ぜんぜろつめた   作:寒さで体調をよく崩す人

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ゼンゼロ復帰した。


まくらやみ

 バレエツインズ前、川の流れに合わせて人々の営みが流されていく。

 手摺に寄りかかると、夜風はそっと頬を撫でていった。

 月明かりは私を照らして、水面にホロウの鏡像が映る。

 センチメンタルな気持ちがして、気が付けばここに来ていたはいいけれどなんだか寂しさが勝ってしまいそう。

 溜息が思わず漏れ出てしまう。

 

「はぁ、ままならないなぁ」

 

「……ねえ、何してんの」

 

 そっと横に現れたエレンが、私と同じように手摺に寄りかかった。

 飴を咥えていて普段通りだと思ったが、最近見ないような怪訝そうな視線に思わず驚いてしまった。

 そっと私の腕を軽く掴むと「答えて」と言わんばかりの視線を向けられる。

 

「うーんと……最近ちょっとツイてなくて、そう人生上手く行かないなぁって思ってただけだよ」

 

「あっそ……落ちなくてよかった」

 

「え?」

 

 よくよく考えたら、確かにこの状態は不味い事の前みたいだ。

 夜中のバレエツインズ前で、一人きりで、手すりに寄りかかっていて、溜息までついてる。

 確かに見ようによっては、このあと川へ投身しそうな人みたいだ。

 人によってはちょっぴり怖い光景だったかもしれない。

 

「ほら、さっさと行こ」

 

 腕を掴んだまま、私を手摺り——どちらかといえば、川から引き離した。

 不安げな横顔が見た瞬間、どこか心の中がもやもやした。

 この感情が意味する関係が分からなくて、喉が渇いていくような突っかかりを覚えた。

 だが、手を引かれるまま自販機前までやってきたころにはなんだか少しスッキリしていた。

 

「なんか飲む?」

 

「ううん、平気」

 

「そう」

 

 自販機に寄りかかったエレンと、壁に寄りかかった私。

 何も言葉を交わさない時間が気まずいような、それでいてどこか普遍的な過ごし方が幸せに感じるのはどうしてなのだろうか。

 言いたいことをまとめたくても、上手くまとまらない。 どう説明したらいいのかも難しいのだけれど、突風で大切な言葉が吹き飛ばされて見つからない、みたいな感じ。

 普段ならなんだって話せるのに、こんなに一言話すのでさえ怖いと思ったのはいつ以来か。

 

「……あのさ、あんたのお兄さんにぐらいちゃんと連絡ぐらいしなよ」

 

「え? 連絡したはずだよ」

 

 慌ててスマホを取り出した。

 お兄ちゃんとの会話ログの一番下、私の吹き出しに赤い文字で「送信できませんでした」という注意書きが施されていた。

 

「あれ、送信されてない……?」

 

「なにそれ。 心配して損した……」

 

 その言葉が終わると同時に飴を噛み砕いた音がして、一瞬びっくりする。

 もしかしたら、とんでもない心配をみんなに掛けてた?

 どこからか芽吹いた小さな罪悪感が背を伸ばし、いつの間にか肋骨にツルを巻き、背伸びをしたまま喉を締め付けた。

 

「てか、なんかあったなら悩み事ぐらい聞くから。 身内に話せなくて私に話せる事とかさ」

 

「それって、友達だから?」

 

「そう……いや、なんかモヤるな」

 

「エレンもそう思う?」

 

「わかんない、でも、それでもいい気がする」

 

 軽く踵で蹴られた自販機は物言わぬ鉄の扉。

 足元、つま先で踏むタイルは口のない粘土。

 川の方に目を向けても、流れるゴミは反射された月光で全く見えなかった。

 

「にしても悩みかぁ……なんだったっけ」

 

「上手く行かないって言ってたじゃん」

 

「そうなんだけどね、なんだか上手く思い出せないっていうか……」

 

「……ふーん」

 

 考えが一巡したのか、エレンは自販機から暖かい飲み物を二つ買った。

 私にはミルクティーを寄越して、エレンはよく分からない雑炊の缶に口を付けた。

 あれって美味しいのだろうか。 ……まぁ、エレンの味覚はそこまで頼れるものじゃないから冗談ぐらいで見ておこう。

 

「あんたってさ、夜に突然バレエツインズ前に来たと思ったら川に投身する噂とか聞いたことある?」

 

「え?」

 

「学校で今ちょーぜつ話題のやつ」

 

 突然とんでもない怪談の最短すぎる要約を聴いて驚く。

 もしかして、私の状況ってそれに酷似してたってこと?

 怪談に似てて、それでここに駆け付けた……?

 

「連絡来た時はまさかと思って来たけど」

 

「え、えっと? つ、つまりは……」

 

「あんま気にしないで。 別に責めたいわけじゃないし、無事で……なんでもない、帰る」

 

 その言葉と私だけ残して、踵を返した。

 もしかしたら、エレンって私の事を相当心配してたんじゃないのかな。

 私の罪悪感は相当強い力で固く私の首を絞めていたが、私はそれに手を掛けた。

 溢れ出した言葉の収束を待たず、私は駆けだす。

 

「ご、ごめんっ!」

 

「は? っ……な、なに……」

 

 気が付いたときには、思いっきりエレンの後ろから抱き着いていた。

 尻尾であんまりギューって感じではないけれども、布越しの柔らかさがその存在の証明。

 服に皺が出来てしまうだとか、そこまで考えが及ばなくて弱弱しい思いっきりの力を

 

「えっと、その……心配させちゃったな、って」

 

「……あー、はい、もう分かったって」

 

 振りむこうとする動きにハッとなり、一歩二歩後退る。

 突然抱き着いたから怒られる? いや、そもそも私抱きつい——!?

 後から来る羞恥と自身に対する混乱は、顔向けできないぐらい顔を火照らせるには過剰だった。

 なんて答えればいいのか分からないし、視線があっちこっち行くし、指先が震えて、思考もまとまらない。

 

「抱きしめたいなら前からにして。 尻尾、当たって……その、くすぐったいから」

 

 予想らと軽く腕を広げて、私を腕の中()へと誘った。

 暗がりであまりよく見えないけれども、きっと呆れた表情な気がする。

 恐る恐る一歩踏み出すと、その一歩が小さすぎて溜息を吐かれる。

 もう一足――を出す前に体を抱きしめられ、ふんわりと柔軟剤の香りがした。

 呆気に取られていると、抱く手に強い力が籠められる。 ちょっと苦しいぐらいだが痛くは無く、むしろこのままで良いとさえ思えてしまう。

 

「ねえ、深夜に暗がりで同性とは言えど抱きしめ合うってどうなの?」

 

「え? えーっと……カップルみた……あっ」

 

「はぁ……もうそれでいいよ」

 

 本日何度目かの自爆。

 そっと頭を撫でられても恥ずかしさは解けることはなく、むしろ逆効果なまである。

 いつ頭から湯気が出て倒れるのかという賭け事か、それともそうなるまでのチキンレースをされているのか。

 私とお兄ちゃんは"人たらし"だと稀に言われるが、永遠と人生の最高点を記録を更新してくる子までたらした自覚は無かった。

 どうやら、これら全部は大人しく享受するしかないらしい。

 もう当初の目的だとか、そういうのを思い出すことすら忘れさせてくれる優しい手つき。 いつも敵を蹂躙するがため大鋏を振り回す両手足は、私を慰める為に加減して用いられていて、不器用なんだか器用なんだか分からない。

 

「……ていうか、忘れてない? 私、学生だよ」

 

「ま、まだ手は出してないからセーフだから……!!」

 

「へえ……"まだ"ってどういう意味?」

 

 抱きしめる手が緩められ、ほんの少しだけの距離と隙が生まれる。

 今になりようやくはっきりくっきり、そして真っすぐ顔を合わせた。 おそらく、上位捕食者とはこういう視線を向ける生き物を指すのだろう。

 ジッとした視線に耐え切れず、思わず瞼を閉じた。

 

 唇に柔らかい感覚がした。

 

 触れた時間は大したことが無いというのに、エコーのように何度もその事実が波及する。

 突然のファーストキスはふわりと甘くて、それでいて慣れた香り。 最後には思考が蕩けていく。 たった一度、されど一度。 ワンアクションで得た本当に好きなんだという気づきは、妙に腑に落ちた。

 ここまで来たのなら逆に頭が冴えてしまう。 もし、もう一度と言ったらエレンは応じてしまうだろう。 だからこそ私はその言葉を胃の底に落とす。

 

「ん、ずっと秘密にしといて」

 

 さっきの『もうそれでいいよ』の答え合わせは、単純明快だった。




調子取り戻したら夏の話やります(投稿月12月)
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