ふふっ、今日の蒸らし加減は完璧ですね。
昨晩の件もようやく事態が収拾して、やっとひと心地つけます。
……ヒフミさんは確か今日退院でしたか。
大丈夫ですよ、ミカさん。
こう見えて私も、立てる女、なのですから。
彼女も補習授業部の皆さんところに顔も出してあげたいでしょうから、今日お誘いするのはやめておきます。
そう、時には引く事も大切……ですよね?セイアさん。
セイアさん?
どうなさいましたか、頭を抱えて。
まさか体調がっ!?……え?すまない?私では力になれない?
それは一体どういう……は?
ふぁう、すと?
冷えた空気だけが漂っている。
外からの視線を遮断するように分厚い布で閉ざされた密室。
その場にいる四人*1の誰もが口を開かず、モニターに映る電子の輝きだけに目を向ける。
憐憫、慟哭、悔恨。
ただそれだけを、少女は胸に抱いて。
数十分前に起こった
『うおおおおぉ!駆けろドゥン・スタリオン二世!!お前もまた騎士王の名馬だと言うのなら!!!』
『これは名誉ある騎士の戦いの筈なんだ!きっと!多分!だから……だからっ───僕は!ファウストを信じる!』
『そこです!セイ……じゃなくて謎のヒーローXさん!アクセル全開!キヴォトス人を右に!』
『このカーブでもらうッ!僕のッ───勝ちだ!!』
『あはは!ナギサ様の自家用車より速いです!*2最高の加速です!!』
『そうとも!僕の騎乗スキルはB!*3例え大型バスであっても───乗りこなしてみせる!』
モニターに流れるのは小一時間ほど前のヒフミとセイバーの姿。
覆面やフードを被っていたという事で顔や身元こそバレてはいない。
だがそれでも鎧姿の大人の男が、銃弾が飛び交う中を器用にバスで走り抜けていくという珍事件。
当然トリニティの学生達の間では騒ぎになってしまい、そんな事になればクロノス報道部*4が黙っている筈もなく。
見事、ヒフミ達の逃走劇はキヴォトスのお茶の間に届けられていた。
『……ご覧頂いているVTRの通り、トリニティ交通委員会のバスをハイジャックし、甲冑のコスプレをした身元不明の犯人*5は意味不明な供述をしながら逃亡を図り、現在は行方を眩ませています!』
『また、ハイジャック犯の発言から裏社会で語られる伝説的な犯罪組織のリーダー・ファウスト*6との密接な関係を伺われ───』
『現在トリニティでは正義実現委員会による大規模な捜索活動と自警団による警邏活動の強化が行われているとのことです』
『この件についてトリニティ総合学園及びトリニティ自治区の行政機関ティーパーティーからは、「現在事実確認中の為、正式なコメントは控えるじゃんね☆」……との発表がありました!』
『昨晩発生した、未だ詳細不明な怪奇!列車両断事件!といい……一体今!このキヴォトスでは何が起こっているのでしょうか!?』
『キヴォトス在住、特にトリニティ自治区のお住まいの住民、学生の方は十分に気をつけて下さい!』
『以上、現場からはクロノス報道部の……え!?報道を見てた現職ティーパーティーホスト代行の桐藤ナギサさんが紅茶を噴き出して倒れて救護騎士団に搬送!?シャーレの先生は胃薬を求めに救急医学部へ!?えぇぇぇ!?しかもレッドウィンター地区で過去最大規模の軍事クーデター!?』
───ピッ。
「───ヒフミちゃん?」
「あはは……これには理由がですn「ヒフミちゃん♡」……はい、説明します……」
ニコニコと笑いながらモニターを消して、正座をしているヒフミと鎧姿大人を見つめるハナコの顔は。
目だけは完全に怒ってる時のそれだった、そうコハルは後に語った。
「───なるほど。聖杯戦争、マスター、サーヴァント……そして監督役との偶発的な遭遇、ですか」
「あはは……」
ヒフミによるバスジャック、そしてそこからの逃亡劇。
報道後になんとかシャーレの先生に泣きつきつつ現状を報告して取りなしてもらい、約一名の尊い犠牲*7はあったが無事にバスジャック騒動は落ち着きを見せつつある。
現在は正義実現委員会の包囲網を抜け、トリニティ自治区内でも中心部から少し離れた自然豊かな場所。
補習授業部の活動拠点とも言える、たくさんの思い出と張り巡らされた罠*8がある合宿所に、ヒフミ達一行は訪れていた。
「もう!ヒフミは危ないことに巻き込まれすぎ!」
「あはは……ごめんなさいコハルちゃん」
「私ほんとに心配したんだから!!」
「えへへ、ありがとうコハルちゃん」
ふん、と私怒ってますポーズをするコハルとそんな姿に笑みを溢すヒフミ。
仲の良い二人を見つめながらハナコは考えを巡らす。
「そもそもヒフミ!なんでバスジャックなんかしたのよ!」
「いやぁそれはですね……」
目をあちこちに向けて助けを求めるようにハナコやセイバーをチラ見するヒフミ。
だがセイバーは答えない、というか答えられない。
何故ならセイバーにも突然バスジャックしなくてはいけない理由がさっぱり思い付かなかったからだ。
あまりにも当然だった。
彼も英雄として戦い抜いた傑物であり、その生前の旅路も、そしてこれまで呼ばれた聖杯戦争での経験も余人では到底経験できるような物ではない程に濃密ではある。
だが少なくとも召喚されてたった一日で、バスジャックしてその土地の警察組織や軍相当の組織に追われるなんて経験はなかったのだ。
もっと言えばヒフミへの理解は勿論、このキヴォトスという土地やそこに名指す住民達の価値観についても実感を伴った理解が乏しい。
そんなわけでセイバーは大人の特権にしてイケメンにのみ許された秘技、曖昧な微笑みを浮かべてヒフミのSOSを受け流した。
万策尽きたとヒフミは項垂れ、なんとかあの時考えていた事を言葉にしようと頭の中でこねくり回して。
そんなヒフミに助け舟を出したのは。
「それは、ヒフミちゃんとアズサちゃんのお二人を襲った犯人が」
「監督役と繋がっている可能性があったから、ですよね?」
補習授業部きってのブレインであるハナコ本人だった。
コハルに分かりやすいようにする為か、それとも自分自身でも整理したいからか。
はたまた趣味だからか。
どこからともなく*9取り出した赤縁の伊達メガネをつけて、一つひとつ指を立てながらハナコは説明を始めた。
「まず監督役の黒服さんは
エッチなのは駄目!死刑!!と叫ぶコハルを尻目に先生モードなハナコは訥々と話を続けていく。
「ヒフミちゃんもそうですし、もちろん私も恐らく他の学生も、聖杯戦争なんて催し物がある事なんて知りませんでした」
状況を整理していけば、見えてくる。
ヒフミはもちろん、誰もこんな儀式が行われるなんて知らなかった。
それこそ昨夜、ヒフミが偶然路地裏にいたサーヴァントを目撃してしまうまで。
「黒服さんは自らを不本意ではあるが監督役なのだと名乗っていた。不本意であろうと監督役という主催者やルールを管理する側にいる。ということは、元から聖杯戦争だなんて催し物がある事を
黒服は聖杯戦争に元から関わる立場にあった、そう考えているのだとハナコは告げると。
一呼吸置いて。
「では、全身紫タイツさんの
「どうやって黒服さんと知り合ったのか……1つはヒフミちゃんの時と同じように黒服さんから接触したパターン。これなら問題ないでしょう」
まだ見ぬマスターについて話を始める。
最初のパターンはまだマシだ。
目撃者を殺そうとするその行動方針はともかく、ヒフミと同じように偶然聖杯戦争に参加してしまったパターンなのだから。
「でも、その他の場合……例えば黒服さん同様に事前に聖杯戦争について最初から知っていた。もしくは主催者側の立ち位置だった場合」
そしてそれこそが、ヒフミも想定した最悪のパターン。
「黒服さんとまだ見ぬもう一人のマスターは協力者……だなんて考えるのは悪様にすぎるでしょうか?」
まだ午後の日差しは強い。にもかかわらず、どこか空気が冷えるような感覚を、ハナコの話を聞きながらコハルは覚えた。
「ましてや、ヒフミちゃんが二人目ということは残るもう一人のマスターは
まるで証拠を一つひとつ集めて、見据えるように、追い詰めていくように。
ハナコは影も形も未だ朧げな相手へ迫っていく。
「誰も知らない儀式の、しかも一番最初の参加者だなんて……とてもヒフミさんのように偶然飛び入り参加した人物とは思えません。何せヒフミちゃんとは違って
真に迫っていく。
何故なら、ハナコもまた表面上はそうは見えずとも怒りに震えたのだから。
ヒフミの心に傷をつけて、アズサを苦しめて。
あの時、彼女が通話越しに聞こえてきた状況にどれほどの感情を抱いた事か。
苦悶の声を、悲鳴を、聞く事しかできなくて、何人もの知り合いに泣きながら電話して泣きながら助けを請いながら、自分も現場へと走り出そうとするコハルを抱きしめてでも止めながら。
あの時のハナコの胸中がどれほどであったか。
「あくまで推察、になってしまいますが……」
もし今回、ヒフミがバスジャックを起こさなければ、それこそあの時待ち合わせていた噴水で、装い続けた冷静さを捨てた行動を。
それこそ普段ではあり得ないような剥き出しの感情でヒフミを抱きしめてしまっていたかもしれないと、そう推測できてしまうほどに。
表面では見えずとも、ハナコの心はどろどろした激情で満たされている。
故にこそ、その頭脳は友のために思考の歯車を強く回している。
「それを差し引いても、最悪そういう方がマスターだと考えるのは……そう悪くない。そんな風にヒフミちゃんはあの時考えたんですね?そう───」
逃がさない。
認めない。
必ず追い詰めてやる。
私の宝物をよくも───ッ。
「黒服さんの、あの発言を聞いたから」
それでもこの黒い感情は言葉に乗せてしまうのは違うからと、ハナコは決して笑顔を絶やさない。
今はまだ、彼女の刃は研ぎ澄まされ続けるだけ。
だからこそ、いつもの浦和ハナコを続ける。
掛け替えない友達がいるこの場所
己が剣を剥き出しにしたままにする真似なぞ、彼女がする筈ないのだ。
「ヒフミちゃんとの会話の中で、黒服さんは自身が監督役である事───それ以外の決定的な発言を避けたはずです」
そうですよね?と聞きたげな流し目、とウィンクと何故か腕を胸の前でわざと組んでハナコは聞く。
コハルはまた叫んだ。
いつもの事なのでヒフミはスルーした。
セイバーはこの子は一体……と本気で焦りを覚えた、それがハナコに対してかコハルに対してかの言及はここでは差し控える。
「そうです……あの時の私は黒服さんの目的も正体も分かりませんでしたし、場所も病院が近かったです……だからそれとなく探りを入れるだけでした」
結局動揺させられちゃって、そういう意味ではあの話し合いは私の負けですけどね……と乾いた苦笑いをヒフミは浮かべる。
それに頷きを返しながら、
「そう───決定的な瞬間は喋らなかった。最後の言葉、
『貴女も早く乗った方がいい。……今日は随分と暑くなるようですから、
これ以外は」
そうですよね、ヒフミちゃん?と告げてからハナコは続きを語り始める。
「少なくとも黒服さんの目的は『ヒフミちゃんと接触する』事だったんでしょう」
それがどんな理由かまでは分かりませんが、と言いながらもその憂い顔の内では幾つかの推測が疾っている事をこの合宿所にいる者達は理解していた。
「だから黒服さんはヒフミちゃんが一人になるタイミングをずっと狙っていた。だから私達とヒフミちゃんがこの後合流する事についての電話の内容も完璧に把握している」
監督役だからか、それとも別の理由か。
短絡的に戦闘がしたかった、ヒフミという存在を排除したかった、と考えるのは流石に行き過ぎであろうとハナコは心の中で考える。
黒服という男はどうもやり手の『大人』といった様子だと推測していた。
確かにヒフミから聞く限り、その異様な雰囲気から先生のように銃弾一発で傷つくような存在かは怪しい。
だが監督役である以上、サーヴァントという存在もその危険性も熟知している筈。
また当然、トリニティについても、そして警備にあたっていた人員達についてもある程度はその戦力を把握していたはず。
であるからこそ、病院内で万が一戦闘になってしまうのを
「病院内はヒフミちゃんはもちろん、まだ入院しているアズサちゃんについては特に厚く警備が敷かれています。だから病院を出るまで待っていた……そう考えても自然かもしれませんね」
ですが、そう言葉を続けるとハナコはヒフミの隣にまだ正座している大人の方を見て言った。
「ヒフミちゃんが一人になるタイミングなんて、ありません……だって『セイバーさん』、貴方が病室からずっと警護してるんですから」
「ちょっと……それってトイr「コハルちゃん、今は我慢、我慢ですよ」むぅぅぅぅ!!!」
「ああ、僕らサーヴァントに飲食や睡眠は基本的には不要だ。夜間も含めて常に警戒していたよ」
なら、とコハルを揶揄いたい気持ちをなんとか抑えつつハナコは告げた。
「黒服さんはヒフミさんを監視していたのは間違いありません。その口ぶりから少なくともセイバーさんを召喚されたタイミング以降、早くとも昨晩から。そしてそこからバス停まで、黒服さんは一度も接触して来なかった。……警備もありますし、何より常に付き添っているセイバーさんがいたから」
まるで、決定的な証拠を突きつけるように。
「それなのに黒服さんにとって、バス停に貴方とヒフミちゃんだけがいる状況は、
それはつまり。
「あの時、あの場所には、セイバーさんに対抗できる
「そうですよね?ヒフミちゃん」
ハナコは確信を持ってそう、問いかけた
「あはは……さ、流石ですね!ハナコちゃん!すごいです!」
完璧な推理だとヒフミは言う。
「ああ、ハナコはもちろん、ヒフミもそこまで考えて立ち回っていたとは……」
だがこの場はモニターを見るためにカーテンを閉めていた事もあって薄暗く、だから誰も気づかなかった。
「えと、結局ヒフミがバスジャックしたのは仕方ない事……なのよね?よ、よしっ、それなら仕方ないから……今回は大目に見てあげる!」
ヒフミの顔に、その表情に。
「あらあら〜、コハルちゃんは優しいですね♡」
冷や汗が浮かんでいることを。
「(言えません……!ほんとは『よく分かんなかったけど怪しいし、ドラマとかだとこういう人は大体黒幕と繋がってるから急いでアズサちゃんのいる病院から離れなきゃ!』……ぐらいにしか思ってなかっただなんて!!)」
そう、深読みである。
ハナコの推理は堂に入った物だったが、ヒフミはそこまで考えていなかった。
ただ単純にこういう意味深なこと言う奴は大体黒幕というドラマの知識とアズサのいる病院へ近づけたくない一心での行動。
それがバスジャックの真意であった。
「ていうか、ハナコ!!さっきの眼鏡は何!?どっから出したわけ!?」
「ふふっコハルちゃん……触って確認されますか?」
だが、ヒフミにそれを話す勇気はない。
ちょっとドヤ顔してるハナコや素直に感動してるコハルやセイバーからの驚愕と納得が入り混じった好意的な視線がどんなに痛くても。
「さわ、触る!?ハナコのを!!?……そ、そそそんな事するわけないじゃない!もうハナコのバカっ!」
「まぁ♡振られちゃいました♡」
ヒフミは笑って誤魔化すのだった。
ようやく苦しい時間の終わりを告げる、外の眩しい光が合宿所*10を照らしてくれる。
開けられたカーテンの向こうに映る緑に、ただ今は感動しかない。
長かった。
正座のしすぎと冷や汗を流したから、カーペットに跡*11が残っていないか気になって、しきりに摩る。
「あれ?そういえばこの後どうするの?……もしかしてまたしばらく合宿したりするわけ?」
その質問にそういえば答えてなかったと思い、どうしてコハルちゃん達をここへ連れてきたのかの説明を伝える。
あの時はヴァルキューレ*12や正義実現委員会に追われていたから、呆然とする二人を説明する暇もなくとにかく車内に押し込んで*13しまったから。
「あ、それなんですが、万一があっても自治区への被害を最小限に抑えられるよう此処でしばらく過ごすのがいいかなぁって考えてて」
サーヴァント同士の戦闘を考えれば市街地をなるべく避けたい。
またあの時のように誰かが傷つくのを見たくない上、アズサちゃんが私を守ってくれた時と同じ状況、つまり誰かを守りながら戦うというのは基本的には難しい。
その点この合宿所ならまず他の生徒は立ち寄らないし、私達自身も慣れ親しんだ場所だから自宅の寮を離れて長期間過ごす事になっても住居面での精神的な負担はほぼ考えなくても問題ない。
我ながら良い選択をしたという自負があった。
「なるほど……それなら先ほど連絡しておいて正解でしたね」
そう感慨に耽っていると、ハナコちゃんが手を叩いて嬉しげな声をあげた。
言われてみるとそういえば、バスの車内で少し考えてから急にスマホを弄っていた。
その時はなんとも思わないというか、セイバーさんのハンドル捌きと後続車の拡声器から聞こえてきた声*14に悲鳴をあげるコハルちゃんを宥めるのに忙しくてあまり気にしていなかった。
だが、改めて言われると気になってくる。
「ハナコちゃん?一体誰に……というか何の連絡を……?」
「うふふ♡それはですね……」
あれ?この声は……。
「きゃっ!?えっ……一体なにが……あれ?これってまさか……!?」
そう言えばアズサちゃん、この前また合宿所に出かけたって。
確か『そういえばトリニティにはジビエ文化があったな。待っていて、ヒフミ。私がご馳走様するから』とかなんとか。
「けほっ……どうして爆発がっ!?いえ、でも……前もこんな……きゃっ!」
その時はジビエ料理のお店にで、デート……とかお誘いしてくれるのかなぁ!……なんて思っていましたけど。
まさか。
「いやっ……だめですっ……ん……ぁ……やだ、ワイヤーが食い込んで……っぁ……にゃっ……やぁ……こんな格好なんて……きゃ……」
まさか!
「きゃあああああ!!?!!?」
アズサちゃんっ!
またやっちゃったんですねっ!?*15
だが、今いない彼女にどうこう思っても声は届かない。
今やるべき事はただ一つ。
駆ける。
爆発音と悲鳴を聞いて急いで玄関の方へ向かう。
最早間に合っているわけはないと、以前の出来事から推測はできる。
走ったところで正直どれだけの意味があるかは分からない。
それでも申し訳なさが歩みを早くする。
そうして廊下を突き進んだ先。
「ま、マリーちゃん!」
そこにはワイヤートラップに巻き込まれて何故か不思議な縛り方で絡まってしまっているマリーちゃんと少し焦げている大小様々なダンボールが転がっていた。
「き!亀甲縛r「はーいキャンセルでーす♡」むぅぅぅぅ!!!」
「セイバーさん、早く降ろしてあげてください!」
その絡まり具合は、その、なんというか実に。
……いえ、これ以上の言及は彼女の尊厳の為にも控えるべき。
どうやらコハルちゃんの感じからしてこれはあまりよろしくない状況のよう。
私は急いでセイバーさんにお願いをしてマリーちゃんを助けてもらうよう指示を出す。
でも、
「え、僕がするのかい……?いや……でも……」
「男の人が縛られたマリーを!?!?そんなの駄目!えっち!!」
「そうだね、コハル。というわけで僕は見守っているから、すまないが君達で頼むよ」
「見守る!?マリーが縛られているのを!?舐め回すように視姦するつもりね!正体見たり!!私には分かるんだから!見るのも禁止!有罪!」
「えぇぇ……僕は一体どうすれば……」
それはそれで駄目らしいということが分かって、補習授業部の皆んなでマリーちゃんに絡まるワイヤーを解くことになった。
アズサちゃん……明日元気になったらお説教ですよ……。
ワイヤーから解放されて、その肌にいやら……いえ、痛々しい赤い痕をさすっているマリーちゃんへと声をかける。
「マリーちゃん。物資の提供、ありがとうございました!」
「いえ、お力になれて良かったですし……ヒフミちゃんのお元気そうな顔を見れてほっとしましたから」
あの後、マリーちゃんがやって来たのは暫く泊まり込みになるかもしれないからと、ハナコちゃんと先生がシスターフッド*16へ連絡を入れてくださって四日分の食料や物資を持ってきてくれたからという事だった。
彼女から受け取りのサインをしつつ、もう一度お礼を告げる。
実際、前回利用した時に置いていった予備の制服や保存食等はあっても生鮮食品に関しては何も準備出来ていなかった。
もう一度、バスは置いてきた*17から今度はバスと徒歩で自治区まで買い物にいかなくてはいけないと思っていたところだった。
「わざわざ来てもらって、しかもこんなに沢山……本当にありがとうございます、マリーちゃん」
「いえ……それにお顔を見たかったですから。ヒフミさんがお怪我をされたと聞いた時は、けほっ、本当に心配しました……無事で何よりです」
これもヒフミさんの日頃の行いと主の導きですね、とお祈りを捧げてくれるマリーちゃん。
……日頃の行い、と言われるとちょっとだけ心が痛い気もしますが、今は無視です。
「それでは私は帰りますので、皆さんもお気をつけて……特にその、そちらの方……」
「ん?僕のことかな?」
「ええ、はい、あのぉ……一応あの一件はどうやらナギサ様がなんとか、本当に、すごく努力なさって処理*18して不幸な行き違いという事になってますが、そちらの方は……その……報道されたことですので」
その言葉に思わず乾いた笑いが二人分、合宿所の教室に響く。
どうして、こんな事になってしまったのか。
過去の英雄だというセイバーさんの笑顔には疲れ切った物が見えた。
「ねぇ、ハナコ。この人、これから街とか出歩けるの?」
「しばらくは昼間に出歩くのは無理でしょうねー。バスジャック犯として指名手配はされてなくても完全に不審者扱いでしょうから……」
後ろにいる二人がこそこそと話しています、気を使ってくれているのでしょうけど、今はもう、居た堪れなかった。
「くぅぅ……」
「あはは……ごめんなさい、セイバーさん……」
人は極限状態で謝罪する時、心を守るために笑いが出てしまうという話を思いだした。
「いや、いいんだよ、ヒフミ……君はあの時出来る最良を成したんだから……僕のこの汚名は、まあその名誉の負傷のようなものだよ……」
戦働きで返すとするさ、と力なく笑いつつどこか背中の煤けているセイバーさんに掛ける言葉も見当たりません。
本当に一体どうしてこんなことになったのか。
彼の様子を見ていると心を痛めます。
そんな私達へマリーちゃんは最後に、といくらかのペットボトルが入った段ボールをで手渡してくれる。
まだまだ暑い時期ということもあって、四人が四日間飲んでも十分に足りるようにと心尽くされて多めに用意された飲料水はかなりの量があった。
それを事も無げに運びつつ、彼女は挨拶をする。
「では、みなさんお邪魔しました───皆さんのこれからに平穏がありますように」
いつものように微笑みを湛えて。
まるで野原に蕾を咲かせ、その果実で野に生きる命を繋ぐ木苺のように。
優しい祈りを告げてマリーちゃんは帰っていった。
そんな彼女の去り際に慌てて警護は必要かとコハルちゃんは尋ねて、「シスターフッドから一緒に来た付き添いの方もいるので……」とやんわり断られつつも逆に礼を言われてもじもじするコハルちゃんの姿を見ながら、私達は彼女を見送った。
マリーちゃんが帰って、しばらく。
ひたすら段ボールやクーラーボックスを開けて中にある食材や予備の弾薬を詰め込んでいき。
冷蔵庫やアンモボックス、ガソリン缶がシスターフッドの方達から贈られた物資で一杯になったころには辺りは暗くなりつつある。
まだうんざりする暑さを感じる季節に日が暮れ始めた時間という事もあって、私達が夕飯に選んだのは手軽に用意できる鍋料理だった。
「では!作戦会議&交流会です!」
お鍋の用意をした私はそう席につき宣言する。
夕食時にちょうど良い時間。
私達はお鍋をつつきながらセイバーさんとの交流を兼ねて、幾つか質問をする事にしていく。
はじめに切り出したのは、コハルちゃんの率直な疑問だった。
「難易度かい?……ああ、箸の事かい?」
言われてみると確かにと思う。
過去の英雄であるサーヴァントだというのに、セイバーさんは特に困る様子もないどころか驚くほど綺麗な所作で箸を使いこなしていた。
「僕らサーヴァントは召喚される時にその時代や土地の習俗や文化を簡易的にだけど知識として与えられるんだ。あとは言語なんかもそうだね」
そう言いつつ器用に豚バラを箸で摘むセイバーさん。
夏という事もあって、トマトや夏野菜を中心にしつつ夏バテ防止のために入れた豚バラはどうやらセイバーさんの好みにあっているようで、よく食べてくれている。
先生もそうみたいですが、やはり男の人はお肉とかがある方が喜んでくれるようだと思いつつ、私も鶏団子に手を伸ばした。
「だからその国のテーブルマナーについては一応は出来るんだよ……個人差で多少得手不得手はあるけどね」
心配してくれてありがとうコハル、とセイバーさんが告げると顔を赤くしつつ「べ、別にそういうのじゃ……苦手な食器だと美味しく食べれないかなって」と羽をぱたぱたと動かすコハルちゃんは可愛らしく。
その様子を見守るセイバーさんはまるで年下の妹や娘を見守るお父さん、みたいな雰囲気だった。
コハルちゃんの可愛らしさ、誰かを心から気遣える優しさ。
そんな私の大好きなお友達の素敵な部分を彼が分かってくれた、その事実に嬉しくなる。
「それにしても、こうして皆んなと囲んで食べるというのは、得難い経験だね……ナベ、だったかな?」
夏場に鍋というのも不思議かもしれないが、冷房の聞いた部屋で食べるとなれば決して悪くない。
実際、手軽に用意できて、豊富な野菜をたくさん食べれる事は魅力的だ。
冬だろうと夏だろうと、体は冷えやすいし美容には気を遣いたち年頃な私達にとって、お鍋というのは実に安牌な選択肢なのかもしれない。
「はい。あら、そういえばセイバーは食事不要と仰ってましたが……やはりこうやって補給するのは?」
ハナコちゃんがお米をよそいつつ、セイバーさんにそれを手渡しながら尋ねる。
鍋料理にご飯は御法度か否か。
難しい難題ですが、私達は美味しければいいかという感じなのもあってマリーちゃんから贈ってもらった『ねこまっしぐら』*19に舌鼓を打つ。
「そうだね、僕も生前の経験からやはり飲食不要となっても『食べる』という行為が出来るのはありがたいよ」
活力になるしね、とお礼を言いつつハナコちゃんから大盛りご飯を受け取って答えるセイバーさんの手にあるのはどんぶり。
ここまで気持ちよく食べてくださると、作り甲斐もあるとしみじみ感じてしまう。
いずれ彼を連れて以前知りあったゲヘナの友人*20がしているという食堂を訪れるのもいいかもしれない、だなんていう考えが頭をよぎった。
そんな風に話していると、コハルちゃんがちょっと緊張した様子でセイバーさんは尋ね始めた。
「セイバー、さんってどれくらい……その強いんですか?」
お箸を置き、正座した上に置かれた掌はぎゅっと固く握られている。
キヴォトスにおいて、強さとは一つの指針だ。
治安維持組織の規模、たった一人で数百人の生徒を相手取ってみせる一部の生徒、強力な銃火器や物資を安定して供給し常備組織を維持できるだけの経済力。
ここトリニティが三大校として扱われるのもただ生徒数が多いだけが理由ではない。
それらを満たすだけの戦力を有しているからこそ、その三大校とまで謳われると共に憧れられる学舎としての地位を確立されてきた。
だからこそ、キヴォトスにおいて強さは時に重要視されがちだった。
そんな強さという要素を、コハルちゃんは意を決したように聞く。
そこに隠れた意味が、私にはなんとなく伝わってきた。
「僕かい?そうだな……」
それにセイバーさんは少し悩みながら、言葉を選ぶように丁寧に返事をしたのもきっと理解していたからだろう。
お前はどれぐらい強いのか、なんてキヴォトスではよく聞く喧嘩文句だ*21。
人によってはどきっともする質問で、それでも聞く理由はきっと。
「そうだね、こう見えても僕は『騎士』だ。そして今はヒフミのサーヴァントでもある」
私を心配してくれたからで。
「誓うよ、この剣をもってヒフミを守り抜きその強さを証明する事を───もちろん、君のことも守るよ、コハル」
だからこそ、安心させるようにセイバーさんは力強く応えてくれた*22。
「ヒフミが二人目のマスターということだし、もしかするとまだサーヴァントは揃ってないかもしれないね」
つみれを摘みつつセイバーさんは言う。
誰がどのクラスでどんな英雄を召喚したかは謎だが、どうやら私は早い方だったらしい。
当面の敵、となるのは昨夜私達を襲った女性ぐらい。
そうなると、少しだけ心に余裕も出てくる。
そしてそれはそれとして、セイバーさんはしっかり鍋の底までさらってくれるつもりのようなので、私は急いで締めのラーメンを準備しつつ、使い終わった物も同時に片付け始める。
かなりの量*23を食べてしまったが、作った甲斐があったなぁという達成感がある。
「はい、昨日の一件以外では大きな事件も起きてないですし、ひとまずは問題ないでしょう」
ハナコちゃんものんびりとそう言いつつ、お腹いっぱいで眠くなったコハルちゃんを膝枕している。
片付け途中だが、私は軽く手を洗ってエプロンで拭いてしまい、丸まるコハルちゃんへそっとブランケットをかけながらこれからの予定ついてを確認する。
「とりあえず、明日の午後にアズサちゃんを迎えに行って改めてここの守りを固める形……がいいですかね?夜は、セイバーさんに合宿所全体を警護してもらう形で……セイバーさんには無理させちゃいますけど……」
「いや、前にも伝えた通り、基本的に僕に睡眠は不要だからね。だから安心して任せてほしい」
その言葉に思わずほっとする。
ゲヘナ学園やそれこそヴァルキューレ警察学校、或いはSRT特殊学園*24のような必修カリキュラムではありませんが、トリニティでも夜間警護の特別授業はあるし、寝ずの番の辛さは体験している。
「ふふっ、頼りになる方が来てくださってありがたいですね、ヒフミちゃん」
「ほんとです……」
だからこそ、心からハナコちゃんの言葉に同意する。
夜間の安全とそれを担う彼の負担がない事実にホッとした。
「そう言えば……セイバーは剣士、ということですけどやはり前衛という形になりますか?」
「そうだね、僕は基本的に前に出ることになる。今の戦い方も、この
セイバーという名乗り通り、彼は御伽話の主人公のように剣を撮って前線に立つ。
彼の持つ
その
そんな風な取り止めのない考えをしつつ、片付けを進める後ろで聞こえたのはハナコちゃんとセイバーさんとの会話で。
「……なるほど。
「え?ああ……うん」
「……はい♡」
それを最後にこの日の夕食は解散して、私たちはセイバーさんと別れ、寝室用のお部屋に戻った。
1じゃんね☆
セイバーはカニファン並みに暴れてくれたじゃんね☆
楽しくキヴォトスライフを送ってほしいじゃんね☆
ちなみに途中で出てきたブランド米については本作で度々出てくる小ネタじゃんね☆
ブルアカ本編内には登場してないけどあの世界にありそうな、そんな感じの小物やお店なんかをちょこちょこ出してるじゃんね☆
基本的にはその場限りで本筋には全く関係がない、そしてブルアカ本編に影響しない物……って感じじゃんね☆
各自治区のモチーフ候補の国や都市に合わせて元ネタは選んでるじゃんね☆
1の趣味じゃんね☆
それからお知らせじゃんね☆
次回投稿は明日の11時45分か19時19分か21時22分ぐらいを目安に投稿予定じゃんね☆
ただ時間だけは変わるかもですごめんさい……じゃんね☆
頑張るじゃんね☆
本作の内容は
-
①Part6スレまで読んでる
-
②あにまんの過去ログまで読んでる
-
③ハーメルン版のみ読んでる