阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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花見車の出し衣、霞も匂ふ紫や、薄紅の花曇り。
やがて催す春雨の、都大路をしめやかに、降りしづめたる夕哉(『羅生門』より)。





災いのカミ

 

 ヒナ達が剣を交える戦場の中心部では地響く怨嗟が轟いていた。

雷霆降らす貌無き大神使と石生りの呪詛を齎す魔獣の女神がぶつかり続けている。

 

 牛と蛇の神話。

その再演は余波だけで地上に甚大な被害を齎していく。

牛の一歩は地を揺らして廃屋を砂礫に変えて、蛇の視線は熱量を宿して大気を沸騰させる。

ぶつかり合う神威によってゲヘナ地区一帯に雷雲が立ち込め、嵐が呼ばれる。

熱雷と地鳴りの煽りは未だ残党を残して風紀委員達との合戦場となった市街地近くにも波及し、地中に敷かれた電線や水道管を破裂させていく。

 

 阿鼻叫喚、だが致し方なし。

片や大地を平定する軍神より与えられし大宝具。

片や大地に豊穣齎す女神より零れ落ちし大魔獣。

ライダー陣営を誅伐せんと雷角を震わす神使への抵抗によって、本来あり得ぬ 古色蒼然たる⬛︎⬛︎の星座(co⬛︎⬛︎tel⬛︎ation of pan⬛︎⬛︎⬛︎on)に近しい神域の戦いが現実の物となっているのだから。

 

「(……時間がないわね)」

 

 二頭の怪物の衝突が齎した熱風の余波を頬に受けて、ヒナの顔が険しく歪む。

嫌になるとヒナは内心でごちては、相手を睨みつけた。

 

 ライダーが放った二重の斬撃を潜り抜けた後、両者間で暫し睨み合いが発生している。

ヒナは常と変わらず両手持ちで銃身を支える構え。銃口は真っ直ぐに敵を捉え、いつどんな動きがあっても起こりを殺して後の先を取る算段。

対してライダーのそれは、やはり下段。

 

「(だって言うのに、またあの構え……)」

 

 だらりと二刀を下げた姿はヒナから見ても何も構えていない構えであった。

装甲があって見抜きにくいが、完璧なまでに脱力ししなやかな蔓や風に吹く柳の如き自然体。

強いて言うならば、柳生新陰流に伝わる『無形の位』に近い。

合戦を前提とする介者のソレではない。

両手脇構えなぞという胡乱な攻め手から一点、動きを読ませぬ守勢の構えとなっていた。

 

「(直接切り結ぶ気かそれともまた斬撃を飛ばしてくるのか。ただの棒振りだと思うと次はあの馬鹿みたいに長い刀で斬られかねない)」

 

 剣術において構えと技は決して離れぬ比翼の連理。

技を放つ為に構え、構えるからこそ技を放てる。

逆に言えば、ただ刀を持って垂れ下げただけにしか見えない今のライダーの構えからどんな動きに繋がるか、予測できる数が多いだけにヒナは読み切れないでいた。

 

「(動揺させれば……動きを限定してダメージを通す、なんてのも可能かしら)」

 

 次どう動くか、一瞬一手の読み違いがこの首を落とす結果に繋がる。

そうなれば次に待っているのは、自分の背にいる彼の死

ましてや今はとびきりの非常事態が現在進行形で自分達のいる向こう側で起きているときた。

退く事は、できない。

 

「(はぁ……魔術だか魔力だか知らないけど、本当めんどくさい……)」

 

 睨み合いから数瞬。

 

「……それにしても」

 

瞬きの合間にしていた思考を、どう考えても分かりきった結論しか出てこないと切り捨てた所でヒナは口を開いた。

 

「飽きもしないで同じ品。うちの子達が見たらきっと怒って爆破するでしょうね」

 

 結局やる事は変わらないのだと自嘲めいた内心の苛立ちごと言葉にした呆れの感情に乗せる。

挑発を受けたライダーの顔は見えず、ただ面貌越しにくぐもった嗤いが返ってくる。

 

「怖や怖や。流石はゲヘナ、羅城門の裏手が如し。ふふっ、洋の東西どころか異邦ですら変わりなく……」

 

 底抜けに暗い声は奈落のよう。ずぶりと嵌れば何処までも堕ちていく底なし沼。

 

「まこと人の業は何時も変わらず、世とはなべて地獄なれば」

 

ヒナに話しかけているのかそれとも自問自答なのかすら分からない文言を嘯く武者。

 

「屍人の身命をわざわざ窮屈な筺になぞ納めてまで現世に呼び出すサーヴァントも聖杯戦争もまた等しく、なんと奇怪で珍妙で、なんと無様で哀れかと思いましたが、この地に呼ばれればなるほど合点もいくというもの」

 

 淀む事ない武者の言葉は詰まる事なく進むというのに、どうしてだろうか。

ヒナには底知れぬ澱みを感じた。

生温かな吐息を吐きかけ、腑から漂う死臭で大気を腐らせる、そんな意図すら言霊の一つひとつから汲み取れる。

正にそれは、怨嗟の呪いであった。

 

「やはり人は同じ衣は同じようにしか畳めず、欲は尽きず。命の軽さに反して人の本質は常住。我らの世から何も変わらない」

 

何も返答がないヒナを気にした様子もなく禅でも騙るようにして武者は続ける。

 

「哀れな雛鳥を檻に入れる愚かな世界。人の皮を被って飯事に耽るならば所詮は皆、()と変わらず。私が間違っているならそう、世界の方こそ誤りなのです」

 

 狂った調子を語る顔は如何なるものか。

面貌に固く閉ざされている以上、ヒナも先生も、武者がどんな顔をしているかだなんて察する事は出来ない。

ただどうしてだろうか。

先生には、どうしようもなくだ。

 

「可哀想な子、無様な泥人形。ええ、貴方もきっと理解できる、そうでしょう?壊す事しか知らない哀れな女、私と同じ殺す事でしか価値を拾えないつまらない娘───空崎ヒナ」

 

 悔やんでも悔やみきれぬ、我が子を失った母親の慟哭と己を責め立てる声に、聞こえていた。

 

「会話のお勉強がしたいなら他所でやって。悪いけど、何一つ言ってる意味が分からないから。それとも頭の病院が必要かしら?なら私じゃなくて救急医学部に頭を下げる事ね」

 

 中身の見えてこない独り言染みた問い掛け。

思う所がないかと言われれば、先生と同じくヒナにも何か勘付く物はある。

相対し、剣を交わし、死をお互いが肉薄させる戦いの中だからこそ、理解できる物というのは確かにある。

 

 だが、それに対してヒナはばっさりと切って棄てる。

己に対するその非情なまでに徹底された可愛げのない物言い。

今度こそ喉と鎧の鉄をライダーは震わせる。

そうして、無知な童女に物を教えてやると言わんばかりにライダーは説法を始めた。

 

「いいえ、貴方は。貴方だけではない、この地に生きる者ならば誰もが理解できる筈。ましてや今は聖杯戦争───欲に塗れた挙句に悪しき罪人を生んだ悪逆の國こそキヴォトスの本質」

 

 語る内容は憎悪であった。

憎い、ただ憎いと。

荒々しき暗雲を棚引かせて雷鳴の知らせが如き憤怒を静かな口調に乗せていく。

 

「歪み、捻れ、挙句にその醜態を晒しながら生き永らえた正しさの欠片もない世界。どれほど蓋をしようと臭って敵わぬ、悪しけき都に住まう人の業よ」

 

 狂った語りを説く最中、ばちりとライダーの全身に火花が灯る。

上擦る興奮を必死に取り繕って抑えているのが表面化でもしているのか、幾多も幾度も雷火が弾けて瞬き大気を焦がしていく。

 

「人に在らずというのに無理矢理に蓋をした。その末路のなんたる醜態か、なんたる強欲か。そうして果てにあるのが、どうしようもなき人の性に縋ったこれなのだから愚策愚劣と嗤ってやらねば憐れというもの。なればこそ、なればこそは」

 

 遠くから雨で沈みつつある硝煙よりなお強くヒナの鼻腔を刺激する武者の仄暗き情動は、焼け焦げ噎せ返るペトリコール。

じりりと焼けつく稲光は昂まりを見せていく。その兆候が何を意味するか。

 

「此岸すべてを無に帰して、彼岸すべてを炉に焼べて、遍く衆生を御救いしんぜよう。小乗たる仏法を敷きましょう。平伏なさい、感涙なさい。帝釈天の相持つ祇園精舎の神が子であるこの私が手ずから、いいえ、この霊基霊核全てを使っても」

 

 正しく、間合の計り合いはこれにて仕舞い。

繁栄とは略奪と戦争という負の側面と不可分である。

即ち、それを司る牛の神格は死地を拡げる軍神の性を持つのは神話学的に見てごく自然なこと。

それは歪んだ霊基であっても、そして此処キヴォトスという異なる世界であっても消える事ない。

つまりは、だ。

 

「この世界を壊しましょう。嗚呼、そうです、そうなのです。ええ、主人。私の可愛い可愛い最愛の君。今度は貴方の為にこの世界を───愛しましょうォォォォ怨ッ!

 

今この瞬間、因陀羅の子たる魔性鬼神がその本性を曝け出したという事に他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

キヴォトス聖杯戦争惨番勝負

勝負、二番目

 

ゲヘナ最強、疾風怒濤

ゲヘナ風紀委員会委員長、空崎ヒナ

シャーレの聖僧、堅忍不抜

連邦生徒会、シャーレの先生

 

 

憤怒のライダー、一切愛憎

魔性鬼神、丑御前

 

勝負───始め

 

 

 

 

 

 

 

 電光雷轟。

弾け飛ぶは紫電。

つまりはステップトーリーダー。

武者の鎧、そして頭上に生じた暗雲よりヒナ目掛けて稲光が飛んで奔る。

魔力の放出によって発生した人為的な落雷は秒速にして200kmという超抜的な速度でヒナが立っていた場所へ落ちてきた。

 

 光よりは遅い、などと言ってもヒナの愛銃が放つ弾速の二倍は優にある速さ。

見てからの回避は至難であった。

 

「面妖なこと……本当に貴方達を見ていると末恐ろしさで怯えてしまいます」

 

 しかし、だ。

ヒナの弾速より速いからと言って、ではそれより速い弾速の銃がキヴォトスにないかと言われたら答えは否である。

そもそもキヴォトスは日夜銃撃戦が頻発しゲヘナはその中にあって取り分けの魔境。

魔力に満ちた落雷は恐ろしく速い。

だが、此処にいるのは同じ速さの銃弾が縦に横にと行き交う中で勝利を収め続けた空崎ヒナ。

 

───『ヒナッ!三手目、跳んでッ!』

 

そもそも、()()()()()()()()()()()()()()のならば避けれぬはずもなし。

ライダーが雷撃を放つ間際、既にヒナは動いていたのだ。

理由は単純明快、『三手目にその場から跳んで離れろ』という指示があったから。

シャーレの先生による先読みはぴたりと的中していた。

これによりライダーの奇襲は挫かれた。

 

「嗚呼、経文でも読んでいれば良いというのに」

 

 ライダーが展望した未来であったなら、今も曲射機動で地面を水切りのように跳ねては縦横無尽に駆け回るヒナは今頃避ける事は敵わず骨の髄まで焼かれていたやも知れない。

よしんば致命傷は避けれても翼なり足なりを雷に灼かれて不利を作ったかもしれない。

何より奇襲が成功したという事はその後に戦闘が続いても主導権は武者が握る事になる。

戦いは命からがらと逃げ惑うヒナを追い詰めていく狩りへと変わっていた事だろう。

 

「あな憎しや、シャーレの聖僧。貴方の方こそ子らを惑わし、この歪んだ世界を飾り立てんと詐称す邪悪なれば。だというのに」

 

 だが、そうはならなかった。

先を打たんとした奇襲は先の先、つまりライダーが()()()()()()()()()()()()()()()()()先生の読みとそれに応えたヒナによって透かされた。

狩りどころか今のヒナは五体満足、その白絹のような肌に傷一つだってない。

 

「似合わぬ軍師の猿真似なぞ、一体何処の門前で習ったのやら」

 

 この距離で魔術も使わずに一体どんな奇術で指示を出しているのか、ライダーには分からずとも読まれた事は分かる。

鎧武者は酷く低い声でヒナの背後、遠く小さく佇む男を舐るように睨んだ。

だが、すぐに。

 

「……ですが、構いません。空崎ヒナもシャーレの聖僧も、私は赦しましょう」

 

 ぞっとするほど柔らかな声を鳴らす。

 

「何故なら我が身は半神、我が身は鬼子。牛頭天王、東方神、帝釈天の一子なれば。そうなのです、私は私の役目を成しましょう、成し得ましょう。屍山血河を切り拓き、仙山に咲いた血のように朱いを贈りましょう。きっときっと、あゝ、きっと……貴方の御髪によく映える」

 

 駆けるヒナの背へと追いつかんと連続して落ちていく雷撃。

涼しい顔で避けてはいるがそれでも網のように奔る雷電は徐々にヒナへ食指を迫らせていく。

武者は満足気に喉を鳴らすと、潤ったと言わんばかりに言の葉をつるりつるりと並べ立てていく。

 

「あはれな程にいたいけな花の君、らうたしき私の主人、貴方の為に平らかなる世を作りましょう。ええ、そうですとも真に平らかなる正しき世を作りましょう」

 

 放電はなお一層に激しく。固定どころか何処にも結びもしていないというのに空中を泳ぐ大袖を、今度は守りではなく攻めに使う。

 

「嗚呼、穢れなき我が主。無垢な貴方が夢見るソレを一体誰が嗤いましょうや。平らかなる世を望む。奇異荒唐、普遍妥当のその願いこそ、あの可惜夜の誓いに他ならず……なればこそ。なればこそなのです!ええ、そうなのですッ!

 

 熱を帯びていてく言葉に合わせて雷鳴は轟きを増す。

大袖は一人でに宙を飛んではヒナへ向かって紫閃を放つ。

それをすぐさま察知して羽を広げて急静止をかけて速度を落として避けようとするのを見れば、続いてその隙を斬るように大太刀は振るわれる。

 

その為にまずは!

 

 当然、斬撃は魔力を伴いヒナに向かって跳ぶ。

一合左逆袈裟、躱される。

二合横薙ぎ、弾かれる。三合右袈裟、往なされる。

四合唐竹、細い肩を浅く切り裂く。

五合二文字、脇腹を薄く削ぐ。

六合両刀上段より真っ向、腕に刀疵を刻む。

 

 締めて六つ、濃色の魔力を灯しては妖刀然とした大太刀が放った乱撃がヒナに傷を作っていく。

痛みに呻く暇も与えぬようにライダーから放たれた兇手は主に続いた。

大袖より放たれる雷撃が直線だけでなく砲弾ほどもある大きさの雷球となってヒナへと放たれていく。

 

世を平らかに!

 

 だが、ヒナも負けてはいない。

大袖の守りを攻勢に回したという事はライダーの守りも手薄。残すは漆塗りの大鎧のみとなる。

だからこそ、太刀傷を受けながらもヒナもまたライダーに向かって銃火を上げる。荒ぶ嵐の化身が如く、けたたましき銃声を上げるヒナの相棒は主君を傷つけた怨敵に牙を剥く。

 

すべて!すべてをッ!

 

 見事、ヒナが放った弾丸はライダーの大鎧に疵をつけていく。

宝具ですらないただの鎧と言えど侮るなかれ。

鎮守府将軍多田満仲が用意させ怪異の血骨を鋳込み叩いて鍛えた六尺超えの大鎧なのだ。

 

「……嗚呼すべて、そうです、此度は間違えません、此度は誤りません。あゝ、しほらしき吾妹。貴女を置いて、他の何がいりましょうか?……いいえ、いいえッ!何もッ!何ももういらないッ!何も見えないッ!が欲しかったのは……ッ!だから───」

 

 背筋も凍る神秘が宿ったその鋼は如何にキヴォトスの生徒と言えど、並の弾丸では容易く弾く。

清和源氏の具足の守りを、漆を剥ぎ地金に罅を入れ叩き砕いて中へと潜り込まんとする。

ヒナの腕前こそが凄まじい。

だがそれも。

 

 

 

この世すべてをしましょう───ォォォッ!

 

 

 

心の臓に届くには時間が足らず。

逆手に持った大太刀の鋒を天に掲げたライダーは酔いしれるように叫んだ。

 

「二刀雷電ッ!シャーレの聖僧ッ!羅城門の川守ッ!何するものかッ!今再びその悉くを屠り去らんッ!天雷ッ……降臨ッ!」

 

 大業の兆候。

黒い稲光がライダーを中心に加速するように渦を巻く。

高まりは絶頂に。

狂喜に浸って喉より裂いた嬌声を上げるライダーは激情にままに鋒を地面へ突き立てた。

 

 

 

 

 

 

誅伐ッ、執ッ行ォォォォッ!───賊滅ッッッ!

 

 

 

 

 

 

 大憤激。

閃光、ではない。

奈落、そう称すべきだろう。

地面に突き刺さった鋒。

その針より研がれた刃から放たれ、周囲一帯の地中より溢れ出した魔力の奔流。

噴き出した一撃はヒナと戦っていたこの場をドーム状に包む程に広がる。

 

 否、ヒナどころではない。

戦場を見守るように睥睨していた先生すら巻き込んでの範囲攻撃。

攻撃を向ける隙がないならば、攻撃を向けたとて何故か当たらぬとあれば、避けようのない一撃を与えればいい。

 

「ふふっ……ふふはッ」

 

成程、道理である。現にそこに居たはずの先生の姿は見たあらない。キヴォトスの外の人間である先生では容易く蒸発してしまうほどの大魔力であったのだから。空間を満たす熱量は、ライダー自身の視界すら魔力である濃色に沈める程。その威力は言わずもがな、半径にしてろ50mはある砲弾を直接叩きつけるとでも言えば分かりやすいだろう。サーヴァントであっても喰らわばただでは済まない大業に違いない。

 

「如何にシャーレの聖僧と言えど、是この通り。誅伐完了───ごちそうさまぁ

 

 魔力に触れて尽く白い煙となっていた雨粒が思い出したようにこの一瞬で乾いた大地に降り注ぐ。破滅的な魔力の噴出は周囲を更地にして余韻すら残さなかった。

源氏の武より練り上げられた魔性の一撃によって、今宵の戦は終わりを告げた。

これよりライダーは残りの首を落としに行く。

主が願いを叶える為に殺戮の限りをこのゲヘナで尽くすだろう。

無論の事───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───で、これが手目だったってわけね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の一撃が当たっていたのならという話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利の宣言には早かった。

確信を抱いて残心を忘れたライダーの頭上より降る声は、銃弾という流星を伴って鋭く落ちる。

 

「少し焦ったけれど……」

 

空崎ヒナは、無事だった。

周囲一帯を逃げ場なく埋め尽くす、地面よりの魔力の噴出。

その魔の手から一体どうやって逃れたのか。

 

「確かに四手目は無視して大丈夫だったのね、任せて良かった」

 

 答えは簡単。

地面から迫り上がる魔力よりも速く、()()()()()()()

 

 この世界には目には見えなくても空間を満たす物がある。

たとえばキヴォトスであれば神秘やエーテル、サーヴァント達が存在する汎人類史と称される世界であれば薄くとも大源(マナ)があるだろう。

だがそれ以上に、どちらの世界にも共通してごく当たり前に存在する物。

知らぬ人間なぞ誰もいない、多くの生物がその恩恵を受けているのだから。

 

 即ち───大気。

有形無形を問わず物質がその空間に入ってきたという事は、元々そこにあった空気もまた押し出されるのはごく自然の原理のだろう。

科学で捉えられぬ小源であろうと大源であろうと、確かに存在しているのならば物理法則は越えられない。

圧倒的な魔力の体外放出によって空間を占有した魔力は、一時的に水槽に水を注いだようにそこにあった空気を押し出すエネルギーを生じさせた。

であるならばだ。

 

 逆にその押し出す力と押し出された空気を利用すれば吹き飛ばされる事も可能なのだ。

 

横も下も逃げ場がないのなら、今度は上に行けばいい。

無論、言うが易し。

魔力の起こりを寸分の狂いなく読み切る観察眼。

魔力放出に追いつかれるより前に一定以上の跳躍と距離を稼げる脚力。

そして押し出される大気を掴んで空中で完璧に姿勢制御する体幹と身体操作。

何より空気を受ける広い面積、たとえば翼幕のような物が必要。

だがそれら困難な条件を、この場にいる空崎ヒナはいずれも満たしていたのだ。

 

「ありがとう、先生」

 

 そして静かな夜空を思わせる大翼は空より今降りてくる。

 

やっぱり貴方の指揮はホッとするね

 

 何もかも焦土と化した地に降り立つのは、朱を指した頬ではにかむ少女。

その白魚のように美しいその手には白亜の外套が抱かれていた。

 

“げほっ、ひ、ヒナーっ!ありがとう!!”

 

 時間がなかったのだろう。

成す術なく小脇に抱えるようにされていた成人男性は、ヒナの腕から解放されると咳き込んでから感謝を述べていた。

 

「大丈夫、でもまた自分のことを計算に入れないんだから」

 

 ライダーの立つ位置から程よく離れたその場所に、二人は着地する。

今まさにライダーが殺したと思い込んでいた空崎ヒナとシャーレの先生が五体満足のまま再度戦場に舞い降りたのだ。

 

“いやぁ、上と横からの攻撃は来たから後は下だと当たりはつけてたんだけど、思ったより広くって”

 

 困ったように頬を掻きつつ、タブレットをそっとひと撫で。

それから先生はほんの少しだけヒナへ視線を寄せてから柔らかく微笑んだ。

 

“無理させたね、でも……ありがとうヒナ。助かったよ”

 

「……別に貴方の指揮だもの。これぐらい出来て当然。それに無理かどうかなんて気にしなくていいわ」

 

 右手で愛銃を構え直しながら敵を見据えるヒナだが、その頬は緩んでいた。

油断などではない。

慢心でもない。

必殺だと思われる一撃を凌いだ安堵でもないのだ。

 

「だって───勝てるならなんだって良いもの」

 

 戦闘の最中。

お互い、目線が重なる事はない。

だが、問題なく心は通じ合う。

 

───貴方がいれば負けるだなんてあり得ない。

 

長い付き合いの二人だからこそ。

これまで幾度も二人で多くの危機を退けてきたからこそ。

信頼し合う二人には今の言葉で十分。

 

「(どのみち、こいつはここで叩き潰す……早く便利屋の子達のところに……対策部の子達のところに戻らないと)」

 

 何より、今は戦場なのだとヒナは再度気を引き締める。

面貌に隠れたその奥で、相対するライダーが何を考えているかは分からない。

また今のような大技を使ってくる事も考えられて、何より次の仕事も待っているのだ。逸る気持ちは僅かに銃身を支える左手に力を入れた。

 

「(ただ、焦りすぎても良くない。コイツは強い……もし私がやっちゃいけない事があるとすれば仕留め損なって、コイツが市街地に行く事)」

 

 だが、それでも冷静に。

戦場で冷えた思考を連ねるなぞ、空崎ヒナからすればいつもの事。

歴戦を重ね続けている猛者の戦闘思考は些細な事でぶれたりしないのだ。

 

 

 

「……やってくれる

 

 

 

そんなヒナの思考が、ぬるりとした声を捉えた。

 

「……下がって、先生」

 

言わずもがな、眼前の先に立つ偉丈夫から。

 

「口惜しや。こうも見事に我が一刀を退けるか、ゲヘナの怪物、そしてシャーレの聖僧……否、の主人よ」

 

 しゃがれるほどに押し殺すのは沸々と煮え滾る激情を抑える為か。

ライダーからの潰れた賞賛に、シャーレの先生は首を横に軽く振った。

 

“私一人の力じゃないよ”

 

 それから我が子を自慢するように胸を張った先生は右手でヒナの頬に跳ねた泥をそっと拭いながら、口元に微笑を浮かべる。

 

“私の生徒が、ヒナがいてくれたからね”

 

 先生からの信頼にくすぐったそうにするも銃口はぶれず。

寧ろ益々と言った具合に戦意が昂まっていくのがライダーからも見て取れた。

戦場においてあまりにも異質な二人の姿は、どちらかといえばこんな場所より陽の当たる穏やかな教室で過ごす風景をライダーに幻視させる。

それを見て、武者は肩を揺らした。

 

「……相も変わらず詰まらぬ返歌。死の香りもない貴方らしい……ですが、稚児の飯事に過ぎないと侮ったのは、えぇそうでしょうとも。紛れもない我が驕りなれば。重ねて無念、この伽藍の胸も痛みます」

 

 詰まらない、ライダーはそう言い切る。

守りさえなければ、今すぐにでもなんの抵抗も出来ないまま首を落とされるだけの無力な大人。

語りだけは一丁前に見栄を切っても何する者かと嘲笑する。

 

“……君が思う君は伽藍なのかな?”

 

「伽藍でしょう、空虚でしょう。穴の開いた水桶に水を注いでなんとしましょうか?情操なぞただ溢れ落ちるのみ」

 

 嘲りから始まった問答を無用と言い重ねながらライダーは言葉を静かに連ねていく。

 

「この身に相応しき忌み名は正しく憤怒。暴食も強欲も身に余る。ましてや嫉妬も怠惰も我が身に不相応。色欲などとうの昔に捨て申した。なれば、我が身に今も燻り消える事なき赫然たる憎悪こそが名残りの花。けれど、嗚呼けれど。宜なるかな、宜なるかな───我が身既に、骸にて」

 

 己が身を死体なのだとライダーは言い切る。

枯れ切り腐り果てた血袋こそ自分の霊基だと臆面もなく武者は告げてから、声を荒げていく。

 

「骸は想わぬ。骸は願わぬ。骸には何も叶わぬ。なれど其の在りよう、狂い咲いた我が本懐に違いなく。ただ平らかなる世に至るが為の殺戮人形こそが、我が父満仲と今生の主が望みし我が宿痾にて」

 

 望まれた、だから間違っていない。

面貌に隠れて見えない下で、憤怒のライダーの唇に泡が飛ぶ。翡翠色の眼光が烈勢面を怪しく照らす。

 

「故にこの手の安綱を振るいましょう。故にこの手の金剛杵で屠りましょう。世に地獄があらば、何もかも壊しましょう。世に悪鬼あらば、悉くを斬り捨てましょうッ!我が理、我が意は梵釈の言なれば。是即ち道理である、天網であるッ!此岸は此岸にあらず!彼岸また彼岸にあらず!三千世界のどこを探そうと此よりは地獄にあるのだからッ!」

 

 神ぞ立つ。

ばちり、またばちりと光を焚かれていく。

ライダーの霊基から意図しないまでも溢れ出した雷気は、雨を焦がしながら燻んだ青を瞬かせるほどであった。

強く強く、昂まり荒れゆく語気と共に放電は激しさを増していく。

 

 底知れぬ魔力量。

この勢いのまま放つのも今の様子を見るに容易いだろう。

幾度もヒナの攻撃を受けてなお健在。勢い盛んな雷霆と同様に、戦いはまだ長引く。

 

「御照覧あられよ、釋提桓因ッ!衆生に救いが有らぬのだから、我が律に一遍の過ちはなくッ!だって!だって、そうでしょう?そうだったのですからッ!あな憎しや三法印!なべてこの世が地獄だと申しますればッ!汝ら皆諸共に平伏せよ!私の法に従い頭を垂れろ!首を出せッ!然すれば───!」

 

 

 

 

 

 

“───怖いものがなくなるから、かな?”

 

 

 

 

 

 

ぴたりと雷が鳴り止んだ。

 

「な、に……?」

 

 萎む雷鳴は遠くでもまた。

巨躯の神獣、祇園精舎の御台───丑王大神使もまた、その動きが鈍った。

 

 たった一言。

シャーレの先生が感情を殺して告げた言葉は憤怒のライダーの瑕疵を突いた結果だった。

茫然自失。

武者の鎧からは放電どころか、鎧が擦れる鉄の音もしない。

 

「何を……いいえ、()()?」

 

 青天の霹靂。

ライダーに何があったのか、一体何故、何が琴線に触れたのかは定かではなかった。

だが何にせよ、立ち尽くしたライダーの存在は先生とヒナにとって望外の隙であった。

このまま銃を撃っても躱すことは出来ない。

堅き鎧と言えど立ち止まって一点への集中砲火をすれば、倒し切れなかったとしても守りを砕け切るには至るかも知れない。

 

「何故貴方が、そんな目をするのです?何故貴方が、そんな……違う……あってはなりません、そんな事は……どうして、あり得ない、うそです、あり得ぬ事です……嫌だ、どうして……なぜ、なぜ、なぜ……ッ……何故?」

 

 だというのに、先生はライダーが黙りこくってからの数秒何の指示も出さずに静かに立ち尽くしていた。

タブレットから通知音が連続して騒がしく鳴っている、というのに気づいた素振りもなく。

ただただ、真っ直ぐにライダーを見ていた。

 

「……そういえば」

 

 咎めるような溜め息を一つ。

黙っている先生と動揺からかいつの間にか蹈鞴を踏んで半歩片足を下げたライダーとの間に割って入るようにする小さな切り替え。

空崎ヒナが口を開いた。

 

「貴方の鎧、随分と立派ね?私がこれだけ撃ったのに、まだ罅しかいれられない。本当、怖いぐらいに守りが堅いわ」

 

 しんと静まり返るほど凍てた空気もまた罅が入って割れた。

反響する雨音に合わせて、思い出したようにライダーの大鎧は雷を纏い始める。

 

「……は、ははっ。漸く口を開いたかと思えば胡麻擂りとは」

 

 両者の間に流れるのは紫電を伴う緊迫した空気。戦士たるもの常在戦場。

先ほどまでの空気こそが何かの誤りだったのだろう。

ライダーの口も再び滑らかさと気迫が戻ってくる。

 

「空崎ヒナ、ゲヘナにあって比類なき武辺者。だというのに、戦の中で詰まらぬ駆け引きを。これでも私は貴方が当世の強者だと聞いて少しは楽しみに「だけど」……なにを」

 

 それを計算に入れた上で、ヒナは割って入る。

気勢を、潰しにかかる一手。

挑発を実行した。

 

「そんなに丈夫な鎧を着てどうしてまだお喋りを愉しんでるのかしら?こっちは準備できてるっていうのに、何時迄も、飽きもせず。早く切りかかればいいのに、ちっとも足は動かない。ねぇ、貴方ってひょっとして」

 

ヒナは、武者の反応と先生とのやり取りから見つけた瑕疵を。

急所を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───怖がりなのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理矢理にこじ開けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 





1じゃんね☆
分かりにくかった部分があるからちょこちょこ加筆したじゃんね☆

丑御前ちゃんは元々メドゥーサさんとどっちライダー枠として採用するかで悩んでた子じゃんね☆
ただ候補に上がった子達との相性の兼ね合いで結果的にはメドゥーサさんが召喚されたって事になったじゃんね☆
だからこの子周りの話考えるのはすごい楽しかったし聖杯サーヴァント達の中ならセイバーの次、バーサーカーとほぼ同タイミングで決まったじゃんね☆
……ちなみに1番悩んだのはランサーじゃんね☆
あの子が一番難しかったじゃんね☆

あと聖杯のライダーは本当はエジプト枠で出そうと思ってたけどアビドス組の難易度というか負担がやばい事になるから没にして聖杯のアーチャーがエジプト枠になった、なんてのもあるじゃんね☆

それはそれとして、心の傷の切開はFateの伝統芸じゃんね☆
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