阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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クックックッ……まずは無事にあなた方とのお取引を始められる事を祝いましょうか。
私共としても取引相手を見つけられる事は朗報と呼ぶ他ありませんので。

さて、では改めて。
お好きな依頼をお選び下さい。
如何に中立的立場の監督役とはいえ、その業務を一部委託し依頼を受けて頂く以上。
情報の提供はせざるを得ないというのは至極真っ当なお話です。
そして、その業務への働きに見合った報酬も、ね?

①大聖杯の実地調査
提供される情報:大聖杯の位置 

②小聖杯/魔力溜まりの調査
提供される情報:小聖杯の位置

③トリニティ某所に入院している特定の患者のお見舞い
提供される情報:魔術的知見からの入院患者の情報

④アリウス自治区の調査
提供される情報:アリウス自治区までの安全な道

⑤アサシンのストレス発散(模擬戦orショッピング)
提供される情報:アサシンの全霊基データ






甘き毒よ、死に絶えよ

 

「……ふぅ」

 

 壊れかけ骨組みまで覗かせる古聖堂。

未だ瓦礫が積まれた廃墟と見間違うその場所に射す午前の光から逃れるようにして、男は今日何度目になるかも分からない溜め息を吐いた。

 

「ため息を吐くとなんとやらだったか?アケミのやつが言っていたぞ」

 

「クックックッ……少しぐらいは許して頂けませんか?こう見えて、それなりに疲労が溜まっているのですよ」

 

アサシンの軽口に付き合う声にも実際のところ疲れが透けていた。

鈍い痺れと生温い痛みを慢性的に抱える身体は決して良好とは言えない。

 

 当たり前であった。

昨夜の騒動への対処だけではない。

今こうしている間も自らを経由していく魔力の流れは、黒服の身体へダメージを蓄積していく。

 

 ヒフミのように魔力に対する抵抗力、或いは許容量が多いマスター。

ミノリのようにスキルでの軽減が出来るマスター。そうでなければ、アサシンの治癒があっても常に身体へ伸し掛かる負担は抑え込めないのだ。

それは決して表面化するほどではないが、確かに骨身を削り続けるスリップダメージ。

 

「なんだ、また薬湯でも拵えてやろうか?」

 

「……ありがたいですが、お断りさせて下さい。注射も最悪でしたが、経口接種のアレも酷いのです。貴女のそれはよく効きますが寿命でも前借りしてるかと錯覚する程度には後々キツいですから」

 

 即効性はあるが味も最悪なら飲んだ直後に全身を苛む臓器と神経の傷みはこの世の物とは思えぬ苦痛。

収まるまでの数秒という僅かな時間が永遠にも感じられる毎朝のそれを思い出して黒服は顔を顰めた。

 

「しかし、してやられたな。ミレニアムのバックアップになんともはや、例の小娘まで確保済みときた」

 

 そんな黒服を尻目に先ほどまでいた少女達の言葉を思い出して、アサシンは機嫌良さそうに喉奥を鳴らす。

 

 彼女にしてみればいけ好きもしなければ好みの男というわけでもないが、隣に侍らせておく分には及第点、戦場を共にするとなれば申し分無し。

その程度には気に入っている男が表情を崩す、それも自分の薬で。

愉快でないわけがなかった。

 

「動ける人数は多い、でしたか。陣営内の内訳まで丁寧に説明なさってくださいましたが……やれやれ、どうしたものか」

 

 別れ際の会話で如何にも頭を抱えた様子で自分達の戦力を尻切れになりつつアピールしては涙目になる少女の姿を思い出して、黒服は笑い声を忍ばせた。

 

 ミレニアムとの協力関係、戦力の多さ、果てはキャスター陣営とセミナー会長からの協力の打診。

情報どころか明らかに出し渋りたかったであろう戦力まで晒す羽目になったのは自業自得というべきか、それともそれさえ考慮して話を運んでいた黒服の手腕を褒めるべきか。

いずれにせよ、通信越しに喧々と華やかな声をあげつつしょぼくれるヒフミの背中は煤けていた。

 

「ん?あの娘は良いのか?ほれ、なんと言ったか確かこの地で唯一の……」

 

 そうして手に入った情報に対して黒服が抱いた感想。

それにアサシンは眉を顰めた。

同盟陣営と名乗った彼女達の協力者。

その中に気にしていた筈の名前があったからだ。

 

「ああ、()()()()()()()()()()()ですか。別に良しとしましょう。今次でマスターに選ばれなかった以上、次が始まる前に確保するなり監督役に就ければ良いでしょうから」

 

 アサシンの訝しむ声に黒服は気にした様子もなく肩を竦めた。

今更この二人の間に隠し事もない以上、黒服の言葉は紛れもない事実。

問題ない、と男が言う以上は気にするだけ無駄だと判断したアサシンは別の名前を挙げる。

 

「ふむ……監督役に据える、か。ではランサーのマスターはもう良いのか?」

 

「出来れば伊落マリーも、とは思っていますけどね。現時点でもそうですが、彼女は間違いなく聖杯戦争終結後も生き残っていたのならば最強に違いありませんから……それに聖杯戦争を生き延びてしまったのならきっと色良い返事を頂けるでしょう。大人になるとはそういう事ですから」

 

「それをわざわざ阿慈谷ヒフミにぶつけるとはまた悪辣な話よ。ならばアーチャーのマスターは?アレは確か話に聞く奴の肝入りだろう?」

 

 黒服の返事に呆れた声をアサシンは漏らしつつもう一人の少女について尋ねた。

自分達監督役、そして同盟陣営を除く三つの陣営。アーチャー、ランサー、ライダー。

 

 その中で組織的な強さと聖杯戦争そのものへのアプローチを唯一思案するのがアーチャー陣営だからだ。

自分に万一があった場合、または自分達以外のいずれかの陣営が聖杯戦争で勝利した場合、後釜になるとしたら。

アーチャー陣営もまた、ランサー陣営と並んで黒服が後継者として期待する陣営であった。

だが、黒服の表情は見て取れるほどに苦い。

 

「……難しいですね。彼女達のアプローチも決して悪手ではありません。それに戦力だけでなくその精神性も実に都合が良い。ですがライダー陣営。そしてフランシス、彼の存在がネックですので」

 

「なるほどな。殺す予定の奴はともかく、どこまでいってもライダー共は厄介だな……いっそもう潰すか?」

 

 刹那、空気が刃を纏う。

ほんの僅かに緩めた力は、アサシンのヒールが踏む石畳に薄い硝子を嵌めるほどの冷気となった。

冬空の如き殺意。

それに黒服は特段の反応を見せず、静かに首を振った。

 

「……まだ待ちましょう。二重霊基に対してあちらは()()()()。おまけに宝具の数もあちらに軍配が上がります。だからこその弱点ですし、そもそも相性の問題でほぼ確実に貴女はライダーに勝てますが」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。宝具といい、どこまでも面倒な。しかしまさか知名度の補正がこうも形を変えるとはな」

 

 アサシンが吹き抜けとなった天井から木漏れ日のように射し込む日に自身の右手を透かして見せながら口元を歪める。

そもそも真っ当なサーヴァントの召喚が極めて難しいキヴォトスという土地で、それでも召喚に成功させる事で発生する事象。

一つは宝具に対する制限やマスターのスキルのように、重複霊基などというイレギュラーが発生するないしは、発生させられるのも同じだった。

 

「そもそもの土台があちらとこちらの世界では違いますからね、仕方ありません。そして我々はその違いを運良く使えた……ライダーを除けばですが」

 

 ヒフミ達も知らない事実。

これまで数度、常軌を逸した軍備を増強していく彼女達を諌めては小競り合いとなり。

一度だけとはいえ本気の命の奪り合いにまで至った陣営の顔触れを、黒服は思い出す。

 

「ですからそんな彼女達と戦えば我々も当然消耗を強いられ、何より私も自分の采配に自信なぞありません。短期で仕留め損なえばあの少女達が何をしてくる事か。少なくとも以前のように双方が手痛い被害を負うだけならまだしも」

 

 報復と称した苛烈な攻撃によってこの場所を除く隠れ家は既に十は破壊されてきた。

そんな彼女達の()()の推測が出来ているからこそ。

誰よりも自分達監督役を憎む彼女達だからこそ。

一切の迷いなく悪逆を成さんと決めたあの娘だからこそ。

 

 

 

 

 

 

キヴォトス全てを破壊し尽くされては敵いません

 

 

 

 

 

 

 最悪の場合は、キヴォトスに引導を渡した上で憂いなく外の世界へ旅立っていく事は容易に想像できた。

空想ではなく現実感を伴うシミュレーションに黒服は鈍い頭痛を幻視する。

 

 どの陣営も黒服からすれば理解し難い存在だった。

子供という理屈の通じない化け物を相手にしているのだと、今更ながら吐き気が襲ってくる。

要らぬ心労だけが、かつての同僚のせいで溜まっていく現状に、本気で黒服は辟易していた。

 

「……とはいえ疲れはあれど彼女達には感謝しなくては。漸く取引も出来ただけでなく……思いの外、収穫がありましたし」

 

 そうは言っても黒服も大人だ。

いつまでも絶望的な未来を思い描いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を想って嘆くだけではいられない。

気持ちの切り替え、自分の機嫌を自分で取れるのは社会人としての必須スキルであった。

 

 事実、阿慈谷ヒフミが帰る直前。

彼女から最後に譲り受けた戦闘データとその映像の中にあった一人のオンナの姿を知れた事は、黒服にとって望外でもあった。

 

「今次聖杯戦争ではまだ出てこないと考えていた聖杯陣営も含めて、相変わらず彼女達、いえ。阿慈谷ヒフミさんは良い働きをしてくれますね。泳がしておく分には彼女以上の人材はこれから先の聖杯戦争では()()()()()()()現れないでしょう。しかし、本当にまさか聖杯の端末が現れるとは……」

 

何せこんなにも早い段階で、もっと言えば今次聖杯戦争で確認できるとは考えていなかったからだ。

 

「ユスティーツァ、だったか。その調子だと大方の予想もついたのであろう?……結果はどうだ」

 

「最悪の手前、でしょうか。大元のデータもそうですがこれまで僅かでも収集出来たのが幸いでしたね。アインツベルン、確かデータによれば……ラインの黄金ですか。」

 

 使い捨てるようの連絡端末に彼らの拠点から送られてきた、コピーされた映像データ。

 

「そうなると、ゲルマン神話群の可能性が出てきましたからね、対策も立てれますし、少なくとも備えなくてはいけない相手の顔と名前が知れたのは幸いでした。本当に良いデータを譲って頂けましたよ……先生もそれを見越したのでしょうけど」

 

そのファイルを見つめる黒服の目にはじとりとした熱が浮かぶ。

 

「それで、どうする」

 

 今度はアサシンが溜め息を吐きながら、男の粘着質な想いを無視しながら短く問う。

 

「先生には申し訳ありませんがやはり静観ですね。事実として相手は六騎も無駄に消費した。ならまだ猶予はあるでしょう……下手に薮を突いて蛇を出すわけにはいきません」

 

 対して黒服もまた間髪入れずに答えた。

黒服にとって聖杯戦争開始から今までは多少のブレはあれど既定路線であったのだ。

今更方針は、中長期的な聖杯戦争の終結と大聖杯の解体は変わらない。

 

「その割には調査なぞ依頼しおってからに。大聖杯はまだしも魔力溜まりか……阿呆め。セイバーもキャスターも気づいておったぞ」

 

 それにアサシンは呆れたような声で返す。

何を言い出すかと思えば、そう言いたげに。

 

 今まさに自分自身で余計な聖杯陣営への干渉をしないと宣っておきながら、矛盾した言動をしたこの男に。

飄々と嗤う男がした毒を盛るような真似を女は咎めた。

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()、とな」

 

 

 

 

 

 ヒフミ達が先ほど受けた四つの依頼のうちの一つ。

それをヒフミ達が選んだ際にホログラム越しに視線を交わしたセイバーとキャスターの一瞬のやり取りを思い出して皮肉げにアサシンは嗤う。

 

「仕方ありません。実際、私も確信に至ったわけではありませんから、あの吹き溜まりは遅かれ早かれ調査は必要でした。それに、いつかは気づいていたかもしれません」

 

「そこで万が一アレを見つけてしまっても、か?」

 

「……先ほどの会話。とある方を中心に核心へ迫る発言がありました。そして調月リオとキャスターの反応。会話の介入も考えれば彼女達の中には既に答えに辿り着いているか、若しくは最悪を想定しているいるのでしょう」

 

 黒服はその方針と()()()()()()から監督役としての中立性を揺らがす事はない。

何度もどれか一つの陣営には肩入れできないなどと迂遠に挑発する程度の()()は見せたとしてもだ。

その土台である普遍かつ絶対的な天秤は、中立を維持し続ける。

 

 だから決して嘘はつかない、つく事が出来ない。

一度でも事実と相反する虚偽を語れば信用を失うから。

だからこそ、ヒフミ達との話し合いは困難だった。重要度の低そうな質問の中に紛れて、明らかに探りを入れる為の質問が潜んでいたのだから。

嘘偽りなく、その上で語ることのできる事実を告げなくてはいけなかった。

 

「空中分解かそれとも涙ぐましい慰め合いでもするか、見ものだな」

 

「私個人としては何も知らぬまま時間切れが望ましいですがね。そうすれば大義名分の元に彼女達に対応出来ます……くだらない話ですが、ね」

 

 それをわざわざ出したところでなんとでも出来ると考えているのか、それともまた違う考えがあるのか。

いずれにせよ、と黒服は口にする。

 

「秘密とは甘き毒。人の知りたいという欲望は抑えられる筈もありません、が。その毒は時に人を殺す。出来るならば無知のまま夢に揺蕩うほうが子供は可愛げがあります……何も調べなければ良いのです」

 

「心にもないことを。だから言ったのだ」

 

くるりと振り返ったアサシンは冷えた目つきのまま、座る黒服の頬へと手を当てて囁いた。

 

 

 

「─── 面倒だからさっさと殺してしまえと

 

 

 

 唇が耳に触れるほど、近い距離。撫ぜるような手つきと脳を湯立たせるような色艶ある声。

それに黒服は静かにアサシンの肩を押し返すと重い声を出した。

 

「……今次聖杯戦争の閉幕まであと五日。現在の状況で一足飛びな結論を出すのはスマートさにも欠けますからね。それに彼を敵に回したくないのは貴女も同じでしょう?」

 

「そうでもない。私の生きた時代のソレとは違うがアレは中々に良い男だ。アレが顔を歪めて私と槍を交えるなぞ想像すると……うむ、唆られん事もない」

 

「……勘弁して下さい」

 

 腕を組んで楽しそうに黒服が考え得る限り、今次聖杯戦争でキヴォトスが崩壊するのと並んで一番最悪な未来を想像しているアサシンに、今度こそ疲れた抗議をあげる。

それに彼女は鼻を鳴らした。

 

「だが所詮はあと五日、時間の問題だ。お前が今してるのは問題を先送りにしているに過ぎん。それぐらい、あの男とて理解する筈だ。違うか?」

 

「私の知る彼はそんな事で諦めませんでしたよ」

 

「現実を見よ。お前とて分かっているからこそ今次は諦めたのだ。だからこそあの木偶の坊はお前の元を去った」

 

「お互いに理解の下で、ですよ。()()()()()()()()()()()()()()。彼は良き友人であり良き理解者であり……」

 

 今この場にいない、一人の男を黒服は思い出してから黒服は己を嘲笑した。

 

 

 

「思っていた以上に良き同胞だった。感傷かもしれません。ですが私はそれを改めて痛感していますよ、今更と言えばそうですがね」

 

 

 

「度し難い愚か者達だ。外道を気取るなら小娘に慈悲の一つでも笑ってくれてやれ。お前の手に掛かればまだ救いがあるだろうに」

 

「資源を無駄に消費するような形が最善手とは、出来るならば判断を下したくありません。そしてそれは私の……いえ」

 

 並行線の言い合いではない。

ある種の戯れ合いにも似ていた。

 

「つくづく甘い男だな、黒服」

 

「お互い様ですよ、アサシン」

 

 二人の間に隠し事はない。

ビジネスパートナーという共犯者は互いに密やかな笑い声を漏らした。

 

「しかし、予備システム……ですか」

 

 一頻り笑い終えた後に、黒服は()()を話し出した。

端的な物言いを好むアサシンを相手にここまでの戯れ合いを許されたというのもまた、時間が成せる技だろう。

 

「厄介だな。甘言であれば笑えようものを」

 

 黒服が切り出した話題に、アサシンもまた疲れたような溜め息を吐く。

強欲のアーチャーと自らを名乗ったサーヴァントが語ったという勝利条件。

ヒフミ達を前にして否定したソレこそが、黒服達の悩みの種であった。

 

「その辺りはそれこそ信じる他ないでしょう。我々人間には、ね」

 

「お前がか?」

 

 臭いものでも嗅いだと言わんばかりに顔を顰めては胡散臭そうに見てくるアサシンに、心外だと黒服は態とらしく大袈裟な身振りをした。

 

「クックックッ……腐ってもですよ。それにだからこそ信じてみたいという気持ちもありますよ。異なる人類史において最強と呼ばれたシステム、サーヴァント」

 

 その言葉には愉悦すら滲んでいた。

黒服の認識はアサシンからの情報を元に、極めて正確にサーヴァントというシステムの実像を捉えていた。

 

「形骸化し運用方法が誤っていようとその中身までは、あなた方という存在までは腐ってはいない。ならば信用に足ると私は判断します」

 

 そしてこれまでの暮らしの中で、英霊という存在についても、黒服なりの理解を示していた。

だからこそ、笑わずにはいられない。

 

「そう、たとえ聖杯によって汚染された霊基を与えられていたとしてもその本質までは見失っていない筈です」

 

「……()()()()()()()()?」

 

 ふいにここまで一度も話題に上がらなかった地区の名前を口にしたアサシンに黒服は緩く首を横に振った。

黒服自身、既に手元で調べられる限りの情報を調査している。

昨晩、百鬼夜行では()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて、どうでしょう。強欲のアーチャー、でしたか。彼の例がありますからね……もしかすると使われる前に、なのかもしれません。それに貴女のような物好きがいた可能性だってありますからね」

 

「それなら笑い話だな。なにせ男を見る目がない英霊が二騎もいたという事になる」

 

「そうであったなら、という話ですが。まあいずれにせよです。そうなってくるとしたら予備システムと呼ばれる何某か、いえ勝利条件の正体も大体の予想ができました」

 

 そして黒服は皮肉げに口元の罅を深くした。

あまりにも致命的な手段。

ヒフミ達から聞いた情報から推測した真実に、頭痛が鳴り止まなかった。

 

「聖杯大戦か、面倒な事だ。私は付き合う気はないぞ」

 

「それは困りますね。恐らく起動するような状況になったとしたら、私も貴女も巻き込まれざる得ない。審判の秤を持つとしてもです」

 

「……あと一歩。あと一つなのだがな」

 

 雫を落としたような静かな呻めきに、けれど黒服は何も返さない。

 

「勝利条件。我々が初期に想定したそれを越える為には戦力も足りなければ、予備システムの起動以外でそんな道があるかも依然不明。そして確実性がない以上、私は貴女を手放すつもりはありません。であれば予備システムの起動。延いては聖杯大戦の開幕もやむを得ない」

 

「だがそうなれば、だ」

 

 分かりきってはいた。

何故なら黒服は早急な解決は不可能だと匙を投げた決め手がそれだったのだから。

それを解決できるかもしれないとなれば、確かに予備システムは許容できる。

監督役という役割を全て投げ出す、その選択をして。

 

 

 

 

 

 

ええ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

なにもかも今次聖杯戦争で終わらせる選択に踏み切れば、の話だが。

 

「ですがそれすら、彼女にとっては救いなのかもひれませんね」

 

その言葉を最後に二人の間で会話は───。

 

「そう言えば黒服よ、お前のカードだが限度額が来たぞ。次のを早く用意するが良い」

 

「クックックッ……泣いて良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右手にスーツケース。

左手にはアタッシュケース。

肩に下げるのは目覚めてから手にした愛銃。

長い黒髪を風に靡かせて一人の少女は自分を待つ回転翼機へ向かって歩いていた。

 

『……アリス』

 

控えめな掛け声に、少女はパッと振り返ってはゆっくりと笑った。

 

「はい!どうしましたか?リオ会長!」

 

 ここ最近ですっかり見慣れた姿。

リオが手掛けた一輪型ロボット『AMAS』よりほんの少し大きい程度にまで小型化された規格。

独特な容姿と四本腕にキャタピラはミレニアム生であれば、たとえ大きさが違っても知らぬ者はいない。

 

 アバンギャルド君、その廉価品。

ならば声の主も自ずと知れる。

製作者である調月リオ、今ゲヘナ行きのヘリに乗り込もうと歩を進めていたアリスへと声を掛けたのはその人だった。

 

『……その、調子はどうかしら?』

 

 酷い会話であった。

それもその筈、ミレニアム生の代表に相応しい多角的な才を持ち合わせるリオはその実、不器用であった。

それもまあ酷いレベルで、だ。

 

『はい!アリスのHPバーは満タンです!今ならどんな敵と遭遇しても問題ありません!』

 

 対するアリスもこれまたミレニアムで知らぬ者などいないと何故かモモイがない胸を張る程度には顔が広く、誰とでも仲良く出来るとこれまたミドリが姉よりはある胸を張る程度にはコミュニケーション能力に長けている。

故に、リオのからからに乾いた会話にも嬉しそうに対応する。

 

『そう、なら良いのよ……』

 

 再度言おう。

調月リオは不器用だった。

特に今のアリスに対してはどうにもたじろいでしまっていた。

そんな彼女へ首を傾げながらアリスは問う。

 

『あの、リオ会長?何か変わった事がありましたか?』

 

 明瞭な言葉ながらアリスの眼に不安の色が映る。

それもその筈であった。

何せアリスはこれから()()()()()()()()()()()()()

 

 現在、阿慈谷ヒフミ、才羽モモイ、安守ミノリの三人のマスターを中心に集った同盟陣営のメンバーは大きく分けて四つの動きをしている。

 

 まず黒服との話し合いに赴いているヒフミ達補習授業部とミノリ、そしてセイバーとバーサーカーで構成された交渉部隊。

次に古書館での資料を極秘裏に持ち出すのを担当するアリスを除いたモモイ達ゲーム開発部とキャスター、そして古関ウイの古書館部隊。

ミレニアム内では、正確には拠点で待機しつつ各種データ等の解析や拠点の修繕、改築を担当しているエンジニア部三名とヘルタースケルター達、そして協力者のチヒロ、遊びに来たと言いつつごそごそと仕事を手伝って回るとあるゲヘナ生徒。

 

そして最後、それがアリスが担当するゲヘナ先遣部隊である。

 

 ゲヘナ自治区は現在、大規模な情報規制と出入領規制が敷かれている。

その為、本来であればこうして午前中から生徒会を介してアポイントを取らずに立ち入るというのはかなりグレーな動き。

 

 しかも未だゲヘナには非協力的な関係にあるライダー陣営が潜伏していると想定されている。

ましてやあのシャーレの先生もゲヘナで行方が分からなくなっているのだ。

ミレニアム側から調べられる事に限界があるとはいえ、そんな場所へこれから一人で向かう。

現地でミノリとバーサーカーと合流する事は予定しているとは言え、念には念を入れていつも以上にアリスが慎重な意識を持っているのは当然だった。

 

『……いいえ、変わりはないわ。あちらでの着陸ポイントにも既に話を通してある担当者が待っているから、現地に着いたら指示に従ってちょうだい』

 

「パンパカパーン!アリスはクエストを確認しました!飛行船に乗って次の町にファストトラベルです!」

 

『そうね。自動操縦システムが組み込まれているから、それほど時間はかからないわ。あちらにも11時前には着く筈よ』

 

 もっとも話したところでそこで終わってしまうのもまた調月リオという人間であるのだが。

ただ今回はそれに終わらなかった。

たっぷり一分、常日頃から合理的である事を心情とする彼女を知る者ならば驚くほど、時間をかけてからもう一度リオは口を開いた。

 

『……その、あまりこういうのは慣れないのだけど』

 

 恥じるように、言葉を思考の海から覚束ない様子で拾い集めて、ゆっくりと形にしていく。

その姿をアリスは不思議そうにしつつも決して口を挟まないで待つ。

何か大切な話なのだと気づいたから。

 

 

 

『くれぐれも無理をしないで。気をつけて行って……そして帰ってきたらまた貴女の顔を見せてちょうだい』

 

 

 一言ずつ、ただただ言の葉に己の感情を乗せただけ。

不器用でありきたりな見送りの挨拶。

けれど、アリスは噛み締めるように目を細めてから精一杯の笑顔を返した。

 

「っ!はい!リオ会長、ありがとうございます!パンパカパーン!アリスは新たなクエストを受け取りました!無事に帰還ミッションもクリアしてみせます!」

 

『……ええ、そうしてちょうだい』

 

 けれどリオは。

今度はもう、その笑顔に促される事はなく。

ただ笑顔で何度も手を振りながらヘリに乗り込むアリスの姿を見送っていた。

 

『やっぱり今の貴女はもう』

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いていた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セミナーが今作戦に向けて用意していた戦闘捜索救難ヘリ、MHJ-53 ペイブロウIII。

型落ちし現在は退役したそれを急拵えとはいえ、調月リオが基本の改修案を手掛けエンジニア部が外装その他を改造し、電子機器周りはミレニアムが誇る屈指の天才「小鈎ハレ」が調整した通称『エンハンスド君』は、現行機に勝るとも劣らない性能。

そのおかげもあってかアリスの空の旅は順調以外の何物でもなかった。

 

「パンパカパーン!ファーストステージクリアです!」

 

 昨晩、アズサの日課である銃の手入れを見守っていた折に『自分で出来る範囲でするのも楽しいから』と少しだけ照れながら渡された小さなウエス雑巾。

自分の膝に愛銃「光の剣:スーパーノヴァ」を平置きして新品の贈り物を使って銃身を丁寧に磨いていたアリスは言葉と共に額を袖で拭った。

 

 別に汗をかいたわけでもない。

本来なら空調の効きなんて望めない広報格納庫の中もリオの指示で最新式のエアコンが導入されているのだ。

いくら大きい光の剣の掃除とはいえ、汗なぞかくことはない。

 

 だから、その仕草は見様見真似。

やりきったことに対するアクションの一つ。

ただ、それだけ。

 

「アリスは次のクエストに挑戦です!今度はセカンドステージ!銃口周りのお掃除クエストを開始します!」

 

 独り言を楽しそうに呟きながらアリスは格納庫の椅子に腰掛けたまま足を軽く揺らす。

持ったウエスで拭くだけの掃除。

なんて事のない作業。

だが、アリスにとっては堪らなく面白かった。何せこれもまた、贈り物なのだから。

 

「アリスも早くアズサみたいにお掃除マスターの経験値になりたいですね!」

 

 白洲アズサ。

一つ年上のお姉さんから教わった簡単な掃除の仕方と色々な話の数々。

それほど長いわけではなかったけれど、贈られたウエスと共にそれはアリスにとって大事な宝物になっていた。

 

「Vanitas Vanitatum et omnia Vanitas……えへへ」

 

 アリスは昨晩聞いたその意味をきちんとは知らない。

アーカイブを辿ればもしかすると辞書的な意味は分かるかもしれないけれど、けれどそれをしなかった。

アリスにとってそのおまじないのような言葉は。

 

 

 

大好きな人を、大好きな人の為に……頑張ること。それが───諦めない理由

 

 

 

───たとえ私の周りにある世界がどんなに私を嫌ったとしても、それを理由に負けてなんてやれない。

─── だって私はヒフミが好きだから。

 

 アズサが語ったその言葉に、アリスは素直に頷けなかった。

呑み込む事がどうしても出来ないと臆病な気持ちがあったから。

それでも、心のどこかで彼女が教えてくれた言葉を拠り所にして立ち上がる自分がいるのをアリスは感じていた。

 

「……アリスは、私は。私もアズサみたいに。そしたらきっと……」

 

 だからアリスは今回のチーム分けで少し無理を言ってでもゲヘナ行きを志願した。

本来であればアポイントを取ってからの移動という形で三つのチームに分かれて午前中は行動する。

 

 その予定だったのが変わったのはアリス自らが申し出たからだ。

少しでも早く現地に行ってライダー陣営についてや実際のゲヘナの状況を調べる、その足掛かりを作る為に。

そして、自分も含めて全員が心配している先生の行方の手掛かりを、僅かたりとも見つけたい為に。

アリスは単身でゲヘナに向かうと全員を説得したのだ。

 

「アズサみたいに聖杯戦争を戦って……負けるもんかって……」

 

 己を鼓舞するその声は幼く、アズサのような芯のあるしなやかさはまだ決してない。

けれど確かに芽生える何かがあった。

 

 聖杯戦争開始から十日。

ここまで抱き続けてきた不安の氷塊がゆっくり溶けていく。

天童アリスという少女が直面してきた現実に、絶望に。

向き合って負けるものかと漸く前に進み始めた、その兆し。

 

 

 

「……だからモオットット……ふぇ?」

 

 

 

 決意とはまだ呼べない小さく儚いその言葉を音に乗せる、そのタイミングで。

少しだけヘリが揺れたと思えば、高めの可愛らしい電子音が室内に響いた。

 

「……じー」

 

 アリスの視線の先、音が鳴った方向。

幾つかのコンテナが積み上げられた物陰から。

格納庫だからかそれほど明るくない暗がりの向こうをじっとアリスは見つめ続ける。

 

 一分か二分か。

作業の手も止めて沈黙を選択するアリスに居た堪れなくなったのか、再度声は鳴った。

 

イ、イナイヨー』『ソウダヨー』『ネコダヨー』『ニャーン

 

「なぁんだ!猫さんですか!」

 

 ここは学園都市キヴォトス。

犬も猫も喋るし機械だって喋るのだ。

今更猫が厳密かつ極秘裏にセミナーの全権を駆使して用意され、採算のチェックを受けた機密ヘリの格納庫内で物陰に猫が隠れていて喋るだなんて。

 

ソウ、ソウ』『チガウヨ』『ネコダヨー』『ヨロシクオネガイシマス』『ニャーン

 

「……なんて言うと思いましたか!アリスのセンサーがキャッチしました!クセモノです!であえー!であえー!」

 

そんな事あるわけがないわけで。

 

バレタ、バレタ《/font:53》』『《font:53》ゴメンネ、ゴメンネ』『ナイショ、ナイショ』『オコラレチャウ、オコラレチャウ

 

 アリスの声に慌てながらコンテナの影から現れたの十機のロボット。

最先端科学技術を謳うミレニアムサイエンススクールではあまり見ない古めかしいデザインかつ、重厚な装甲。

それを目にしてアリスの顔に浮かぶのは鮮やかな笑顔。

 

 

 

「やっぱり!着いてきてくれたんですね!

 

エヘヘ、皆ニハ』『ナイショダヨー!

 

「───ヘルタースケルターさん!」

 

 

 

 アリス一人での空の旅はこうして、作り手であるキャスターにすら秘密にして乗り込んだアリスの友人である十機のヘルタースケルターを伴った愉快な物に変わった。

 

 

 

 阿慈谷ヒフミが黒服との話し合いを済ませて歌住サクラコの元へと向かうためにバス停へ歩き出し、安守ミノリがそれを見送り。

才羽モモイが必要な古書を無事にヘリに乗せて、拠点への帰路に着くための帰り支度を始めて。

 

 

 

そして天童アリスを乗せたヘリがゲヘナ上空で撃墜される三十分前の出来事であった。

 

 

 

 

 





1じゃんね☆
というわけで始まったアリスちゃんの大冒険じゃんね☆
難易度は普通にルナティックじゃんね☆

ちなみにアリスちゃんはスレだと一回(1が))間違えたけど基本的にリオちゃんのことはずっとリオ会長呼びだったじゃんね☆
散々赤い空が云々言ってる時系列なのに……おかしいじゃんね☆
仕様じゃんね☆ミーカミカミカミカミカミカミカミカミカミカ
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