《 ……音声データ1ヲ1再生シマス…… 》
ご機嫌よう、阿慈谷ヒフミさん。
折角の機会を設けて頂きながらこのような形でお話しする事になって私としても大変残念です。
このメッセージが貴女に届いているという事は私が直接ミレニアムへ伺う事が出来なかった証左。
つまりは、これから行われる作戦において我々が壊滅的な被害を負ったという事実に他ならないのですから。
無論のこと、そのような事態にならないよう、我々もベストを尽くしたいとは思っています。
ですが……美食がそうであるように、闘争もまた水物。
たとえ万全を喫して挑んだとしてもその時の状況によって如何様にも様変わりしてしまいます。
今宵、包丁を振るわれる
けれど、ええ、そうであっても。
今回の任務は厳しい物となる、というのが先生も含めた我々全員が共通する認識。
ですからお会い出来なかった時の為に、このメッセージを貴女へ贈ります。
他ならぬ貴女と貴女達であればきっと大丈夫。
そう、あの人もイズミさんも仰っていましたから……私は私の信じる方達を通して貴女を信じてみたいと思います。
では、改めて自己紹介を。
私は美食研究会部長、黒舘ハルナ。
連邦捜査部シャーレと協力関係にあり。
そして本日の夕刻より聖杯戦争への一時介入を行う『
……今、私の話を聞いてきっと聞き慣れない名前に戸惑っていらっしゃるでしょう。
勿論、ご説明を預からせて頂きます。
聖杯戦争対策部はその名前の通り、シャーレが立ち上げた特例措置的な部活動。
一週間前にキヴォトスで発生し、貴女が巻き込まれた列車事故に端を発する聖杯戦争という痛ましい
部員は一部例外を除いて各学園からシャーレに招聘された『生徒会関係者以外』でかつ『生徒会側がその活動に参加することを黙認できる』生徒。
そして『自治区に囚われずある程度自由に動く事が可能』な生徒で構成されています。
要するに私達のような
……ご存知かもしれませんが、
所属員について詳しい各学園ごとの内訳等は控えさせて頂きますね?
誰が聞いているか分かりませんから部員全員の名前を、とまではお話できませんので。
ですから貴女達の方で思い出して頂けますか?
なにせ私達は、時折とはいえ貴女の
……出来るなら彼からの配慮であり、監視ではなく護衛だと正しく認識してくださるのを私としてはお願いしたいところですね。
さて、次のお話を。
私達の任務としては基本的には聖杯戦争及び各陣営の情報収集、存在が確認されたシャドウサーヴァントへの対処、そして各マスターへのバックアップの三つとなります。
もっとも最後の三つ目に関してはバックアップと言えど実際に対応したのは先生が補填を請け負いたいと連邦生徒会に打診した戦闘での被害、その細々とした事務処理ぐらいでしたが。
さて、ここまで言えば私達の役割とシャーレの聖杯戦争に対するスタンスは御理解頂けますでしょう?
───聖杯戦争におけるマスターを含めた生徒達の保護とキヴォトスの防衛。
それと部員に限っては、先生の保護が私達の目的になるといったところでしょう。
……もっとも、私達が集められた情報はそう多くはありませんわ。
実際に貴女方が召喚したサーヴァントとの交戦は控えていましたので。
ですから、あくまでもシャドウサーヴァントと呼ばれるマスターが存在せず明確に生徒に対して害意を向ける存在への対処が主だった、というところですね。
さて、楽しいお喋りをいつまでも……といきたいところですが。
残念ながら、私達にも予定が御座いますのであまり悠長にとはいきません。
その上で、二点。
貴女にお伝えする事があります。
まず一つ目に、これまで我々が対処していたシャドウサーヴァントの多くはゲヘナ近郊からトリニティにかけて存在が確認された事。
二つ目に、我々はゲヘナに拠点を置くライダー陣営が何かしらシャドウサーヴァントに対して有力な手掛かりを持っている事。
何故なら彼女達は何度か明らかに、
そうとしか思えない早さで対処をしていましたからね。
……それも加味して、我々は本日夕刻より彼女達の拠点へ交渉へ出向く事になりました。
はっきりと言いましょう。
我々からしてもライダー陣営の対応は極めて大きな悩みの種でした。
聖杯戦争対策部がこれまで監視してきた陣営の中で最も苛烈かつ大きな行動を繰り返していたのが彼女達便利屋68です。
そしてその陣を敷いた場所はよりにもよってあの女のシンパが遺した……カイゼリン・ブリッツ記念教会。
ある種の政治的なアンタッチャブルというべき場所は確かに、聖杯戦争というキヴォトスの社会と相容れない闘争に巻き込まれた彼女達の良き隠れ蓑にはなるでしょう。
ですが、それでも。
……はっきりと言えば正気に沙汰とは言えません。
ですが同時に私達ゲヘナの人間にしてみれば、逆説的な証明になり得る一手でした。
───便利屋68は我々ゲヘナの禁忌に触れようとも聖杯戦争に勝たなくてはいけない理由がある。
正気ではいられない程の理由が存在するというのが、ゲヘナの三年生である私個人の見解です。
それらを含めて、私達は今宵あの地に向かう事にしたのです。
……恐らく、交渉は決裂し銃弾を交える形になるでしょう。
それを承知の上で、『彼女達の本当の気持ちに応えたい』という彼の方の意思を私達は尊重したいのです。
実のところ、ですが。
先生がこの部活を立ち上げる際、まず声をかけようとされたのは彼女達だった、という話です。
ですがその時には既にサーヴァントを召喚していたのか、残念ながらこちら側からは完全に音信不通となっていたようです。
今回の接触、アポイントメントに関しましては……少々
お察しの通り、随分と
少しばかりはしたない真似と恥じてはいますが、これもキヴォトスの習わしですから。
恋も、戦争も、本当に欲しい物を手に入れるためならキヴォトスの乙女としてやるべき事は、ね?
ああ、もし皆さんもと仰るのでしたらオクトパスエンジニアリングの第七倉庫管理事務所へ。
きっとまだ優しい社員さんがいらっしゃる事でしょうから交渉の必要もないかと思われますわ。
……まあ、とっくに退社か傷病休暇を使って入院されているかもしれませんけど。
最後になりましたが、これはあくまで私一個人からの贈り物になります。
実を言えば、シャーレが貴女や貴女達の陣営に与する、そういう話では
今までのお話は全て、貴女にお会いした時に。
阿慈谷ヒフミさん、私の大切なお友達の友人である貴女に会った時にお話しするつもりだった内容に過ぎませんから。
ですから、このメッセージ
それは聖杯戦争という異常事態、そしてその参加者である。
───阿慈谷ヒフミという一個人へ、シャーレが肩入れする。
先生がそう、判断した。
貴女が選択する道に託した、という事です。
だからどうか、このメッセージ以外のデータについてはくれぐれも取り扱いには気をつけて。
そして貴女自身を大切になさって下さい。
ああ、それと。
こちらのメッセージは
……あの女の案件に後輩を間接的にでも関わらせる事を、あの子には酷く悩ませてしまいました。
彼女も三年生です。
雷帝にまつわる事案への忌避感は強く、叶うなら触れる事なく過ごしたいと考えていた事でしょう。
……それでも彼女は私達の願いに頷いてくれました。
もし、もしもです。
このメッセージを受け取る事態になって、もし彼女やあの子の後輩に……私達ゲヘナ学園の後輩達に会う事があればどうかお伝え願えませんか?
『無理をさせてごめんなさい、けれどありがとう。貴女の気高い決断と心強きゲヘナの誇りに感謝致します』
そう……黒舘ハルナが最後に、遺したと。
では、時間ですので。
いずれまたお会いした時には、今度こそ貴女が用意して下さる素敵なお菓子とお茶を楽しみにしておりますわ。
阿慈谷ヒフミさん、貴女の願いが叶う事を私達も先生も願っています。
どうか、負けないで。
では───またいつか
地獄があるとすれば正しくこの様を指すだろう。
ゲヘナ自治区はその夜、業火に包まれた。
瓦礫の山を作り、その山々を砂礫と成すは神の御技。
雷鳴降り大地を砕いては裂け目より怨嗟の焔を灯す。
ゲヘナは地獄となったのだ。
ゲヘナ学園生徒会『万魔殿』、生徒会長『羽沼マコト』の動きは早く、そして正確であった。
シャーレと極秘裏に連携を取っていた事で、事前通達によって当事者達を除く人命被害を一切出す事はなかったのだから。
聖杯戦争という荒波への備えという意味で、彼女は間違いなくゲヘナにとって最良かつ最優の生徒会長であった。
羽沼マコトは1人の為政者として、出来うる限りの最適解を弾き出したのだ。
そう、あくまでも為政者として。
勘違いしてはならない、聖杯戦争は荒波なのだ。
自然とは備えていたとしても人間の手で容易に御せる物ではなく、それを成し遂げた者こそを古代では英雄と讃えたのだ。
ましてや荒々しき波濤は天災である。
到底、ただの人間の範疇で、常識の範囲内で測れる物ではなく、ましてや御せる筈もなかったのだ。
それを羽沼マコトは
だから、昨晩の結果に繋がったのだ。
23:00。
そう、シャーレも万魔殿も何一つ間違える事なく万全の備えを以て脅威へと挑まんとした。
アリウス分校より『アリウススクワッド』、4名。
ゲヘナ学園より『美食研究会』、4名。
SRT特殊学園より『Rabbit小隊』、4名。
そして、連邦捜査部シャーレの要請を受けた『当番生徒』、空崎ヒナ。
合計
目的は、聖杯戦争の参加者である便利屋68との和平交渉。
そして万一、連絡時点からほぼ確定事項であった交渉が決裂した場合には、聖杯戦争から便利屋68の4名を確実に
舞台となったのはゲヘナ中央区から外れた近郊にある旧カイゼリン・ブリッツ記念教会跡地。
立入禁止区域に指定され、今も記念教会跡地を中心とする数km圏内が数年前より誰も足を運ぶことが許されない不毛の廃墟。
教会へ実際に足を運んだのはシャーレの先生、空崎ヒナ、黒舘ハルナ、錠前サオリ、月雪ミヤコ、空井サキ、鰐淵アカリの7名。
残る対策部メンバーは拠点近くの廃屋で待機。
そしてゲヘナ学園万魔殿戦車長『棗イロハ』が率いる戦車部隊。
及び同学園風紀委員会よりサーヴァントとの交戦経験のある『銀鏡イオリ』と彼女が率いる風紀委員会の中隊が近隣の市街地に部隊を展開。
万一に備える形を取っていた。
翌、0:00。
シャーレが有する特別非常事態対応部隊『聖杯戦争対策部』が独自に入手した連絡手段からアポイントメントを取って行われた1時間の談合。
結果は、残念ながら決裂の二文字に終わった。
この時点で両者は交戦を開始。
教会から離脱したシャーレの先生と聖杯戦争対策部は、ライダー陣営が率いる腐臭漂うオートマタの大隊と衝突した。
両者、一歩も引かず。
突入した戦車部隊や風紀委員会の選抜生徒で構成された部隊も混じっての総力戦となる。
そして、時計の短針が1を指した時。
戦場と成り果てた大地へ、一筋の雷霆が空より落ちた。
謂うなれば夜天の霹靂。
雷は鳴り止むことを知らなかった。
轟音を響かせる様は即ち災い。
傲慢不遜にも聖杯戦争へ容喙せんとす間男への怒りを示すが如く。
双方の陣営を諸共に鏖殺すべく。
そうして、ソレは空から稲妻と共に降り注いだのだ。
ソレは異形であった。
悍ましき怪外。
魑魅魍魎たる悪鬼魔縁。
一つ、また一つ。
蜘蛛が、鬼が、髑髏が。
想像上の特異現象、かつて平安の地を混沌に陥れた悪因。
百鬼夜行の軍勢がゲヘナへと降り立ち進軍を開始した。
降り注ぐ銃弾で毒々しい血飛沫をあげながらソレらは行進した。
痛みを感じる機能がないのか、ただ戦場を蹂躙せんと突き進む。
何処へか、何処へでもだ。
ソレらはゲヘナ市街地に、そして教会跡地の中心部を目指して歪な軍靴を響かせたのだ。
先生の決断は素早かった。
オートマタの軍勢をその腕と顎で解体し、戦車の履帯に鎌を振るわんとする姿を見るまでもなく。
第三者が戦場に現れた瞬間に全部隊に撤退を命じると共に陸八魔アルへ手を伸ばした。
明らかな異常事態。
そして、身の毛がよだつほどの殺意をして、陣営の区別なくこの戦場にいる全ての物へ蝿のようにたかる異形の軍勢。
総力戦は瞬時に撤退戦へと様変わりしていく中。
“アル───ッ!”
シャーレの先生。
この場でただ一人、心の底から便利屋68の面々を《諦めることなく》信じ続けた大人は。
阿慈谷ヒフミ達同盟陣営もまだ知らぬ真実に気づいていた彼だけは。
“もういい……もう十分だからッ!私がちゃんとッ!必ずきっと、だから───ッ!”
手を、伸ばして。
けれど。
「それでも私は……明日が欲しい」
陸八魔アルはその手を握らなかった。
それが終わりの始まり。
決定的な陸八魔アルという少女の墜落。
聖杯戦争開始から9日目の夜。
彼女は正しく、アウトローである事を選んでしまった。
それは哀しいほどに、
何故なら陸八魔アルだけは、聖杯戦争が如何なる儀式なのかを何一つ間違える事なく理解していたから。
理解した上で、キヴォトスという世界そのものと命を天秤に掛けて、後者を選んだのだから。
そしてこの時、地獄の釜が開いたのだという。
D.U.、トリニティ、ミレニアム、アビドスでシャドウサーヴァントと思わしき存在を確認。
各地で戦端が開かれた最中。
陸八魔アルが先生の手を掴まないという。
陸八魔アルが、誰よりも信頼する大人の、心から敬愛し彼の目に映る自分の姿こそが理想の己でありたいと願ったその人の手を掴まないという選択をしたちょうどその時。
まるで示し合わせたかのように、地獄の釜は開かれた。
ソレもまたこのゲヘナの地に現れたのだ。
「狩りのつもりで来てみれば、
雷鳴が吹き荒れる。
「これではただの根切りにしかなりませんね」
暗雲立ち籠め、世界が悲鳴をあげる。
「そこな蛇の怪生か、角なぞ生やした鬼もどきか、それとも魔性の姫様か……いずれも化外、この地に住まうは怪異がばかり。であれば落とす他にありはしない」
つまらなそうに嗤いながらソレは静かに鎧を鳴らした。
「それとも、お前の首をもらうとしましょうか?」
同日、2:00。
「如何か?───シャーレの聖僧よ」
聖杯のライダーの出現を確認。
及び、陸八魔アルによるライダーへの令呪使用の宣言が下された。
原始、人の信仰の始まりと魔術の成り立ちにあって重要視されたのは
飽食の時代である今と違い、明日生きていられるかも分からぬ遥か古代にあって、願望や祈りは等しくプリミティブなものだったのだ。
生きたい、明日もまた生を謳歌したい。
ただ生きていたい。
原始的なこの祈りこそが信仰と魔術という神秘の始まりであった。
そして生きたいと願った人類が、ソレに祈りを捧げるのは何ら可笑しい話ではなかったのだ。
蛇。
外の世界において彼女達は古来より信仰の対象であった。
四肢を持たない長い体は地と水を滑るように這い進み、一噛みで死を齎しながら脱皮を行い古き命を再誕させる。
生と死の象徴。
地と水、多産と豊穣を司るとされた蛇の形質は───女神。
牛。
彼らもまた古来より信仰の対象とされた。
四肢で大地を踏み締めては耕し、その肉によって恵みを与えながらも時にその荒々しき両角は死をも齎した。
新しき王権の象徴。
天と火、闘争と繁栄を司るとされた牛の形質は───男神。
そして両神は、相剋の立場にあった。
『牛と蛇の神話』、外の世界に点在しその実、多くの逸話の土壌となった原初の関係。
古き女神をまつろわす新しき男神。
「では、屠りましょう」
故に、このゲヘナにその者が現れたのは必然という他なかった。
何故ならこの地で召喚され、とぐろを巻くライダーは遥かなアカイアで信仰された原初の女神が一柱。
であるならば、ソレが殺しに来るのはあまりにも自然な事だったのだ。
「誅伐、執行───雷こそが我が
嘗て火とは厄災であり文化であった。
雷もまた厄災でありながら豊穣を齎す。
山海経に伝わる五行思想において《木生火》とされるように、雷は火を生む相生の関係にあるとされる。
火と雷は密接な関係にあるのだ。
ならば、その光景を武者が齎すのは。ゲヘナの地に地獄の釜が開いたのは。
これもまた当然であった。
「ッ!ライダー!令呪を以て我が友に命ずッ!」
「ええッ!怪物の真価を─── ッ!」
シャーレとの闘争の中で雷鳴を撒き散らしながら突如として出現した異形の軍勢と未知のサーヴァントというイレギュラー。
それを目にして陸八魔アルは憎悪の色を滲ませた。激情と言わんばかりに荒々しく左手の甲を天高く突き立て吼える姿に、隣に立っていたライダーも応える。
暗闇の最中、血色の稲妻のみがやけに一際強く輝いた。
「全てを使い切っても構わないッ!あの女を止めなさいッ!」
そしてアルは伸ばされた手を掴まず、それどころか男を自分達から突き離すようにそっと胸を押してから、己が友へこの地に召喚されてから初めて全力を奮えと命じた。
「─── 牛王反転」
現れた武者のサーヴァントは頭上に立ち込める暗雲より紫電を迸らせると共に己が立つ大地に映る影よりそれを出現させる。
ライダーもまた己が髪を伸ばしながら大地を赤黒く染めあげてその身を変生させる。
「 悪逆無道───」
そしてこの時、ゲヘナの地に遠き異邦の蛇と丑の神話が再現された。
戦場は混乱と蹂躙の渦に包まれた。
指示は通らず、だが先生達から最後に受けた指示で撤退せんとする生徒達の前にあり得ない光景とあり得ない衝撃が叩き込まれた。
宜なるかな。
神話の一端に踏み込んだ戦いは最早只人の域にはなく、如何にシャーレの先生であれど
そうだ、この時の彼はまだ。
紅き空を越えてなお、憤怒の裁きを超えてはいないのだから。
「ふふっ……ふふふッ」
幸いだったのは先生が既に撤退の指示を出し終え、多くの生徒がこの場から離脱した事。
そしてこの場は立入禁止区域であり、その上で最悪を見越して羽沼マコトが立入禁止区域近くの住民にも作戦前に避難勧告をしていた事であった。
「あァァッハッハッハッ───ッ!」
顔の無き巨躯の丑。
蛇の尾を持つ女神が堕ちし魔獣。
何故なら今顕現した神格は両者共に巨大。
ゆうに40mを超える巨体が混乱極める戦場へと降り立ったのだから。
「さて、源の頼光は」
雷が猛る。
怪物染みた大きさの牛が魔獣の女神へと変生したライダーへと突進する度に地面を砕き穿ち、馴らしていく。
対してライダーもまた、己が髪を振るってはその髪先を巨大な蛇の頭に変じさせては迎え撃つ。
「あっぱれ朝家の守護として」
総力戦は潰滅した。
残っているのは小高い山程もある怪物二匹による大試合。
足の踏み場に入ろうものなら羽虫のように潰される。
「世に聞えつる良将の」
両者、ただ歩くだけで突風を吹かせ地響きを鳴らす。
雷が周囲を火の海に変えて、熱線が周囲を石の骸で飾り立てていく。
「立てし勲をも大江山」
その様を、武者は苦々しげに鼻唄を口遊みながら手勢も連れずに歩きながら見ていた。
その唄は、一つの旋律にだって狂いはないというのにどこか寒々しい。
きっと調子外れだからだろう。
悲鳴と怒号に混じって肉が潰れる音と爆炎が舌を伸ばす音が響く戦場にあって、まるでそう。
子守唄のように優しげに聞こえるからかもしれない。
そんなものは知った事かと、武者は重装な鎧を身に纏いながらも足取り軽く進む。
既に命じていた異形の軍勢がゲヘナ市街地へと侵攻しに行ったのに遅れて武者もまた、市街地へ足を向けた。
「千丈が嶽の賊共を討ち滅ぼしゝ」
自らが呼び出した巨獣にライダーとの闘争は任せ、ゆるりと己の役割を。
喜色も憤怒も止まらず。
幼児の首を捩じ切る未来を想像して、武者は刀を静かに鳴らし先を進んでいく。
既に異形の軍勢はゲヘナの市街地へ進軍している。この混乱と奇襲にあってはどう足掻いてもまともな防衛戦は不可能。そして丹花イブキは武者の手で死ぬ。
その筈であった。
“羅生門かな?久しぶりに聞いたけど、随分上手だね”
立入禁止区域、それを出る前に。
「……シャーレの、聖僧」
“やぁ、はじめましてでいいかな?”
シャーレの先生に出会わなければ、そうなる筈だったのだ。
“懐かしい、なんていうのを私が言うのは君からすると変かもしれないけどね。学生時代に何かの講義で聞いた振りだよ……けど驚いたな。
立入禁止区域を越えるための柵、その手前。
入り口の前にシャーレの先生は一人立っていた。
白い制式コートは砂埃と泥跳ねで汚れていた。
眼鏡にも泥が跳んでいる様子からよほど急いで走り続けたのが見て取れる姿。
息もまだ整っていないのか、少しだけ荒れているのが武者には分かる。
分かるが。
「……痴れ事を。其方こそ、こんなつまらぬ歌を知って如何するというのでしょう。宜しければその頭蓋、割って私が髄ごとつまらぬ記憶は抉り棄てて差し上げましょうか?」
“ははは……ちょっとそれは困るかなぁ。それに、私は先生だからね。こういう物も大事に覚えておかなきゃいけないんだ”
それを悟らせないように努めている。
背筋と胸を張り、虚勢染みた笑みを浮かべている。
生徒が周りにおらずたった一人。
生徒なき今、何の力もないというのに格好つけて見栄を張って、けれど確かにシャーレの先生は英霊の前に立っていた。
武者の己が背、つまりは先生からはまざまざと今も蛇と牛が神話の戦いを再現しているというのに。
矮小な人間では立ち入れない隔絶した闘争を目にしているというのに。
「……つまらぬ殿方で」
“よく言われるよ、それこそ若い頃からずっとね”
シャーレの先生は未だそこに立っている。
武者にとっては何やら得体の知れぬ物を見るような心地であった。
「しかし我が大神使の足にてとうの昔に踏み潰された、とはいきませんでしたか」
“うん、君が呼んだ妖怪達から守ってくれた生徒達がいてね。なんとか撤退の指示を出しながら後方まで他の子達を、さ”
「その割には澄ました顔。あな憎しや、その皮剥いだら少しは汗でも流してくれましょうか?」
“いやいや、これでも一杯一杯だよ。余裕なんてちっとも、ね?いつも、そして今回も生徒達に助けてもらってばかりな情けない大人だよ”
その内面、心情はいまだ底が知れず。
だが、武者はこの男が最後に残ってしまった理由には得心がいった。
武者の顕現に合わせて雷電と共に招来された数多の化外、異形の軍勢。
シャーレとライダー陣営の戦闘に割って入る形となった急襲によって戦場は混乱し、更に追い打ちとなった巨獣『丑王大神使』と
「嗚呼、童に助けられて。それはそれは、はて?それで?───何人死に絶えられましたか?」
“0だよ。その為に、此処に残っているんだしね”
あれほどの混乱、戦場に取り残されていてもおかしくはない。
或いは何人かを殿にして自ら撤退を率いるだけでも手一杯だった、そういう話なのだ。
だからここで待っている、なんとも泣ける話だと武者は面貌の下で皮肉げに顔を歪めた。
「それは残念」
“おや、そうかい?”
そしてそういう話ならば、後は早い。
なにせ、男は一人。
何の力もなくこの場にいる。
そして
「ええ、そうでしょうとも。聖よ、聖僧よ。だって」
撤退の指示を出して、後方まで下がらせた生徒。
それが今頃どうなっているか。
この男が戦場に留まったが故に、
決まっている。
「貴方の生徒達は今頃鬼の腹の中なのですからッ!」
すべて、すべて、破壊の限りを尽くされ惨たらしい終わりを迎えた。
武者にとってはそれだけの話なのだから。
ならば後は、目の前の男を殺すだけ。
本当に単純で、わかりやすい話でしかない。
だから武者はその手に黒塗りの劔を取って。
重々しき曇天を吹き飛ばし、月明かりを背に受けて先生の隣に一人の少女が舞い降りた。
「先生……平気?」
“ありがとう、ヒナ。問題ないよ”
「……なら良かった」
そっと硝子細工にでも触れるようにして先生の頬に跳ねた泥を指で落としながらヒナは、静かにはにかんだ。
“もう、終わらせてきてくれたの?”
「ええ、市街地まで来てた大きいのとかは。残ったのはアコ達が引き受けてくれたわ。マコトもマコトで戦車隊
なんて事のないようにヒナは静かに微笑む。
会話だけなら宿題を終えたかどうかを確認する父娘か兄妹のよう。
けれど言葉の真の意味は別。
この場合の終わらせた、という事はつまり。
「……空崎ヒナ」
ゲヘナ学園最強、空崎ヒナの手によって敵の一団は
「あら?知ってるのね、私のこと。でもごめんなさい、私は貴方の事これっぽっちも知らないの」
武者の声にヒナは面倒臭いという態度をありありと見せつけながら振り返る。
だが、武者にそんな挑発も侮りを示すポーズすら意味をなさなさかった。
「我が宝具で一緒くたに陸八魔アル諸共潰すつもりでしたが……まさか生き残るだけでなく、戦場の渦中にあったお前が先に市街地まで出向いているとは」
幾ら大味とはいえ、自身が誇る宝具を奇襲という形で使用した上で生き延びられた。
ましてや今も大きな外傷はなく、緩やかな自然体な仕草にあっても一切の隙がない。
「足が速いのよ、仕事柄ね」
「……いいでしょう。私としては貴女は駆除の対象ではありません、が」
強敵。
ここで殺しておかねば、次の動きに支障が出る。
武者はそう判断した。
「所詮は羽虫。我が安綱で刎ねるには少しばかり安い首ですが、これもまた役目なれば」
空振。
武者は剣を抜き放つ。
殺意が形となった魔力の余波は待機を揺るがし稲妻を迸らせる。
「先生、アレは殺す気で仕掛けてくる」
“うん……ならこっちも、全力だ”
「……わかった」
対して、ヒナと先生がするのは一つ。
手を取り合って、頷いてから互いのポジションへ。前衛はヒナが。
そして後衛にはタブレットを持つ先生が。
これが二人の役割にして、二人のベストポジション。
両者共に準備は整った。
懐かしい、とすらヒナは感じた。
これまでも二人きりで戦場に赴く事はあった。
ただ、今。
今もなお教会跡地一帯の戦場で、そして市街地で戦っている仲間達から託された物を胸に抱いて戦う。
そんな時間は、あの日のようで。
痛みに似た後悔が、押し寄せそうになる。
けれど。
───そこの角付き!……先生、任せたから
───すまない、空崎ヒナ。私達はここまでだ
───殿はお任せを。最後まで務めてみせますわ
1人じゃない、1人分じゃない力が己の背を推してくれるから。
───それから!……それからその、ありがとう……お礼のお茶会!……その、するから!だからその時はちゃんと来てよね☆
───今度は、今度こそは我々の番だ。私達が、あの時敵だった私達がお前の背を必ず守る
───帰ったら素敵なお食事をフウカさんにお願いしていますので。たまにはご一緒してくださいますね?
「大丈夫。今度は……ううん、もう二度と」
だから、空崎ヒナは。
───行ってください、委員長。私達は大丈夫です
何も言わず、そっと肩に乗る暖かくて大きな掌の感触があれば大丈夫だと先生と自分に言い聞かせる。
そして今宵、ライダーと巨獣が矛を交え、市街地でも鬼達との戦闘が行われる中でひっそりと。
憤怒のライダーとの戦闘が開始された。
1じゃんね☆
体調崩して1日お休みしちゃってごめんなさいじゃんね……今日からまた深夜に必ず更新してくじゃんね☆
というわけで残ってた対聖杯のライダー戦のお話、というかゲヘナで何が起こってたか書いてくじゃんね☆
それはそれとして昨日更新のミニスト良かったじゃんね……今年本格的に取り上げてくれるの待ってるじゃんね☆