申し訳ねぇ、申し訳ねぇ……
「…………」
旅館、如月亭。その最奥に位置する臨時作戦司令室。
織斑一夏。
凰・鈴音。
セシリア・オルコット。
更識簪。
山田麻耶。
織斑千冬。
アリシア・ルイス。
篠ノ之束。
篠ノ之箒。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
クロエ・クロニクル。
回収し、今は寝ているナターシャ・ファイルス。
今、その場にいる全員が沈痛な面持ちだった。
他の全生徒はすぐさま学園に帰還させた。篠ノ之箒は残ると言い、千冬に帰れと言われたが、束が頼んで残らせた、束は一体何を考えているのか。
シャルロット・デュノアを何者かに連れ去られた。
星野凛がどこかに消えた。
目まぐるしく起こった事態についていけないものがほとんどだった。
「…………なぜだ」
そんな中、ラウラ・ボーデヴィッヒが感情を押し殺した声で呟く。
「何故、おめおめと逃げたんだ、篠ノ之束ッ――!」
かたく握り締められた両の拳からはポタポタと血が垂れ、睨みつける双眸からは涙がとめどなく流れていた。
「アレらを追うのはとってもリスキーだったからだよ」
「なら、なら私は! 私だけでも残してくれればよかったではないか! 兄さんを殺した奴を前にして逃げ帰らねばならなかった私の気持ちはどうなる!?」
「……ラウラ・ボーデヴィッヒ、命を粗末にしちゃあいけないよ」
「うるさい! そんなことは言われなくても分かっている!」
諭すような口調の束にさらに苛立ちの募るラウラ。
あの時、何故直ぐに兄さんのもとに駆け出さなかったのか。何故、姿を見て安堵してしまったのか。ラウラは恨めしいと歯が砕けんばかりにかみしめていた。
「……束さんにも星野凛にやったアレは分からない。あいつらは前と比べて進化――いや、『人の手が入っている』。くそっ、あと、数秒でも時間があれば……」
あの後、凛を消した後二機は用が済んだとばかりに消えてしまった。その場の反応を確かめたが、まるで最初からいなかったかのように存在していなかった。
ラウラと同じように束も悔いていた。全く分からない攻撃で目の前から一人の男性IS操縦者が消えた。
束からすれば『ヨルムンガンド』まで出して飛んだ失態だった。完全に油断していた。
あの場所について直ぐに『ヨルムンガンド』を使って星野凛とそのISの座標を固定、情報化したところまでは良かった。しかし『アーカード』に邪魔をされ、情報化したものが乱された。『アーカード』を何とかし、また組み上げる時に今度は『テスカ・トリポカ』に邪魔をされ、あと少しのところで星野凛は消えた。
ISの反応は無い。星野さんの生体情報も不確定。
くそっ、ともう一度内心で毒づく。
「……優先的にはデュノアの捜索が先だ。デュノアが攫われてから数時間が経った、場所もだいたいなら絞り込むことが出来た」
「……――分かっています、教官――っ」
憎々しげに言葉を吐くラウラ。しかし、織斑先生の表情も芳しくは無かった。
「山田先生、進行状況は?」
「……はい。あの後、ISのコアに接続して身元を割り出そうとしましたが、分かりませんでした。ログにも記録されておらず、誰かがそういった細工をしたとしか……。
捜索の方は、コアネットワークを通じてデュノアさんのISから位置を割り出しました。ですが、数分前にある地点で信号が途絶えました」
「場所は?」
食い気味に問われた山田先生は一拍置いてから答えた。
「太平洋上の丁度真ん中を、差していました」
「ふむ。ならば学園に通達してくれ。動けるものは今すぐ、こちらに来てくれと。事情も説明してかまわん」
「は、はい!」
教師陣がデュノア救出に動こうとしている中、ふらふらと夢遊病患者のようにあるいている人物をラウラ・ボーデヴィッヒが止めた。
「どこへ行くつもりだ――更識簪」
ゆっくりとラウラの顔を見る簪。目には覇気は感じられず、振りほどく力もないようだった。
「……助けに、いくの、星野君を」
「……止めておけ、無理だ」
「……離して」
簪がつかんでいるラウラの腕を握り、離そうとするもラウラの方が力が強く無駄だった。
「………離して」
苛立ちが募る。なぜ止めるのかと。しかし、ラウラは何も発さず無言のままだった。
「離してって! 私は星野君を助けにいくの!」
「――ッ! 言わなきゃ分からんのかこの小娘がぁっ‼︎」
瞬間、怒りが爆発したラウラによって簪は壁に叩きつけられるように押さえつけられる。
はたから見ればラウラの突然の奇行に見えるそれを周りは止めようとした。
「ちょ、ラウラ落ち着きなさい!?」
「ラウラ、落ち着け!」
一夏と鈴はラウラと簪を引き剥がそうとしたがまるでそこに固定されているかのようにビクともしないラウラに目を剥く。そんな二人を歯牙にもかけずラウラは簪に問う。
「もう一度言ってみろ、誰を助けにいくって!?」
「星野君よ!」
「ならば聞くぞ! 兄さんはどこに行ったんだ? どこに消えたんだと思う?」
「ッ、それは」
「日本か? アメリカか? ロシアか? 太平洋か? 地球上か? 宇宙空間か? どこだ、何処にいるんだ兄さんは。分かるならば教えろ、更識簪!」
激しい剣幕で簪に告げるラウラ。簪は何も答えられず口をつぐんだ。
「助けに行けるなら、すぐにでも行ってるさ。だが何処にいるか分からんのだ……」
「…………それでも星野君を、ヒーローを助けにッ――」
「まだ言うか更識簪ぃ!!」
捻り上げている方とは反対の腕で簪の首を絞める。
少女の握力とは思えないチカラで首をを圧迫させられ、呼吸が出来なくなる。
「――落ち着けボーデヴィッヒ。更識妹を殺す気か」
横合いから今のラウラ以上の腕力で強引に引き剥がした千冬は諭すような口調でラウラに言う。
「ここでこれ以上論争しても埒があかん。続きをやりたいなら今しなければならないことを終えてからにしろ。いいな?」
異論はないな、と目で訴える千冬。開放されて大きく息を吸っていた簪と悔しさに涙ぐんでいたラウラが弱々しく首を縦に振って肯定したことで一旦事態は治った。
「――これからデュノアが連れ去られたポイントに向かってもらう。織斑、凰、オルコット準備しろ。ボーデヴィッヒ、更識妹、お前達は――」
千冬二の句を告げる前にラウラが、簪が遮るように口を開く。
「――いきます。行かせてください教官」
「……いき、ます」
「…………分かった。準備しろ」
「――私も行かせてください千冬さん」
箒が声を上げる。千冬は箒の方を見て、束の方を見てから箒に話しかける。
「いってどうする? 最悪戦闘になるかもしれんのだぞ、それに――」
「――ちーちゃん、行かせてあげてくれないかな」
「……束」
束の方を睨む。まさか行かせてやってくれと言われるとは。
「…………はぁ。なら準備しろ、織斑、凰、オルコット、更識妹、ボーデヴィッヒ、もしも戦闘になればできる範囲で篠ノ之を守りながら撤退しろ」
「はっ!」
「分かりました」
それから六人が太平洋に向けて出発したのは五分後のことだった。
「――ちーちゃん、私はすこしだけやることが出来たから後は頼むよ。くーちゃんはここに残しておくから」
「束様」
不安げな表情を浮かべたクロエだったが束に頭を撫でられる。
「私は私の方ですこし調べてみるだけだよ、アメリカにも寄らなきゃいけないしやることがたくさんあるしね。ちーちゃんや皆をできる限り支えてあげて、箒ちゃんもね」
「――はい」
力強い返事をしたクロエを満足げに見て束は去っていった。
一夏達が出撃する前、事態はすこしずつだが動いていた――
――――――――――――――――――――――――――
「――…………うっつぅ……あぁ……? ここ、どこだ……?」
酒を飲みすぎた状態にも似た酷い酩酊感に苛まれ、視界がぼやけ、足元がおぼつかず、立っているのかもわからない。
――何があった……?
確か――――
――そうだ
二機のISと闘って、ラウラとでかいISと束博士がでてきて、それから片方のISに触れられて意識が飛んだんだ。
そう理解し、少なくともまだ命があることを確信した。あんな理解不能なISに謎の技を食らって生きていたことに奇跡を感じる。
だんだんと体に活力が戻ってきて、自分が横になっている状態だと気付く。酩酊状態もだいぶ薄れた。
「うぁっ……くそ、身体中が痛え」
立ち上がろうと体に力を入れると冗談ではなくギシギシと軋んだ音がした。
痛みに耐えながらもなんとか立ち、壁に手を付いて支える。
「――ISは……壊れてるな。反応しねぇ。意識がある前には換装してたのに今は生身だしな、当たり前といえば当たり前か」
首下の
星野は薄暗く、どこだかわからない場所を壁伝いに少しずつ進んでいった。
少しずつ、だが着実に
――――――――――――――――――――――――
「……本当にここが目的座標と一緒なのか」
全員が目標地点に到着した時、ラウラが声を出した。その声は疑惑が含まれているのは明白だった。
『……はい、ここがそう、ですね』
無線越しの山田先生も信じられないようだ。目にしている俺たちだって信じられない。
――目の前にはどう見ても座礁した空母がですねどうしようもないくらいに存在感を放っていたからだ。
『空母か……総員、甲板に着陸後ISを解除、部分展開し内部に侵入しろ。このでかさでも流石にISを展開した状態では入れんだろう』
『了解しました』
ラウラが了承し次々に甲板に降りるとISを一旦解除してから部分展開していく。ラウラは眼帯をずらして辺りを見回し、再び装着してから指示を出す。
「敵影なし、入口らしき場所に移動するぞ。私、セシリア、篠ノ之、更識、織斑、凰の順番だ。凰後ろを警戒しながら来い」
ラウラに有無を言わず全員が従い、ついて行く。今のラウラからは普段の感じもしなければ、先ほどの憤怒も感じられず、ピリピリとした空気を纏っていた。
建物内部に入る。中は暗く、ラウラが
いつ何が出てきてもいいようにラウラの右手にはISの腕部と大口径拳銃『S&W M500』が握られていた。セシリアは空中に二機のビットを浮かし、鈴は両腕部の実体化と『双天牙月』を手にしていた。
内部に侵入し、何も出会わずに中ほどまで来たあたりだろうか、ラウラが異変に気付いた。
「火薬の匂い……?」
誰かが戦闘したのだろうか、それとも何かあるのか。
『全員、警戒を怠るな』
織斑先生の言葉に全員が気を引き締める。
ラウラが様子を見ながら中に入る。続けて全員が連なるように中に入っていく。
「なに、これ」
「アクション映画のドンパチやった後みたいね」
「黙っていろ、警戒を怠るな」
火薬の匂いが強くなった室内、懐中電灯に照らされて映るのは弾痕と誰かの血の跡、そして奇妙なものがあった。
「カプセルポット……?」
よくゾンビ映画などでも見かけるだろう、実験体などが緑色の溶液とともに中にいるアレである。中身は誰もおらず、そんな溶液らしきものも無い。
「ラウラさん、向こうにもう一つ扉がありますわ」
「あぁ」
思考の渦にのまれそうになっていたところにセシリアが声をかけてくれたおかげで戻ってくる。
先ほどと同じように様子を見て内部に侵入を試みようとして中に人の気配があることに気づいた。
ラウラは自分が先に入ってから後から中に入るように指示し、中に突入する。
開きかけの扉を蹴破らんばかりの勢いで蹴り開け、銃を構え、相手に声をはりあげる。
「――動くな!」
ラウラの制止を合図に皆が入り込む。
懐中電灯の光が相手を明確に映し出す。そこには――
「――デュノア!」
「――兄さんッ‼︎」
そこにはカプセルポットに入っているシャルロット・デュノアと
体のところどころに酷い火傷の跡、かなりの出血量と首元に一本の注射器が刺さっている状態で倒れている星野凛だった。
――――――――――――――――――――――――――
艦内には誰もいない。しかし、録音されていた一本のデータ。それは先ほど撮られたもの、ノイズやらが入っているがちゃんと録音されていた。
それには男性だろうか、声にならない呻き声を上げながら飛びかかるような音。女性の上品な笑い声、銃声、炎が燃え上がる音、凛とした女性の声などがあったが爆発音を最後に途切れてしまった。
『う゛う゛う゛う゛う゛う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ‼︎‼︎‼︎』
『――フフフ、もう治癒能力は消してあげたのに突っ込んでくるなんてね、いけない子だわ。命を大事にしなさい』
『さっさとしろ『――』』
『つれないわね『――』』
『……何で、『―』
『――ソリッド・フレア』