私達はかくも罪深いのでしょうか。
「な……なんで、マリーとヒフミが戦ってるのよ」
返事が、出来ない。
気づく、理解する。
だってそうだ、何故彼女はあの時、あんな風に言ったのか考えなかった。
どうしていつも、そうだ考えてみればずっと。
最初から嘘をついていた……?
「おかしいでしょっ!?そんなの……ッ!」
それならどうして、どうして。
そうまでして私達を巻き込ませ、たがらなかった……。
「止めなきゃ……私が、私達で!」
……そんな筈ない。
でもそうじゃなきゃ、彼女達の言動に説明がつかない。
どうして私は見逃していた。
どうして私は信じてしまった。
どうして、私は、自分の弱さを忘れていた。
もし見逃していなかったら。
もし信じないでいる事が出来たら。
もしも、自分が弱い事を忘れていなかったら。
「行くわよハナコ、クルセイダーごとぶつけてでもあのランサーを止めて、話し合いの場に……ハナコ」
あの日、あの場所に出向いた時もに私は違和感を持てた筈だ。
なのに、それを無視してしまった。
私のせいだ。
私がもっと早く気づいていればマリーちゃんは敵に回らなかった。
モモイちゃんと同盟を結ばずに済んだ。
「……大丈夫よ。ちゃんと話せばモモイ達みたいにマリーだって」
間違えた、間違えてしまった。
「だから、今は」
うそつきを。
「一緒に」
助けての言葉を。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
見逃してしまっ、た……?
なら。
それじゃあ。
そうであるなら。
───ヒフミちゃんは?
「ぅぶ……っ!」
「ハナコ!?ちょっと、あんた大丈夫!?」
ヒフミちゃんはどうなる?
もしマリーちゃんが正気のままそれを選んだのなら、間違いなくそういう事なのだ。
例外は、嗚呼違う。
例外がないのか、だからなのか。
ああ、なら。
もう
この推理が正しいなら、私達の選択は何一つ正しくなかった事になる。
どうすればいい、どうすればこの聖杯戦争は終わる。
私達は初めから間違えていた、この戦争の終わらせ方を定義できなかった。
ハッピーエンドの定義付けがそもそも間違っていた。
私達はどんな手段を用いても
「ハナコッ!?ハナコッ!」
早くしないと、早くしなきゃ。
早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く───ッ!
「待ってなんで!?だ、だめっ!今倒れたら気道にっ!?」
嗚呼、ごめんなさい。
ごめんなさい、アリスちゃん。
ごめんなさい、マリーちゃん。
ごめんなさい、ヒフミちゃん。
ごめんなさい、ごめんなさい。
「⬛︎⬛︎⬛︎───っ!」
私が、私がもっと『人を疑う事』をやめなければ。
あの時モモイちゃん達と同盟なんて結ばずに済んだのに。
ごめんなさい、先生。
私また、まちがえてしまいました。
『ひふみっ!たすけてっ!』
『は、はなこがっ!ハナコが気絶しちゃってっ!』
その声を聞いて、急いでクルセイダーちゃんの中を確認したら、必死にハナコちゃんを看病しているコハルちゃんがいた。
そのまますぐに、ナギサ様が手配してハナコちゃんはティーパーティの来賓用保健室に搬送された。
そして今、彼女は泣き腫らした瞼を閉じて、寝息を立てている。
「熱中症による一時的な失神だと考えられますから、暫くすれば目が覚めると思います。どうか今晩は安静に」
「ありがとうございます、セリナちゃん」*1
「いいえ、私は何も。それでは、一度失礼しますね」
救護騎士団の彼女は、一枚の羽を揺らしながら病室を出ていく。
残されたのは私達三人、そしてベッドに横たわるハナコちゃんだけだった。
セリナちゃんが出て行っても私達は誰も、口を開けない。
行かなきゃ、いけないのは分かっていた。
ナギサ様から聴聞の呼び出しが掛かっている。
ハナコちゃんの容態を確認したらすぐに、いつものバルコニーへ
そう、言われている。
言って、説明しなきゃいけない。
どこまで話さなきゃ、いけないのだろうか。
マリーちゃんが、敵になった話も、しなきゃいけないんだろうか。
その事実がずっと、頭の中でリフレインしている。
訳がわからなかった。
どうして彼女はあんな風に襲いかかってきたのか、それならどうしてお茶会なんてしたのか。
いっそのこと、毒でもなんでも入れてあの楽しい場所で終わらせてくれたらよかった。
あんな風に戦う事になるぐらいなら。
言葉を何度も吐き出したのに、何も伝わらなかった。
大切なお友達のマリーちゃんから腕を切り落とされそうになった事実が痛い。
分かり合えなかったなんて信じられなかった。
信じたく、なかった。
胸の中が沈んでいく。
だから、動けない。
喋れない。
何もする気が起きない。
「……ヒフ、ミ、ちゃん、?」
そうやって自分の手の甲ばかり見ていた私の耳に、掠れた声が飛び込んだ。
「ハナコちゃんッ!?目が覚めたんですね……よかった……ほんとによかったっ」
「ばかハナコっ!急に倒れて、ほんとに心配したんだからっ!ばかばかばかぁ!」
「熱中症だそうだ。起き上がったりせずに安静にして、ハナコ……起きてくれて、ホッとした」
薄らと目を開けて。
痛々しい点滴の刺さった左腕には力がまだうまく入らないようで震わせながら、持ち上げて。
それを私が急いで両手で包んで。
彼女は、少しだけ安心したような顔をして私達に尋ねてきた。
「ま、りーちゃん、は?」
正直に言えば、今聞かれたくなかった。
ほんの1時間も前の話だというのに思い返すのがやけに億劫で辛かった。
それでもなんとか口に出す。
「……マリーちゃんは、あの後ナギサ様が来られて、そのままあの場所から」
行方が分からなくなったのだと、そう伝えると彼女は目をつぶった。
熱中症でまだ頭痛がするのかもしれないけれど、きっとそれ以上に辛かったのでしょう。
私達と出会う前から、ハナコちゃんはマリーちゃんと仲がよかったというのだから。
余計に胸が重くなる。
「……ヒフミ、ちゃん。私は……」
ふと目をつぶったまま、彼女は何かを私に伝えようとした。
それがなんとなく、私は聞かなくてはいけないものだと
けれど、その後に。
「いいえ……何でもありません」
彼女は何も語ろうとしなかった。
何でもないと痛いという頭をそれでも僅かに振ってはにかむ。
心配しないでと笑う。
「ヒ、フミちゃ、ん、はけが……とか痛い、ところは?」
「私は……どこも。大丈夫です、だからハナコちゃんは安心して自分の身体を治してくださいっ」
なら私もと空元気を演じる。
側から見たらきっと馬鹿馬鹿しいお話なんでしょう。
お互い、空元気を演じているなんて。
でも私は、力瘤をつくって元気だとポーズまでして、目をつぶって寝ている彼女に伝える。
その言葉に心底安堵したように、
「なら、よかった……」
ぽそりと、彼女は呟いた。
「ごめん、なさい。まだあたま、重くて……」
「いいんです、また起きたら……」
そう呟こうとして、でも駄目でした。
何故でしょうか、言葉が出なかった、続かなかった。
それで私はそのまま黙り込んでしまう。
ただハナコちゃんには伝わったようで。
「……えぇ」
静かにそう言って、暫くしてまた寝息が聞こえた。
「───私が」
唐突に、コハルちゃんが口を開く。
「私がちゃんとみてるから。ヒフミは行ってきて」
「ああ、コハルがいる。それに私だって。だからヒフミ、行ってきて」
コハルちゃんは帽子で影が出来て表情は見えない。
アズサちゃんは心配そうにこちらを見ているのが目の端に映っている。
けれど私はその言葉に何も返せれなくて、逃げるようにして病室を出た。
誰かと喋るのがただただ今、辛かった。
目的の部屋の前に着いて、念話をしながら無言でバルコニーへと繋がる扉を開ける。
『(……セイバーさんは、ここで待っていて下さい)』
『(
『(……気づいているならきっと、セイバーさんを連れて中に入らない方が誠実な筈ですから)』
セイバーさんと頭の中で話す分には出来るんだなと自分の醜態に嗤ってしまいそうになる。
そんな自分を見てほしくなくて。
扉の傍に控えている
また顔を伏せるように下を向いて、私は中へと入る。
「…………ナギサ、様」
「どうぞおかけになって下さい。きっと」
───長い話になるのでしょうから。
長い話になるのだと言った彼女は、席に座ってティーカップに口を付けてばかりだった。
月明かりに照らされて、白く抜き取られたように、彼女だけがそこにいて。
僅かに絹が動いて擦れる音と、カップがソーサーに置かれる微かな音だけがバルコニーに在った。
私は出されたカップの水面を見て、黙りこくってしまった。
迷う時間なんてないのだと思ったばかりで、このザマだった。
私は結局なんの覚悟も持たずにまた考えなしにこの人の前に座っている。
それがあまりにも情けなくて、その気持ちが余計にささくれてぐちゃぐちゃになっている心をざわつかせて。
だからじっと、薄い琥珀色だけを眺めていた。
「カモミールティー、お気に召されませんか?」
「……いえ、その」
無礼だと、マナー違反だと分かっている。
でも何から話せばいいか分からない。
ユウカちゃんとの時は、隣にセイバーさんが、後ろにみんながいた。
「なら、ぜひ。今日は夜風が少し涼しいですから。きっとお口にあうと思うんです」
「……はい、ありがとうございます」
でも今、私は
何から話せば理解を得られるとか協力してもらえるとか、そもそも下手をすれば退学だってあり得るんじゃないかとか、色んな考えが泡のように弾けて、べちゃりと墜落していく。
「そういえば今日、ペロロ様でしたか。それのアニメを見ました。随分と愛らしい番組なのですね」
「……あはは。そうなんですよ」
分からなかった。
いざ喋ろうとして、何も出来ない。
誠実さのアピールなんて、笑ってしまう。
そんな格好つけたって私には自分にあった事を時系列に並べて話す事すら出来ないのに。
ばかみたい、そう思ってしまう。
苦しい、そう考えてしまう。
辛い、逃げ出したいと思ってしまう。
早く喋らなきゃいけない。
聴聞なんです。
きちんと釈明して説明しなきゃいけません。
当たり前です。
彼女はこの自治区の行政、その中心にいるのですから。
その彼女のお膝元で本気で殺し合いをしたなんて、ああ一体どんな風に説明しましょうか。
ユウカさんのように納得してくれるのだろうか。
……状況はまるで違うのに。
いや、そうじゃないんです。
「嗚呼、そうそう。聞きましたよ?なんでも……ミレニアムへ短期留学をしたと。あまり驚かせないで下さい、なるべくそういう事は事前に話をして頂かないと」
───怖い。
怖いんです。
また何か喋って、一生懸命考えて、だっていうのに相手に何も伝わらないのが怖い。
マリーちゃんは笑って言った。
殺し合いの参加者なんだから、と。
話し合えば分かり合えると思っていた心が挫けてしまいそうになる。
マリーちゃんの事ばかりが頭の中を埋め尽くしている。
「そうそう、この前ミカさんが───」
だから、この時間が
世間話なんて勘弁してほしい。
1人で来いなんて呼び出して、こんな風に話をして。
早く詰問でもしてくれた方が喋りやすかった。
こんな風にさも『貴女が喋るのを待ってます』なんてされても、ただ辛かった。
「それから先生が───」
喋ったら分かってくれるのだろうか。
理解を示してくれるのだろうか。
分からないから怖くて仕方がない。
他の誰かもすぐに裏切るような気がしている。
こんな風にお茶会をしたって数分後には殺し合いに嬉々として向かう。
そんな現実を目の当たりにして、私はもう何も出来る自信がない。
喋る事自体が怖い。
なのに目の前の彼女はこの場所から解放してくれなくて。
「聞いてくれますか?セイアさんったら───」
だから、もう。
「…………ですか?」
限界だった。
「……はい?どうかしま「なんなんですかっ!?」……急に立ち上がっては折角のお茶が台無しですよ、ヒフミさん」
笑っている。
なんなんだ、なんなんですか。
「早く聞けばいいじゃないですかっ!」
「あの男の人達はなんなんだってっ!」
「なんで駐車場でマリーちゃんと殺し合いしてるんだって!」
「影でこそこそ何をやってるんだって!」
「そうやって責めて、話を聞き出せば!」
「そうすればいいじゃないですか!!」
砕ける音がする。
何かが跳ねる音もする。
何もかも台無しにする音が。
でもどうだってよかった。
どうせ私を傷つけるんだ。
こんなに一生懸命頑張ってハッピーエンドを目指そうとしているのに、トキさんもマリーちゃんも私の話なんかちっとも聞いてくれない。
殺し合いなんていけない事だから、だから私は間違ってないって、みんなが傷つかなくていいようにって、こんなに叫んでるのに。
駄目だって、こんなに叫んでるのに。
話し合わなきゃって頑張ってみたのに。
どうしてそんな事するのってなんども聞いているのに。
誰も彼もはぐらかして、訳の分からない事ばかり言って、肝心な事は何一つわからない。
その癖、私を傷つけようとする。
誰かを怪我させようとする。
大切な人達を殺そうとする。
「もう何を話せばいいのかなんて分からないんです!」
「どれだけ喋って、どれだけ言葉を交わそうとして!」
「なのにみんな願いがどうとか……うるさいんですよ!」
机を叩く。
椅子を蹴り倒す。
うるさい。
うるさい……っ。
うるさいッ!
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
みんな勝手なこと言って。
私の話なんて聞いてくれなくて。
挙句の果てに友達だと思っていたのにいきなり襲い掛かられて。
それなのに説明?
それなのに釈明?
私みたいに殺し合いに参加
もし誰かにバレて悪意ある形でそれが言いふらされたら、二度とキヴォトスで暮らせないかもしれない怖さなんて知らない癖にっ!
先生に!大好きなあの人に隠し事をして、殺し合いをさせられてる私の気持ちなんか分からない癖にっ!
「大体ナギサ様に何話せばいいんですかっ!」
私が何を言ったって聞いてくれないじゃないか!
私はやっと同盟まで結んだのに今度は令呪を寄越せ、その次は腕を寄越せ!
みんなして私の気持ちをめちゃくちゃにしないで下さい!
誰も聞いてくれないなら話なんて私にさせないでください!
「私が辛いことなんてっ!
もうこれ以上っ!
話なんかしたって!
「
───ぱちん。
「ぁ……ぇ……?」
「……どれだけ」
乾いた音がして。
頬が熱くて。
がたりと、鈍い音がして。
「どれだけっ」
バカみたいにその音につられて見てみれば、椅子が大理石に倒れている。
「どれだけ私が……っ!」
その椅子がさっきまで彼女が座っていた物だと、目の前で手を振り切った姿で荒く肩で息をしているナギサ様を見てようやく脳は認識した。
「どれだけ心配していたと思っているんですかっ!」
よろけて、足を投げ出してへたり込んだ私に伸し掛かる形でナギサ様がまたがって、私の襟元を掴んで顔を近づける。
「急に襲われて、ずっと心配していたら今度はバスジャックなんて馬鹿な真似して!その次はいきなり外泊届けを出して合宿所に寝泊まり!」
その顔には。
いつも優しい微笑みを絶やさないでいる彼女の顔は怒りで紅潮していて。
「私がそれを知った時、どんな思いだったか貴女に分かりますか!?」
在らん限りの怒気が宿っていた。
「殺されかけたと聞いてっ!それなのにこっちの気なんて何一つ知らないで自由勝手に動き回って!」
叫んでいる。
見たことがなかった、こんな風に声を荒げる彼女を。
そんな風に私の理性は驚いていて、けれど衝動は止められなくて。
「あはは……なんですか、それ」
「勝手に心配して、勝手に怒って……」
「……私の気持ちなんか知らない癖に!」
「私がどれだけずっと怖かったか知らない癖に!」
「勝手なこと言わないで下さい!」
叫ぶ、吐き出す。
目の前の彼女にぶちまける。
ずっと溜め込んでいた、その感情はきっと怒りだった。
それを小さい子の癇癪のように喚く。
「勝手なこと!?それは貴女の方でしょ、ヒフミさん……っ!」
「なんですか、ミレニアムへの外泊申請って……挙句の果てに短期留学?……馬鹿にしてるんですか?」
馬鹿にしてるのか、そう聞かれて頭に血が昇る。どんな考えで、どんな想いそれを友達に頼んで、その場所を手に入れる為にケセドと戦って死にかけて。
どれだけ私が大変だったと───。
「ばかって、馬鹿ってなんですか!」
「ユウカさんにお願いして、信じてもらえなかったら嘘つきと思われてもう二度と前みたいに関われないかと思っても!頑張ってお話して!」
「今度は信じてもらえたからそれに報いたくて調査だけでいいのにケセドとも戦って!」
「大体ミレニアムに行ったのだって、トリニティよりもずっとモモイちゃん達の傍の方が安全だからっ!」
嗚呼、それは言っちゃだめですと心の中で誰かが叫んでも止まらないし、止められない。
もう全部腹が立って仕方なかった。
怖くてもモモイちゃん達と補習授業部のみんなとハッピーエンドにって頑張ったのに、何一つだって上手くいかなくて。
裏切られて、私はもう、無理なんです。
「あんぜん……どれだけの人が、どれだけの生徒達がっ!」
「フィリウスもパテルもサンクトゥスも!みんな必死にやって!」
「ツルギさんもハスミさんも毎晩ずっと警邏をしてっ!セイアさんだってご自身の安全を無視して、ミカさんだってずっと先生の元で情報を集めてくれて!」
「私だって毎晩寝ずにこの自治区のっ!貴女がいる学園の安全を守ろうと、二度と貴女が死ぬかもしれない事がないようにっ!それなのにっ!」
「安全じゃない?!ふざけないで下さい!!」
知らない、そんなの誰もお話してくれなかったじゃないですか。
こんなに情報を集めて、たくさん色んな場所に行って必死にずっと色んな事を調べてきたのに、そんな話は誰もしなかった。第一、安全なだけじゃだめなんです。
「だから……何で分かってくれないんですかっ!」
もう喉の奥から鉄の味がする。
でも心の奥から湧き出てくるモヤモヤしたのがちっともなくなってくれないから、私は血の混じった泡を飛ばして喋り続ける。
「聖杯戦争なんです!殺し合いなんです!生徒が見回りしたって殺されちゃうかもしれないんです!」
─── 『ヒフ⬛︎ちゃんを怪我させたおまえなんかにまけるかぁぁっ!!』
ああ、覚えている。
ずっと見ない振りをしていた。
アサシンさんに襲われた5人の被害者のその中の1人。
彼女を私は知っていた。
だって同じクラスの子で、時々隣の席になるからお喋りだってして、お茶をしに行った事だってある友達で。
そんな彼女は病院で戦って傷ついていた。
私のせいだ。
私の名前を叫んでいた。
また私のせいで傷ついてしまった、そしてそれを見ない振りをずっとしていた。
怖かった。
簡単に人が死んでしまう現実を直視するのが嫌だった。
「だから私が頑張ってるんです!モモイちゃんも、補習授業部のみんなもっ!ゲーム開発部のみんなだって!」
「誰も傷つかないようにって!聖杯戦争って殺し合いから貴女達を守ってるのに!」
「そんな事、何も知らない癖に分かった風に言わないで下さい!」
だから、叫ぶしかない。
私の寝ている間に私のせいで傷ついた友達がいた。もう今更見逃せない、もう二度と傷ついてほしくない。だ
から戦ってきたのに。
それなのに。
そんな事を知らないって、そんな風に。
私は、私に出来る事を精一杯───。
「じゃあなんで、言ってくれなかったんですかっ」
「言ってくれたら力になれるじゃないですか……」
「教えてくれなきゃ分からないじゃないですか……!」
「なんで私を頼ってくれなかったんですか……!」
その声は滲んでいて、そこでようやく私は彼女の顔を見た。
ぼろぼろだった。お化粧だって涙の跡で流れていて、その綺麗な瞳も真っ赤に痛々しくなって、いつも整っている髪だって大声を出していたから乱れていて。
ナギサ様は泣きながら私と話をしてくれていた。
その事実に今更やっと気がついた。
「なんですか、聖杯戦争って。知りませんよ、ヒフミさんが殺し合いに参加してるだなんてっ」
「……言ってません、でしたから」
「なんでミレニアムには話して私達に、私に話してくれないんですか!」
「……っ。だって、だって同盟がっ!」
「うるさいっ!そんなの知らないっ!」
あのナギサ様が子どものように駄々を捏ねていた。拳を振って、首をいやいやと小さな子のように横にして、奥歯をぎりりと噛み鳴らして。
叫んでくれていた。
「補習授業部の方達にはお話されてっ、貴女の苦しみを分かってあげられるのに」
「貴女だって私には何も話してくれなかったじゃないですかっ」
「私だって……私だってっ!」
「ヒフミさんのお友達なのに……っ!」
いつの間にか彼女の手は私の胸元から離れていて。
掻き抱くように私の背中に手を回した。
「わた、しっ……だって!貴女が辛いのを……っ!苦しいのを……っ!」
肩が濡れていく。
同じように、私の目の前ではらはらと雨が降る。
「分かって、助けてあげたいんですっ……だから話して下さいっ」
気づいたら私の腕も彼女の背中に回っていた。
暖かいなと、場違いな感想が胸にぽっかり空いていたそこを埋めていってくれる。
「どんなお話だって、どんな言葉だって」
勝手に諦めかけていた、言葉なんて尽くしても。
どれだけお話しても、友達だとほんの数瞬前まで思ってた相手にだって裏切られると───。
「ヒフミさんから貰える物ならっ!毒だって私は飲み込んでみせるからっ!」
マリーちゃんは
まだちゃんとナギサ様としたように、そしてこれからきっとしていくように。
お話なんて全然できてない。
なのにちょっとすれ違っただけで私は勝手に失望してしまった。
「もう二度とっ……!もう二度とだって……っ!」
情けない。
こんなに、こんなに優しく私を包んでくれる人がいるのに。
そんな素敵な人が友達だと叫んでくれたのに。
「貴女を決して手放さない、決して裏切らないっ」
誰も分かってくれないと勝手に斜に構えて、誰も理解してくれないと勝手に諦めてしまった。
「だから勝手にいなくならないで、勝手に私を置いて行かないで、ちゃんと全部私にも教えて下さい」
それを教えてくれて、愛してくれて、話をしようと言ってくれたのは今この腕の中にいる温もりで。
「おねがいです、ひふみさん」
その言葉に私の理性は何かを喋ろうとして。
「ごめん、なさい」
出てきたのはたった六文字で。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ずっとそれだけが壊れたテープみたいに流れる。ありがとうっていいたのに、これまでの事ちゃんとお話したいのに、だけど出てくるのはそれだけで。
「……いいんです、私もごめんなさい」
「違うんです、ごめんなさいナギサさま」
「いいんです、だから、ゆっくりといいから」
「はい……はいっ」
すんっと鼻を互いに鳴らして、ぼたぼた降る雨は止まなくて、口から漏れるのはそんなみっともない音で。
だけどまっすぐな本心で。
たった六文字に、たくさんのありがとうと、たくさんのごめんねと、たくさんの大好きだよを乗せて。
「ごめん、なさ、い……なぎ、さ、さまぁ……」
「いいえ、わたしのほうこそ、ごめんなさい」
「ちがっ、ちがくて……わたし……私が……!」
「ううん、ひふみさん。いいの、ごめんなさい、力になれてなくて」
「なぎ、なぎさ……さま……」
私達は暫くの間、その両腕の力を緩める事ができなくて、心に満ちていく暖かさを二人きりで分かち合い続けた。
「……かっぷ、割っちゃいました」
「安物ですから、お気になさらず」
「なぎさ様のうそつき」
「嘘じゃありません、うそだと思うなら、今度一緒に買いに行って確かめませんか?」
「えへへ……確かめちゃいましょうか?」
「えぇ、確かめましょう」
「お茶にしましょう、また淹れ直しますから」
「……いいんですか?」
「もちろん。なんどだって、ヒフミさんの為なら淹れ直しますよ」
「……長いお話になりますよ」
「それなら今日は泊まって行ってください、夜が更けてもずっと、私は聞きますから」
「……なら、話します」
「───はい」
夜は更ける。
二人の語らいを聞いているのは星空と月と、ティーポット。
その中にあるのはカモミールティー。
カモミールの花言葉は───。
Matricaria recutita L.
地面の林檎と謳われる芳しい野草。
古代より薬として幅広く用いられてきた薬用植物。
抗菌、抗炎症、鎮静作用などがある。
花言葉は逆境に耐える、親交、清楚、貴女を癒す、そして。
───仲直り。
本作の内容は
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①Part6スレまで読んでる
-
②あにまんの過去ログまで読んでる
-
③ハーメルン版のみ読んでる