阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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……嫌な風だ。
そうか、そうなるか。
私がいるからか、だから。
だからお前が呼ばれたのだな───⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎




死せる怠惰

 

 異様であった。

異質であった。

異形であった。

路地裏の道の四方から集まるのは黒い群れ。

モモイの姿に、それから正義実現委員会の姿に、次の時にはミレニアムの保安部員に。

そひて最後に真っ黒なヴァルキューレの生徒の姿へと靄を纏いながら瞬きする度に姿を変化させるその姿はさながらモンタージュ。

ミレニアムお手製の光学迷彩か、まさか。

そもそもの話、連絡がつかない筈なのに早瀬ユウカ達がアレを才羽モモイではないと断定出来たのは

 

 

 

 

「コユキー、どこー?」「遊ぼうよ」「出てこい」「もう大丈夫だよ」「アリスはいないよぉ」「どこだだ」「ねぇどこにいるのぉぉ」「ねぇ、ねぇへんじしてよぉ」「返事をしろ」「どこだ」

 

 

 

 おかしいのだ、間違っているのだ。

右手と左手が反対だ。

背中側から顔が向いている。

肩から生えるべき腕がズレている。

いつも愛用している小銃が背中から生えている。

出来の悪い人工知能が与えられた写真から無理やり生成したような姿が、目の前で蠢くナニカであった。

 

 

 

「コユキ、ほら保安部の子達に迷惑かけちゃダメでしょ?」「コユキちゃん。怒ってませんから早く出てきてください」「コユキ。私達は怒ってなどいないわ」「保安部です。黒崎コユキさんを保ごろしにきました」「安心して下さい、天童アリスは殺しました!」「だから言ったでしょぉ?安心んんんんだってほらコユキぃぃぃ出てきなさい」「コユキちゃぁぁぁあん。助けにきましたよぉぉ」「どこにいる」

 

 

 

 何より悍ましいのはそのどれもが、モモイらしき存在も含めて、誰もがよく見ると何処かしらに怪我を負っているのだ。

指がない。

頬が削げている。

眼球が腐っている。

それはまるで、まるでだ。

そう考えた時には黒崎コユキは逆流してきた酸いた痛みを堪えられなかった。

 

 

 

「助けてぇぇぇぇこゆきぃぃぃ」「ああぁぁ、しんじゃぅぅぅ、ユウカちゃんこのままだとしんじゃうぅぅ」「せんせぇぇぇ?指示をぉぉぉ局長がぁぁ」「AL-1Sは死んだぁァのにぃぃぃ?」「助けてください、開けてください、見てくダさい、死んジャう死ンじゃヴ」「だぁぁかぁぁぁらぁぁぁ」「出てこい」

 

 

 

 だってそうだろう。

あれじゃまるで、死体を無理やり繋ぎ合わせたようではないか。

 

 

 

「……大丈夫、大丈ブ、デスカラ」

 

 

 

「へる、たーすけるたー……さん……ぅぅ」

 

 ヘルタースケルターは必死にえづき蹲るコユキを励ます。

大きな鋼の手を少女の背に当てながらゆっくりと摩ってやる。

それでもコユキの怯えは拭えない。

路地裏の向こうで、徐々に影から溶けるように姿を現しては奥から列をなしていく顔のない真っ黒なヴァルキューレ生の姿にコユキは寒さしか覚えられない。

 

「……私が、ミチ、ヒラクネ」

 

 ならば、どうするか。

 

「ワタシ、ガンバル」

 

 少女が、小さな体を震わせて泣いている。

理不尽極まりない悪意に晒されている。

 

「ハシッテ、コユキチャン」

 

そんな事を許してはいけない、そんな現実あってはいけない。

ヘルタースケルターには断じて許す事が出来ない。

 

「ダイジョブ、ダイジョブ」

 

何故なら彼(・)女(・)は知っているから。

何故なら彼(・)女(・)は頼まれた(願われた)から。

何故なら彼(・)女(・)はそうあれかしと望まれて生まれてきたから。

 

「カナラズ、カナラズ」

 

だからヘルタースケルターは最早ここまでと己の肉体を使い潰す事を決める。

 

「マモルネ、マモルネ」

 

 

 その覚悟を背中越しに受け取ったコユキが顔を上げて、けれど表情に浮かぶのは酷薄な絶望感だけであった。

無理なのだ。

路地裏にまで反響するほど大通りに溢れかえった声量から敵の数がどれだけかなんて考えるまでもない。

どう考えてもヘルタースケルター7機が無傷で切り抜けられる筈もないのだ。

自分を気遣うこのロボット達が貪られるように破壊される姿は容易に想像できる。

そして当然、その次が自分である事も。

取り囲まれる、絶体絶命の状況に、コユキの心は折れかけて。

 

「ぅ……ぁぁ……ぅぅぅぅぅっ!」

 

 一時間。

一時間だ。

先輩達を置き去りにしてしまって、まともな交通手段は全て麻痺して、街灯一つない道を懸命に走って。

なのにここに来て、もうどうにもならなくなった。

 

「もう……もうやですよ……!」

 

託された物を全て使い切っても無駄死にという三文字が頭を支配する状況に、もう声を抑えることも出来ない。

黒崎コユキの心は限界だった。

 

「だれか……だれか助けてくださいよぉ……!だれかぁ……!」

 

だから慌てて声を抑えるように言うヘルタースケルターの言葉にも、理性では分かっても限界な心では応えられず。

絶望が嗚咽を伝って漏れ出して。

目に映る全ての景色が潤む中、コユキの叫びを聞きつけてパタリと止んだ気色の悪い物真似の代わりに、徐々に足音が近づいてくるのが分かって。

 

「私達を助けてください───ッ!」

 

そうして顔をびしょ濡れにしながらコユキは本能で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─── うん、任せて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、涙に濡れた視界の先に、力強い言葉が。

悍ましき食指を伸ばさんとした邪悪とコユキ達の間に。

正しき怒りに燃ゆる少女の声と《(・)蒸(・)気(・)》が降り注いだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、早瀬ユウカの身体は真横へと跳んでいた。

理性なき行動であったのは間違いない。

ただ一心不乱に、本能が動いたのだ。

先ほどの攻撃で瓦礫すら出さずに吹き飛ばされた施設に残る遮蔽物は自分やノアが隠れていた場所しかない。

だからこそ背中を伝う悪寒に押される形で、その一撃は回避する事が出来た。

 

「……へぇ、良い勘してるな。嬢ちゃん」

 

「……っ、は……!」

 

 遮蔽物越しにそれを見ていたノアの前髪が揺れる。

正確には見たのは結果だ。

遅れてきた音と切り裂かれた空気の圧。

そして、払い終わった槍。

一秒前までユウカがいた空間ごと薙ぎ払わんとした一撃を彼女は確かに回避した。

だが仮にそれが当たっていれば、そう思うと。

 

「(……下手な遮蔽物じゃ丸ごと両断されておしまいか……!)」

 

「ユウカちゃん!」

 

「分かってる……!」

 

 ノアのか細い悲鳴に似た心配の声に虚勢を張ってユウカは返しながら思案を捨てる。

判断は早かった。

 

「Set───System-Q.F.D Reboot……!ノア!支援お願い!」

 

「任されました!」

 

 ユウカとノアが選択したのは、逃走。

ユウカが見に纏うのは科学の鎧。

長らく愛用し、先生の初赴任時から共に駆け抜けてきた最も信頼できるミレニアム製の電磁シールドを身に纏ってユウカはランサーから逃走を開始した。

二丁のサブマシンガンから銃弾を吐き出しつつ、ユウカは施設の奥へと逃げ込まんと駆け出す。

 

 他方、ノアもまた遮蔽物から遮蔽物へと移り撹乱しつつ移動するユウカに僅か一足で追いつかんとするランサーの動きを阻害しながら自らも屋根も何もなくなった入口だった場所から施設内へと飛び込んでいく。

ほんの数瞬、たったそれだけの時間走っただけでノアの胸に激しい動悸が劈く。

引鉄を引く指が縺れる。

伸ばしている筈のストックで固定しているというのに微かな震えでいつもよりガタついてしまう。

 

「くっ……こん、の……っ!」

 

ノアの目の前。

電磁シールドを痛ぶるように削られながら必死に防戦の体を為すユウカの姿があった。

 

「ユウカちゃんから……は、ぁ……離れて───!」

 

「ノアっ!……ナイス!」

 

必死に恐怖を抑えつけてノアは愛銃の引鉄を引き絞る。

『書記の採決』、生塩ノアが特注した45口径のカスタムモデル拳銃。

専用マガジンの使用とストックを延長した事でサブマシンガンとしての用途も可能となった個人防衛火器が今、ノアの手元で火を吹く。

焦燥から狙いはどうしても定まり切らないが、それでも弾幕によって敵の動きを阻害する事には成功。同時に、ユウカはそれを好奇と見た。

 

「Set……I.F.F───ッ!まだ、終わらないわ……!」

 

『ロジック&リーズン』。

ユウカが書記となる前から支えてきたその二丁の銃口から、大事なタイミングや適切な対処が必要な時にのみ放たれる切り札が解き放たれる。

 

 銃身が焼け焦げかねない一斉掃射、一分あたり850発という限界を越える速度で叩き込まれる弾丸。

それを放ちながらユウカはその両脚を発条のようにしならせてのバックステップで距離を取る。

 

 黒いチェルシーブーツを支える二つの柔らかな太ももが包む豊穣な筋肉は瑞々しくユウカの脳が命ずる動きを熟してみせ、ランサーの間合いから無事に離脱する。

そうして二丁合わせて60発、ノアの分も合わせれば80発近い弾丸は硝煙と土煙を巻き上げてランサーへと襲いかかり。

 

「……冗談きっついっての」

 

晴れる土煙の先を見てユウカが唇を噛み締める。

 

「あー……そういやそ(・)う(・)だ(・)わ(・)な(・)。無駄な事しちまったな」

 

 聖杯の、否。

怠惰のランサー、未だ健在。その身体に弾痕の一つとて見当たらず、当然のように無傷でいる。

 

 早瀬ユウカは知らない。

生塩ノアは知らない。

セイバーとライダー、そしてアサシン以外、今このキヴォトスで怠惰のランサーがどんな存在なのか。

目の前にいる男が、この銃社会であるキヴォトスにおいて最悪のスキルを持っている事を。

だからこそ聖杯がこの男を鋳造したのだという事を。

誰も知らないのだ。

 

「アサシンの野郎の(・)が手こずってるもんだからどうしてやろうかと思ったが、中々どうして随分頑張るな……勘弁してほしいもんだ、まったく」

 

肩をすくめて薄い唇を皮肉げに歪めながら、男は。

 

「まぁ───それもここまで仕舞いだがな」

 

 

 

 

その手に持つ槍をユウカへと向けて投げた。

 

 

 

「ユウカちゃん───ッ!?!?」

 

 悲鳴は一際高く夜の発電所に響く。

最早その行為がどういう結果を生むか、その危険性すら認識も理解もノアの脳は受け付けない。

だってたった今、自分の視界で親友が槍に刺し貫かれたのだから。

 

 まるで塵紙でも投げるよう無造作に放られた槍の矛先がユウカの肩を貫いている事実を目の前にして、ノアは駆け寄ってしまう。

 

「……が、の……ぁ……きちゃ……だ……ぎぃっ!?」

 

 槍が一人でに抜けてまたランサーの手へと戻る。

心なしか血に濡れたその刃は曇天よりなお鈍く曇っている。

まるで、それで良いのかと聞くように矛先が濡れている。

だがそんな物理現象を鼻で嗤う不可解な異常を目にしても、そして痛みに喘ぎながらも制止するユウカの声を聞いてもノアは止まらない。

 

「おーおー、痛そうなこって。その盾がなけりゃ心臓ごとぶち抜いて痛みなくあのまま逝けただろうになぁ」

 

「ユウカちゃん、ユウカちゃん……ッ!血が、血がぁッ……!」

 

「……ぃ、じょぶ、ぐっ……は、ぁ……っはぁ……だから……」

 

「だめ、だめ、やだ……なんで!?血が、血が止まらない───ッ!」

 

 持っていた愛銃すら投げ捨てて両手に掴んだ制服で必死に圧迫止血を試みようとするノアに、ユウカは鈍いと言えるほどゆっくりと笑顔を作る。

無駄なのは分かった。

どう考えたって素人の止血法で止められる範疇を超えた負傷なのは火を見るより明らかだった。

 

「……ぅ、っぅ……ぃじょ、ぶ……はぁ……っぁぁ……後ろ、にいて……私、やれる、わ……」

 

 深々と肩を貫通し、さらにそれが抜けた事でより一層に傷は深まる。

糸を引く出血は粘着質にとどまることを知らない。

普段の銃撃戦で受けるそれとはまるで違う痛みはユウカの体だけでなく心まで、削り、抉る。

 

「だ……かっ、っあ……んっ……らッ!」

 

 それでもユウカは意識を保ち続け、次の一手を模索する。

この場を切り抜ける道を探さんとする。

 

「(私は早瀬ユウカ……セミナーの……会計っ!あの子達の……モモイとヒフミの……!)」

 

 聖杯戦争が始まって以来、そしてヒフミとモモイを抱きしめたあの日以来、早瀬ユウカは決して備えを欠かした事はない。

 

「(友達でしょうがッ!)」

 

 だって早瀬ユウカはあの日決めたのだから。

自分の腕で抱きしめた二人の分の細い肩が震えるのを見た日に。

決して折れぬと、必ずこの子達の力になると、そう決めたのだから。

彼女達に協力すると決めたその日から覚悟を欠かした事はない。

震える指でスカートのポケットから鎮痛剤と止血剤の混合薬が封入された自己注射キットを取り出して。

 

「……し、て……刺して、ノア……まだ……ぁ……戦わ、なきゃ……」

 

 ノアへと差し出す。

そう、戦わなくてはいけない。

隣に、そして後ろには友がいる。

残り何分か、少なくともまだあと少し。

まだ少なくとも15分なんて経過していない。

だからあと数分は持ち堪えなくては電力は復旧しない。

何より電磁シールドを展開できる自分がやらなくてはノアが殺されてしまう。

痛みに叫ぶ脳内で合理的にユウカは判断して。

 

「は、やく……して……のあ……早くっ!」

 

「やだ、やです……こんな……だってユウカちゃんしんじゃ……「おー。多分死ぬぜ。その娘」……ぃぃぃッ!?」 

 

 だが、震える小箱をノアは受け取れない。

血を止めようと必死に圧迫するその手を離す事も、かといって止血剤を打てばまた立ち上がるのも分かっていて、耳に届いた最悪の未来しか待っていない現状に恐怖する事しかできない。

そしてそれすら、嘲笑われる現実が牙を剥き、ユウカは睨みつけた。

 

「……うっ、さい。どうせ、死ぬって……ぅぐっ……っん……思ってるなら……ちょっとぐらい……黙って待ちなさ、いよ……!」

 

「悪ぃ、悪ぃ。あんまに麗しいユウジョウってやつ?見せてもらったからな。まぁなんだ、見当違いしてるみたいだし、ほれ、教えてやろうかっていう親切心だよ」

 

「見当……ちがい……です、って……?」

 

 息も絶え絶えとなりながら、それでもユウカは男からがんとして目を逸らさないままそう尋ねる。

その姿は気丈。

いくらキヴォトスに住まう者として普通の人間より遥かに破格な身体構造から通常であれば失血死してもおかしくない状況。

それだけの傷を負った事での痛みすら、奥歯を噛んで意識を保つその姿は正しく驚愕の一言だろう。

もしもアサシンのような女であれば喉を鳴らして喜ぶに違いないケルト好みの女傑振り。

 だがランサーは変わらずつまらなそうに、ユウカを見て言った。

 

「あぁ、俺はな、早瀬ユウカ。お前さえ殺せりゃそれでいい」

 

「な、に……を「させませんっ!そんな事……!」の、あ……」

 

 慈悲はなく、淡々と事実を突きつけるようにして今気力だけで意識を保ち血塗れで這う少女へと、事も無げといった様子で『死ね』と言う。

その言葉にノアは甲高い悲鳴と共にユウカを抱きすくめる。

もう、理屈ではないのだ。

ただ怖いのだ。

純粋な暴力を殺意をもって振り翳される現状が、どうしようもない理不尽に自らの愛する者が痛ぶられる現実が、ノアは怖くて歯を鳴らしながら必死に腕の中に隠した。

それはまるで母親が愛し子を悪漢から庇うように、自らの髪も衣服も赤い血で染めながら、震える腕でしがみつくように抱きしめる。

 

「……怠ぃな」

 

「ひっ……っ」

 

 一言。

手元に戻った槍の石突で地面を叩いた苛立ちに、ノアは喉の奥でか細い音を鳴らす。

怖いと、目の前の大人が怖くて仕方ないと。

だから、絶対に手放してなるものかと一層に腕の力を込めた。

絶対にユウカをこれ以上、怪我させるわけにはいかないと泣いているのか睨んでいるのかも分からない視界で、必死に。

 

「……怠い真似だ。なんだ、ミレニアムのガキ共は賢いって話だから期待して教えてやりゃ興醒めだな。お前らの好きなゴウリテキってやつだぜ?───早瀬ユウカ一人死んでくれたら後は手を引くって言ってるんだからよ」

 

「……ノア、には……」

 

「ユウカちゃん……?ねぇ、うそ、やだ……やめて!言わないで……!」

 

 自分が死ねばこの場を退く。

果たしてその言葉がどれだけ信用できるか、ユウカ達には判断できない。

敵の言葉なぞ鵜呑みには出来ない。

だが、この話を聞いておかねばならない、最悪を想定しなくてはいけない。

何故なら、まだノアも、そして今も電力復旧に努めている友人達が背中に控えているのだから。

 

「……ノアには……いいえ、他の子にも……手を……っぅ……出さないのね……?」

 

 自分の命を賭けるメリットを早瀬ユウカは知らねばならない。

 

「ユウカちゃん……!?」

 

悲痛な叫びを無視して、何故か上機嫌になったランサーは語り始める。

 

「別に良いぜ。お前さんさえ、殺せりゃ俺もアサシンも兵は退く」

 

「な、んで……!なんでユウカちゃんが……!」

 

 ノアがユウカを抱く力もそして出血部を抑える箇所へと加える力も一層と強くなる。

最早ノアには自分が何をして、何を言っているのかすら分からない。

冷静な判断を下せない。

そんな事を歯牙にも掛けず、ランサーは怠そうに説明を始めた。

 

「なんでって。そりゃ」

 

 律儀だからでもなんでもないのだ。

ただ単純に腕を動かしてユウカを殺すよりだらだらと喋る方が楽だった。

ただそれだけの理由。

 

 

 

 

 

「丁度良いからな」

 

 

 

 

 

 

「……ぁ、ぇ?」

 

 それは戦いの中にあって、⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎という男であればあり得ない理由。

 

「マスター二人と深い関係があってかつミレニアムでの協力者。おまけに生徒会でも現状の顔役みたいなもんなんだろ?あんた。ならソイツを殺せば、楽にマスター二人の心をへし折れる?それに折れなくてもいいじゃねぇか。ほれ、お前が死んだら」

 

あってはいけない、理由。

あの男が、汎人類史において鮮烈な生涯を駆け抜けた一人の益荒雄が語る筈のない理由。

 

「死んじまった友達を取り戻す……なんて間抜けな願いを二人が持つかもしれない」

 

義理でも情でも約定でもなく。

ただその方が楽(・)だからだなんて理由で槍を振る、そんな事は。

太陽の如き英雄が、嘗て一人の勇者に心から敬愛された大英雄が、絶対に口にする筈のない言葉であった。

 

「だから他のは見逃すぜ、早瀬ユウカさえ殺せりゃ今日のところは上等だ。というより何人も殺しても……人間ってのは面倒だ。あんまり数死ぬとな、現実として受け入れにくくなっちまう、受け入れるのに時間がかかる。それならあれだ、早瀬ユウカだけで十分だろ」

 

 からからと嗤うその言葉にはどこまで空虚な物があった。

人の生き死にも、命の尊さの欠片も、戦場で死ぬ戦士への経緯の欠片もなかった。

ただそこにあるのは『怠惰』なまでに面倒ごとを早く済ませたいという調子外れの惰性だけだった。

 

「それにこう見えて俺は平和主義(ヘイワシュギ)ってやつだ。面倒な戦いなんざゴメンだね。お前一人死ねば効率よく阿慈谷ヒフミと才羽モモイの心をへし折れる。だから、どうだ?早瀬ユウカ。死ぬ気になってくれたかい?」

 

 果たして、その下卑た提案へのユウカからの返答は。

 

「……だ、れが……ッ!」

 

 銃声。

自己注射キットを震える指で無理矢理その逞しくも美しい太ももの白い肌へと打ち込み、赤い花を咲かせながら。

 

「誰が……アンタのその下衆な提案を……ヒフミを、モモイを……」

 

 未だ痛みを叫ぶ脳内を無視してユウカは啖呵を切る。

 

「私の友達を泣かせる提案なんか呑むもんですか……ッ!」

 

荒々しく、ノアを庇うように立ち上がりユウカは闘志を新たにする。

もう負けるわけにも、ましてや死ぬわけにもいかなくなった。

この男に勝たなくてはいけない、自分は決して死んではならない。

そうしなくては、この男の思い通りにさせては、友達が傷つけられてしまう。

だが、その決意は虚しく男には通ずる事はなく。

 

「ああ、悪りぃ。これな、交渉じゃなくて───もう決めてんだわ」

 

 槍を中心に魔力が吹き荒れる。

それは周囲一帯の大源を喰らい尽くす純然たる殺意。

先ほどユウカへと放たれたソレとは毛色の違う純粋な暴威。

しがみつくようにへたり込んでいたノアは、それを見て悲鳴を上げる前にユウカを庇って前に立つ。

 

「ひっ……ぅ……あっ、くっ!ゆ、ゆうかちゃ、ん……にっ!」

 

 最早それは本能だった。

友を殺されるわけにいかない。

ただその一心での行動に対して、ランサーは面倒な事をするなとでも言いたげに舌打ちを鳴らす。

 

「交渉なんて面倒な事、するわけねぇだろ。怠いんだよ、そんな事。話してんのはアレだな、名(・)残(・)り(・)って奴だ。まっ、だからとっとと死んでくれや」

 

 そう言い放ち、腰だめに構えようとしたランサーの隣で、再度魔力の奔流が生まれる。

ユウカ達の目からも感じ取れる空気の揺れ。

この場にもう一騎、サーヴァントが現れる。

その事実に、祈りが通じたかとほんの一瞬の安堵が生まれる。

 

 

 

 

 

 

「おう、『嫉妬の』。やっと来たかよ」

 

 

 

 

 

 

 そしてそれはすぐさま折られる事となった。

現れたソレを言い表すならば『黒』という言葉こそが似合うだろう。

女か、男かもわからない。

中折れ帽、そして泥を塗りたくったような黒いスーツはさながら喪服か。

少なくとも彼女達が敬愛する先生が袖を通すそれとは比べ物にならない死が染み付いている。

そして血で汚れた包帯に巻かれてその下の顔は見通せない。

ただ、衣服の下より捻じ曲がるような狂気が立ち上っていた。

睨め付けるダークブルーの瞳の輝きだけが爛々とユウカ達にどこか機械的な空虚さを伴って届く。

 

「D.U.の様子はどうよ?」

 

 そんな出立のサーヴァントに気安い調子で呼びかけたランサーに対して、嫉妬と呼ばれたサーヴァントは直立不動のままでいたが、ゆっくりと、そして忌々しげに口を開いた。

 

「……思いの外、固い。流石は七神リンと言うべきか。あの女め、形振り構わず『用意』していたぞ」

 

「おいおい……幾ら手練れでもたかがガキだろうが。それにあの連邦生徒会長だっていねぇって話だろ?」

 

「安守ミノリとバーサーカーも現れた……今宵でD.U.を攻略するには私一人では分が悪い」

 

「はぁ……そうかい。まあ俺がそう言うならそうだろうな」

 

気怠げに確認するように頷いて。

 

「さて、待つのも怠ぃんだ。ちゃっちゃとこっち済ませて帰るとしようぜ」

 

男は再び槍を構える。同時に隣に立つアサシンの影からは黒いナニカが生まれ落ちる。

 

「ユウカだ」「ノアもいる」「ミドリはいないよ」「死んじゃった」「遊びに来たよ」「ユズはいないよ」「死んじゃった」「早く遊んでよ」「リン先輩もいないよ」「しんじゃった」「ゲームがしたいね」「きょくちょうは殺したよ」「楽しいゲーム」「ゲームなら何がいいかな?」「そうだ」「そうですね」「ユウカ」「ユウカだ」

 

 

 

「 早瀬ユウカ(罪人)を殺そう」

 

 

 

 先ほどから影も形も、ましてや声も聞かなくなっていた存在がまるで泥から這い上がるように出現する光景。

そしてその声の持ち主達は最早才羽モモイの姿ですらない。

モモイに、正義実現委員会の生徒に、C&Cの構成員に、ゲヘナの風紀委員に、そしてヴァルキューレの生徒に。

ぐずぐすと音と煙を立てては衣服ごと変質していく。

 

「……ッ」

 

 長く伸びた影からは今もなお生徒に似たナニカが生まれていく。

影の如き生徒。

その数は、300に到達した。

 

 ユウカはその光景に、覚悟を決めた。

ノアを押し退けて自分が矢面に立たんとするが痛みがまだ響くのか、立っているのが精一杯という様子。

そのノアもまた、愛銃を投げ捨ててしまっている。

最早2人に勝機はなかった。

皮肉にも稼ぐべき15分まであとほんの僅かだというのに、少女達はここで死ぬ。

その結末は2人には変えられない。

 

 皮肉げに片方だけ唇を上げた男はただ槍を持つ手に力を込めて───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ。楽しそうな事してるな。あたしらも混ぜろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声と共に、暗闇に光が灯る。

 

ミレニアム・スタディエリア。

昏く沈んでいた夜の街に再び輝く光が満ちて、それは発電所も同じ。

 

 背中に光を浴びてランサー達の背後に少女が現れたのは全く同じタイミング。

ユウカ達は見た。

音もなく現れたその所作はミレニアムが誇るメイド達の完璧なそれ。

雨粒すら弾いて鮮やかに輝く橙色の髪を揺らす下にはその挑戦的な目が燦々と輝く。

少女はランサー達が振り返るよりも早(・)く(・)、その華奢な右足から放たれた回し蹴りがランサーを捉えて吹き飛ばす。

同時に、隣に立っていたアサシンの顎下に拳を叩き込んだ後に鎖をかけて。

 

「わりぃな。ちょっと後輩と話すから───退けよ、お前」

 

そう言ってそのまま外へと放り投げる。

字面だけならなんと呆気ない事か。

だが侮るなかれ、大の大人を身長にして146cmという小柄な少女が宙へと浮かして10mは先へと放り投げる。

その事実が小さな体躯に詰め込んだ膂力の恐ろしさを物語っている。

 

「……ネ、ル先「アスナ」……ぁ」

 

「はいはーい!お待ちどうさま!二人とも……遅くなっちゃってごめんね」

 

 いつの間にいたのか、長い亜麻色の髪を揺らしながら救急セットを取り出すのは一ノ瀬アスナ。

彼女は手早く、ユウカの傷を診察しその状態に顔を顰めつつも的確に対応を始める。

その様子に呆然と、でも徐々に現実を理解して。

 

「っかった……よか、った……ありがとう、ございます……お二人とも……」

 

 ノアは膝から崩れ落ちて安堵の涙を流す。

その姿をちらりと一瞥してからネルは油断なく相棒を構えた。

 

「わりぃな、ほんと。ちょっと足止め喰らっちまってさ」

 

 首を鳴らし、鎖を床へと垂らす。

臨戦態勢、その姿に僅かたりとも隙はなく。

一歩ずつ、その怒気を漏らさぬようにして歩き始める。

 

「まぁその分は今から働いて返すとするさ」

 

「……おい、なんでアイツらが此処にいる?アサシンの宝具で足止めされていた筈だろうが?」

 

「ん?あぁ、あのよくわかんねぇ奴らか。アレなら全員ノしたぜ」

 

 鼻で笑って言う少女へとアサシンは呻くような声を上げた。

 

「……三百は下らん数を用意した筈だ」

 

「多かったね、リーダー!」

 

「あぁん?あんなもん数のうちにも入んねーよ。うちの連中の損失もなしだしな」

 

「あ、ユウカちゃん、ノアちゃん!避難所の方とかヴェリタスの子達は安心してね!うちのエージェントもそうだし、カリン達がピックアップ済みだから!」

 

 能天気なほど明るい声でそう言うアスナは止血を済ませるとノア達を奥へと誘導する。

その動きをアサシンもまた咎めようと、再度ナニカを顕現させようと影を広げようとして。

 

「させるわきゃ、ねぇだろ」

 

 呆れたように少女が言った瞬間、影から顔を出そうとした生徒の形をした何かは爆散する。

理由は分かりきっている。

少女の手元にある二丁一対の銃。

そこから少女の感情が漏れ出したかのように煙が揺らめいている。

呆れは当然だった。

この少女の前で誰も舐め真似なぞ出来る筈もなし。

 

「ったく、つまんねぇ真似してうちの可愛い後輩共泣かせてんじゃねぇよ。こいつらの涙、高いんだぜ?だからよぉ」

 

 そう、この少女が来たのだ。

たかが三百人程度で自分達を抑えらると考えられた、ミレニアムに喧嘩を売ってきた。

何より可愛い後輩を、己の親友が手塩にかけて育ててきた次代のミレニアムの宝を傷つけられた。

その怒りに震える、ミレニアムの勝利の象徴が。

 

 

 

 

 

 

「ここからはあたしらの喧嘩だ───!」

 

 

 

 

 

 

ミレニアムサイエンススクール、最強。

コールサイン、ダブルオー。

美甘ネルがこの戦場に到着したのだから。

 

 

 

 

 





1じゃんね☆
ツルギちゃんの時と違ってなるべく出すべき情報は表に見える形で!な方針で怠惰のランサー戦いくじゃんね☆
怠惰のランサーの元になったサーヴァントは元々最初のダイスでランサーだったら出演予定だったじゃんね☆

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