……やっぱり可笑しい。
通信記録に不備が
……やられたわ。
コユキ、急いでリストアップと洗い出しをお願い。
多分このままだと私達は後手に回る事になる……っ。
ええ、そうよ。
信じたくなかったけど、
……ノア?
どうかしたの?
何か監視カメラの映像に……って、本当にどうしたのよ?
顔がなんだか強張って……え?
───モモイが、来た?
学園都市キヴォトスにおいて、その話題は一つの
それもその筈だろう。
生徒は頑強な存在だ。
故に、その事象が発生し、ましてやそれを直視する事態というのは極めて
命ある者にとって決して切っても切り離せない事柄であっても、それでも生徒達にとっては基本的には縁が遠い。
まして、たった今、ナギサが知った
「ぅ……ぁ……ぇ?」
だから、ナギサは自分の身体が無意識にふらついたのを止められない。
口から意味もなく漏れる音を止める術も知らない。
耳に入ってきた情報を、正しく処理する事が
───決して出来なかった。
対する女はそんなナギサのことなぞ気にすることなく、上機嫌に話し出す。
その様子はまるで撃ち落とされた獲物を拾い戻って来た猟犬が、それを自慢するように。
何一つ悪びれることないまま。
けれど唯一猟犬と比べるのも悍ましい、悪性を舌に乗せて女は語り始めた。
「うぅむ。なに、少しばかり歩いておったらな!あの娘、あろうことか余に向かって挨拶の一つもせずに通り過ぎていったのだ!無礼であろう!失礼であろう!まぁ、余はその時、気配遮断のスキルを
嗤う声はなるほど、確かに美しい。
その音は甘く、耳を溶かしてしまうのではと思うほどに。
けれどその音は、人間という生物ではとても理解しきれない悪意だけが乗せられている。
その上機嫌振りとは裏腹に、先ほどまでとなんら変わらず蜜の如き
畢竟、その毒はナギサへと向く。
それは呪い。
聞くだけで精神を冒す猛毒。
「故─── 仕置きをした」
爆破の衝撃で舞い上がっていた砂埃ではなく、いつの間にか夜霧がトリニティ・スクエアを、ナギサ達を包む中で、女はいとも容易く事実を告げる。
あってはならない、邪悪と呼ぶべき事実を。
「しお、き……?」
理解できない、そう言うようにただただナギサは同じ言葉を繰り返す。
桐藤ナギサは明哲な娘だ。
成績だけでなく理解力、論理的な思考。
そして政治に明るいことも踏まえて破格の才を持つのはその立場を見れば明白。
そんなナギサが今、呆けたように口から漏らすのは聞こえてきた音そのままだけ。
無理もない。
最早、女の言葉は常人の思考の外にある。
常識と呼ぶべき倫理観から逸脱した狂人の言の葉を紡がれて、どうしてたった17歳の少女が理解できるだろうか。
「うむ。実に愉快だった!部屋に入ったと思ったら其処はこの皇帝!余の
秘められた神聖たる神秘はあれど、科学全盛のキヴォトスで生まれ育った人間には到底理解の範疇にない言葉の羅列。
故に鸚鵡返しをする他なく、ただ立ち尽くすナギサへと、自らを暴食と呼んだ女は嬉々として語り続ける。
「後はもう語るも不要、間抜けにも自分から
さも恍惚としているとでも言いたげに唇で弧を描いてから、女は声を顰めて喉を震わす。
それは我慢して内緒話でもしている少女のような可憐さを演じながら、どこまでも腐り果てた歓喜に震える声でしかなく。
───
そうして女は、ナギサにだけ打ち明けるようにして密やかにそう呟いた。
「あ……え、は……?」
害した、であればまだ理解できただろう。
嬲った、であれば怒りに打ち震える事ができただろう。
殺した、であればその事実を受け止めるのに必死になりながらそれでも己が務めを果たさんとして、敵を討つ為にナギサは今この瞬間だけでも前を見据えただろう。
だが、違うのだ。
ナギサが耳にしたのはそれらの何れでもなかったのだから。
「最初は理解できんかったようでな、白痴な面で惚けておった物だから、どれ!まず膝から下を喰ってやったのだ!そうしたらどうしたと思う?……くっくっ……」
密やかに語られる内容。
喰った。
胃袋。
消化した。
いずれもまず人間を相手にした際に出る言葉ではない。
人は人を食べない、だからナギサは理解できない。
如何にサーヴァントという存在が超常の存在だと知っていたとしても、目の前の人の皮を被ったバケモノが何を言っているかなぞ、理解どころか予想すら出来ず心が言葉を受け入れられない。
そうして呆けるナギサを前にして、とうとう我慢できないように女は両手を広げながら遂に哄笑をした。
「そうだ!泣いても叫んでも誰も助けに来んというのに必死に喚き続けるのだ!あれは傑作だったぞ!」
どうやって吸収されていったのかを事細かに、少しずつ、丁寧に。
ナギサの心を削り取っては味を確かめるように。
勿体無いからと舌で嬲るように。
女は喋る事をやめはしない。
「ナギササマー!ナギササマー!タスケテー!」
態とらしく身体を震わせながら、道化がするように甲高い裏声でその時の様子を演じてみせる様は滑稽。
だがそれを諌めるべきナギサは口を閉ざしてしまう。
その滑稽な演技の裏側にある事実をありありと想像してしまうから。
「くっくっ……ゲハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
叫んだのだろう。
女が語る内容は既にナギサの理解の範囲を越えてはいる。
だが、囚われた彼女が必死に叫んだ事を。
「無様だったぞ、嗚呼!本当に!この上なく醜く泣き喚きおった!ナギササマー!ナギササマー!なんだ貴様は!凡愚め!
いっそ話を止めてくれと、覚束ない頭の中で誰かの悲鳴をナギサは聞いた気がする。
それが自分の善性と当たり前に持ち合わせていたこの世界の常識と。
そして己の精神からあがった悲鳴だと冷静に分析する事すら出来ないままに。
「そんなことも分からぬ阿呆だから、無礼な真似をして仕置きされてあるというのに!よくもまあ吠えた物よ!」
けれど女は止まらない。
止まるはずがない。
たった今、一人の生徒をこのキヴォトスから消したと悦んで話す女は。
ナギサを気遣い、そして今日までティーパーティを支えてきてくれた部下が死んだのだと言うのだ。
大した理由もないまま悪意に呑まれて食い散らかされたと、他ならないその
「それでな!それでだな!足が消えて、腕が消えて!ない、ない、ないぃぃぃぃぃ!!ないよぉ〜!なくなっちゃったよぉぉ〜!」
「……い」
「……くくっ……あはははは!堪らんではないか!時々幻肢痛を見せてやったり痒みを出してやったりな!そうするとな!無いと自分で言っているだろうに其処を庇うのだ!」
「……さい」
道化師のように大振りに腕や身体を動かしてはくどくなるほど態とらしく顔を顰めて痛がる演技。
時には、先ほどまで自分を包んでいた
それらを俯くナギサの前で続けながら、思い出したように女はまた手を叩いた。
「あぁ、あれも良かったぞ!なんだと思うぅ?……そう!時間だ!時間を刻んでな、毎回毎回、同じ時間になると少しずつ奪ってやるのだ!一分たつごとに自分の指が消えていくのに気づいた時には身体を埋めて怯えてな!無駄だと言うことを頭で分かっても身体は正直よなぁ!
「……下さいっ」
「それから……うむ。これはとっておきだ。実はな余、別にこれが初めてではなかったのだ。というか、
言葉通り。
とってきおき、なのだろう。
溜めて、溜めて、しっかりとナギサの反応をしゃぶるように待ってから。
「なぁぁぁぁんで、お前の可愛いかわいい
ナギサの希望をまた一つ、手折っていく。
「言わずもがな、余がぜぇぇぇんぶ食べちゃったからだぞ!うむ!実に
「……て、下さいっ」
一人では済まなかった。
今日配備した正義実現委員会から派遣された
そう告げられる。
「それで余の腑にはまだ生きてる者もいたのだが、まぁ余も
「もう……っ !」
ぐちゃり、とまた鈍く生々しい音が鳴る。
女は自分の、否、喰った生徒の顔へと指を突き立てて掻き混ぜる。
そうしてまた自身の顔を
それを何度も、何度も。
ナギサに見せつけるようにして繰り返す。
「だからそう、まだ生き残りが数匹はいたのだ。そやつらとあの娘の心臓!どくどくどくどくぅぅぅぅ!!……動くそれをだなぁ、どうしたと思う?くくっ……ははははははっ!傑作だっだぞ!あの顔は思い出す度絶頂しそうになる!」
「もう……っ!」
「それ、当ててみろ。桐藤ナギサ」
「やめて……!」
そして漸く指を止めた女はまた
だが、ナギサは。
にやにやと自分を慕ってくれた少女の顔で問われても怯えたように蹈鞴を踏んで後退る事しか出来ない。
「皮を剥いで乳を抉って、そうして丸出しになった全員の心の臓をな」
何も考えたくない。
何も答えたくない。
答えるなんて、自分の中で出てしまった想像を口に出すなんて事は。
拷問を受けて、少女がどうなったかだなんて事を自らの口で語ってしまうなんて事は。
それでもまだナギサの中で辛うじて残っている、これは現実じゃないと言い聞かせる心の逃げ道すら塞ぐ事になるから。
けれど、ナギサは知るだろう。
「目の前で別々に入れ替えてやったのだ!」
そんな逃げ道なんて、
「やめてぇぇぇぇ───ッッ!!」
最早ナギサから出せる答えは、引き鉄を引く事だけだった。
放たれるのは九発の狂気。
耳を塞ぐ事すら忘れて、目の前の女の口を塞ぐ事しか考えられなくなって。
放たれた弾丸は正しく女の身体にめり込んだ。
そう、ただの一発も外れる事はなく。
「な҈̷ん҈だ҉、҉存҉外̷̷貴̶様̵も̷鈍҈い̷で̴は҈な̷̶い̴̶か̶?̴」
9mmの怯懦は女の身体を貫き穿っては、その鉛を牙のように柔肌へと突き立てた。
見事な腕前、とは言えない。
距離が近かったこと、そして女が
ナギサは見てしまう。
どうして自分が放った弾丸が全て綺麗に女の体内へと収まったのか、その理由を。
硝煙を燻らせる銃口を向けたまま、けれどその身に奔る怖気から震えて狙いが定まらない様子で。
「言͔͇͍̬̗̋́͛͗̀͊̉́̔っ̲͇̝͖̿͐͊̄̌た̖͉̩͖̗̘͕͉͙̤̑͑̏̒̍̑̐̒̒で͓͈͎̫̐̈̆̆͂͒́あ͎̮͍̫̭͙̂̉̉̿͑̆̾ろ̫͕̬̲̪̟̦̠̒͋̿͆̓̚う̭͇̩͎̟̤͇̲͙̘̮̖̇͋͑͑̒͂?̖̣͚̥̩̫͌̾̽͌̀̽̄̒̀͌あ͓̟͙̘̫̲͇̐̂̏̂̒̆́̈̂́̂ͅͅま̣̮̪̦͚͍̪͓̘̝͑̇́͋͗̑り̬͖͎͈̮̰̱̫͎̞̈́̋͆̎̽͊̐́͗̃̓児̰̭̖̗͈͕͎̂́̀͌͆̈́̈戯̫̩̪̬̲̆̑͐̃͂̒͑̚が͖̣͚͙̱͕͉̤̱̝̤̃͛͂̊̉́͐ͅ過̫̮̘͉̙͇͎̙͕̀͊̇̀̇́̒̚ͅぎ̞̩̰̗͒̊̾̉̽́̽͒る̖͓͔̙͍̱̲͖̥̐̅̐̎͐̒̂͒̄̌の͍̪͚̖̞͈̗̳̃̽́̓̒̂̾͗な̦̪͓̠̠̝͚̤͎̖͇̙̓͌̈̇̅͊͋̉̑͊͐ら̟͇͚̬̠̫͓̖̥͆͋̃͗̈」
女の言葉を、動きを、見守る他ない。
「───
鈍い音がする。
けれどそれは、人が地面に倒れ伏した音などではない。
決して凶弾に撃たれて力無く崩れる音などではない。
もっとずっと生々しく響く、不快で生理的な不協和音。
「ひ……っ!」
即ち───血の滴る肉を掻き分ける音だ。
「やれやれ、人がまだ話しているというのに。なんだ、桐藤ナギサ。お前の皮と面は美しいからそれに免じて
頭蓋骨に中指と親指を突き刺し、ほじくり返しながら女は目当ての物を見つけるとそれを器用に摘んで取り出す。
摘み出した9mmの殺意をしげしげと眺めてから女はつまらなそうに言った。
「うむ、貴様にも仕置きが必要だな」
そうして女は、今度は指を使わずに顔面を元のそれに戻してから。
「時に桐藤ナギサ、余は活け造りにも興味があってな」
いつの間にかその手に握っていた
セイバーを除いたサーヴァント達と同じ世界の者であれば知るやも分からぬその宝剣。
銘を───隕鉄の火『原初の鞴』。
常であれば担い手にして作り手である主人の霊基に併せて色を変質させる剣、その贋作は。
「……や、やだ……やだ」
なんの罪もない少女を狩りたてる処刑刀の役目を嬉々として受け入れて常のそれよりずっと深く、赤く、血色に染まる。
「なに、実を言うとだな。そもそも
気丈なナギサの口から漏れ出した幼いまでに情けない小さな悲鳴を無理もない。
刃物を向けられたのだ。
細く、鋭利で、自身を確実に殺害できる得物を堂々と見せつけられたのだ。
おまけにそれは女の身の丈に僅かに届かない程度、それほどに巨大な刀剣であった。
銃とは違う、前時代的な遺物であり異物。
だからこそ理解できる。
それが向けられた今、そしてこれからどうなるのかがナギサの脳裏に焼き付いて離れてくれない。
悲鳴をあげたナギサは、尻餅をつくようにして倒れ込む。
何かに挫いたのではない。
単純に血の気が引いて、足に力が入らない。
恐怖に心を支配された、ただそれだけのこと。
そしてその様子を見て溜飲が下がったように喉を鳴らした女は一歩、前に出た。
「余は随分と人使いが荒い。他の余には楽しげな仕事を任せているというのに余には、この余にはだぞ!ただ桐藤ナギサの様子を見てこいというのだ!」
必死に尻餅をついたまま後ずさろうとするナギサへ向かって、態と大きな足音を鳴らす。
なんて事はない。
ただ苛ついたから怖がらせて反応を見たい、女の行動はそんなつまらない、そして悪意しかない加虐心から来る意図だった。
「理解はできるが納得できるかは別!味見の一つも許さずに、
徐々にヒートアップするように女の語り口は熱を帯びていく。
びしゃびしゃと下品に足元に出来た水溜りを鳴らしながら地団駄をする様は幼い少女のよう。
「無論!余は抗議した!せめて腹を空かせた可哀想な余に晩餐を!とな……その甲斐あって、難しければ腕の一つや二つは食べていいと言われたが。踊り食いはお前に会う前に済ませてしまったのだ。余は何度も同じモノを喰うような痩せた舌では断じてない!」
その水溜りの正体が真っ赤血と溢れて落ちた脳漿でなければ、きっとそう見えた事だろう。
「おまけになんだ!何処のどいつとも知れん小鳥が耳元で囀り出すはすこぉし摘み食いした程度で余は怒られる始末!挙げ句の果てに貴様だ!なんだその態度は!余が折角喋りたかったのを邪魔するとは!余は全て!全てなのだ!全ての余の物なのだ!この世は全て余の食饌に過ぎんというのに!───それをなんだ、お前は邪魔したのだぞ?桐藤ナギサ」
強く、先ほどよりもずっと強く足を鳴らす。
アスファルトを踏み砕かんばかりの勢いで。
それは校舎を揺らし、ナギサの恐怖を煽っていく。脳髄に突き刺さる本能的なそれは被捕食者となったが故。
そう、人は。
「であれば良いだろう?であれば良いであろう?仕方がない、これは仕方がないのだ。だって」
誰も彼も。
本能には勝てないのだ。
腰が引けてしまう。
立ち上がっていた筈なのに、いつの間にか地面を這いつくばっている。
「というわけでだ!余はもう色々疲れたから我慢をやめた!であるからだ!」
今から自分は殺される。
「余は今から貴様を喰うことにする!」
その事実をはっきりと理解した上で、なのにナギサの体は動きはしない。
「おお!そうであった、そうであった!安心するがいい!」
女は気づいたように、声を跳ねさせた。
まるで泣く赤子でもあやすように甘い声をかけながら近づいていく。
けれど必死に這いずりながら遠くへ逃れようとするナギサは女の顔を見ていない。
「痛みはな!痛みはないぞ!そうだ!快楽に変えてやろう!あまり物でちょうど良いのがあるのだ!まずは脳をな!削り取ってそこに!」
見ればきっと分かるだろう。
女が吃るのは何もあやそうとして甘い声を出しているのではない。
「別の脳を入れてやるぞ!そうしたら見よ!味がまた一段と旨味と複雑さを増すのだ!嗚呼そうだ!いい事を思いついた!他にも素晴らしい考えを思いついた!皮だ!皮を張り替える!それもいいな!それもいいぞ!」
堪えきれない食欲と、これから味わう美食を想像して途方もない快楽を味わっている事は、女の顔を見れば分かる筈だった。
「(にげ、なきゃ。にげないと……にげないと……!)」
周囲は霧がより深く掛かっている。
まるで厚いレースカーテンに覆われているように先が見えない。
いつの間にかサイレンすら遠く霞んで聞こえている。
どこに向かえばいいのか、どうすれば助かるのか、ナギサにはまるで分からない。
ましてや、状況はより
「(なんで、なんで!なんで……!)」
動かない。
まるで夢の中にでもいるように足が全く動かない。
それでも必死に身体を動かす。
芋虫のように這ってでも前へ進む。
たかだか5分にすら満たない時間。
後ろから聞こえてくる女の冒涜的な願望に追いかけられながら、全身に汗をかくほど懸命に筋肉を動かす。
冷静に考えればそんな遅々としか進まないナギサは、とうに女の胃袋に収まってもおかしくないという事実に目を背けながら。
「……嗚呼、やはりいいなぁ、お前は。良いぞ、その醜態、その意地汚なさ。実に美しい。実によく実る。嗚呼、余はお前がこのキヴォトスでとびきり好きだぞ」
それは単に気紛れ。
こうした方がもっと美味しい食事にありつけるという自分勝手な欲望の産物。
それによってナギサは生かされているに過ぎない。
「(きっと……きっと助けが……!あと……あと……もう少しだけ……!)」
だから霧が少し薄くなったその先に希望があると信じて、手を伸ばしてしまった。
「……ぁ」
伸ばした指に触れるか否か。
霧が少しだけ晴れた、まるでわざとそうなっているような先にあったのは不自然にぽっかりと開いた孔。
その向こう側に広がる脈動する肉の壁を見てナギサは理解する。
「おぉ!なんと健気な主人だろうか!部下と同じ形で喰って欲しいとは!……うむうむ、良い良い!余はそういうの大好きだ!」
眼前に広がる光景が、自分の部下が見た物と同じだと気づいて、そこでようやくナギサは理解する。
自分がもう、どうしようもなく詰んでしまったということを。
間に合わなかったという気づきたくもなかった真実を。
絶望が胸中を押しつぶすように広がる。
耐えきれず吐き出してしまうも胃液以外は出てこずに、ただただ内臓を痛めるだけ。
どうにか目の前にある絶望から目を逸らそうと俯く。
見るのも耐えきれないから。
だが、視線の先。
背後から重なる出来た二人分の影に、今度こそナギサは甲高い悲鳴をあげた。
「どれ!折角と思ってな!実は臓器だけは全て残してあるのだ!どれが合うか分からないが……まぁ良い!聞けば、現代の娘というのは着せ替え人形で遊ぶのだろう?喜べ!余もそれに倣ってナギサよ、お前の血肉を
いつの間にか、女はナギサまであと一歩の距離まで近づいていた。
歯列が噛み合わず、ナギサは恐怖から壊れたくるみ割り人形のように無為に歯を鳴らす。
「ぁ……や……や、だ……」
だが、女にとってそんなナギサの事なぞどうでも良い。
だから見当違いな事を嬉しげに口遊むだけ。
「恐れるでない。逃げるでない!世界は全て、余の食饌。であれば馳走は黙して待つが良い。そうすれば余の腹は満たされて、余は笑顔になる!おお素晴らしきかな!これぞ、うぃんうぃんだ!」
誰もその間違いは正せない。
たとえ誰がいたとしても止められない。
最早、ナギサにこの窮地を脱す術はその須くが間に合わない。
今、ナギサに出来るのは。
「やだ……や、やだぁ……じに、おぇっ……!」
ただ嗚咽を漏らすだけ。
そしてそれすら女にとっては甘露にしかならない。
明らかに人の口腔内に収まりきるはずのない長さの舌をだらりとぶら下げて、その先端を徐々に徐々にとナギサの瞳へと近づけていく。
「おお、泣くな、泣くな。余が拭ってやろう。喰ってやろう……目玉ごと抉ってしまったのなら、その時はなんだ。うむ!一等大きな悲鳴を聞かせてくれたのならば、幻肢痛を与えるのは5分に1度にしてやろう!」
「やだやだやだ……!じぬの……やだぁ!やべでおぉ……!」
そう、間違いなく。
ナギサにとってここが終わりだった。
「さぁ、余が喰ってやろう。一つにしてやろう。そうして───」
たった一言。
「お前の皮と顔と声で、今度は阿慈谷ヒフミの絶望を焚べてやろう!」
女が自分の目的を声高に叫ぶのを我慢さえしていれば。
気づいた時には弾丸が女の肉を抉っていた。
「───は?」
物も言わせぬ9連射。
へたり込んでいた筈のナギサはいつの間にか顔をあげ、その手に愛銃を構えている。
─── はい、私の帰る場所は……トリニティですから!
そのままなんの澱みもなく滑らかに立ち上がると共にマガジンを交換し、狙いを定めるまでもなく、撃つ。
けたたましく放たれる激昂。
それは。
「……させるわけないでしょう」
あり得ない姿。
恐怖していた。
立ち上がれる筈がなかった。
神秘に対する究極のカウンターである⬛︎⬛︎にして⬛︎⬛︎たる自身の権能がなんの効力も発揮していない。
両手に掴んだ感触のあった絶望が物の見事に消えている。
女には。
何も。
「……私の顔で、声で」
立ち上がり、自分を睨みつける桐藤ナギサから溢れんばかりの輝きが理解できない。
そんなご都合主義はあり得ない。
そんなコデックスは通用する筈がない。
「ヒフミさんを苦しめる?そんな事……そんな事をこれ以上、あの子に……!」
そう、それは間違っていない。
─── はいっ約束です
だからこれはルール通り。
─── それじゃあ、行ってきます
女が言った言葉が、本能に刻まれた恐怖すら呼び起こす
「させるわけがないでしょうが───!」
そう、
「うーん。余はそういうの」
見事な逆転劇に見えはした。
だが現実はいつだって非常なのだから。
たかが気持ち一つでルールを覆した。
なるほど、麗しい友情だ。
「好きじゃないな」
だが、結果は覆されない。
肺の中にあった空気が全て吐き出されたのがナギサには分かった。
女が呟いた次の瞬間には。
「かっ……っ!?」
ナギサは持ち上げられるようにして首を締められ、宙吊りとなっていた。
「そういうのは駄目だぞ!余は余の言う通りにならん物語は気に食わん!そうだ、余が食べたいと言ったのだ!餌であるならきちんと母の元に変えるのが道理であろう?」
「……か……は……っ」
「こら!余が喋っておるのだ!きちんと話すがよい!」
息も吸えないようにしておいてその物草にナギサは場違いにも絶望より呆れが来てしまう。
喉輪を絞められ、窒息をしかけられ。
挙げ句の果てにこの後消化される。
その結末はナギサには結局変えようがなかった。
「良いか!余は喋れと言ったのだ!しゃーべーれー!」
「ぁ……か……ぁ……ぐゔ……っ」
ほんの一分。
たったそれだけ。
それだけしか変わらなかった。
友を思って立ち上がり、銃を撃って、本心から恐怖に打ち勝ってみせた。
それなのに、僅か60秒しか稼げなかった。
そして桐藤ナギサはこの重なってしまった交差点の物語から退場する事になる。
どうあろうとその結末は変わらない。
何を足掻こうが桐藤ナギサに配られたカードではどうにも出来ない。
だが仕方ないのだ。
ハッピーエンドが用意されなかった物語としては、きっとそれは間違いなく正しいのだから。
結局ナギサが出来たのは、たった一分という時間を稼いだだけだった。
友情を想い、恐怖に打ち勝って、立ち上がって。
けれど力が致命的に足らなくて。
憐れにもこの結末に至ってしまった。
だからこそ、そう。
ここから先は。
霧が晴れる。
満天の星と月の柔らかな光が再び世界を満たす。
羽搏くは純白の翼。
それは清廉にして聖なる空気を運び、不気味に辺りを包んでいた霧を吹き飛ばす。
お前達の居場所ではないと宣告するように、月明かりをスポットライトにして現れた少女に怯えるように霧は晴れてトリニティ本来の夜景が戻る。
「ば……かな、何故貴様がここに───!?」
その暴威に気付き、女はナギサの前で自慢するように広げていた臓器を急ぎ仕舞う。
当然だ。
「悪いんだけどさ」
ナギサに見せつける為だけに
それだけの脅威、それだけの力が。
今、ナギサの背後に現れたのだから。
「その手、離してくれない?」
机の下で操作したスマートフォンでの事前連絡。
それに応える為に大事な人を託して走り出した少女。
その背中を押す為に無理して格好つけた一人の大人。
「その子。私の大事な幼馴染で親友、なんだよね」
そして。
「……もう」
ナギサが奮起して手にした1分。
「ほんとにおそいですよぉ!」
それら全ての条件が重なった今。
「───ミカぁっ!」
ここから先の展開は。
間に合った聖園ミカが変えるのだ。
轟音。
渾身一打。
衝撃はまさに一瞬の事だった。
「ァ───ガァッ!?」
女の体が宙に浮く。
だというのに、ナギサの首を掴んでいた
そして女は空気の壁すら突き破りながら再び本校舎へと叩き込まれた。
「……遅いです、
「もーっ!これでもゲヘナから走ってきたの!ちゃんと間に合ったんだから文句言わないでよ!」
何度も咳き込みながら、それでもナギサが吐き出したのはミカへの悪態。
それにまたミカも陽気に返す。
「何があったとかは後でこっちは説明するし、そっちも後ででいいよね?あっ☆かっすかすの声で聞こえないから、ナギちゃん返事しなくていいよー!」
「……もう、ほんとに貴女って人は」
ナギサは掠れる目で自分の窮地を救った幼馴染の姿を見る。
全身に傷を作り、その制服も所々破けている。
明らかにベストコンディションではない。
そしてそれは当然、ナギサも同じ。
そんな彼女達に立ち昇る土煙の向こう側から声は投げかけられる。
「ふむ。シャーレの聖人とライダー攻略のメンバーに宛てがわれたと思っておったが……何故此処に?」
「ぷっ!あははっ!なにそれー!ばっかみたーい!……呼ばれたからに決まってるでしょ、間抜け」
問うた事へ小馬鹿にしながらミカは言う。
呼ばれたのだ、ナギサに。
ヒフミに化けた女が現れた瞬間。
違和感を感じたその瞬間に。
ナギサはミカへと救援の要請を行っていたのだ。
机の下でスマートフォンで連絡を入れるのを女に感じ取られないよう、困った振りをしながらおろおろと辺りを見渡す演技をして。
だからこそ、ナギサの窮地に間に合ったのだ。
「さてと……★」
重厚な音を鳴らしてミカが取り出すのは自身の愛銃。
所々が煤と砂埃を被っているのは、
だが、それがどうしたというのだろう。
───“行ってあげて、ミカ”
───“私は大丈夫だから、安心して”
───“その代わり、ナギサを。私の生徒を”
「おいで、オバサン。今日の私はお姫様じゃなくて」
残響するのは戦友に託した彼からの言葉。
それを胸にミカは胸を張る。
月明かりの下、己こそが主役だと名乗りあげる。
「白馬の王子様ってところかな☆だからもう……っ!」
───“君が守ってあげて”
約束を、そして親友の命を守る為に。
純白の大天使は庇護の翼を広げた。
そしてそれは。
時を同じくして別の場所でも。
同時刻。
アビドス自治区にて。
対するは───アビドス廃校対策委員会。
「随分逃げたじゃん。もーほんとさー、私ってば毎回これだから困るよ。でも」
───ホシノ先輩……!
───もうっ!ほんと遅いんだから!
───うふふ☆ヒーローは遅れて登場!ですねー!
───ん、これで5人揃った。ならもう
暁の鷹隼は地平線に輝ける光を刻む。
同時刻。
ミレニアム自治区にて。
対するは───Cleaning&Clearing。
───やめてユウカちゃん!駄目!逃げて!
───助けて……助けて下さい!
「ったく、つまんねぇ真似してうちの可愛い後輩共泣かせてんじゃねぇよ。こいつらの涙、高いんだぜ?だからよぉ」
荒々しき勝利は報復の軍靴を響かせる。
同時刻。
ゲヘナ自治区にて。
対するは─── 連邦捜査部S.C.H.A.L.E。
───そこの角付き!……先生、任せたから
───すまない、空崎ヒナ。私達はここまでだ
───殿はお任せを。最後まで務めてみせますわ
「先生……平気?」
“ありがとう、ヒナ。問題ないよ”
「……なら良かった。大丈夫。今度は……ううん、もう二度と」
貴き嵐の王は手を取り合って立ち上がる。
同時刻。
トリニティ自治区郊外にて。
対するは───正義実現委員会。
───すまない……ツルギ。後はよろしく頼むよ
───殿を任せます。ご武運を
───ツルギっ!必ず、必ず戻って来て……!
「…… そこの。喋らなくていい。動かなくていい。何もしなくていい。ただ」
漆黒の大天使は己が正義を掲げる。
聖杯戦争開始から9日目。
ティーパーティ最高戦力、聖園ミカ。
キヴォトス最高の神秘、小鳥遊ホシノ。
ミレニアムの切り札、美甘ネル。
ゲヘナの頂点、空崎ヒナ。
トリニティの戦略兵器、剣先ツルギ。
以上5名。
キヴォトス屈指と称される強者が、その戦火を開く。
反撃の狼煙が、今、キヴォトス各地から上がった。
1じゃんね☆
随分お待たせしちゃったけど、反撃開始じゃんね☆
なんか明らかに本スレ版より被害拡大してる理由?
そりゃ1の趣味と設定的にどう考えても傍に誰か控えてないのはおかしいから、その分を調節した結果じゃんね☆
要するに他の部分もはちゃめちゃになるって事じゃんね☆
続きはまた明日……じゃんね☆
それはともかく!セイアちゃん!リオちゃん!実装おめでとうじゃんね☆
もぉぉぉめーちゃめちゃ嬉しいじゃんね☆
本当にめでたいじゃんね☆
リオちゃんのPSが解釈一致過ぎたから早く絆ストーリーも読みたいしデカグラの続きも読みたいじゃんね☆
今日からの新イベも楽しみじゃんね☆
もしまだブルアカプレイしたことないよーって方がいたら是非この機会に!
周年イベント関係でとっても新規さんが始めやすいタイミングじゃんね☆
無料100連も明日からじゃんね☆
楽しみじゃんね☆
こぼれ話、というかPart6スレ見てない人向けへのお話じゃんね☆
今回のイベントはダイスでファンブルしたりの関係で9日目の深夜に発生したじゃんね☆
ただし元々はナギサちゃん用のイベントじゃなかったじゃんね☆
これはウイちゃん、そしてハナコちゃん用のイベントだったじゃんね☆
ハナコちゃんの場合は早めにカウンセリング系の行動を取らなかった場合、一人で離脱してその時にパクッとやられる予定。
ウイちゃんはそもそもこのイベントが発生して退場の予定だったじゃんね☆
……安価の結果、ハナコちゃんへのフォローは間に合って、何故かウイちゃんは古書館を離れて拠点にいるじゃんね☆
なんで????????
それもまた安価の醍醐味じゃんね☆
というわけでナギサちゃんを急遽標的にして始まったイベントじゃんね☆
なんで退場イベントなのに間に合ったか?
ダイス目が良かったのが一つ、とにかく安価関係が奇跡的に噛み合った結果じゃんね☆
そんな偶然と読者様の鋭い推理でなんとかハッピーエンドに向かっている本作は、今回の話でかなりやばい雰囲気になったけど、あらすじに書いてある通りじゃんね☆
なんてたって1はハッピーエンド主義者!だからじゃんね☆
1話ごとの文字数で望ましいのは?
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3000文字〜4000文字
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4000文字〜5000文字
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6000文字〜7000文字
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8000文字〜90000文字
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9000文字〜10000文字
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10000文字〜12000文字
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12000文字〜15000文字
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15000文字以上