ぜんぜろつめた 作:寒さで体調をよく崩す人
ゆら、ゆら。
「う、うぅ……」
ゆらゆら。
「むむむ……」
「はぁ……プロキシさ、バレバレだから」
そーっと尻尾の先に近づいても、ヒョイッと躱される。
小さいボンプの体が何度も翻弄され、短い手足をバタつかせた。
尻尾の持ち主は眠たげな顔で寝転んで、足を伸ばしたり曲げたりパタパタパタと。
「ボンプ越しでも触らせないよ」
「そ、そんな、イアスでも……!?」
「だーめ」
棒付きキャンディを取り出したと思ったら、舌の先で軽く舐めて味見をした。
口の端がほんのり緩んだと思ったら、次の瞬間には口付けの後に押し込んで咥える。
ぼんやりとホロウの波打つどこかを眺めているらしいが、尻尾には一切触れない。
私の事をペットみたく扱われてる気がするが、まぁそれも面白い。
「はぁ……プロキシのせいで全然寝れないじゃん」
「あー……ごめん、こっちでホロウの情報を分析し——ッ!?」
足と尻尾で器用にエレンの手元に手繰り寄せられる。
ぎゅっと柔らかめの感覚と、暖かさに包まれた。
イアス自身も相当驚いているらしく、お互い混乱して情報が一向に収束しない。
完全に頭の中にハテナばかりだが、そっと撫でられるような感覚がしてようやく分かった。
「ちょっ、エレン……! 私は抱き枕じゃなっ……」
「じゃあ私寝るから」
「えっ、ちょっ……ホントに寝ちゃった……」
確かにこの辺りはエーテル活性度が低いとは言えど、ホロウ内でそう簡単に寝てしまうだなんて。
なんというか、大物だなぁ……褒めたわけじゃなくて、呆れてるだけ。
零号ホロウの探索は、眠りから覚めてから続けるとしよう。
……起きると、そのまま刺していた武器を担いで私を小脇に抱え、先に進んんでいってしまった。
——————
それから数日の間も、どうしても尻尾が気になって仕方なかった。
オオカミのシリオンにとっての毛みたいな、そういったものなのだろう……。
傷が付いていたり、シールが割と貼られていてオシャレだし、ゆらゆらしてるし、可愛いし。
何か合法的に触れる方法ってないのかな。
出来れば、そう、嫌われない程度に。
「うーんなんか良い方法……あれ?」
ニューススタンドで立ち読みをしていると、ふと同社が出版する気になる雑誌が目に止まる。
サメシリオンコレクション……?
次号では尻尾のお手入れ方法を——
「こ、これだ……」
数週間後。
届いてしまった、ウーフに頼んだサメシリオンコレクション第五八号が。
自室に手に取った瞬間に私は何をしているんだという自責などに潰れ、思わずへたり込んでしまった。
触られたくないものに触ろうと思うなんて、なんておこがましい事を考えていたんだろうか。
とりあえずベッドの下にでも入れてしまおうか――いやそれはちょっと、別にこれはやましい物じゃない、これは。
「よ、読むだけなら合法……合法だから……!!」
表紙を捲ると、割とちゃんとしたファッション誌っぽかった。
そりゃ普通の雑誌だもんね、れっきとした雑誌だもん。
流行のヘアスタイル特集にはルミナスクエアの美容室の名前もあったり、本当に普通っぽい。
サメシリオンとか関係なく良い雑誌だと思うんだけどなぁ。
「にしても尻尾のお手入れ法は——ん? もしかして飛ばしちゃってる?」
怪訝に思ってパラパラと見返してみたら、ほとんど内容が無いみたいな四ページが目に入った。
お手入れ方法だなんて書いてあったから買ったのに、やましい心を読まれたみたいだ。
ということは、私の計画は無事破綻したという訳だ。
そのまま雑誌を開いたまま放って、しばらくソファーに倒れ込む。
「うぐぐ……どっかのサイトで探すべきなんだろうけど、うーん……デマだったら怖いなぁ……」
そうしていると、誰かが階段を上る音が聞こえた。
やば、お兄ちゃんに見つかったら揶揄われるかも……。
咄嗟にベッドのほうに急いで向かって毛布の下に雑誌を隠した。
「いきなりでごめん、いるよね?」
「……へあ?」
アポなしでエレンが制服のまま現れた。
あまりの唐突な出来事に固まっていると、気まずそうに視線を逸らされた。
「あー……その……雨、さっきから降っててさ」
「え!? ……ホントだ」
窓から外を見てみれば、確かに雨が降っていた。
それに、よくよく見ると毛先が少し湿っているし、服も濡れて肌に張り付いている。
予報だと晴れだったはずだし、天気予報が珍しく外れたという事だろう。
あとで軽く散歩でもしようと思っていたのでちょっと残念。
「たまたま近くて雨宿りしにきたんだけど、あんたのお兄さんが……まぁ、上にあんたがいるって言ったからさ……」
「あーね、そういうことなら……。 大したものは出せないけど、好きにくつろいでいいよ」
「んじゃ、ソファ借り……あっ、ちょっと服借りていい?」
「んんっ!?!?!?」
シャツが濡れているのを思い出したように、ふと申し訳なさそうに目伏せがちに言われた。
突然の事に驚き、何も飲んでいなかったのに自分の唾液でむせそうになった。
服を、借りる……!?
「わ、私の服を借りるの……?」
「えっ? ……だって濡れたから。 あ、上着だけでいいよ、シャツ乾いたらすぐ出てくし」
上着だけってどういうことなの?
ツッコみを入れる前に、ドアを閉めてYシャツのボタンを上から順に外されていく。
上着——仕方ないので、今着てるジャケットを脱いでエレンにパスした。
「別に貸すのはいいけど、いきなりだったから……私たちって、そこまで仲良かったんだね」
「……違った?」
「ううん。 ちょっと安心したというか……」
「ふーん……」
興味なさげな相槌とは裏腹に、嬉しそうな目元。
サメってこんなに可愛い生き物だったとは。
というか、よくよく考えたらYシャツを脱いで、そのままジャケットを着ている……?
なんというか、今とんでもない状況じゃ……と思っていたら、案の定とんでもない状況になっていた。
「あの、尻尾穴付いてないからね?」
「あんたの部屋だし大丈夫でしょ」
尻尾が揺れるごとに気になって仕方ない。
今度こそ横になろうとしたが、その前にこちらの方を——厳密には布団の方をじっと見られる。
「え、えーっと……こっちで寝たいの?」
「んーん、ソファで良い。 んだけどさ……雑誌」
「……あっ」
ああ、全部終わった。
お兄ちゃん、貴方の妹が勝手に建てた計画はお陀仏になりました。
私は目を泳がせながらも、そっと毛布の中に雑誌を押し込んだ。
「確か今週のってさ、尻尾関係の特集だったよね」
「……そ、そうなんだぁ!」
完全な棒読みながら、知らない振りを貫こうとする。
だが疑念の眼差しはそのままだ。
「へえ……この前、零号ホロウで尻尾に
「あー……ご、ごめんなさい……」
「へぇー……そんなに触りたいんだぁ……」
バッグを抱え、ツンツンとした表情と裏腹に尻尾が嬉しそうに揺れる。
しばらく考えた後にベッドの方へ歩き出し、心臓が跳ねる。
コツコツと一歩一歩近づいてきて、そして隣に座った。
視線であんたも座れって言われた気がして、仕方なく私も座る。
「ほら」
「ひゃっ」
膝の上に尻尾を載せられる。
どうすればいいのか分からず、おどおどしているとため息が聞こえた。
「はぁ……ほら、手貸して。 "お手入れ"の方法、教えるからさ」
……お兄ちゃん、残念ながら貴方の妹はサメの獲物だったようです。