◯月✕日
ナナシ領にある総合学園から新卒の武官と文官を採用した。何名かは余が身分を隠して理事長として視察していたことを知らなかったらしく、期待通りの反応をしてくれたことに余は満足である。悪戯もほどほどにするようにと側近からは嗜められてしまったが。
優秀な成績で卒業したとはいえまだまだ未熟な若者たちだ、これからゆっくりと時間を掛けて育てる必要があるだろう。だがナナシ領出身の魔族は基本的に素直な努力家が多いので問題あるまい。真面目でやる気のある若輩者には丁寧に仕事を教えたくなるのが年長者という生き物の生態だからな。
とはいえ、楽観ばかりもしていられない。人材の価値とは単純な魔力量や戦闘力では決定することは出来ぬというのに、それが理解できぬ者が多いのも魔族という種族の特徴なのだから。
生き残るためには弱肉強食の掟を是としなければならず、それが数千年という単位で続いてきたのだから簡単に意識を変えられるワケがない。これには流石のナナシも急に解決策を閃くことは難しかったようで、地道な敎育をコツコツと続けることしか出来ないようだ。
これに関しては余も大いに反省しなければならん部分である。何故なら、余もまた力こそが全てであると信じて暴力に陶酔した結果こうして大魔王という称号を手にするに至ったという事実があるからだ。誰よりも力の価値を示してしまった余には、未来のために魔族の価値観に新しい風を呼び込むことに全力を尽くす責任があるだろう。
しかし……息子たち、そして娘たちの敎育でさえも満点とは言えない余に本当にそんなことが可能なのかという不安もある。忙しさを理由に普段は妻や側室たち、そして教育係の者に任せきりという体たらくだからな……。
余も余なりに努力はしているつもりだ。公的な場では皇帝として厳しく接しつつ私的な会話では父親として気楽な会話を心掛けたり、誕生日などの記念日は死ぬ気で予定を合わせて必ずプレゼントを持参し、食の好みや服飾の拘りとて全員の物を完璧に記憶している。
だが、この程度のことしか出来ぬ余に本当に父親を名乗る資格があるのだろうかと……自問自答せずにはいられんが、まさかそんな弱気の態度を見せることなど絶対にあり得んことだ。
余自身の自己評価がどうであろうと子供らにとって余は父親なのだ。情けない背中を見せるような愚行を犯してしまえば、もしもの時に子供らはもちろん妻や側室たちはいったい誰を頼れば良いのだという話になる。
と、決意だけなら1人前のつもりなのだが現実は厳しいからなぁ。いっそのこと子供らの国内留学を認めてナナシに学園に入学するチャンスを与えてくれるよう頼んでみるか? ヤツであれば余が相手だとしても無理なモノは無理だとハッキリ言ってくれるし、許可が出るということは余の贔屓目を抜きにしても子供らに豊かな才能が眠っている可能性があるということに──。
おっと、いかんな。考えを整理するための日記だというのに本題から外れてしまった。
優先するべきは新人の武官と文官たちの生命と尊厳と権利を守護ることである。嫉妬に狂った馬鹿が余計なことを仕出かさないよう警戒しなければならんのだ。
地位は奪うもの、などと本気で考えている魔族も少なくないからな。しかもそういう馬鹿に限って魔力量と戦闘力だけは優秀だったりするから始末が悪い。なんかもう面倒だから全力ですり潰してダンジョンに巣食う魔獣のエサにしてやりたい。そんなことすれば力こそ正義を肯定してしまうことになるで自重するしかないのだが。
◯月✕日
魔将ミスティコラールが無駄に眼鏡をクイクイしながら部下の売り込みにやってきた。とりあえず暴力的な手段を選ばなかったことを素直に褒めてやった。そしたら実力で地位を奪い返してもいいが、抵抗するチャンスぐらいは与えてやるべきだと意味のわからない上から目線の理論を展開してきた。
そもそもなんだよ奪い返すって。新卒どもはちゃんとこちら側で用意した面接と筆記試験と実技試験に合格してんだから奪い返すもなにも本人たちの実力を認めて余が我が城で勤務することを許したんだよ何様のつもりだテメェ。
大体、欲しいモノは暴力で奪えばいいじゃないっていうのはそれはもう山賊の考え方だろうが。なんなら野生の動物だってもう少し秩序のある行動しとるわ。
問答無用で追い返してもよかったのだが、それをやるとミスティコラールのヤツが連れてきた部下たちに八つ当たりしそうだったのでひとまず面接だけしてやった。上司が非常識だからといって部下もそうだとは限らないと、反面教師という言葉もあるからと己に言い聞かせながら話を聞くことにしたのだ。
全然意味無かったけどな。食料の生産量を増やすための政策について意見を聞いたら、下級魔族や低級魔族と人間の捕虜を奴隷の如く働かせれば万事解決であるから積極的に領土を広げればいいとか平然と言いやがった。アイツら麦は畑から収穫する物ではなく農民から税として取り上げる物だと本気で考えているタイプだ馬鹿じゃねぇの?
もちろんこの程度の珍回答で怯む余ではない。ならばまずはその理屈が正しいことを証明して見せろとミスティコラールに領地の拡張を命じてやった。期待通り皇帝である余から直々に侵攻命令を与えられたと本来の目的も忘れて部下を引き連れ喜び勇んで帰っていった。これで本当に勇者たちを撃退して街のひとつでも奪ってくれればそれはそれで結構なことだが……まぁ、無理だろうな。