おや、驚いた。
……なるほど。
流石と言うべきかな。
随分と因果な話だが、死の神とはよく言ったものだ。
遥か遠き南の神よ、聞こえちゃいやしないだろうけどどうか祝辞を贈らせてほしい。
君の末裔は確かに、役割を果たすようだよ。
朝日が昇ったと錯覚するほどに眩い輝きが沈む。
脆く風化した瓦礫のように結晶の砲台は崩れては、破片を星屑のように砂漠に広げていく。
強欲のアーチャーが放った窮極と呼ぶべき一撃は、故郷と友人を想う少女達によって完膚なきまでに防がれていた。
文句の一つ付けようもなく、アビドスの盾はその背を多くの者に支えられて今宵、その銘の通り役目を果たしたのだ。
湧き上がる歓声を誰が止めようか。
片膝をついて荒々しく肩で息をする対策委員会の面々に駆け寄って救護する者。
他の仲間達に連絡を取る者。
腰が抜けてへたり込む者。
繋がらないと分かっていてもモモトークで大好きな人に無事を知らせようと端末を握りしめる者。
抱きしめあって生き延びた喜びに震える者。
誰も彼もが顔をしわくちゃにしていた。
そんな彼女達に届いたのは一本の連絡。
朗報は避難所の運営、そして自治区住民の避難をシャーレからの要請を受けたハイランダー学園と共に請け負う第九班から。
アビドス全域で確認されていたシャドウサーヴァントと思わしき存在、その
一層に歓声は天高く響く。
アビドス防衛戦。
突発的に発生した、アビドスの長い歴史の中でも屈指の激戦は今確かに幕を下ろしたのだ。
「酷い熱です……すぐにハイランダーの
「感謝しろよー?私らがいなかったら今頃蒸し焼きなってたかもなんだからなー」
「そーだそーだ、かんしゃしろー」
そんな戦いの立役者であり、最前線を兼ね抜けた五人の少女達は正に息も絶え絶えという様子であった。
無理もない。
武勲だけでなく文化的な側面でも人類の歴史大きな影響を齎した極めて稀な英傑の一人。
そんな男が心の底から
ましてやとどめと放ったのは己の霊基すら燃やし尽くす全霊の一撃。
「うへー……班長ちゃんも、双子ちゃん達もありがと……ね」
「あはは、もう……みんなぼろっぼろ、ですね……」
そんな戦いを経て、五体満足で息をしているだけでも勲章物という話だ。
ましてや只人の身で勝利したとなれば、間違いなく此度の戦いは偉業という他なし。
そしてそれは一人では決して成し遂げられる話ではない。
アビドス自治区の住民、誰一人として負傷者はなく、そして市街地も守り切る事ができた。
対策委員会が、正義実現委員会が、ティーパーティが、そしてシャーレとハイランダーが。
多くの者が手を差し伸べて、同じ方向を向いて戦ったからこそ今がある。
「(ほんと……頭上がらないや)」
誰が欠けても勝利には手が届かなかった。
その耳朶を震わす歓声と、
「あれ……シロコ、ちゃん……?」
そんな中、一人。
ふらりと立ち上がった少女がいた。
緩慢とした動きには肩に重しでも載せているようであった。
「ん……ちょっと行ってくる」
ノノミの心配するような声に立ち上がったシロコは、いつものように澄んだ顔を向けて、なんて事のないように言う。
「行ってくるって……どこに……!?」
にわかに周囲の少女達が慌ただしくなった。
シロコの姿を見ればその理由は至極当然であった。
「なにを……シロコ先輩っ!?」
他の少女達と同じように火傷も裂傷も負っている。
盾を支えた肩も外れて、止血こそ駆けつけた生徒達に施されていても重症には違いない。
「ちょっ……っぅ……待ってよ、先輩ッ!先輩、だって……!」
それでもシロコはアヤネ達の静止に耳を向けず前だけを。
「……シロコちゃん」
「……ごめん、ノノミ」
蛍のように淡く光を散らし始めた
「はぁ……という事ですけど、どうしましょうか?ホシノ先輩」
いっそ頑なまでの姿に、懐かしいものすら感じながらノノミは目尻を下げて微笑んだ。
困ったように笑いかける相手もまた、同じ顔をしている。
「うへー……大事な事なの?シロコちゃん」
「ん、大事」
「なら仕方ない、か」
返事は短く。
ホシノは盾を支えに、ノノミはそんな自身の愛銃を頼りに立ち上がる。
「セリカちゃん、アヤネちゃん。悪いけど二人で、もう一踏ん張りしてもらってもいい?」
救護のためにかけつけた少女達が呆気に取られるのも置いて、ホシノは痛みに震える指先で残った弾薬を装填する。
ノノミは、理由を察した一人の少女から予備のマガジンを受け取っている。
「あーもう!好きにしなさいよ!本当にもうっ!もぉぉッ!」
「……ふぅ、帰ったらお説教……ですからね!」
後輩二人も、シロコの意図までは分からずとも先輩達がする行動の意味は理解して立ち上がり、それぞれの準備を始める。
「ん、じゃあ……行ってくるね」
「……いってらっしゃい、シロコちゃん。気をつけてね」
「……きっと大丈夫、だから安心して待ってて」
そうしてシロコは夜の砂漠を歩き出す。
莫大な熱量に晒された事で融解した事により硝子へと変質した砂原を踏み砕く。
小気味良い音は戦いの余韻を攫って、ただ静かに昏く流れていく。
まるでさっきまでの激戦が嘘のように穏やかないつものアビドスの夜。
けれど風に乗って硝煙の香りが鼻を擽っては先程までの時間は夢ではないのだとシロコに教えているようだった。
そんな時間を過ごすように、悼むようにしながらシロコは歩く。
理由は、たった一つ。
「死体の確認か……精が出ることだナ」
崩れた結晶の砲台。
その中心で今まさに目の前で結晶に侵蝕された
「違う」
一言、シロコは返してから男を見下ろす。
戦闘の決着を頭上の高さで決めると言うのなら、見下ろすシロコと地に臥したアーチャー。
二人の姿は間違いなく今回の戦いにおける勝者と敗者を示す図になるだろう。
「……なら勝者らしく敗者の無様な姿を見聞か?」
違うと返すシロコの言葉に溜め息を吐き出しながらアーチャーは左肩を動かす。
だが、その先にあるはずの物が付いてくる事なく崩れてしまった感覚を通じて、顔を顰めた。
第一宝具『
放てば最後、こうなる事は必然だったとはいえ見せて気持ちの良い物でもない。
だから男は苦言をシロコに寄こそうとして。
「あまり良い趣味とは言えんナ。此度は良いが次からはやめておけ。それとも吾からまだ「
「だから見送り。いるでしょ?……なんとなくだけど」
やはり当たり前のように平然とそう告げるシロコの言葉に、アーチャーは時を忘れた。
見下ろすシロコの青空にはただ男の惚けた顔だけが映っている。
シロコ自身、どうして自分が見送りをしているのか。
しなくてはいけないと想うのかも分からないといった様子で、二人して馬鹿みたいに固まってしまう。
「……阿呆が。今更、吾がそんな贅沢言える立場かよ」
「ん……でも」
結局、口から出てきたのは詰まらない文句。
「私がしたい事だから」
だというのにシロコは優しくはにかんだ。
長く戦った戦士を労るように、ただただ優しく、温かく、乾いた砂漠のように爽やかに。
「……小娘め」
男がそれに何を想ったか。
それは誰にも分からない。
ただ、燃滓だった男の奥にある何かに焚べられる物があった。
「貴方と違ってまだまだ若いからね、お爺ちゃん」
「……そうかい」
だから、男は立ち上がった。
支えにせんと力を込めた右腕はまるで陶器のように罅が走るが無視をする。
全身の傷から泥とも血とも言えぬ物が漏れるのを筋肉と魔力で縛り付けて黙らせる。
それは見るも無惨で、実に無様な立ち姿であった。
全身は死に体、片腕はもげ落ちている。
杖代わりにした槍を持つ残った右腕も、深い罅が幾多も走る。
本当にただ棒のように立っているだけ。
とても戦士とは、王とは言えぬ立ち振る舞い。
「黙って聞いてればいい?」
けれどシロコはそれを受け入れる。
この男がやり残した物を精算しようとする今を、後ろから聞こえてきた銃を構える音に手で制しながら、ただ待つ。
「ああ、時間が足りんから質問は受け入れん」
「ん、分かった」
無理矢理、悲鳴を上げる霊基を男は黙らせる。
人体がそうであるように一秒でも長く生きようとする全身の機能を遮断する。
ただ目の前の娘に、見送ると阿呆な事を抜かした小娘の。
その青い目を見て喋る、それだけの為に残り滓のような魔力を全て使い尽くす。
凡ゆる生存の為の機能を、喋る事に費やす。
「
淡々と、口から漏れる血を拭う事もなく男は話し始めた。
「一つは予備システムを起動させる事、もう一つは」
聞き慣れない単語。
だがシロコは言われた通りに黙っている。
「七騎全てのサーヴァントを
そうするべきだと、思ったから。
「前者は過半数以上の
男の話はなんとも不可思議な物であった。
「後者に関しては現状は
勝利条件は二つだというのに、採るべき選択肢が一つしかないような話であった。
もしこの話がヒフミ達に届いたのならば、選ぶのは後者しかないだろう。
何せ彼女達はハッピーエンドを、誰一人の犠牲も許容しないと選んだのだから。
「……覚えておけ。この世界は悪徳によって捻じ曲げられた。重なり腐り落ちる交差点、其れこそが今のキヴォトスだ」
男は言う。
この世界は最早どうしようもないのだと。
ハッピーエンドなんて物は存在しない、どこまでも詰んでしまった地獄でしかないのだと。
「それでもお前達が今次聖杯戦争のマスターを想うのなら」
だから、男は最後に言の葉を託す事を決めたのだ。
絶望しかないのだと言うのなら。
己が本質を強欲という
強欲らしく、無いもの強請りをする事にしたのだ。
「これ以上罪を重ねまいとするのなら」
男は続ける。
選ぶべき選択肢を示そうとする。
斃すべき巨悪を知らせようとする。
この事件の
「予備システムを……」
───げぷっ
それを見た瞬間、今度はもう
思わず口を抑えるセリカとアヤネをノノミに視線で任せると、飛び出すようにして折れた骨から伝わる痛みも何もかも無視して駆け出す。
「待って、ホシノ先輩ッ!」
全力疾走。
数秒後にはホシノはシロコの前まで躍り出て、その首根っこを掴んで自分の背に隠した。
けれどシロコは言うのだ。
待ってくれと。
「ッ……駄目だよ、シロコちゃん。こいつはもう……ッ」
ホシノが言うように男は誰が見ても、
今にも膝をつきそうになるのを槍に縋るようにして立つ男の
サーヴァントの急所、
頭部と心臓にあるそれを握りつぶすようにして、後ろには誰もいないのに忽然と生えたその腕は赤黒い泥で化粧している。
「嗚呼、糞……ッ……折角これまで、迂遠に……言ってやってる、ってのに……これでもッ……喋り過ぎ、か……」
つまりは口封じ。
古来から、裏切り者に待つのは死。
そんな事は誰でも知っている話である。
「分かる……サ……そりゃ……他の、とは違って……吾は……邪魔だろう、よ……」
だからこうなる事は分かりきっていて、だが、男からすると苦笑いが出てしまう。
黙って待っていても、もうじきに還るであろう己を殺してまで口止めしたいかと。
だが、なるほど道理なのだ。
仕留めておかねば、黙らせなくては、
「だが、なぁ……おい、今……良いと……ころだろうがッ……だからァッ」
だが、それは男にとっても同じこと。
「「───お前達は黙っていろ」」
男は渾身の力を込めて、己に生えた腕ごと槍で自身の胸を穿った。
「いいか、よく聞け砂狼シロコ、小鳥遊ホシノ」
斜めに突き立てられた槍は、矛先で腕を千切り砕き吹き飛ばしながら男の身体を貫通し、そのまま地面へと突き刺さる。
「所詮は戦争だ。勝てば良い……だが勝ち方にこだわるなら」
絹を裂くようで、怒りに満ちるようで、この世のすべてを呪うような悲鳴が僅かに木霊してから男の背後、穿たれた細腕は沈黙して泥のようになってから消えた。
「阿慈谷ヒフミの選択を見張っておけ」
後に残ったのは自身で貫いた槍を支え棒のようにして立つ男の言葉だけ。
「どんな形になるにせよ、あの娘の選択だ……ッ」
既に黒い塵となって足元から還り始めるのも厭わずに男は叫ぶように語気を荒くして喋る。
「あの……あの娘の選択だけがッ!……ふぅ……ふゥッ……明確に聖杯戦争という災厄に決着をつけられるッ!」
そうでもしないと喋りきれない、伝えきれないから。
「そしてお前がッ!本当ッ、に……友、を……ッ」
それでも言葉も時間も足らない。
どれだけ舌を動かそうとしても、喉を震わせようとしても、男の意思に身体がついてこない。
せめてと男がその腕を伸ばそうとするが、もう自覚する事もできないのだろう。
先の一撃で自らの腕すら引きちぎれて地面に転がってしまった事も。
だけど。
「もう───
今度は、一人じゃなかった。
「ヒフミの事は私が……ううん、私達がちゃんと守るから」
受け取り人が、見送ると言ってまだそこに立っている。
今もまだ、砂狼シロコにはどうして見送らなくてはいけないのか分からない。
それはシャドウサーヴァントの言葉をたった一人だけ、なんとなくではあれ言葉にならない呻めきの奥にある意味を理解していたのと同じように。
彼女が秘める
「……そう、か……お前はそう、選ぶよ……ナ……」
だが、今そんな理屈は無粋でしかなく、そんな道理を語ったところで意味はない。
そう、意味なんてない。
語られる事もない。
ただ、シロコは見送る事を選択して、ホシノ達はそれを尊重する事を選択して。
「……今度こそ、お別れ、だ……」
そうして、男はただそんな少女達に見送られながら言葉を紡ぐ事を選んだのだから。
「……よく学び、よく遊べ」
ゆっくりと身体を貫く槍にもたれ掛かりながら滑る身体は地面に腰を下ろした。
「思う存分……に、今を謳……そ……だけが……」
とっくに目は見えておらず、末期に伏す身体は死人のそれ。
けれど確かに。
「
「ああ、達者で……ナ」
優しい少女達に見送られた温もりを感じながら、
風が、吹く。
「嗚呼……そう、だな……」
誰も知らない、誰にも届く筈のない言葉が。
「今度いっしょ……に…テ……………に……て」
風に乗ってアビドスを駆けていった。
トリニティ自治区。
穏やかな夜半とあって多くの生徒や自治区住民がベッドの中にいる時間。
普段であれば静まり返った夜に浸る者はそう多くないが、今宵に限っては別であった。
「ですから今は住民のみなさんにもっ!」
トリニティ総合学園本校舎へと撃ち込まれた砲弾。
そして
人々は何事かと混乱する中、黒い制服と青い制服を着た少女達の指示に従って避難を促されていた。
「はいっ、そうです!こちらへ!」
そしてそれは閑静な街並みが広がる高級住宅街でも同じ。
「いえっ、ゲヘナからの攻撃だとかではなくって!」
美しい家屋が立ち並ぶその場所には今、一帯を囲うように立ち入り禁止のテープが張り巡らされる。
「荷物!?あ、だめっ!おばあちゃん取りに戻ったりしたらっ!」
交通整理と避難誘導、そしてその説明に追われる少女達は喧騒の渦の中にいる。
開設された避難所へ行くように自治区住民達に伝えてはいるが、誰もが険しい顔をしている。
「ですからっ!今っ!この地区で
理由は単純。
なにせ、此処どころか
更にはモモトークも伝わらず、指示棒を持つ少女達の手に持つ無線機での通信しか連絡が取り合えない状況。
誰も何が起きているのかわからないと言った顔であった。
「───こちらへ」
そんな喧騒の中を黄色の雨合羽を着た少女を連れてスーツを着た長身の女が歩いていた。
集団の中で説明を要求するように騒いでいた1組であったが、まるで冷や水でも浴びたように息を潜めてするりと集団から抜け出してしまう。
向かう先にあるのは、一台の乗用車。
エスコートするように女が少女を後部座席に上座へ促してから自身も回り込んでから下座に腰掛ける。
「出して下さい」
女の掛け声に合わせて静かに目深く制帽を被った少女は小さく頷いてから静かに車を走り出させた。
暫し、車内で沈黙が続く。
道なりに進むようで何処か遠回りな道を進む車。
息が詰まるような時間が五分過ぎたかそれとも十分か。
「……考えたものだね」
小さな呟きが車内に転がった。
深く雨合羽のフードを被る少女は、漸く人心地着いたと言わんばかりに深々とした息を吐く。
小柄な姿とは裏腹に、苦悩と疲れを滲ませる吐息は妙な色香すらあって前を向く運転手の少女はどきりとしてしまう。
「緊急避難用の経路を使うのではなく、慌てふためく群衆に紛れて雲を霞みと逃げ去るというのは」
フードの奥から唯一覗く可憐な唇が皮肉げに歪む。
自嘲と後悔を乗せた響きに、労わるでもなく淡々と女は返す。
今、自分の隣に座る少女に掛けられる言葉を何も持ち合わせていなかったから。
「現状、この経路とやり方が最も安全に避難が可能ですので」
「枢密とは秘めやかであるからこそさ。常ならざる事態にあって君達の献身と深慮は痛み入るばかりだ……しかし」
ぎりりと擦れる音は小さかったが車内によく響く。
濡れた少女の
「安全、か……」
「……今回の件で懸念される事が?いえ……先ほどの
何を考えて、何を吐き出したいか。
そして
仕方ない事だった。
状況は依然として不明な点が多い。
だが、目の前の少女がこうして避難するという今の状況その物が、最悪の事態かそれに限りなく近い事態が起きた証左なのだ。
その内心を慮れば、不敬でも話題を逸らすのが最良だと女は選択した。
誰も自分の親友が死んだかもしれない、そんな事実を口にするのも想像するのも嫌なのだから。
「……先読みとはお株を取られてしまったかな?」
少女もそんな女の
やはり噛み砕くようにして歪む口元は、けれど少しばかり緩んでいた。
「御冗談を。それに問題ありません」
毅然と、そして胸を張って女は言う。
「三割は
ぶるりと揺れるのは少女の肩か女の胸か。
仕込みの言葉に込められた意味に我が事ながら少女は呆れつつ是非を問う。
「……手際が良いね。流石は
「僭越ながら要人警護と
「驚嘆すべき事柄だ。己が浅学さに明かりが欲しくなる」
車は夜のトリニティを駆け抜けながら、啄むようにお喋りに興じる少女達を運ぶ。
明かりを求める少女の言葉通り、酷く暗い道であった。
「……もう暫くすれば第二校舎に到着となります」
潜めるように運転手の少女が後部座席へと声を掛けた。
主要道路を乗り繋いで、遠回りに撒くようにして走り続けた車がようやく目的地に辿り着くのだ。
「ありがとう。君もここまで無理をさせたね」
「いえ……どうかご無事で」
「……ああ、ありがとう」
運転手に感謝の言葉を告げた少女は、車に乗ってからずっと伏せていた顔をこの時になって初めてあげた。
「夜更けに杖を曳くというのは慣れない物だが、少しばかり執務から離れて良い余暇となったよ」
「……そうでしたら私達としても連れ出させて頂きました甲斐があります」
黒い翼に肩を抱かれるようにしてスモークガラス越しにもその姿が分からぬようにされた少女は、フードの奥から金紗を揺らした。
「そうだね、感謝しているとも……到着次第、部隊を展開する。そうしたら後は私の役目を成そう、勿論
桃色と若葉色が同居する美しい瞳は静謐な叡智を湛えながら、長身の女の方を向いた。
口にするのは、これからの事。
「……
ある種、残酷な話やもしれない。
だが少女はそれを口にしなくてはいけなかった。
何せ先ほど気遣われたのだ。
ならば返礼として、主人たる自分こそが口にしなくてはいけないと少女は硬い口調で告げる。
───自分達の囮となった少女は必ず戻るのだと。
「……了解しました」
僅かに言い淀んでから頭を下げるようにしてから女は呻くように言った。
信じていないわけではない。
だが、だからと言って不安がないわけでもないのだ。
「問題ないさ。彼女は強い。なんと言っても」
少女は隣に座る長身の女が、その大人びた美貌とは裏腹に少女らしい生徒だと分かっている。
そしてその友が、今この瞬間にも自分達を逃がそうと一人あの住宅街に残って戦っている事も理解している。
「我らがトリニティで最強の銘を背負うのだからね」
だからこそ、不慣れながらに勇気づけるよう言う。
その中に決して罪悪感や引け目を顕にするなんていう淑女らしからぬ不様な真似をしないように気をつけて。
「ええ、勿論……御安心を、伝言は必ず」
車が、停まる。
第二校舎の裏門に到着し、出迎えの部隊が周囲を警戒しながら少女達が乗る車の戸を開けた。
「彼女に、剣先ツルギに」
逃避行はこれにてお仕舞い。
ここから先、少女達は己のすべき職務を全うするだけ。
友をどれだけ想ってもそれを前に出す事なく、ただ課せられた役職の責任に応えんと指揮を取る。
「(どうか必ず、必ず戻って来て……)」
だから最後に女は心の中で祈りを捧げてから、迷いを払うように少女の手を取って車を降りた。
「敗北の二文字はあり得ません」
手を引いて前をいく彼女の顔は流れる黒髪に隠れて誰にも見えなかった。
同時刻、トリニティ自治区近郊。
正義実現委員会の誘導によって半径1km圏内にはたった二人。
否、一人と一騎を除いて誰も存在しない中に響く音があった。
「はぁッ……か、アッ……」
飢えた野犬がそうするように、堪える事ができないといったように荒れた吐息が漏れる。
バケツに入った水を溢してしまったように地面を濡らしているのは赤い。
その中央に片膝を立ててしゃがみ込んでいるのは、一人の少女であった。
「……ぎ、げ……ッ」
黒髪が血溜まりに浸かるのすら厭えない。
ただその場で倒れていないだけの少女がいた。
少女の名は、剣先ツルギ。
トリニティ総合学園が誇る単体での最大戦力。
そんな彼女は目の前で立っている
「く、そ……が……ッ」
今まさに、真正面からの激突で敗北に瀕していた。
1じゃんね☆
アビドスのお話は今度こそおしまいで、次の舞台はトリニティへ!
……いきなりズダボロになってるけど、まあここからじゃんね☆
次回はツルギちゃんvs聖杯のバーサーカー戦じゃんね☆
伝統ある?喋らないバーサーカーだから頑張って書かなきゃじゃんね……