阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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また、天に大きなしるしが現れた。
一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。
女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。(『Revelation』12:1-2)



the butterfly emerge

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 青天の霹靂。

あり得てはいけない事実(言葉)がナギサの耳へと届いた。

 

「いま、なんと……?」

 

 呻くような声が出てしまうのを、ナギサは咄嗟に耐える事が出来ないでいた。

当然だろう。

才羽モモイ、そして天童アリスの両名は阿慈谷ヒフミの友人でありこの聖杯戦争における同盟相手。

何より、一番最初にヒフミ達の理想(願い)に賛同を示したマスターなのだから。

 

「はい!何度でも!ミレニアムサイエンススクールの才羽モモイは!」

 

 だからこそなのだ。

だからこそ、ナギサは言葉を失ったのだ。

 

 

 

「初めから同盟を組むつもりなんてありませんでした!」

 

 

 

ヒフミから話は聞いていたのだ。

まだ直接話こそしていないが、それでもヒフミの口振りから良き友人である事を。

 

「才羽モモイの目的は全マスターへの勝利です!」

 

ヒフミが語っていたのだ。

理解を示して、一緒に同じハッピーエンド(ゴール)を目指してくれる大切な仲間なのだという事を。

 

「だから才羽モモイは最初から全て」

 

ナギサは見てきたのだ。

大喧嘩をした後に、それをはにかみながら語った彼女を。

嬉しそうなその横顔を。

慈しむように同盟を結んだその日の思い出を抱きしめる姿を。

見て、知って、だからこそ。

 

「拒絶反応も他のマスターについての情報も知っていた筈です!」

 

 今目の前で宣告された予想の外にあった事実に。

そして仮にそれが本当だとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに他ならないという事実に。

自分にヒフミが見せてくれた、あの心の底から大事にするようにあの微笑みに泥を塗られたのだという結末に。

ただ、愕然とする他なかった。

 

「ね!ナギサ様!お役に立てましたか?」

 

 そして同時にナギサは考えるのだ。

()()()()()と。

少なくともナギサの耳に届いた情報を()()()()()()()()()()()()()()()()一番あり得ないと考えていた相手が内通者(裏切り者)だった。

これが他の生徒であればまだ理解出来たのだ。

だがモモイ達だけはあり得ない。

それは、そんなチグハグであまりにも杜撰で、そんな絶望的な真じおかしいです

困りました。

ナギサ様の顔色があまり変わってくれません。

まだ他にもお伝えした方がいいでしょうか?

それともお仕事をお手伝いした方がいいでしょうか?

私がすべき次の行動は……やーめたっ!

 

だってだってそうでしょう!

私が何度頼んだって小鳥は五月蝿く囀るばかり。

だったら私がしたいことをしましょう!

 

さあどうしましょう。

どうしちゃいましょう!

くるくると足踏みを。

ばちばちの頭はからっぽで。

きちきちした恋心なんて放り投げて。

さぁ、さぁ舞踏会に参りましょう。

きれいなドレスは用意しました。

どろどろのかぼちゃは煮詰まって。

かたかた揺れる歯車はお洒落です。

さぁ、さぁ、舞踏会に参りましょう。

 

「ナギサ様!ナギサ様!」

 

たのしいたのしい晩餐です。

おいしいおいしいご馳走です。

我慢なんてできません。

だって仕方ないんです。

だから()は───。

 

「次は何をお話ししてあげましょうか!何が聞きたいでしょうか!なんでも教えてあげますよ!どんな事で聞かせてあげますよ!」

 

女はった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女は踊る。

ナギサの座る机まで後一歩届かないその場所で。

弧を描いてスカートを翻す。

 

「アビドス高校の小鳥遊ホシノ?えぇ、勿論!えぇ、よろこんで!小鳥遊ホシノ、嗚呼可哀想に!おぉ、可哀想に!なんて無様(哀れ)な娘でしょうか!だってそうです、そうなんです!これから大事な物はみぃんな死んじゃうんですから!」

 

 阿慈谷ヒフミの声が伸びやかに暗く沈んだ部屋へと響く。

観客はただ一人。

薄暗い部屋という名の舞台に立つのもまた一人。

けれどそんな事は気にならないと、女は両手を広げて私を見ろと全身で表現する。

まるで歌劇と言わんばかりに高らかと歌ってみせる。

金切り声をわざとあげては客席に目線を忍ばせて反応を見る。

愉しいと、悦楽に浸る。

机脇に置かれた洋燈の灯りをスポットライトにして、影より浮かび上がりながら女はナギサへと。

そして世界へと叫ぶのだ。

 

「ずっと客席にいればよかったのに!友達のためだなんて、そぉんな馬鹿な真似をしたばかりに!顔を突っ込んだばかりに!今夜、その翼を手折られ墜落する!余計な真似をしたからだ!出しゃばりめ!」

 

 正にその温度は快楽。

ぐずりと腐敗しガスを吐き出す真っ赤な果実。

女はただ嘲笑うようにして歌う。

今宵を以て退席を願われる桐藤ナギサと小鳥遊ホシノ(憐れな二匹の小鳥)へと。

 

「そのせいでお前の愛した後輩はみぃぃんな嬲られて殺される!百を降らん影に取り込まれて死んでしまう!」

 

 否。

否なのだ。

そんな数では収まらない。

そんな数では終わらない。

そんな数では、最早どうにもならない。

何故なら今宵の犠牲者は、()()()()()()()()()()()()()()

何故なら今宵の侵蝕は始まったばかりなのだから。

何故なら今宵の晩餐に並ぶ仔羊(メインディッシュ)は。

───まだ皿にすら並べられていないのだから。

 

「あんなに必死に顔を真っ赤にして!頑張って頑張ってって応援して!ひふみちゃーん!ひふみちゃーん!って走って会いに行ってっ!あはははははははははははははははははははは!」

 

 唇を耳まで裂いてガリガリと頭を掻きむしってはベージュの髪を血色に染めていく。

眼から溢れる涙は大口を開けて嗤ったが故に溢れて、カーペットへ落ちれば煙と共に孔を開ける。

だらだらと涎を垂らす様はまるで痩せさらばえ飢えた野犬。

なれどその口から見える乱杭歯は最早常のそれとは似ても似つかず。

正しく獣の如き嬌笑を演出する。

 

「お前が呪う相手を助けようだなんて!そんなこと!だぁれも教えてくれない!だぁれも知らないっ!無駄骨咥えた哀れな禿鷹よっ!」

 

 狂乱の空気は政務室を汚していく。

女が何かを口にする度に部屋が、否。

空間が軋む、悲鳴を上げる。

真っ白な壁に嵌め込まれた窓硝子は触れる事なく砕けて散る。

 

「いいですよ!教えますよ!ナギサ様!ねぇ、ナギサ様!聞いてくださいよナギサ様!」

 

隙間から吹き込んだ風は垂れ幕(カーテン)を揺らして二つに引き裂く。

かと思えば垂れ幕を越えて部屋にその足を踏み入れた瞬間に息の根を止めてしまい、澱み続ける空気の一部と化して滞留する。

 

「シャーレの先生!彼なら今頃()()()()()()!あははははははは!」

 

 そう、女が吐き続ける言葉は呪詛。

聞く者の神秘が弱ければただの一音で臓腑の腐敗が始まりかねない致死性の神秘なのだから。

 

「馬鹿な男!鈍間な男!私は先生ぃ?阿呆が!力への理解も信奉も足りない愚図の分際で何を言うかッ!お前なぞ選ばれただけの凡人ッ!先生ぃ?媚び諂うその様は下男か何かの間違いでしょうに!」

 

 現にナギサの顔色は悪い。

無論その理由は呪詛の他にもあるだろう。

だが言い返せない。

次の行動、その機会を窺うので精一杯。

 

「それを分からぬからッ!そんな事も理解せずにあんな気色の悪い化け物共を生徒などと扱ったからッ!だから嚮導者は死んだのだッ!」

 

 その間も女は呪いを吐き続ける。

ひたすらに他者の尊厳を、一片の理解も示す事なく嘲笑する。

誰かが必死に生きて最後まで足掻いたその結末を。

今も懸命に誰かの為と手を伸ばし続ける男の在り方を。

()()()()()と唾を吐く。

 

「そしてまた今宵も同じ……嗚呼、なんと愚かな、なんと愚鈍な……そう」

 

 女の呪詛()は世界を蝕む。

()()()()()()()()

存在という規模だとか、能力の優劣だとか、そんな小さな話ではない。

ただ無条件に、女が存在するその事実こそが。

 

「あの男はまた同じ間違いを繰り返すッ!無策のままにあのライダーに喧嘩を売りに行ったら返り討ち!挙げ句の果てに生徒に守られて死ぬ!生徒を信じるぅ?大人の責ぃ任?馬鹿か!何のための権力か!何のための地位か!なんと無様!なんと愚かか!」

 

確固たる形として。

そして悪意を持ってこの場に、このキヴォトスの地上に現れた事が。

その事実こそが。

 

「あんな男が崇高に至るぅ?片腹痛いわ!余を笑わせるその様はもしや道化か!それならそうと名乗っておれば、まだ生きていただろうに!つくづく貴様らは間抜けよ!なぁ、()()()()()()()!」

 

 

 

───キヴォトスにとってのでしかないのだ。

 

 

 

嗤う、嗤う、嗤う。

くるくる、くるくる、ひとしきり踊って。

 

「さぁさぁ、ナギサ様?」

 

ひとしきり嗤って、女はぴたりとそれをやめて。

 

「他には何が知りたいですか?私が何をしたらお前は喜んでくれますか?」

 

 煉獄に焼かれたように燻んだエメラルドグリーンがナギサをひたと見た。

 

 息を呑む。

呼吸を忘れそうになる。

引き攣るようして空気を吸い込んで、ナギサは立ち上がった。

その手に構えるは愛銃『ロイヤルブレンド』。

茶会の品位を損なう招かざる客人を追い払う為に用意されたそれが、正しくへと向けられていた。

そして指は。

 

 

 

 

 

 

「───言いたい事はそれで終わりですか?」

 

 

 

 

 

 

 

その宣言の後、間髪入れずと引鉄を引き絞り。

鳴り響いた銃声それと共に、政務室という閉鎖された空間は。

 

「……ッ!」

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音であった。

迫撃が鳴り渡った。

歴史あるトリニティ本校舎、その一画。

それも本来のティーパーティが茶会を開く階層から少し離れた場所に、1階部分にあって建物の基礎部分に極めて影響の少ない位置にある《政務室》。

それが今、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……こほっ……支援を、とは言いましたが中々に酷い有様ですね……」

 

 招かざる客人へとロイヤルブレンドより放たれた一発の弾丸。

それが結果としてどうなったかはナギサには分からない。

何故なら、指示をしていたから。

ティーパーティ幹部のうち、夜間執務を担当する生徒がいる政務室から銃声音がした場合にのみ。

 

 

 

───無制限の砲撃許可を。

 

 

 

 その指示は今この瞬間に正しく達成された。

トリニティ総合学園が誇る砲兵科の生徒達による正確無比、そして校舎への影響を最低限に執務室だけを見事に吹き飛ばした砲撃は、ナギサ諸共に外敵への攻撃を達成したのだ。

 

「……死にはしない、とは分かっていてもこれは中々……っ」

 

 トリニティ創立以来の未曾有の事態。

殺し合いへの強制的な参加を強いられた生徒、異なる歴史を歩んだ星から招かれた過去の英雄、そして彼らが持つ宝具という生徒であっても死に至る事が予想できる危険な兵器。

何より、夜間に生徒が襲われる事件すら発生しているのだ。

ならば桐藤ナギサがなんの備えもしない筈がない。

 

何故、態々たった一人で執務をしていたのか。

何故、他の生徒を同時に休憩に行かせるようなシフトを組んでいるのか。

何故、この夏場に『寒い』などと言って行政官を早く退出するよう()()を送ったのか。

 

「まずは……一度この場を離れましょう」

 

 囮なのだ、ナギサは。

ティーパーティの中でも顔役としての地位があり、何よりヒフミと懇意にしている仲。

もしも聖杯戦争の裏で糸を引く人間がいるならば、桐藤ナギサという存在はさぞ目障りだろうと、ナギサ()は想定していた。

だから確実に、対処する為に。

相手を誘い込む為に。

そしてその被害を限りなく減らす為に。

 

「(しかし、本当に襲撃があるとは……()()()この配置にして正解でした)」

 

 ナギサという餌にのみ狙いを定めさせて、そうして誘き寄せられた敵ごと砲撃した上で足止め、その後に包囲撃滅する。

それを狙った作戦だったのだ。

 

「(くっ……少し、でも……ミカさんほどの身体能力があればとこういう時には羨ましくなりますね……)」

 

 無論、危険。

そして奇策。

だが敵の狙いどころか存在すら分からない状況。

ライダー陣営か、それともまた別の存在なのか。

判断する材料が乏しく、なのに生徒達は少しずつ傷ついていく中で、自分一人を餌にすれば釣れる可能性があるというのは博打としては破格だった。

なにより夜間の襲撃であっても、《本校舎に向かっての砲撃》。

そんなわかりやすい危険信号(目安)があれば、無駄な連絡を省いて。

 

「……皆さん、動いてくださいましたか」

 

 連絡が行き渡る。

勧告するように警報が自治区全域で鳴り渡り、予定していた自治区住民や生徒達へ向けた避難誘導指示が始まる。

砲撃が放たれた事は既に虎の子である正義実現委員会本部にも伝わっているだろう。

被害を抑える為とはいえ、一応校舎内にも待機している小隊がいる。

聖杯戦争非常対策会議を開催したその日、つまりヒフミ達との協力関係が結ばれてから3日間。

張り続けた罠は正しく機能したのだ。

 

「(あとは……なんとかこの場から脱出……痛ぅ……っ)」

 

 とはいえ、これだけでサーヴァントと推定される存在を倒せるとは考えていない。

なんの不運か。

このトリニティにおける最大戦力は《今日に限って》、そして《二人揃って》この場に不在。

だからこそ、本来の想定と違ってナギサはこの場を離脱しなくてはいけない。

無論手筈通りならば。

既に離脱支援に動き出している正義実現委員会の特殊部隊の姿も、ナギサの眼からは確認できずともある《筈》だった。

彼女達が来るまでにほんの一分。

瓦礫の山と化した執務室を這い出てスクエアへと歩き出す。

 

 そう、ほんの一瞬、ほんの一分。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

そうすれば、予想される戦力に対しても十分に()()()()()だとナギサ達は判断していた。

だからこそ、歩くがその足取りは重い。

105mm榴弾砲から放たれた砲撃な執務室はもちろん、その一画に甚大な破壊を与えた。

いくらキヴォトスに住まう生徒達が丈夫で、かつ校舎へのダメージを可能な限り下げるよう威力を絞ったとはいえ、室内に叩き込まれた砲弾がもたらした爆風と衝撃はナギサに負担を強いたのだ。

 

「くっ……」

 

衝撃が抜け切らずに目眩が走る。

それでもすぐに支援が来るからと自身の足へと喝を入れてナギサは進む。

囮役を、そしてその策を提案したのは他ならぬナギサからだった。

心配や不安の声はあれど、万全を喫せばと話し合って説き伏せたのもそうだ。

 

「(私だけ、私だけだなんて……!)」

 

 ヒフミ達が戦地にいる。

それも遠く離れたミレニアムの地で戦っている。

生徒達が襲われている。

なのに地位も責任もある自分は安全圏にいる。

それを飲み込む理性も理解もあれど、ナギサは飲み込みたくないと反発する青さも持っていた。

だから今こうして、囮となって傷ついて。

それでもその責を果たさんとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─── 駄目じゃないですか、ナギサ様

 

 

 

 

 

 

 

 

 声がした。

ナギサの背後から声が、したのだ。

 

「もうっ!悪戯が過ぎますよ!そんなんじゃ私ぃ」

 

 予測はしていた。

たかが砲撃数発で沈められるとは端から思っていない。

だがそれでも密室に、しかも自爆まがいまでしての攻撃なのだ。

それなりの足止めにはなると信じていた。

 

「哀しく悲しくて、苦しくて辛くて」

 

 だからこそ、焦りが生まれる。

振り返らず走る、という選択まで頭の中で駆け巡り始める。

だが、正義実現委員会の本隊。

そして救援部隊到着まで、本来の想定ならあと僅か。

 

行儀良く喰って(優しくして)あげられないかもしれませんよ!」

 

 ならば自信のない運動ではなくお喋りを。

焦りを頭の中で怒鳴りつけてでも冷静さを取り戻し、今この瞬間に自分が出来る最大限意味のある行動をナギサは瞬時に計算して。

凡ゆる要素を天秤の皿へと置いて。

その上で己を賭ける博打こそが最もリターンがあると確認してしまって。

 

「(……あと、ほんの少し)」

 

 命を賭けてでも背後にいる女をこの場所に食い止めて、何かしらを利となる物を得る。

そう決意してナギサは振り返り。

 

「───何者、ですか……?」

 

 全身に一切傷を負っていない阿慈谷ヒフミの()()()()()()()を視界に捉えた。

 

「えー!酷いじゃないですかぁ、ナギサ様ぁ。私ですよ、わ、た、し」

 

ぐるりと眼球が彷徨い廻り一回転する。

そんな様を見せつけてからまたナギサは捉えて、振り返ったナギサと目が合った女はにたりと嗤う。

 

「貴方のだぁぁい好きな阿慈谷ヒフミですよ───ってもうバレてますよねぇ」

 

可愛らしさの欠片もなく、だらりと下が唇から沸き出る。

 

「ヤダなぁ!つまんないなぁ!()、そぉぉいうの好きじゃないなぁ」

 

それは嫌なぐらい月の光を浴びて滑りを見せつけてくる。

ぬらりと照る舌は深い密林にいる蛞蝓のように悍ましい生々しさと、退廃的な毒々しさを光に乗せている。

 

「けど、良いですかね?だってだってこんないじらしい頑張り見せてもらいましたし?一応聞いてあげます!()()()()()()()()()()()!」

 

口を開く度にナギサの鼻腔に突き刺さる痛みを幻視させる不快感。

 

「それで?───()()()()()()()?」

 

物が腐った臭いではない。

ただ純然と、血を煮詰めたらそうなるだろう鉄臭さ。

 

「……えぇ。()()()()

 

「わぁ……素敵。じゃあ教えて下さい。()()()()?」

 

「あの子は、ヒフミさんは……貴女のように下卑た態度、人を見下すような態度なんて絶対に取りません」

 

 脳に細かい罅を入れられるような錯覚すら覚える不快感は喉奥から濁流となって噴き出しそうになる。

それを理性で押さえつけて、ナギサは毅然としたまま告げる。

お前のその腐った性根で阿慈谷ヒフミを、自分が愛する友を一分たりでも真似ができるものかと。

 

「ヒフミさんは誰であっても敬意を抱く人」

 

 桐藤ナギサは間違いなく彼女に愛を向けている。

それは親愛であり、ヒフミがそうするようにナギサもまた敬愛を向けていた。

 

「人の良いところを見つけられる人」

 

 誰とでも仲良く、それこそ立場の違いなんて飛び越えて、誰かを傷つけるなんてことをしたがらない真っ直ぐで楚々として、優しいその在り方に。

交友を持っていたからこそ、ある種の憧れすら抱くほどに。

桐藤ナギサにとって阿慈谷ヒフミという存在は大きい。

 だからこそ、間違えるなんて事は起きない。

 

「それが彼女の美徳。野に佇む小さな花のような素朴な自然の美しさ。貴女が欠片も持ち合わせていないそれがヒフミさんの良さです」

 

 そう最初から。

最初から桐藤ナギサは分かっていた。

違和感を覚えていたのだ。

 

『あはは……遊びに来ちゃいました』

 

まずその笑顔に、自分を気遣うでもなく押し掛けながら悪びれもしないその姿に。

 

『あはは……実はちょっとこちらに遊びに来ちゃったっていうのもあるんですけど、急用が出来まして』

 

ヒフミがアポもなしに、しかもこんな夜更けに来訪する状況に。

 

『なんと!会いたかったからでした!ナギサ様に!』

 

ぶりっ子のように態とらしい可愛らしさを演出するその気色悪さに。

 

『あはは……私はそんなの、全然気にしませんよ』

 

デリカシーの欠片もないどころか、嫌だと言っても強く言われなければ言い訳を続けて一言も謝らないその態度に。

 

『……はいっ!お任せ下さい!』

 

セイロンという茶葉の蒸らし時間はとてもじゃないがすぐに用意できる物である事を知らない、気づかない知識に。

 

『あはは……()()()()()()()!良いですよ!いっぱい見てください、ナギサ様!』

 

何より、どんなに言葉をなぞそらうとしても腐った腑から漂ってくる傲慢な態度に。

 

 そんな腐り果てた性根が透けて見える雑な演技を見せつけられて、桐藤ナギサが気づかない筈がない。

だからナギサは女に対して、阿慈谷ヒフミの顔や体の形状が一致していることは認識しても。

ただの一度だって、女に対して『ヒフミさん』とその名前で呼ぶ事はなかった。

 

 そうして自分の演技を見透かされた女は。

阿慈谷ヒフミの形をしたまま、けれど絶対に彼女がしない表情を。

嘲笑うという笑顔を。

 

「───けひっ

 

耳まで裂いた唇より更に深く、内部の赤までよく見えるように釣り上げて作ってみせた。

 

「なぁんだ、なんだ!そうだったか!余はとんだ道化を演じてしまったという事か!」

 

「……拙い演技はお仕舞いですか?」

 

 奥歯を噛み締めるようにして油断なく愛銃を突きつけながら女の返答をナギサは待つ。

目の前の存在が、最早真っ当な生徒だなんて甘い幻想(考え)はとうに捨てている。

恐らくは、ヒフミ達が契約しているサーヴァントかそれに準ずる存在だと確信めいた物を抱きながらナギサはその正体が明かされるのをこの目で確かに捉えんと睨みつける。

 

「うむ。そうですね、とってもええ、気持ちいいぐらいに。頭を掻きむしりたくなる程に」

 

 女もまた、うっとりと微笑む。

眦をひくつかせて、頬を緩めて、眼球を血張らせて、舌をだらしなく垂らして、荒い吐息をして、肩を震わせて、髪を振って。

そうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─── 余は満足したぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女はずるりと、()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナギサが悲鳴を上げなかったのは、その精神力の賜物だろうか。

 

「……ッ!」

 

それとも込み上げる吐気を抑えるのに必死だったからか。

少なくともそれはわからない。

 

「……ぅ……ぷ……っ」

 

だが、どちらにせよ間違いなく《悲劇ではあっただろう》。

何故ならここで悲鳴を上げて気絶でもしていれば、少なくともこのあと苦しむ事はなかったのだから。

 

 嵐の中にいる胸中をそれでも必死に律して。

けれど立ち尽くすしか他ないナギサの眼前。

先ほどまで女が確かにいた場所には。

 

 

 

 

 

 

─── い華が、咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 女の肉体を突き破って出てきたのは無数の腕。

腕に、脚に、胸に、腹に、顔面に。

皮を引きちぎりながら新たな腕が幾本も生えてきては、もがくように蠢く。

そうしてまたその腕から、押し退けるように骨を砕いて、肉を潰して、皮を剥いでは新たな腕が生まれて一つの肉塊となっていく。

何重にも生えた腕の花弁は、互いが共喰いでもするようにそれぞれの肉を引きちぎり、骨を掠め取り、皮を互いに奪い合う。

肉塊から取り出した内臓を一つずつ掲げながら、心臓を粘土細工のように丸めていきながら、奪い取った骨で脳に皺を刻み直しながら。

唾棄すべき夜宴(サバト)をキヴォトスに刻む。

人一人では到底収まり切らない肉と血を臓物を、ぐちゃぐちゃになった鞄を広げるようにして散らかしながら赤く赤く世界を悍ましい物へと染めていく。

 

 その果てに。

長く、惨たらしい変態を終えた肉塊は蕾が開くように力無く腕を地面へと倒しては広げていく。

それは正しく開花。

否、羽化であろ。

緋色の蕾。

瀉血の蛹。

洛陽よりも濃き血染めの華。

 

「ふむ……いと久しくというのも、ちと違うが」

 

 開かれた()の中央にいたのは、やはりであった。

 

「まあ、良いであろう」

 

 だが、先ほどの阿慈谷ヒフミと同じ形をしていたソレとはまるで違う。

静かに血に染まったドレスを翻して艶然と其処に立っている。

小柄な体格に見合わない色香は退廃を誘う。

自身の血に濡れた金の髪はいやらしく光り輝いている。

 

「ヴィーナスだったか?なるほど、なるほど。これまた元人間風情の記録如きが随分と驕るではないかと思ったが……中々どうして()()()()

 

真紅のドレスからは未だ止まらない雫がこぼれては白亜の路面を濡らす。

 

「どれ?貴様もそう思うであろう?」

 

 あどけない顔立ちには絶対の自信、そして美しい唇には蠱惑的な微笑み。

絶世の美女が其処にいた。

 

「……それが貴女の顔、正体……ですか。ならっ」

 

 その光景を静かに見届けひっくり返りそうになる胃を必死に抑えつけたナギサは、大きく開くことの出来ない口からそれでも声を絞り出した。

 

「改めて───通告をっ」

 

 常の覇気はない。

だがそれでも焦りを隠し、恐怖を隠す。

狂気に呑まれそうになりながらも、泣き叫びそうになりながらも。

 

『ごめん、なさ、い……なぎ、さ、さまぁ……』

 

 奥歯をぎりりと噛んでは堪えて見せる。

あの時大粒の雫をはらはら溢すほど、心の限界まで必死に戦っていた彼女の泣き顔を思い出して、こんなところで自分が負けていられるかと奮起する。

 

「名を……名乗りなさい、下郎。土足でこのトリニティに、ティーパーティに踏み込んだのです。せめて手土産の一つぐらいは準備したら如何ですか?」

 

 故にナギサはティーパーティの長として問うた。

それは正しくトリニティの頂点に立つ少女として余りにも完璧な態度、完全な対応。

恐怖と狂気に呑まれかけるその手前で、矜持と誇りを胸にナギサは膝をつかずに立ち続けてみせたのだ。

まさに、フィリウスの盟主の呼び名に違いない姿であった。

 

「……ふむ」

 

 だがナギサは知らない。

知るはずもない。

 

「手土産……手土産か。そうさな」

 

底知れない邪悪とは。

 

「どれを貴様が好むか余にはさっぱりだ」

 

奈落の奥底で人々が抱える悪意とは。

 

「故に、そう故にだ」

 

脳髄を蝕む恐怖とは。

 

「お前が()()()物にしてやる、つまりな」

 

目の前の女を指すのだと。

 

 

 

「───こういうのはどうだ?

 

 

 

一言、そう呟いて、女は自身の頬に指を突き立てると、そのまま()()()()()

皮膚を貫いた指先が肉片と、白い歯を飛び散らせながらぐるぐると廻る。

 

「……っ」

 

 それを見てナギサは何を、しているとは今更問わない。

先ほどまでの変態を見届けている。

それに戸惑うことはあれど、どんな物を見せられようが問題ない。

 

 そう信じて疑わなかったのだ。

次の瞬間を、見届けるまでは。

 

 

 

「……うそ」

 

 

 

 それは容易に想像できても良かった。

 

「んっ?違ったか?……ならこれはどうだ」

 

幾らなんでも遅すぎると。

砲撃を放ってから今までこれだけサイレンを鳴らしているというのに誰も駆けつけないという事実に。

校舎内に部隊を配備していたというのに、目の前の女はその内側から侵入していた事実に。

 

「むむっ!こやつは……ああ、庇い立てなぞしたつまらん娘だったな」

 

ナギサの目の前で、つい先刻前に仮眠室へと戻った行政官の少女。

言ったいたではないか、その彼女と()()()()()と。

 

「うむ!これが良かろう!この者は特に余も気に入ったのだ!」

 

ならばそう、そういう事はあり得るのだ。

 

「どうであろう?さぞ驚いただろう、ん?先ほどの阿慈谷ヒフミのそれはスキルであった故な。どうしてもネロ・クラウディウスの演技に左右されるが……だが!こちらは違うぞ!」

 

少女がいた。

つい先ほどまで見たその顔が前にいる。

絶世の美女を顔面を掻き混ぜるという不可解な現象の後に、顔が、姿が、頁を捲るように何度も変化して。

その最後に。

 

 

 

『そんなっ!ナギサ様、私共は……私共のことなぞお気になさらないで下さい。それよりも御身のことが一番です』

 

 

 

少し前に執務室から退席した筈の少女の顔が、少女の姿がナギサの前にはあった。

 

「まさか……あの時から……!」

 

 そう言ってナギサが踏鞴を踏むのは仕方ないだろう。

またもや競り上がりそうになる気配を胃から感じるのは、他でもない。

目の前の顔と同じ少女が用意した夜食を食べてしまっていたから。

ならば、毒かと頭の中で幾つもの()()が通り過ぎた。

 

「いいや違う」

 

 だが、ナギサの考えた最悪は。

 

「言ったであろう?先ほどはスキルだったと。これはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─── 余が()()()女の顔だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐにその最悪を塗り潰す最低な現実を脳に叩きつけられた。

 

 

 





1じゃんね☆
続きはまた明日、もうちょいナギサちゃんには頑張ってもらうじゃんね☆

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