阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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いやぁ、おつかれおつかれ。
大忙しじゃないか。
どうだい、少し一休みしていったら?
お茶……ああ、君はいつものアレだろうけど。
それぐらい飲んでいく余裕はあるだろう?
話したい事は私も君も
───たくさんあるのだからね








苦闘なるとも

 

 雲翳の随、月明かり射す。

幽暗の暈に照らされ相対するは、共に最(・)強(・)を冠する一組であった。

 

 ゲヘナ学園風紀委員会委員長。

ゲヘナの頂点───空崎ヒナ。

紫紺の制服を揺らし手に持つは『終幕:デストロイヤー』。

 

 対するは憤怒のライダー。

魔性鬼神。

否、一切愛憎─── 丑御 前。

魔力の縁で紐づけた大袖を宙に漂わせる大鎧纏いし偉丈夫。

 

 身の丈六尺六寸。

手に持つ劔は剥き身の黒鉄造。

目釘穴より垂らす朱染めの組紐以外は深い漆で塗られた姿。

 

「(やっぱり……違う)」

 

 ヒナが武者に感じるのは、華がない。

まずそれであった。

風紀委員会内でこれまでサーヴァントとの交戦経験があるのはヒナと二年生の銀鏡イオリだけ。

そしてヒナ自身は聖杯に選ばれたマスターが直接召喚したモノではなく、トリニティの剣先ツルギ同様にあくまでシャドウサーヴァントとのみの経験であった。

 

 ある種、それは仕方ない事だった。

なにせゲヘナやトリニティで目撃される事が多かったランサー陣営もライダー陣営も、キヴォトスで名の通った、それも各学園における最大戦力とぶつかるのだけはどうしても避けておきたかったから。

 

 ヒナにとって、サーヴァントとの本格的な交戦をしたのも今日が初めて。

ヒフミ達マスターやその関係者のようにサーヴァントは決して身近な存在ではなかった。

 

だが、確かに感じるのだ。

 

「(あの二人も、さっき見たライダーっていう人も……こんな風ではなかったわね)」

 

 かつてあの自治区境界線でヒフミと相対した時に姿を見せたセイバーと名乗る騎士。

キャスターと呼ばれる機兵。

そして今宵、相対したライダーと命じられた女怪。

三者共に、無視できない《輝き》があった。

 

 謂わば誇りと言い換える事も出来るだろう。

どんな形であれ駆け抜けた生涯と成し遂げ戦い抜いた英霊としての誇りの発露。

異なる世界で諸人が焦がれ愛し語り継いだ伝説という栄誉。

彼ら英霊を、ただの情報体ではなく英霊足らしめる不可分の要素───誉れ貴き信仰である。

 

「先手は譲りましょう」

 

 だが、ないのだ。

憤怒のライダー、丑御前。

そう名乗る武者にはまるで輝かしいモノがなかった。

纏う鎧は理知的とは決して言えずとも喋り、思考するだけの理性がある。

にも関わらず、ヒナは自分が出会った三騎より、むしろこれまで倒してきたシャドウサーヴァント達に近い、そう感じていた。

 

「どうぞお好きなように。嬲り、甚振り、凌辱し、屈服させんと引鉄を弾いてくだされば。さぞや愉快な宴となるでしょう、きっと素敵な思い出になるでしょう。だって───せめて冥途の渡し賃はいるでしょう?」

 

 金打つ声に乗せられたの嘲笑。

見え透いた挑発にヒナは素っ気なくさらりと返す。

 

「ええ、なら遠慮なく───殺すわ」

 

笑みはなく、気負うこともなく。

ただあるがままに、いつものように。

 

『“それじゃあ───行こうか”』

 

耳を震わす信頼する大人の声に合わせて、ヒナは空を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

キヴォトス聖杯戦争惨番勝負

勝負、一番目

 

ゲヘナ最強、疾風怒濤

ゲヘナ風紀委員会委員長、空崎ヒナ

シャーレの聖僧、堅忍不抜

連邦生徒会、シャーレの先生

 

対

 

憤怒のライダー、一切愛憎

魔性鬼神、丑御前

 

勝負───始め

 

 

 

 

 

 

 

『“様子見したい、っていうのはお互い様。折角譲ってもらったからね、無理せずまずは”』

 

 先手を譲られたヒナ。

故にヒナ、そして先生が選んだ一手目は撹乱。

 

『“彼女の方から角なり槍なり出してもらおうか”』

 

 耳元より聞こえる通(・)信(・)に頭の中で返事を入れながら、ヒナは空を駆けながら引鉄を弾いた。

 

「これはまぁ、お見事。まるで天狗」

 

 飛行、或いは飛翔。

人体構造上、如何に有翼の生徒であってもごく短時間の滑空ならまだしも自由自在に天を翔けるというのは難しい。

ならば、今ライダーを前にしてヒナが行っている動きをなんと評すべきか。

 

「そういえば、川守は西の方では空飛ぶ狗として扱われるのでしたか?それはそれは、成る程どうして。羽虫らしく良いではないですか」

 

 天地を自在に行き来するは三次元機動。

残す像すら置き去りにして、疾風の如く弾丸を振り撒く嵐にヒナはなっていた。

 

『“……そろそろ終わりかな。ヒナ、切り返しに合図する”』

 

 絡繰は単純。

ヒナはあくまで地上を走っているだけに過ぎない。ただそれが速(・)過(・)ぎ(・)る(・)。

脅威的な速度で銃弾を撃ち飛ばしながら疾駆するヒナは、自身もまさに弾丸と化すほどに加速していた。

 

 故に可能だった。

加速のベクトル、運動のエネルギー。

飛び出す為の踏み込みの際、ほんの少しだけ上方向へ力を向ける。

ただそれだけでヒナの細くしなやかな脚が生んだ力は彼女を空へと押し上げる。

 

 その艶姿、野砲の如く。

後は大きな翼で空気を掴んで角度を付けてやれば、戦闘機のマニューバもかくやという動きが可能。

曲射弾道ならぬ曲(・)射(・)機(・)動(・)、というわけだ。

 

「ですが、やはり風情に欠ける。羽虫のようにぶんぶんと……なんとも品なく五月蠅いこと」

 

 空中戦を仕掛けるヒナに対し、先手を譲った無感情な感嘆の言葉を言うライダーは受け手に回っていた。

弾丸を大鎧を展開して受け止めるライダーの周囲に火花が咲き誇る。

英霊がその身に秘めた神秘すら破壊せんとする凶暴な咆哮。

毎分1200発にも及ぶ絶叫が藤色の神秘を宿しながらライダーへと襲いかかり今まさにその守りを喰い破らんとする。

 

「……とはいえこれではまるで児戯」

 

 疾風怒濤。

電動鋸を連想させる轟音の嵐。

その渦中にあって、武者は大袖を展開したまま静かに刀を持ち上げる。

二刀持ち。

構えるは、片手上段の破型。

右手を高く、左手を下段に。

 

『“来るよ、初撃を潰そう”』

 

言うなれば裁ち鋏、寄らば上下から凶刃に挟まれ敢え無く絶命するのが見て取れる。

 

「無様な御点前、馳走になりました。それではこれにて、余興は終い」

 

だが、上下に大きく開き道を晒す構えは自ら手を伸ばす戦いにあらず。

 

『“ヒナ、残(・)し(・)て(・)お(・)い(・)て(・)”』

 

カウンター狙い。

そう見るのが常道。

 

「飯事を愉しむ童に水を差すのは大人気ないですが」

 

しかし、相手は丑御前。

神代から人の世に移り行く境目にあり魑魅魍魎が跋扈する極東の地『平安』に生きた武者の影。

 

「蠅にたかられるのも些か困り物ですから」

 

であるならば、現代剣術から見える道などある筈もない。

 

「では───御覚悟を」

 

 然して武者の太刀が閃く。

見破るは隙。

銃器である以上、どうしても生まれてしまう再装填(リロード)という無防備な瞬間。

須臾に潜む隙を狙い、ライダーは刀の間合いから届くはずのない距離にいるヒナへ向かって刃を放たんとした。

 

 

 

「───そっ」

 

 

 

再装填の猶予はなく、けれど空崎ヒナにそもそも猶予はま(・)だ(・)不要だった。

言うより早く、ヒナは引(・)鉄(・)を(・)弾(・)い(・)て(・)い(・)た(・)のだ。

 

 

「……ッ!?琵琶を弾いたか空崎ヒナッ!」

 

 咄嗟の反応。

流石の技量、驚くべき反射神経というべきか。

ライダーは今まさに振り下ろさんとした右半身を下げるようにして身を捩り、ヒナが放った一発を左下段に構えた太刀で打ち払った。

 

 見て払う、それもヒナほどの実力が放った一撃をだ。

畏るるべき、見事な切り返しであった。

 

「おかしいわね?私の残弾が空になったって勝手に勘違いしたのは」

 

 対し、ヒナが贈るのは賞賛ではなく冷笑。

先生からの指示を受け取ったヒナが移動しながら掃射する事で弾幕を張る中、たった一発だけ残しておいた残弾。

今まさにライダーが仕掛けんとしていた攻撃を阻止した凶弾であった。

 

「貴方の勝手、でしょ?違うかしら」

 

 とはいえ、誤解するのも仕方あるまい。

弾幕を張るほどの一切掃射。

その中で撃ち切る直前、最後の一発を前に引鉄から指を離す。

ましてや走りながらともなればその技量たるや言うまでもなく。

派手さこそないが紛れもない妙技。

それをヒナなら出来ると指示を出した男と、それに応える力量と信頼関係あってこそのトリックショット。

 

 源氏の武者であれば遠間の武器を相手にまず犯さない愚行をライダーはしていた。

上段からの片手打ち。

半身にもならぬというのなら正中線を晒す、だけではない。

 

 ───腋窩動脈。

脇の下を通る大動脈、即ち人体構造上の急所である。

無論、霊核を急所とするサーヴァントが失血死する事はない。

だが、そんな場所を晒して矢に撃ち貫かれようものなら肩甲、肩鎖の関節。

何より腕を動かす後神経束を諸共に破壊される。故に、愚行なのだ。

 

「小癪な……ッ!」

 

 大振りを放たんとする悪癖を突かれる形となったライダー。

だが、意気揚々と仕置きに熱を上げんとした女の性が再び突かれる。

空崎ヒナはここまで一(・)度(・)も(・)足(・)を(・)止(・)め(・)る(・)事(・)が(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

弾幕を張っての撹乱に徹したのだから。

 

 ならば───この数瞬でヒナは何処に行ったか。

言うまでもなし。

決定的な死角。

それはライダー自らがついさっき作り出していた。

 

『“手札はもう見せてもらった。それじゃあヒナ”』

 

 戦闘において半身を取らず正面を向く、というのは何も悪いばかりではない。

視野を広く、かつ普段通りに確保できるメリットがある。

ましてや屋外ならばなおさらの事。

なにせ屋外には枠がない。

動きへの制限がないのだから。

広い視野こそ求められる。

 

『“───反撃だ”』

 

そう、ヒナの射撃を弾く為に意図せずライダーは半身に構えた。

それも自身の守りを喰い破らんとするほど強力な弾丸を。

したがって、その半身は深く構えられた。

つまりだ。

 

 

 

「今度は遠慮なく貰うわ───先手」

 

 

 

 背を向けてしまった左側面。

回り込むようにして近づき狙いを定めた身長142cmという小柄な体躯は、身の丈六尺を超えるライダーの反応すら許す事なく。

背中と言う名の死角に今度こそ再装填し終えた49発の殺意を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憤怒のライダーが見逃した一発から生まれた死角を狙った空崎ヒナの攻撃

放たれた49発の弾丸は、分厚い漆塗りの甲冑による防御と衝突した結果、霊基の損耗にして二割半を削り切ることに成功した。

 

「くッ……羽虫め……ッ」

 

 蹈鞴を踏むライダー。

顔こそ下ろしていないが既にヒナは動いている。

変わらず曲射機動での弾幕を張る撹乱。

四方八方、鉛の礫が弾けて飛ぶ。

続け様に放たれていく弾丸。

ライダーは死角を今度こそ大袖で庇い立てながら、正面から迫る危険を刀で撃ち落としていく。

 

「よくもまぁ、石子(いしなご)なぞッ……!」

 

「これがキヴォトス流よ、お上りさん。気に入らないなら止めてみたら如何かしら?」

 

「戯れた事を……ッ」

 

 先ほどヒナより与えられた鉛玉。

7.92mmの刺客はライダーの背、反板を見事に撃ち据えた。

残弾一発でライダーが放たんとした返し刀の起こりを外し、崩れた武者の体勢が戻る前に再装填を済ませて死角からの掃射。

 

 結果、ライダーはしてやられ痛打を貰う形と相なった。

己が大鎧に罅を入れ、割って入っては中の肉骨に届いた鉛玉。

その凄まじき破壊力にライダーは舌を巻く。

 

「(……ゲヘナ最強、でしたか)」

 

 空崎ヒナ。

現キヴォトスで強者に数えられる生徒の一角。

現代科学に基づくトレーニングと実戦で鍛え上げられた武練。

小柄ながら長い得物を四肢の延長として見事に操る技量。

秘められた神秘の質とそれを感覚的に汲み取り己が力に反映させる感受性。

闘争に対して冷徹なまでに戦場での己の役割を定め切る強靭な精神。

 

「(想定よりずっと、という所ですね)」

 

 心技体、いずれも高くまとまるオールラウンダー。

そこに桁違いの火力まで併せ持つのだ。

間違いなく、彼女こそが到達点(ハイエンド)。

完成された闘争のカタチ。

一つの自治区において武力の頂点に立つ彼女の実力は、確かにライダーの知る平安の武者達にも届くやもしれぬと冷えた汗を流させるほどであった。

 

「(……ですが)」

 

 だが、そこまで。

常であれば不良生徒達を容易に制圧してのけるヒナの射撃であっても守りを抜いて命を断ち切るまでにいかず。

 

 清和源氏の流れを汲むは多田大権現、源満仲。

丑御前の父である鎮守府将軍が手ずから鍛えし具足は、彼女がサーヴァントとなった今も確かな守りを発揮していた。

 

「(それでもこちらの予測の域は出ない)」

 

 故に端から空崎ヒナは眼中になし。

多少強くとも、所詮はたった一人。

ライダーにとっては他の学生達と何ら同じ。

大河に投げ込んだ小石に過ぎず、大海へ漕ぎ出す事なく沈む程度の砂利なのだから。

 

「(真に警戒すべきは───)」

 

であれば危惧する変数は一つ。

 

 

 

「(相も変わらず味気ないあの優男、ただ一人)」

 

 

 

 シャーレの先生。

エデン条約での一件を始め、赴任して以来、キヴォトスで起きた大小様々な事件を生徒達と共に解決してきた連邦生徒会の切り札にして鬼札。

生徒を導く先生として、子らの先を行く大人として、そして純粋な指揮能力の実力をしてキヴォトスのパワーバランスを根底から覆し得る、正真正銘のイレギュラー。

ヒナからの攻撃に防戦を熟しつつも、すいと目を細めた視界の端にいる丈夫こそがライダーの獲物でありこの場で最も警戒すべき存在であった。

 

 憤怒のライダーの目線の先、そこに彼はいる。

ヒナと憤怒のライダーが激突する鉄火場より少し離れた場所。

砂と泥、雨と火。

そして硝煙に燻られながらもなおも戦場に穏やかな白を射す外套。

片手にタブレットを構え、もう片方の手でホログラムディスプレイを開いて操作する長身。

連邦捜査部シャーレの先生はただ立ち、二人の戦いの行末を観測していた。

 

“───アロナ、プラナ”

 

 囁きに似た呟きは徐々に激しさを増す雨音にかき消され戦いの最中にある二人は元より、側に誰もいない今、届かず。

だが、確かに先生の声に反応する者がいた。

 

『解析完了しました!先生、当たりです!』

 

『報告。個体名《憤怒のライダー》が刀剣を振り下ろそうとした瞬間に周囲に微弱な磁場の形成、空間の振動が確認されました』

 

 幼さのある華やかさに続いて、静謐に満ちた声がする。

通信越しだからだろうか。姿は見えず、タブレットから聞こえてくるようであった。

先生が当たりという言葉に顰めるようにして片目を僅かに細めていると、すぐさま華やかな声は抗議の声をあげた。

 

『あー!プラナちゃん!それ今私が言おうと思ったのにー!あっ!あとあと、先生!彼女から体外に放出される電気自体は 『確認。ですが電場が大変乱れています。探知ではなくあくまで攻撃に用いるつもりと推測』もぉー!』

 

今度は途中から引き取る形でセリフを取られてしまったと怒る声に先生は苦笑しつつ、少女の言葉に合わせて口を開く。

 

『んん!いいですか?お姉ちゃんから大事な、だぁぁいじな話があります!人が喋ろう、あまつさえ先生に褒めて貰っちゃおうとしてい“ありがとう、プラナ。攻撃への転用した場合の予測を渡すから、計算と入力をよろしく” もー!先生!もー!』

 

 わざと揶揄ったのだと分かって一層強くなる批判と忍び笑いは戦場には似合わぬ穏やかさ。

まさに余裕のある立ち振る舞いであった。

 

『うぅ……折角、アロナちゃんだいかつやく〜!ってドヤ顔でお知らせしようと思ったのにぃ』

 

『疑問。アロナ先輩は今も保護プログラムと管制システムの管理で頑張っておられます。大変かつ精密な作業中ですから、報告等は私がお手伝いすべきでは?』

 

『でへへ、プラナちゃんがほめてくれましたー!……って!?そーじゃなくってー!』

 

 三人揃えば何とやらだがこの場合は二人でも。

賑やかな声に先生は操作していたホログラムから手を離してこつりとタブレットを叩いた。

 

“はいはい、二人とも戦闘中だからね。とにかく、お疲れ様。引き続き観測よろしくね、二人とも”

 

『ぅっ、了解です!』

 

『……了承。必ず』

 

 ほんの一瞬、これまで正面の激戦から片時も外さなかった視線がタブレットに落ちると共に告げられた言葉。

先生が送る目一杯の親愛に、たじろいでから聞こえてきた二人分の返事に頷きを返すと。

 

“……暫くは等速かな”

 

 視線は既に正面へ、生来の柔和さはあれど精悍さが勝つ顔付きへと変わる。

 

“(さて……やっぱりあの刀、というかあのライダーっていう子は雷を自由に制御して落とせるってわけか)」

 

 視界に収めた武者の様子をつぶさに観察しながら先生は一人頷く。

先ほどの戦闘で先生がしていたのは何もヒナへの指示だけではない。

タブレットに戦況と周囲の環境変化を記録していたのだ。

これより今後、何が起こり得るのか、先生が予測し得た敵の動きを精査し高い精度で今後ライダーが取るであろう動きを既に把握し終えた。

 

シャーレの先生は魔術師ではない。この場に魔術に精通した者も道具もない。

だが、魔力も魔術も、そしてサーヴァントもあくまで魔法や人知未到の奇跡ではない。

魔力の起こりは分からずとも魔力放出の先触れの検知。

つまりは、放電が引き起こされる前兆によってライダーやその周囲で起こった熱や磁場の変化を観測する事で何をしようとしていたのか把握したのだ。

 

───状況の細分化。

 

 魔術と科学は交わり難きと言えど、表裏一体。

魔力を計測できずとも、魔力が自然界に働きかけるアクションを受けた環境の変化から何(・)が(・)起(・)き(・)る(・)か(・)を(・)読(・)み(・)解(・)く(・)の(・)は(・)出(・)来(・)る(・)。

魔術という学問が現代科学が積み上げ拡げた物理法則という版図のうちにあるからこそ、可能な一手。

それが魔術を知らぬシャーレの先生が編み出した対サーヴァント戦での攻略法。

 

「(さっき此処に来た時にしてたのも演出とか自然現象じゃない。となると肝心なのは発動待機になる)”

 

そして懸念するのはヒナの攻撃が成功する前、ライダーが放とうとした一撃。

今もまだヒナが優勢に立ち回っているが、攻めに転じた相手がどう動くか。

それを想像して唇を噛む。既に先生の頭の中、そして手に持つタブレットで演算した限り、彼はライダーとの戦闘が間合いの取り合いになる事を見抜いていた。

 

“(けど、話に聞いてた通りサーヴァントっていうのはそういうのが出来るってわけだ。……しかしビームはまだしも落雷かぁ。うーん、いよいよファンタジーって感じ。ちょっと先生、困っちゃうな)”

 

 神秘濃いキヴォトスに来て以来、彼自身もまた神秘とは縁深い身になった。

とはいえ自然現象すら手の内で統べる魔術やサーヴァントという存在には先生も呆れ半分に警戒する。少なくともこれまで相手をしてきた手合いの中でも群を抜いてトリッキーかつ強敵なのは間違いなかったからだ。

 

“(まあでも、とりあえず想定内だし組み直す必要はないか……っと)”

 

 またしても想定内。

けれど、ライダーが空崎ヒナを見限るようにして侮ったのとは別。

現に今も、油断も慢心もなく彼は静かに指示を出す。

 

“ヒナ、七秒。右側面が薄い”

 

 返事はなくともヒ(・)ナ(・)に(・)だ(・)け(・)届(・)い(・)て(・)い(・)る(・)のを知ってか、すぐに先生の思考は次へと移る。その顔に浮かぶのは不適な笑み。

 

“おっと……そろそろ気づいたのか私が煩わしくなってきたね?”

 

 両手に持った剣で打ち払い続けるライダーの動きに生まれる隙。

大袖がカバーしきれなかった脇楯に奔る衝撃に小さな苦悶の声をライダーがあげては、睨むように翡翠の視線が先生を見た。

 

“(しかし動きが速いね。隙を読んで私にも剣を向けたそうにしてる、けど」)

 

 空崎ヒナは無論強い。

ゲヘナ最強の名は伊達ではない。

 

“動くよ、ヒナ。三十秒。変則的なのはこっちで知らせる、太刀筋に気をつけて”

 

 だが、そうであっても今、無法なほどに優勢にあるのはライダーが警戒する彼あってこそ。

ヒナの動きを十全かつ最適な選択肢を選べれるように囁く先生の指示。

どんな方法か、通信機材もなしにヒナへライダーの動きや過程で生まれる須臾の隙を確実に伝えていた。

それに腹を据えかね、刃を差し向けんとする、が。

 

「(ヒナ相手にそれはちょっと欲張りかな?それに……いつも通りだしね)”

 

 再度言おう。

ゲヘナの秩序を一手に担うゲヘナ学園風紀委員会の頂点は伊達ではない。

気もそぞろにしてしまえば、すぐさま霊核目掛けて弾丸を放ち仕留めに来るのだ。

そう易々とヒナの攻めを切り抜けて先生に手を伸ばすのは不可能。

そして、先生の守りはもう一つ。否、二つ。

 

“頼むよ───二人とも”

 

『もちろん!いつでもお任せ下さい!』

 

『承諾。その為の私達です』

 

返事は力強く。

守りは固く。

余裕はたっぷりと。

この場でただ一人の大人は詰め終えた戦術を並べながらヒナを見守る。

 

“さぁて、待ってる生徒がいるからね”

 

未だ状況は悪い。市街地は多少の落ち着きを見せただろうが、三人のいる場所より数キロ先では未だ巨獣と魔獣が取っ組み合いをしている。何よりあの場所で待っている生徒がいる。

 

 

 

“もう一踏ん張り───カッコつけさせてもらうよ”

 

 

 

だから彼は精一杯の虚勢と見栄を張りながら、大人として格好つけてそう小さく言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(初手はお互い様子見……ギアはここからってところかしら)」

 

 二刀をゆるりと下げる武者。

構えは両下段。

未だ続くヒナの弾幕を前にして大袖だけでは守りが届かず、甲冑の全身に細かな疵を受けていく。

漆は割れ、奥の鋼が見え始める。

裂けた鋼鉄の隙間にヒナの放った弾丸が捩じ込まれるのは。

 

 

 

「それでは───源氏の兵法、とくと御覧じろ」

 

 

 

 あり得ぬ未来と伏した。

早駆け。

踏込みは大地を割る。

構えは下段のままヒナを刃筋に捉えんと追い迫った。

 

「(疾いわね……ッ!)」

 

 六尺六寸の巨躯に纏った大鎧。

得物は五尺に届くだろう大太刀。見目は鈍重そうだというのに、今なお曲射機動で戦場を駆けるヒナに勝るとも劣らぬ足を見せつける。

 

「(そう簡単には、ってわけ?面倒な。おまけに例のスキルや宝具……シャドウサーヴァントと違って目の前の相手は恐らく使ってくるだろうから警戒も必要ね。特にちょうど)」

 

 両雄疾駆。

爪先で地面を蹴り上げながら宙を駆けていく。

淑やかな花紫と鈍た濃色。

色合いこそ近く、けれど交わる事なき二色の閃光となった二人。

開け放たれた燃ゆる火と雨に濡れる嘗ての街並みを競うように破壊しながら戦場を広げていく。

 

「(あの刀。あんな物、百鬼夜行でだってあまり見ない骨董品だろうに……見てるだけ嫌になるぐらい冷たい)」

 

 憤怒のライダーが持つは由緒正しき魔縁切り。

ヒナは知らぬ其の銘は───安綱。

六胴切りの名物にして平安の世を乱した魔性の首を刎ねた童子切。

 

“ッ!四秒ッ!回避は難しい、下がって”

 

 追うライダー、追われるヒナ。

先の一戦とは立場を変えてのドッグファイト。

ヒナの身長142cmに届くほどの抜身の刃はすぐにでもヒナを射程に捉えた。

 

「御覚悟」

 

「結構よ」

 

けれど迫るというのなら、躱わすまで。

地面に擦れるか否かを滑り走るヒナの爪先がほんの僅かに地を叩いた。

ピッチアップ。

加速の勢いを跳躍のベクトルへ変換。

───クルビット。

即ち高速戦闘中の後方宙返り。

追うライダーの頭上で羽を広げる事で減速をしつつ回る事で半歩通り過ぎた武者の背中を取る。

 

「隙だらけね」

 

 またも言うより早く指先は引鉄を爪弾いている。

大翼による姿勢制御は狙いを安定させ確実にライダーの反板へと吸い込まれる。

 

「───聞こえませんでしたか?」

 

 紫電一閃。

憤怒のライダーは後の先を取る。

振り抜き様の応刀。

幾度も背中を取らんとする兇手なぞ、魔性のやる事。

ならば源氏に備えがない筈もなし。

 

 魔力を噴いての 推力偏向(ベクタード・スラスト)

転じて下段に佩いた太刀を脇構えから抜き打つは左一文字。

渾身の一撃、けれど五尺の大太刀と言えど刃は届かず。

故に、驚嘆すべきはその後。

 

 

 

「───御覚悟、と言った筈」

 

 

 

太刀筋、閃く。

振り切られた斬撃の軌跡その物がヒナへと向かって奔った。

稲妻こそ纏わせていない物の、紛れもなく魔力放出の余技。

魔力が根ざす異邦の世界で用いられた戦技であった。

受ける、なぞは宙にいるヒナには不可能。

なにせ踏み締める地面に足が付いていない。

選択肢は。

 

「ぐッ……っ、ぃ……ッ!」

 

 先(・)生(・)の(・)読(・)み(・)通(・)り(・)、迎撃。

神秘の宿った弾丸を雷光と見間違うばかりの速さで迫る斬撃にぶつける。

 

 神秘と魔力。

両者のぶつかり合いはヒナの眼前で起こり、双方が宿したチカラの衝突によって爆風が生まれる。

 

「……今ッ!」

 

 瞬間、羽を畳んでヒナは爆風の勢いに自ら呑まれて後ろへと投げ飛ばされた。

魔剣の一合に回避は許されず、ましてや地面にいないのならば尚更。

故に神秘をぶつけた余波で生まれる衝撃に身を任せて太刀筋から下がる事で逃れた。

 

 

“ヒナッ!三手目、跳んでッ!”

 

 だが、まだ一合。

雨が降る中、それでも衝突の余韻である砂埃がヒナの目の前に撒かれた向こう。

砂の帳幕を斬り伏せるようにして現れた武者が来る。

 

「一太刀、馳走……如何でしたでしょう?」

 

白兵戦。

体勢の立て直しなぞ許さずにライダーは剣を振るう。

左逆袈裟、被せて右一文字、開いて左袈裟。

二刀を巧みに操り振るうは禍々しき連撃。

一呼吸の間に三本の太刀筋をライダーは描いた。

 

 魔剣の間合いは五尺で足りず。

先と同じように剣戟に合わせて放たれた魔力は、距離なぞ関係ないとヒナへと襲い掛かる。

まともに喰らわば太刀傷どころか骨をも断って輪切りとなる剣勢。

如何に頑強なヒナであっても無傷ではいられない。

 

「そうね」

 

ならばの応刀。

言うが早いかヒナは愛銃を振り抜いた。

真っ当な射撃で止められぬ魔力の刃。

受け止めたならば傷では済まない。

 

 だが、ヒナに、そして先生に秘策あり。

要するは鍔迫り合いと同じであった。

 

 刀同士をぶつけ合えば鋭き刃は脆く欠け、刃肉豊かな重ねの厚い刀身なぞとぶつかれば華奢な刀は容易く折られてしまう。

では如何するか、知れた事。

払い技或いは受け外し。

 

「物足りないかしら───ッ!」

 

 即ち、パリィ。

この場に限れば、長年神秘を注ぎ込まれた愛銃であれば弾く事が可能なのだ。

重ねて三合の太刀筋に怯む事なく、なぞるようにして銃身で払っていく。

 

 けれど魔力が形を成したとは言え、ライダーほどの猛者の膂力で放った斬撃。

ヒナほどの実力者であっても初めての対剣士、それも極上の強者が放った連撃となれば受けるとならば。

 

“次は気にせず。読み違えるなら五手目の次だ”

 

「くッ……めんどくさいッ!」

 

動きながら捌いてでとはいかない。

必然的に足を止めてしまう。

 

「それはそれは、誠に残念」

 

 無論、三つの太刀を捌けばすぐさま次の行動にヒナも打って出る。

だがトップスピードに乗るには、どうしてもタイムラグが生まれるのだ。

ましてや今は銃身重量にして11.6kgの長砲を振るったばかり。

 

 つまりそれは、隠しようのない隙。

そして此処に居るのは源氏武者の系譜。

一瞬の隙なぞ、鴨でしかない。

 

「───でしたら御代わりをば」

 

脇構え、破型。

両刀を掻き抱き振るうは一文字二連。

一刀でするそれが太刀筋を隠す物ならばこちらは真逆。

真正面から流して放つ一文字は返しを許さぬ必殺の二撃であった。

 

 放たれた斬撃は先と同じく魔力で模られて、ヒナへ向かって跳ぶ。

何よりその横幅、五尺を遥かに越えて。

魔力の斬撃はヒナの視界を塗り潰すように長く延ばされていた。

右にも左にも逃げ場はない。

 

 万策尽きし剣が峰。

あの丑御前の太刀を三度も流した大金星を持って三途の渡賃に彼岸へ立つ他、選択肢はなし。

そう、此処にいたのが空崎ヒナでなかったならば選択肢はないのだ。

 

 

 

 

 

 

「 ─── それはもう見たわ」

 

 

 

 

 

 

 受け流し。

巨戟の薙ぎ払いが如く飛来する魔力の斬撃へヒナが出した回答は先程と同じくパリィ。

 

 だが違うのは向きと手。

コッキングハンドルを逆手で持ち、斬撃と十字に向かうように銃身を立てる。

そのまま斬撃を流す一点を軸に銃身ごと身体を地面に押し付ける。

 

「もう……やってもやっても終わらない」

 

 斬撃が通り過ぎてみれば残ったのは服に着いた泥を叩くヒナの姿。

そう、横が駄目なら下だと瞬く隙に受け流した斬撃の下に潜り込んだのだ。

切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれとはよく言ったもの。

ヒナにしてみれば太刀の下なぞ恐れるに足らず。

何せ彼女は悪魔が通うゲヘナの猛者、地獄の園こそ彼女の学舎にして故郷。

今更、太刀の下にある地獄程度、乗り越えられない筈がなかったのだ。

 

 

 

 

 

 





1じゃんね☆
ヒナちゃんの戦闘シーン、個人的に書くの楽しかったなぁって思い出じゃんね☆

あの子達の名前に関してはヒフミちゃん達は聞こえかったじゃんね☆
本作の透明文字はそういう扱いだったり、とにかく一貫してヒフミちゃんの目や耳に届かなかった情報……って感じになってます!じゃんね☆


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