レストランの中へと入ると、トニオが小さな室内でテーブルの上にある食器を調整していた。
「いらっしゃいマセ。……おや?」
「こんちわ~……。俺じゃなくって、こっちの人がここに来たがってさ」
仗助がリヴィンに手をやると、当のリヴィンは周囲を軽く見回し、無言でトニオをじっくりと見つめてから口を開いた。
「Buon giorno」
「Salve. Il tuo italiano è molto buono」
「な、何……?」
その後もリヴィンとトニオは仗助が理解できない言葉──おそらくイタリア語で話を続けていく。
『色々な言語は一通り話せるんだ』
『素晴らしい。貴方は勉強家なのですね』
『勉強家……? ではないと思う。覚えているだけだよ』
リヴィンは首を捻っているが、トニオはいたく感動している。日本語で会話してくれと思いつつもツッコミもしにくく、二人の様子を眺めるしかできなかった。完全に蚊帳の外である。
『少々お手をよろしいですか?』
『構わないよ』
『おお……、素晴らしい。貴方は非常に健康的な生活を送っているのですね。どこにも悪いところが見当たりません』
手を見ているということは、リヴィンの健康状態を確認しているはずだ。トニオが引き続き感激している様子から、リヴィンが健康体であることが察せられる。
『人間は健康的な生活を送るのが普通なのでは?』
『各々事情があるのです。貴方もきっと分かるようになります』
『そうだろうか……?』
また突拍子もないことを言っている気配を感じて思わずジト目でリヴィンを見たが、トニオは笑って軽く受け流してくれたようだった。とはいえ、いい加減会話に入れて欲しくなった仗助は意を決して声を上げる。
「あのぉ〜、日本語で話してくれないっスかね……」
「失礼シマシタ、ここは日本デスからね」
リヴィンも頷き、日本語での会話へと戻っていく。ほっと一息をついていると、ようやく本題に入る雰囲気へと変わっていった。
「『美味しい』、とはなんだい?」
急にトニオへ哲学的な質問をしたリヴィンに、仗助は面倒なことが始まってしまったと内心嘆く。リヴィンの謎問答は少々どころではない長さになるのだ。リヴィンは真っ直ぐにトニオを見つめ問いかけ続ける。
「私が作った料理は『普通に美味しい』と言われるんだ。私はプロの作っている料理をそのまま再現しているはずなんだけれど……。貴方が作ったものと何が違うんだい? 億泰や仗助は貴方の料理を世界一だと表現していたんだ。私と貴方では何が違う?」
そのまま再現しているとは一見大層な驕りとしか思えない発言だが、普通に美味しいのは確かではある。首を傾げながら問うリヴィンの表情は驕りや嫉妬とは程遠いもので、単純に疑問に思っているようにしか見えない。しかしながら、これを答えるのは至難であるとも思った。恐らく『プロだから』と言ってリヴィンが納得するとは思えない。仗助はどう違うのかなんて説明できないし、トニオだって料理人のプライドがあるとはいえ、純粋に尋ねてきているリヴィン相手に残酷なことは言いにくいだろう。
どう回答をするのかとトニオを見つめていると、トニオは少し思案した後にリヴィンへこう告げた。
「では……、一度アナタの料理を食べさせていただけませんカ?」