◯月✕日
ナナシ領の調査と監視という名目で遊びに出かけていた諜報員が帰ってきた。余は寛容なる大魔王なので部下の息抜きだって認めている。土産の焼き菓子は明日にでもいただくとしよう。
真面目な報告としては、領内全域に張り巡らさられた交通網とやらがほぼ完成状態となったらしい。税金による公共事業という形で雇用を増やしつつ流通を活性化させる。物が豊かになるというわかりやすい結果が出ていることから、領民たちの反応も好意的であるという。
そして相変わらず中央都市の道路状況は見事に整っているとのことだ。馬車が余裕を持ってすれ違うことができる大きな道路は必ず自分から見て左側を通行するようにという明確なルールと、交差点に大きな赤と緑の旗を持った人員を複数人配置することで流れをコントロールする。こうした工夫によりナナシ領では馬車による事故など稀にしか起こらない。
馬車専用の道路と、外側にある歩行者のための道路を樹木や花壇で仕切りとしたのも良い。ただ丸太の柵を並べるよりも、季節ごとに変化のある風景を馬車から楽しめる。
それらの維持管理を子供らに任せているのも面白い。報酬として賃金を支払うことで労働というものを経験させながら、自分たちもまた中央都市の賑わいに貢献しているのだという自尊心と責任感を育むという取り組みは、地味ではあるがしっかりと効果を発揮しているようだ。
そして大人たちが口出しするまでもなく、子供たちはより幼い子供たちへ道路に関するルールを教える。何故なら自分たちもそれらについて責任のある立場だから。
そんな教えを受けた子供たちも成長すればやはり同じように樹木や花壇の世話を受け持ち、また幼い子供たちにルールを教えるのだろう。帝国の歴史から比べれば些細な世代交代だが、そうした継承が百年以上継続していることは何度思い返しても皇帝として実に喜ばしい話である。
間違いなくナナシ領の中央都市で生活する大人たちは魔界領域の大魔王である余よりも良い空気を毎日吸って生活しているな。ズルくないか? 余は大魔王にして皇帝だぞ? もっとこう、臣民たちの健やかなる生活を身近に感じてニヤニヤする権利あってもよくない?
そういえばナナシ領の公共事業は現在も子供から尊敬される仕事として上級魔族に人気なのだろうか? どうしても貴族の仕事というのは立場が上になるほど理解が難しくなる。それ故に、完成した建築物などが形として残る仕事は貴族であると同時に『父親』である上級魔族が欲するのは余も共感できるというものだ。
税金を使う仕事となると汚職も気になるところではあるが、少なくともナナシ領に関しては心配は無用だろう。そもそもヤツの領地に流れ込んだ上級魔族はその誠実さと責任感からもともと生活していた領地に居場所がなかった者たちだからな。真面目に仕事をすれば上司である魔将ナナシが正しく評価してくれる、子供たちも純粋に尊敬してくれる、領民たちからも心から感謝されるとなれば不正などしている場合ではなかろう。
うん、改めて文字に起こすと普通にシャレになっとらんな我が国は。真面目な貴族が居場所を求めて一箇所の領地に集中するとか……どう考えてもダメなヤツだろ。むしろ現状でよく他の魔将たちは部下や領民から反乱されとらんな?
◯月✕日
魔将エメラルドアイが城にやってきた。また下らぬご機嫌伺いかと高を括っていたら、とんでもない計画をブチまけていきよった。
ナナシに対抗して道路整備を始めるのは良い。交通の利便性は領地の発展に繋がるのだから、そこに皇帝である余が反対する理由はない。
でもそのために邪魔な建築物を破壊して住人をまとめて中央都市から追い出したってどういうこと? しかもそれを、余の馬車が快適に通過できるようにするための措置だとして実行したらしい。
つまり犠牲になった領民にしてみれば、余の我儘が原因で住居や職場などを奪われたようなもので……これやっぱり喧嘩を売られていたのではないか? だがしかし、魔族の頂点に立つ大魔王である余はエメラルドアイが本気で良かれと思い行動していることが理解できてしまう。この特殊能力を得たせいでストレスが倍増する日が来るとは想像もしなかった。
否、まだだ。簡単に諦めるな余、きっと挽回のチャンスはある。いやソレ本当にあるか? だってもう領民たちは理不尽に追放されたあとだぞ? もう余の評判は底値になってんじゃね?
ともかく、エメラルドアイの計画が完遂されるまではギリ可能性は残されていると信じよう。そうしなければ余の胃袋が穴だらけになってしまう。
大丈夫だなんとかなる、エメラルドアイは戦闘力は高いが内政能力は壊滅的で気紛れで気分屋で無責任だから都市計画なんてまともに実行できるワケがない。
誰だ最初に魔将の地位を世襲制にしようとか言い出したクソは。もしもまだ生きているようなら余が直接赴いて魂ごと粉砕して魚の餌にしてやる。
側近たちが先代の皇帝である我が父最大の功績について、下級魔族どころか貴族ですらない低級魔族の出身だったナナシを成り上がりだからと蔑ろにすることなく魔将に取り立てたことだと言っていたが、余もマジでそれだと思う。
ありがとう、我が父よ。本当に、それしか言葉が見つからない。でもどうせならナナシに魔将の地位を与えるついでに誰かひとりぐらい処刑してくれればよかったのに。