起きて……起きてっ!
ねぇ!お願いだから……っ!
私がっ!私が全部悪かったから……っ!
だから───っ!
くるりと、マガジンを装填し直してからミカは銃身を回転させる。
愛銃は心地よい金属音を鳴らして自身の健在を知らせてくれたことに満足しつつ、けれどすぐに顔を顰めた。
「けほっ……あー、いったいなー……」
煙を吸い込んでは少しずつ調子を落としていく喉を確かめつつ、ミカは全身に走る切り傷や火傷を見る。
先ほどの戦い。
間違いなく優勢だったのはミカだ。
刃物を持った相手との初めての戦闘。
ミカはその脅威を理解した上で
膂力は目を引く物がある。
ミカの攻撃をまともに何度も喰らって吠えるだけのタフネスも凄まじい。
速度だって平地でかなりの物。
身体能力はミカをして上出来だろう。
それでもそんな相手とミカが優勢と言い切れるほどに渡り合えたのは、三つ。
節々に垣間見える力任せな剣技の稚拙さ。
自分が知るサーヴァントの実力や脅威に遠く及んでいない事実。
そして、相手の精神状態がミカの
故に、脅威であると考えても負けはしないと判断したのだ。
改めてサーヴァントと呼ばれる彼らを相手にして、十分に自分の力は通用しているという実感を。
「……痛ぅ」
痛みと共に、ミカは理解している。
「(羽根も肌も、お手入れ大変なのになぁ……これじゃあ明日は先生のところ行くの……どうしよう)」
毎日欠かさずケアを丹念にして磨いてきたきめ細やかなシルクの滑らかさと色を魅せるミカの肌。
それは今、痛々しい赤色で化粧されている。
確かにミカは強い。
そして女より確実に優勢な立ち回りを続けてみせた。
その上で、女の剣はミカに届いていた。
動き回り、誤魔化し、何度も会心の一撃を叩き込み続けてもなお。
その度に掠めた剣撃や熱波はミカに小さくない傷を蓄積させ続けていた。
「(まぁ、千切れたりしなかったし。折角だし、奮発してエステとか行ってしっかりケアすればいっかな!)」
幸いキヴォトスの住民の回復能力は勿論、医療技術も高い。
どう見ても縫う必要がありそうな裂傷も、この後、正しく治療すれば痕になることはない。
とはいえ、幾ら治ると言っても、痛い物は痛いのだ。
「(これ、思ったより調子上がんないかも。あっちもなんか変な感じするし……なんだろアレ?こんな言い方したら失礼かもだけど、戦い方がなんか似てる……)」
痛みを自覚すれば、自然と思考が鈍る。
戦闘による高揚、そして背にいる幼馴染を守るという理由。
それによって騙し騙しで動かしてきた身体に、切り傷と火傷による焼けるような鋭い痛みと服の下に残る
本来であれば今すぐ病院の戸を叩くべきだろう。
アドレナリンを途切れないように分泌させながら無理やり酷使するその肉体のコンディションは、短時間の戦闘ならば問題なくとも時間を追うごとに。
そしてその集中が糸を切らしたその瞬間に坂道を転がり落ちはじめかねない。
だが、それはできない。
女が喰らうと言った以上、女が親友を傷つけた以上。
ミカがこの場を退く理由なぞ何処にもありはしない。
「(ナギちゃん……もうちょっと待ってて。必ず仕留めるから)」
その姿勢に一分の隙もなく。
油断の欠片も見当たらない厳しい視線を未だ燻る炎のカーテン、その奥へと向けながらミカは親友を想う。
片手で銃を構えながら、もう片方の手で密かに視線を送る事なく救護騎士団と正義実現委員会への指示を出す。
瓦礫の向こうで今にきっとナギサの救出が行われている。
そう信じて、戦う。
それは奇しくも、あの日の光景によく似ていた。自ら砕いた瓦礫で
幾年も積もり続けた哀しみと絶望に、そして何よりも自身の苦しみにも終止符を打った戦い。
それとは真逆であり、だがその結末は同じ物になるとミカは信じている。
何せ今ミカが立つ戦場はあの時と同じ。
誰かを傷つけるのではなく。
「……思ったよりも回復に手間取る物だな」
「うっわー、元気まんまんってカンジ?」
「当然。余は巨大にして偉大なる皇帝」
守る為の戦いなのだから。
それを自覚した上で、揺らめく熱に焦げる床を踏みしめながら悠然と現れた女を睨みつける。
敵は、万全の姿だった。
「巨木の前で蝿が羽ばたいて何になる。燃ゆる松明に向かって蛾が飛んで何が出来る。分かるか、聖園ミカ。お前がしている事はそういう事よ」
「うっざーい☆」
満身創痍、今のミカを見て百人が百人そう言うだろう。
対する女は違う。
怪我の後なぞ何処にも見当たらない。
血に汚れていた髪も爪もまるで生まれたてのような輝きを炎を反射して瞬かせている。
「うーわっ、
自己再生、またはそれに準ずる能力。
軽快にトラッシュトークを叩くミカの脳裏に思い浮かぶのは、とある少女の姿。
正義実現委員会委員長、剣先ツルギ。
彼女の類稀な身体能力は、筋力だけでなく脅威的な自己治癒能力までの備えている。
その肉体は重傷を負ったとしても僅か小一時間ほどの急速で完治するほど。
「(けど……多分、それじゃない)」
だが、
ミカは直感的に彼女の回復力と、目の前の女が生まれ変わったように傷一つない姿をしている理由は全く別物だと考える。
理論や理屈に基づいた物ではないが、果たしてそれは正しかった。
正しかったが故に、その前進に走る
「……つくづく、人を不快にさせるのが上手い娘だ。さぞ、気の置けぬ者が周りにおらぬ人生だろうよ」
「えー☆知らないんだ?……人間って、付き合える人間の数に限りがあるんだけ……あっ!知らないよね!だって如何にも教養とかなさそうな感じだし!」
「よく回る口だ……余の手で塞いでやるのが今から楽しみでならん」
「残念!私の唇は先約済みだから☆」
ミカの軽口に返事はなく、ただ業火がうねる。
それは空気を呑みながら夜空へと手を伸ばしながら怨嗟の声をあげている。
「さて、第二ラウンドだ。余も、というよりも桐藤ナギサも時間がないだろう。今、この場を退くというのなら、そうさな。お前を喰らうのは明朝まで待ってやるぞ。ん?どうだ?」
「あはは★───お断りだよ、おばさん」
「ふむ、そうか……やはりお前は駄目だな。この場での最善を理解しておらん」
澱んだ翡翠の瞳は泥沼にでも浸けたように鈍く光る。
煌めく生命の輝き、などでは決してない。
爛々とした嗜虐の悦。
他者の生命を奪う歓びに浸る悪性の泥濘だ。
それにミカもまた、最大限の警戒を敷きつつ次の動きに備える。
「惚けた面だ。実に間抜けな顔よ。いいぞ、余の理を理解しておらん無様な小娘に相応しい顔だ。だが良い、赦そう。無知な臣民に手本を示すのもまた皇帝たる余の勤め。故、余が手ずから教えてやろう」
ミカは敢えて、緊張を高める。
冷えた思考はそのままに、心拍数が跳ね上がっていくのを抑えたりせず、身を任せる。
これからまだ戦う、まだ頑張るんだと脳に言い聞かせていく。
「それはな、余の晩餐を」
銃身を握りしめる。
相手が一歩ずつ近づく。
それに合わせてミカの右手に力が籠る。
一歩、また一歩。
焦れるように互いの間合いは詰まっていく。
相手の意図を理解したミカはそれに乗るか、それとも別の形を取るかを、先生ならどうするかを考えて。
「余の、
そうして決断したその次の瞬間に。
「───其処を退く事だ」
開戦は───今。
暴食のセイバーを名乗る女の意図。
そしてそれに敢えて乗ることを選んだミカ。
二人の戦闘は先ほどとは打って変わってのインファイトから始まった。
だが、結果は先ほどまでとは。
「こんのっ……!」
やや、風向きが変わっていた。
「(それでもやはり、⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の動きについてくるか。聖園ミカ……厄介な娘よ)
自身の剣技に確実に対処しながらごく至近距離で銃声を掻き鳴らす少女に、暴食のセイバーは苦く思う。
ミカが判断したように、ミカの身体能力は暴食のセイバーをしても驚愕するほどの物。
それは女にとって予定していた物を遥かに凌駕する。
だからこそ仕切り直した際に使用した。
生身のたかが子供に使う、その屈辱を受け入れて。
先ほどまでは悉く発動の隙を潰された『皇帝特権(⬛︎)』の使用。
今回の場合───剣術の獲得。
先ほどまでの状況で優勢だった理由の一つ、女の剣技が拙いという物が今回は初めから潰されていた。
たかが一つスキルを発動しただけ。
それは小さくとも、だが確実に事を女にとって都合の良い流れへと持っていく。
「(シャーレの聖人さえいなければ、生徒なぞ物の数にもならん……そう思っておったが。これはゲヘナに向かった余もまずいか?いや)」
炎を翻す剣の一閃。
畳み掛けるような乱撃。
隙を縫う刺突。
先ほどまでとは比べ物にならない精度で剣閃はミカへと襲いかかる。
それらを銃床で搗ち上げる。
銃撃で弾幕を作り応戦する。
羽根を散らしながら翼の表面で去なす。
一進一退、だが僅かに。
「いっ……痛ぅ……っ!」
軍配は確かに暴食のセイバーへと上がる。
攻撃の交差が積み重なる度に、ミカの肉体にダメージと疲労が蓄積されていく。
果たして万全の状態であれば如何だったか。
もしもなぞ、語るべくもないが、それでも恐らくは結果は変わらないだろう。
そもそも暴食のセイバーにとってその
どう足掻いても、戦闘が長引けば長引くほどにミカ側はジリ貧となるのだ。
「(問題あるまい。そうさせない為にライダーを、憤怒を送ったのだ)」
そうして明らかに均衡に傾きが、ミカの動きに翳りが生まれれば、女の思考にも余裕が出来る。
これでまた一つ、ミカの優勢だった理由が潰れた。
ミカからの挑発。
魔力を使っての戦闘に想定以上の戦力との激突。
桐藤ナギサを食せない可能性。
「……けひひっ」
先ほどまでは焦る要因に踊らされ、序盤からペースを崩された。
間違いなくミカが戦況を握っていた。
それを仕切り直した事で、女は己の優位性を取り戻したのだ。
「どうしたというのだ!軽口が聞こえぬではないか!」
「……うるっさい、なぁッ!」
蹴撃。
当然、荒いその一撃は容易に躱される。
「知ってるッ……ってのぉッ!」
無論、ミカもそれは承知。
躱され隙をつくるならば二の矢は備えているという物だ。
蹴りに合わせてさらに銃撃。
けたたましい咆哮はマガジンを撃ち切る覚悟。
だが、それすらも大剣の刀身で弾かれ、斬り飛ばされる。
それを見て、肩で息をしながら、スタミナが切れ出した自身の身体に喝を入れるミカの口元が苦々しげに歪む。
「(私を狙ってきてくれたらいくらでもやりようはあるのに……この女……!)」
そう、先ほどまでの魔力に暴力的な面制圧から一点。
白兵戦を中心にした戦い方に組み替えてきた女にミカは頭を悩ませる。
それが今展開されている至近距離での消耗戦。
ミカという存在を、それこそ小蝿でも払うように乱暴に攻撃してきた先ほどまでと違う。
確実にミカの動きをじりじりと嬲るような立ち回り。
体力と気力を嫌らしく削る戦い方。
それはなにも剣技だけではない。
「(徹底してナギちゃん狙って……ッ!)」
女は常にナギサの方へと向かおうとする。
時にはミカを置いてまでそちらへの移動を優先する、そんな意図が透ける行動に出る。
無論、フェイント。
だがもしもの可能性は捨てきれない。
だからミカは、それら全ての動きを防ぎに回らなくてはいけなくなる。
自然と後手に回ってしまうのだ。
「(……駄目、落ち着こう。回避するなら後方のナギちゃん掴んで思いっきり後ろに下がるなりしないと……)」
それは戦闘での駆け引き。
常であれば先生の指揮によるフォローがあるだろあ。
ミカ本人も圧倒的なその天賦の才でゴリ押し、より正確には自分の強みのみで相手を押し潰す戦い方を好む。
そんなミカからすれば今の状況はやり難いの一言であり、また経験が薄い部分でもある。
ミカは『後手』に回され続ける事で戦闘のペース、流れが掴めないでいるのだ。
そんな中でも考える事をやめずにいるミカが思うのは回避、否。
「(時間ッ……ないって言うのに!)」
この場からの撤退。
瓦礫の向こう、その優れた聴覚で感じ取るナギサの浅い呼吸音。
時間はもうあまりないことに足先から冷えた絶望が押し寄せてくるのをぐっと我慢してミカは秤に乗せる。
攻めきれない消耗戦。
相手に主導権を握られた立ち回り。
徐々に弱っていくナギサ。
結果、時間が経てば経つほどミカの優位はなくなり、思考の隅で
このままナギサを連れて距離を取り再度仕切り直すか。それとも戦い続けて確実にここで
「(でも……)」
銃撃を繰り返し、矢継ぎ早に残り少なくなり始めた予備のマガジンへと交換をしながらも、ミカの秤は不安と共に揺れる。
親友の命が掛かっている。
その事実がまた重く肩に伸し掛かる。
そして不安だけではない。
直感。
嫌な予感をひしひしと感じていた。
それは正しく戦闘における第六感。
セイアが有する勘ともまた違う物。
その第六感、感ずる気配が、嫌な予想が脳内で囁く。
「(コイツ、まだ隠し球がある気がする……下手な距離稼ぐぐらいならいっそ思い切って遠くまでか、それとも一気に撃ち切るぐらい必要かも)」
そう思案した、その一瞬の事だった。
「───ぁっ」
小さな声。
僅かにミカの身体が蹌踉めく。
疲労の蓄積、それは限界を迎えつつある。
桐藤ナギサが倒れてから既に30分近くが経過しつつある。
瀕死に近づいていくナギサ同様、連戦しているミカもまた、限界が近くなっている。
それ故に軸足としていた左足が僅かに緩み。
「ぁっ……痛ぅぅ……!」
燃え盛る炎の壁。
暴食のセイバーの魔力と隕鉄の鞴が噴き出し、そこから延焼した備品から立ち昇る火に身体をぶつけてしまう。
その姿に、女は喉を鳴らした。
「けひひ……駄目であろう、聖園ミカ。動きの精彩に欠けるではないか。どれ、余が指導してやろう」
「……お生憎様。そういうの、私は間に合ってるから。それとも私が年相応のメイク、教えてあげよっか★」
「くっ……くはっ……強がりを言うなぁ、聖園ミカァッ」
にたりにたりと美しいその造形に似合わぬ気色悪い笑みを浮かべる女へと吐き捨てる。
戦闘中のアクシデント。
自ら炎に触れた事による動揺と痛み。
瞬時に切り替えてもなお、ミカの集中の糸が細く引き延ばされる。
「(……もう、いいや。退こう。これ以上やっても多分上手い事いかない。ナギちゃん連れて思い切って……)」
これ以上はコンディションが整わない。
ミカは自身の秤を傾けた。
そう判断を下し、この場を離脱しようとして。
「なに、遠慮するでない。余が手本を見せてやろう。戦場で人間を壊すというのは」
一瞬、目の前の戦場から意識が外れてしまった。それが間違いだった。
「こうするのだぞ」
その『敏捷』性、その素早さ。
それをどんな風に喩えるべき。少なくとも刹那の隙を生んでしまったミカにその動きは見切れず。
「……く、か……ッ!」
疾走。
後に轟音。
暴食のセイバーは火の粉を散らしたかと思えば、ミカの意識は痛みと驚愕で溢れる。
一瞬で詰められた間合いをそのままに、ミカの顔面をセイバーは左手で掴むと押し倒すようにしてそのままミカの後頭部をコンクリートに叩き込んだ。
「ごァ……痛ッ……ぎぃッ……!」
急激な加速で肺から空気が押し出される。
後頭部に発する痛みで視界に星が散らばる。
その全身に走る激痛がミカに教えるのは逆転されたという事実だった。
「くひ、くひひっ……」
嗤う、嗤う、嗤う。
目の前の生意気な少女が黙りこくったその事実に。あれだけ自分を甚振ってきたというのに結局は敗北した哀れな姿に。
「げぇっははははははははははは───ッッッ!!」
破顔一笑。
堪らないと甘い声に怒声を混ぜた金切り声で狂ったように暴食のセイバーは嗤う。
そうしてまた、ミカの顔面を握り潰さん勢いで掴んだまま地面へと叩き込む。
そしてまた嗤うのだ。
勝った。
勝った。
勝ったのだと。
女は瓦礫の奥で徐々に衰弱しているだろう意識を失った桐藤ナギサにも届くようにと勝鬨をあげる。
その姿はまさしく
人の姿をした化け物に違いなく。
「くひ、ひひひッ。ほれ、どうだ?分かったか?余は優しいからな。分からぬのであれば」
そうして『獣』は未だ意識を失わず、けれど言葉も発せずにいるミカの顔面を鷲掴みにすると。
「余がなぁぁぁんとんどでも、教えてやろう」
壊音。
「ぎぃッ……!」
また床に叩きつける。
「……が、ぁっ……!」
一度、二度、三度。
「……い、……ぁ……ッ!」
その度に轟音が鳴る。
「や……べ……てっ……」
その度に桜色の髪が赤く染まる。
「……っ……ぅあ……」
その度に大理石の破片が背中に突き刺さる。
「……ぅぅ……っ」
その度に聖園ミカの肉体に無視できない痛みが走る。
小さな子が熊のぬいぐるみでも振り回すように。何度も、何度も。
一度や二度では終わらず十を越えても赦しはこない。
ミカの顔を掴んでは床へと叩きつけるを繰り返す。
「……」
何度繰り返しただろうか。
いつしかミカの口から上がる悲鳴は聞こえなくなっていた。
そうなるまでに恐らくは40発。
最早、暴食のセイバーは数える事もミカの息が絶えてしまったかどうかも気にしないままただただ、振り下ろす作業を繰り返して。
何も言わなくなったミカの顔を掴み。
「うむ!余は飽きたぞ!」
そう言ってまた嗤う。
対するミカは何も言わない、何も出来ない。
静かに髪を染めながら伝う赤い雫。
足元に溢れた緋色の水面。
愛銃を掴んだまま生気なくだらりと下がった腕。
幾度も繰り返された攻撃によってボロ切れのようになったティーパーティの制服。
影を落とし生気なく青白く染まった顔。
それは最早、辛うじて人の形を保っているだけの壊れた人形のようであった。
「どれ、メインディッシュの前にはなんでも口直しをするのだとか。そういえばあの娘を食った後にそれをしていなかったな……うむ!よし!余は決めたぞ!」
そんなミカへと上機嫌に暴食のセイバーは唇を吊り上げながら話しかける。
言葉の一つも返って来はしない。
当たり前の話だ。だ
からこれは会話ではなく、宣言でしかない。
「おお!そうであった!肉は叩けば柔らかくなるのだというぞ!うむ!この余が!手ずから叩いてやったのだぞ?きっと少しは貴様の肉も食えんほどではなくなっておるに違いない!」
誰もその凶行を止める者はいない。誰
も聖園ミカは助ける者はいない。
かつて限界を迎え、敗北を受け入れたミカを助けに来た先生は、今この場に来る事は出来ない。
たとえ、他の生徒が間に入ったとしても、並大抵の生徒であればミカを助けるどころか、暴食のセイバーにとって食材が増えるに等しく過ぎない。
「血も抜けておるし丁度いい。桐藤ナギサの前に貴様を頂くとしよう、嗚呼、安心するが良い!余をしかと追い詰めた愚かで醜い頑張り屋さんなお前には褒美もやるぞ!よし、そうだな……うむ!決めたぞ!お前は一つずつ腑分けをしながら食ってやろう!どれ、褒美だからどこから喰って欲しいか余に申してみよ!」
最早セイバーの勝利は誰の目から見ても動かない。
あれほど優勢であった聖園ミカは敗北した。
もしも、体調が万全であれば。
もしも、桐藤ナギサが支援できていれば。
もしも、聖園ミカと同じ実力者がこの場にいれば。
もしもがあればの話は尽きることはない。
何故なら聖園ミカは敗北したのだから。
そうして末期の言葉すら自分の欲望で捻じ曲げんとするセイバーは。
嬉々としてミカの言う言葉を待って。
「……か、じゃ……ね」
弾けては燃える音に混ざって聞こえた微かな声に、その美貌を冒涜するように醜く歪めた。
「ん?なんだ?余が命じてるのだはっきりと申すが良い」
轟音。
手持ち無沙汰とでも言うのか。
再度、喋れと命じながらミカをぐちゃぐちゃに砕け散った白亜の道へと叩き込んでから、暴食のセイバーは再度ミカの顔を掴んで吊り上げる。
そうして早くしろと苛立ちを隠し切れない顔で耳をそば立てたセイバーは。
「……じゃんね」
確かにそれを見て聞いたのだ。
「───銃を取り上げないとか、お前馬鹿じゃん、ね」
ニヤリと嗤う聖園ミカの顔と自らの腹部へと突き立てられた銃口から溢れ出す硝煙と炸裂する嘶きを。
「……は、ぁ……はぁ……ん、ぁ……」
全身に走る痛みにミカは思わず膝をつきながら肩で息をし、無理矢理にでも呼吸を整える。
まだ、戦いの決着は着いていないのだから。
「んっ……くぅ、ぅ……ぁ、つぅ……んっ、ぁ……」
唾を飲み込み、脂汗を無視して、ミカは立ち上がる。
その姿はあまりにも酷い物であった。
髪はべっとりと血で染まっている。
足元には流血によって出来た水溜りがある。
全身の裂傷は流れ出る赤がなければ骨まで届いているだろうと言うほど深々としたもの。
おまけにその美しい白い翼は一部がへし折れたように曲がり、羽根も抜け落ちている。
悲壮、正しくその一言に尽きる。
見えているだけでもそうなのだ。
凄まじい衝撃を与えられ続けたその内部がどうなっているかなぞ、語るべくもない。
「はっ……
だがミカは気にしない、気にならない。
大事な幼馴染を、桐藤ナギサを守る。
大好きな彼からの信用を、先生から託された言葉を守る。
そう、聖園ミカは。
───“君が守ってあげて”
─── ……ありがとう、ミカ
誰かを守るための戦いにおいて。真に信頼を向けられた相手に応える為ならば。
「は、はは……あの……程度、で……わた、しが……負けるとか、そんなのさ……あり得ない、んっ、だから……ッ!」
後頭部から髪を伝って血が滴る。
だからどうした、どうせ治る。
丁寧に手入れして来た爪が剥げて割れた。
だからどうした、またネイルサロンに行くだけ。
額から溢れる血で視界が赤い。
だからどうした、顔を後で洗えば良い。
全身を蝕む切り刻まれた後と火傷の痛みが酷い。
だからどうした、ナギちゃんの方が辛いんだ。
何度も叩きつけられて全身が悲鳴を上げている。
───だから、それが、どうしたのだと言うのだ。
桐藤ナギサが待っている。
桐藤ナギサを守りたい。
一度は自分が壊した関係。
それが今やっとまた、強く結ばれたばかりなのだ。
こんな所で終わるわけにも、終わらせるわけにもいかない。
これから先もナギサとセイアの三人で青春をする。
その為に、誰か一人欠けるなんて。
家族のような親友を喪う事になるなんて。
その絶望に比べれば。
「こんな痛み、ぜーんぜん、大した事ない……☆」
強がりの一つ、言って見せられるのだ。
既に呼吸は整えた。
先ほど応えてくれた物言わぬ筈の愛銃は、唸りをあげて神秘の輝きを静かに湛える。
それはまるで痛めつけられた主人を想う怒りと心配、そして立ち上がった主人に再び応えるようにして。
「……へへっ、さん、きゅっ……☆」
最早、全身の痛みは既に溢れんばかりの神秘と気力で無視される。
焦りはない。
痛みも無視した。
全身の筋肉が戦意を汲んで熱くなる。
聖園ミカ、満身創痍にあってなお。
───今宵、最高のコンディションへと至る。
対する女は腹部に開いた大穴を再生させながら現れる。
その様は醜悪。
肉が蠢き互いを貪り合うように、醜く修復していく姿。
そうして口にするのは特大にして、あまりにも浅ましい恨み言。
「間女が……よくもあれだけ余が寛大な心を見せたというのに無碍にしおって……ッ!……いいだろう。もういい、もういい……!」
爛々と輝きながら何故か底なしに沈んでいくように黒く染まる瞳。
それと同じくして漂う神秘とは異なる世界の呼吸を奪ってしまうような生々しい血肉の気配。
その力の圧力でスクエアで燃え盛っていた炎は消え、いつの間にか静かに降っていた雨が思い出したように地面を濡らし始める。
「もう、やめだ。桐藤ナギサ。出来るなら行儀良く喰ろうてやりたかったが……余はもう面倒だ。分かるか?聖園ミカ。お前だ……お前だ、お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前がァッ!余のォッ!皇帝の邪魔を、するからァッ!」
「知らないよ、ばーか」
「嗚呼あぁぁぁぁあああッッッ!!!……だからそうだ、ぜんぶ、ぜんぶだ。まとめて全て。貴様の所為だ。故に、臓腑の底で余と桐藤ナギサに詫びるがよい。だからそうだっそうだともッ!そぉぉぉするのだとも……ォッ!」
尋常ならざる気配。
爆発的に立ち昇るは延焼する魔力。
ミカは確信を抱く。
これこそが女の隠し球。
ずっと手の内に残していた切り札であると。
だからこそ。
「はッ!……そういう感じね」
ミカもまた、己が神秘を滾らせる。
「Quis ut Deus」、彼女の愛銃もまたその銘の如く。
神秘の受け皿となって主人の敵を撃滅する事に歓喜の讃美歌を歌い上げる。
ぶつかり合う『神秘』と『魔力』に世界が悲鳴をあげる。
だが、それすら今はミカにとって囁きでしかない。
「貴様諸共ぉぉッ───丸呑みだァァッ!!」
ただ集中して。
「いいよ───返り討ちにしてあげる」
己の敵を撃つ。
それだけなのだ。
「ヒトが抱える欲望を見せてやろう……!」
口にするのは背徳の呪詛。
暴食のセイバーに開いた腹部の大穴。
その修復が止まると共に世界に新たな魔術が構築される。
それは異なる世界において魔術の秘奥たる技術の亜種、似て否なる大魔術と定義される奇跡。
それを冒涜的なまでに汚し尽くした小権能、その全貌。
「託された、任された。だから……」
口するのは敬虔なる祈り。
ミカは左の拳を硬く握りしめる。
先生に託された。
ナギサに任された。
そこにあるのは純真無垢で清らかな祈りだけ。
誰かを守る、そう強く自分自身に課す美しく直向きな祈り。
それに神秘は応え輝きを増す。
分厚い雲に覆われた夜空の下で、希望の光は正しい祈りに導かれて今、灯る。
「開宴だ。欲望は裡より溢るる。悦ぶがいい。これこそがお前達の生まれた意味。知り、学び、蓄え、実る。その果てを……!」
暴食のセイバーが切った手札、それは。
「さぁ、噛み締めるのだ。我が、
宝具の真名解放。
一瞬にして世界の上に被せられるように展開される空間の正体は、固有結界と呼ばれる秘奥に似て否なる大魔術。
世界を塗りつぶすように展開される景色は朽ちた黄金劇場。
だが、悪性情報によって変質したそれは、本来は豪奢な筈の劇場からいくつもの肉塊が飛び出し、醜悪な腑その物。
巨大な胃袋がミカも、ナギサも飲み込もうと迫りながら展開される。
「お前なんかに私は負けないッ……!」
だが、それを聖園ミカが許す筈もなし。
清廉な輝きは今、宝具という極大の神秘に対して正しき怒りをぶつける。
───極光、衝突。
果たして、勝者は。
「悪いけど」
その結末は決まっている。
「ば、か……な……」
傷つき苦しめられたお姫様を、白馬の代わりに純白の羽を広げた王子様が助けに来たのだ。
「私、言ったでしょ?もうこれ以上、ナギちゃんに」
ならば当然。
その銘の意味をそのままに。神聖なる輝きは凡ゆる不浄を撃滅する。
故に聖園ミカの勝利。
それ以外の結末など用意される筈がないのだ。
1じゃんね☆
というわけでミカちゃんはHPに少し余裕残して、ナギちゃん元気な時を100として残りHP5の状態で決着じゃんね☆
次からはミカちゃんの戦いの後を書いてから次の戦場へ、じゃんね☆
次誰が戦うのか?
まーだ全然考えてないじゃんね☆ミーカミカミカミカミカミカミカ