【全てはIFの物語】
【この観測も】
【果たして辿り着いたその先にある物なのか】
【それとも】
【閉じた四方のお話なのか】
【残念ながら私には分かりません】
【けれど】
【皆様とならきっと───】
【 日目午後/秋・特殊イベント】
【トリニティ自治区・カフェ街】
【Recommend BGM……〈After School Dessert〉】
穏やかな昼下がり。
時計の針は三を示している。
嘗ては多くの血が流れ、トリニティ全体で休校にもなった事もあった。
それも今では戦いが終わり、謝肉祭も無事に盛況となり、少しずつ日常が戻ってきている。
そんな街中でのことだった。
「おっと……驚いた」
「私だってそうさ、ないすがい。今日はお一人かな?」
セイバーは肩を叩かれて後ろを振り返れば、ここ暫くは随分と会っていなかった少女達の顔を見て、驚いた様子であった。
「少しね……さて。改めて久しぶりだね、ナツ、アイリ。その後の調子は如何かな?」
「もーまんたい。漲る元気は私の活力となって大いなる翼を私に与えた。そう、浪漫という名の宝を探す為の翼をね」
「もうっ、ナツちゃんったら。セイバーさん、お久しぶりです」
柚取ナツと栗村アイリ。
かつての戦いで出会った少女達とセイバーは再びの邂逅を果たしていた。
勿論それは別に偶然、なんて事はないだろう。
カフェ街で顰めっ面をしながらショーウィンドウを眺めていたのだ。
時刻は生徒によっては放課後になり始める頃。
未だ疎ながら少しずつ生徒達の賑わいが聞こえ始める中で一人、大男が唸りながらケーキを眺めているのだ。
「カフェ街を歩いていればてっきりツルギかウイあたりと会えるかと思っていたんだけどね。まさか君達と会えるとは……僕も中々幸運なようだ」
それが知人であるなら、誰かしらは声をかける事だろうし、実際セイバーはそういう幸運を求めてカフェ街まで訪ねてきていた。
もっとも、出会った相手は想像とは違っていたのだが。
「その口振りだと今日は誰かと待ち合わせ、って感じじゃないですね……もしかして、セイバーさん。
「ははは……アイリ、よく聞いてほしい。僕はなにも年中ヒフミと喧嘩してるわけでも、彼女のご機嫌取りにケーキを求めにカフェ街へしょっちゅう来てるわけでもないよ」
「どうかな?ヒフミぶちょーと貴方の大喧嘩*1は私達の学年でもとびきり有名な話だからね。その上、随分とお悩みの様子ときた……これは何やら事件の予感、胸踊るロマンスの始まりかな?」
「あの一件、そんなに有名になってしまったんだね……」
「ティーパーティの偉い人まで出てきたぐらいですからね……」
遠い目をするセイバーにアイリは思わず苦笑いをしてしまう。
騎士然としている彼だが、初対面で見せた奇行*2もあってかセイバーが意外と取っ付きやすい事を理解していた。
「それじゃあ、セイバーさん。今日はどうされたんですか?てっきり私、誕生会の方に行かれたのかと……」
「そういうアイリこそ。僕はてっきり君達は参加している物だと思っていたよ」
「アイリ、というか私達スイーツ部は別日だよ。ヨシミ達とレイサの予定が合わなくてね。一年に一度、生命が時間を刻むその歴史を振り返る大切な日なんだ。折角なら私達みんなでお祝いしたかったんだよ」
「私達はそういうわけなんですけど、セイバーさん。もしかして、ですけど……」
アイリが恐る恐ると聞いてみればセイバーはこれ以上ないほどに肩を落とす。
その背中は悲しいかな、煤けていた。
「ああ、君達の考えている通りだよ……」
「「う、うわぁ……」」
思わず、といったアイリ達の反応も宜なるかな。
ヒフミとセイバーの仲というのを知っている人間はそれなりにいる。
元より阿慈谷ヒフミは顔が広い少女だ。
アイリがそうであるように、そしてナギサがそうであるように。
同学年はもとより、同じ部活に所属している等の共通点もなしに学年どころか学外まで飛び越えた交友関係がある。
誰にでも優しく、穏やかで、どんな話でも楽しんで聞いてくれて、一緒に遊べばとにかく楽しんで過ごし合える。
それが阿慈谷ヒフミであり、色々と噂された事はあれど*3美形でかつ性格も良しときた兄の存在というのもあってか、トリニティでも珍しい仲のいい兄妹としてそこそこの知名度があった。
そんな兄妹の兄の方が、妹ことヒフミの誕生日を忘れていた*4。
呻いてしまうのも咎める方が難しいという話であった。
「おお、なんという事だろう。偉大な騎士はあろう事か我らが阿慈谷ぶちょーの生誕祭を忘却の彼方へと放り投げてしまっていたとはぁ……いやぁ、これは災難、いや失態だね」
「返す言葉もないよ……まぁ、その、そういうわけでね」
「おーけーおーけー、みなまで言うな。要するにこれはあれだね?私達の力を貸して欲しい、そういう事かな?」
にやりと笑ってみせるナツは内心でこの状況を面白がりつつ、なんだかんだと最近付き合うことが増えた大切な友人の悲しむ顔を見るのは偲びないとセイバーへ力を貸すと胸を叩いてみせる。
見ればその隣にいるアイリも力強く頷いていた。
流石に見過ごす、なんて事を栗村アイリが選択する筈もなく。
セイバーはそんな二人に感謝を伝え、さらりと喫茶店へと誘った*5。
当然、アイリとナツは天を仰いだ。
ヒフミから愚痴を聞いているからだった。
とはいえそんな事はセイバーはそんな事はつゆと知らず、近くのテラス席へと進んでいる。
そんな彼に溜息を一つ、二人は顔を見合わせてから、吹き出して。
それから彼の後を追って、既にメニュー表を受け取っているセイバーが待つ席へと座るのだった。
「困ってらっしゃるのは、やっぱりプレゼントですか?」
まず切り出したのはアイリからだった。
チーズケーキ*6を囲む三人は軽い感触で崩れるクッキー生地と濃厚なクリームチーズに舌鼓を打ちつつもずばりと本題から話始めることにした。
「……そうだね。正直年頃の娘が喜んでくれる品という物が検討もつかないところだよ」
「なるほど……」
意外だ、そうアイリが感じてしまうのは仕方ない事だった。
まず第一にセイバーはこう言ってはあれだが世間一般でいう美男子という括りだろう。
目鼻が整い、翡翠の瞳はどこか疲れが滲む大人の哀愁さを漂わせつつも曇ることのない煌めきを宿し、柔らかな金の髪は染めているのではなく天然のそれ。
そんな容姿が整っていて
「あれ?でもカフェ街に来たってことは何か目当てだったり、ある程度候補を絞ったりはされてるんじゃないですか?」
てっきり幾つかある候補の中から選べずにいる、もしくは忘れていた事がバレてしまってヒフミが臍を曲げてしまった、そんな話だと思っていたアイリは改めて尋ねてはみる。
だがセイバーからの返答はゆるゆると首を横に振るばかりだった。
「いやそれが、さっぱりなんだ。ここに来たのだって少し前に彼、あぁ君達の先生と……知人に、それからハナコから幾つかアドバイスを貰ってね」
「おや?じゃあ私達は四番目の女なわけだ。およよよ〜アイリぃ、私達はつごーの良い女ってわけだよぉ」
「はいはい、ナツちゃんも冗談言ってないでちゃんと考えてね」
「む、アイリが冷たいな。まるでこれでは冬空で食べるアイスクリーム……とはいえ時間もあまりない。まずは聞かせてもらおうか?そのアドバイスとやらを」
「ああ、ハナコには相談したんだけど、
肩を竦めつつ声色を変えてハナコの言葉を諳んじるセイバーに対して、二人はおやと首を捻る。
「浦和先輩がそう言ったのかい?」
「ん?ああ、そうだよ。他にも色々「いや、いいんだ。宝の地図を辿るのに必要なのは確かな情報、行き着く道を間違えない事さ」そ、そうかい……?」
浦和ハナコ。
アイリやナツの学年ではそれほど有名な生徒ではない。
とはいえそれなりの付き合いは勿論あるわけで、冗談をよく口にする嫋やかで大人っぽい先輩という好印象を持つ二人だが、その実、ハナコとの話の中で共通して抱いている物があった。
「先生と……知人の方、でしたっけ?そのお二人はなんて言ってたんですか?」
浦和ハナコは決して頭が悪いとは言えない、むしろ聡明な人物であると。
だからこそ二人は引っかかる。
そんな彼女が手と足を動かせだなんて、まるでそれは───。
「ああ、彼らは……」
───何をプレゼントするか、それは私にもね。それにそれは
───女性に贈り物をされるのでしたら……いえ、やめましょう。私はそういうのは比較的疎く、いつも叱られていますからね。それに
セイバーが頼った二人から送られたのはそんな言葉だという。
それを聞いてアイリとナツは顔を見合わせる。
「ふむ、なら決まりだね」
「だね、ちょっと拍子抜けかも」
思ったよりもあっさりと。
二人は答えに辿り着いてしまう、セイバーが贈るべきプレゼントの中身について。
その反応に思わずといった様子でセイバーは顔を輝かせた。
「本当かい?助かるよ、もういっそのこと何か流行りのアクセサリーか化粧品でもと思っていたところだったからね」
そう言って頭を掻くセイバーにアイリは頬を膨らませて言う。
どうやらそれはセイバーの言う年頃の娘からすると、ナンセンスと言わざるを得ない物という様子だった。
「セイバーさん!女の子への贈り物ってそんなに簡単じゃないんですよ!」
「え?いや、しかしやはり貴婦人にしろ君達のような村娘……ではなくて年頃の少女にしても調度品の類は喜ばれると思ったのだけれど」
「いやいや、ぷれいぼーい。それは違うさ」
「プレゼントって貰って嬉しいが一番大事です!でも同じぐらい貰った時に困る物を贈らないようにするのも大切なんです!」
「そう、プレゼント。それは未知の可能性さ。蓋を開けるまでのワクワク感、そのまだ見ぬ未来を手にした時の喜びは何物にも代え難い。だが、逆に言えば望まぬ未来を手渡されたら……ワクワクとした思いからの落差は著しい。なにせ乙女心というのは複雑だからね。他の人間が良いと思っている物でもこだわり一つでころりと秤は振れてしまうのさ」
誰かに物を贈る時。
それは相手の好みをしっかりと理解していて、相手がこれが欲しいと事前に知っていたならばまずまず間違えることはないだろう。
だがそうでないなら、途端に難易度は跳ね上がる。
アクセサリーや衣服は好みがあるし何より貰うには少々値段が高いのもあって萎縮しがちな物。
肌質の相性がある点から化粧品なんて最難関だろう。
最悪の場合、肌が合わないから使えない、なんていうことは容易に起きてしまう。
贈られるのは嬉しいけど貰っても困る、そういう事態というのは意外とよくある。
だからこそ失せ物が往々にして選ばれがちなのだと、アイリ達は訥々と説明する。
それを聞いたセイバーは益々といった様子で頭を抱えた。
夜まで時間があるとはいえ、今からヒフミが本当に欲しい物を探すとなってもセイバーの生きた時代の知識と経験ではどうにも現代っ子の好みに合う物を見つけるのは難しい。
さて本当にどうした物かと、これまで多くの戦いでヒフミを守り抜いた騎士が今度こそ白い顔で困り果ててしまった。
「セイバーさん、ちょこっとだけ
そんなセイバーにアイリは笑いかけた。
確かにヒフミ達ほど深い付き合い、というわけではない。
けれど目の前の大人がヒフミに対してどんな風に想っているのかについては、理解しているから。
「そうだよ。物事はもっと単純に、シュークリームに生クリームとカスタードのどちらを詰めるか迷ったなら二つとも入れちゃうようにね。世界の解答なんていうのはクッキーを割るように意外とさくっと見つけてしまえる物さ」
「手を動かして、足を動かして。それはきっとセイバーさんが贈るべき物はもうご自分の中にあるからですよ。だから先生もご友人さんも、それにハナコちゃんもそうやって言ったんですよ」
「別に難しい事じゃないさ」
「だって大切なのは───」
【 日目夜/秋・特殊イベント】
「───やぁ」
【トリニティ自治区・某所バス停】
「むぅ、遅いですよー!」
【Recommend BGM……〈Midnight Trip〉】
「ははは……ごめん、ごめん。ちょっと色々バタバタしててね」
街灯の下。
合宿所がある山を降りた先のバス停から乗り継ぐために降りたそこで暫く待っていたヒフミに掛けられた声にパッと顔をあげれば見慣れた姿。
とはいえ今日は随分と汚れた様子だった。
頭に服に枯葉をつけて、おまけにあちこちに泥を跳ねさせている。
まるでさっきまで山にでもいたようだとセイバーの姿を見たヒフミは感じた。
「ふぅん……まあ、特別に許してあげます!」
それに何となく面白くないなとも感じながら、わざと膨れっ面でアピールして彼の隣へと立つ。
それにセイバーは目を細めながら、寒さで赤くなった鼻を摘んでは揶揄う。
「それはそれは、我が主人はお優しい事だ」
「うぅぅ!
いつもの戯れ合い、手を取り合って駆け抜けた聖杯戦争の中で気がつけばそんな風に肩の力を抜いて過ごすようになった。
騎士でもサーヴァントでもファウストでもマスターでもなく。
少し皮肉屋な青年とごく普通の女子高生。
こんな風にただ等身大の自分達を曝け出す関係になったのも、もう随分と前のこと。
大切な物を失った戦い。
深く深く、阿慈谷ヒフミの心に影を射した戦いの中で。
それでも心から信頼できる戦友を手にした事。
それは間違いなく、ヒフミにとって、そしてセイバーにとっての幸いであった。
「あれ?もうすぐバス、来ちゃいますよね?」
「うん。けどこんなに月が綺麗だ……少し夜道の散歩を洒落込むなんていうのは如何かな?」
「……帰り、遅くなるからって抱っこは嫌ですよ」
「分かっているとも」
「本当ですかぁ?アーサーさん、急いでる時はすーぐ私を抱えようとしますし」
「ああ、食べ過ぎたのを気にしてるんだね?構わないよ、今日ぐらいは大目に見るさ」
「ちーがーいーまーすー!」
じと目になりながらセイバー見ているヒフミに、彼も苦笑しながら手を差し出す。
それにきょとんとした顔をしてから、ヒフミは満面の笑みを溢した。
「あはは……じゃあ折角のお誘いですし」
「ははは……勿論、任せてほしい。しっかりエスコートするよ、姫君」
「なら、よろしくお願いしますね!アーサーさん!」
ごつごつとした剣胝だらけの掌に小さな少女の手が重なる。
そうしてそれを合図に二人はゆっくりと歩き始めた。
身長が違えば歩幅だって違う。
けれどいつも通り肩を並べて、同じ方向を向いて。
静かに夜の街、線路沿いの道を歩いていく。
二人の話は、セイバーから始まる事が多かった。
それは今も同じ。
明日の食事は何がいいとか、お弁当はどんな物を入れるかとか、風呂掃除はしてあるかとか、冷蔵庫の中身はどうだったかとか。
そんなごく普通の話から始まるのだ。
それが終われば次はその日あった事を報告し合う。
今日の授業はどんな内容だったかを伝えれば、セイバーは揶揄うようにその内容で問題を出してみせて、ヒフミもそれに負けじと出題し返す。
友達とどんな話をしたかをヒフミが話せばセイバーはアルバイト先で出会った人々の暮らしを語る。
補習授業部でどんな活動をしたのかを話せば、ヒフミが中々会えていない遠方にいるサーヴァント達の様子を語って聞かせる。
もう、二人はマスターだけでもサーヴァントだけでもないから。
かつては常に一緒にいた。
どんな時も傍にいて、どんな辛い時も分かち合って、そんな風に戦った。
それが聖杯戦争だった。
けれど今はもう違う。
ヒフミは元いた日常に戻り、セイバーもまた戦いとは少しだけ離れた新しいキヴォトスでの日常に身を置いた。
だから、二人は家に帰る時にこうやって並んで話すのだ。
同じ時間、同じ空間を共有し続けたあの時と同じではないけれど。
それでも互いの幸せを分かち合えるように、ヒフミは頑張った事を、楽しかった事を。
セイバーは愉快だった事を、希望に溢れた景色を。
互いに言葉を尽くして、語り合う。
だって、どれだけ通じ合っていても人は言葉にしなくては分かり合えないのだから。
夏の陽射しが残るような夜に出会ってから、季節はすっかり外の木々に衣替えをさせていた。
赤や黄色に着飾っていた街路樹も気付けば枯れ葉の布団を敷くようになっている。
それだけの時間が二人の中では流れていた。
その中で二人の関係は少しだけ変わっていた。
それでも変わらないものがあった。
ゆっくりと、線路沿いの道を歩いていく。
二人並んで、のんびりと、時間を気にせずに。
帰りにコンビニでも寄ろうかなんて話をしながら、つまらないぐらいごく普通の会話をして。
そうやって歩く中で。
「アーサーさん……?」
ふと、セイバーが立ち止まった。
不思議に思い呼びかけたヒフミへの返事はなく、変わらぬ調子でセイバーは問い掛ける。
「今日の誕生日会はどうだったんだい?」
それにヒフミは不思議そうな顔をしつつ、けれどすぐにその顔には晴れやかな笑みが浮かんだ。
思い出すだけで暖かくなる時間。
平日ということもあって補習授業部が中心になってこっそりと準備してくれたパーティ。
「あはは……楽しかったですよー!授業が終わってから合宿所に行って、ナギサ様達もお越しくださって!あ、そうそうミネ団長も時間を縫って会いに来てくださって!それからみなさんと一緒にケーキを食べたりプレゼントを頂いたり……」
今週末にする予定のそれとは違って日中仕事をしているサーヴァント達は呼べなかったが、それでも多くの生徒が集まってくれたその会はヒフミにとっての宝物。
「たっくさん、大好きな方達からお祝いしてもらえました!」
「そうか、それは素敵な会になったね」
「はい!」
幸せな時間を過ごしたのだと、ヒフミは言う。
だからこそ、セイバーもまた告げるのだ。
贈らなくてはならないと、そう思うのだ。
「ねぇ、ヒフミ。君は覚えているかな?」
「えと、あの……なにを……?」
「横、見てご覧」
その言葉にヒフミは不思議そうに横を、線路を見て暫く困惑する。
何の変哲もない、それこそ列車だって通っていないただの線路。
───けれど。
「……ぁ」
角度が違った。
立っていた場所が違った。
脱線した車両があってよく見えなかった。
何よりもあの時は周りを見渡す余裕なんてどこにもなかった。
だからすぐには気付けなかったけれど。
「ここ……アーサーさんを召喚した……」
【Recommend BGM……〈The Sun in the Abyss〉】
同じように月が眩しい夜空の下、この場所で。
阿慈谷ヒフミはセイバーを召喚した。
それがヒフミとセイバー、二人の始まりの夜。
そして二人の聖杯戦争が始まった場所。
それを思い出して、だからこそ戸惑う。
思い出の場所、といえば聞き覚えは言いだろう。
だがヒフミにとってあの一件は苦しく辛い記憶である事も間違いのない事実。
今でこそ飲み込めずとも受け入れているその記憶に紐づいたその場所へ招かれた。
そのセイバーの意図が分からないで困惑してしまう。
「たくさんの事があったね」
そんなヒフミの言葉に何も返さずに、フェンス越しに見える線路へとセイバーは目を送る。
「それは何も聖杯戦争の事だけじゃない。全部が片付いて君と共に暮らすようになった事だってそうだ」
遠く過去を振り返るように、けれど言葉は前を向いたまま。
二人の聖杯戦争が始まった場所で、全てが終わって新しく始まった生活の思い出を語り始める。
「風呂がどちらが先に入るかで喧嘩した事もあるし、次の日の朝食をご飯にするかパンにするかで弁論を交わした事もある」
日々の暮らしの中で積み重ねた小さな思い出。
それは激闘と謀略、そして文字通りの戦争を繰り広げていたあの頃と比べれば本当に細やかな物。
「そうやって僕は……新しい営みを今送っている」
けれどそんな日々が、今のセイバーという男の全てになった。
「戦いではなく、ただ穏やかに君達の成長を見守る日々を。それは決して激しいわけでも苦しいわけでもない。平穏な暮らしの中で、毎日の糧を得て、そうして僕は多くの新しい物を得た」
───だって大切なのは何を贈るかじゃなくて、どうして贈りたいかなんですから。
「酒を酌み交わす友が出来た。時に競い合っては汗を流す友が出来た。困った時には相談できる友が出来た。なんでもないただのセイバーという僕を頼りにしてくれる人々だっている」
手と足を動かせとハナコは言った。
セイバーが自分で見つける物だと先生は言った。
贈るべき物はもう持っていると黒服は言った。
このキヴォトスに召喚されてから新しく出来た友からの言葉の意味。
それは気づいてしまえばナツの言った通り単純なこと。
「僕はこの地に来てから随分と多くの物を得た。そしてそれはきっとこの地に呼ばれなかったら得られなかった物だ」
ヒフミにどうして誕生日プレゼントを今日贈らなくてはいけないと思ったのか。
別に時間をかけたって良かったのだ。
事実としてセイバーは贈る品を何にするか迷い続けた。
けれどその行動の、その想いの一番最初に根差している物に気がついてしまえば、話は別に大した事ではなかった。
最初からセイバーが贈りたい物は決まっていたのだから。
「だからそれを伝えたかったんだ。君が僕を呼んでくれたこの場所で、君が生まれたこの日に。伝えなくちゃって、伝えたいって……そう、想ったんだ」
何故誕生日プレゼントを贈りたいのか。
何をセイバーは祝いたいのか。
始まりに立ち返れば話は単純だった。
それは形なんてない、どこにも売ってもいない。
ずっとセイバーの心のうちにあった当たり前の気持ち。
当たり前に足元にずっとあったから、見えなかった気持ち。
そう、セイバーはずっと。
「君のおかげで、君の選択で、君の旅路の結果で、僕は望外の幸せを得た。この手から取りこぼしてしまった物と比べる事は決してできないけれど、同じぐらい大切だと胸を張って言える。そんな贅沢な僕個人の幸せを手にできたのは、紛れもなく君があの夜に僕を呼んでくれたからだ」
───感謝の言葉をヒフミに贈りたかったのだから。
「僕をこのキヴォトスに召喚してくれてありがとう」
「最後まで僕と共に戦い抜いてくれてありがとう」
「僕に幸せな営みを送らせてくれて、ありがとう」
「君に、ヒフミに会えて良かった。君がいてくれて良かった。だから」
「───生まれてきてくれてありがとう」
それは、その言葉は。
「なん……ですか……それ……なんで、いま、そん……な……っ!」
きっと今は誰にも分からないけれど。
「ずっと言わなくては、と思っていたんだけどね。ただ気がついたらこんなに遅くなってしまっていたよ」
「……じゃあ……遅過ぎ、です……」
「ははは……それはすまない。自分でも知らなかったが僕はどうやら、マスターと同じでのんびり屋な性分のようでね。遅れたついでにもう一ついいかな?」
「……どうぞ」
「ありがとう、なら」
きっと阿慈谷ヒフミがずっと欲しかった言葉で。
「お誕生日おめでとう、ヒフミ」
やっと貰えた贈り物なのだろう。
「……はいっ!ありがとうございますっ、アーサーさん!」
夜の月だけが二人を照らしている、そんな夜道。
少女は真っ赤になって、そして雨に濡れた目と頬を隠すように男へと抱きついた。
「こらっ、淑女がそんな風に飛びつくんじゃありません」
「ばーかばーか!知りません!ちょっとそのまま立っててください!」
「やれやれ、僕の主人はどうにも泣き虫で参ってしまうな」
「……うるさいですよ」
ぐりぐりと頭を擦るようにする姿は幼子というより、まるで犬のように。
言葉にならない想いを全身でぶつけているよう。
「こらやめなさい、鼻水を僕のコートで拭こうとするんじゃない。ほら、鼻先が荒れるからちゃんとティッシュを使いなさい」
そうしてしがみつく少女はふと、コートの内ポケットにある小さな存在に気がついた。
「……あれ?」
「あ……いや、そのだね……あっ、こらっ!」
珍しく焦りを見せる男の反応を無視して、少女はポケットへと手を伸ばしてそれを取り出す。
小さな、本当に小さなそれはギフトバッグ。
見れば困ったような顔で頬をかく男の姿があって、けれど咎められるのは言葉だけだったから。
少女は不器用に結ばれたリボンを解く。
中身は───。
「……これ、あの……?」
「あー……うん、その……色々考えてはみてね。けど少しばかり時間も足りない物だから……随分と不恰好になってしまった物だから。渡すのもどうかと思ってね」
「……もらって、いいんですか?」
「……君が貰ってくれるなら」
「……あはは……ひどいお顔ですね、この子」
「仕方ないだろう。こういう細かい作業はそれこそキャスターや「でも」……うん」
「うれしい、です……たいせつに、しますね……」
「……そっか」
「はいっ……」
夜の月だけが二人を照らしている、そんな夜道。
少女は再び男の左手を掴んで歩き始めた。
いつも通り肩を並べて、同じ方向を向いて。
静かに夜の街を、線路沿いの道を歩いていく。
そんな二人を、月と星と。
もう片方、男と繋いだ反対側。
少女の手に握られた木彫りの鳥が見守っていた。
1じゃんね☆
後語りは活動報告に、けど一つだけ。
お誕生日おめでとう、じゃんね☆
本作の内容は
-
①Part6スレまで読んでる
-
②あにまんの過去ログまで読んでる
-
③ハーメルン版のみ読んでる