康一は学校が休みの日は必ず、飼っている犬のボリスと散歩に行っている。気分によって散歩する道は変えたりしているが、概ね公園を通っていくようにしていた。
ボリスはもう老犬で、昔よりも歩く速度が遅くなっている。鈍臭いなあと思いながらも、そんなところに寂しさを感じつつ、公園を一周するルートへと歩いていく。
もうすぐ梅雨が近づいてくる5月ではあるが、まだ春の陽気が残っており肌寒いとは感じない天気だった。絶好の散歩日和と言ってもいいだろう。なんとなく、いつもは通らないちょっと暗い道の方を通ってみようかな。なんて思って、カーブしている道を歩いて行った先、視界に飛び込んできたモノに度肝を抜かれた。
ベンチに座っている人が、沢山の鳩に埋もれている。
鳩は止まれる場所全てに止まっており、ベンチに座っている人さえも止まり木にしているではないか。くるっぽくるっぽと鳩が鳴き、『中の人』は鳴き声に反応しているのかボソボソと何かを喋っている。
「バウッ、バウッ!」
この光景に驚いたのか定かではないが、ボリスがベンチに向かって吠えた途端に鳩が一斉に飛び立っていく。バサバサと音をたてて飛んでいく鳩に康一が驚いて「わッ」と声を出すと、埋もれていた人は「あ……」と名残惜しそうな声を出した。
「……リヴィンさん?」
「ああ、康一か。どうしたんだい?」
「ど、どうしたもなにも……」
どうしたと聞きたいのはこちらの方だ。何事もなかったかのように、リヴィンは平然と康一に問いかけてくる。おかしな人だとは思っていたが、ここまでおかしいとは思わなかった。
迷いながらも、リヴィンに近づいてみる。当人は鳩に埋もれていたので『色々』と汚れているのかと思ったら、ジッパー付きのパーカーには土などの細々としたゴミが多少ついているくらいだ。しかも事前に鳩が止まるのを予測していたのか、膝には一枚の新聞紙が膝掛けみたいに置かれていた。
「見ての通り、犬の散歩で……。え、え〜っと、リヴィンさんは一体なにを?」
「情報が欲しくてね。多角的な視点が欲しくて、鳩に聞いてみたんだよ」
やっぱりこの人、とってもヤバい人だ。ヤバさランキングを更新し続けるリヴィンに恐れ慄いていると、リヴィンは唸りながら言葉を続けた。
「けれど、何もわからなかった……」
「それは……、そうだと思う」
逆になんで何かが分かると思ったのか不思議でならない。リヴィンは新聞紙を折りたたんでから立ち上がり、ベンチに置いてから両手を天に上げて伸びをする。ふうと息をついてから、パーカーを脱いでから外側が内になるように丸め始めた。パーカーの下には白い薄手の長袖ハイネックを着用している。ここまで着込んでいたら暑いはずなのだが、リヴィンは汗ひとつかいていなかった。
「そんなに着込んでて暑くないの?」
「……癖、で……着てる」
「癖……?」
「もう問題ないんだけれど、太陽の光が……駄目な体だったんだ。その時のことが身に染み付いていて、厚着をしないと落ち着かなくてね」
太陽の光がアレルギーになる人もいると聞く。きっとそのアレルギーであった時の習慣だと解釈した康一は、それなら仕方ないと相槌を打つ。
「そっか、それなら仕方ないよね。ずっと気をつけてると、当たり前になっちゃうものだし……」
「う、うん。そうなんだ。そう」
丸めたパーカーをギュッとしながら、微妙に挙動不審になったリヴィンに首を傾げたが、ボリスから早くしろと言わんばかりにリードを引っ張られ、本来の目的を思い出した。
「分かったって、もう。……リヴィンさん、ごめんなさい。僕もう行かないと」
「ああ。……ん?」
リヴィンはベンチにパーカーを置いてから、康一に近寄って上腕部を見つめてくる。何かゴミでもついていただろうかと焦って見たが、普通に服の袖があるだけで特に何もついていない。
「どうしたの?」
「ちょっと失礼するよ」
リヴィンが手を伸ばし、何もないはずの袖を少しだけ掴んでから手を引っ込めた。やはり、リヴィンの指先には何もないように見える。
「ええっと、何かついてた……?」
「私は通常の人より目が良くてね。気になる『ゴミ』があったものだから、つい取ってしまった」
「はあ」
それなら全部のものが気になってくるのではと思ったが、再度ボリスに引っ張られて急かされてしまう。
「じゃ、じゃあねリヴィンさん!」
「康一! ……ええっと、気を……、気をつけて」
妙に神妙な表情のリヴィンが印象に残ったまま、散歩へと戻っていくのであった。