阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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嗚呼。
空に照っている、満ちた月。
この机の傍で、己が眠らずに真夜中を過したのは幾度だろう。
この己の苦しみをお前の照すのが、今宵を終おわりであれば好いに。
悲しげな友よ。そう云う晩にお前は色々の書物や紙の上に照っていた。
ああ。お前のその可哀らしい光の下に高い山の背せを歩くことは出来まいか
(『ファウスト』より)



【9日目・深夜】
some sweet candies


 

 好き、という感触はとても大切です。

口遊む度に心が躍ります。

キャンディを舌で転がすような心地の良い甘さが口一杯に広がるんです。

ころんとした喜びは愛と呼ぶのでしょう。

込み上げる感傷は檸檬味。

夜凪の中で揺蕩うような静かな刺激に満ちています。

きっとそれは()

真っ白なあの人に捧げる()

恋しいのです。

愛しいのです。

だって私は女の子。

この感情は抑えきれない。

駆け出す熱情は止められない。

荊の檻を抜け出して、だから貴女の元にやって来たのですから。

 

「い、一体いつこちらへ?いえ、そんな事よりどうして、いえ()()()()()っ……確か、ミレニアムに戻られた。私の記憶ではその様な手筈になっていましたが?」

 

 夜もとっぷり暮れた深夜の来訪。

ナギサ様は私が突然訪ねてきたことに驚いておられます。

冬に備えて餌を蓄える栗鼠のように椅子を何度も立ったり、かと思えば座ったり。

下を向いてごそごぞしたり、左右を向いては視線を行ったり来たり。

なんだかとっても慌ただしい姿を見せていました。

 

「あはは……実はちょっとこちらに遊びに来ちゃったっていうのもあるんですけど、急用が出来まして」

 

 嘘。

本当はナギサ様に会いたくてついつい、抜け出して来てしまっただけ。

だって気持ちは止められません。

どうしてもどうしても、大好きなこの人にお会いしたかったんですから。

 

 だからと言ってただ遊びに、なんてわけじゃないんです。

けれどトリニティに用事がない、なんてわけでもないのです。

私にはとっても大事な、私で決めたすごく大切な理由があるんです。

少しでも、一刻でも早く。

ナギサ様に会わなくてはいけなかったんです。

やるべき事はちゃんとあるんです。

 

「……急用ですか?」

 

「はいっ!実はとびきり大事なお話が……って、あはは……こんな所で話すのもちょっとなんだか変ですね」

 

 でも、ナギサ様から入室の許可を貰ってないのでまだティーパーティの部屋には入れません。

取り柄なんて何一つない愚鈍な私ですけど、これでも立派なトリニティ総合学園の生徒です。

ちゃんと淑女な教育、礼儀作法だって叩き込まれてますし、ちゃんと反省してしっかり覚えているんです。

だから入室の許可もなく無断で乙女の部屋に立ち入る、なんて無粋な真似は出来ません。

 

 そんな私の可愛らしい気遣いに察してはくれまいかと、今か今かとソワソワしながら待ちます。

なんて礼儀正しい子なのだろうと。

なんと律儀な子なのだろうと。

それでこそ私の愛する阿慈谷ヒフミだと。

ナギサ様がそんな風に喜び勇んで私を褒めて下さる瞬間を、私は目を皿のようにして待ちます。

 

「……それも、そうですね」

 

 私の気遣いにナギサ様をようやく察してくれたのか、相変わらず戸惑った様子をしながらも私に声をかけてきました。

 

「ごめんなさい。急なお客様というのはあまりにも予定していなかった物ですから……夜というのもあってなんだか緊張してしまいますね。どうぞ、お入りになって下さい」

 

 随分待ちましたがどうにか頂けた入室の許可。

ありがたく、御招待を受けて私は廊下から一歩前に出てカーペットを踏みます。

上質な調度品なのでしょう。

会議室に敷き詰められる安物のタイルカーペットとはまるで違うのが、踏み込んだ私の足を受け止めてくれるその感触から理解できるという物です。

思わずこんな素敵なお部屋に招いてくださった彼女にお礼を言いたい、いえ、言わなくてはいけないと胸がまた高鳴りました。

 

「あはは……ありがとうございます!ナギサ様!」

 

「ふふっ。お気になさらず。ティーパーティは茶席を囲む素敵な会。いつだってどんなお客様にも門戸を開けていますから」」

 

 冗談めかした言葉につられるように私は高級そうなカーペットが張られた部屋にまた一歩足を踏み入れ進んでいく。

少しばかり暗いお部屋。

節電にでも気を使われているのでしょうか、私から数メートル先にいるナギサ様が座るデスク周りだけに電灯がついていて、あとはぽっかり暗く落ち込んだ部屋。

ナギサ様は今晩もお一人で忙しくされているのです。

 

 

 

───私の為に。

 

 

 

 ずくりと胸に疼きを覚えます。

お化粧の下に薄らと隈まで作って毎晩必死に私の為にこの聖杯戦争の()()()を解決しようと頑張っていらっしゃる。

健気、なんて言葉では足りないほどの献身的な友愛。

白鳥のように美しい方。

だからこそ、早く、早く。

()()()()()()()()()と強く強く思うのです。

そんな私へとナギサ様は。

 

「それで今宵はどういったご用件でしょうか?」

 

ふわりと上品に微笑まれました。

紅茶の薫香が漂うような佇まい。

気品で包装(お化粧)された素敵なキャンディ。

 

ぺろりと唇を舐めてしまう。

緊張すると人間は喉が乾くというけれど、どうやら舌も乾くのかもしれない。

胸が熱くなるような、焦げるような感覚に浮かされる私の心は確かに形容するなら。

いいえきっと、これこそを緊張と呼ぶのが正しいのかもしれません。

だってこんなに胸が高鳴るんですから。

 

「今日来た理由ですね。実は……」

 

一度言葉を区切ります。

胸の前で指を絡めて、しっかりと握りしめる。愛らしく、可愛らしく、艶然と。

桐藤ナギサという美しい人に魅てもらえるように。

私は告白する。

抑えきれない高鳴りをすべてこの場で吐き出せますようにと願いながら。

どうか受け止めて粛と抱きしめて欲しいと浅ましく想いを馳せながら。

貴女に私は告白する。

 

 

 

 

 

 

「なんと!会いたかったからでした!ナギサ様に!」

 

 

 

 

 

 

 反応は一拍遅れて、顔を背けて目線だって合わせてくれない。

恥じらいでしょうか。

感動でしょうか。

なんだって構いません。

どれだっていいんです。

ただただ愛らしい仕草にお腹の奥がきゅっと震えます。

 

 いじらしい彼女はぎゅっと縮こまるように手のひらを机の下へと伸ばしている。

同じ気持ちになって下さるのでしょうか。

怯えて巣穴に潜る野うさぎを思わせる彼女はいつもの毅然とした姿とはまるで違います。

私にだけ。

私にだけ見せてくれる姿。

頬に思わず血が昇ります。

火照る身体は水を求めるように喉から喘ぎを口遊そうになってしまいますけど、そこは我慢。

いくら日がとっぷり暮れた夜半とはいえ、品位に欠ける振る舞いはこの場に相応しくありません。

マナーあってこそ、という物です。

 

 そうしてナギサ様の言葉を私はじっと待つ。

どうかお応え下さい、と。

どうかお返事なさって下さい、と。

貴女にお届けするべき物が沢山あるのですから。

 

真実を───。

 

私が秘めるありのままの事実を貴女にお伝えしなくちゃならないのですから。

けれど、照れているのか身体に奔っている緊張をナギサ様は隠したまま、そっけなく答えられた。

 

「まぁ、()()ですか?わざわざこんな時間に……お忙しいでしょうから夜が明けてでも良かったでしょうに」

 

 最初に沸いたのは残念だなという気持ちでした。

だってこんな夜更けにわざわざ抜け出してまで会いに来たというのに、ナギサ様ったらつれないんです。

夜に想いを馳せて我慢できずキャピュレットの庭へと足を運ぶようにしてここまで来たというのに。

なんだか淡白な反応しか返ってきません。

それがとっても残念で、でも狩人の気持ちがよく分かりました。

じりりと熱を帯びる唇と拍動に浮かされるからといって焦れて飛び出してはいけません。

大事に大事に舌の先でゆっくり転がすのがお喋りのコツですから。

 

 でもやっぱり、ちょっぴり悲しいんです。

だからその気持ちをわかってもらえるように眉根を下げます。

張り裂けそうなこの気持ちが伝わるように、少しでも貴女の心に触れられるように。

 

もっと。

もっと、と。

照れるか喜んで欲しかったと思った私は一歩踏み込んでいく。言葉も身体も同じように、前に進む。柔らかな彼女へと近づいていく。

 

「あはは……だって、我慢できなかったですから」

 

「もうっ……仕方のない方なんですから。でも少し恥ずかしいですね。実はまだその……」

 

「どうしましたか?」

 

 紅茶の芳香に合わせて部屋に染みついたインクの残り香が鼻をくすぐる。

こんな遅い時間まで一人残って作業をしていたナギサ様。

だから彼女が今から話す事を言うのはある意味当然で。

 

「いえその……今日はヒフミさんとお会いした後もバタバタしてしまって……」

 

私にとってはもしかすると僥倖だったかもしれません。

 

「その……まだなんです……」

 

「あはは……何がですか?」

 

「……ですから」

 

 困ったような顔をするナギサ様。

形の良い眉も下がっておられます。

表情は薄暗がりなのもあってなんとも曖昧。

頬には細くて白い指が揃えて当てられて、桜色の唇が動くのが見えました。

 

 

 

「恥ずかしながらまだシャワーを浴びていないんですよ、私」

 

 

 

だからあまり近寄られるのは、そういう彼女に私は……。

 

「あはは……私はそんなの、全然気にしませんよ」

 

傍にいたい。

隣にいたい。

ずっと、ずっと一緒にいたい。

大好きな大好きな人。

シャワーを浴びてないなんてちっとも気になりません。

だって大好きなんですから。

 

「もうっ……自分で言うのも些か不愉快ですが私だって年頃の娘です。流石に一日働き詰めの後の香りを近くで嗅がれるというのは少しその……」

 

「大丈夫です!ほら、私、最近セイバーとか男の人とかと一緒にいましたから……だから汗の匂いとかそういうのへっちゃらです!」

 

 嘘です。

サーヴァントに新陳代謝という物は存在しませんから汗臭いなんて生理現象の結果も、汗という現象としての再現こそあれど、特別な匂いなんてしないらしいです。

それに殿方と一緒だなんて淫売に聞こえたらどうしましょうとドキドキしちゃいますけど、でもそれより何よりナギサ様の御側に行きたいんです。

触れ合って、確かめ合って。

生きている、それをお互いの肌を通して分かりたい。

そんな気持ちになるんです。

だから、たくさん言い聞かせるようにそうやって言えばナギサ様の固い身持ちも崩せるかと思ったのですが。

 

「いけませんよ。殿方の汗の匂いだなんて!妄りにそのような事を言ってはティーパーティの品性が疑われてしまいますからね?」

 

 残念です。

やっぱりナギサ様に怒られてしまいました。

私は唇を尖らせつつ目を潤ませて彼女を見る。

ぼやけた視界の中でもナギサ様は酷く輝いて見えました。

 

「うぅ……ごめんなさい。ナギサ様ぁ……」 

 

「ええ、構いませんとも」

 

 芝居かかった言い方で嗜められて私も思わずしょんぼりしてしまいます。

けれど諦められません。

今日の私はミレニアムからトリニティまで往復したりでとっても疲れています。

一人で抜け出すのだってとっても大変だったんです。

大好きなナギサ様に是非、労わってもらわないと疲れ切った体に栄養がちっとも足りません!

 

「そうだ!ナギサ様……あの、ご存知でしょうか?」

 

「はい、どうかされましたか?」

 

 変わらず貞淑な笑顔で行儀良く座っているナギサ様。

どうしても彼女に触れたくて、そろりそろりと私は近づいいきながら、そんな彼女に……。

 

「実は先ほどティーパーティの方とすれ違ったんですが……」

 

「……彼女から、何か?」

 

 ぴくりと、ナギサ様のとっても形の良い眉が動きました。

気になるというのがひしひしと伝わってきます。

困惑と懸念と疑念が入り混じった顔は私の大好きなナギサ様の真面目な顔。

ナギサ様は補習授業部が出来た頃からそうやってとても険しい顔をされながら生徒達を見ていました。

その顔を見るたびになんと頼り甲斐のある、生真面目な方なんでしょうと幾度も思った物です。

私は彼女の興味が引けたことが嬉しくて、跳ねるように前へと進む。

 

「はい!実はとても困った顔をされていまして……」

 

 でも気をつけなきゃいけないと気を引き締める。

だってこれは聖杯戦争に関係ある話です。

大事な情報、得難い金貨です。

ともすれば同盟も洛陽を迎えるかもしれません。

取り扱い注意、しっかり丁寧にお話ししていく事が必要です。

分かって頂かなくてはいけないんですから。

心持ち、声を抑えて彼女の気を引けるように話していく。

 

「なんでもトリニティで意識不明の方が何人も出ているとか……」

 

「……そうですか」

 

「はいっ!私、とっても心配です!」

 

ナギサ様が憂慮されていると嘆いていた事を伝えれば彼女の透き通る肌に浮かぶ血管の色も可憐に咲きます。

私と同じようにナギサ様もとても心配されていると思うと、それだけで胸が苦しくなる思いです。

 

「ユウカちゃんからも話はある程度聞いていましたけど、25人の方も昏睡されているだなんて……一体どうしてこんなことに……」

 

「……はっきりとした原因は分かりません。診察した医師からも目立った外傷や臓器の異常も診られないそうです」

 

「……やはり、サーヴァントの……いいえ。聖杯戦争が原因でしょうか?」

 

 ナギサ様は無言です。

その気持ちはすごく分かります。

だってそうじゃないですか。

25人もただ夜道を歩いていただけの生徒が急に昏睡する。

それもゲヘナで起きていたというシャドウサーヴァントの被害とは違って昏睡状態から目も覚さない。

原因不明の事態。

とても怖い話です。

 

「……一概にそうだとは断言できません。私は……為政者として、このティーパーティを預かる一人として軽挙な発言は出来ませんから」 

 

「……でもナギサ様。こんな事、これまで……」

 

「確かにこんな事例は初めてのケースです。そして同じように我が校の生徒がキヴォトス開闢より初めて起きた未曾有の事態、聖杯戦争にマスターとして巻き込まれている……二つの事例に関連性があると思わない人間は決して多くはないでしょう」

 

「そう……ですよね……」

 

 25人の生徒、その犠牲はサーヴァントの、聖杯戦争の。

そしてその争いを加速させる身勝手な願いを掲げたマスターに原因がある。

それをはっきりとティーパーティの長が口にする。

勝手に殺し合いを始めた人間達によって無辜の民が犠牲となった事実を公でなくとも認める。

それをしたくない気持ちは、ナギサ様の優しさがしっかりと伝わってきます。

大好きです、ナギサ様。

私は貴女のそういうところが私は一等好きなんです。

 

「ですが創立以来……いいえ、その始まりから我が校は茨の道を辿り、その過程で少なくない犠牲を出しました。1週間どころかたった半日で25人の数倍もの数の生徒が病院送りになった話など枚挙に暇がない。それも事実でしょう」

 

「それは……確かにそうでしょうけど……」

 

「ならば今、殊更に騒ぎ立てる必要はない。ティーパーティの主宰代理として私はそう考えるのです」

 

「ナギサ様……」

 

 嘘。

ナギサ様は嘘付きです。ナギサ様は私の目を見てそういうけれど、

きっとそれは建前です。

優しくて柔らかくて良い匂いがして美しい。

 

「無理を、しないで下さいね……ナギサ様」

 

「いいえ。無理などしていませんよ。ティーパーティの主宰(ホスト)という立場にあって、起きてしまった事態に取り乱してどうするというのでしょう?」

 

 無理をしている、そう考えるのは当然でした。

自校の生徒がもう25人もシャドウサーヴァントに襲われたんです。

それだけの生徒が人かどうかも定かでない化け物によって心を喰われたのですね。

そんな事を聞いたらなんて悍ましい話だと怯えて教会に閉じ籠るものでしょう。

 

「でもナギサ様。シスターフッドは非協力的ですし幾ら使える盤上の駒がティーパーティだけとはいえ、今の状況は大変苦しい物です……下手をすれば万魔殿だって付け上がるかもしれませんし」

 

「……確かに、動きは鈍く油が足りていないかもしれませんね。ですが()()()()()()()。それでも私の()()はよく動きますから。貴女が心配することではありませんよ」

 

「そんなっ!サーヴァントは……サーヴァントはとても強大です……幾らパテル派の皆さんが脇を固めていてもそれこそ剣先委員長ほどの方でないと……!」

 

問題ないだなんて嘘っぱちです。

きっとナギサ様の心の中は不安でいっぱいの筈ですから。

私もその心の負担を少しでも分けてもらえるように、必死に言葉を尽くします。

胸の前で祈るように手を組んで、脇をぎゅっと絞って、太ももはピッタリとくっつける。

ナギサ様の前でするには少々礼をかきますけど、こうした方が視覚的に効果があるでしょうから。

 

「危険な事態が続いています。それにアーチャーやライダー、ランサーまで。まだまだきっとサーヴァントの手で犠牲者がでるでしょうから……その度にナギサ様のお心が傷つくと思うと……っ!」

 

 悲痛な声を出して、ナギサ様へと私は訴えかける。

どうか目の前のいたいけな彼女の心労を解きほぐせるように。

甘く、切なく、和紙を指先でゆっくりで千切るように。

包み紙を剥ぐその瞬間を心待ちにしていた童女のようにあどけなく、けれど怪我をした友に心配して声をかけるように。

私はナギサ様へと訴えて。

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「先ほどもお伝えした通り、私は、桐藤ナギサはトリニティ総合学園ティーパーティのホストです」

 

 ナギサ様のころんとした目が私を射抜くように見ていました。

琥珀色のキャンディは鋭い力強さに、溢れるような生命力に輝いています。

そこには草臥れた様子なんて微塵も見せてはくれません。

 

「(嗚呼、なんて綺麗……)」

 

美しい。

座りながらも凛として佇むその御姿は正しくトリニティの、いいえ、キヴォトスの至宝。

美味しく、けれどまだ青い薫香を纏う瑞々しい果実のよう。

 

「大変な状況にある、処理しなくてはいけない案件を多数抱えている、あまりにも大きな責任がこの両肩に背負わなくてはいけない。なるほど、その通りです。ですがそれこそが誉れと歴史あるティーパーティの長たる務め」

 

 そんな麗しいナギサ様は傷つけないように嘘をついている。

その優しい嘘は口の中で芳醇に熟れる葡萄酒を思わせるほど濃厚で情熱的。

その澄ました仮面の下には溢れんばかりの情動が渦巻き、それを理性を持って制し怜悧かつ美麗に振る舞う美しい人。

 

「今も戦う友がいるんです。こんな所で私一人が挫けていて、どうして彼女達が帰る場所を守っているなどと言えるでしょうか」

 

 まるでその様は白鳥。

白い羽を散らして醜い足をひた隠してでも優雅に湖面を滑るよう。

 

「ナギサ様、私……っ!」

 

 嗚呼、好きという気持ちが抑えられません。

大好き、欲しい、ずっと傍にいたい。

強く、優しく、それでいて氷のように鋭い方。

人の心を想う優しさとそれを表に出さずに正しいことを成そうとする愛くるしさ。

駆け出して、抱きしめたい。その肌に触れて、しっかりと自分の気持ちを伝えたい。

だって私は、この人の『会いたくて此処に来て』、『傍にいたい』と直感したんですから。

私はいま、彼女の傍にいたい。

だから───。

 

「(どうか()()()()()()()()()()……!)」

 

心の中でそう願って。

 

「ナギサ様……っ!」

 

決して、はしたない走りは見せたくないんです。

艶やかに挑発的に、それでいて可愛らしく。

まるで小鳥が爪先を蹴るように。

心なしか足早に見えるように。

可能な限り愛らしい姿を。

艶やかで見惚れるような美を。

そうして欲に駆られて貴女が受け入れてくださるように。

ただ本能のままに交われるように。

ただ貴女を抱きしめたくて。

ただ貴女に触れたくて。

だから私は駆け寄ったんです。

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()

 

 

 

 

 

 

けれど、ナギサ様はそっけなかったんです。

 

「……どうしてですか?」

 

 嗚呼、どうかどうか私の無礼をお許しください。

だってこんなに悔しいんです。

あと少し。

あと一歩踏み込めばこの爪が届く距離。

なのにこの掌は空を切るばかり。

寂しいです。

こんなに、こんなに、一生懸命に聖杯戦争のマスターなんてしているというのに。

私はこんなに頑張っているのに。

夕暮れ時には私に会ってくれたのに。

ナギサ様はまたも意地悪を言われるんです。

だからつい、奥歯の方で嫌な音が鳴ってしまった品のない所作を、可愛い乙女の茶目っ気と許してください。

 

「まだお話の続きでしたから。それにもう少し貴女の顔立ちをゆっくり眺めていたい……そんな私の我が儘を聞いては頂けませんか?」

 

 ところがナギサ様からのお返事ったらとっても可愛いらしい物だったんです。

あんなに夕方も二人で抱きしめあって鼻を齧り取れるぐらい近くで顔を見つめ合ったというのにまだ見たい。

私の顔を見たいとそう言ってくれるんです。

そんな風に言われたら我慢しなきゃいけません。

その方がずっとずっと幸せって感じられるんですから。

 

「あはは……仕方ないですね!良いですよ!いっぱい見てください、ナギサ様!」

 

「えぇ、()()()()()……それで?我が校の行政官やミレニアムの早瀬さんから貴方が聞いた話はそれで全てですか?」

 

「あぇえ!?え、えぇっと……あはは……」

 

 まだまだ、お話がし足りないと言うナギサ様。

そんな彼女まで、あとちょっとで届く距離。

でもナギサ様の心音まで聞こえてくるぐらいの距離まであと一歩分が足りません。

私ってばいつもこうなんです。

どう言うわけか、一歩、あと一歩が足らないんです。

 

 でも今はそんな事どうだっていいんです。

そんなつまらない話はどうであったとしても関係ないんです。

だってナギサ様が待っています。

両手を組んだ上に顎を乗せて私の顔を見ながら、私とお喋りするのを待ってくれているんです。

夜はまだまだこれから。

二人っきりの時間は朝まで終わりません。

だから、早く彼女を抱きしめたいという逸る気持ちを抑えて、彼女の期待に応えなくてはいけないと私は考えます。

 

「えぇっと、そうですね……たとえば!」

 

 

 

 そこで私はとっても悲しくなりました。

頭の中に聞こえてきた声が私を諌めるんです。

逸り過ぎだ、と。

焦るな、と。

こんなにこんなにナギサ様と、私のことをこんなにも一生懸命に考えて下さるただ一人のお方と、触れ合いたい。

ただその一心なのに。

 

「……どうかしましたか?」

 

「いいえ。別に問題ありません。ただちょっと、()()()()って」

 

「酷い……?」

 

 酷いんです。

お話したいだけなのに。

舌を動かして、指で奏でて、唇を震わせる。

ただそれだけなのに、頭の中で小さく騒つく言葉は私の行いを駄目だよって言ってくる。

こんなにこんなに切ないのに。

こんなにこんなに私は頑張ってるのに。

 

「はいっ!折角こうして夜遅くにみんなの目を盗んで遊びに来ただけなのに、みぃんな意地悪するんです!……私、悲しくなっちゃいます」

 

「……そう、ですか。でしたらお茶なんて如何です?温かい物を飲めば少しは落ち着くというもの」

 

 ナギサ様がお茶に誘ってくれました。

なんて素敵な言葉でしょう。

テーブルを挟んで向かい合わせて。

互いに宴を愉しむなんてそれはとっても素敵な事。

私が世界で一番好きな事です。

 

「……ですが、ごめんなさい。どうして明け方までに仕上げなくてはいけない書類があって手が離せません。よければ、お茶を淹れてきてはくださいませんか?」

 

「あはは……お安いご用です!でもナギサ様」

 

一歩を、踏み出される前に静かにナギサは告げた。

 

「ありがとうございます。ではそうですね……セイロンを。夜も遅いですし、()()()()()()()()()()()()ね」

 

「……はいっ!お任せ下さい!」

 

「あっ!ナギサ様!そうです!知っておられますか?」

「……何をでしょう?」

 

でも私はナギサ様と話がしたいです。

今、したいです。

今、させて下さい。

どんな事を話しましょう。

どんな事を話せばナギサ様は私の声に耳を傾けてくれるでしょう。

 

アーチャーの事でしょうか。

嫌ですね、私はあの人が嫌いです。

ランサーの事でしょうか。

残念、私は見つけられません。

ライダーの事でしょうか。

それこそまさか、ナギサ様だってつまらないと顔を顰めてしまいます。

キャスターの事でしょうか。

いいえ、今更過ぎるでしょう。

アサシンの事でしょうか。

どうでしょう、あんな大人の話なんて勿体無い。

バーサーカーの事でしょうか。

駄目です、実りの欠片もありません。

箭吹シュロの事でしょうか。

嫌でしょう、茶会に鼠をするなんて。

 

それともそれとも、セイバーの?

いいえいいえ、全くもって意味がない。

 

だったら残るお話は。

ナギサ様の興味を引く話題は。

 

 

 

「……実は私達の陣営に内通者がいるみたいなんです」

 

 

 

 声を潜ませながらそっと告げたのは内通者の、いいえ。

()()()()について。

そうなんです、実はそれを私はお伝えしに来たんです。

羽目を外すように壊れた自分をひた隠して、拭いきれない健気さを滲ませて、私は夜のトリニティまで駆け込んだんです。

だって誰にも言えませんから。

だってこんな話はナギサ様にしか話せませんから。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……それは一体?」

 

やりました!

ナギサ様もまだ知らなかった情報を教えられました。

困惑一杯という顔です。

梯子を外されて困っています。

お助けしなきゃ!

お守りしなきゃ!

私が幸せにしてあげなきゃ!

そうです、私はお伝えしに来たんです。

 

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏切り者を。

どうしようもない邪悪を。

このキヴォトスにおける本当の悪を。

決して偽る事が出来ない黒幕を。

私はお伝えしに来たんです!

 

 

 





1じゃんね☆
というわけで愛しさ爆発!……でナギサちゃんに会いに来たよって話だったじゃんね☆
全体的に焦がれる乙女ムーブを書きつつ、最後が不穏な感じになっちゃったじゃんね……まぁ、いつものことじゃんね☆ミーカミカミカミカミカミカ

次回投稿は1/18の2:00じゃんね☆多分じゃんね☆

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