ぜんぜろつめた 作:寒さで体調をよく崩す人
ことありっしたー2024
吐く息も真白に染まり、マフラーに顔を埋める。
六分街に吹く乾いた風が肌を刺すように冷たく、鼻先がツンとする。
こんな日でも外でラーメンを食べたいと思う事は当然あり、スープから伝わる器の熱で手を温める。
黑鉢燻製を一口二口と口に運ぶ度、身も心も満たされていくのを感じる。
ふと自身のスマホが震えた。
『あとでビデオ屋行く』
『年末年始に何か見たりするの?』
『別に。 明日あたりからホント忙しくなるから、その前に顔見とこうって』
確かにヴィクトリア家政って上流階級御用達だし、それはそうか。 各地に赴く人たちの護衛なんかで、手帳に空白が無さそう。
それに冬休みだって長いかと言われると微妙で、あっという間に溶けるイメージ。 休みとバイト……休めるときは休んで欲しいし、何かお菓子でも買っておこうか。
『そういえばあんたも忙しいか……』
『18ちゃんたちに手伝ってもらってるから、今日の私はフリーだよ!』
『わかった』
私も私でお兄ちゃんやイアスたちと年を越す準備も終えてるし、大晦日と元日はゆっくりと過ごすつもりだから、予定を入れられないという意味では忙しいといえる。
ちなみにだが、年末にビデオを見る人が多くいるおかげで懐がほんのりと温かい。 もし毎月この調子かつ、ニコが借金を返してくれたらのなら、fairyの電気代ドカ食い
そう思いつつ最後の一滴を飲み干し、チョップ大将に器を返す。
「それじゃあチョップ大将、良いお年を!」
「もうそんな時期だったな……リンちゃんも良いお年をな」
沢山ある手のうち一本を振って見送ってくれた。
軽い足取りでビデオ屋に戻ると、壁もそれなりに薄いというのに外よりも断然暖かい。 風が通らないだけで段違いだ。
店の一角の壁にもたれ、インターノットのはちゃめちゃな画面をスクロールする。 接続数が爆増しているせいで、悲鳴も歓喜も壊れた蛇口みたいに噴き出ていた。
『ホロウレイダーには正月休みはない』だとか『この時期こそ稼ぎ時なんだ』なんて呟きを見ていると、朱鳶さんもドタバタしてそうだと苦笑いが出てしまう。 あとで差し入れでもしておこうかと思ったが、この様子だと忙しすぎて逆効果になりそうだ。 メールであいさつだけしておいて、少し落ちついたのを見計らって、少しでも休めるように遊びにでも誘おうか。
不意に扉が開き、見知ったサメメイドが一匹入店した。
「エレン! 今日寒かったでしょ?」
「ちょっとだけ。 下に結構着込んでるから」
「それでもだよ、お湯沸かして何か飲も」
楽しく話しながら部屋に向かい、真っ先にケトルに水を入れてくる。 MAXで示されている1.0L……より少し多いが、気にするよりも早くお湯を沸かしたい。
スイッチを入れて、彼女と隣り合うようにソファに腰を下ろした。
隣合ってこうするのも何だか最初はそわそわしたが、今となっては落ち着いたものだ。
座った直後はひんやりと感じたというのに、すぐに体温が伝わって気にならなくなる。
「なんていうか、あっという間って感じ」
「うん……そうだね、もう年が暮れちゃう」
「バレエツインズで出会ってから、まだ半年経ってないって……」
確かに猛暑の日から、落ち葉が増えてきて、澄み切った空の日々に移り変わっていた。
日々の過ぎ方はいつもこうだが、ここ半年は特に早く感じた。
赤牙組の件、郊外の件、そしてブリンガーの件。 あまりにも多くの事が次から次へ起きた。
「きっと来年になっても会うし、というか私から会いに行っちゃうからね!」
「じゃ、暇なときに真っ先に来て。 出来たら手も暖かくしといて」
「うーん、カイロで温めるだけでいいかなぁ……?」
「……ダメ」
取り留めのない事を話していると、ケトルのスイッチが上がる。
大きめのコップ二つを出して、インスタントココアを二杯入れるとお互いカップを両手に温まりはじめる。
そういえばエレンの尻尾って常に外に出てるから寒そうだけれども、平気なのだろうか……。
じーっと彼女を見ていると、ふと学生服の姿を思い出し、そこから一つの話題が連想された。
「そういえば冬休みの課題は?」
「……全然」
「やっぱり後回しにしたくなるよね」
「へー、伝説のプロキシでも最終日派なんだ」
「うぐっ……その時はまだだからいいの!」
「まっ、どうせどうにかなるからいいんだけど……あ、手伝って貰えばいっか」
「へ?」
ガサゴソと鞄を開けて漁り始める。
筆箱と数冊のノート、そして明らかに煩雑な科目だけをピックアップしてきただろう教科書類。
常に持ち歩いているわけなさそうだし、恐らくどっかのタイミングで手伝ってもらうとか思っていただろう。
つまり私は作戦に負けた、というよりも見えなかった
「てことで、手伝ってくんない?」
「えーっと、高校の授業とか受けたのって何年前だっけ……」
遠回しに戦力外だと言おうとするが、ずいずいと近寄る。
物理的にも、心理的にも彼女は逃がすつもりはないらしい。
「言い出しっぺがどうとかってことで。 まっ、数学とか多分得意でしょ」
「私より得意な……人? と、とにかく計算が早い子とかいると思うよ! うん、きっとそう……」
『マスター、私は現在冬期休暇を頂いております』
「休暇なんて上げた記憶ないのに……」
突然のスマホから小さい声で宣告される。
エレンはというと、よく分かっていない様子だが私に退路なしと判断したのか教科書をパラパラとめくり始めた。
こうなったら今年最後の大仕事ぐらいの気持ちで、さっさと終わらせてしまおう。 指先にココアの湯気を当て、ぎゅっと握り込んで手のひらまで温める。
「じゃ、とりあえずこのページの……」
リンと雅が先に出来上がるか、エレンの誕生日祝いが先に出来上がるか――
来年もよろしくお願いします。