういうこ――待て、簪さんの?」
「待ってくれ、どういうことだ? 話しが見えん」
唐突に何を言い出すかと思えば簪さんの買い物に付き合って欲しいそうだ。うん、何故?
ラウラはもちろん分かっていない。
「簡単に言うと、来週にある臨海学校の準備を手伝って欲しいのよ」
あぁそんなことか、と内心で思う。ちなみに臨海学校とは来週にまで迫った一種の行事のようなもので、そこでさらなるISによる訓練(ハード)をするらしいのだ。
「あぁ、そんなことなら俺は別に構いませんよ。何を手伝えばいいんです?」
「兄さんがそういうのなら私も手伝おう」
「――――待ちなさい、星野君。兄さん? いまラウラちゃん、あなたのこと兄さんって言った? 肩をつかんで詰め寄ってくる。ちょっ、近い近い。
「私と兄さんは家族だからな!」
腕を組んで胸をはって答えるラウラ。
「…………」
訝しげにこちらを見つめる楯無会長。
「――まぁ、昼食を食べながらにしましょうか」
いつまでもかかりそうだったのでとりあえず昼食をとることにした。会長もそれに賛成し同行する。
「――――ふぅん」
食べながら楯無会長に簡単に説明する。といっても『昔、一緒に遊んだり、とても仲が良く、よくお兄ちゃんと呼んでいたからだ』としかいってないが。
ちなみに俺が食べたのはハンバーグ。ラウラと会長はカレーライス、焼き魚定食を食べていた。
「本気(マジ)で言ってる?」
「本気本気」
「えぇー……」
嘆息すると頭を抱える楯無会長。
コーヒーを啜りながら楯無会長に答える。
「それよりも話を戻しましょうか。何を手伝えば良いんでしたっけ?」
「頭がいっぱいいっぱいになりそうだわ、あなたのことを考えると…………そうね、それは――――買い物よ水着の」
「ラウラ任せた」
「私も厳しいです」
「あなたたちは随分とスッパリいうわね……」
頭に手をそえてため息を吐く会長。
「大丈夫よ頼れる助っ人がいるから」
「誰ですか?」
申し訳ないがその助っ人とやらにまかせよう。
「本音ちゃんよ」
本音ェ……。
「かいちょ~よんだ~?」
ヌッ、と後ろから現れた布仏本音ことのほほんさん。
「まぁ、本音ちゃんが言ったんだけどね、買いにいこうって」
「あ~! たっちゃんかいちょ~いっちゃったの~! 私から言おーと思ってたのにー!」
「まぁまぁ、どのみちいくんだから良いじゃない」
ぷりぷりと会長に怒るのほほんさん。それを眺める俺とラウラ。
「どのみち行くことになるのか」
「決定事項よ、諦めなさい」
「『お願い』だからね~」
あぁ、あの時のやつか、それなら無下にはできないな。
「分かった、ならボディーガードくらいにはなろう」
「私も力になれるのはそれくらいか――はっ、シュバルツェ・ハーゼに聞けばあるいは……」
それくらいにしか力になれそうにない俺と何やらひらめいた様子のラウラだった。
と話は冒頭に戻る。
「……ごめんね、付き合わせちゃって」
「いや、むしろ何も力になれないと思うんだが……良かったのか?」
「いいーのいいーの、さぁ~しゅぱーつ!」
本音が号令をかけて集まった俺達は目的地に歩き出す。
来たのはもちろん『レゾナンス』の中にある水着売り場、夏本場も近いということもあり、結構な賑わいを見せていた。
水着は9割が女性もので1割が男性ものであった。といってもバーゲンセール品のように無造作に置かれているだけだが。
「ふむ、色とりどりな水着もあるのだな」
「どれがいーいかな~?」
「簪ちゃんはこれが似合うんじゃないかしら?」
ワイワイとどの水着を着るか楽しげに選んでいる様子の四人。
「うっわ~、俺すげー気まずいな……」
一人会話に入れずにたたずむしかない凛は気まずいさに顔をしかめていた。
Prrrrrrrrr! Prrrrrrrrr!
その時、携帯が鳴る。それを取るためにいったん店から出て、ベンチに腰かけてからボタンを押す。
「もしもし、何かあったのか社長?」
『あー、あるにはある……で凛今どこにいる?』
電話の相手は『イノケンティウス社』の社長のキーファー・アイスランドだった。
えらく歯切れが悪いな何かあったのか? ……もしかして送ったデータに不備でもあったか?
「レゾナンスって言う場所にいるけど…………なんかまずかったか? データが送られてなかったとか?」
『いや、データはちゃんと送られてきた。すでに渡した。今回は別件だ、そこなら話が早い、そこの近くにあるカフェテラス『レルグス』に来てくれ、今すぐだ』
「あ、おい」
それだけ言って電話は切れてしまった。
「何かあったのか兄さん?」
どうしようかと思っていると横から声をかけられた。
「あぁラウラ、別に大したことじゃない。ちょっと人から呼び出されただけだ――そんなことより、ラウラは何か選んだのか?」
ごまかすように水着のことを聞くとラウラは「あぁ」と自信に満ちた声で物を眼前につき出してきた。
「これだ! ハルフォーフ大尉がいうにはこういった物が私に似合っているそうだ」
そう言って出されたのは――純白のスクール水着だった。
「……ラウラ」
がっしりと両肩に手を置き、ラウラの顔を見ていう。
「俺に女性ものの良し悪しは分からんがそれはやめておけ」
たぶんそれは何かが違う。つかハルフォーフ大尉とかいうやつ、ラウラに何を吹き込んだんだ?
とりあえずこのまま外にいるのもあれなので中に入り、三人と合流する。
そして事情を説明し、ラウラの水着を選んでもらう。
「……いいけど、星野君のは?」
「俺のはいいからいいから。それよりもすまない、ちょっと呼び出しを受けたから行かなきゃならない。せっかく誘ってくれたのに」
「別にいいわよ、早く戻って来てくれさえすれば」
「善処する」
「はやく~もどってきてねー」
せめてもと楯無会長にクレジットカードを渡す。相当渋ったが受け取らせた。そしてラウラを三人に任せてそのカフェテラス『レルグス』とやらにいく。
「――おいおい、何だよこの人だかりは」
気のせいか、店に近づくにつれて人が多くなっている気がする。行けねぇよこれじゃあ。
「凛! ここだ!」
その時、社長の声が聞こえてきた。そちらの方向を見ると頭が二つ分ほど出ていて非常に分かりやすかった。
こちらに歩いてくるのかモーゼのように人だかりが割れ、道ができる。それにあわせて俺も歩いていく。
「社長、なんでまたこんなところに?」
絶望的に似合ってねぇぞ?
「とある人物のSS(要人警護)だ。ほら、いくぞ、凛に会わせたい人がいる」
そう言って凛を連れていくキーファー・アイスランド。凛はされるがままになっていた。
カフェテラスの一角、そこを中心に人だかりが出来ていたようだ、他にも複数人のSSに守られながらその人物はいた。
「ほら、行ってこい」
社長に背中を押され、その人物が座っている席とは対になる席に座る。
「どうもはじめまして、お――私が星野凛です」
流石に初対面でタメ語は不味いか。
「どうもはじめまして、あなたを呼んだのは他でもない私です」
飲んでいたであろう紅茶を一口飲んでから目の前の女性は告げる。
「――そして私の名前はナターシャ。ナターシャ・ファイルス」
金髪が風になびきながらこちらにニッコリと微笑みを向けるナターシャ。
「――あなたが送ったデータを元に改良がされるIS(子)に乗る人よ」