アーチャー、支度を。
ええ、彼女達がお越しになられます。
私はこれより歓待に伺いますから。
───何かあれば私ごと撃ち殺しなさい。
ヘリから降り立ったその先にあるのは巨大な壁。
空から見た限りは都市を覆うように展開されていた隔壁の前に私達はいました。
「私はここまで。もし何かあれば上空から救援する手筈になっているし、二時間よ。二時間後に貴女達からのリアクションが何もなければ……私はセミナーの権限を使ってこの場所に緊急捜査という名目で突入するわ」
ヘリのスラップ音に負けじとそう言うユウカさんの目線の先には丁寧に明かりを灯してある入り口があります。
「エリドゥは内部の建造物も含めて都市構造を変更できる。ただ、都市制御用の中央タワーだけは動かせない。そして前回もそうだったようにトキはきっとそこにいる」
僅かに人工的な光で縁取られたその向こう側を私達からは伺いしれません。
もしかすれば戦闘、それも文字通り相手の拠点の内側で起こる可能性だって零ではないんです。
それを危惧して、だけど不安を押し隠してユウカちゃんは私達を目を見ました。
「此処で待ってるから……気をつけて、三人とも」
その言葉に私達は力強く頷いて、エリドゥの壁を潜った。
「お待ちしておりました、皆様」
「第七のマスター、飛鳥馬トキ。ご挨拶申し上げます」
『どうぞこちらへ。快適かつ安全な道行きをお約束します』
隔壁を潜った先にいた飛鳥馬トキさんに誘われるまま私達が乗り込んだのは無人のシャトルバス。
道中、誰も口を開く事はないまま目的地だった中央タワーに辿り着きます。
無人の都市は嫌になるほど息遣いが聞こえてきてはくれません。
ごおん、ごうんと、低く唸る空調だけが遠くの方から聞こえてくるだけ。
整然と並べられた近未来的な街並みは無機質で、それは中央タワーも変わりません。
先導するトキさんの背を追いながら、私は寒々しい廊下を進み続けます。
『(ヒフミ、この先に強い魔力の反応がある)』
『(アーチャーさん、ですね)』
セイバーさんの警告を受けて素早くモモイちゃんとハナコちゃんにも目配せをすると、それを受けて彼女達も察してくれたようで神妙な顔で頷いてくれました。
話し合いのつもりで来てはいますしこちらから何かアクションを起こすつもりはありません。
ですが今私の前を歩く後ろ姿の彼女が考えている事は測れないというのもまた現実です。
お友達との何気ない会話でだって、時にはすれ違いも喧嘩も起こってしまう。
そうである以上、私達の話し合いでだって何が起こるか分かりません。
そう、堅いタイルの上を鳴らしながら考えて、私はそっと髪飾りに触れた。
ただ髪に挿しただけというのに枯れることも萎れることもなく瑞々しい芳香を纏うこのフリージアを使えば、一度きりとはいえ確実に危機的な状況から逃れられる、そんな風に伺いました。
「(……そういえばその事をちゃんとみなさんにお伝えしてませんでしたね……)」
マーリンさんと会った事、そこで話した事については深くセイバーさんにはきちんと話せれていません。
朝の時間に、夢の中でセイバーさんの記憶に触れてその時にマーリンさんと会ったという話を少しだけしたっきりです。
忙しかったとはいえ話すべきだったなと今更な後悔がするりと鎌首をもたげる。
そんな風に私が一人で胸の裡がやけにもやもやするのに眉を顰めながら歩いていると。
「こちらが晩餐会の会場となっております」
規則正しく響かせていた硬質なタップ音から一人分だけ止まってから、トキさんの声がしました。
そのすぐ後に曇り硝子の無機質な扉を彼女は開けてくださいました。
そして私は目を疑い、次に感嘆の声を漏らしました。
「……綺麗」
扉の先にあるのは格段に大きな部屋ではありませんでしたが、決して狭いとは感じられませんでした。
硝子張りの壁の向こうには、地上に灯った人工的な星の輝きが瞬いて、壁一枚挟んでいるとは思えないぐらいに澄んだ深い藍の夜空が広がっているのが見えまふ。
自分が空に立っていると錯覚しそうになるパラノマ。
その前に置かれた八人掛けの長机には真っ白なテーブルクロスが皺一つなく敷かれ、柔らかな間接照明に照らされる室内と呑み込むような濃い色の外のどちらにも交わる事なく佇んでいた。
「お気に召していただけたのなら幸いです。こちらの一室は元々、我が校の生徒会長が来賓用として用意した物ですが、ついぞ使う機会がありませんでしたので。皆様に御利用頂けるのであれば、これらも喜ぶ事でしょう」
そう言って彼女は扉の傍に立って一言だけ告げられました。
「では、どうぞ中へ。有意義な晩餐となる事をお約束します」
案内されるままに、木の暖かみを残す手触りの椅子に腰掛けてから、机の上をしげしげと眺めます。
順々に用意されていく自分の前にある食欲をそそる宝石の数々に、思わず目を輝かせてしまうのは軽食しか食べていなかった私には仕方がありませんでした。
『(食器は……純銀だね。これはまたなんとも古風なやり口だ)』
『(あはは……それで全部分かるわけじゃありませんけど、私はこれがトキさんからの精一杯のメッセージだって信じます)』
『(そうだね……僕も君の言葉を信じることにするよ)』
この会が罠の可能性というのは決して完全に捨て置くべきではない、けれどだからといって何から何まで疑ってかかるのは私はしたくありません。
添えられた銀食器こそがその証左だと、私はモモイちゃんのお友達を信じる事にしてから彼女を見やった。
品の良いサービスワゴンを推して配膳するトキさんは手早く、けど丁寧に白磁を並べていく。
「阿慈谷ヒフミ様と浦和ハナコ様はトリニティの御出身ですからコースをと思いましたが……本日はアラカルトの方がよろしいかと」
僭越ながらメニューはこちらで選ばさせて頂きましたが、とちらりとモモイちゃんの方を見てから彼女はそう言うと、ガス入りのミネラルウォーターを私達の前に、モモイちゃんにはハーブティーを注いでおられました。
「マナー等はお気になさらず、好むようにお召し上がり下さい」
そう一礼してから、彼女も私達の正面へと着席する。
こんな風に言うと変ですけど、メイド姿で先ほどまで配膳していた彼女はこの会の主宰です。
だからその席に座るのもなんの可笑しな事はありませんけどなんとなくちぐはぐに感じてしまいました。
「なら……その、頂きます」
そんな彼女からの返事はなく、私達四人は各々食前の挨拶を交わしてから食事を始めた。
まず私が手を伸ばしたのは、カルパッチョ。
細かく角切りにされたトマトとズッキーニ、それからサーモンをセルクル型に入れてまとめられた物を中心に、その周りにはサーモンのお刺身が分厚く切られてベビーリーフやバジル、チーズと共に並べられている。
「(かた……)」
驚いたのは魚の鮮度。
フォークで摘み上げて感じるのはてらりと濡れて輝く活き活きとした薔薇色の断面と、その鮮度の良さ。くたりと疲れ切ったそれはなく、口に含むと柔らかくも力強い弾力がある。
舌の上で広がる脂は思った以上に品が良く、それに合わせるように甘酸っぱいフルーツソースと爽やかに調和して旨味を引き立てられている。
「……すっぱいよぉ」
「はぁ……モモイ、食べにくいのでしたら別のを食べて頂いて構いません。そちらのタリアータなら貴女の子ども舌でも愉しめるでしょうから」
「そうするぅ……」
どうやらモモイちゃんはあまりカルパッチョのフルーツソースが口に合わなかったようです。
明日のお夕飯は鶏もも肉のオレンジソテーとかを考えてましたけど、唐揚げとかもう少し食べやすい物にしましょう。
そんな明日の夕食をうつらと考えているとモモイちゃん側が少しだけ騒がしさを増している。
見れば明らかに食べるスピードが上がっていた。
目もきらきらと輝いて、彼女が食べているそれが美味しいかを分かりやすく教えてくれている。
それに倣って私達も鹿肉のタリアータに手を伸ばす。
「美味しい……!」
思わず左手で口元を抑えてしまった。
その名前に反して厚めに切られたロゼ色が眩しいもも肉は驚くほど柔らかい。
繊維質なのは変わらないけれど口の中でさくさくと小気味よく噛み切れば、あとはほろりとほつれて野生的な旨味を口いっぱいに広げてくれる。
火入れだけでなく下処理も完璧なのでしょう、ジビエ特有の臭みは旨味の中には全くなく、まるでドレスを纏ったように控えめなビネガーソースで上品に着飾っている。
「おかわりもご用意しております。必要であればなんなりとお申し付け下さい」
薄く微笑う彼女へ返事するのも忘れて、いつの間にか私達は夢中でフォークとナイフを動かしていた。
鹿肉のタリアータ、サーモンのカルパッチョ、ピザ風やレバーペーストが用意されたブルスケッタ、旬の蛸とトマトのカッペリーニ。
どれも甲乙つけ難いほどに。
『(美味しかったです……)』
『(うん。ヒフミの作ってくれる食事はいつでも僕の舌を喜ばしてくれる。だけど、彼女、トキの作る物もまたそれに劣らずと素晴らしかったね)』
『(あはは……またそういう事言うんですから、もうっ)』
食後に出された珈琲の湯気を燻らせながらセイバーさんと念話をする。
「とても、美味しいお食事をありがとうございました、トキさん」
「お気に召して頂けたのなら幸いです」
「それでその……今日お招き下さったのは……」
とはいえ余韻に浸るだけではいられません。
この摩天楼の下で輝く地上の光を背にする彼女に、私は尋ねる事がありました。
楽しい食事だけ済ませて、帰るなんて選択肢は私には残っていません。
飛鳥馬トキさん。
アーチャーのマスター。
七番目の召喚者。
そして聖杯戦争に参加する七人のマスター、その最後の一人。
彼女に聞かなきゃいけないんです、この戦いがハッピーエンドに辿り着けるように。
私は彼女が何を思ってこの聖杯戦争に参加しているのか。
そして今日、なぜ私達を招いてくれたのか。
「必要である、そう判断したからです」
だからその本題に私は踏み込みました。
「必要というのはどういった
「それこそまさか。今更言う必要が?」
「えぇ、それは勿論。
細い指でコーヒーカップの取手を摘んでハナコちゃんが緩やかに尋ねる。
湯気と一緒に空調に吸い込まれていく疑問。
「それでは僭越ながら」
それにトキさんは想定していたように返してくれました。
「貴女達が聖杯戦争を降りる為に、情報提供の必要がある。そう、思ったからです」
さくりと音を鳴らして彼女はデザートのタルト生地を崩した。
「阿慈谷ヒフミさん、セイバーのマスター。貴女は聖杯戦争に違和感を感じた事はありませんでしたか?」
「違和感、ですか?」
言われたところで、思い当たる節なんていくらでもある。
聖杯戦争が始まった事も、サーヴァントの方の存在だって、これまでキヴォトスで生きてきた十六年間の中で一度だってなかったのだから。
聖杯戦争と今の状況自体に違和感だらけです。
「異なる世界からの漂流者。その確認がされたのは一度目ではありません。このミレニアムではかつてその事例を他ならぬ特異現象操作部の手で先生と共に確認しています」
「……それは」
「それでしたら、何に違和感を?トキさんは何を知っておられるんでしょうか?」
そう、私からすれば青天の霹靂と呼ぶべきですけれど、外とも違う異なる世界から人が訪れるというのはどうやら珍しくても
それなら何に違和感を覚えるのか。
「そうですね、たとえば───
その答えは意外なところからでした。
「以前この世界で確認された漂流者の頭上にはヘイローが浮かび、その生まれた世界で得た法則は大きく制限されました。それを我々はこのキヴォトスという土地その物に根差す秩序ないしは法則を受け入れた事による変質……そう考えています。そして漂流した彼女達が現れたのは偶発的な事故であると結論付けました」
「……まさか」
アイスブルーの瞳は私の隣に座る彼をしっかりと見つめた。
「如何でしょうか?古き時代の騎士の王」
「異なる星、異なる世界でありながら、ヘイローというこの地のルールに則らず、
「その異質さを貴方は理解していますか?」
凍てるように、虚偽も目を背ける事も許さないと言うように。
彼女の瞳は私達を射抜いている。
「結論から申し上げましょう───聖杯戦争によるサーヴァントの召喚はこの世界その物を揺るがし兼ねない危険性を孕んでいます」
淡々と彼女は続けてそう言う。当たり前の事実だと並べていく。その言葉に澱む物は何一つだってない。
「七人のマスターが七騎のサーヴァントを召喚し、最後の一人になるまで勝ち残る。そういう風に聖杯はプログラミングされてしまいました。そしてそれは魔力がある限り何度でも繰り返されます」
タルトを砕いて割る。
何度も何度も。
彼女はそうして細かくなったそれこそが、未来のキヴォトスなのだというように。
「我々が敗北し終えた後はまた新たな七人のマスターが、『殺し合いを強制させられる犠牲者』と七騎のサーヴァントが選定される。終わりはありません、このキヴォトスのリソースを食い潰しながらそうやって繰り返し幾度も聖杯戦争は再開する」
「……そん、な」
「一度では終わりません。今次の聖杯戦争で誰が勝っても、すぐさま次の聖杯戦争が始まります。また誰かが殺し合いに参加する」
だってそれは、私のように傷つく人が、苦しむ人が増えるという事で。
「その度にマスターに選ばれた人間は殺し合いに投じる。今はよくてもいずれは死者も出る、もしくはマスター自体を戦力として確保しようとする自治区や企業も生まれるでしょう」
これ以上誰かが傷ついたりしてほしくないから戦って、だからそんな事は、『新しく聖杯戦争に参加しなきゃいけない』なんて絶対にあってはならなくて。
「そしてそれに終わりはありません、最後にあるのは凄惨な殺し合いとなるでしょう。何せ人の欲望は尽きないのですから。そしてそうやって連続してサーヴァント達のいた世界に、『座』に絶え間なく接続して召喚し続ければ、いずれは世界の構造その物が破壊される───あの日、この世界が『赤く染まったように』」
けれど、私の思いなんてどこ吹く風とトキさんの話は止まってくれない。
「そして聖杯戦争に残された時間はありません」
「……待って下さい!トキさんっ、それは……!」
ハナコちゃんが静止するようにがたりと椅子を倒して立ち上がる。
「聖杯は聖杯戦争を継続して運営する為にマスターの肉体を通して魔力を供給しています。そして我々キヴォトスの地の人間にとってその行為は大きな負担になり、いずれは死に至ります」
それをちらりと見てから細く長いため息をついて。
「そして聖杯は今日を含めて残り七日までに決着を着けない場合、我々の肉体の許容範囲を超える魔力を注ぎ込む可能性が示唆されています」
うんざりするようにそう言ってから、彼女は吐き捨てた。
「今次聖杯戦争のマスターに残された時間はあと七日、それが私が貴女方にお伝えしたかった情報です」
自分があと七日で死ぬかもしれない。
その事実を聞いた時、思った以上の動揺はなかった。
あまりに想像しにくい、頭の中で描けない未来像で私はそれが現実だと結びついてないだけかもしれません。
「……ありえ、ません……っ!そんなのっ、ならヒフミちゃん達は……っ!勝っても負けても……いえそもそも参加する事自体が……っ!」
「えぇ、そうです。聖杯戦争に参加する事、マスターに選ばれる事、それそのものが服毒というべきでしょう」
「けどっ……魔力の負担が……」
そのハナコちゃんの言葉にトキさんは意外だと言わんばかりに口を開いた。
「随分と魔力供給による負担を気にされますね?浦和ハナコさん。その様子ですと……なるほど。事実を
「……っ」
「心中をお察し致します。友人にお前は死ぬと『黙ったまま』『戦わせ続けた』……なるほど、同盟を組んでいるかと思えば一枚岩ではないようですね。腹の中に各々、何を『隠しているのやら』」
「ちが……っ、私……は……ひふみちゃんに……」
「何か違うでしょうか?このまま戦い続ければ死ぬと知りながら何も教えず、何も明かさず、自分は安全圏で殺し合いを見て愉しんでいる。見たところ阿慈谷ヒフミの発症はまだのようですが、そうなるまで黙ったままでいるつもりでしたか?」
ハナコちゃんはふらつくように椅子へと崩れ落ちるのを私は慌てて支える。目の焦点が合わないほどに、彼女は動揺している。
「違いますよ、ハナコちゃん!いつもハナコちゃんが心配してくれてるのを、私分かってますから!今回だって、そうです!ハナコちゃんに何か考えがあってっ」
「……」
返事はなく、ただ彼女は項垂れてしまった。
その反応を見れば彼女が私達マスターに残された時間がないという事実を知っていたのだと、いやでも分かってしまう。
けれどハナコちゃんだって何か考えがあった、今はそう信じる。
「随分悪様に捉えるね、アーチャーのマスター」
「事実でしょう。同じ陣営、そしてその陣営内で明確に『サーヴァントを殺す』当事者であるマスター。その本人に関わる事を黙ったまま殺し合いを継続させた……必要であるなら話すべきでは?」
「合理性だけでは人の心は語れない。友人にお前は戦い続ければ死ぬと……まだ若い少女達のどれほどの子が言えるか」
「……なるほど、それもそうですね」
セイバーさんの言葉を、あっけらかんと表情を変えないで軽く流してからトキさんの眼は私を見据えた。
切れ長の美しい瞳が私を掴んだまま氷の彫像のように瞬ぐこともない。
「でしたら貴女はどうでしょう?阿慈谷ヒフミさん。これまでの話を聞いて、このままだと遠くない未来で自らが死ぬと知って、貴女は何を選択されますか?」
そう彼女は言ってからメイド服の右袖を引き抜く。その肩には、淡く発光する尾栓のような形をした《color:#00ffea》令呪《/font》がありました。
「私共はこの七日間で令呪を移植する術を研究してきました。貴女が殺し合いの舞台から降りる選択をして頂けるのでしたら、一切の苦痛なく貴女の肉体から令呪を剥離してこの先の生命活動を保障しましょう……無論、モモイ。『貴女も』です」
冷えた空気が流れる。その中で私の服の裾を誰かが力無く掴んだ。
それに気がついて見ると弱々しい顔で縋るようにハナコちゃんが私を見ていた。
その目の奥に切望している物が見て取れて、私はただ目を逸らすしかありませんでした。
「……その前に聞かせてよ。勝とうが負けようが聖杯戦争が何度でも起こるらしいじゃん……ならトキはどうやってこの聖杯戦争を解決するつもりなの?」
「騒がしいモモイにしては随分と懸命な質問ですね」
「うるさいよ」
そんなモモイちゃんに何も返さずにトキさんは立ち上がる。
ガラス張りの壁の向こう、無人の夜景の前に立って彼女は宣言した。
「最後の一組となった者の前に現れる聖杯。それを使用してこのキヴォトスで聖杯戦争その物が発生しないようにそのプラグラムを書き換える」
「恒久的なあちらの世界とこのキヴォトスとを断絶する」
「それが私の『役目』です」
「二度と聖杯戦争などという悲劇をこのキヴォトスの地で起こさない。その為に私はこの戦争に勝利する。それだけの事ですよ、モモイ」
トキさんは言う事はもっともらしい物でした。
聖杯戦争が何度も繰り返し開催されるならそれをやめるように願えばいい。
その確実性を上げる為なのでしょう、システム自体に介入するのだと彼女は言う。
「とはいえ私は自らのリソースを削ってまで貴女達と戦いたいとは思いません。元より話し合いで済めばそれでいいのですから」
「だから……令呪が、セイバーさん達が欲しいって事ですか?」
「この提案は貴女達の為でもあります。令呪を手放し魔力の供給口でなくなれば貴女達の肉体にかかる負担はなくなり死から逃れられる」
それは、確かに魅力的にも聞こえる話でした。
誰だって死にたいわけじゃないんです。
でもそれはトキさんにだって言えるはずです。
目の前で静かに立ったまま椅子に座る私達を睥睨する彼女へと問いただす。
「……それならトキさんの身体だって同じ話の筈ですっ……サーヴァントの方に魔力を供給するのが負担となるなら、令呪を移植して複数のサーヴァントを従えるのならトキさんの負担は大きくなるんじゃありませんか?それなら聖杯戦争のタイムリミットまで身体ももたないんじゃ」
「お気遣い、感謝します。ですが、逆に考えて、身体が持たず役割を果たせなくなってしまう提案を私がするでしょうか?」
「それは……」
正しくその通りでした。
トキさんの言う役割というのが聖杯戦争の恒久的な廃止で、それを願う為に戦うのなら、それを叶えられなくなる提案なんてする筈がありません。
焦りすぎたと、思わず顔を顰めてしまいます。
「令呪を渡す事に貴女方のデメリットは存在しません。よき隣人であるサーヴァントを貴女達の手で殺す必要もなくなり、自らが死する問題からも逃れられる。自画自賛となりますが、これ以上ないほどに素晴らしい提案だと思いますが?」
その言葉へ明確な返事をする前に、私は聞いておくべき事を口にしました。
「私は……この戦争で傷つく人をなくしたい、みんなが笑って迎えられるハッピーエンドを目指しているんです……!トキさんがこの戦いを終わらせたいというのなら、私達の目的は同じ筈ですっ!だから一緒に協力できないでしょうか?」
これまでトキさんは聖杯戦争に対して警鐘を鳴らしていた。そのリスクを危険視して、二度と聖杯戦争が起きないようにするのが自分の『役目』だとそう言った。
「申し訳ありませんが」
それなら私達と協力できる……そう思って。
「その不明瞭な『ハッピーエンド』とは何をどういう風な解決を以って定義するのでしょうか?」
私の根幹だった物に初めて刃が向けられた。
「誰一人の犠牲者もなく、と言う事でしたら他ならない貴女のご友人が既に怪我をなさっています」
決して馬鹿にしている口調ではありません。
「サーヴァントもマスターも犠牲にしない、という選択でしたら既にお話した通り七日後に膨大な魔力が供給される事が示唆されていますから無意味です」
淡々と事実のみを突きつけられる。
私が掲げたハッピーエンドという願い。
その矛盾点へ、そのあまりにも曖昧模糊として祈りへ。
事実という名の刃と。
「サーヴァントを倒してこのキヴォトスの住民でかるマスターを守る選択をする、というのなら私の提案を飲むべきでは?なにも貴女が自分からサーヴァントを殺して『人殺し』になる必要はないのでは?」
嘘も偽る事も何も許さない、とそのアイスブルーの刃が突きつけられる。
「一体貴女は何を以って、どんな風にして、ハッピーエンドだと定義しているのですか?」
私は……何も答えられなかった。
その後のきおくはあまりありません。
最後にトキさんから伝えられた事をやっと思い出した時にはもう帰りのヘリの中で、それも拠点に着くタイミングになってからでした。
『お土産、ありがたく頂戴します』
『明日の正午までに、本日の提案のお返事を頂ければ幸いです』
『それ以降は───私も貴女達と同じで時間がありませんので』
『それでは皆様、足元にお気をつけてお帰り下さい』
あの後にそう言われたのだけは覚えています。
道中、その事も、そして晩餐会であった事も誰も口を開けませんでした。
とくにハナコちゃんは酷い様子でずっと青い顔をして塞ぎ込んでいる。
なにか、私も伝えたくて。
でも何も言えませんでした。
結局私はトキさんの本心を、『願い』を聞けませんでした。
彼女は頑なに『役割』だと言っていたからきっと別の想いがあったはずなのに、それを聞き出すよりも前に私の願い自体に否と突きつけられてしまった。
どうすればいいのか、どう動けばいいのか。
何より、トキさんの言うように、私は私が望む『ハッピーエンド』をどういう風に『定義付け』するべきなのか。漠然と、ずっと殺し合いを止めようと、それだけを思って走っていたから。
「ヒフミ、降りようか」
「ぁ……はい、セイバーさん」
ぐるぐると考えだけが回っていたからでしょう。
いつのまにかヘリは拠点前まで帰ってきていて、窓の外には起きて待っていてくれたアズサちゃん達の姿が見えます。
モモイちゃんに手を引かれて出てきたハナコちゃんの姿に慌てているコハルちゃんやミドリちゃんの姿もありました。
私も出なきゃいけません。
タラップを降りて、一歩を踏み出して。
その姿を見つけてくれたアズサちゃんが駆け出したのが見えて。
私もそれに手を振ろうとして。
───こぽっ。
どろりとあついものが口の中から溢れた。
目の上をちかちかと星がまたたく。
駆け寄ってくるアズサちゃんへと伸ばした筈の腕に力が入らない。
どくり、どくり。
しんぞうがみゃくをうつ。
鉄のあじが口のなかで踊って。
それを全部吐き出して。
私はさいごにアズサちゃんの姿を目にしたまま。
意識を失った。
女はカップから漂う芳香を楽しんでからほうっと艶やかな息を吐いた。
穏やかな薫風が色を揺らす花園で一人、鮮やかな菫の宝石を虚空へと向ける。
その瞳の先には地平線にまで続く花畑しかありはしないのに、確かに女は別の物をみていた。
「一つ目の秘密、それは代償。異なる世界とその法則が交差してしまった『弊害』」
その白皙に浮かぶのは憐憫でも哀切でもなく、微笑み。我が子を見守るように、戦争へと赴く夫を見送るように。
飼育ケースの中の実験動物を見るように。
彼女は微笑んでいた。
「聖杯戦争という異物によって、マスターは勿論、世界そのものが殺し合いというテクスチャに侵食されて、やがて破滅する。それは望んだ願いへの代償だ……世界を巻き込んだね」
そう言ってから彼女は正面に座る少女のカップへと紅茶を注ぐ。
「阿慈谷ヒフミとアーサーは漸く一つ目の秘密に辿り着いた。残る秘密はあと二つ」
「一つは訣別。命題、覚悟、絶望、希望。四つの陣営がそれぞれに抱える願いという名の痛み」
「一つは絶望。この聖杯戦争が起きてしまった全ての始まり、たった一つの悲劇」
歌うように彼女は言いながら少女へと笑いかける。
憐れむように労わるように、嗤う。
「飛鳥馬トキの問いに阿慈谷ヒフミはどんな解をみつけるのか、それともその前に甘い蜜に深入りしすぎて優先順位を違えて絶望に辿り着くのか。私達は愉しんで見守ろう。所詮私達は傍観者、名もない端役でしかないんだからね」
───そうだろう?シャーレの君よ
その言葉は誰にも届かないまま、花園を風と共に去っていった。
1じゃんね☆
というわけでラストでヒフミちゃんが吐血したところでまた来年!
ハッピーエンドの定義とかしばらくはちょっとみんなで頭を悩ませていくじゃんね☆
あ、マリーちゃんの舌とかトキちゃんの肩に令呪があるのは1の趣味と設定上の都合じゃんね☆
さて。
今年最後の更新になります。
多くの方に読んで頂き誠にありがとうございました。
お気に入り数や評価数、そして感想が徐々に増えて、モチベーションに繋がっております。
早足で駆け抜けている本作ですが、いよいよ次のスレが見えてきてストックも少なくなっております。
次の展開も色々構想を練りつつ完結できるよう尽力した所存です。
まだまだ至らぬところの多い1と本作ですが来年もなにとぞよろしくお願いします……じゃんね☆
それでは皆様、よいお年を!
1話ごとの文字数で望ましいのは?
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3000文字〜4000文字
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4000文字〜5000文字
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6000文字〜7000文字
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8000文字〜90000文字
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9000文字〜10000文字
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10000文字〜12000文字
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12000文字〜15000文字
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15000文字以上