阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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こ、コハルちゃん……
……うん、そうだね
わ、分かってたんだ……ゆ、ユウカ先輩とかすごいし……
だから実物はとんでもないって……でも……やっぱりすごいね……
これがあれだよ……

───発育の暴力、だね……



蒸気と密約

 

───おじさま!駄目!

───貴方の卜占は優れているかもしれません!

───でも……!

 

嗚呼、覚えている。

忘れてなるものか。

この記憶に、この魂に。

今も焼き付いて決して消えない、消えることは許されん。

我が後悔の果て。

後を託した事ではないのだ。

きっとあの者達はお前とお前の生きる世界を守るだろう。

敗北が許せなかったわけではないのだ。

我は全力を賭した、それは事実なのだから。

お前に喚ばれた事ではないのだ。

短い時間だった、だがお前との語らいは実に有意義な時間であり、満ち足りていた。

 

ただどうしても、我はお前を泣かせてしまったのが、それがどうにも心残りなのだ。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎よ、赤毛の少女よ、若き益荒男よ。

今の我をどう見る。

今の我に何を思う。

今の我をなんとする。

よくもまぁ、のうのうとと呆れるか。

なんともまぁ、無様と侮蔑するか。

お前を、そして我自身を()()()()我が、今更何をというだろうか。

 

だがどうか、笑わないではくれまいか。

我は駄目だった。

仕方がないのだ。

こればかりはどうしようもなかった。

我はもう、どうしようもないのだ。

あの日、あの夜に。

我は抱えてしまったのだ。

 

必ず、今度こそは、と。

 

だから、戦わねばならんのだ。

この身命を賭して今度こそ勝ち続けなくてはならんのだ。

あの娘の願いをどうにかして叶えてやりたいのだ。

その果てにこの身を鋳潰す事になろうとも。

我は───この聖杯戦争で()()()()

 

そんな愚か者を、お前達はなんと言うだろうか。

貶すであろうか。

嘲笑するだろうか。

諦観を抱くだろうか。

 

嗚呼、だが叶うならば。

お前にもう一度、会って。

その時こそ我はお前に───

 

 

 

 

 

 

 なんと形容すべきだろうか。

驚くほど重厚で硬質な音が拠点の一画に響く。

鋼板の床を叩くその音は誰がこの場に訪れたのかを察するには十分だった。

それに合わせてリオはアバンギャルド君のキャタピラを鳴らしながら、訪問者の方へと画面を向ける。

 

『急な呼び出しに応えて頂き、申し訳ありません』

 

 開口の挨拶は努めて礼に厚い物だった。

同盟拠点、第一フロア。

元は何らかの建物、その搬入口だったと思われるそこ。

開かれた遮蔽扉*1の向こう側で滴る雨の雫をモニター越しに見ていたリオが振り返った先にいたのは。

 

「構わん。それから慣れない言葉遣いは止せ」

 

 享年を含めれば同盟内で最年長にあたる大人の姿、キャスターが其処にいた。

 

『……一応、私にだって偉大な先人への敬意という物はあるのだけれど』

 

 実直と言えば聞こえは良いが、あまりにも遠慮も迂遠もない言葉に、ついリオは肩の力を抜いてしまう。

 

「我には不要だ。子どもは子どもらしくあればよい」

 

 憮然と語る口に、画面の向こうにいる少しばかりリオは口元を緩めた。

今自分が相対する大きな大人は、どうやら自分の知っているシャーレの先生()よりずっと不器用なのだと改めて気づいたから。

それにその方が自分としてもずっとやり易いと感じたから。

 

『では、ありがたく……バタバタしていてきちんとした挨拶もまだだったわね。現セミナーの臨時代表、調月リオよ。短い間になるとは思うけどよろしくお願いするわ』

 

「うむ。モモイ達への助力、感謝する。しかし短い間か……我としてもそうであってほしい物だ」

 

 嘆息。

キャスターから唸るように吐き出された蒸気にモニターが曇るだなんて調子外れな事が脳裏を掠めながら、リオはその真意を問う。

 

『やはり貴方達は?』

 

()()だ、そこに議論の余地はそもそもない。我の命でモモイ達の命を救えるならば幾らでも使い潰す。そうだ、サーヴァントなどという異物がこの地にいつまでも残って良い筈がない」

 

 短い間でいいのだと、キャスターははっきりと言葉にした。

それは同盟相手、そして自身のマスターが口にしたマスターもサーヴァントも犠牲なく終わる聖杯戦争という目的と真っ向から反する意思。

 

 だが、リオはそれを咎める事はなかった。

むしろ、それに対して首を縦にして肯定を返す。

 

『……これでも私だって、モモイ達とは同じ気持ちよ。残れる物なら、これからも貴方達には残ってほしいとは思うわ。けれど、()()()()……セイバーはその辺りはどうなのかしら?』

 

「それこそ愚問であろう。然るべき時、即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に陥ったのなら我もセイバーも進んで首を落とそう」

 

 昼間の問答。

セイバーもキャスターも互いのマスターに納得を示した。

双方、その気持ちに偽りはない。

 

 だが、片や戦乱極めるブリテン島を治め亡国の憂き目にあってなお数度の聖杯戦争に参加し、今なお獣狩りに殉ずる騎士王。

片や人類史に名を刻んだ偉大な数学者でありながら自らを戦士として定義し、嘗て地獄孕む屍山血河の檜舞台に立った蒸気王。

両者共に、そして今日同盟へと足並みを揃えたヴェスヴィウス山の豪傑*2も含めて誰もが一度は聖杯戦争に招かれた猛者。

故にこそ、理解しているのだ。

犠牲なくして聖杯戦争を駆け抜けられるなどと、楽観的にいられる筈はないということを。

 

「我らの犠牲を強いる事。それ自体がモモイだけでなく、ミドリやアリス、ユズ。そしてヒフミ達の心を傷つける。それは決して我らの望むところではない。ハッピーエンド、その飽くなき理想へ手を伸ばす姿とて美しいと感じる。故に最善を尽くすのは当然だ。なれど最善が折れたのならば、次善が要る」

 

『必要ならば、犠牲となるのも覚悟の上と?』

 

「リオよ、リオよ。これは覚悟ではない、必然なのだ。そしてまた犠牲でもない。何故ならサーヴァントとはそういう()だ。人ではない、生者ではない。お前達にとって我らの存在が足枷となってはならんのだ」

 

 ヒフミの願いは、モモイ達が賛同したそれは麗しく、輝いていて。

そしてあまりにも困難な理想論(願い)だった。

 

 確かに大きな目的ではない。

もっと高尚な願いも、遠大な目的もこれまでの聖杯戦争ではあった。

 

 だが、聖杯戦争を知る者ならば誰もが口を揃えて言う筈だ。

聖杯戦争という殺し合いの舞台において、その願いは、誰も犠牲にしないというハッピーエンドはあまりにも『難しい』と。

ともすれば、その願いを叶える事は、聖杯戦争において最も難しい願いの一つやもしれないと。

 

 そしてこの聖杯戦争には時間制限がある。

十四日目。

それを越えてなお最後の一組が決まらなければその瞬間、残存しているサーヴァントは直ちに消滅し、そのマスターもまた同じ道を辿る。

だからこそ、リオは確認しなくてはいけなかった。『間に合わない』、そう判断した時、どうするのかを。

 

『それを確認出来たのなら重畳よ。なら私もその時が来たのなら覚悟ではなく()()を果たすだけだわ』

 

「……お前達の価値観。それ自体は好ましい。我らを只人のように扱い、友のように愛す。奇跡のように優しく、あまりにも眩しい世界だ、鋼の躯に似合わないほどに。だからこそ……リオよ、すまなんだ。お前には辛い役目(想い)をさせるな」

 

『……いいのよ。その為に一時的とはいえ復帰したのだもの。こんな私を仲間だと言ってくれた、いいえ。今と言ってくれるあの子達を、そしてこのミレニアムを守る為に。だって私は……あの子達の先輩(仲間)で、生徒会長なのだから』

 

 アバンギャルド君越しで良かった、と。

この薄く笑う情けない顔を誰かに見られなくて良かったと、そうリオは自嘲する。

少なくとも数少ない友人に見せたら、今の自分が鼻で笑われるような顔をしているのだと自覚していた*3

 

 悲壮を謳うなぞ、自分がしていい筈がない。

辛いのは己ではない。

苦しんでいるのは、苦しんで藻搔いているのは、大切な自分の後輩達なのだ。

 

 だからリオはがりりと、舌を噛む。

漏れそうになった弱音を、舌ごと噛みちぎってしまいたいと思いながら。

今も刻一刻と死が近づく少女達に、そして自分を仲間だと呼んでくれた彼女達を想って。

余計な心の痛みは無視して、ひりつく血の味を頼りにただ脳を動かす。

 

「その上で聞かせてちょうだい。貴方はこの聖杯戦争についてどう思う?」

 

キャスターの返答は、端的であった。

 

「───邪悪」

 

 

「その一言に尽きる。これは我ら二騎の間で共通した理解だ。まもなくバーサーカーにも確認を取るが、間違いなくこの聖杯戦争は異質であり病的だ」

 

 唸りを上げる機械音の重厚さはそのまま彼の内心を示していた。

それは怒り

正しき怒りが彼の胸中で延焼する。

そしてもう一つ。

 

「サーヴァントを自害させたのなら再召喚が行われるだと……有り得んのだ、そんな事は。何故なら聖杯が呼び出せるサーヴァントの数には限りがある」

 

 ()()だ。

可笑しい、間違っている、と。

道理が合わないとキャスターは言うのだ。

それはミノリが感じていた物と同じ、そしてあちらの世界の魔術を知るキャスターだからこその視点。

 

「如何に魔術が超常的な現象に見えようと、数は誤魔化せん。聖杯は永久機関ではない。そんな都合の良い物ではない。そうでないからこそ、人々は聖杯を作るのだ。真なる主の杯でない以上、贋作に過ぎんそれに扱える熱量は必ず限りがある」

 

魔術師にとって聖杯とは二種類に分別される。一つはシナイの麓にあったいと貴き神聖の御子が晩餐に用いた物、即ち真なる聖遺物。まごう事なき全能の願望器。もう一つは、魔術師が生み出した贋作。即ち膨大な魔力リソースである。そも聖杯戦争に使用されるのは後者なのだ。何故なら真なる杯はとうに喪われて久しいのだから。

 

「サーヴァントを再召喚し続け、あまつさえ終戦後に即座に再開するなど。ましてやサーヴァントの維持を常に聖杯がし続けるなぞ……そんな魔力を捻出する事は不可能だ」

 

そして後者であるのならば、キャスターの言う通りそれは永久機関でもなんでもない。

ある地方で行われた聖杯戦争では開催に六十年というスパンが必要だった。

それだけの長期間をかけて龍脈から魔力を吸収しなくてはいけなかった。

無論そこには、龍脈を傷つけないという意図もある。

 

 だが、それにしたって、簡単にサーヴァントを召喚できるというわけではない。

それが()()()()なのだ。

決して無から有は生まれない。

過度な消費の裏には必ず絡繰がある。

でなければ、それは最早魔術ではなく()()になってしまう*4

 

 だからこそ、キャスター達が出した結論は一つだった。

 

 

 

「この地の人間に()()()()()()()()()()。それ自体が目的だと、我とセイバーは考えている」

 

 

 

 絡繰がある、そしてその目的は間違いなく醜悪な物だと言い切ったキャスターは、だがふいに声を落とした。

それはまるで。

 

「だが、もしそのすべてが事故だというのなら……最早それは戦争ではない。誰かが利益を得るという考え方が間違えている。誰も、誰も悪人がいないのであれば───この聖杯戦争はただの悲劇でしかあるまい」

 

そうであって欲しくないと、見たくない物から逃げる為に目を瞑る幼子のような弱々しい呟きだった。

 

 暫し、沈黙が流れてから。

リオは、意を決するように秘めていたソレを口にした。

 

 

 

 

 

 

『私は……阿慈谷ヒフミを疑っているわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突な告白。

空白を裂くような、痛ましさを秘めた一声。

此処なる場所は言わずとも、阿慈谷ヒフミという少女が拠点とする地。

その場所で、リオははっきりとヒフミへの疑心を口にした。

 

 単純に考えればそれはヒフミ達の同盟に対する叛意。

同時にヒフミの同盟相手であり、キャスターのマスターであるモモイに対する叛意として看做されかねない発言。

 

 だが、一見して話の流れが見えてこないソレに、瞬時に意図を理解したキャスター。

 

「お前()その考えに至る、か……」

 

大きく頷き、白い息を燻らせた。

その背はやはり、どこか疲れたように小さく見える。

 

「そうか、そうあるのか……やはり()()()のだな」

 

『……気づいていらっしゃったのね』

 

 間違っていてほしかったとキャスターは零した。

そんな事はあってほしくなかったと。

そうでなければ、最悪の場合、キャスターにはこの先、何人の生徒が犠牲になるか分からなかった。

否、その計算をする事そのものが、数学者であるキャスターですら恐ろしいと感じて手が伸びなかった。

 

「偶然か、それとも単なる事故かは分からん。だが、元よりそういう可能性がこの世界にはあった。そういう事態があった───そうであろう?」

 

『えぇ。だからこそ気づけた。だからこそ違和感があった。時期がおかしい。タイミングがズレている。そして、私の予測が正しいなら、それは私達の全てを覆す。ハッピーエンドなんて、初めから目指してはいけなかった』

 

「因果な娘だ……哀れとは言わん。だがあまりにも……」

 

 そこで言葉は途切れた。

重い口を開ける事がキャスターには躊躇われて、閉ざさ他になかったのだ。

 

 誰が、そんな馬鹿な話を真面目に語り合いたいというのだろうか。

一体誰が嬉々として一人の少女の希望を砕かんと願うだろうか。

 

 あまりにも酷な話だった。

阿慈谷ヒフミを。

誰よりも真っ直ぐに、そして剥き出しに、ハッピーエンドを目指して何度も転びそうになりながらも走るあの娘を疑わなくてはいけないその事実が。

 

 そしてその推測が正しかった場合のどうしようもなく詰んでいる過酷な運命を慮れば、キャスターには何も言えなかった。

 

 その胸中を同じくしながら、リオは一歩踏み込む。

予測はした、推理もした、仮説は既に()()とも完成してしまった。

どちらが正しくても、どちかが正しくても、そして幸いにもどちらも正しくなかったとしても。

最早、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

終わってしまった事は覆せない。

過去はやり直せないのだから。

 

『……いずれ気づく事になるわ。最悪、明日にでも』

 

「監督役との話し合いでか。出来るならば先延ばしに……いや、それよりもだ。他の者はどうだ?」

 

 先の会議で早瀬ユウカの発言にあった『取引をするのならば明日にでも向かうべき』という言葉。

恐らくヒフミ達はそれを受けて明日の午前中にでもトリニティに向かうかどうかを考えている。

 

 リオにもキャスターにもそれがただ恐ろしかった。

知らなければならない事はある。

だが、監督役は、黒服はその立場から間違いなく答えを、()()()()()()()()

今でこそ味方の立ち位置にいるが、リオ達にあの男の考えは今ひとつ不明瞭。

どんな受け答えをするか、その結果でこの拠点にいる誰かへと引き金を引く事になるやもしれない事を懸念する。

 

 一方で、キャスターは気づく。

自分もリオも『推理』をした。

材料は少ない。

キャスターはサーヴァントであり元より論理的思考で物事に対して多角的に考えれたから。

リオもまたミレニアムの代表足り得る明晰な頭脳があり、そして何より彼女は見ていたから。

 

 互いに推理できる材料ときっかけが別々の形で存在した。

だからこそ辿り着いた仮説。

そして疑心。

 

 だが、だからといって驕ることはないのだ。

二人以外にも気づいている仲間がいるのでは、そうキャスターが問い、リオは淡々と答えた。

 

『ハナコさんは大丈夫でしょう』

 

 まず名前が挙げられたのはリオをしてその思考力に舌を巻いた一人の少女の名前。

なんらかの組織に所属しているわけでもなしにあの方舟のオペレーターに選ばれた才女。

その英知はこの聖杯戦争であっても発揮されている。

だがリオの知るあの時と違うのは。

 

『恐らくあの子は最後まで気付かないフリをし続ける。そうでないといけない』

 

 もう、無理だろうと半分の諦めが、そしてもう半分の張り裂けそうな鈍痛がリオの胸中を占める。

本人は気づいていないが、最早それは願望に近い。

そうであってほしい、そうなってほしいと。

でなくては、浦和ハナコはきっと今度こそ()()()()()()から。

 

『ウイさんは……多分難しいでしょうね。彼女はそもそも前提が間違っている。ユウカもいずれは気づくでしょう。でもそれはきっと最後の最後になるわ。ただ……』

 

 古関ウイは少なくとも最短では不可能。

早瀬ユウカは恐らく独力で到達する。

リオの中でそれはほぼ規定事項だった。

自分が真実、見出したあの娘なら、と。

 

 そして言葉を区切り、あまりにも思考の外にいた少女の存在にリオは頭を痛める。

それは間違いなくこのキヴォトスの聖杯戦争という()()におけるただ一人のイレギュラー。

サーヴァントの強さではない、いや。

リオにとってそもそもこの聖杯戦争において単独戦力なぞは()()()()()()()していない。

そう初めから、この聖杯戦争が開催されたその瞬間から。

明星ヒマリとほぼ同じタイミングでリオが気にしていたのは全く別の問題。

 

 だからこそ、イレギュラーの存在は今のリオにとってあまりにも不都合だった。

その思考も視野の広さも、そして着眼点も。

聖杯戦争のマスターの中で唯一異なる視点を持つ少女。

 

 

 

「問題は───安守ミノリ」

 

 

 

 思わずといった様子でキャスターは唸り声を上げた。

白い湯気が、雨で蒸せる空間を漂ってどこにも行けないまま消えていくのをリオはつい眺めていた。

 

「……あの娘か」

 

『ええ、彼女は見ている視点が違う。前提から食って掛かっている。恐らく、ヒマリ以外で最初に気づくなら彼女よ』

 

呻くようにキャスターが確認の為をとリオへ尋ねる。

常ならば響くようで厳かなテノールがどこか軋んでいるようだった。

 

「アーチャー陣営は既に知っていると」

 

『ゲマトリアが何処まで話しているかによるわ。けどあの子も私と立場は同じ。なら勘づいてもおかしくはない』

 

 キャスターは悟り、リオもまた胸の内に隠していたその結末を覚悟する。

 

「……分裂は避けられんな」

 

『えぇ。ヒフミさんの事ですから。いずれ必ず』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───私達と阿慈谷ヒフミは道を違える』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友と呼んだハナコ達もすら、か……やるせない話だ」

 

「……仕方ないなんて言いたくはないけれど。それでも私達ではどうにも出来ないわ」

 

 どうにもならない、のだと儘ならない現実に歯噛みしながらリオは続ける。

 

「セイバー。そして後は白洲アズサ。彼女の経歴について調べたわ。そしてこれまでの様子……恐らく最後の局面で阿慈谷ヒフミの隣にいるのはきっとその二人()()

 

「ふむ……ならば、セイバーに話は通しておくか」

 

 分かりきった問い掛けにキャスターなりの気遣いだと気づきながらもリオはつまらなそうに冗談で返した。

 

『やめておきましょう。彼、少しばかり過保護だから』

 

「言ってやるでない。彼の方も嬉しいのだろう。我と同じようにとは言わんが……そうだ、少しばかりこの地の娘は眩し過ぎる。通り過ぎていった何時かの青く澄んだ遠い春の風を。この地で刻む時計の針は、そんな家族と、親しい者と過ごした時間(郷愁)を思い出させるのだ」

 

 雨音に負けるほど小さな呟きには郷愁があった。懐かしみながら痛みに耽る老人の悔恨。

リオにはまだ分からないそれに驚きながら、珍しいほど恐る恐ると言った様子で慎重に口を開く。

 

『……ごめんなさい。失礼だと思うのだけど、キャスター。貴方はまさか』

 

「お前もまた()()()()()性質(たち)だ、それでは苦労も多かろう……嗚呼、そうとも。我が残してやれた物は少なかった。我は数字を愛し、数式の中で生き、夢想を信じ───その果てに死んだ。さぞ、詰まらない男であったのだろうよ」

 

 キャスターはただ、自嘲するように嗤った。

このキヴォトスにチャールズ・バベッジという男の歴史は残されていない。

誰もチャールズ・バベッジが何をしたかを知らない。

どんな風に生きて、何を失って、その果てにどういう結末を迎えたかも。

何故、彼がトリニティに郷愁を抱くのか。

何故、彼が騎士王へ敬意を示すのか。

何故、モモイ達を───。

いいや。

それすら誰も知りはしないのだから。

そしてその上でリオは言う。

 

『貴方がどう思うかは、それは貴方の痛みよ。私には分からない。私には共感なんて烏滸がましい。けれど……少なくともモモイが貴方に向ける顔は素敵な物だと私は思うわ』

 

「そうか……そう言ってくれるか……」

 

『えぇ』

 

 モモイにとって貴方はそうなのだと。

犠牲になれと言っておきながらどの口がと、心の中で自分に吐き捨てながら。

それでも哀愁すら漂わせる目の前の巨人を慰めるように。

モモイという少女にとってキャスターがどういう存在なのかを、雨に濡れた風と共に伝えた。

 

 

 

「……なればこそ、だな」

 

 

 

 赤く、淡く。

霞む蒸気は炉に火を入れた証。

キャスターの瞳に活力が宿る。

決意を新たにする。

その内心をリオには慮れても、理解する事は決してできない。

それが出来るのは彼本人だけで、少なくとも生徒には()()理解できない感傷なのだから。

 

 だからこそ、今目の前にいる慚愧を湛える偉大な先達へとリオは志を同じくする形で応える。

 

『えぇ。今日を除けば猶予は四日。私に残された時間は少ないわ。その間で最善を尽くしましょう……可能なら、誰も犠牲にしない為にも』

 

「うむ。我らで片付けねばならん事が、我らで対策せねばならん事が多い。たとえ泥を被ろうとも、我らは彼奴らの命と尊厳を、そしてその夢を守らねばならんのだ」

 

 決意を新たに。

キャスターも、そしてリオも。

たとえ誰を敵に回そうとこの地に生きる人の営みを。

そして己がマスター(後輩)達を守り抜くと心に刻む。

才羽モモイを、阿慈谷ヒフミを、安守ミノリを。

そして未だ敵対する飛鳥馬トキも。

彼女達が平穏な何時かの暮らしをもう一度甘受出来るようにと、誓いを新たにする。

それは奇しくも、セイバーがヒフミへと向けた誓いとよく似ていた。

 

 話が落ち着きを見せ、夜も激しさを秘め始めた雨音と同じようにますますと更けていく。

そんな中でリオは口を開いた。

 

『キャスター。最後に一つ……いいかしら?』

 

「聞こう」

 

 一言。

意識せずとも力強く返ってきたその返事にリオは穏やかな微笑を気づかぬうちに口元へ浮かべながら尋ねる。

 

『モモイについて。私にはまだ不明瞭なのだけど、……貴方は気づいているのでしょう?』

 

「無論の事。だがあれは……あの娘は。決して、悪しき者ではない。決してそうではないのだ。ならば我はその行く末を見守るのみ」

 

 答えは分かりきっていた。

けれど実際にそれが聞けて、リオは満足する。

自分を越えて迎えに行った少女の隣にいるこのサーヴァントが、彼女の絶対的な味方であるという事実。

それが辛い密談ばかりだった今の時間の中で、ただただ心地良かった。

 だからこそリオは細やかに微笑んだを

 

『そう。なら私が言う事は一つね』

 

 心から。

敬意と感謝、そして祈りを込めて。

真っ直ぐに。

 

 

 

 

 

 

『あの子の事を、()()()()を。どうかよろしくお願いします、キャスター』

 

 

 

 

 

 

 調月リオは大人を頼った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨音が響く。

既にリオは立ち去って、今この場にはキャスターしかいなかった。

搬入口から遠く先にか細くもミレニアムのネオンが瞬いている。

人工の星。

キャスターが生きた時代より遥かに煌々と夜闇を照らす文明の象徴。

積み重ねられた科学の研鑽が生んだ光景。

だがそれは果てもない程に遠い輝きだった。

廃墟と呼ばれるこの地からは随分と離れた場所で光っている。

 

 そしてそれは、この遠き夜景こそが聖杯戦争の現実なのだとキャスターに思い知らせるようでもあった。

遠くの学舎に、学生達が住まう土地に明かりは灯る。

星のようなその場所こそが本来モモイ達がいた日常。

青春の日々を送るべき場所であり、今いる昏いこの場所は間違っているのだと。

そう言われているとキャスターに感じさせた。

 

 雨は止まない。

雫がアスファルトを叩く音は止まってくれる気配はない。

強く、強く。

運命の扉を叩くように。

決して逃れられないと口遊むように。

キャスターの耳へと届く。

そうして暗雲を眺めながら男は一人呟いた。

 

「無論だ。我はあやつのサーヴァント。あやつが喚んだサーヴァントだ」

 

 もうこの場にはいない少女からの願いを受けて、男は繰り返す。

自分自身に言い聞かせるように、誓うように。

呪うように己の慚愧を炉へ焚べてはふつふつと燃やす。

 

「そうとも我は」

 

 

 

 

 

 

 

───わわわっ私がマスター!?

───セイハイセンソウ……戦争!?そんなの駄目だよ!私、したくない!

───止めなきゃ!誰かが、ううん。誰だって!

───怪我したり、死んじゃったり……そんなの私は嫌だから!

 

 

 

───だって私の願いは……

 

 

 

 

 

 

 覚えている。

忘れるものか。

決して忘れてなるものか。

あの日、あの夜。

お前と出会って我は誓ったのだ。

 

お前の願いを、抱き続けた想いを。

あの透き通った美しい願いを。

お前の夢の果てを。

 

 

 

 

 

 

度こそマスター(子ら)を守りきらねばならん

 

 

 

 

 

 

 お前が何を隠そうが構わない。

お前が何をしようが味方となろう。

そうだ、そうなのだ。

お前が見出したように、我もまたお前に⬛︎⬛︎を見出したのだから。

 

 

 

 

*1
エンジニア部とキャスターがヒフミ達の依頼に応えて特注した頑強な扉。一度はライダー達に破られたが再度修復されている

*2
剣闘士として過酷な生活を強いられた男は仲間と共にヴェスヴィウス山へと立て籠もり、時の大帝国が差し向けた軍勢を幾度も打ち破った。その男こそがスパルタクスである

*3
……

*4
魔法。サーヴァント達の元いた世界における技術であり、あり得るといういつか未来の可能性が形となった奇跡。即ち、現代科学技術では到底再現が不可能な極大の神秘を指す





1じゃんね☆
色々と怪しい密談を交わす二人じゃんね☆
ちなみにスレでも言ってなかったけどキャスターさんは普通にラスボス候補の一騎だったじゃんね☆

さて、なんやかんやと続いてきた本作もとうとう100話突破したじゃんね☆
ハイペースなつもりだったけど、思ったよりずっと長い道のりだったじゃんね☆
でも途中で投げずに済んだのは、読んでくださる皆様のおかげ。
そしてあの時スレにいて今も待っていてくださる方達のおかげ。
皆様の温かい支えてあってこそです。
本当にいつもありがとうございます。
まだまだ道は途中なとこですが、必ず完結させられるよう誠心誠意尽力して参ります。
今後とも何卒よろしくお願いします!……じゃんね☆

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