父さんがルビーに現実を突きつけてから数か月が経過した。
家の中の事は分からないけれど……事務所では時たま顔を合わせる事もあるが……
「あ……アクア?」
「……何?」
「うっ……何でもない!」
僕を見ると一旦は声を掛けるけど……その後は脱兎のごとく駆け出してしまうのだ。
父さんの言葉がルビーの真を喰ったのは確かなようで、楽天的な考えは相変わらずあるようだけどルビーなりに何かをしているようだ。
僕は事務所のソファーに腰がけてコーヒーでも飲みながらぼ~っとしているが、現在事務所内は大変慌ただしくなっており、それと言うのも『B小町』の解散が正式に発表された事もあるのだ。
「アクア隣座るよ~」
声がした方を見るとアイが僕のとなりに座っていた。
「座るよ~って……もう座ってるじゃん」
「あはは~細かい事は気にしちゃ女の子にモテないよ?」
アイは嬉しそうに笑いながらからかって来たけれど……
「アイ見たいに不特定多数の人物に愛される愛玩動物を目指してる訳じゃ無いし、僕は僕のペースでやるから別に良いよ」
「……アクア? ちょ~っと棘がキツくない? 私何かアクアの気に障る事した?」
先ほどとは違い今度は悲しそうな表情をしているけれど……
「……どうせ嘘なんでしょ? 子供は二人いる訳だし、ルビーの面倒でも見てたら?」
「そ……そんな訳……ないよ。私はアクアの母親だから……子供にそんな態度取られたら流石の私だって傷つくんだよ」
目に涙を溜めてアイはそう言い始めたけれど……
「……じゃあその手に隠し持っている目薬は何?」
「あちゃーバレちゃったか? どうしてウソ泣きって分かったの?」
種を見破れば実にあっけらかんと答えたアイだけど……
「目薬って独特な匂いがあるからね」
「へっ!? そうなんだ~アクアは賢いねぇ~」
よしよしと頭を撫でようとアイは手を伸ばして来たので、距離を取る。
「解散ライブを全国ツアーでやるんでしょ? 僕に構っているよりもそっちの準備をした方が良いんじゃない?」
「だいじょーぶ。準備位パパっと終わらせるしね。だからさ……アクアもそろそろ戻って来ない? 私もアイドル辞める訳だし、今までと違ってちゃんとアクアの事も見るからさ?」
アイから家に戻ってくる事を提案されたのはこれで何回目だろうか?
収入だけなら確かにゴローさんが居れば特に問題無いし、アイが専業主婦となれば環境は安定するだろうけど……
「……今更戻る必要ないよね?」
「ほ……ほら、一人暮らしだと家事が大変でしょ? 後お金の問題だってあるし、なにより義務教育? だし……」
「父さんは一人だったよね?」
「……ヒカル君は……ほら、何でも出来るし? そもそも両親が居ないから仕方ないしね」
「アイはどうだったの?」
「私? 私は……な「内緒は無しね」うう! ……じゃひ「秘密もダメ」え~」
アイは頭を悩ませているけれど……こうしてのらりくらりして自分の事を一切喋りたがらない人と生活したいとアイは思えるのだろうか?
……実際の所は秘密なんて大なり小なりどんな人にもあるし、あって然るべきものだからそれを無理に暴くのはどうかと思うけれど、だとしても母親の事を何一つ知らない子供なんて居るのだろうか?
好きな物も嫌いな物も分からないけれど、子供の面倒は見たいなんて……はっきり言って不気味過ぎるのだ。
これが家政婦や雇われた人なら理解出来るけど……
「言いたくないなら話は終わり! 僕は帰るよ」
僕がそう言うとアイはホッとしたけれど……これで親ってどうして言えるんだろうか?
「あっ待ってよアクア。そうだご飯でも一緒に食べない? 私がお金出すからさ」
「ルビーを置いて?」
「ルビーも勿論連れて行くよ」
「……ふーん。ちなみに何を食べるの?」
「着いてからのお楽しみ♪」
アイは口元に一指し指を近づけて可愛らしくウィンクしたが……
「僕は知らない人に着いて行くほど馬鹿じゃ無いし、暇でもないから……」
「ちょっと知らない人ってどういうこと!? 私アクアの母親だよ!?」
アイは大きな声でそう言ったが……幸い今いる部屋には誰も居ない為、聞いては居なかったから問題無かったが……
「だからさぁ~アイの事を僕は何も知らないんだってば!? 別に母親顔するなとは言わないけれど、自分の事を何一つ言わない人を信用できると思う?」
「そ……それは……」
「少なくとも僕は信用できないね」
僕に手を伸ばすアイに背中を向けて家に帰った。
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アクアが帰っちゃった。
ははっあーあ、また失敗しちゃった。
ゴローさんやルビーなら私が内緒や秘密って言えばすぐに引き下がるし、ヒカル君は私の事情を知っているから、無理に聞く事はしない。
アクアは……知らないから拒絶しちゃう。
アクアとも一緒に暮らしていたから、アクアと会話した記憶はあるけれど……私はアクアの何を知っているんだろう?
好きな食べ物や趣味なんかそう言えば知らない。
アクアは基本好き嫌いしないから出された物はちゃんと食べるし、仕事が忙しいからルビーと違って趣味に当てる時間は無いかも……
だからこそアクアは時間にキッチリしてるし、抜けが無い様に常に確認もしている真面目な子なのだ。
アクアは私と向き合おうとしてくれるけれど……当の私がアクアと向き合おうとしていない。
さっきだって……私が普通の家庭に生まれていたら普通に言えた事だけど……施設育ちって言った後にアクアからどんな目で見られるのか怖くて、誤魔化してしまったけれどさ……
『自分の事を何一つ言わない人を信用できると思う?』
ズキンと胸に痛みが走る。
『少なくとも僕は信用できないね』
涙が自然と出て来る。
背中を向けて帰ってしまったアクアに手を伸ばすも……その手が届く事は無く、空しく空を切った。
私は……どうすれば……良いのかな……