『死ねば助かるのに……』
このたった一言のセリフに込められた狂気が……赤木を赤木たらしめていると僕は思う。
雀荘に行かなくても今じゃどこでも麻雀は出来るし、老若男女問わず遊べるゲームだが……昔は麻雀で生きて来た玄人が居たのも事実だ。
ヤクザ相手に代打ちで生きるなんて僕からしてみれば有り得ないけれど……父さんなら麻雀でも生きていけるんじゃないかと思わずにはいられない。
「父さんは赤木しげるについてどう思う?」
映画で僕が演じる事になった『赤木しげる』というキャラクターはどこまでも底が知れない……知れば知るほど深みに陥ってしまうまるで、底なし沼の様なキャラクターだった。
「……難しいですね。唯の博打狂いならば最後は博打に殺されるものですが、赤木は最後まで赤木で有る事にこだわりましたからね。しかし、結局の所何故そこまで博打をするのかは分かりません。富・名声・権力……そう言った欲望に興味は無いけれど、それとは別に人と関われる機会は欲していたのかもしれないですね」
「ふーん。ところで……もし仮に赤木と麻雀で勝負する事になったら父さんは勝てる?」
おかしい事を自分で言ってる自覚はあるけど……こういった事は少なからず興味はある。
実際に赤木と父さんが麻雀をしたらどっちが勝つのだろうか?
父さんは苦笑しながらも答えてくれた。
「俗物まみれの私じゃあ赤木には勝てませんけど、もし仮に勝てる可能性があるとすれば……一局勝負だけですね」
「えー! だってこの前の苺プロで麻雀したときの父さんのあの和了だって確率を無視してるような上がり方だったよね?」
「あれはアイさんのツキに便乗しただけです。あの局面でなら役満だけで終わる筈が無い……終われる訳が無い。だからこそオープン立直で五反田監督と斎藤社長をけん制して、アイの独壇場にしました」
「……つまり父さんはアイを見て本来出るはずの無い{⑨}を狙い撃ちしたって事なの?」
「結果的にそうなりますが……アイさんから見るとドラの{⑥}をカンすれば槍槓成立なのとドラなので{⑥}を出せば役数が確実に上がりますし、更に裏ドラも増えますのでそうなればダブル役満になる可能性がありましたが{⑨}ならば唯の役満で終わる可能性もありました。まー結果はダブル役満でしたけど」
アイの大三元・四槓子も凄いけど……それをアイならツモれると信じた父さんが化物過ぎるのは僕の考えすぎなんだろうか?
「麻雀はツキが付いて回るものですけど……ツキとは関係なしに赤木は100回やって100回勝つ麻雀で、私のは10回やって6回勝てるかどうかの麻雀ですので、ここぞと言う時には赤木には勝てないでしょうね」
100回やって100回勝つ麻雀と勝率6割の麻雀では確かにお話にならないけれど……赤木相手に1局勝負なら可能性があると言える人は果たして何人いるのだろうか?
僕よりも父さんの方が赤木役に向いてるのは確かな気がする……
その後父さんと一緒に撮影現場に向かい、撮影を始める。
ダメギが実際に登場するのは後の方だけど……今回の撮影では竜崎役の人と八木役の人も忙しいらしく先に浦部編を撮る事になった。
この映画を見る人は所詮ダメギはダメギと思うかもしれないが、実際の撮影現場で父さんは本当に度肝を抜くようなことをやってみせた。
無造作に並べられた136牌を適当に17牌づつ揃えて、伏せて行き指定された役を完成させると言う人間離れした技を披露した。
映像を見る側の人なら映像を繋いで、そういう風に見せたと考えるだろうけど……父さんは時間を掛けるの良しとせず、あのダメギの記憶能力さえも再現して見せた。
実際問題父さんの記憶能力は凄まじいものがあるので、再現というよりも父さんの能力によるものだが……この撮影の裏側を流した方が面白いと思うのは僕だけだろうか?
また、実際にダメギと浦部との闘牌シーンも原作と同じ牌を積み込みで再現しており、撮影時間は父さんのおかげで短くなった。
「カァァット! カミキちゃん相変わらず凄いの持ってるね! あんなのリアルで見た事無いよ!」
「……いえいえ、練習した甲斐がありました」
父さんはそう言うと何時もと変わらない笑みを浮かべて監督に答えたが……僕は知っている。
父さんの家には麻雀牌が無いし、そもそも麻雀をやってる時間なんて有る訳が無いのだ。
家に帰れば家事をやり、外に出ればモデルに役者と大変忙しいし、ゲームをやっているところなんて見た事も無い
それでも少ない時間を縫って僕との時間を作ってくれるそんな父さんが大好きだ。
「良し、じゃあカミキちゃんのシーンは今確認するから待っててくれよ。帰っちゃ駄目だかんな」
「わかりました」
監督は父さんに念を押すと映像の確認をし始めたが……倍速にして見ていたのかすぐさま戻って来た。
「映像も問題無し!」
「……ではお先失礼します」
父さんはそれだけ言うとペコリとお辞儀をして撮影現場から出て行った。
これが上映されるのは大分先だし、原作が好きな人の中ではどんなに凄い演技でもダメギはやっぱりダメギだろうから、それを演じた父さんが世間で評価される事は無いだろうけど……
「……リアル雀鬼でしたね」
「芸能界には稀にいるんだよね。世間には評価されないわかりずらい化物が……」
ADさんやディレクターの人がぽつりと零した言葉を聞いて僕はそんな父さんが誇らしかった。
今日の撮影も無事に終わらすことが出来たので、事務所に一旦戻って報告してから帰る事にしたけれど……
社長室に向かうには稽古場の前を通る必要がある。
苺プロは男性よりも女性の方が多く所属しているので、稽古場に居るのはほぼ女性で間違いないのだから、変な気を起こすのはトラブルの元なのでスルーをしていたが、タイミング悪く丁度前を通った瞬間に稽古場から誰かが飛び出して来た。
別段僕は反射神経が人より優れている訳でも無いが、偶々後ろに飛びのく事が出来たが……件の人物は何を思ったのか、僕の方に踏む込むどころか飛び着いて来た。
「アクアー♡」
紫がかった長い黒頭がロケットよろしく突っ込んで来たので、ぶつけない様に両手でガード出来たが……黒頭の人の両手が何時の間にか背中に周って来ており、抱き着いて離れない
こんな奇行をするのは……ただ一人
「あの……離してくれない?」
「ヤダ! だって久しぶりの親子の触れ合いだよ? アクアだって嬉しいでしょ? 小さい時は抱き締められると大人しくなったもんね~」
母親と言えど女性だから暴れる訳にも行かないし、何より柔らかい二つの山が当たっていたから仕方が無いと思う。
個人的にはやっぱりアヤセさんやゆらお姉ちゃんが一番だけど、どっちも僕には縁が無かったのが悲しいかった。
今頃父さんがあの山を好きにしているんだろうなと思うと……なんとも言えない気分になる。
「……別に暴れた事なんて無いけど」
アイの頭を押しながら答えるも、アイはますます強く抱き着いて来た。
押してダメなら……
「ほーら大人しく抱きしめって……アクア? 私のほっぺでふぁにしふぇるの?」
暴力を振るう事は僕には出来ないのでアイのほっぺをグニグニして抵抗を試みた。
「あふあ? そろそろはなふぃてくれないふぁな?」
……とは言え、ほっぺをされるがままにされてるアイは面白い顔をしていたので、ちょっとだけ……積年の恨みも込めて……遊んだのは内緒だ。