阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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……いつまで覗き見をしておられるのでしょうか?
阿慈谷ヒフミも才羽モモイも既にエリドゥからは離れました。

()()が今この場を見れているのはあくまでも私からのせめてものお礼に過ぎない事、他ならぬ貴女自身がご理解しておられるのでは?

警告を。
私は最後までこの聖杯戦争を駆け抜けます。
既に明星ヒマリは私の手の内です。
聖餐の座に着くのは私一人。
その為の令呪、その為のサーヴァント。
その為におめおめと嘗て敗北した筈の命題を掲げるのです。

警告を。
二度とこの場を覗き見ようなどと思わないで下さい。
次、同じことをされるのであればそれはもう宣戦布告であると私は看做します。
だから。

どうか私に───貴女を撃たせないで下さい。



【9日目】
一人じゃないから


 

 まず最初にそれを見たのはアズサだった。

 

「───ごぷっ

 

 無事に帰ってきたヒフミに向けた笑顔が夜に残った暑さすら置き去りにして凍りつく。

それはいっそ無表情だった。

お互いが惚けてしまった。

アズサは信じられない物を見た事で。

 

あ……え……?

 

そしてヒフミは自分の口元から溢れていく残り時間()を見た事で。

 

「ヒフミ───ッ!?」

 

 絹を裂く悲鳴がアズサの喉から上がった。

それに気づいてハナコの様子を心配していたコハル達もその視線の先を追って、彼女達の時が止まってしまう。

 

「ヒフミっ!ヒフミッ!……ユウカッ!医療機関に搬送をっ!」

 

未だ血を吐き崩れ落ちたヒフミを支えてセイバーが、ヘリ内にいるユウカへと指示を出す。

 

「ッ!ノアっ!聞こえるわね!?急いで病院に受け入れ要請ッ!」

 

『既にコユキちゃんが!ユウカちゃん、会食後なら毒物の可能性もあります。対応には……』

 

「ユウカ、ノア。まずはヒフミを運ぼう」

 

 服毒の可能性を示唆され驚愕で動きを止めたユウカに構わず、ヒフミの容態を確認するセイバーの脳裏に過るのは飛鳥馬トキの話していた内容。

 

 即ち、サーヴァントの魔力供給を行う事で起こるマスターへの負担。

それが今目の前でヒフミの身体に起こっている現象の要因なのだと、そういう理解をした。

 

「ヒフミ!?起きて!ねぇ!ねぇってば!」

 

「私が呼吸を確保する!……体温が低い、くそっ!一気に血を吐き過ぎて……コハル!毛布を持ってきて!急いで!ハナコもAEDを!」

 

「そちらは頼む、アズサ。キャスター!」

 

「承知している。簡易的だが搬送までに出血箇所の特定と応急処置を急ご……ハナコ?」

 

 拠点内から地上へと駆けつけたキャスターの触診。

口腔、そして鼻腔から溢れ出てくる出血に二騎は焦りを覚えながらもバイタルを確認。

出血性ショックの兆候を見逃さない為に睨みを効かせながら、ヘルタースケルターに持って来させた備蓄品で輸血を開始。

だが、それでもなお事態は切迫する。

痙攣が始まったこと、そして弱まりつつある拍動。

止まらないどす黒い赤。

それを見てアズサは狂乱するように友へと声をかける。

万一、否。

このままいけばまず間違いなく起こり得る最悪の事態を想定して。

だが、その声は。

 

 

 

「ぅ……あ、嗚呼……なんで……なんで今……?」

 

 

 

 届かない。

気づかない。

()()()()

 

「早くAEDを!ハナコ、ハナコ!?動いて!!」

 

「ぁ……ぅあ……」

 

 浦和ハナコは動けるはずもない。

直面してしまった現実に身体は凍りついたように動いてはくれない。

 

自覚する、理解する。

死ぬ、死ぬのだと。

阿慈谷ヒフミが、いつまでも()()()()()()()()()()()()()()()()()が故に。

今目の前で命の灯火を溢しているのだと。

己の友がマリーと同じように血を吐いたと言う事はそういうことなのだとまざまざと見せつけられる。

鳴り止まない頭痛を伴う悪寒が、どれだけアズサが叫ぼうとその両脚を後退らせることしかしてくれない。

 

「アズサさん!AEDならヘリのがあるから!……ヒフミ、しっかりして!」

 

「ありがとう、ユウカ。脈はある、顔を下に向けて吐き出す物は吐き出させてるけど……くそっ」

 

 刻一刻と目に見えて悪化する容態。

だが搬送を、と思ってもヒフミの状態が安定しない。

原因もまるで分からず、予想しているセイバーすらその話をできない現状。

思わずアズサは誰に対してでもなく悪態をつく。

毒か、それとも聖杯戦争に関連した何事かなのか。

その判断すらさせてはくれない状況。

突発的な吐血。

その量は明らかに尋常な物ではなく、内臓に何かしらの異常があるのは丸わかりだった。

 

「あずっ、アズサっ!もう、毛布!これ!」

 

「ありがとう、コハル……ユウカ」

 

 ヒフミが倒れて僅か数分にも満たない中での出来事。

アズサは最早猶予はなしと決断する。

 

「すぐに搬送を。付き添いは私とセイバーで」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 毛布に包まれたヒフミを横抱きにしてセイバー達は急ぎヘリに乗り込もうとする。

その状況下でモモイと二人、口内を洗い流せるようにとミネラルウォーターを持ってきたミドリは意識を失い運ばれていくヒフミの姿を見て、手にペットボトルを持ったままおろおろとしてしまう。

そして隣にいる筈の姉へと声をかけて。

 

「どうしよう、お姉ちゃん!なんで急に……ヒフミさんに何が……お姉ちゃん?」

 

自分の姉が、いつの間にか無言でヒフミがヘリに乗ろうとするのを制しているのに気づいた。

 

 

 

 

 

「───はいはい、ちょっと待ってねー

 

 

 

 

 

 

 にこやかな言葉、緩やかな笑顔。

なるほどそれはいつも通りの才羽モモイという少女の振る舞いだ。

 

 だがそこに、いつもの温かさは欠片もない。

あるのは機械のように頑なな意思。

淡々と言葉をなぞるだけのようにして、横抱きにされたヒフミが乗り込もうとするヘリの入り口を塞ぐ。

 

「ちょっとモモイ!何考えて!今遊んでる暇なんかあるわけないでしょ!?」

 

ユウカのその声は最早悲鳴に近い。

無事に帰ってこれた友人が突然血を吐いて倒れた。

毒物の可能性すら頭の中で巡り始めている事実に恐怖と己への嫌悪すら抱きつつもそれでもユウカは必死に今できる事を、ヒフミをヘリに乗り込ませて病院へ向かわせようとしている。

恐慌し完全に茫然自失としているハナコを除いたこの場にいる誰もが、ヒフミを救おうと動いている。

否、もう一人。

 

「いいからいいから。ヒフミをミレニアムの病院に連れてったって()()()()()()()。もう少し待とうよ」

 

 才羽モモイもまた、ヒフミを救おうとは動いていない。

 

「貴女何を考えて……!」

 

 モモイは何も答えないまま立ち尽くす。

だがいつの間にかヒフミを触診していたキャスターもまた、モモイの隣に立っている。

ユウカから見て今眼前に立ちはだかるその姿はまるで。

そこまで考えてしまった最悪のパターンが頭を過るのを無視した。

 

「……そこを退け、モモイ」

 

「ごめん。今は無理」

 

「……ッ!モモイっ!なんで……っ!?」

 

「アズサ……焦る気持ちは分かるけどさ。信じてよ、その状態ならヒフミは()()()()()()()()()()()

 

 モモイはとうとうタラップに座り込んだ。

強い意志表明、この場から退くつもりはないと。それがアズサ達には見て取れる。

 

 そうしている中でもヒフミの容態は悪化していく。

体温の低下、吐血、そして次は筋肉の痙攣が始まったのを毛布越しに抱き止めているセイバーは腕で感じる。

 

 吐く息からは、この地に来てから僅かに忘れていた死臭すら感じ始める。

猶予がないという理性による判断とモモイの行動の不可解さに焦りでセイバーすら口から怒声が漏れそうになる。

 

 その焦りとそれに伴う焦燥にかられた怒りの矛先が自身に向けられそうになるのを理解した上でモモイはじっと座ったままだった。

 

「……モモイ、トキの話は覚えているね?」

 

「勿論」

 

「なら君がヒフミを、君の『友』が苦しんでいるのをここで止めるのには、友としての『理由』がある。そう信じていいかい?」

 

「……信じてくれるのなら」

 

そう言い切った彼女に、セイバーはヘリに乗せるのではなく。

ヒフミをその場に横たえた。

 

「セイバー……っ!?」

 

「モモイが待とうと言った。僕はヒフミの友を信じる……彼女なら同じ判断をする筈だ」

 

「くっ……でもっ、それは……私は……っ」

 

 アズサもユウカもその言葉にそれ以上の追及を用意する事ができない。

ヒフミの命が関わりかねないこの状況で、その判断は決して理性的ではないだろう。

 

 だが、セイバーとモモイ。

片やサーヴァント、片やマスターという聖杯戦争に深く関わる二人の判断。

それに意を唱えるだけの材料が一瞬では思いつかず。

 

「ごめんね、アズサ、ユウカ」

 

 誰もが足を止めた。

その時間が必要だった。

モモイが彼女達に全てを説明するのには。

 

「でももう少し待ってよ。多分……ほら、来たよ」

 

あまりにも時間が足りなかったのだから。

 

「遅くなりました、モモイ……アリスが打ちましょうか?」

 

「いいよ、ありがとうアリス。私が打つよ、アリスは押さえてて」

 

 駆け寄ってきたアリスから渡された『アンプル』の先をモモイは端折り、注射器でその中身を吸い上げる。

 

「まあこうなるかなっていうのはさ、元々あったから」

 

 

 

───『もっしもーし!団長さんからお頼りを……』

 

───『へ?このメモ?……あー、ここで渡せって』

 

───『ってなにこの薬……あぁ、そういう』

 

 

 

「流石に今日だとはちょっと予想してなかったけど」

 

 しっかり押さえててとセイバーとアリスへと声をかけてからモモイはヒフミの左肩にそれを突き刺した。

 

 

 

「……ぁ……ぐ…ぅ……ぃぎ……ぃぃぃッ!?!」

 

 

 

ヒフミの身体が数度跳ねて、掠れた苦悶の声が響く。

それをアリス達がしっかりと押さえつけて数分。

ヒフミの顔色に血の気が戻り、穏やかな呼吸音となった。

 

「よし、これなら移動中も変な悪化とかはないかな?キャスター」

 

「うむ、此処に」

 

「悪いけど、暫く留守番お願いね」

 

「……そうか。気をつけよ」

 

 そう言ってモモイはヘリへと颯爽と乗り込んで呆気に取られるセイバー達へと声をかけた。

 

「それじゃあ行こうか」

 

 

 

───『なんでもお見通しってわけ、ね。やるじゃん、団長さん』

 

 

 

「トリニティの救護騎士団へ」

 

 その言葉に合わせて、才羽モモイ、白洲アズサ、天童アリス。

そしてセイバーに抱えられ未だ意識が戻らない阿慈谷ヒフミの五名は救護騎士団へと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見る。

 

『───ならば応えよう。この両手に握った、聖剣の重みを以てして』

 

夢を見る。

 

『貴様も俺と同じだろうが、赤き竜!』

 

夢を見る。

 

『アーサー王。貴方に人の心は分からない』

 

夢を見る。

 

『父よ。貴様の愛するすべてを俺は破壊しよう!』

 

夢を、見る。

 

『何故ですか、アーサー王。なぜ我らの村を───』

 

夢を見た。

 

 一人だけ、夕焼けの丘に立って彼は剣をつく。

膝をつくことなんて許されないから、立ち止まる事はこれまでの犠牲を無駄にするから。

何人も仲間を失って、奥さんに、お友達に、我が子にも裏切られて。

それでも彼は理想の国を目指して走り続ける。血に塗れ、泥でその身を汚して、けれど涙する時間は彼になくて。

ただただ走り続けた先にあったのは屍だらけのこの丘だった。

 

夢を見た。

また一人死んだ。

 

夢を見た。

駆けつけた時には異民族に村が滅ぼされて、大人も子どもをぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

夢を見た。

友と呼んだ仲間がまた一人逝ってしまった。

 

夢を見た。

裏切られて斬りつけられて、貫かれて、アーサーさんは血を流していた。

 

 なんの救いもなかった。

アーサー王物語を読んだ時はそれでもいつか蘇って諸人を救うのですと締め括られたけれど、彼の救いは少なくとも、その人生には何一つ私からは見えてこなくて。

ただただ昏い黄昏だけに傾く世界だった。

 

『私は……僕は……必ず、やり直しを……』

 

 だからアーサーさんは血塗られた過去の全てを否定しようとした。

聖杯にその願いを叶えてもらおうとした。

だってハッピーエンドなんて、どこにもなかったのだから。

 

 人々の笑顔に間違いなんてなかった、そう言って剣を引き抜いた彼に待っていた結末は真っ赤な血に染まるだけで。

だからセイバーさんはやり直しを願った。

それなのに。

私の記憶の中の彼はいつも朗らかな笑みを浮かべていて、聖杯戦争を止めようとしてくれました。

 

どうして───?

 

 何も得られなかった。

国は滅びた。

たくさんの努力は無に還った。

一生懸命頑張ったのに、なんにも残りはしなくて。

なのに彼は誰も恨まず、自分の不明を恥じてやり直しを求めた……そんな頑張り屋さんなのに。

どうして今は私と一緒に聖杯戦争を止めようとしてくれるんでしょう。

 

彼はどうして。

自分の願いを手放したんでしょうか───?

 

 

 

 

 

 

 起きてまず、血の香りに顔を顰めてしまいました。

喉の奥から競り上がるような鉄臭さと、万力でゆっくりと締め上げられているような頭痛。

肺にささくれでもあるように小さな痛みが違和感となって呼吸する事も嫌になって。

体を動かすのにも何日も寝ていたんじゃと思うぐらい鈍い反応が返ってくる。

その癖、骨の代わりに氷でも詰め込んだんじゃと思わせる悪寒はしっかりと私の芯から鋭利に響く。

お腹の中が火傷したみたいなじりじりとした痛みが走るたびに口の中に涎と吐き気が溜まっていく。

 

 風邪でも引いたのだろうか、なんてぼやけた考えが頭の片隅に転がりはしたけれどとても信じられなかった。

ただただ、鈍に刃物でゆっくり切りつけられるような感覚が延々と続いていく。

嗚呼怠いな、と起きあがろうと腕にいれた力を手放してそのまま横たわってしまいます。

 

「おはよう、ヒフミ」

 

暗闇の中で暫くその声の主を探してから、漸く自分が目を開けていない事に気づきました。

億劫になりながら目を開けると、光の強さに目が瞬く。

フラッシュが焚かれるように脳に真っ白な映像が二、三焼き付けられてからようやく外を認識した。

そこには彼がいた。

 

「……せい、ばー……さん……」

 

喉から出たのは乾き切った音でした。口の中がねばつくような、それでいてからからに水分を抜かれてしまったような音に、自分でも笑いそうになる。

 

「調子はどうだい?何か欲しい物はあるかな?」

 

彼は私の声に気にした様子もなく、手を横になっている私の頭の上の方へと動かす。

何をしているのかとぼんやり考えながら、その白すぎる室内にここが拠点ではない事に気づいた。

 

「……こ、こは……?」

 

「トリニティの病院だよ。君が倒れてからモモイが薬を打ってくれてね。容態が落ち着いたから急いでここまで連れてきたんだ」

 

トリニティの病院なのだという。

それを知って漸く、セイバーさんが私の頭上のあたりに手を伸ばしたのにも合点がいきました。

その予想通り、扉の開く音がして。

 

「ナースコール、ありがとうございます。セイバーさん」

 

「よろしく頼むよ、セリナ」

 

顔をゆっくり横に向けると、鷲見セリナちゃんがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

「容態の確認が出来ました。痛み止めの点滴を交換しておきましたのでもう暫く様子を。それから例のアンプルの使い方について、再度レクチャーは必要ですか?」

 

「いいや、大丈夫。無理をさせてしまってすまない」

 

「私は大丈夫です。団長から()()()()()()()をしてますから」

 

 セリナちゃんは暫くあちこちを見てから、口をゆすがしてくれたり、点滴を変えてくれたり。

そして注射を打ってくれました。

 

「わ……た、し……」

 

 そうすると長針の進みのようにゆっくりではあるけれど痛みが和らいでいくような気がします。

そのおかげもあってか霞んでいた思考も少しずつ元に戻っていく。

 

「突然のことですから、驚かれますよね……いいですか、ヒフミさん。貴女は昨晩倒れられたんです。過剰な魔力供給を原因とする()()()()を起こして」

 

 

 

『聖杯は聖杯戦争を継続して運営する為にマスターの肉体を通して魔力を供給しています。そして我々キヴォトスの地の人間にとってその行為は大きな負担になり、いずれは死に至ります』

 

 

 

「……ぁ」

 

 セリナちゃんの言葉で思い出すのは飛鳥馬さんの言葉。

遠くない未来、マスターである私はそれを発症すると伺ったばかりです。

まさかそれが聞いたその日に起きてしまうだなんて、とは思いもしませんでした。

 

 そして気になるのはもう一つ。

どうして、セリナちゃんの口から魔力に対する拒絶反応なんて言葉が飛び出したのか。

 

 

「せ……ぃ、なちゃん……ぁんで?」

 

「そのご説明についてはセイバーさんにお願いしています。少なくとも我々救護騎士団は()()()化にあってはどの陣営にも組せず中立の立場。病める方の為にある……そう、信じて下さい」

 

 セリナちゃんの言葉で胸がほっとする。

少なくともセイバーさんに彼女がどうして魔力だなんてキヴォトスに存在しない物を知っているのかの理由を伝えてくださっていること。

何より信じてとお友達に言われたのです。

疑うつもりなんてこれっぽっちもありません。

 

「……あぃ……ぁとう、ございます……ぇぃぁちゃん」

 

 だから今は治療のお礼を。

そう思って口を開いたのに出てくるのはあまりにも不鮮明で、言った本人の私が驚いてしまいます。

かさついた唇も粘つく口内も、喋るという機能を忘れてしまったように働いてくれません。

 

「……ゆっくりで大丈夫です。直に痛み止めが効いてきます。それまで無理をなさらないで下さい、ヒフミさん」

 

 そんな私を見下ろしながら下唇を噛んでいたセリナちゃんはゆっくりと安心させるように微笑みながらそう言う。

 

 

「……ぁの、みな、さん……は……?」

 

 少し落ち着いて、身体にもようやく力が入ってきた。

乱れる呼吸を何度も深呼吸で押し潰しながら、やっとの思いで言葉を口から吐く。

体を起こして、彼らの方を向きながら私はこの場にいないみんなの事を尋ねる。

 

「モモイとアリス、それからアズサは別室で休んでもらってるよ。拠点に残っている子達はミドリとユズ、それからコハルはユウカから荷物を受け取ったりして動いてくれている……ハナコは自室で休んでいるそうだ」

 

「そう、ですか……」

 

それを聞いて思い出すのは昨晩のこと。

 

 

 

───『事実を()()()()()といったところですか』

 

───『……っ』

 

───『ちが……っ、私……は……ひふみちゃんに……』

 

 

 

 トキさんの言葉を聞いて、砂のお城が崩れてしまうように動揺していた彼女のことを。

 

「(ハナコちゃん……ごめんなさい……)」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

きっと、ハナコちゃんはこうなるかもしれないって知ってたんでしょう。

ずっと言えないまま、一人で抱え込んで。

でも私は結局彼女になんのフォローも出来ないままでした。

帰り道も色々考え込んでしまったのは間違いなく迂闊という他ありません。

結果としてセイバーさんが言うには自室で一人休んでいる。

()()()()()()()

 

「……セイバーさん、私はこれで」

 

「忙しいところすまなかったね、セリナ」

 

「いいえ、これが私達の仕事ですから。それに……ミネ団長に託されてますからね」

 

 病室を出ていこうとするセリナちゃんの言葉にようやく動き出した頭の中で疑問がぽつりと浮かんで、考え事に耽ってしまっていたのもあってでしょう。

本当につい、私の口は彼女の名前を。

 

「ぁの……ミネ団長、は?」

 

 いつもだったらきっとこの場にいてくれるはずのお友達がいないのが気になって彼女の名前を口にしました。

 

「……団長は」

 

そう私が言うと、扉に手を掛けていた彼女は少しの間動きを止めてから。

 

()()()()()()()()()3()()()()()()()()()()は今現在、休学されています。どこに行かれたのかは……少なくとも学生課やティーパーティ、そして救護騎士団()()お話になられませんでした」

 

彼女はそれだけと言って病室の外へと出ていってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 セリナちゃんが部屋を出てしばらく、私はセイバーさんと何を喋るわけでも黙って天井を眺め続けていました。

静かな空気と昇り始めた陽射しだけが病室を見守っていてくれます。

無言の時間が嫌というわけじゃありません。

ペロロ様の書籍をアズサちゃんと読む時だって二人で無言になったりもします。

ただ、今の無言は。

 

「(わかんない、です……)」

 

 何を話せばいいのか。

何をすればいいのか。

何を考えればいいのか。

まるで分からないでいるから。

 

 

 

『その()()()()()()()()()()()とは何をどういう風な解決を以って定義するのでしょうか?』

 

 

 

 

 一人でも傷つく人が減ればいいと思ったんです。

誰かの大切な人が痛い思いをして、それを見た人が苦しむなんて事にならないで欲しかったんです。

私の大切なお友達よ誰かが人殺しになるなんて、そんなの絶対止めなきゃって思ったんです。

折角出会えたセイバーさん達とこのままずっと仲良く暮らしていけたらって。

そんな風に雲みたいに柔らかなハッピーエンドになればいいって。

だから、ただ戦いを止めればハッピーエンドになると思ってこれまでたくさん調べたり戦ってきた。

 

 

 

『一体貴女は何を以って、どんな風にして、ハッピーエンドだと定義しているのですか?』

 

 

 

 分からない。

分からないんです。

ハッピーエンドってなんでしたっけ。

みんなが笑って終われる幸せな結末ってこの聖杯戦争でどういう風な形になれば、そう言えるんでしたっけ。

分かりません。

その方法も、その過程も、その着陸地点も。

何も、何も私の中では決まってくれません。

 

「(けど……もう、時間が……)」

 

 でも、身体の痛みが落ち着くのと同じタイミングで心の中で焦りだけが鎌首をもたげ始めます。

だって時間は待ってくれないのですから。

 

「セイバーさん……今日は、どうしましょうか?」

 

 どうしよう、だなんて自分で言っていて笑ってしまいそうになります。

痛み、どうやら日に三回鎮痛剤を打てば『夜まで』動き回るのはできます。

口だってようやくちゃんと喋れるよう働き始めました。

 

「(急がなきゃ……)」

 

 昨日でヒナさんから聞いた話もありますからゲヘナに行くのもトリニティにいるのなら自治区境界線にある地下通路を調べるのも出来ます。

折角トリニティにいるんです。

マリーちゃんの行方を調べるのだっていいかもしれません。

もういっそのこと、場所が分かっているからヘルタースケルターさん達を連れてアーチャー陣営のところに行くのありでしょうか。

 

「(急がないと……急がないといけないんです……!)」

 

 昨日の話じゃまだ分からなかった。

色んな情報がいっぺんに来て頭の中で整理が出来ていませんでした。

 

だけど今なら。

このまま聖杯戦争があと六日のうちに決着がつかなければ。

 

「(終わらせなきゃ……動かなきゃ……!)」

 

自分が『死ぬ』という事実が。

友達も『同じように』苦しんでいる事実が。

 

「(モモイちゃんも、アルさんもマリーちゃんも、ミノリ先輩も黒服さんも……飛鳥馬さんも……!)」

 

 誰も彼もが死んでしまうのだと。

まざまざと理解させられます。

だから、焦って。

だけど、そんな風に動いて。

 

 

 

───じゃあ、私に一体何ができるんでしょうか?

 

 

 

 トキさんは私の言うハッピーエンドを目指すという目的は、具体的にどういう事かと尋ねられました。

私はそれに何も答えられませんでした。

誰にも傷ついてほしくない、悲しい思いをしてほしくない。

だから戦おうって決めたのに、誰かを犠牲にして終わらせないと聖杯戦争はいつまでも解決しない。

それどころかあと六日で決着をつけないと私達は死んでしまう。

ならハッピーエンドって、一体どんな結末に辿り着けばそんな風に言えるんでしょうか?

 

「そうだね、ならヒフミ」

 

「……はい」

 

 いいえ、考えたって仕方ないんです。

とにかく今は動かないと。

胸の奥をやすりで削られて棒で叩かれるように焦燥感がずっと木霊している。

時間がない。

急がないと。

そうやって耳元で誰かが囁いている気分になる。

 

 だから今はとにかくセイバーさん(サーヴァント)の指示を聞いて。

考えが何にも浮かばない痴れる頭なんてどこかに放り投げて。

とにかくなんでもいいから、誰も()()()()()に動かないと───。

 

 

 

「僕は、少し休んでみてもいいんじゃないかと思うよ」

 

 

 

 風は思ったよりもずっと優しく吹いてくれました。

悩んでぐるぐると答えの出ない思考の迷路をあてもなく歩く私の耳に、セイバーさんの言葉が飛び込んできます。

 

「え……いえ。休んでる暇なんて私に「ヒフミ」……はい、セイバー、さん……」

 

はっとして顔を上げて彼を見ると、セイバーさんは穏やかな表情で私を見つめていました。

 

「一度立ち止まってしっかり考えてみる。残る時間は確かに短いと焦る気持ちは分かるけど……だからといって何も決めないまま動いてもきっといい結果は得られない」

 

そっと彼は私の右手を、その両手で包みながら続けた。

 

「僕は君の『誰かに傷ついてほしくない』っていう想いを聞いて、だから君と共に戦う事を決めた。そしてそれは君の周りにいる子達もそうだ」

 

「みん、な……も……」

 

「そう、皆もだ。君が目指すハッピーエンド、その想いに惹かれてここにいる」

 

「だけど……トキさんは……」

 

 そう言われたってハッピーエンドなんてどこにもないようにしか感じないんです。

セイバーさんからの視線に耐えかねて視線を逸らして俯きたい気持ちで一杯になります。

けれど彼はそれを許してくれない。

 

 

 

「それなら皆で話せばいい……アーサー王の円卓、その意味を知っているかい?」

 

 

 

 古書館で見つけたアーサー王物語の中に登場した不思議な机。

そしてセイバーさんと共に駆け抜けた13人の騎士を指す言葉。

 

「それは……えと」

 

とても大事なその意味は。

 

「あの円卓はね、王も騎士も、立場は違えど皆が同じ視線で同じ卓に就いて意見を交わし合う為の物なんだ……最後、その役目は果たせないまま僕の物語は終わりを迎えてしまったけどね」

 

「それは……」

 

 誰もが同じ目線で、みんなで目と目を合わせてお話しする為に。

だから丸い円卓なのだという。

 

 

 

「けれど君達は違う、まだ『終わりを迎えていない』」

「今からでも話し合える、考えられる」

「一人では無理でも、君がこれまで関わってきた友たちと話せばきっとハッピーエンドの道筋を描ける。僕はそう信じているよ」

 

 

 

 これまで、関わってきた人。

聖杯戦争が始まってから私のお友達はたくさん増えました。

たくさんの人がこれまで力になってくれています。

仲間となってくれた人だっています。

いつも相談に応えてくれた人もいます。

 

「誰かと話せば見えなくなっている大切な物だって。君なら、君達なら」

 

 

 

───きっと見つけられる。

 

 

 

 背中を押すようにそう言う彼に、私が答えられるのはそれでも弱音だけでした。

 

「どうしたら、いいんでしょうか」

 

何も決められない。

決められる筈がないんです。

あんなにこうしよう、ああしようと考えてこれまで考えて動いてきたのに。

たった一つです。

 

ハッピーエンドって実際にどうすればいいのか問われて。

 

ただそれだけで自分の足元にあった頑丈な床が全部なくなってしまった気がするんです。

何より自分が死ぬというのが俄かに現実味を帯びてきて、急に何も分からなくなりました。

 

「誰かと相談したりはしないのかい?」

 

 ハナコちゃんだって部屋に閉じこもってる。

モモイちゃんだって何時こうなるかわからない。

 

「話したい、です……でも私、ハッピーエンドのことなんにも……」

 

なんにも、分かりません。

だってサーヴァントを倒さなきゃ、『殺さなきゃ』、自分が、他のマスターの子が死んでしまう。

そうなったらもうハッピーエンドなんて呼べなくて、でもそうしなくちゃいけなくて。だけど時間は待ってくれません。

 

「話したい、か。それなら」

 

ハッピーエンドの道筋なんて、一体どんな風に話してどんな風に描いていけば───。

 

「僕も連絡した甲斐があったかな?」

 

セイバーさんの言葉を合図に、待ってましたと言わんばかりに力強く病室の扉が開け放たれた。

 

 

 

 

 

 

そこで私達の出番ってわけだね!

 

 

 

 

 

「ゲーム開発部!作戦会議のお時間です!」

 

「うん。改めて初心に立ち返るのは大切だ」

 

開け放たれた扉からモモイちゃんが、アリスちゃんが、アズサちゃんが。

 

「これまでバタバタしてましたから、改めてゆっくり向き合う時間、必要な気がします」

 

「はぁ……結局着いて来ちゃった。まぁいっか、ヒフミの顔見れたし。少し顔色良くなったみたいでよかったわ、ヒフミ」

 

「ぉ、おじゃまします……ちょ、調子はどう?」

 

「ほら!いつまでいじけてんの!早く入るわよ!」

 

「でも私……やっ「い、い、か、ら!」……はい」

 

 ミレニアムに、廃墟にある拠点にいる筈のミドリちゃんもユウカさんもユズちゃんもコハルちゃんもハナコちゃんも、ヘル助さん達とは違う見覚えのないロボットを引き連れて。

 

「みなさん、なんで……?」

 

「そんなの決まってるでしょ!私達は同盟組んでる仲間なんだから!……仲間が、ううん、友達が。

 

 

 

 

 

 

悩んで困ってるっていうならみんなで考えるの!

 

 

 

 

 

 

 

コハルちゃんが胸を張って一歩前に立つ。それに並んでアズサちゃんも微笑みかけてくれる。

 

「コハルの言うとおりだ。一人じゃ分からなくても皆でやればきっと上手くいく……それを補習授業部で教えてくれたのはヒフミだよ」

 

アズサちゃんがそっと手を取ってくれて。

 

「今はこんなに仲間がいる。きっとヒフミが思い描く……ううん、これから私達みんなで思い描いていくハッピーエンドだって見つけられる」

 

 柔らかく笑う彼女を見て思い出す。

 

「(ばかだな、わたし……)」

 

 そうだ、私は何か勘違いしてたいました。

 

「(いっぱいいっぱいになって、全部自分一人で背負い込んだ気になって……)」

 

私は普通の学生で、一人じゃなんにもできない。

だけど皆でなら。

みんなと一緒なら、こんな私でもどんな事でも乗り越えられる。

だから私はみんなと一緒を選んだんです。

だからこれまでも、どんなことでも乗り越えてきたんです。

 

「だから一緒に考えよう。大丈夫」

 

そしてそれは、今度もきっと。

 

 

 

「───私達ならきっと辿り着けるから」

 

 

 

彼女の言葉と掌の温かさに私は。

 

「……はいっ」

 

ぽたりと頬を伝う物も気にせずうなずいていました。

 

 





新年明けましておめでとうございます。
いつも読んでくださる皆様におかれましては、新春を清々しい気持ちでお迎えのこととお慶び申し上げます。
昨年中は多くのお力添えいただき誠にありがとうございました。
本年も日々の投稿と創作活動に誠心誠意励んでいく所存です。
何卒、よろしくお願い申し上げます。

というわけで!
改めてあけおめじゃんね☆
1じゃんね☆
今年はのっけから吐血シーンからスタートじゃんね☆
1はヒフミちゃんが大好きじゃんね☆

とはいえ!
いつまでもここでウジウジしないのもヒフミちゃん!
だってお友達が周りにいるしぼけっとしてても無駄死にするだけ……一人で背負うのじゃなくて友達と一緒に周りを見て走りつつ自分の願いをちゃんと研磨していく時間じゃんね☆

ちなみに一人うじうじしてる子については次回とかでなんとかしていくじゃんね☆

ではまた短いけど次回に!……じゃんね☆

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