ープロローグー魔女の生まれた世界
「………………う〜〜〜ん、これは一体………?」
自分のデスクの前で資料と睨めっこしながら進める作業にも慣れたものだが、今日に関していえば訳が違った。
『共同交戦国に対する武器貸与の有用性に関する戦略的評価』
欧州を荒らし回る独裁者達の被害者の会会長とでもいうべき我々連合王国(と合衆国)が行う軍事支援策に関する報告書だが、その量は今年の6月から始まったナチスとソ連による絶滅戦争によって増加の一途を辿っていた。
さらに単純な文量が増えただけでなく、軍事支援が戦局に与えた影響の報告という”体裁”で連合王国の間諜が手に入れた絶滅戦争に関する戦況やソ連の政局といったように、いろいろな分野を含むようになった。
おかげでいろいろな情報が連合王国に回ってくるようになった分、それを分析する私のような情報将校はここ最近寝不足が続いている。
「どうしました中佐、さっきから唸り声なんかあげて」
背後からかけられた声の方に顔だけ向けると、資料の束を抱えた自分の部下が立っていた。
「いや何、少しばかり気がかりな事があってね」
「それが私をこき使って集めさせたこの資料の山と、どんな関係が?」
そういうと彼女は抱えた資料の山を私のデスクの隣にドサリと置いた。こんなに多くの資料を集めてくれるとはやはり持つべきものは優れた部下だ。少しばかり視線が怖いが必要経費だと思っておこう。
「言われた通り、ここ数ヶ月分の
「これだよ、見てほしい」
「………ソ連へのレンドリースの報告書ですか……? これが一体??」
「正確にはレンドリースの効果を評価するために集めている戦局情報なんだが、少し疑問に思ってね」
そういってデスクの上に置かれた別の資料を大きく広げた。これなら彼女にも見える事だろう。
「こっちはソ連に潜入している工作員がソ連軍の補給線や幹線道付近の都市でかき集めたソ連軍の動向に関するものだ。何か変だとは思わないか??」
「変なところ………………ツァリーツィン周辺のドイツ軍が盛り返している……ところですか?」
「正解だ。赤軍によってツァリーツィン市内で包囲されていたドイツ第6軍が脱出に成功し、その兵力を合わせて反転攻勢に出たらしい。因みに今はツァリーツィンではなくスターリングラードと呼ばれているそうだがね」
「すいません、私がまだ向こうにいた頃はそんな名前だったので………」
彼女の名前はヴェローニカ=セスラヴィンスカヤ
名前から見ても分かる通り、
本来ならば亡命者とは言え軍務に就くことなど認められるものではないのだが、それにはこの機関の主任務が大きく関わってきている。
多国間と銘打っているものの、その実態は共産主義圏の軍隊を専門的に取り扱う
元々は、対ソ干渉戦争を通じて反赤軍系の軍閥援助のために活動する諜報機関として設立されたのを、ソ連と手を組むにあたって「奴らから手に入れられる情報は全て手に入れてしまえ」というチャーチル首相の方針によって規模も人員も大幅に拡張されたという背景がある。
ヴェロニカ少尉は彼女の父親がロシア内戦時に労農赤軍に加担しながらも、スパイとして我が国に内通していたこと、その連合王国に対する自らを顧みない貢献を鑑みて、我が国への亡命後も特例として娘である彼女にも軍務への従事が認められたという異例づくしの存在だ。
加えてこの機関がソ連を主な標的にしているために、ネイティブのロシア語話者が求められていたということも大きい。
「しかし中佐、小官にはソ連の戦況発表と実際の戦況との乖離がそこまで重要には思えません」
「分かっているさ、プロパガンダは戦意高揚の基本、それにレンドリースをしているとはいえ我が国とソ連はあくまで共同交戦国。条約に基づいた同盟国と違って、敵の敵は味方というだけに過ぎない我が国に、戦局に関する正確な情報を渡してくる訳がないと言いたいのだろう?」
「はい。その通りです」
「本来なら、そう考えるのが妥当なのだが………今回は少しばかり気がかりなことが多くてな」
「気がかり、というと?」
「赤軍の補給路上に位置する都市の住民から得たものなんだが、ここ最近前線の後方、特にスターリングラード周辺の戦線で内務人民委員を見る機会が増えてきたらしい」
「
ロシアにいた頃の窮屈な暮らしを思い出したのか、少尉が露骨に嫌そうな顔をした。まぁチェーカーの頃から秘密警察をやっていたような連中を好きになれと言う方が難しいか。
「督戦隊の可能性も考えたが、今のドイツの攻勢の主軸がカスカフ方面だ、にも関わらず今更スターリングラード周辺で活動するとなると、相応の理由があるはずだ」
「確かに……その通りですね」
どうやら私の考えに賛同してくれるらしい。流石に直属の部下に否定されると上官としての立つ瀬が無くなるので取り敢えず一安心だ。
「しかし中佐、その理由とは一体なんでしょう? 内務人民委員が動いているとなると十中八九”あの”人民委員会議副議長が手を引いているはずですが、あの男と動かすほどのものなのでしょうか」
「理由ならある程度目星をつけてるよ。ただ自分でもどうかしていると思うくらいには突拍子がないがな」
そういうと、一呼吸おいてから彼女の方を向く。ひとまず身近な部下も納得させられないようであれば上層部を説得できようはずもない。ここからが正念場だ。
「ヴェロニカ少尉、君は…………オカルトをどう思う」
「まぁ個人的な趣味の範疇であれば良いのでは? それを仕事に持ち込むのは如何かと」
とりつく島がないというわけでもないらしい。まぁただ単に上司に気を遣っているだけの可能性もなくはないが、この際考えないようにしたい。
「……………これは先月、ドイツ本国に潜入しているスパイが持ち帰ってきた情報なのだが、今のドイツ宣伝省はこう喧伝しているらしい」
「ロシアの大地ではアーリア民族を守護するために【魔女】が戦っている。冬将軍など鎧袖一触だ。とな」
「………それは何とも、
「ま、オカルトと民族主義で政治をやっている国だ。そう疑うのも無理はない」
「だが、問題は似たような話が赤軍兵士の間で噂になっていることだな。”特に”スターリングラード周辺で戦っていた部隊の間でだ」
「……………もしや中佐は、その魔女とやらが実在のものだとお考えに?」
「……100%そのままだとは考えていない。がスターリングラードのソ連軍を後退させるほどの活躍をした新兵器、程度ならば大いにあり得る」
残念だが嘘だ。私は最初からドイツの新兵器などという”最も”楽観的な予測はとうに捨て去っている。何せその”魔女”とやらはドイツ軍の「冬の嵐作戦」においてスターリングラード市内からのドイツ軍に退却を成功させるのみならず、追撃してきたであろうソ連軍に逆撃を仕掛け勢いのままにソ連軍を叩き潰し、スターリングラードを逆に占領してしまうほどのものだという。
しかし、組織が組織であるためには相応の建前や根拠が必要だ。魔女の正体が新兵器だろうと何だろうと、上層部には魔女に対する調査を認めてもらわなければならない。認めさせさえすれば、後は私の裁量権でどうとでも押し通せる。『
「だとすれば、非常に厄介だ。スターリングラード一帯のソ連軍には死守命令も出されていただろうに、それを突破したとなると、きたる欧州反抗の際に無視できない被害が出る可能性が大きい。だからこそ今のうちから探る価値は十分にある」
頭の中でどれだけ思考を重ねようとも、口を動かすことだけは止めない。もとより上層部からドイツ軍の新兵器調査の名目で諸々の認可を取り付けるつもりだったし、私がドイツ側の作戦名を含めスターリングラードでの攻防について些か”詳し過ぎる”という疑問を上層部に持たせる訳にはいかない以上、
一通りの私の力説を聞いて、これからのことを考えたせいか頭を抱えていた少尉は顔をこちらに向けて力無く呟いた。
「…………つまり、それが私たちの新しい任務という訳ですか…?」
「気が早いぞ少尉、まずは上層部を説得してからだ」
そうして彼らは、また新たな一歩を踏み出す。
それが、この国をさらに深い絶滅戦争の狂気に渦に引きずり込む選択になるとは知らずに。
あくまでプロローグです。
彼らもこの物語を描く上で一つの側面の主人公ですが、もう一人の主人公は遅れてやってきます。
………書き溜め? そこになければないですね