阿慈谷ヒフミは聖杯戦争に参加するようです   作:1じゃんね☆

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Hyacinthus orientalis.
冷涼な気候を好み、春先に香りのよい花を咲かせる多年草。
その香りと花の美しさから多くの人々に愛されてきた。
花言葉はゲーム、控えめな幸せ、悲しみを越えた先の愛。

そして───変わらぬ愛情。



共鳴響いて正しさへ

 

───“大丈夫、もう怖くないよ”

 

 正しい事とはなんだろう。

正義を実現するとは一体どんな事なんだろう。

私の世界は思いの外、きらきらしている。

眩しいぐらいの憧れが瞬いている。

もったいないぐらいに優しさが溢れている。

 

 一歩踏み出すのはいつだって怖い。

私は苦手な物だらけだから。

勉強も身体を動かすのだって、人と関わることだって。

どういうわけか、いつだって空回りしてしまう。

上手にやり切ったことだってあんまりない。

 

───“……どこも行かないよ”

 

 それでも、私はエリートだ。

正しいことが何かなんてまだ分からない。

正義を実現しようとしたっていつも上手くなんかいってくれない。

いつだって誰か手伝ってくれなきゃ一人じゃ何もできない。

 

 それでも私は正義実現委員会のエリートで。

 

───“コハルちゃ〜ん、こっちです!”

 

 私は補習授業部の部員。

だから。

 

正しい事が何かなんて説明できないけど。

正義を実現する方法なんてまだまだ分からないけど。

自分一人でなんでも出来るようになりたいと思ってもまだまだ上手くなんかいかないけど。

それでも私は───。

 

 

 

 

 

 第七のマスター飛鳥馬トキとの会談を終えて拠点に戻ってきた阿慈谷ヒフミが倒れてから一晩明けて。

いつもより閑散とする同盟陣営の拠点。

 

「うぅぅぅ……」

 

 早朝、談話室。

食堂とレクリエーションルームを兼ねるようにとキャスターとエンジニア部の手で用意された第三エリアに存在する空間。

いつもなら誰かが必ずいて話しかけてくれるその場所で一人、下江コハルはうなり声をあげていた。

 

「どうしよう……」

 

 つい先ほどのことだ。

昨夜トリニティへと緊急搬送されたヒフミに付き添ったセイバーから連絡が拠点で待機するメンバーへと連絡があった。

 

ヒフミの容態が安定し、意識レベルが安定した。

だから見舞いに来てはくれないか、と。

 

 紛れもない朗報。

その連絡を受けてコハルも含め、ミレニアムにいた人員の安堵と喜びようは大きかった。

その反応は至極当然と言うべきだろう。

 

 友が倒れた。

目の前で吐血して、どんどんと体温が失われて白い肌から生の活力を目に見えて喪っていく友の姿。

友達が一歩ずつ死に向かっていく。

それをあの場にいた誰もがその目で見ていた。

コハルにとってもそれは心が凍りつくような光景。

アズサが苦しむ声とヒフミの悲鳴を電話越しに聞いた聖杯戦争の始まりの夜を思い出す物だった。

 

 このキヴォトスに住まう生徒の身体はサーヴァント達の知る現生人類より遥かに頑強だ。

少なくとも下江コハルは大怪我を負ったという話は聞いても、外傷から死に至った、ましてや真っ黒な血を吐いて痛みに呻きながら踠き徐々にその体温を下げていく。

そんは死に様を見た事は一度たりともなかった。

 

 もし仮にシャーレの先生がその事実を知れば専門機関と協力して子どもたちの心のケアを選ぶ、そんな情景を目の当たりにしてしまっていた。

聖杯戦争なのだと、自分達の友が命を賭する殺し合いをしているのだと、理解させるには十分なそれを見て、誰もが一睡もしないまま朝を迎える事になった。

 

 だからこそ、調子が安定したと聞いた時の喜びようと言えば拠点を震わせるほどだった。

ただただ大切な友達が生きていてくれたことに心底安堵して、だからすぐさまトリニティへ出立する準備を整えていた。

 

 そう。

たった一人、その知らせを聞いても部屋に籠ったままである少女を除いて。

 

「(ハナコ……)」

 

 記憶にも新しい昨晩の出来事の後。

一言も喋らぬまま、否。

誰が声をかけても喋れぬまま茫然自失といった様子で拠点の内へとおぼつかない足取りで戻った少女。

 

 浦和ハナコは一人、今も自室に籠っていた。

無論、朝食の時間にも姿を現していない。

 

「(私、気づいてたのに……)」

 

 ヘリのタラップから縺れるようにして降りてきたその瞬間からコハルは違和感を感じていた。

 

 

 

───おかえり!ハナコ!……その、どうだった?

 

───……えぇ。有意義なお話を。ただ少し気疲れしてしまって……

 

───あ……そっ、そうよね!疲れたわよね!仕方ないわよ!おっ、おつかれさま!

 

 

 変だ、と。

たった一言、ほんの少しの会話でそれは確信に変わった。

自分達と話す時とは全く違う、貼りつけたような笑みを浮かべる友人の姿がまるで遠くにいるようにすらコハルは感じていた。

言葉が()()()()()と。

ハナコの様子が飛鳥馬トキとの話し合いから戻ってきた直後から、ヒフミが倒れるより前からずっとおかしかった事にコハルは出迎えた誰よりも早く気づいたのだ。

 

 だからヘリから降りてきた彼女へと駆け寄った後も、ずっとコハルは声をかけ続けて。

だけれど彼女は疲れたと言った後にはなんの返事もなく、青い顔をしてその心のように唇を噤んでしまっていた。

 

 何があったのか、どんな話をしたのか。

それは結局まだ情報の共有をコハルにはされていない。

あんな事があったから仕方ないと自分に言い聞かせて納得しても、ハナコの様子もあって不安だけはしっかりとコハルの心の中にしこりとなって残っていた。

 

「(なんにも話してくれなかったら……私、どうしたらいいんだろ……)」

 

 あの後ヒフミ達がヘリに乗ってトリニティに向かったのを見送ってから、ハナコは自室へと足早に去った。

そんな彼女へ、事情が何一つ分からない中で何を話せばいいかだなんて、気の利いた事を下江コハルは話せない。

 

 元来、下江コハルという少女はそういう性質(たち)なのだ。

こと対人関係に関しては、ヒフミのように社交的でもなければ、アズサのような実直さと物怖じしない強さもない。

ましてやハナコのように際立った観察力も明哲な思考回路も持ち合わせていない。

どこまで普通の、少しばかり人と関わるのと勉強が苦手な少女。

それがコハルだった。

 

 だから結局、コハルはハナコ達に何があったのかは知らないままでいる。

一夜が明けても、コハルは親友の顔を見ていない。

彼女が今どんな思いで一人部屋にいるのかもわからない。

 

 その寂しさと不安にもうすぐ拠点を発つというのにずっとコハルはソファに座って自分の握り拳を見つめながら頭を悩ませていた。

このままあと一時間もすればコハルはこの場を発ってトリニティへと向かう。

それに行きたくないだなんて思う気持ちはコハルの中には一切ない。

 

 当たり前だ。

コハルにとってヒフミは大切な親友なのだ。

一つ年上だというのにどこか小動物のようで、のんびりしていて、そうでありながら自分の好きな物の為なら手段を選ばずに一直線。

いっそ気持ち良さすら感じるその在り方でいる彼女と一夏の時間、補習授業部が結成されたあの日から友情を育んできた。

一緒にいる事が楽しくて、幸せで、自分を取り繕う必要がない。

ごく普通で、だからこそ大事な友達。

そんなヒフミが倒れて、やっと目を覚ましてくれた。

もしも救護騎士団から頼まれなくかったとしても、たとえ誰かから反対されたとしてもコハルは見舞いに行くだろう。

 

「(でも……)」

 

 それはきっと他の生徒達もそうだろう。

心配して周りから見ても明らかに精神的に参り始めていたコハルは勿論。

ミドリやユズ、更にはこの後物資を届けに来るのに併せて合流するユウカもセミナーを代表して一緒にトリニティへ向かうと言っていた。

この場に残るのはヒフミ達が戻ってきた時に拠点の整備を少しでも進めて、僅かでも安全性を充実させたいと申し出たウタハ達エンジニア部。

 

 そして一人自室にいるハナコだけなのだ。

コハルの心に言葉にし難いモヤモヤとした何かが影を落とす。

いいのか、と。

それが()()()のかと。

コハルははっきりとどうしたいのか、()()()()()()()()分からないでいる。

だから出発まであと残りわずかとなった今もまだ、一人唸りながら深く思考の海へと潜っていく。

───自分が今しなくてはいけないのは何か、と。

 

 

 

「ハナコさんのこと?」

 

 

 

「うにぃっ!?」

 

 だからだろう。

ひょっこりと肩口から顔を見せたミドリに声をかけられて、思わずといった風にコハルは可笑しな声をあげた。

それにそんなに大きな声だったかなと小首を傾げつつもあまりミドリは気にしなかった。

目の前の子リスのような友人の言動が中々にファンキーなのにもすっかり慣れてきたからだ。

 

だから特にコハルの奇声に反応を見せないで、ソファの後ろから声をかけたミドリはそのままエプロンを脱いでコハルのすぐ隣へと座った。

最近できたばかりの友人は意外と距離感が近いなと、関係ない考えがコハルの頭の中にふわりと湧く。

けれどそれはすぐにミドリからの問いかけを思い出して、霧散する。

 

「……うん」

 

 ハナコの事を気にしているのだろう、という言葉にコハルは困ったように唇を尖らせてから頷いた。

小さな、自信のない揺れる声。

それに返ってきた声は

 

「だよね。青い顔して帰ってきてそのまま引き篭もっちゃったし」

 

「心配、だね……」

 

「にゃっ!?」

 

 ぽすりと音を立ててコハルの左隣が相槌と共に埋まる。慌ててコハルが横を見ればそこにはもう一人、この聖杯戦争で知り合って新しく出来た友達の姿があった。

 

「(なななななに!?はっ、挟まれた!?二人とも急にどうしたってわけ!?)」

 

 別にどうこうするわけもない。

が、ミドリとユズに両隣を挟まれて思わずと、コハルは赤面する。

下江コハルという『幼い』質であった。

見栄を張るところもあるし、とりわけ他者とのコミュニケーションを不得手とし心を開く事を苦手とする。

その活動的な仕草に反して繊細な部分が多く、そんな彼女だからか友人関係となって日の浅い隣座る少二人の距離に何となしにもどぎまぎしてしまう。

もっとも、二人はそんなコハルの胸中など知る由もなく、ミドリはエプロンを膝の上で畳みながら話し始めた。

 

「ヒフミちゃん、の事もすごいショックだったけど……だけどハナコちゃん、その前からなんか変だったもんね」

 

 ミドリの気づきにコハルもずれ始めた思考をかぶりを振って戻す。

ミドリの言うその前とはつまり、ヒフミが倒れるより前からハナコの様子はおかしかったのだという話。

自分以外にも様子がおかしいのに気づいている人がいた、自分は間違えてなかったと安堵しつつコハルはミドリの言葉を吟味する。

 

 今ハナコが塞ぎ込んでしまっている()()

確かにヒフミが倒れた事は間違いなくハナコの心にに小さくない衝撃を与えただろう。

それはここにいる誰もが同じ。

だが、そうなる前から様子がおかしかった以上。

 

「(やっぱり、()()()())」

 

 原因となったのは()()にあると、コハルは考えていた。

 

「……うん。飛鳥馬さん、って人と、何かあったのかなって……」

 

 何を話したのか。

そこで何を知ったのか。

出発前の話し合いでヒフミはトキの願いを聞いてくると息巻くように気負っている風だった。

その話し合いの中で何か、きっと。

自分には想像もつかないような苦しい物を知ったのではないかと、コハルは考えていた。

だからミドリにその考えを打ち明けた時も、その表情はあまりに暗くて。

 

「トキさんから聞いた話がショッキングだったとか?やっぱりそういう感じなのかなぁ」

 

 だから、ミドリの言葉は思ったより軽い物だったのに肩透かしすら覚えてしまった。

思わず、コハルは彼女の顔を見た。

 

 ハナコが気落ちして塞ぎ込む、その事実に実際のところコハルも不安を覚えていた。

浦和ハナコは下江コハルにとって掛け替えのない親友であると共に頼りになる先輩でもあった。

自分よりずっと賢い女性だと、コハルは口に出さずとも理解している。

いつも揶揄ってくるけれど、自分のことを大切な友達だと思ってくれているのもなんとなく理解しているし、信じている。

そして馬鹿みたいな話ばかりしてふざけている癖に、自分達が窮地に陥った時に必ず手を差し伸べて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()強くて頼もしい親友だと。

 

 そんな彼女が自室に籠って伏せたしまった。

彼女の心がその重さに耐えかねず悲鳴をあげた。

自分では計り知れないその事実なんて、想像するのも恐ろしいと。

 

 だからこそ不思議だった。

ミドリは何故、そんなにも穏やかなのだろうと。

現実が見えていないわけがない。

心配していないわけがない。

短くとも濃い付き合いの中でそれぞれの為人だって理解し合ってきた。

ミドリだって自分の考えている事ぐらい容易に想像出来ているだろうとコハルは思っている。

何よりミドリの姉は聖杯戦争の当事者であるマスターなのだ。

同じマスターのヒフミが倒れて、話し合いに向かったハナコも引きこもってしまった現状。

 

 不安で仕方がない自分と違って風に吹かれる花のように強く凛とする彼女は、どうしてそう在れるのかとコハルは不思議で仕方がなかった。

そして、そんな風に考えるコハルの視線に気づいて、ミドリは少しだけ微笑んだ。

 

「私もね、実はすごく心配。トキさんの話の内容はきっとヒフミちゃんやお姉ちゃんに……聖杯戦争のマスターに関わることなんじゃないかなぁって思うし」

 

 昨日のヒフミちゃんのこともあるしね、とミドリは目を伏せて言う。

コハルの考えている通り、ミドリだって気づいていないわけがない。

マスターに関係しているかもしれない話、それを聞いてハナコが塞ぎ込んだ。

ならばそれは、()()()()()()()()なのだという事をなんとなくミドリだって察している。

その話し合いをした相手である飛鳥馬トキだって、コハル達にとっての伊落マリーのように、ミドリ達にとっては友人なのだ。

 

 何より才羽モモイはマスターで、ミドリのたった一人の姉。

 

家族に()()()()()()最悪の事態が起こるかもしれない。

 

 そう考えているのだというミドリに、その想いを聞いてなおのことコハルは疑問を口にする。

 

「だったら……!」

 

 コハルの声は決して大きくはない。

けれど、その片方だけ外気に触れている細い肩を揺さぶるぐらい、力強さが込められていた。

震えるようにコハルは言うのだ。

だったらどうしてと。

責めるのではない。

怒るのでもない。

ただただ、疑問を込めて。

 

 その様子にミドリは嬉しさすら覚えた。

出来たばかりのこの他校の友人が言葉に乗せているのは溢れんばかりの心配と不安で。

そしてその中には『家族を心配するミドリ』への心配も含まれているのをしっかりと感じたから。

 

「うん。お姉ちゃんに何かあったらって思うとお腹がきゅぅってなるよ。痛いぐらい、吐きそうになる」

 

 そっと、ミドリは下腹部を撫でる。

思い出すのは最初の夜。

突然姉の自室に現れた 機械の巨人(キャスター)との出会いから始まった聖杯戦争。

 

 あれからもう一週間以上が経つ。

その中で聖杯戦争に姉が巻き込まれたのを彼女はずっと隣で見てきた。

日を追うごとに、聖杯戦争について調べていくごとに、初めはまた面倒ごとに巻き込まれた程度にしか考えていなかった認識が変わっていく。

自分達が、そして大切な姉が殺し合いに参加しているのだという事実を毎日少しずつ突きつけられて不安を覚える日々。

 

 一緒に戦うことのできない自分を恨めしく思う事を、誰かを殺して願いを勝ち取るというゲームに姉が当事者となってしまった事に、そしてもしかすると姉が誰かに『殺されてしまうかもしれない』可能性に、才羽ミドリはずっと怯えてきた。

 

「もしお姉ちゃんが……って思ったら不安でしょうがない。だけど」

 

 それでもと、ミドリは笑う。

どことなく諦めたように、仕方ないなと母のように微笑んでみせる。

不仲な時間は確かにあった。

けどそれも共通の趣味を通していつしか蟠りは溶けていった。

毎日を手を取り合って過ごすように、仲の良い姉妹になることができた。

そんなたった一人の愛する姉で、大事な彼女とこれまで一緒に暮らしてきて。

 

 

 

───だから、才羽ミドリはもう()()()()()

 

 

 

「廃部騒動の時だって、アリスちゃんの時だってお姉ちゃんは私達を引っ張ってハッピーエンドに連れていってくれた。今度だってきっと大丈夫」

 

 才羽ミドリはあの日のことを覚えている。

才羽ミドリはあの結末を決して忘れることはない。

天童アリスという仲間を失ってしまうかもしれないと途方に暮れたあの時。

才羽モモイはその行動力で悩んで立ち止まっていたミドリ達の悩みごと吹き飛ばしてしまった。

 

 普段はそそっかしくて騒がしくて、片付けだって苦手でシナリオもはちゃめちゃだけれど。

どんな時でも前を向いて、自分達に差し出してくれる()()で手を繋いで引っ張ってくれる。

そんな姉のことが、決して口にはしないけれどミドリの確かな自慢で小さな誇りだった。

 

「私はお姉ちゃんを……ううん、お姉ちゃんだけじゃない」

 

 才羽ミドリは確かに不安だ。

それは今も変わらない。

許されるなら姉や友達を連れて今すぐシャーレへと駆け込みたい衝動にだって突き動かされそうになる。

 

 

 

「お姉ちゃんが一緒に戦うって決めたキャスターのおじ様やヒフミさん、コハルちゃん達みんなのことを───信じるよ

 

 

 

 それでも姉を信じて、そして姉が連れて帰ってきた新しい仲間を見て、その度にまた信じることが出来た。

新しい仲間がいれば、この友達がいれば大丈夫だと信じて、安心した。

だからその気持ちが伝わるように彼女は優しい笑みを浮かべてから。

 

「だから私は、大丈夫だって思えるんだ」

 

コハルにそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コハルちゃん……あのね、私、思うんだ」

 

 ミドリの話を聞き終えて、今度はコハルの左耳にゆっくりと言葉が流れ始める。

そちらをコハルが見ると、もじもじと恥ずかしげに身体を揺らしながらユズが口を開いていた。

 

「ハナコちゃんはきっと……すごく、不安なんだと思う」

 

 一つひとつ、言葉を吟味してユズは話す。

真剣に、丁寧に、理解してもらえるよう努力して。

自分の考えをコハルに聞いてもらえるように、二人の友達の事を思って彼女は口を動かす。

 

「私は……そんなに人とお喋りするのも得意じゃないし、ミドリ達やコハルちゃん達以外に友達だって言える人も……そんなにいないの」

 

 ひどくゆっくりとして話し振りだ。

途切れ途切れで辿々しい。

これからトリニティに向かう以上、あまり余裕はこの三人にはない。

こんな風に話をしているうちに送迎を買って出てくれた早瀬ユウカが、昨晩頼んだ物資と共に迎えのヘリを寄こす時間になるかもしれない。

それでもコハルは何も言わないで、じっとユズの言葉に耳を傾ける。

聞きたいと思ったのだ。

聞かなくてはいけないと感じたのだ。

まだ出来たばかりの、でも大切な友達が一生懸命に自分に伝えようとしてくれている言葉を。

 

「何に悩んでるのか、どんな事に怖がってるのかりそれは私には分からない……けど……だけど、一人でいたい時って……私はそうだった」

 

 それは花岡ユズが今のユズになる前の話。

彼女は一時期、学生寮に戻れず部室に籠る生活をしていた。

自分が手掛けた作品を発表するという大舞台での出来事がきっかけだった。

元より自分を出すのが得意なわけではない彼女がらそれでもと勇気を出した結果に待っていた残酷な解答。

心ない言葉に傷つけられて塞ぎ込んでいた日々があったのだ。

 

 花岡ユズは決して強い少女ではない。

穏やかで物静かでゲームが好きなただの、どこにでもいる普通の、そして少しばかり生きるのが不器用なミレニアムの生徒だ。

ある意味でそれはコハルにも似ているのかもしれない。

モモイのような真っ直ぐさも、ミドリのような円滑なコミュニケーション能力も、アリスのような誰からも愛される天真爛漫さも持ち合わせていない。

だから、挫折の経験もそれに心がへし折れて歩けなくなった経験も、数えきれないほどある。

そして心の底からどうにもならないと蹲って泣いた時間もあった。

 

「周りの音が目が、全部怖くて、不安で……周囲全部が真っ暗に見えて……ずっと誰にも会わないで起きてしまった、知ってしまった事実から目を背けていたいって」

 

 逃げ出した日々があったのだというユズの独白をコハルは聞く。

その日々がどれほどの物だったか、どれだけの痛みがあったか。

そして今、そんな痛みと弱さを話そうとしてくれた()()()を。

コハルは友が語る言葉の中で、静かに辿っていく。

 

 

 

「だけどそんな私の手を引いてくれた人達がいた」

 

 

 

 深呼吸一つ。

一拍置いて、花岡ユズは言う。

頭の中であの日のことを描きながら。

 

───貴女がUZQueen?

 

真っ暗な部室の扉を開け放ったあの騒がしくも力強い声を。

ゲーム開発部が始まったあの日を思い出しながら。

 

「こんな私と一緒にいたい、すごいゲームを作ろうって声をかけてくれた人がいた」

 

 それは花岡ユズのかけがえのない宝物。

ただ一度だと思ってしまったほどの奇跡で、そこから始まった新しくて当たり前になってくれた日常

 

「だから私は、あの一人ぼっちの暗闇から今ここにいられて……だから私はコハルちゃんともお友達になれたんだ」

 

 ユズにとってその日常はまた少しずつ形を変えていった。

初めにアリスが部員となった。

そこから他の部活やセミナーとも関わるようになった。

気づけばゲヘナやSRTの知り合いも出来て。

そして今は異世界の英雄に他校の友人まで出来たのだと、ユズははにかんだ。

 

「声をかけてあげて、コハルちゃん。ハナコちゃんはきっと今、真っ黒な場所で蹲ってる。どんな事情があったかなんて何も分からないけど……それでもきっと苦しんでる」

 

 暗い部屋でひとりぼっちで()()()気持ちをユズは知っている。

誰にも会いたくない、会えない時間を必要とする気持ちも知っている。

そしてそれがどれだけ寂しくて苦しいのかも、今のユズは知っている。

 

 

 

声をかけて、手を握って、話を聞いて、気の利いた言葉なんていらない

 

 

 

 真っ直ぐに、力を込めて。

頭の中にいる誰かさん達を今この時ばかりは真似するように。

 

「それより友達が、居場所があれば」

 

 ひとりぼっちで部屋にいる友達を助けてあげてと、目の前に座って話を聞いてくれた友に向かって。

勇気を奮って話す。

それが今自分が出来る精一杯の勇気だと、そしてその勇気が少しでも友達の背中を押せるようにと。

 

「それだけで十分だって私、思う……ん……だ……です」

 

尻切れ蜻蛉になりながらでもユズは最後まで言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珈琲をソファに()()並んで啜る。

この頃はすっかり騒がしい毎日を過ごすようになってからはもう随分と珍しくなった光景。

それになんだか隣り合う二人は気恥ずかしさに似た懐かしさを覚えて、どちらからともなく小さな笑みを溢してしまう。

湯気はまだしっかりと立ち昇っていて、空調のしっかり効いた談話室にはちょうどよかった。

 

「……だいじょぶ、かな?」

 

 ユズが両手に持ったマグカップへと視線を落としながら、ぽつりと呟いた。

その水面が僅かに揺れていた。

それに気づかない振りをしてミドリは軽い調子で返す。

 

「大丈夫、じゃないかな?私達の友達(コハルちゃん)ならさ」

 

「うん……そうだね」

 

 その言葉にユズは口元を緩めて、細波が消えた珈琲を少しだけ口に含んだ。

大丈夫。

言葉にすればたったそれだけ。

だけど今はそれで十分なのは間違いなかった。

 

 そんな風に談話室のソファにいた二人の耳に聞き覚えのある足音がぬっとやってくる。

どうやら迎えが来たようだった。

 

「おはよう三人とも……あら、コハルは?」

 

 顔を見せた早瀬ユウカは迎えを待っていると思ったもう一人の顔が見えないことに訝しむ。

品良く薄い化粧の下、隠しきれない隈がある。

平静を装っているが、どことなくソワソワともしている。

そんなユウカの姿を見て二人は顔を見合わせてから、どちらからともなく吹き出した。

別にユウカがおかしかったからじゃない。

 

「おはようユウカ。きっと()()()()()()()()()から」

 

 ここにも一人、自分達と同じように。

友や姉を心配してくれてる人がいて、それがあの普段は冷酷な算術使いなどと呼ばれているのだというのだから。

とんだ名前負けだと、そう思って笑ってしまったのだ。

 

「───珈琲でも飲んでかない?」

 

そうしてミドリは立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正しい事とはなんだろう。

正義を実現するとは一体どんな事なんだろう。

私の世界は思いの外、きらきらしている。

眩しいぐらいの憧れが瞬いている。

もったいないぐらいに優しさが溢れている。

 

 私の背中を押してくれる勇気が支えてくれている。

 

正しい事が何かなんて説明できないけど。

正義を実現する方法なんてまだまだ分からないけど。

自分一人でなんでも出来るようになりたいと思ってもまだまだ上手くなんかいかないけど。

それでも私は───勇気を出そう。

小さいけれど一歩を踏み出そう。

何が出来るか、どんな結果になるかなんて分からないけど。

でもこれだけは、今やっと考えがまとまってきちんと言葉に出来るようになったから。

 

 

 

───一人ぼっちの友達を迎えに行くのはきっと正しいことだと思うから

 

 

 





1じゃんね☆
次回でなんやかんやするって言ったのは……無理だったじゃんね☆
なんか本スレで書いてた時もこうなった気がするじゃんね……
というわけで今回は1年生ズのお話し会!
次回こそvsハナコちゃんじゃんね☆

タイトルはスレに投稿してた時から決めてたあの曲にするじゃんね☆

1話ごとの文字数で望ましいのは?

  • 3000文字〜4000文字
  • 4000文字〜5000文字
  • 6000文字〜7000文字
  • 8000文字〜90000文字
  • 9000文字〜10000文字
  • 10000文字〜12000文字
  • 12000文字〜15000文字
  • 15000文字以上
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