“あ、リンちゃん?”
“うん、大丈夫、大丈夫。報告書ならもう出来上がった……え゛っ”
“あー……うん……”
“ほ、ほら!あの子達も別に普段からテロばっかりやってるわけじゃないし、ね?”
“……それに私の大事な生徒だから”
“うん。ありがとう、それじゃあお昼に。会えるのを楽しみにしてるよ、それじゃあね”
“ふぅ……あれ?どうしたのアツコ?……今のは誰って連邦生徒会の七神リンっていう子だけど……”
“え?なに?私がいるのにどうして他の子と会うのが楽しみなの?って……いやいや、そんな事はないよ。私は先生だからね。大事な生徒達、どの子に会う時だって本当に楽しみさ”
“え、待って、アツコ。か、顔、というか目がギラついてる……よ?え、なに、「わからせなきゃ?」なになになに!?先生分かんないよ?”
constant moderate
朝日が、薄いカーテンの向こうから透けて射してきたのに気づいてぬるま湯に浸かる頭が徐々に浮上する。
ばたつくように、けれど中々言う事を聞いてくれない身体へ、えいやっと気合いを入れて起き上がる。
惚けて締まりの悪い口から欠伸を漏らしつつ眠い眼を擦すろうとして。
「はい、ヒフミさん」
「ぁ……ぁりがとう、ござぃます……ミドリちゃん」
その前にミドリちゃんから声をかけられると共にボトルを渡される。
よく見ればそれは。
「……くれんじんぐ、ですか?」
「昨日、そのまま寝ちゃってましたし。よかったら使ってください。新素材開発部経由で貰った試供品ですけど、しっかり落とせますから」
「……ぅん。ありがと……ます……」
手渡されたクレンジングオイルを惚けたようにまじまじと眺めている私に何を思ったのか。
他のはお姉ちゃん起こして聞いてみてください、私の好きに使ってもらって大丈夫ですからと言いつつ、彼女は立ち上がって部室から出て行かれてしまう。
だから私はその後ろ姿へ声をかけたんです。
「ミドリちゃん、あの……きのう…「それから」……?」
いっそ素っ気ないぐらい必要な要件だけ伝えて足早にこの場を立ち去ろうとするのは気にかけてくれているのだと、何となく理解して。
だからそのお礼を告げようとしたのですけれど、その言葉はくるりと振り返った彼女の大人びた表情で止められました。
彼女は少しだけ、口元を緩めて私を見ている。
「眼元はそこの電子レンジに入ってる温タオル使って下さい……もう少ししたらご飯、できちゃいますから。シャワー浴びたら隣の部屋来て下さいね」
そう言って微笑んだ彼女は、今度こそ隣の部室と繋がっているドアの向こうへと消えていった。
残った私は、きっと起きているだろうと思った彼女へと話しかけてみました。
「……モモイちゃんの言った通りですね」
「でしょ?うちの妹、しっかりものなんだ」
微睡んだ眼が合って、私たちはくすりと笑って。
それから二人揃ってシャワーへと向かうのだった。
「というわけで!朝ごはん食べつつ作戦会議するよー!」
「遅い!なにがというわけよ、寝坊助モモイになっ!*1じゃなくて!お惚けヒフミ!ハナコが作ったご飯冷めちゃうでしょ!」
「えへへ、ごめんねコハル」
「……す、素直に謝るならべ、別にいいんだけど……」
朝から元気なコハルちゃん*2はさておき。
シャワーを浴び終えた私達を待ってくれていたのは机にずらっと並べられた彩り豊かな食事と行儀よく座っているみなさんでした。
「あはは……ありがとうございます、ハナコちゃん。朝食の準備、お任せしてしまって」
トーストとベーコン、ベイクドビーンズにサラダとフルーツ*3。
それからハナコちゃんが人数用意してくれたポーチドエッグ。
並べられたのはトリニティでも見慣れた朝食、それらがちょっとしたビュッフェ形式らしく用意されていました。
「いえいえ♡可愛い寝顔をたくさん見れましたしコハルちゃん達も手伝ってくれましたから♡さて……とりあえず基本的には今日、とくに午前中の行動決めという事でいいでしょうか?」
「そうだね。とりあえずはやっぱり情報収集しつつ他のマスターとかサーヴァントに接触してく感じ?」
モモイちゃんがトーストに齧り付きながらそう聞くのを、同じように口に頬張っているアズサちゃんが答えます。
「ヒフミのもっもっとこにシュロからもっのモモトークが来ていたのは気になるな*4……んっ!!」
「ほらもうっ!口に入れたまま喋らないの!はいアズサ、牛乳」
「んくっ!……んっ……ふぅ。ありがとうコハル。他にも監督役と、後はマリーからか」
「マリーさんって人のは今はとりあえず大丈夫じゃない?明日の午後の話だし」
寝ている間に来た3件のモモトーク。
取り急ぎ対応というか今日の午前や午後に指定される物はありませんでした。
ただ一件、シュロちゃんだけは夜に一人でという指定がありましたけれど。
「ぁの……とりあえず、ハレ先輩から貰った監視カメラの映像データ、見てみますか?」
「はい!アリスもユズの考えに賛成です!」
そういう二人がノートパソコンを操作していつの間に準備してくれていたプロジェクターの電源を入れてくれました。
いそいそと立ち上げられたノートパソコンから流れる起動音を静かに待つこと数分。
送られてきたというファイルの一つ目を開くと
プロジェクターにはno signalの文字が映ると共に昨日聞いたばかりの声が流れ出しました。
『あーテステス。やほ、ゲーム開発部ず』
『アビドスの昨日から3日分の監視カメラの中から気になったデータを拾っておいたよ』
『とりあえず一番気になるというか、派手にやり合ってた映像データから』
『タイミング、良かったね。出来立てほやほや、なんと昨日の夜のやつだよ』
『どうもその周囲一体の監視カメラが全滅しちゃったみたいだから途中までだけどね』
『ああ、それから』
『言ってたクレーター事件?』
『どうも、郊外というか砂漠の方で起きたみたいだね』
『昨日からの3日間、市街地でそういう状況が起きたのは確認できなかった。けど───一つだけ』
『さっき言った映像データにも3日前の夜にも気になる子が写ってた』
『3日前の夜に一度市街地を離れてから次に確認できたその子の姿は』
『ひどい砂で汚れて、傷ついている』
『もしかすると彼女なら何か知ってるのかもね』
『あ、彼女の名前も一応データベースから引っこ抜いておいたよ。その子の名前は』
『アビドス高等学校3年生、小鳥遊ホシノ』
そう言って音声は途切れてから次の映像に。
昨晩あったのだというホシノさんと黒いスーツを着た女性との戦いがスクリーン一杯に映し出されました。
一つ目のデータを確認し終えた私達は、まず何かを考える前にハレさんに言われたもう一つの映像データを確認しようという話になりました。
色々言いたい事やセイバーさん達に聞いてみたい事は数えきれないほどですから。
そう思って次のファイルを開けば、やはり映っていたのは紛れもなく、小鳥遊ホシノさんその人でした。
『ど⬛︎のどいつがッ!!』
ホシノさんが市街地を走っている。
いつもの盾を下げるのではなく、斜めに構えた状態で、夜の街を走っていた。
『チィッ───!!』
映像がぶれる。ホシノさんがその手に構えた盾を強く構えて振り払い、甲高い音が鳴り渡る。
何かが、当たったのだ。
『遠くからちまち⬛︎、古臭い⬛︎なんか放って……⬛︎⬛︎てるのが⬛︎⬛︎てるんだよ……!……っ!?』
咄嗟にそれまで走り続けたホシノさんが転がるように廃ビルへと転がりながら盾を頭上へと構えて。
『く、ぅぅぅッッッ!こん、のぉッ!』
先ほどまでホシノさんがいた場所、そしてその次に廃ビルへ。
遠方から飛来した何かが突き刺さり、次の瞬間にまるでその部分をくり抜いたかのように爆散する。
そこまで見えていたのだろうか、ホシノさんは頭上から降り注ぐ、倒壊するビルの破片から盾で身を守り。
『ぺっ……いいよ、相手になっ⬛︎あげる。嗚呼、よくも、私達のアビドスに……よくもッ!』
瓦礫の中から砂埃を払いながら現れた彼女の後ろ姿がそう告げて、風と共に姿が消えて。
監視カメラの映像にはその後は何事もなかったように夜の静けさと倒壊したビル、そして抉れた道路だけが残されていた。
映像はそこで終わっていました。
見終えた誰もが黙っています。
どちらの映像も、
「どう見る、キャスター?」
「うむ、初めの映像。あの少女と戦った髪の長いサーヴァントに関しては恐らくライダーだろう」
「そうだね。残るクラスで特徴的な武器は何も見せなかったとはいえ、消去法でまず彼女はライダーで間違いないかな」
ライダー。
そうセイバーさん達が推測された映像に映っていたのは髪が長く、女性らしいシルエットが見て取れるスーツ、そして特徴的な
「あの、セイバーさん、なんで消去法でライダーになるの?」
「ああ、それはねコハル。二つ目の映像の方でホシノと呼ばれたあの少女が戦ったのが恐らくアーチャーだからだよ」
ホシノさんの戦い方。
あんな風に盾を斜めに構えて、まるで銃弾を受け流すように動いていたのは遠距離から攻撃に対処する為だという推測。
その上で考えるのだとするのなら。
今この場にいるセイバーさんとキャスターさん。
そしてこの場にいないランサーさん。
この3人の攻撃とは異なっている。
そしてアサシンさんの宝具による範囲攻撃であれば撃ち放たれた物体が視認できないなんて事はない、何故ならあの宝具は槍を撃ち出すのだから。
となると残るのはそれ以外のサーヴァント、ライダー、バーサーカー、そしてアーチャー。
そうなれば、遠距離からの狙撃を得意とするアーチャーとホシノさんは聖杯戦争が始まってから2日目に戦って。
そして残るクラスから考えて、4日目、つまり昨晩戦っていたのがライダーだと当たりをつけてたのだという。
「こうなると、ここから今日する行動は絞れてきますね」
そう言ってハナコちゃんはどこからか持ってきたホワイトボードに書き込んでいく。
「まず一つ目は午前中にアビドスへ行き、午後から小鳥遊ホシノさんに話を伺って2騎のサーヴァントと思われる存在の情報を確認する事」
「二つ目に午前中にゲヘナ向かい、風紀委員会を訪ねて例の連続爆発事件についての話を確認する事」
「三つ目にアビドスのクレーター事件や連続爆発事件についてのあらましを聞いているだろう先生に会いに行く為にシャーレに行って、ホシノさんか風紀委員会の方との話し合いの場所をセッティングしてもらう」
「四つ目に着替えや荷物*5を取りに行くついでにトリニティに行き、救護騎士団を尋ねて幽霊事件についての話を聞く事」
四つの案が書かれたその傍に補足としてハナコちゃんはそれぞれのメリットとデメリットを挙げていってくれます。
「一つ目のメリットはほぼ確実にサーヴァントと実際に戦った彼女の話を聞けること。デメリットは彼女が『マスター』だった場合、彼女の拠点に直接赴く事になるということ。最悪サーヴァントを連れていたら挑発行為と取られるかもしれませんね」
「二つ目のメリットはある程度安全が約束されているという事。風紀委員会がタトゥー狩りをしている真意はまだ分かりませんが……ただ連続爆破事件についてはゲヘナでしか起きてない事件です。何かしら『マスター』の足取りが辿れるかもしれません」
「三つ目は最悪尋ねて、話し合いの場を設けてもらっても後日になる可能性がかなりありますが……それでも一つ目と二つ目の情報を安全に総取り出来る可能性があります。なによりD.U.であれば午前の間に先生と話をして、午後から改めてどう動くかを柔軟に変えられます」
「四つ目は正直リターンを得られるかは本当に賭けになりますが……うまくいけば一番情報を多く得られるかもしれません。それにお洋服を取りにいけますしね」
「ヒフミちゃん、どう思いますか?」
ハナコちゃんの話を聞いて私は───。
“いらっしゃい。今日は随分大勢で来たんだね”
「あはは……お邪魔しちゃいます、『先生』」
学園都市キヴォトス全体の中心にあたるD.U.。
その外郭の一角に、シャーレこと正式名称『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』の拠点は存在しています。
ミレニアム発のモノレールからTライン*6に乗り換える前に一度D.U.へ足を運ぶ事となったのは、アリスちゃんからの提案でした。
『ヒフミ!アリスはトリニティに行く前に先生に会いに行くのをオススメします!』
それは朝食のあともみんなで話し合って、今日は一度トリニティに行き物資の回収や救護騎士団に話を伺いに行くという形にまとまった時、ふとアリスちゃんが発案してくれた事でした。
『アリス、昨日先生から聞きました。アビドスやゲヘナで大きな事件があったと。もしかすると先生はそれについてもっと詳しく知っているかもしれません』
その言葉に、ナツちゃんが言っていた言葉を思い出す。
『あとはまあ普通だよ。いつものように先生が眠そう、というか徹夜したのかな?あんまり聞かない名前の学校の事で事後処理してたとか……』。
恐らく徹夜仕事と言っている事や事後処理を先生も携わっている以上、何かしらの情報。
特に私達がまだ知らないゲヘナの爆破事件についても知っているかもしれません。
『D.U.なら一度乗り換えで降りて少し話をしても大丈夫です!だから一度、色々と先生に聞いてみるのはどうですか!』
名案だと胸を張っているアリスちゃんの頭を撫でつつ、私達はその案を採用して現在、シャーレのオフィスに訪れていました。
“ごめんね、今日当番の子はみんな今
はいこれ、と私達にコーヒーや紅茶を手早く用意して差し出してくれる先生はいつも通り柔和に微笑んでくれる。
私達とは違う大人の男性。
そしてセイバーさん達とも違う不思議な安心感と色気がある彼*7の動きをつい目で追ってしまう。
連邦生徒会が用意したシャーレの制服である白いロングジャケット。
それに合わせた白いスラックスはしっかりプレスが掛かっているのに、黒のワイシャツには少しだけ皺が見え隠れするちぐはくさ。
そのだらし無いともまた違う、彼の忙しさが見え隠れするそんな服装。
優しげな瞳は草臥れていてどこか大きな木を思わせる、そんないつも通りで、大好きな私達のシャーレの先生。
“今日は何か相談ごとかな?”
私達生徒とは違う、テノールボイスがじんわりと胸の奥に広がる感覚にほっと安心感が広がる。
「うふふ♡こんなに可愛い女の子達が来たのにそんな下心を疑うなんて♡先生もイジワルですね♡……用事がなくては来てはいけませんか?」
“まさか。いつでも、どんな時でも。何の用事がなくても、私は君達を待っているよ。もちろん、ハナコの事もね”
「……うふふ♡」
これまで彼が勝ち取ってきた信頼に基づく絶大な包容力。
この人の見ている前なら何をしても、どんな失敗をしても、きっと嫌われない、大丈夫。
私はこの人に愛されている。
そんな一種の養育者と乳児の間で結ばれる愛着関係のような。『先生』と一緒にいる時、そんな安心感を私は感じる。
ただ、もっとも。
“空調、暑くないかい?今リンちゃん、あ、連邦生徒会のリンちゃんね。彼女と相談してるんだけど中々冷房の温度下げれなくてね”
そう言って先生は袖を捲り、ワイシャツの襟首をそのごつごつとした指で引っ掛けて軽く仰ぐジェスチャーをする。
「え……」
“え?どうしたのコハル”
ここに来る前、先生がどんな仕事をしていたのかは知らない。
元々高校生を相手に教員をしていたのか、それとも別の年齢の子達だったのか。
学習塾や、そもそも世間一般で「先生」とは呼ばれない仕事だったかどうかという事も分かりません。
ただ、彼は初めて会った時から、必要なら腰を曲げ、膝をつく事も厭わず、必ず生徒の目線に合うように、それかいっそ見上げるかのようにしてくれる大人の人でした。
そして今もそれを当たり前にしている。
当然胸元のボタン緩めてのなら、コハルちゃんとの身長差に合わせて屈めば、
「ぇぇぇえっちなのはダメ!!死刑!!!!」
閑話休題、とはこういう時に使うのだろうと以前あった講義の内容を思い出す。
顔を真っ赤にして叫ぶコハルちゃんを宥めてから私達は本題に入った。
「先生、実はご相談があるんです」
“うん、どうしたの?”
太く大きな喉仏を鳴らして、珈琲を楽しんでいた彼は私が話を切り出すや否や、自然な手つきでその手に持っていたマグカップを横に避けてしまう。
「……少し教えて欲しい事があるんです。アビドス自治区であった『クレーター騒動』とゲヘナ自治区で起きた『連続爆破事件』について」
その言葉に意外な物を聞いたという顔をしながら、彼は私に疑問投げかける。
“ヒフミは、どうしてそれを知りたいの?”
考えてみれば当たり前の質問です。
急に8人で、しかも学校も違う生徒がやってきたかと思えば、自分たちの住む場所とも異なる自治区で起きたに事件について聞いてくる。
かと言って、ただのゴシップ好きと思われたかと言われれば、先生の目はそれは違うと言っている。
何故それを知る必要があるのか。
何故それを知りたいと思ったのか。
それを知ってどうするのか。
私は、先生に納得してもらえる答えを出さなくてはいけません。
私が、私達がどうして他自治区の問題が気になるのか。その理由をきちんと伝えなくてはいけない。
紅茶で湿った舌は、微かな緊張を覚えて乾く口内と唇に潤いをくれた。
「私は、今、大きな問題に関わっています」
“それは、私が聞いちゃいけない事かな?”
知っていました。
当たり前な返答でした。
だって目の前にいるこの人は先生だ。
これまでも何度も私達の危機や問題へ正面からぶつかって、その困難な壁を私達が越えられるように支え続けて、そしてその度に何度も傷ついてきた人です。
生徒が困っていると言われたなら、先生がこの質問を返してくるなんて当たり前でしま。
「……はい。私は、まだ先生には、頼れません」
“そっか。ならヒフミは今誰かに頼れているんだよね?”
「……はい。みんなが、補習授業部の、ゲーム開発部のみんなが隣にいてくれます」
“そっか。それなら安心だね”
あの日を思い出す。
初めてアサシンさんと会った時、裏路地を駆け抜けたあの時。
あの時はこの目の前の人を傷つけられるのが堪らなく嫌で、頼らないという選択をした。
今だってそうです。
先生はキヴォトスに住む人々と違う。
銃弾が一発でも当たれば、その命は簡単に失われてしまう。
だから、聖杯戦争に巻き込みたくないという想いはあります。
でも、今回は違う。
それだけじゃないんです。
これはきっと私の、意地みたいな物なんだと思います。
「先生。私が巻き込まれている事に、アビドスの皆さんやゲヘナの方達が巻き込まれているかもしれないんです。アビドスには対策委員会のみなさんが、ゲヘナにはアルさんやイズミさんもいます」
「あの列車の事件から、ナギサ様もすごく学園のことを心配されていました。すごく、心配をかけてしまいました」
私はまだ、先生に頼れません。
これはきっとわがままなんでしょう。
先生に頼れば、きっと簡単に解決出来るはずだとなんとなく直感しています。
だけれど、もし今の私はきっと先生に全てを話したらそのまま投げ出してしまう気がする。
全部、放り投げてしまうような、そんな気がするんです。
「巻き込まれた人がきっといます。苦しい思いをしている人がいるかもしれません。今はまだ詳しくは私も話せないし、私自身も分からない事だらけです。でも、もしかしたら」
「巻き込まれただけじゃなくて、自分の意思でその問題と向き合っている方がいるかもしれない。その場所に立って、戦っている人がいるかもしれません。それが誰かは、私にもまだ分かりません」
聖杯戦争の戦いに参加する以上、私には当事者として見なきゃいけない物があります。
目を逸らしちゃ駄目な物があるんです。
モモイちゃん
どんな願いを抱いているの。
何故聖杯戦争なんて殺し合いが起きたのか。
どうすれば、誰も傷つかないで終われるのか。
私はまだ何も知りません。
なのに今、先生に頼ってしまったら知らないまま、理解しないまま先生に縋りついてしまう。
責任も重荷も全部投げ捨てて、嫌な役目だけ貴方や他の誰かになすりつけてしまう、そんな気がする。
私は決して強くなんかありません。
殺し合いの舞台に、そんな暗くて悲しいお話なんか嫌いで。
なのに自分が当事者になって、すごく怖くて、辛くて。
もし逃げていいと言われたら、心の中の弱虫な私は全部放り投げて流してしまうかもしれない。
それは、出来ない。
「もしかすると、私はこれからその人達とぶつかる事になるかもしれません。その人達の中には否応なしに雁字搦めになってまで、戦う選択をしている人もいるかもしれません。自分の意思で、願いで戦う事を選んだ人もいるかもしれません」
「その人達に私が何が出来るかなんて分かりません。だけど、分からないからってそのままにしておくなんて出来ません、したくありません」
私は知らなくちゃいけないんです。
聖杯戦争と向き合わなきゃいけない。その上でハッピーエンドを目指したい。
だって私達は、貴方の教え子だから。
いつだってその背を、責任と向き合い続けた大人の背中を見てきたのだから。
「この問題に私は向き合っていきます。みんなでハッピーエンドを目指すんです。だから、今一つでも多くの情報が欲しいんです」
自分の意思でハッピーエンドを目指すと決めた以上、無責任に放り出す事は、出来ない。
「先生、お願いします。私達に、ゲヘナとアビドスで何が起きたのかを教えて下さい」
先生は、ずっと黙って聞いてくれていた。
何も言わず、口を挟む事なくずっと。
頭を下げた私達を見つめながら。
静かにその姿を見守っているかのように沈黙を続けて。
“また少し、君達は大きくなったんだね”
“私に出来る事があれば何でも言って欲しい”
“いつでもおいで、待っているから”
そう告げて。
先生は私達に書類を渡してくれました。
“ゲヘナでの爆発事件についてとアビドスのクレーター事件についてを簡単にまとめた報告書。私が書いたやつの……そうだな、
“君達が責任を持って処分してほしい。頼めるかな?”
悪戯めいた笑顔と共に贈られたその言葉に私達は、ただお礼を言う他ありませんでした。
「……良かったのですか?主殿」
“良いも悪いもないさ。あの子達が自分で頑張ってみたいって決めたのなら大人として応援するだけだよ”
「主殿……」
“いつでもあの子達が安心して帰ってこられる場所を守る。それもまた大人の責任で、それが私の仕事なんだよ”
「ですが……」
“心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫”
“……正直に言えば私も心配だよ“
“でも頑張るって言ってくれたから。だったらそっちはあの子達に任せて、私は私のできる事、自分にできることを”
───“大人の戦いをしなくちゃ、ね”
「流石です主殿!」
"ははは、ありがとうイズナ。褒めたって何も出ないから抱きつくのはやめようね。こら、駄目だよ、やめなさい、めっ、抱きついた隙にベルトを外そうとしない”
「……あっ、ところで主殿。先ほどお渡しになった報告書はあと5分後に行政官が受け取りにくる予定ですが……」
“ははは……イズナ”
「はい」
“空が、青いね”
「はい……」
本作の内容は
-
①Part6スレまで読んでる
-
②あにまんの過去ログまで読んでる
-
③ハーメルン版のみ読んでる