Gladiolus
剣のように立ち登る長い茎から一気に咲く花が特徴的な園芸植物。
夏に花を咲かす春植え球根の中でも特に人気が高く切花として年間を通じて店先に並んでいる。
古くから人々は自生種を鑑賞し、トリニティ自治区やワイルドハント自治区では200年ほど前から交配と改良が行われてきた歴史を持つ。
花言葉は堅固、用心深い、たゆまぬ努力、忘却、情熱的な恋、そして。
───勝利。
絡繰を明かすとなれば長くなるやも知れず。
だが、結論だけを述べるならば一言で済む。
「……arr」
即ち───恐るべき一合であった。
再び無言で向かい合う両者に戦慄が流れる中、騎士の背後で
鈍い音、それから続いて布が擦れる微かな音の二つだった。
音と同じく騎士の後ろ、焦げ付き土を掘り返され荒らされた芝生だった庭に落ちて転がる物が二つあった。
一つはシーツ、そしてもう一つはツルギのスマートフォンである。
先ほどの一合。
まず仕掛けたのはツルギであった。
声を上げた後の回り込み。
背後を取ると共に白布によって視界を奪った上で、今回の戦闘中に叫んだ声を録音しておいた端末を時間差で再生。
その間にもう一度背後を取り直し
この戦闘に至りシーツをそうやって使う事を寝室に飛び込んだ時から組み上げていたツルギの先見の明は披露の場を持ったのだ。
だがその妙案も、踏んできた
「(……あれを防ぐのか。嗚呼本当に惜しい……なんでこんなすごい人が敵で、セイア様やヒフミを……っ)」
一瞬の事だ、一秒に満たない。
空に広げた白布はまだしも、そこからはみ出さない程度の高さにしか投げていないスマートフォンが落ち切るより早くツルギも、そして騎士も一合を交わす事となった。
だが、その須臾にあってこそ、両者の恐るべき武練をキヴォトスにありありと見せつける形となった大一番であった。
判断を間違えれば今度こそ致命傷を受けていた事実に騎士すら肩で息をし、ツルギもまた渾身の一撃に込めた全力とここまでの消耗によって息も絶え絶えに足を止めている。
だがまだ幕は降りない。
演目は、終わっていないのだ。
「……ぁぁァァァ嗚呼ァァッ!」
「arrrrrrrr……ッ!」
だから振り切る、剣も引鉄も詰まらない感傷も何もかも。
必要なのは体を動かして相手の息の根を止める事だけ。
再びと両人は叫びと駆け出し、小さな花火を虚空に遇らう。
空振り、ではない。
交える度、躱す度、衝突によって削れ弾ける鉄の粉を置き去りにしたまま既に次の動きに移っているからだ。
だから、音も火も二人の戦いに置いていかれたままその余韻だけを知らせている。
硝煙は最早霞ではなく雲を作るほどに立ち昇っていた。
疾駆する互いの殺意がぶつかり合う度に血飛沫が舞い、鮮血だけが怪しくその場所に置いていかれる。
怒号が響く度に罵詈雑言をチェーンソーは刃と共に叩きつけられ大地が引き裂かれる。
狂気に満ちた慟哭が辺りに轟く度に儘ならなかった現実への憎悪を銃撃に乗せて撃ち放ち大気が穿たれる。
誰も立ち入れぬ二人だけの舞台。
常軌を逸した殺し合いという名の歌劇で、次なる演目をエスコートしたのは。
───聖杯のバーサーカー。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎……!」
「なッ……ッ!」
旋風息吹く衝突の最中。
幾度目かのすれ違い、即ち互いの距離が呼吸音を耳に届ける程近づくタイミングでの事。
素早く両手に持った銃を靄の裡へと隠した騎士は、手にした球体を以て、先程の絶技への返礼を見舞った。
「(ははっ……そりゃそうだ)」
───投擲。
まとめて返すと言わんばかりの当てつけで、今度は騎士が遠投の構えを取り、
あわよくばツルギの胴体を貫き穿たんと
重量14オンス、直径2.5インチ、税込価格3,800円。
それこそコンビニでも自動販売機でも買えるありふれた、そしてここまで頑なに使われる事のなかった騎士の隠し札。
「ないわけないよなァッ!そういうもォッ!」
禍福を届けに来たのは───
林檎のような丸みを帯びた形状と特徴的な十字の安全ピン。
そしてトリニティ製聖水の含有が売りに出される投擲弾が今ツルギの目の前で並々ならぬ爆発によって彼女の視界と血肉を奪わんと迫る。
負傷さえなければ大したダメージにはならないが、今は状況が悪い。
全身からの出血が皮膚の上下どころか内臓にまで及んでいる今、常なら気にならない一撃が重たくのしかかり敗北に繋がるのは必至。
躱すにせよ防ぐにせよ、ツルギに選択肢は。
「───あるだろう、もう一つ」
ある、第三の選択肢。
この瞬間に臨海を迎えて煌々と輝き弾けた爆発。
そのど真ん中を突っ切る。
爆破によって巻き起こる破壊の中心を走り、駆け抜ける。
何故ならこの刹那、ツルギは自分の得手とする中長期戦という手段を放棄したのだから。
「ッ!ァァアアッ!」
疾駆。
後に激痛、熱傷、裂傷。
爆発に全身と目を、爆風に耳をやられる。
如何に優れた回復力を持つツルギであろうと、機能の完全な回復には数秒を要するだろう。
だからこそ、黒いセーラー服がより一層に焦げローファーが焼け付かせながら、ツルギはその数秒を無心で爆心地を駆け抜け切る事に費やす。
理由は二つ、特性と状況であった。
トリニティは元よりキヴォトスでも広く流通しているその手榴弾には一つ変わった特性があった。
元々対ゲヘナを想定して作られた擲弾は分類的には破片手榴弾とされながら炸裂時に生成破片を飛散させるよりも爆風効果を持つ側面がピックアップされる代物だった。
では何故、破片手榴弾に分類されたのか。
それこそが正義実現委員会内にも愛用者がいえ、そしてたった今騎士が投げた手榴弾の特性。
爆発範囲内に爆破と爆風の攻撃を与えるのと同時に、
「(
爆発の余波で巻き上がる粉塵と燻る炎を掻き分けて、そんな奇妙な特性を有する手榴弾を今この瞬間に切られてしまった状況に焦燥を抱く。
自己の回復と敵への攻撃を両立する稀有な特性によってここまで負わせた小さくない騎士の傷が癒えようとしている。
そしてそれを使わせるまで追い込んだと同時に、手榴弾そのものを使った事によって起きた事象。
「(今度は……ッ!)」
即ち、ツルギが回避しようが爆発を防ごうとしようがいずれにせよ、戦いが仕切り直され間合いが開いてしまった現状が発生したという事なのだ。
故にこそ、ツルギは距離を詰める為に駆け出し。
「次から次にィィィィッ!」
足を止めなかった事で爆煙の向こうから飛来した
「舐ァァめルなァァァァッ!」
ツルギの読み通り煙った視界を越えた100m先で、やはり騎士は古風な狙撃銃を構えた。
その銃口からは硝煙が燻り、そしてたった今、また銃火の光を灯したのだ。
「(……まただな。さっきの
発射間隔と弾道と銃声。
未だ開き切らない視界ではなく上記三点から騎士が持つ
絶え間ない発火光と風切り音を前にして、ツルギの本能は思索に耽る知性とは別に最適解に至ったのだ。
徐々に開く視界と共に頼りにするのは記憶と経験。
セイアの警護を担当する際に叩き込んだ地形とここまでの戦闘で変化した破壊痕の対比、そしてこれまで幾度となく戦ってきた経験に基づく戦術眼。
反射レベルにまで研ぎ澄まされた感性でどこをどう狙撃手が狙うか。
20m先、平地、遮蔽物なし───ならば直線コース。
敵の身体能力と技量を加味し、跳弾も含めて計算に入れたツルギは脇目を振る事なくストレートでの突破を敢行した。
「(こちらの動揺を誘う為か?にしては妙にやり口が拙い。この程度じゃ気になりはすれど思考に留める程度で処理できる違和感でしかない)」
風を読む。
予測だけでない。
発煙の際に生じた臭い、そして前方から空気を裂いて進む弾丸によって発生する瞬間的な空気の滞留を掴んで誤差を補正する妙技。
視覚、聴覚が短時間とはいえ奪われた事で戦闘中に研ぎ澄まされていた五感は更なる鋭敏さを獲得し弾道を確かに読み切った。
頬口を浅く切る程度に脅威を押し留めながら、100mを滑る。
「(……サーヴァントというのは契約に縛られてるんだったか。言葉通りの意味を拡大解釈する形にはなるが、トリニティ由来の物を優先的に使う事情がある……とかか?)」
並列思考、その雛形。
最早思考と本能は別にあった。
元より口下手なのもあって思っている事を伝えるのが苦手なツルギの性質は戦闘においては更なる独自性を獲得する。
高い視座からの俯瞰視点は今身体を動かす戦闘に特化した己とは切り離されながらも並列に思考を稼働させる。
その思考がツルギに囁く、果たしてこの騎士は何故ツルギ達トリニティ生に縁のある銃器を多く使うのか、と。
「(あと残るのは……最悪のパターンだが)」
前進しながらの身熟しでも肩を浅く削った一撃を無視し、頭に過ぎるのはとあるリスト。
20余名。
これまで正義実現委員会が確認した、聖杯戦争と関わりのあると思われる
彼女達の銃を奪って今それを使っているのなら、なるほどそれはツルギが想像する上での最悪に違いない。
なにせ、被害者が増えれば増えるだけ騎士の手元には弾切れのない銃器が増えていくという事なのだから。
ジリ貧になるのは今の戦いだけではない。
今後ずっと、それもトリニティという学園自体が苦戦と出血を強いられ逼迫するという事だ。
「(……余計な思考に走り過ぎたな。私じゃこれ以上は判断しきれん、考えるだけ無駄だ。それに……)」
間を置くことなき巧みな
考えても仕方がない、そんな事を考えるのは己の仕事でもなければ今やるべき仕事でもないのだと。
なら、今やるべき事はなにか。
中長期戦も中距離戦もツルギは手放した。
正確には手放しざる得なかった。
トリニティ製聖水式手榴弾によって敵の回復が図られ距離を取られた。
距離を取った以上、敵はそういう武器を使う選択をする。
最早逃げ場はなく、そして距離を詰めなくては現状は打開できぬままイニシアティブを握られ続ける。
対してツルギはどうか。
歴戦の古兵との戦闘を想定して着用していた耐刃インナーは勃発した予想外の現代戦闘によって無意味と化し、全身は傷ついた。
血小板と細胞が血を止めようとする度に傷が増えて流血は開きっぱなしの蛇口から垂れていく。
「(そろそろ私もしんどい。だから───貰いにいくとしよう)」
限界は近い。
ならばどうするか。
「首をさァァァッ!」
故にこそなのだ。
故にこそ、ツルギはその構えを取った。
愚直なまでの吶喊。
ダメージを負う事も最小限に押し留めるのならばよしと見做した上で、全力でチェーンソーの間合いへと踏み込んだ。
僅か数歩。
100mを踏破し、ツルギはその死線へとついに足を踏み入れた。
振るうは必倒必殺、最速の一撃。
「ギィィィッ……エェェェェェッ!」
猿叫ならぬ鳴声と共に放たれた大上段からの初太刀。
嘶きをあげて新たな主人に従い回転するは刃は今、悪漢を討たんと音すら置き去りにした。
今宵、最高の一太刀。
平時であれば異邦の英雄と言えど褒めそやすだろう、その名に恥じる事なき術理を掌に握った傑作たるツルギの一撃は。
「───⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
腰だめに放たれた横一閃によって腹を切られた事で呆気なく阻まれた。
あの日のことはよく覚えている。
いつも通りの優しい顔でけど目は頼り甲斐のある真剣さを宿していて。
だけれど貴方のその目の奥で、やっぱりいつも通りままならない現実に苦悩する痛みを抱えていた。
そんな貴方の顔を見ていたのを、よく覚えているんです。
“私達の手に及ばないかもしれない、それぐらい大きな事件が今起きようとしている”
聖杯戦争。
私の友達がもう巻き込まれてしまったそれへ対策するとなった時、一対一で面談をしてくださいましたね。
“君にお願いする事はそれぐらい大変で苦しい戦いになる。だから、どうか気をつけて”
心配してくださってありがとうございます。
いつもみたいに貴方の指揮の元で戦えないのは不安です。
でも私頑張ります、そう気持ちをちゃんと全部言えたか。
それは分かりません、だって思い返すの恥ずかしいですから。
“そして”
でも一つだけ。
あの時感じたものを。
あの時決めたことを覚えているんです。
思い出さなくたって焼きついて離れないんです。
“これしか言えない私を決して許さないで”
私の友達を傷つけて怖がらせて、そして今。
貴方にそんな顔をさせて、そんな事を言わせる問題なんて。
“謝れない私を”
全部、全部。
“許さないで”
私がぜんぶ。
───破壊してやるって、そう思ったんです。
白昼夢の逢引きは一時の事であった。
騎士の放った一撃と同じく。
「ぅ……あ、がぁ……」
覚醒に所用した実時間は10秒に満たず、そしてツルギは霞んだ視界の端でそれを視認して自覚した。
咄嗟の反射。
全神経と筋肉を総動員しての後方への回避はツルギに両断という結果だけは与えなかった。
だがそれも虚しく腹部は鮮やかな横薙ぎで切り付けられたことを。
今にも臓腑が零れ落ちるのではという激痛が奔っていることを。
そして、自分は激闘虚しく今地面に倒れ伏していることを、自覚し、認識したのだ。
「……剣っ、かぁ……っ」
腹から、そして口から赤い紐が垂れる。
食道から躍り出た鮮血で息すら詰まる中、ツルギは確かに捉えたのは騎士が手にした兇器、そしてその威容であった。
「ar……」
黒い狂気に身を窶した騎士の総身を覆う靄はその剣を手にした時に晴れた。
ここまで頑なに見せる事を拒んでいた漆黒の甲冑が細部に至るまで顕となり、ツルギの焦点にはっきりと結ばれる。
美しい鎧であった。
落ち着きのある高貴な紫紺で染め上げながら精緻な拵えが施された様は一つの芸術品のようであり、同時に豪奢さに振り切っているのでもなく実用性が確かに担保された兵器である事が素人目にも見て取れた。
華美にあらず、なれど無骨にあらず。
ツルギが目算した通り身長190cmという恵まれた体躯を包む大鎧にはツルギとの戦闘で受けたのとは違う、遥か遠く長い時にあって少しずつ重ねられてきた細かな疵が褪せて残っている。
疵が伝えるのは戦いの生々しさと苛烈さだけではない。
数多の戦場を主人と共に駆けてきたのだと物言わぬ甲冑が誇るように刻む、そんな羨望を向けられる戦化粧であった。
そして、それは剣も同じ。
「(……全長が大体150cmから160cm。刃渡りだけで少なくとも100cmはあるか……ああ、そうか)」
拾った物ではない。
奪った物でもない。
ましてや誰かから受け継いだ物でもない。
最も信を置く、彼だけの消えない罪。
其は騎士が今もなお敬愛と友情を抱いて止まぬ王がその手に持つ聖剣と同じ星造りの意匠。
キヴォトスには決して存在し得ない、星の端末たる湖の精霊が打ち鍛えた神造兵装。
涼やかに澄んだ刀身は怨嗟と憎悪に震える騎士とは違い、湖水の如し怜悧さと静寂を湛える。
我が愛し子が如何なる剣打にも耐えぬけるよう鍛え上げられたその魔剣は、決して毀れる事なき竜殺し。
「(そいつがお前の得物、か……)」
嘗て完璧な騎士と謳われ、遠き世界の現代においてなお多くの信仰を集める⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎王が最も敬意を表した益荒雄にのみ持つ事を赦される至上の一振り。
銘を───
「(耐刃インナーは……死ななかったって事は多少役にたったか、なら良いさ。死んでないんだ、お釣りが来る)」
決着は二度目であった。
そして今度こそ敗色は濃厚となる。
嗚呼、誰がツルギを責めようか。
此度の夜宴に召喚された六騎のサーヴァントは皆いずれもがキヴォトスを殺す為の自殺因子。
揃いも揃って確実に生徒を、サーヴァントを、神秘を、この世界の常識そのものを壊す為に用意されたカウンター。
そして騎士はその内で、純粋な戦闘能力のみで憤怒のライダーと並んで最強と謳われる存在。
剣先ツルギというまだ若い少女が相手にしたのはそんな歴戦の大英雄であった。
「(だけどああ、この傷は厳しいな。腹に力がちっとも入らん)」
横に一文字切り裂かれたツルギの腹部からはとめどなく血が流れ、口からもまた溺れるような呼吸音だけが通される。
出血は点ではなく紐となって流れていっては、荒れ果てた地面を染めていく
如何に強靭な肉体と常識外れの自然治癒力があろうと、致命傷を受けた事実に変わりはない。
最早、回復は辿りつかない。
いや、もしかすればその桁違いの回復能力があれば数日もあれば健康な身体に戻れるやもしれない。
とはいえだ、よしんば回復できたとしても、この場で立ち上がってまともに戦える筈がない。
今この状況を少女には覆せない。
そして、その前提すら無意味と化す。
何故なら此処は戦場なのだから。
「……k……arr……」
騎士に半矢は許されない。
目の前で死に損なった哀れな娘に与えるべき慈悲があるとすれば、そしてそれが戦場であるならば。
答えは
「(あぁ……死ぬのかな、私)」
這いつくばり、瞬きの度に景色が途切れそうになる中、咄嗟に後方へと跳んだ事で数メートル離れた位置にいる騎士が一歩ずつ此方に向かってくるのを少女は見た。
その手にはやはり魔剣が握られ、その全身には狂気が滲む。
自身の血で濡れる刀身からこの後何が起きるかなぞ考えなくても少女には分かった。
「(私は良い、私は構わない。最後がこんなのだなんて凄く嫌だけど……まあでも最悪なんていつもの事だから)」
諦観。
出来ることは全てした。
尽くすべき仕事は熟してみせた。
全力で騎士の猛攻に追い縋り、拮抗してのけた。
間違いなく少女以外には熟せない責務を全うしたのだ。
これ以上ない、結果に違いなく。
「だけど」
だから、剣先ツルギは。
正義実現委員会の委員長は四肢に力を込めてゆらりと立ち上がった。
幽鬼の如き様相で、峻厳たる形相で。
力尽きたように黙ったチェーンソーを支えにして、彼女は立つ。
「(私がここで勝たなきゃ此奴はきっと
脂汗を流し、顔面を蒼白にし、左手と腹筋で引き裂かれた腹部をまるで縫い付けるように力尽くで抑え込んで止血して。
「……それ、は……嫌だ」
激痛は意識を奪いかけるほどのものであった。
熱した鉄の棒で臓腑をかき混ぜられているような気持ち悪い突き刺す痛み。
それでもツルギは立ち上がる。
それは誇りではないだろう。
打算があるわけでもないだろう。
ただ、少女には成すべきを成すという責務があるから。
自分が力及ばない為に誰かが苦しむのは嫌だと、そんな結末は認めないと。
だから勝利という果たすべき仕事を熟す為に再度立ち上がったのだ。
「……なぁ、頼む……もう少し、だけ……付き合、ってくれ」
ちらりと目線だけ向けるのは右手に持つチェーンソー。
敵から奪った、敵を確実に屠る事の出来る武器は先ほどから鎖刃の動きを止めて息を潜めている。
元より当たり前のことなのだ。
騎士の宝具によって擬似的な宝具になっていたに過ぎない産業機械をいつまでも使い続けられる筈がない。
辛うじてまだ魔力は通っているのか真紅の脈動も徐々に弱まり始め、緩慢な動きでツルギがスターターを引いても先程までのようには応えない。
「私、ね?……勝たなきゃ、いけないんですっ……勝ちたい、んです……トリニティを、守りたいんです。だから」
よく見ればここまでの戦いで刃も欠けていた。
社名が書かれているはずの
激戦を越え、チェーンソーは宝具である事を忘れようとしている。
その上で少女は少しだけ、こんな酸鼻な戦場に似つかわしくない柔らかな微笑みを薄く贈ってから。
「───もう一度
力を振り絞って、スターターの紐を引き切った。
EXTRA SKILL-Suspend
Program:It's treatment time~!.exe
「……ありがとう、良い子だ」
絶叫。
チェーンソーは再度吼えた。
道具に意思なぞない。
機械に感情なぞない。
物言わぬただの無機物に、想いなんてある筈ない。
だが、その叫びは、その慟哭は。
猛々しくも絶望へと立ち向かわんとする少女に勝利を齎す為、己が役目を今度こそ捨て去る事を決めた死兵の叫びのようであった。
火花を散らしながら刃を超速で回転させ、動力機は限界を超えんが為に超過駆動する。
ここで終わっても勝利に貢献せんと今宵一番の雄叫びを、かつての同胞に向かって鎖鋸はあげていた。
悲痛なぐらい、泣きたくなるぐらい。
一生懸命に叫んでいた。
「……悪い、待たせた……な」
騎士は、足を止めていた。
立ち上がり備えをするツルギに対して呼吸すら忘れたかのようにただ静かに待っていた。
奇襲などといった悪辣な手法を取る事はなかった。
奇妙な感覚だが、ツルギはそれに感謝すら感じながら
やる事は一つ。
たった一合限りの真剣勝負。
喧騒は遠く、誰も邪魔できない不可侵の聖域が両者の間に生まれる。
束の間の静寂。
月明かりだけがこの戦いの行末を見守る中。
風が、吹いた。
「(───行くぞ)」
赤雷。
痛みも敗色濃い未来も忘れ、ツルギの意思に彼女の身体もまた応えた。
張り詰めた発条が弾け飛ぶ。
両脚に蓄えた運動エネルギーは地面を陥没させながらもなんとか支えきり、反発を与える。
そう、ツルギは踏み込んだ。
「(回復は望めない、野晒しのまま放っておかれる事もない。だったら、やる事はシンプルだ)」
走る、奔る、疾る。
鮮やかなる黒髪を流し真紅の輝きを灯した両眼に殺意を乗せて、剣先ツルギは夜闇を切り裂いて疾走する。
迎え撃たんと正眼に構える騎士に向かい、一息で間合いを潰す踏み込み。
大地と大気はツルギの一歩に情感の溜息を吐いでその身を震わせた。
「(差し違えてもここで
ツルギの構えは変わらず、大上段より。
打ち放たんとするは古今東西全土の剣術において有無を言わさず最速と称される真っ向斬り。
真紅の閃光が一筆の筋となって夜に刻まれていく。
「(勝って、勝って、必ず斃して。それで、そうしたら)」
一呼吸の間に、死線に辿り着いた両者の視線が重なる。
少女は闘志を。
騎士は狂気を。
互いに異なる情念を双眼に宿して、けれど同じ色の輝きを灯して。
「(みんなを、このとりにてぃを守って)」
今、互いの剣が交わる。
「(あの人のえがおを───)」
「───⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎」
そうして月下の決闘は今度こそ終わる。
大上段より放ったツルギの一撃は騎士の肩口で止まっていた。
遅かった、届かなかったのだ。
何故ならそれよりも早く騎士の鋒が届いていたから。
「……ごぷっ」
ツルギの胸に深く、鋭く。
騎士の剣が突き刺さった。
勝敗はいま、着いてしまった。
立っているのも今のうちだけ。
もう、ツルギに剣を振るう気力はない。
チェーンソーの回転も止まっている。
騎士の
かといって剣を無理に引き抜けば、どうなるかなぞ言う必要はないだろう。
再度告げよう、決着はついてしまったのだ。
他ならぬ、剣先ツルギという憐れな少女の敗北によって───
小さく粘ついた音がした。
「あは、あはは」
水にでも濡れたような場所から何かが滑り落ちる、そんな音だ。
「あはははははハ……ッ!」
騎士はその音を目の前で耳にして意識を向けて。
そして今度こそ本当に驚愕し、視界と意識を一瞬とはいえ完全に奪われた。
「げぇぇぇはははははははははッ!」
騎士を襲ったのは小規模な爆発と塊となって眼前に降り注ぐ鉛の粒球。
「……ふぅ、漸く掴んだぞ?嗚呼、離すなんてそんなつれないこと、言うなよ。だってこれから楽しい楽しいぃぃ……ッ!」
一体何が起きたのか。
それは足元でも、手元でも、ましてや武器からでもなかった。
何せ爆弾の類が弾けたのではない。
「我慢大会の時間なんだからなァァァァッ!」
正体は薬莢。
騎士相手に有効打にならない無駄弾と判断してポケットに入れっぱなしにしていた銃弾。
この一合を振るう前、ツルギがハンカチで口元を拭った際に口内に仕込んでおいた散弾であった。
ならば銃で撃ったか、否。
そんな大それた四肢の動きであれば騎士とて気づく。
だからツルギは胡桃でも割るようにして
鋼鉄と額をぶつけ合うことで生まれる強烈な圧力と、靄が無くなったとはいえ騎士から溢れる魔力で薬莢内の火薬を点火してくれる事を願って。
そしてその願いは叶う。
騎士は正面から予想外の頭突きと爆発、二重の衝撃を受けて蹈鞴を踏んだのだ。
「さあさあさあさぁッ!どっちが先にくたばるかッ!勝負といこうかァッ!」
明確な隙。
誘いでもなんでもない、完全なる騎士の油断。
そんな好機を剣先ツルギが見逃す筈がない。
空いた左手は、騎士が剣を持つ手首をがっしりと掴んでいた。
何の為か、知れた事。
騎士の肩口で座して鎖鋸の刃もまた、己の役目を果たす為に再度回転を始める。
「なあ、いいだろうぉぉ?」
ぴたりと左肩に添えられた刃が火の粉と金属片を散らして鎧を切り裂き始める。
火事場の馬鹿力は何も騎士の手首を掴んで離さないツルギだけではない。
紛い物の宝具でしかない工業製品は今この瞬間に遥かな過去の名剣にも負けぬ輝きを魅せる。
ツルギも鎖鋸も限界だ。
血泡を口から飛ばして激痛に思考すら吹き飛び、立っている事すら奇跡のような状況。
鎖鋸もまた完全に機能を超えた稼働によって黒煙と異音を立てる。
だが両者、一歩も引かず。
勝ちを拾う為に、誰かを守る為に。
命の焔を燃やし尽くす。
「色男さんよォォォォォォッ!」
騎士との一騎打ち。
その閉幕は嬌声染みた叫びと共に始まる。
だが舞台の上から二人の役者が降りる事は出来ない、降りる事はツルギ達が許さない。
腹部を切られ胸部を刺し貫かれたツルギが失血死するのが先か、或いはチェーンソーの魔力が底を尽きるのが先か。
「忌ヒっヒヒヒヒひひひひひひィィッ!」
それとも騎士の霊核にツルギの刃が届くのが先か。
今宵最後の演目は、閉幕の緞帳を降ろしながらも最後まで続けられる。
どちらかが命を落とす分の悪い最悪の駆け引き。
それが最後まで勝つ事を諦めなかった不撓不屈の剣先ツルギという少女の、命懸けの
月下、勝者は切り裂かれ辛うじてまだ繋がっている
「───⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎」
倒れ伏した敗者達を一瞥し、見上げるのは天上に輝く白い光。
「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、⬛︎⬛︎」
黒く焦げる程に煤けた右手を伸ばし、それを掴もうとしてから。
勝者は被りを振って歩き出した。
既にこのトリニティに新たな魔力が現れたのを感じ取り、そして今凄まじい速さで向かってくる新手を知覚していたから。
たとえ自身であっても、現キヴォトスで最強の陣営であるランサー陣営と今の状態で衝突すれば勝ちは安くない。
そう判断して、勝者は夜の帷に身を滑らせて消えていった。
残るのは微かな吐息を残す、敗者達のみであった。
EX……Tr……A SKi……LL-Acti……vate
Program:……It's treatment time~!.exe
Message:4.70.50.9.4.10.5……90.6.200.6.3.10
─── 3.70.70.4.2.10.5……5.1.50.1.5
1じゃんね☆
なーがくなったけどvs聖杯のバーサーカー戦はこれでおしまいじゃんね☆
各自治区でやってた(やってる)戦闘の結果はダイスで判定したけど、ツルギちゃんは『痛み分け』だったからこんな感じになったじゃんね☆
ので試合に負けて勝負に勝った……って感じにしてみたじゃんね☆
情報、結構掴んだ上で色々負傷させて生還したからじゃんね☆
次のミレニアム戦は3話で多分終わるじゃんね☆
さくさくいくじゃんね☆
そうそう、1は暗号とか推理小説とかそういう答えが見えないものが結構好きじゃんね☆