◯月✕日
今日は珍しく我が兄上が訪ねてきた。もちろん私的な用事ではなく、帝都周辺の開発状況についての報告である。
もっとも、文官たちや側近たちが気を遣ってくれたことで会議という堅苦しい雰囲気ではなく茶会の延長のような形で報告を聞くことになったのだが。余としては王族らしい振る舞いを家臣たちに見せる必要もあるのでは? と思わなくもない。面倒なのでわざわざ指摘するようなことはせんがな。
どうやら帝都周辺の地域でもようやく電線の設置が始まったらしい。伝達速度に優れた雷属性に魔力を変換し各地の施設に送電するための設備である。これまではマナクリスタルの放出する魔力を強化する装置を使いドーム状に結界を展開することで供給していたが、工事が完了した暁には今後は必要な場所に集中して魔力を送ることが可能になるので無駄な消耗を抑えることが出来るだろう。
電線の維持管理という問題もあるが、現段階では節約による黒字で新たな雇用を期待できる勘定であると兄上は少しだけ自慢気に語ってくれた。余と違い幼い頃から武力より知力を得意としていたことから、こういう頭を使い無駄を減らし発展に繋げる作業はパズルを完成させていくようで楽しいのかもしれん。
だからこそ魔獣による被害や、人間の国は当然のこと余の失脚を狙う輩による破壊工作に対しては全力で警戒する必要がある。大魔王として、皇帝としてはもちろんのこと、弟であるからと余のことを常々可愛がってくれた兄上へのせめてもの恩返しだ。そう宣言したら500年早いと頭を乱暴に撫でられてしまったが。
ふと、そういえば電線による効率化を発案し随分前から実用化しているナナシはどのような対応をしているのか余は詳しいことを聞いておらんことを思い出して兄上へ確認してみた。技術者を招いてアレコレしているのだから、その辺りの話も兄上ならば聞いているだろうと思ったが、案の定であった。
うん、まぁ。ヤツがトラブルの可能性を放置するなど余もありえんと思ってはいたがな? まさか他国からの工作員を逆に安全対策要員として登用しているとまでは想像できんわ流石に。そりゃ破壊工作を企んでいた連中なら効率的な警備計画だって立案できるだろうがそんなこと普通思い付いても実行しようとするか?
なんでも一度捕獲した後に捕虜交換の要領で交渉を持ち掛けるのだが、当然のように相手の国家や組織は関与を否定するばかり。そこをこれ幸いと勧誘して配下に加えているらしい。
文官たちに確認したところ、大抵の事柄は許可を求めるナナシが実行済みだと事後報告の形を取っていた辺り確信犯である。皇帝という立場上テロリストを懐柔する方針は同意するのが難しいのは確かにその通りだがそれでも余には詳しく報告しろよと言いたい。余が知らぬ存ぜぬのままでは問題が生じた時に全てヤツの責任となってしまうではないか、まったく。
流石に帝都周辺の開発で同じことは出来んと、兄上は不届き者を捕縛した場合は必ず報告すると約束してくれた。別にその場の判断で処理してくれて一向に構わんのだが、あくまで皇帝である余の部下であると周囲にアピールするためだと言われれば提案を受け入れるしかあるまい。流石にナナシのようにスカウトはせんがな。上辺だけ真似たところで失敗するのは目に見えているのだから。
◯月✕日
帝都の魔力結界装置のひとつが故障した。
原因の解明を急いだところ、とある上級魔族が勝手に出力を変更したことによる人為的な事故であると判明した。どうやら余と兄上がマナクリスタルの運用の効率化について話し合っていたことを中途半端に知り、それなら出力を変更して上級魔族たちが生活するエリアに優先的に魔力が巡るようにして問題ないだろうという謎の結論に至ったようだ。なにしてくれてんの?
これには流石の余もキレちゃったけど悪くないよねぇ? 普段からも何かしらやらかしているのか同格の上級魔族を含む一部の貴族たちから遠回しに処刑して欲しいと嘆願が続々と届いたし問題ないだろ。なんならあの阿呆の行動に疑問を抱かない大半の貴族たちもまとめて始末したいぐらいだ。人材に余裕さえあればいつでも問答無用の大掃除を決行できるのに、クズでも後先考えずに処分すると国家運営など簡単に傾いてしまうのが実に悩ましい。
処刑方法は魔族らしく決闘方式を採用した。やらかした本人を含む一族が選抜された中級魔族と直接戦闘を行い、生き残ることが出来た者は無罪とする方法だ。
これを言い渡した時の上級魔族の喜びようは実に滑稽であり余も多少は溜飲が下がる思いであったわ。上級魔族と中級魔族との間には強さの格として越えられない壁があり、例え中級魔族の大人でも上級魔族の子供には手も足も出ないほど戦闘力に差があることから、これは形だけの制裁であると勘違いしたのだろう。
一族揃って愚かな連中だ。そんな旧い価値観、ナナシが疾うの昔にバキボキに破壊しているというのに。今回処刑人として選出した中級魔族たちはヤツに憧れて常日頃から地道な努力を続けていた実力者ばかり。あとは上級魔族に昇格するために上位存在の核を取り込むだけであったが、それだけの核を保有する魔獣など野生はもちろんダンジョンでも簡単には見つからないから苦労していたようだ。
高みを目指して己より強い相手に挑み続けていた中級魔族と、美食に溺れて弛んだ腹がぶら下がっている上級魔族との決闘だ、なかなか面白い催し物となるだろう。
現状地位に甘えている者たちも、これで少しは危機感を抱いてくれると良いのだが……まぁ無能が消えて有能な若手が育つ機会を得られただけでも儲け物と考えておこう。
いやぁ、昇格のための上位存在の核が都合良く用意できて本当にラッキーだった。これが災い転じて福となすというヤツか。新しい魔力結界装置を準備するための予算のことを考えると吐きそうになるけど。