動き出したのは処刑人の方だった。彼は、短剣を突き出して黒い――シロコ*テラーへと突進する。それにシロコ*テラーは、BLACK FANG 465を構え、弾をばら撒き始めた。
処刑人が、短剣を振る。灼熱の短剣は、その熱波だけで主へと迫る弾丸を溶かし切って見せた!
「プレナパテスゥ―――!」
処刑人は止まることを知らない。その突進は、確かにシロコ*テラーの心臓を突き刺そうとして、何か透明の膜に止められた。
「
“『大人のカード』……!”
処刑人は、それに狼狽えることもせず、ただ短剣を掲げた。
「アンサラー! 応えるモノよ! 私の復讐の念に応えるのならば、私に、あれを貫く力を――!」
短剣はそれに応えるように、炎をまき散らしながら、空間ごと、その膜を焼き切り、処刑人の道を切り開く。だが、眼前の敵はもう次の攻撃準備を終えようとしていた。
刹那、辺りが虹色の光に満ち溢れる。それは、プレナパテスからの砲撃であった。シッテムの箱を用いた砲撃は、確かに処刑人を射線に捉え、放たれた。しかし、何と言う事であろうか。処刑人の短剣はそれすら防いでいるのだ!
一つの大きな光の筋は、しかし、処刑人の
「ちぃ……!」
処刑人が毒づく。それは勿論、攻めあぐねているからであって、自身が受けたダメージ故ではない。つまり、手数である。こちら以上の手数故に、あちらは処刑人を封殺できる。処刑人の手数を今見せるわけにはいかない。それは、きっと
処刑人がカードを切ることは無い。カードを使うことはできない。あの神秘は、もう既に、彼の右手に握られている。それは今現在プレナパテスの砲撃を防いでいるし、カードの神秘はただ限定的なものになっている。であるならば。
「ま、こうする他にあるまいな」
処刑人は、その右手に握られたアンサラーを手放し、宙へと跳びあがった。プレナパテスはわずかに反応を見せた――恐らくは、驚愕したのだ。彼は、素手のままシロコ*テラーへと肉薄した。シロコ*テラーは対応できない。接近戦に心得がないわけではないが、近接格闘へと切り替えるには、余りにも処刑人が近すぎたのだ。
シロコ*テラーは、何をすることもできず、処刑人に殴り飛ばされ、気絶した。どうにも顎にいいのが入ったようだった。
気絶したシロコ*テラーを放って、処刑人は走り出した。無論、向かう先にはプレナパテスがいる。アンサラーは、いつの間にか、処刑人の手に握られていた。
終わりがやってくる。プレナパテスの、永い旅の終わり。多くの罪を重ね続けるだけだった、傀儡の日々。
「お前は、あの日、確かに私の生徒を殺した。無邪気に笑うだけだった彼女らを、殺したんだ。」
“やめろ! 処刑人!”
先生は叫ぶ。それを、させてはならない。彼が大人ならば、そんな事をさせる訳にはいかない!
「色彩の傀儡だと? 知るか、そんなもの! そんなものはお前を殺した後に未来永劫殺し続けてやる! ――お前には、俺の受けた苦しみを、悲しみを、くれてやるつもりだった。だから、アレを殺すつもりだった。」
彼が指差したその先には、横たわっているシロコ*テラーがいる。何てことだ。彼は、己の生徒と瓜二つの―否、己の生徒自身を再び殺そうとしたのだ!
「だが、時間の無駄だ。お前への復讐は、お前の死と、お前を失った、アレの後悔で赦してやる。だから、ここで死ね。」
“処刑人!”
先生の胸にあるのは焦りではない。怒りだ。責任を取る大人が、責任を増やすことなど、あってはならない。ましてや、人殺しなど――。
「……言い残すことはあるか、傀儡。」
プレナパテスにとって、目の前の男は、己の罪そのものだ。己の責任そのもの。最早夢を見ることの叶わぬ彼が切望し、夢想した、己の死。自分が責任を取らなければならないことなど、とうに分かり切っている。それに、異論などない。けれど、彼の失った心が、どこか向こう側へと消え去った心が気がかりに思うのは、処刑人の奥で寝ている、彼女だけだった。
自身の最後の生徒。何も守れやしなかった自身が、最後に一人だけ、守れた生徒。彼女を、誰かに、守ってもらわねばならない。
そして、それは、目の前の黒ずくめの自分でも、今まさに死のうとしている自分でもない。
あそこで、こちらへと走ってきているあの男だ。あの自分ならば。まだ先生でいられる彼ならば、きっと。
「……生徒たちを……よろしく、お願いします」
それが、最後に残したプレナパテスの願いだった。
“処刑人……!”
「………」
処刑人は、プレナパテスの遺言を聞き終えると同時に、彼の胸に、アンサラーを突き刺した。プレナパテスは確かに再び死に、もう二度と、目覚めることは無い。
“処刑人……! 何てことを!”
先生は怒りのまま彼の胸倉を掴み上げる。いつの間にか、彼の翼は消えていた。先生の目には、怒りがある。そして、恐れが。処刑人は、その恐怖が何なのか知っていた。
「俺が怖いか?」
“……!”
「怖いだろうな、そうだろう。
“それは………”
「だが、確かに私は私なんだ。私は私だった、けれどもう
先生は何も言い返さない。分かっている、己もきっと、彼の見た情景を見たならば、復讐の念に駆られることなど、分かり切っている。だからこそ、恐ろしい。何か一つ間違えたならば、己も彼と同じように復讐鬼に堕ちるのではあるまいか。それが恐ろしい。真っ当な方法で責任をとれる大人でありたい自分と、そう在れなかった自分。どちらに成るのか、それが恐ろしい。
「お前はその恐怖を抱いておけ。俺は、もう遠い何処かに置いてきてしまった……。それから、出来る事なら早くここから離れるんだな。」
“何を……?”
ゆっくりと、それは現れた。夥しい光と共に。それは虚空から落ちてきた。それは肉塊だった。物言わぬ肉塊。
「『色彩』の手先だ……プレナパテスの様な傀儡とは違う。成りそこないの肉の塊。」
“この、量は……!”
「そうだ。こいつらは神秘を喰う。生徒たちとは滅法相性が悪いだろうな。」
“じゃあ、どうするの!?”
「だから、俺が処理するということだ。」
処刑人は、再び短剣を掲げた。彼の復讐の剣。血塗られた勝利の短剣、アンサラーを。
「アンサラーよ……もうひと仕事だ」
処刑人に翼は生えない。けれど、その短剣は再び甲高い悲鳴を上げながら、炎を生み出し始めた。
「お前は逃げるがいい。生徒のためにもな。」
男の復讐はここに成ったのだ。そして、残虐な復讐鬼に成り切れぬ男は、黒いスーツに身を包み、真紅の短剣を右手に、肉塊と相見えた。