少しばかり長湯をしてしまったが、何とかクールダウンしたことだし僕はお風呂から出る事にした。
出来れば父さんにはアイの事で色々と聞きたい事があったが……父さんがリビングで寝る以上はちょっと聞きづらい。
濡れた髪の毛をドライヤーで乾かしつつもどうしようか考えて居たけれど……良い案が出る訳も無く、髪の毛も渇いた事だし浴室を後にした。
リビングに戻ると父さんと上原さんがお酒を飲みながら観光マップを見ていた。
「明日は名所めぐりなんかどうだ?」
「良いですね! じゃあピクニックがてら何かしら作って行くのはどうでしょう?」
「それも有りだが……せっかく軽井沢に来たんだからグルメ巡りなんかもしたいよな?」
「確かにそうですね……それではお昼は観光とグルメ巡りにして、朝は軽めにして夜は少し遅い時間に夕食にしましょう」
「おう! じゃあ俺はそろそろ寝るからカミキもそろそろ寝ろよ」
「……ええ、私用が片付いたら寝ます」
どうやら明日の段取りを組んでいたようで、ある程度決まったみたいで上原さんは缶ビールを飲み干して部屋に戻って行った。
奇しくも今リビングには僕と父さんだけという絶好の機会が訪れた。
「……父さん今大丈夫?」
「ん? アクアどうしました?」
「実は相談したいことがあるんだけど……外に行かない?」
「……わかりました」
父さんは手に持っていた缶チューハイを一旦テーブルに置き外に向かった。
外はすっかり暗くなっているものの……都会とは違い空気は澄んでいるからか、満天の星空だったし、避暑地という事もあり過ごしやすい。
「アクア? 相談ですけど何かありましたか?」
「実はアイの事なんだけど……」
「アイさんがどうしましたか?」
「僕はアイの事が分からないから、理解するために調べようと思うだけど……父さんはアイの事何か知ってる? 知ってたら教えて欲しいんだけど……」
「アイさんの事ですか……うーん……色々話は聞いてたと思うんですけど……大して面白くも無い話なので、あんまり覚えていませんけど……」
父さんはそう前振りして、思い出そうとしていた。
「何でも良いんだ。……とにかく僕は母親の事を知りたいんだ」
「……そうですねぇ~。施設出身ではありますけど……確か元々は母子家庭だったような事を言っていて、母親から愛された事が無いから私は愛が分からないとか言ってましたね」
アイは施設出身なのと母子家庭で母親から愛された事が無い?
一応後でノートに纏めておこう。
「ちなみに施設に入った理由って何か分かる?」
「施設に入った理由よりも、入れられた理由の方が正しいですけど……それは置いといて、施設に子供が入れられる理由は親と死別したか捨てられたか親と離される”何か”がある場合ですね」
「じゃあアイの母親……つまりおばあちゃんはもう死んでる可能性があるのかな?」
「そればかりは調べて見ないと分かりませんが……ただ死別しただけなら愛された事がないとは言わないので、ちょっと違う気がします」
「それじゃあ捨てられた場合は?」
「子供を育てるのは肉体や精神だけでなく経済的にも負担は大きいですからね。捨てるという選択肢はどんなに清廉潔白な人であっても、少なからず心のどこかで思い浮かべてしまうものです」
「そ……そうなんだ」
もしや父さんもそう言う事を考えていたのかな?
「……しかし、いざ捨てるとなれば……踏みとどまれるのが普通です。だけど……それでも捨てざるを得ない理由があるとすれば理由はそんなに多くありません」
「……と言うと?」
父さんは一旦口を噤んだが……意を決して答えた。
「経済的な理由は別として……その子供が手を付けられない程の暴れん坊かはたまた愛情が反転して憎く思えてしまったか……」
「アイが暴れん坊?」
うーん? 暴れん坊だったら気に入らない事があれば、すぐに暴力を振るう筈だし……アイのそう言った姿は想像出来ないな。
そもそも暴力を振るう人間は誤魔化すなんて手段を取る筈が無いし、それこそ力で黙らせた方が手っ取り早い事を理解している筈だ。
何よりアイにリーゼントは似合わないだろうし……
いや、それは偏見かもしれないな……
何せ『臆病者』に登場した女性の総長はかなり可愛かったし……現役アイドルが昔はレディースなんて事は全然有り得る事かも知れない。
「……アクアが今想像している事はアイさんに限っては恐らく無いと思います」
「そうかな? 僕や父さんが知らないだけでもしかしたら『ビーバップハイスクール』並みに暴れてたかもしれないよ?」
「……なんでアクアがそんな古い作品知ってるんですか?」
「『臆病者』に出るにあたって参考で見たから……?」
父さんは頭を抱えてしまったけど……何とか持ち直したようだ。
「ま……まぁー参考なら仕方がありませんね。で、アイさんがヤンキーだったかどうかは身に纏う空気で分かりますし、そもそも暴力を振るうには才能が必要なんです」
「才能? 気に入らない相手を殴るのに才能が必要なの?」
「前もって心の準備をしているなら兎も角……そうで無ければどんなに気に入らない相手であってもすぐさま殴りかかるなんてことは意外と出来ません。それが出来るのは相手を視認して0.1秒でスイッチを入れる事が出来るOUTの住人だけです」
「じゃあ格闘家の人達はどうなの? 試合になれば相手を殴るし蹴りもするよね?」
「格闘家の人達はちゃんとルールに則った試合しか出来ませんし、街中で素人に殴りかかれば最悪はライセンスが剥奪されます。それと彼らのスイッチはリングに上がった状態で、ゴングが鳴れば意識も変わるようになってます」
「……父さんやたらと詳しいね」
「……話を戻しますよ?」
そう言うと父さんは咳払いをして、最後の可能性を教えてくれた。
「親と離される”何か”は法律に触れた場合ですね」
「どういうこと?」
「基本的に親と子はセットではあるものの……子供にとって親が害で有った場合は児童福祉法により、離す事が出来ます」
「……う、うん」
「つまるところ子供が親から虐待を日常的に受けている劣悪な環境では子供の人格形成にに良くありませんから引き離されるのです。……しかし、これは児童相談所に連絡すればすぐさま解決してくれる訳ではありません。結局の所証拠を揃えないといけない訳なので、実際に暴力を振るわれてる映像なり、第三者に証言をしてもらわないと証拠不十分で更なる悲劇になってしまいます」
「……最悪だね」
「まーこれは虐待の場合ですけど……最後が親が何かしらの罪に問われて捕まってしまった場合ですね。これに関して言えば……子供の年齢にもよりますが面倒を見る人が居ないので、その場合は施設に入れます」
施設への入り方は分かったけれど……親が捕まった場合でも愛されている可能性はあるんじゃないかな?
「……刑期を終えたとしても、迎えに来なかった場合は子供の視点では捨てられたと思っても仕方が無いでしょうね」
そこまで聞いて僕は思った。
なんかアイの場合はどれが正解か分からないけど……多分今父さんが話してくれた内容は大体当てはまるんじゃないかなって……
「……これはあくまで推測なので実際の所は分かりませんけど……斎藤社長ならアイの事情は知ってる筈なのでは?」
「……多分知ってるとは思うけど教えて貰えるかな?」
「そればかりは斎藤社長次第ですけど……個人情報なので安易に教えて貰えるとは思わない方が良いですね」
「じゃあどうすれば斎藤社長は教えてくれるかな?」
「……ちょっと考えさせてくださいね」
僕の問いに流石の父さんもすぐさま案は浮かばなかったようだ。
アイの過去は中々暗雲が立ち込めていた。
出来れば軽井沢の空の様に澄み渡って居れば楽なのに……