夕方と言う事もあり交通量はかなり多くなっているので車内とは言え、アイには帽子とサングラスを掛けて貰って簡単な変装して貰っている。
対して俺は現在サングラスを掛けているが……それはあくまで運転するにあたって今の時間帯だと日差しがキツイからなのであって、変装の為では無い。
「ねぇねぇヒカル君今度お揃いのサングラス買わない?」
「買わないです」
「……にべも無く切ったね」
ドラマの影響がどれ程あるか知らないが……さりとて匂わせる事で勘ぐられるのは正直めんどくさいのだ。
しかし、それはそうとアイは不満そうに俺の事をじっ~と見ているが、どんなに見ても同意を示す気は無い。
「それならゴローさんとペアルックなんてどうですか? ゴローさんなら泣いて喜ぶんじゃないんですか?」
「それはそうだけど……ほら、ゴローさん忙しいし一緒に出掛けられないから家の中だけなんだよね。私としてはそれはそれで家デートみたいで良いけどさ……」
アイは口を尖らせ不満を言うけれど……元とは言えアイドルと一緒に外でデートって他のファンが見たら絶対に炎上するじゃん!ってそこまで思ってふと今の状況を客観的に考えると、俺やばくねーか?
……最悪女性の演技してれば問題ないか? 寒くなって来たから黒いパーカーにジーンズと少しばかりラフな格好ではあるが……ま、何とかなるだろう。
しかし、現役時代は無理でも引退して元アイドルになった以上は、こういった恋愛事に関しては文句を言われる筋合いは無い筈だけど……芸能人である以上は我慢をしないといけないのは正直思うところがある。
まーアイドルって職業がそもそもファンに対して愛を囁いて成り立っている商売である以上は仕方が無い事なんだが……それにしても恋愛禁止と言いながらもファンに向けて愛してるって言うのは矛盾なんじゃねーかな?
それに不特定多数ならセーフだけど、それが個人に対しての物になるとダメって言うのはどうにもおかしい気がする。
これは俺の価値観がズレているからなのか、はたまたファンの心理なのか……まぁー恐らく両方だろうな。
恋愛に関して言えばどんなに執着したところでどうにもならないのだから、告白してフラれて傷ついてその度に気持ちを切り替えて次に向かうしかないのだが、アイドルが好きな人は純情様が多いのだろう
……ラビットホールでも聞かせてやれば多少はマシになるんかな?
丁度信号も赤になってしまったし、未だに俺の事をじーっと見ているアイの頭に徐に手を伸ばし帽子の上から撫でる。
「ど……どうしたのヒカル君?」
「いえ、何となくですけど……嫌でしたか?」
「嫌じゃないよ!」
「そうですか」
「~♪」
嫌がるどころかアイは嬉しそうにしておりされるがままになっていたが……信号機が青に変わったので、手を引っ込めてハンドルを握り直す。
「ちょっとヒカル君!」
「次信号で止まったらですね」
「約束だよ!」
しかし、その約束は果たされる事は無くその後はノンストップで目的のアヤセの店に辿り着いてしまった。
「……なんでこんな時に限って青になるかなー?」
「すんなりついて私は良かったですけどね」
「むぅぅ」
店の入り口には貸し切りの為、本日は営業を行っておりませんと張り紙がされていた。
「ヒカル君?貸し切りで無理みたいだけどどうするの?」
「それなら大丈夫ですよ」
アヤセには前もって連絡しているので大丈夫だし、恐らく他のお客さんに邪魔されたく無いからこういった対応をしているのだろう。
まー半分アヤセの趣味でやっている部分もあるし、その辺りは問題無いはず……
ドアを開けて中に入ると、バーテンダーの恰好をした見慣れない姿の黒髪の女の子が居た。
うーん、しばらく来ていなかったけど新しい従業員でも雇ったのかな?
そう思っていると、こちらに気が付いた黒髪の女の子がやって来た。
「あの~すみません今日は貸し切りでなんですよ~」
黒髪の子は申し訳なさそうに言って来たが……
「すみません。カミキですけどアヤセさん居ますか?」
「カミキさんですか?……ちょっと待っててくださいね」
黒髪の子はそう言うと慌ててパタパタと奥に入って行った。
「ヒカル君本当に大丈夫なの?」
「恐らく……」
それからしばらくするとアヤセと先ほどの黒髪の子が戻って来た。
「あら、早かったわねヒカル。……ところでその隣の不審者は誰なの?」
アヤセにそう尋ねられたアイはすぐさま帽子とサングラスを外しだしたが……
「あ……あ、アイ!?……もしかして本物なの!?」
黒髪の女の子はそう言うと指を震わせてアイにそう叫び出した。
「は~い、元『B小町のアイ』だよ~」
「わわ……すっごいよ! アヤセさん!本物のアイが来るなんて……」
「……あのね。メム? アイドルだって人間なんだから、時にはこういったお店で飲みたいと思うわよ? ごめんなさいね。アイさん……この子どうやらあなたのファンみたいで舞い上がってるようなの」
「いやいや、こんなに可愛い子に応援されていると思うと私もアイドル頑張った甲斐が有ったよ~」
どうやらアヤセとアイと黒髪の女の子メムは仲良くやれそうだな。
「……ちなみにカミキさんってアイさんと一体どういう関係何ですか?」
「その前にまずはそのサングラスを外しなさいよヒカル」
「おっと失礼しました。一応ドラマで共演してる中ですね」
アヤセに指摘されたから俺もサングラスを外してメムにそう告げると、メムは自身のスマホを取り出したかと思うと交互に俺の顔とスマホの画面を見始めたが……一体どうしたのだろうか?
「……も、もしかして神裂光役のカミキヒカルさんですか?」
「良くご存じですね。私自身知名度は低いので認知している人がいるとは思っても居ませんでした」
「そ……それは当然ですよ!今話題のドラマ『特捜』の主人公で毎回完成度の高い女装をして現れてる訳ですし、そもそも素材からして最高級なのに……なんで知名度が無いんですか!」
メムと呼ばれた少女から物凄い圧を感じるが……そんなにいう程の事なのだろうか?
「はいはい、メムも一旦落ち着いて……じゃあ、ヒカルとえーっとアイさんもカウンター席に座ってね」
「わかりました」
「はーい」
アヤセの指示に従い俺とアイは並んでカウンター席に座る。
「ヒカルは……何時ものメニューで良いのよね」
「お願いします」
「OK♪……はい、アイさんメニュー表ね。決まったら声掛けてね」
「ああ、それなら私もヒカル君と同じのにしようかな」
「ダメよ。ヒカルは大食いだからアイさんは絶対に食べきれないわ。だからヒカル悪いけどアイさんとシェアして貰って良いかしら?」
一旦否定してから妥協案を出す有能っぷり……まぁ、実際アイが俺と同じ量を食べれるかと言えば……恐らく無理だと思うし、落としどころには丁度良いな。
「……では量大目でお願いします」
「勿論♪」
アヤセはそう言うと早速料理に取り掛かったが、メムはまだ入ったばかりなのか暇そうにしていた。
「……メムさんでしたっけ?」
「は……はい!」
呼んだだけでここまで驚かれるとは……
「メムさんも何か飲みたいものや食べたい物があれば遠慮せずに頼んで良いですからね?」
「え!? 良いんですか!?」
「勿論です。アヤセさん良いですよね?」
「売り上げに貢献してくれてる訳だし、断る理由が無いわね」
アヤセからのお許しも出たようでメムもメニューを見始めたが……はて、この子どこかで見た事があるような気がするけど……うーん……
「ではカミキさん私ビール頂きますね」
考え込んでいる俺を他所にメムはビールジョッキを取り出して、ビールサーバーを操作し並々と注ぎ始めた。
「うーん……ビール……良いかも!メムちゃん私にもビール頂戴」
「分かりました。カミキさんはどうしますか?」
「じゃあ私は「ヒカルさんは鬼ころしね」……え?」
後ろを向くとそこには笑顔のゆらがいつの間にか立っていた。
唖然としていると、ゆらは颯爽とカウンターに入り棚から枡を取り出すと並々と鬼殺しを注ぎ、俺の前にドンと置いた。
俺はまだ何もやらかして無い筈だと思うが、出されてしまった以上飲まない訳には行かず……
「……頂きます」
俺は両手で枡を持ち縁に口を付けて飲み始めた。