阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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嗚呼……貴方、でしたか。
ええ、どうぞ、用意してありますので。
……でも。
ごめんなさい、最後に一つだけ。
ちっぽけなわがままを……良いでしょうか?
……ありがとうございます



では、一つだけ。
私の言葉をどうか持っていって下さい。

───私は貴方を決して許さない。

たとえ貴方が死で贖おうと、決して。
たとえ私が壊れても、決して。
私は私の家族を奪った貴方を、決して許しません。



悪意の花束を手向けに

 

 ミレニアムサイエンススクール。

キヴォトス三大校の中でも技術者気質の生徒が多く、その講義内容も最先端科学を謳い文句にする事からトリニティやゲヘナと比べてより学問に長ける印象を受ける名門校。

そうした気質は凡ゆる分野で発揮され、当然それは警備面でも自分達の発明品を活用する。

それもあって正義実現委員会や風紀委員会、百花繚乱調停委員会のような有名校が有するような治安維持組織に対して、その規模はミレニアム自治区の広大さを考慮しても小規模と言えるだろう。

 

 もちろん、お通し感覚で銃撃戦と爆撃が日夜発生するゲヘナを筆頭とした他自治区と比較して、殊更に治安が良いから不要というのもあるだろう。

ではミレニアムは他校と比べて弱いか。

 

「……ネル……先、ぱ……」

 

「無理に喋んな、会計……任せて寝とけ」

 

「……んぁ……っ……ぃ、がと……ぁす……」

 

 ぶっきらぼうな、けれど労わりがしっかりと感じられるその言葉にユウカは全幅の信頼を置いて意識を手放す。

ノアもまた潤んだ目で、けれど明らかに落ち着きを取り戻してしっかりと自分の足で立っている。

現セミナー、最高幹部の二人が数百人規模の敵を前にした小柄な少女の勝利を疑っていない。

それこそがミレニアムが弱いなどという戯言への反証。

 

「……おいおい、弱い者イジメかよ」

 

 一言、ネルは漏らす。

理由は目の前の光景だ。

生徒の形をしたナニカ達は、手にした古めかしい自動拳銃(M1911)から0.45インチの真鍮を吐き出さんとする。

鉛色の嫉妬心を突き立てんとするその暴虐、正しく当たれば負傷したユウカは勿論、ネル達も怪我は免れないだろう。

だが、仮にもミレニアムが誇るエージェント。

彼女達が過去の産物、ましてや希薄な意思すら剥奪されたただの劣化品に。

 

 

 

()()()()()()()()()()()、アカネ、カリン」

 

 

 

敗北が許される筈もなし。

 

 爆撃。

そして狙撃。

ネル達へと向けられた見当外れな嫉妬心を剥き出しにする銃口をそれを向けた兇手も、苦悶の声と共に一掃される。

 

「雑魚掃除ばっかさせて悪ぃけど、まだ殴り飛ばしてねーからな。あたしの分は良い感じに残しとけ」

 

『こちら、02……肝を冷やすから勘弁してほしい』

 

『はぁい、03。でも、リーダー?あんまりおいたは駄目ですからね』

 

「わーってるよ」

 

───Cleaning&Clearing。

 

ミレニアムの虎の子にして現ミレニアム会長調月リオが創立したエージェント集団。

保安部とはまた別系統で存在し、自治区内の治安維持を一手に担う最高戦力。

その内の四人、ミレニアム生徒会長から直々に任命される数字持ちとして尊敬の念を集める生徒達が今この場に集まっていた。

 

「んじゃ、アスナのカバー頼むぞ。やり過ぎさせない程度に、な」

 

『02、了解。リーダーも気をつけて』

 

『03、了解致しました。ご武運を』

 

コールサイン02、角楯カリン。

コールサイン03、室笠アカネ。

両名、及び。

 

「リーダー!ユウカちゃん達、送ってくるねー!」

 

「わーった、わーった。ゆっくり戻って来いよ」

 

「めっちゃ超特急で戻ってくるからねー!良い子で待っててねー!」

 

コールサイン01、一ノ瀬アスナ。

現時刻をもって戦線から一時離脱。

ヴェリタス四名とセミナー幹部二名の保護任務を遂行する。

残るのは一人。

 

「はぁ……折角カッコつけたってのにな。おい、待たせて悪かった……待っててくれたって訳かよ?」

 

「いいや、別に。動くのが怠かった、それだけだ」

 

「……そうかよ。ならいいんだぜ?」

 

コールサイン00。

 

「そのまま」

 

美甘ネル。

 

「ゆっくりしてってくれてもよォォッ!」

 

 立て直し始めてか、またもアサシンの影が蠢き、それに合わせてランサーは後陣へと跳び退がる。

それを見送りつつ、現れたアサシンの影から産み落とされたナニカ達とネルは激突。

 

「甘ェッ!」

 

 拮抗、なし。

跳び膝蹴りで迫る敵陣へと潜り込んでは荒々しく、かつ俊敏に隙間を縫ってのインファイトを敢行する。

三百対一の乱戦。

暴き乱れる銃撃戦は余人が踏み込めば瞬時に挽肉となる。

揉みくちゃにでもなろう接近戦はネルの四方を黒い人波と銃弾で埋め尽くす劣悪なそれ。

どこに足を出すか、どこに踏み込むか、一歩でも間違えれば瞬時に足は止まり放たれ続ける弾丸の餌食となる。

だが、その程度の判断。

 

「どうしたッどうしたァッ!サーヴァントさんよおッ!」

 

 銃社会、そして外の世界よりも圧倒的に実戦慣れした強者が揃うキヴォトスにおいて三大校のエージェントという立場までのし上がったネルが誤る筈もない。

銃撃戦なぞ、今更だ。

 

「(足止めに使ってきた連中より、脆くねぇな)」

 

 声は荒く、吠え立てながら敵を破壊していく様はまさに破壊その物。

夏至の太陽が如き輝かしい猛攻に二丁の愛銃『ツイン・ドラゴン』も益々と銃身から咆哮を激らせる。

 

「(大規模な破壊痕から爆撃に類する攻撃手段はあるだろうな、ってこたあの黒スーツより下がったのも考えてあの槍か。事前にバーサーカーのおっさんが宝具使った時の映像見てて正解だな、こりゃ)」

 

一歩踏み込み、顎へと膝蹴りを放ち顔面を砕く。

そのまま頭を両足で掴んで敵の首ごとくるりと方向転換。

敵の頭部を引きちぎりながら回転しつつ円陣を組んで取り囲む周囲の敵を銃撃で薙ぎ払って間合いを整える。

そのまますぐさま飛び降りたかと思えば、疾走。

その脚力を活かしつつ、低空飛行にすら見間違えるような地面スレスレまで身体を倒して滑るように離。

軽々と包囲網を抜けながら、今度は敵陣の背後を狙っていく。

 

「(この影共も同士討ち前提で狙いに来てるあたりは補充が容易。魔力っつったか、サーヴァントの燃料とかいうの。あの青タイツと黒スーツに関しては燃料切れ狙うのは規模感的に無理だな)」

 

 殴る、蹴る、撃つ。

打ち損じなぞあり得ず、一撃で一体、必ず敵を屠る。

これぞ一撃必殺というべきだ。

まさに猛攻。

数の多寡なぞ問題ではない。

 

 だが、反面。

敵の数を凌駕する個という姿を夜空に見せつけながらも美甘ネルの思考は冷静であった。

 

「(となるとだ。どうやって決着まで持ってくかだな。こっちの勝利条件はぶっちゃけ会計と書記の保護、それに他の生徒をスタディエリアから避難させられた時点で上々。こっから撃退なりぶっ潰すなり好きにしたいってのが本音だが)」

 

 美甘ネルの強さは大別して二つ。

その一つが『思考と感情の制御』。

エージェントとして従事してきた数々の任務に基づく膨大な経験を十二分に活かし的確かつ冷静な判断を下せる論理的な思考。

必要な状況で必要かつ最適な手段を選べる、どんな状況であってもだ。

そして相反する激しやすい感情を手繰りコンディションを整えつつ、それに支配されるのではなく逆に自分にとって心地よく利用する。

 

 燃える太陽の如き熱き闘志と死せる葬礼の如き冷えた理性。

この二つの両立。

齢17歳にして如何なる状況下でも完璧なメンタルコントロールを成し遂げる能力こそが美甘ネルの最もたる強み。

 

 それは数的不利を取る現在も遺憾無く発揮される。常に考え、最適解を叩き出していく。

そのネルの中で一つの結論が下される。

 

「(んな、甘い相手じゃねぇわな。特に奥のタイツ、ありゃ手強い)」

 

 最早、蹂躙の様相へと様変わりつつある戦況。

離れた場所にいるランサーとアサシンの元に辿り着くのも時間の問題。

だが、ここに至ってもネルに油断はなく。

目の前の雑兵にあまり時間はかけたくないと思考を巡らせつつ、振り回した鎖で敵兵の首を絡めて纏めて砕く。

その光景に、アサシンは呻いた。

 

「……あり得ない。あり得ないッ!幾ら私が未だ()()してないとはいえ……!」

 

「あり得ない?おいおい、遊園地だとでも思ってんのか?此処は私らの学園、天下無敵のミレニアムだぜ」

 

 情報の精査は行わず、けれどその発言は一つ足りとも逃さないよう脳裏に刻み込みながら。

ネルはそんな思考をおくびにも出さずニヒルに嗤う。

 

 

 

「あり得ないを解いちまう大馬鹿野郎共が屯してんだ、てめぇらの常識で計れる訳ねぇだろ」

 

 

 

 300を超えた敵兵を中央を突破しつつ3分の1近く撃破した少女は獰猛な笑み浮かべてそう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、残りも減ってきたな。次はどんな手品だ?待ってやるから見せてみな」

 

「……言わせておけばッ。小娘風情が……!」

 

「僻むなよ、成長途中ってやつだ」

 

 からりと笑うネルは、二丁を持ってのファインディングポーズ。

どこからでも掛かってこいという意思の表明であり同時に挑発行為でもある。

それを見たアサシンの顔は包帯に包まれていようと露骨に怒りを顕にする。

わなわなと腕を震わせれば、その背にある影を拡大し、残る兵力を再度ネルを取り囲むように配置する。

その数、実に206体。

 

「(あー、数え直しか。まぁざっくり丼勘定だが、大して増えちゃいないな)」

 

 かなりの数を殲滅してからの再包囲。

だがネルは焦る事なくその配置を確認していく。

その間も既に銃口はネルの方を向くが。

 

「ハッ……品揃えがわりぃな!マジシャンッ!」

 

 既にそこにネルはいない。

崩れかけの壁を、床を、そして敵兵の間を掻い潜り縦横無尽に駆け抜ける。

圧倒的な機動力、美甘ネルの強みを敵へと押し付ける戦い方にさしものアサシンの従僕も分が悪い。

その中でネルもまた弾丸を連射しての制圧を行いつつ、思案を組み立てる。

 

「(施設の侵入に使ってた他の連中も呼び出した感じか……ここに来る前にあたしらを足止めしてた数が大体dice1d666= 体。無限湧きじゃねぇな、数にもそれなりの限界があるし一度倒したら暫くは出せねぇ)」

 

現状の敵の行動、そしてこれまでの戦闘で得た情報から総合的に敵の底へと迫っていく。

 

「(……あたしはまだ余裕はある。あとフルで二、三時間は捌けってんならこの程度の相手ならヤレる。ただ奥のアイツらも今はいいけどいつまでもそこにいるってことはなさそうだな。最悪カリン達の方に行くか)」

 

背後から迫ったナイフの刃。それを屈んで躱しつつ伸び切った腕へと鎖を絡めて。

 

「おいおい、教育がなってねぇな───レディとは顔見て話せってなァッ!」

 

背負い投げ。敵陣へとアサシンの従僕を投げ込む。宙へと放られた180cmはある敵兵の巨体は当然のように敵の視界を遮り、その一瞬を見逃さずにネルは投げた相手ごと全面の敵影を蜂の巣にする。

 

「(実は今もあたしに全部はぶつけずに会計の方を追わせてる、って考えた方が自然か……舐めやがる)」

 

 敵からの銃弾を純粋な脚力のみで避けていくネルの脳内で出した結論は、彼女にとって嬉しいものではなかった。

アスナ、カリン、アカネの三名は既にこの場を離れてユウカ達を所定の医療機関へと搬送、他のエージェント達も避難所の防衛や避難経路の確立を行っている。

既に電力の復旧を果たし敵の早瀬ユウカの殺害という目標は果たすのが難しい状況。

何より相手取っているのは美甘ネル。

この場を凌ぐ為に戦力はネルに集中させている、と考えるところだが。

 

「(まっ、それなら言う事なしなんだが、そういうわけじゃなかったパターンだとな)」

 

 彼女は最悪を想定する。

つまり今現在もユウカ達のところへと戦力を回して、足止めしているつもりが実はネルこそが足止めされているというパターン。

それを計算したところで。

 

「……はっ」

 

 彼女は笑みを浮かべた。

状況は最悪の一言だ。

未だ敵は雲霞の如く。

もし仮にネルが足止めされているならば、今すぐにでもこの場を離れて支援に向かうべきだろう。

だが、それ以前に中々どうして敵は数を減らさない。

なにより。

 

「(明らかにさっきより硬くなってんな……数が減るほど残りの奴らも強くなるって仕組みか?)」

 

 動きに変化はない。

しかし銃弾を喰らった敵兵が先ほどまでは倒れ伏して泥のような影となって消滅していたのが、今はもんどり打ってもすぐにまたネルへと襲い掛かる。

右足で迫る敵を蹴り飛ばし、その反動で反対側から襲ってきた敵の腹部へと銃弾を連射しつつそのまま軸にしていた左をバネのように跳ねさせて空中でムーンサルト。

敵の肩へと触れるように着地してそのまま包囲網を抜けつつ再度射撃。

 

 だが、地面へと降り立った時には既に敵が黒い壁となって迫っている。

ネルの目には明確に、この短時間で敵の耐久、言い換えればタフネスさに変化が見られた。

それも彼女にとって良くない方向でだ。

 

 彼女が幾ら強いと言っても生身の生徒。

どれだけ長時間戦えたとして、体力は無尽蔵に見えても、必ず底がある。

逆に敵は徐々に力をつけていき、無論体力切れなぞ望めない。このままいけば状況は少しずつ天秤をネル側から敵勢へと傾ける。

 

「遅ぇよ」

 

 だが、ネルは嗤う。

その理由に、実は論理的な根拠なんて物はない。

強いて言えば『勘』に近いだろう。

だが、その経験と。

 

「アスナッ!」

 

信頼に基づく勘は正しかった。

 

「ごめん、部長!()()()()時間かかっちゃった!」

 

 月すら隠れた夜空から亜麻色の乙女が彗星の如く降り立った。

コールサイン01、一ノ瀬アスナ───現着。

戦況が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囲まれたネルと背中合わせに降り立ったアスナの気配に目も合わす必要なく、ネルは全幅の信頼から確認をする。

 

「あっちは済んだか?」

 

「バッチリ!()()()()問題なし!」

 

「なら良し!」

 

 どっちも。

つまりユウカの無事も他の生徒達の無事も。

或いは今ここに来ている事もカリン達に任せている事も。

若しくは敵の襲撃もその撃退したという結果も。

ネルの中で知りたがっていた現状に対する回答を『どっちも』の一言で全て説明し、ネルもまたその一言で理解する。

 

 お互い1年生の頃からの付き合い。

長さだけなら現在の数字持ちの中でも最も長い気心知れた相棒。

今更、戦場で無駄な言葉は不要だった。

 

「走って抜けるから残りは任せる。あたしはそのまま奥のタイツを()る」

 

「おっけー!任せて!……でも、リーダー」

 

 期待していた増援もあり、ようやく本格的に戦えると肩を回すネル。

そんな彼女に、アスナは口籠もりながら僅かに視線を揺らした。

 

「あの槍、()()()()()()()

 

 不安と微かな恐怖。

歴戦のエージェントであるアスナが発した言葉にネルはじりじりと迫る周囲の壁を牽制しつつ尋ねる。

 

「……そう思うか?」

 

「うん……なんかね、見てるとゾワゾワする……すごく、冷たくて怖いって感じ!」

 

 一ノ瀬アスナ。

蠱惑的かつ肉感的な身体つきの女性らしい女性であると共に大型犬と揶揄されるような愛嬌を持ち合わせる美少女。

 

 だが、同時に豊富な戦闘経験、そして凄まじい桁外れの『直感』を有する鬼才。

その直感は、経験から培われる通常のそれとも違えばヒフミの有するそれとも毛色が違う。

正しく驚異的な超常、過程をすっ飛ばす演算。

その『直感』がアスナに教えるのだ。

 

「だからリーダー。使()()()()()()

 

怠惰のランサーが持つ槍を使わせるべきではない、と。

 

「……あいよ」

 

 その言葉が意味する物はネルには理解できず、だがその脅威が如何程の物かだけは本能的に確信を抱いた彼女は。

 

「なら……使う隙なんざなくぶっ飛ばしてくぞ!」

 

「オッケー!」

 

 アスナへと号令、それに背中合わせだったアスナもまた反転し駆け出したネルを援護する。

一点突破。正面からの吶喊に当然敵兵は応戦しようとするが。

 

「遅ェッ!」

 

「させないよッ!」

 

 一気呵成に駆け抜ける。

鋭い矢の如く疾走するネルに追い縋ろうと腕を、刃を、弾丸を伸ばそうとする悪漢の動きを阻害し、自身にも迫る攻撃を防ぎ、躱しながらアスナは見事な支援をやってのける。

二百近い敵の軍勢。凶器が犇めく悪意の群れ。そこを一直線に、ただの一度も悪辣なる食指にかからないままネルはただ走り。

 

そして、今。

 

「よぉ、待たせたな」

 

包囲網を抜け、瓦礫に座る男の眼前へと躍り出た。

 

「いいや?待っちゃいないさ……そのままポックリ逝ってくれても良かったんだぜ?」

 

対する男は、反射的に構えようとしたアサシンの動きを顎で制しながらゆらりと立ち上がる。その手には鈍く、そして血を滴らせる兇器が一振り。その血が誰の物か、改めてそれを目にしてネルの夕陽の如き瞳に力が灯る。

 

「おいおい、ひでぇな。これでもこっちはアンタにしっかり」

 

許すまじ。ただその想いが熱を帯びる。美甘ネルの口から漏れる息が雨で凍てる空気に白く棚引く。

吐き出す言葉は決めていた。その気怠げに全てを『つまらない』と見下す視線に突き立てる指を決めていた。だから。

 

「お礼したかったんだからよォッ!槍持ちィッ!」

 

 中指を突き立てそう吼えたネルは、一歩、相手の間合いへと踏み込んだ。

サーヴァント二騎を生身の人間、それも僅か十七の少女が相手取る。

サーヴァントについて理解がある人間なら無謀を通り越した蛮行か、はたまた虚構でしかないと嘲笑する事だろう。

それを考えればネルは幸いだった。

 

「……軽いか」

 

「テメェの槍がなァッ!」

 

アサシンの『敏捷』はBランク。

無論のこと、その数値だけでサーヴァントの脚力は測れない。

だが今この瞬間に、アサシンは立ち尽くす他ない。

 

 そう、美甘ネルはサーヴァント二騎を相手にしながら幸いにも、自身の並外れた身体能力でそのうち一騎を『置き去り』にし事実上の一対一という状況を作り上げていた。

 

 サーヴァント。

それはキヴォトスとは異なる世界においての過去の英雄。神話、伝説、寓話、歴史。真偽を問わず、伝承の中で活躍し、人々の文明が織られていく中で『確固たる存在』として確立された超人。

そうして人々に語り継がれる中で永久不変の存在となった英雄は、その死後に信仰を獲得し人間の枠組みから外れた精霊、即ち『英霊』へと至る。

 

 それこそが異なる世界の人類が生み出した至高にして最高の幻想であり理想。

人間の中で最も優れた人間、その到達点。

それが英霊であり、その力、魂、精神をクラスという器に納めた存在がサーヴァント。

人類史上、最も優れた兵器だ。

そのサーヴァントを相手取って美甘ネルは互角に渡り合っている、その事実が如何程の物か。

キヴォトスの生徒という存在について、その変質した宝具の性質からつぶさに熟知している筈のアサシンでさえ絶句し立ち尽くすしかない。

 

「二丁使いが……こんな場所でもとはなぁッ!」

 

たかが人間風情、たかが子ども如き。

 

「えらく騒ぐじゃねぇか!老兵ッ!」

 

そう侮っていた存在が、今、過去に伝説を齎した大英雄の分け身と五分にぶつかっているのだから。

 

 アサシンが驚愕と底知れぬ⬛︎⬛︎に溺れる中、ネルとランサーの戦いも激化していく。

重なるように響く金属音。なにも刃同士がぶつかる音ではない。

弾丸と矛先。

それぞれが鎬を競って間合いを塗り潰し合う。

 

 銃と槍。

間合いで言えば間違いなく銃に分がある戦いだろう。

だが対するのは規格外の神秘を内包、否、神秘そのものであるサーヴァント。

神秘を有しない如何なる事象は彼らに傷の一つとて与えられない。

それは当然、現代兵器である銃も同じこと。

 

 だがここに例外がある。

学園都市キヴォトス。

そこに住まう住民達が手にしたソレには個人差はあれど確かな『神秘』が宿るという。

事実、通常の攻撃は宝具ほどにまで昇華されずともネルから注がれる神秘によってランサーの霊基に確かな傷をつけ得る凶器となった。

故に、此度の戦いで言えば宝具だから、サーヴァントだからという道理は通用せず。

 

「べそ掻くんじゃねぇぞ、ガキ」

 

 互いの命を奪える武器を手にしているなら条件は同じ。

残るのは純粋な身体能力と武練の差。

その筈であった。

 

「(こいつ……銃弾に対して回避しねぇ)」

 

 音速を越えた攻防。

その最中でネルの射撃がただの一度も当たらない。

回避しているなら理解出来た。

その身熟しだ、そういう事もあり得るかもしれない。

防いでいるなら突然だろう。

見切りに長けた立ち振る舞い、銃弾を斬って捨てる程度は悠々とやってのける。

 

 だが、それら一切せずにまるで、そう決まっているかのように当たらない。

その違和感にネルは見当をつける。

 

「(……これが例のスキルってやつか。風かなんかってとこか?)」

 

 ネルは思考を走らせ、槍を鎖で弾きながら引き鉄を引く。

銃弾は確かな軌跡を描き、青黒い影を捉えんと牙を剥く。

だがその結果は虚しく空を駆けていくだけ。それに確信を得て、ネルは次の動きに切り替えていく。

 

「……へぇ、こっちは良いみたいだな!」

 

 しなやかに振るわれた右脚。

それをランサーは槍で咄嗟に防ぐ。

槍と脚、だがその衝突音は。

 

「チッ……乳飲み子風情が」

 

ランサーが危惧した通りか、とても肉や骨と鋼鉄がぶつかるそれではない。

火花こそ散らねど、正しく鋼の一打。

それを素通りさせれば痛いで済まない事を互いに理解しての一手。

ネルの思惑通り、銃弾は駄目でも拳打であれば通じる確信を得て速度を上げる。

 

 再び激突。

響きあう攻防は次第と言わずに際限なくリズムを上げていく。

両者の戦いは周囲の空気すら追い出し完全な二人だけの世界を作り上げる。

白熱する稲光すら孕んだ矛先とそれを躱して確実に柄に、そしてランサーの肉体へと迫る打撃。

ランサーの一撃は重く、生かすつもりはないのだとその矛先の鋭さが告げれば、ネルの強打は確実に、必ず叩きのめすという決意を示す。

崩れた外壁を間合いを詰め合う踏み込みで粉塵となって巻き上がる。

攻め手、守り手が瞬きをすればすぐさまに入れ替わる人外の速度を示す戦い。

だがその中で、ランサーは嘲る。

 

「……ッ!」

 

如何に優れた身体能力を持とうとあくまで生徒、あくまで霊長の枠組みにあるのが彼女達だ。

何よりその手にあるのは鎖に繋げられた、そしてランサー相手には決定打に欠ける双銃。

どうしてもネルは肉弾戦を展開せざるを得ず、そうすれば間合いで優位を取る槍に拳打が勝る事はない。

何より速度こそ拮抗しても、成人男性と少女。

同じ土台に立つというのなら、当然そこに膂力の差が生まれる。

それは鋭角かつ点で命を奪いに来る矛先が徐々にネルの肌を捉え始めるという結果を生み出す。

 

 そして今、ぶつかり合う拳打と槍撃が百合を越え、ついに矛先を捌いた衝撃でネルの両手が弾かれるように開かれる決定的な隙が生まれた。

 

「───間抜け」

 

ランサーに躊躇いはない。

ネルの命を刈り取らんとランサーは足を止めて地面に根を下ろす。

その構え、ただ一撃で勝敗を分つが為に。漸く苦痛な戦いから解放されると喜色を浮かべるランサーと静かにそれを待つネルの視線がぶつかる。

瞬間。

一息のうちに放たれた刺突は正しく閃光であった。視認なぞ許さない、身を躱すなぞ認めない。ただ死を待てと言わんばかりに放つは一撃。

心臓穿つ、一撃必中───。

 

だが。

 

「そっちがな───!」

 

見る事すら許されない一撃は甲高い音と共に防がれる。

然しもの、ランサーの表情にも驚愕が浮かぶ。魔槍は確かに美甘ネルを貫いた。

だがその傷は浅い、その箇所も違う。

 

 必殺を込めて放たれた一撃はネルの膝と肘に挟まれる形で押さえ込まれていた。

 

無刀取り、その破型。

矛先は僅かにネルの腹部を指すが深さも5cmとないだろう。

致命傷には遠く及ばない。

驚嘆すべきは視認もできない速攻。

『心臓を狙う』『敵は一撃で決そうとする』、その二つを想定して最小かつ最短の動作で見切った身熟しと瞬発力、膂力、そして度胸。

 

 一歩間違えれば死ぬのは当然、防いだとしても膂力や強度次第では簡単に膝も肘も骨を砕かれ敗北へと繋がる。

だがネルはそれら全ての最悪を度胸と経験で乗り越えていく。

憤怒を力に変え、理性を以て勝利の可能性を掴まんとする。

そんなネルだからこそ、勝利の女神は微笑んだ。

 

「何惚けてんだ?───ボサっとすんな、殺しちまうぞ

 

 攻守、反転。

ランサーは、ネルの言葉通り、惚けた。

殺した、その確信。

終わった、その安堵。

戦いも仕事も何もかも怠惰に在る事が宿痾となった男は、確実に仕留めたと思った相手が生き延びたという想定外の事態に『隙』を作ってしまった。

 

 仮にケルトの大英雄、光の御子たるクー・フーリンがその光景を見たならば、隙なぞ作らずに歓喜と共に手合わせを願い出ただろう。

最早、ランサーの目の前にいる少女を誰がただの子どもと見るか。

彼の偉大な英雄であれば年も見た目も関係なく、その決意と度胸が齎した絶技をもって『強者』だと認めるだろう。

だがランサーにはそれは叶わなかった。

怠惰のランサーには不可能だった。

だからこそ、ネルもまた『隙』を見逃さない。

 

「……ッ!舐ァめるァッ!」

 

「舐めんてのは───テメェだろうがッ!」

 

 豪打。

打ち込むのは拳、足刀。

重々しい水袋を叩く音が夜空に広がる雲すら吹き飛ばさんと響く。

一瞬の隙を見逃さず四肢は振るわれる。

それに合わせて迫るは無駄だと理解した筈の銃弾と鎖。

そう、それらは確かにランサーには当たらない。

 

 『矢避けの加護』。

サーヴァントが生前に獲得した物の中でも加護の文言とあるようにより上位、神々や精霊によって与えられる力ある護り。

ランサーのそれはとある英雄が生前から持っていた物であり、加護の対象者は凡ゆる飛び道具から身を守る事が出来る。

故に、銃社会であるキヴォトスにおいて『矢避けの加護』というスキルは恐ろしいまでに効力を発揮する。

だが、加護を与えた存在は勘違いをしていた。

確かに投石、投槍、そして弓矢の悪意からは対象を守るだろう。

飛び道具である以上、銃弾も変わらない。

 

「目眩しか!小細工をッ!」

 

「あん?……ハッ!戦う時に工夫すんのなんざ、当然だろうがよォッ!」

 

 ただし、弾幕となれば話は別だ。

いくら銃弾が至近距離からでも当たらないと言えど、目の前一杯に硝煙と共に吐き出される分速850発の銃撃で()()()()()()()()()()()()

確かに神々が与えたその加護は凄まじい。

現代においても、そしてこのキヴォトスにあっても間違いなく危険視すべき力。

 

 だが加護を与えた生前より、人間の科学技術は発展した。

それは一部とはいえ、神々の想定を覆す結果に繋がったのだ。

科学技術の進歩、そして打てる布石を全て、持ち得る力を全て使い切った全力の戦い。

 

「それとも何か?英霊様ってのは、こういう泥臭ぇ戦いはやってこなかった口か?そいつは随分───」

 

 美甘ネルがこよなく愛する、そんなあらん限りに生を叫ぶ全身全霊を賭した戦い方は。

 

「勿体無いことしてきたなァッ!」

 

 サーヴァントという最強の兵器、その喉笛まで迫った。

 

「馬鹿が……ッ!戦いなんざ、面倒ごとで悦に浸りやがってッ!三流がァッ!」

 

 だが、それでもランサーもまたサーヴァント。

その身、その霊基が宿すのは彼の大英雄。

ならば、一度の隙を巻き返さんと槍を振るい、己が皮膚の上から霊核すら破壊せんと迫っていた一撃を捌く。

 

 一進一退。

互いに攻め手を譲らぬ激しい撃ち合い。

四肢と長槍。

少女と大人。

息も付かせぬ二人の立ち合いは互いの『隙』を射抜かんと鮮烈なまでに加速する。

懐に潜り込ませんとするランサー。対するはその射程から間合いを詰めんと滑るように槍を捌きながら迫るネル。両者、間合いを譲らず。打ち合いは百を越え、二百を越え、最早数をも知れぬ領域へと突入する。

 

 僅かでも槍がぶれれば、ネルが大きく踏み出し拳撃を轟かす。

少しでも姿勢が崩れたならば、ランサーが槍をしならせ矛先を撃ち込む。

互いが互いの隙を喰らい合う攻防。

だが、弾丸が、鎖が。

これまでネルを支えてきた力の象徴が、槍に比べて圧倒的に短い四肢の間合いをカバーし先へ先へとネルの背を押す。

それにランサーはその都度、僅かに後退していく。間合いが詰められていく。

 

 事ここに至ってランサーは悟る。

目の前の相手は子供。

所詮は『崇高』に至れぬ不完全な紛い物。

だが、これ以上目の前の娘を侮っては、敗北するのは己なのだと。

そしてそれは。

 

「悪りぃな、槍兵」

 

あまりに遅きに逸したのだ。

 

貰ってくぜ?───勝星

 

その言葉と共に間合いを完全に詰め切ったネルの拳は、ランサーの霊核たる心臓を穿ってみせた。

両雄決着。

勝者───美甘ネル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残心を残しつつネルは敵の骸を見る。

心臓部を荒々しく手刀で打ち抜かれた死体、そして血に濡れた自身の右手から煙るように光の粒子が立ち昇り、血も敵の遺体も初めからなかまたかのように幻となって消えていく。その光景を目にしつつ、ネルは無言。サーヴァントとはいえ、敵を殺した。その内心にあるのは───。

 

「ぐゥ……がァッ!」

 

無意識に下唇を噛んでいたネルの耳に苦悶の声が届き、さっきまでランサーの死体が転がって『いた』場所から目を逸らして声があった場所へと視線を送る。

 

「いえーい!びくとりー!」

 

丁度声がした位置にはおっとと、なんて可愛いらしい声を出しながら地面を擦って静止しているアスナの姿と、相当な数の弾丸を叩き込まれた挙句にアスナの美脚で蹴り飛ばされたのか地面に転がるアサシンの姿があった。

 

「あっ!おっつかれー!リーダー!こっちも終わったよー!」

 

「……応、おつかれさん」

 

『走って帰ってきたら派手にやり合ってて焦った』

 

『えぇ、本当に……みなさんお疲れさまでした』

 

左手を挙げていつの間にやら自分達に合流して恐らくアスナを援護していた通信越しの後輩達を労いつつ、今気づきましたとでも言いたげに態とらしい程に明るく振る舞う友人に苦笑いを浮かべながらネルは彼女の元へと足を運ぶ。

 

「リーダー、こいつどうするの?」

 

「あー……やり合った感じ、あたしの鎖使えば縛れそうだ。とりあえず、おでこの所のチビ共とトリニティのおじょー様方が来るまでふんじばって見張りだな」

 

『こちら02。下手な動きを見せたらいつでも狙撃できる態勢を維持する』

 

「悪りぃな。もう少し頼むわ」

 

『了解……リーダー、お疲れ様』

 

「……応」

 

 最早物を言えず、身じろぎすら出来ないアサシンの姿に二人が憐れみを抱く事はない。

ミレニアムを襲い、後輩を傷つけた。確認できた限りで一番大きな怪我は間違いなく早瀬ユウカだろう。

 

 だが、訳もわからないまま真っ暗な道を避難する際に転んだなんて話はよくある事。

小さな怪我を負った者は決して少なくない。何より電力の復旧が間に合ったとはいえ、大規模な停電。

 

 もし、もう少し遅ければ、病院の予備電力も危うかったかもしれない。

そうなれば、そこに入院していた患者がどうなったか。

偶然間に合った、だがそれはあくまでも多くの生徒の働きあっての偶然。

悪意を持ってミレニアムを傷つけた片割れであるアサシンに思うところは怒り以外ないのだ。

 

 そんなアサシンを相手に200近くいた敵兵諸共凌いで、本体たるアサシンを倒してみせた友人達にまだ無理をさせてしまうが、そうは言っても仕方がないとネルは諦める。

通信はなんとか復旧したようで、こうして後輩から連絡も受けている。

直に聖杯戦争のマスターなんて碌でもない役目を背負ってしまった後輩達が来るだろう、そう考えて。ネルは油断なくアサシンへと近づこうとして。

 

 

 

 

「……ネルッ!」

 

 

 

 

 アスナの鋭い叫びが聞こえたのと同時。

その言葉が確かにネルの耳へと届いた。

この世すべての悪意を煮詰めたような、濁り凍てつく呪詛が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─── 腐り穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてネルの胸部に真っ赤なが咲いた。

 

 

 

 





1じゃんね☆
書いてた当時はまさか周年にネルパイセンがくるとは夢にも思ってなかった1じゃんね☆
あと今回含めて多分3回ぐらい怠惰のランサーの宝具名変わったじゃんね……まぁぁぁじでしっくりこなくて悩んでたけどやっとこさ落ち着いたじゃんね☆
聖杯のサーヴァントの宝具は変質してる方向性は同じだけど受け止め方が違うから壊れちゃった宝具の名前考えるの大変じゃんね……

次回でついに123話!……長かったじゃんね☆
なんかアンケートでもして1、2話ぐらいの短編考えてるじゃんね☆
こんなのがいいなぁ……みたいな候補あったら活動報告のとこに書いてもらえると1は助かります!……じゃんね☆
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