……また、こんな事を。
今更一体どの面下げて、しかも私をおちょくるように……!
……いいでしょう、貴女の誘いに乗ってあげましょう。
なんのつもりか知りませんが、せいぜい利用してあげますよ。
───リオ。
『トキは、私が拾った子だった』
ゆっくりと、アバンギャルド君越しに調月会長は話始められました。
『優秀、だったの。黙々と任務を熟して私の求める成果をいつだって持って帰ってきてくれる。ユウカやノア、コユキともまた違う。難題解決の、そしてセミナーという中枢での仲間ではなく、側に仕えてくれる同士としてとびきり優秀なエージェント』
静かな声で語られる話はどこまでも淡々とした物ですけど、不思議と機械音なのに温かみがありました。
『でも変わった子だった。どことなく浮世離れしてる雰囲気で、表情なんてちっとも変えないくせに実は負けず嫌いの寂しがり屋。なのに、人と関わる事がとても苦手でいつも一歩離れて立ちたがる。その癖……情に厚い』
懐かしむように、噛み締めるように、抱きとめるように。
その温もりを掌に乗せて、思い出しながら。彼女は話してくださります。
『仕事の事以外で話すなんて数えるほど、友人関係のような楽しい時間なんて、焦りに追われてた私には許されなかった……けど、側にあの子がいる時間、私は間違いなく恵まれていた。裏切らない誰かがそこにいる、その幸せが確かにあった』
それはきっと彼女とトキさんの、二人だけの特別な関係。
私にはうまく言い表すことなんて出来ませんけど、彼女が今語ってくれていることはそんな一緒にいてくれた大切な人との大事な思い出なんだと思ったんです。
『以前の雇用主で今はもうあの子の前から去った私がこんな事を言うのは変だけれど、あの子はずっと……私に拾われた事に恩義を感じてくれていた』
調月会長の笑い声がスピーカー越しに聞こえる。
それは溜め息に似た霞んだ笑いでした。
『彼女と一緒にいた頃、私は自分の事を誰も理解してくれないと、私一人でなんとかしなきゃって意地を張ったわ……そんな情けない私の傍にあの子は黙って一緒にいて最後まで付き従ってくれた』
飾らずに言うなら嬉しかったのよ、と彼女は続ける。
その声に乗せられた淡い喜びに誰も何も返せませんでした。
『私を理解してくれる人はいなかった、今でもそう思う。あの頃、私に理解される為の努力をする時間なんてなかったし、その努力をするという考えも最初に捨ててしまったから……だから、貴女達の敵になるのは、先生の敵になるのも、注意されたのも必然だった』
その時の調月会長の立場や状況は私には分かりません。
ただなんとなく、ユウカさんやモモイちゃん達の顔を見ると察せられるような気がしました。
『間違っていたんでしょう。数字に囚われ、前提を履き違えて、自分の首を絞め続けたのが私だった。それでもあの子はそんな私を裏切らなかった。私の行動理由、そこに付随する感情にどれほどの理解があったのかは分からない……けれどあの子は、あの子だけは私の行動を黙って肯定してくれていた』
間違っていたと吐き出す声に哀しみはありませんでした。
淡々と間違っていた計算式を声に出すように、ありのままの事実を連ねるだけ。
でも、トキさんの事に触れるその時だけは、誇るような喜びが滲むんです。
『トロッコ問題は知っているかしら?私はあの時、その思考実験を口にした。一人を犠牲にしなくてはより多くを喪ってしまう、一人を犠牲にすれば普遍の営みを守れる……私の前にあった選択肢はたった二つしかなかった。ないと、諦めた』
彼女の言う諦めにどれだけの苦痛があったのかと思うと胸が締め付けられる。
きっとこの人は歯を食いしばって、諦めるという選択を、誰かを犠牲にする選択に手を伸ばさなきゃいけない状況だったんでしょう。
『犠牲を許容する前提に抗えなかった、その前提を覆す根拠を見出せなかった……そうね、私は万が一が怖かった。だから私は……アリスを壊そうと……いいえ、殺そうとして、そして今がある』
ちらりとアリスちゃんを見る。
その顔は俯いた前髪に隠れて見えませんでした。
『それでよかったのよ、私は。何かを犠牲にするという選択肢しかなかったから、先生や貴女達のような私にとっての第三者から別の選択肢を提示してもらえて、ある意味で救われた、やっとあの問題の当事者から降りられた』
肩の荷が降りたという言葉には後悔や諦観、不安や困惑、そして感謝と喜びの混ざった不思議な色がありました。
泣けてくるような複雑で綯い交ぜな色だった。
この場では彼女の本心は分かりません。
分かるとしたらそれはきっと、あの人だけなんでしょう。
『……でもあの子は違う』
切れた言葉のその後。
調月会長は躊躇いながらそう言った。
『きっと、トキはまだその問題に囚われている……いいえ、ずっと取り残されている』
今度こそ、彼女が吐き出した音には後悔があった。
『虚妄のサンクトゥム攻略戦で、あの子は一人ではどうにもならない戦況を自爆してでも打開しようとした』
奥歯を噛み締めたその言葉を聞いて、思わず周りを見渡してしまいます。
でもモモイちゃん達は誰も彼も同じ顔をしていた。
『嫌な言い方になるけれど、その判断は正しかった。あの時、援軍は望めなくて、あのタイミングで敵を押し留めないと他の戦線への影響も考えられた。その状況の当事者であったトキは自分を犠牲にする事で大勢を守ろうとした』
私や補習授業部のみなさんはまだいいんです。
トキさんとの付き合いはこの聖杯戦争からで、その関係だってずっと敵かどうかを宙ぶらりんに彷徨っていました。
だから彼女の過去を聞いても、それをありのままの事実として受け止められる。
『あの時はノアとトリニティの百合園生徒会長の機転でそういう事態にはならなかったわ。それでも、あの子が自分を犠牲にするのをよしとした事実は消えない。その選択肢を常に抱えている事に変わりはない』
でもモモイちゃん達は違うんです。
モモイちゃん達にとってトキさんはお友達だから。
あの日、もしかしたら喪っていたかもしれないと聞いて彼女達の唇が戦慄いているのは仕方ない事なんです。
『……聖杯戦争の全貌が見えない以上、どうして犠牲の多寡を問う二択の前提しかないのか、どんな手段を取らざる得ないのか、それは分からないわ。けれど』
そんなトキさんが今度は聖杯戦争のマスターに選ばれた。
自己犠牲を果たそうとした彼女が、この戦争の中で何を思って聖杯戦争の恒久的な廃止を願おうとしたのか、今なら分かるような気がします。
『今、どうしようもない状況の中でトキはきっとレバーを握っている』
一人、ぽつんと真っ暗な通路に立ってレバーを握る彼女の姿が頭に浮かびました。
それは寒々しいほどの孤独と重圧。
『あの子が抱えている命題はきっとそれよ』
そんな風に一人でレバーを握りしめて、そうして掲げる命題があるとするなら。
『合理的判断に基づく犠牲は世界を救えるか』
『かつて私が陥ったソレに、あの子は自分を犠牲にして挑んでいる』
彼女はきっと自分を犠牲にして誰かを守ろうとしているに違いないと思うんです。
『そうでしょう?───ヒマリ』
調月会長は唐突にそうやってこの場にはいない名前へと呼びかける。
数秒、誰もが首を傾げたり辺りを見渡したりしていると、短い雑音が二度三度鳴る。
それから暫くして、病室のノイズスピーカーから声が流れ始めた。
『……まさか、プロテクトを突破されるとは思いませんでした。挙句、無理矢理病室のスピーカーに繋げるだなんて、相も変わらず居丈高な事ですね』
『エリドゥを作ったのは私よ。バックドアぐらい用意してあったわ……時間はかかったけれどね』
涼やかな声の持ち主からの皮肉に調月会長が何を気にする事もなく言い返してしまうと、相手は黙ってしまった。
「ヒマリ先輩……今まで、ううん……やっぱりトキに……」
モモイちゃんがぽつりと漏らした声にヒマリと呼ばれた方は苦々しくゆっくりと返事をした。
『映像を出さないでいきなり貴女の独白だけ聞こえてきたかと思えば、そういう事ですか……そこにいるんですね、モモイが……キャスターのマスターが』
「……うん。私だけじゃないよ、ヒマリ先輩。アリス達もユウカも……それからヒフミもいる」
『……なるほど、そういう』
そんな風に呟いて先で小さな咳払いが聞こえた。
まるで話を切り替える、そんな合図のような。
『リオの思惑にまんまと乗る羽目になったのは甚だ不本意ですが、私としても好都合です』
『そう、なら招待してよかったわ』
『不本意だと言ったのが聞こえなかったんですか?』
小競り合うようなやり取りにそっとユウカちゃんの方を見ると諦めるように首を振られてしまいました。
どうやらいつもの事みたいです。
『改めて、私の名前は明星ヒマリ。ミレニアムの特異現象捜査部に所属しています』
『まず前提としてお話しなくてはいけない事をお伝えします。時間はありませんから手短に』
『私は貴女達に協力する立場にあって』
『トキとは現在敵対関係にあるということです』
『思っていた立場と違う───それが貴女方の反応でしょうか?』
「待ってください、ヒマリさん。貴女は確かヴェリタスと協力関係にあった筈です。一体いつから、どうしてそんな関係に?確か貴女とトキさんは例の部活動でもご一緒されていた筈では?」
「そうです!ちゃんと説明して下さいヒマリ先輩!トキと敵対って一体どういうことなんですか!?というか今どこに!?」
含みのある、どこか揶揄うような彼女、ヒマリさんの言葉にハナコちゃんとユウカさんが反応しました。
『久しぶりですね、ハナコさん。あの方舟以来でしょうか?それから美味しい反応をありがとうございます、ユウカ。リオに汚された私の純白の乙女心の晴れやかになりますよ』
いっそ清々しいと言わんばかりでしたけど、妙に反骨心というかそういうのが見え隠れする棘のある言葉。
調月会長と一体どういうご関係なのかますます気になりますけど、今はそれよりも。
『さて……何時から、でしたか。それはそうですね、
彼女の言葉を一言だって聞き逃してはいけません。
『私は阿慈谷ヒフミさん、そしてモモイ。貴女達がサーヴァントを召喚したその瞬間を観測してからずっとトキとは敵対しています』
それはあの8日前の夜の話。
私が二番目のマスターだと話ですから本当に最初からトキさんとは敵対していた、という事になります。
でもそれだと、これまで調べてきたエリドゥやヴェリタスの方から断片的に聞いて考えていた事。
つまりトキさんに明星ヒマリさん達が協力関係にあるという前提が崩れてしまいます。
『経緯を説明したいところですが、本当にあらゆる意味で我々に時間と猶予はありません。ですから手短に、現在私とエイミはトキによってエリドゥに軟禁状態にあります……特異現象捜査部の部室ほどではありませんがやはり外部からの干渉は極めて難しいですし、私達としても大っぴらに動く、貴女方へ協力するというのは難しいです』
「……どういう事ですか?トキさんは一人でエリドゥを運用して一人で今も戦っているって事で、じゃあヒマリ先輩達はなんのつもりでヴェリタスに仕事の依頼をしてたんですか?」
誰もが気になっていた事を直球でミドリちゃんが聞いてくれました。
それに明星さんからの答えはあまり要領を得たものではありませんでした。
『別件、ではありませんね。聖杯戦争の解決、それをトキとは別のアプローチで探していました。チーちゃんに頼んでいたのもそれ絡みです』
一言で言えば矛盾。
『そもそも私達はトキと敵対はしていますが、あの子に協力していないとは一言も言ってませんよ』
ますますわけが分かりませんでした。
協力してるのに敵対してる。
一体どうして?
「別のアプローチ……もしかしてヒマリさんはトキさんのやり方に反対したから今の状況になったのでしょうか?いえ、待ってください。やり方に反対して別の方法を模索してる、なのに協力関係という事は……まさか、
『……馬鹿な子。敵対した挙句に軟禁なんてどういうつもりかと思えば、自分を人質にしてヒマリへの協力を引き出したのね。───
ハナコちゃんと調月会長は分かったようで本当に苦々しく溢すように、私達にも分かるように教えてくれました。
『まるでどこかの誰かさんみたいでしょう?リオ。それと凡そ正解です、ハナコさん。話は私達はサーヴァントの召喚に際した膨大なエネルギー反応を確認した今から二『部長、トキが向かってる。多分気づかれたよ』エリドゥの監視システムが優秀なのも困りましたね、外部からの干渉があるとすぐ分かってしまう……まったく、こんな物どこの誰が作ったのか』
『それは私ね。褒めてくれてありがとう』
『あ、な、た、の、せいで!!私達はずっっっっと迷惑をかけられていると言ってるんですよ!!』
余裕綽々、まるで何でも知っていると泰然に話されていた彼女がそう言って声を荒げるのを聞いて、私の中の明星さんという方のイメージが二転三転していきます。
『あら、そうなの。ごめんなさい、ヒマリ』
『……落ち着きなさい、明星ヒマリ。びーくーる、びーくーる……あんなドブ川の言う事で一々時間を浪費する余裕はありません……!』
『部長、本当に時間ないんだけど。来ちゃうよ』
明星ヒマリさん、どうやらかなり愉快な方のようです。
一度きちんと会ってゆっくりお話したい気持ちになりますけど、今はそうも言っていられません。
『最初に言った通り、私達は貴女方に協力する……いいえ、協力し合える立場にあります』
事実、明星さんの声に焦りが浮かんでいます。
恐らく、時間切れです。
でもその前に彼女は私達に一番大切な部分を教えてくれました。
『トキの願い、命題。それは人類最後のマスターとなって恒久的に聖杯戦争を開催させない事。業腹ですがリオの言う通り───功利主義がキヴォトスを救えるか否か或いは自己犠牲の果てに救いはあるか。それがあの子の命題です』
『リオ、貴女は勘違いしてるんです。あの子が向き合っているのはトロッコ問題ではありません。あの子は路線を変更するレバーなんて握ってない。あの子の立場haむしろ、歩道⬛︎⬛︎太⬛︎⬛︎⬛︎の人物』
『だから貴女と同じ結論に至った。聖杯へ七つの命を焚べ⬛︎⬛︎で⬛︎⬛︎を聖⬛︎のsys───』
ぶつんと、音はそこで止まってしまった。
『……時間ね。アクセス出来なくなってるわ』
「会長、ヒマリ部長へのコンタクトは?」
『電子媒体では今回切りね。エリドゥの監視を潜り抜けれたのもまだ機能してる抜け道があったからよ。もう同じ手は使えないわ』
ユウカちゃんの質問に調月会長は残念だと言いつつ、私達へと声をかけた。
『ヒマリの話からある程度、トキの動きが理解できたわ』
「それはやっぱり、自己犠牲を……ってことでしょうか?」
『ええ、そうみたいね』
さらりとそう言ってのける彼女に、なんて声をかけたらいいか考えあぐねてしまいます。
彼女がトキさんの事をなんとも想ってない筈がありません。
自分を犠牲にするなんて認められる筈がないんです。でもアバンギャルド君越しの声からは彼女の内心は何も分かりませんでした。
そうやって切り出し方に悩んでいる私達に代わって、彼女が口を開いてくれました。
「……リオ会長、トキの事をアリス達はどうしたらいいでしょうか?」
アリスちゃんは下を向いていた顔をあげていた。
焦りが見えます、怯えもあります。
でもその目には力強い何かが宿っていました。
『……エリドゥに用意した非常用のバックドアは何もシステム上にしか存在しないわけじゃないわ。何かあった時の為に、物理的にも存在しているの』
「それって私達が前に使った搬入路みたいな感じの?」
『えぇ。あれとはまた別、開発の初期段階から用意した本当に極秘裏の通路があるの』
建設途中の物だから中央タワーに直通はしてないけれどと彼女は呟く。
「それを使ってエリドゥに行って……モモイやヒフミちゃん達に戦えって、こと……ですか?」
『……話すにしろ戦うにしろ、エリドゥに行かなきゃ何も始まらないわ。それといい?花岡ユズさん。トキは、ああ見えて頑固物なのよ』
そういう彼女の言葉には『力尽くでも止めて』という願いが隠されている。
私は、それに応えるべきだと想ったんです。
「調月会長、ありがとうございます」
『……まだ、私は何もしてない、何の結果も産めてないわ』
「いいえ、そんな事はありません」
こうやって私達の前に出てきてくれて、トキさんの話をしてくれて、明星ヒマリさんと話す機会をくれた。
エリドゥへの侵入経路だって用意してくれる。
そして何より。
「私達と同じように誰かを犠牲にしたくないと、そう思って一緒に戦ってくださる方が仲間になってくれた。それが私、嬉しいんです」
「私はハッピーエンドを目指します、マスターもサーヴァントも誰も犠牲になんかさせません」
「トキさんの願いだって、必ずもっと良い方法を見つけて───彼女を止めてみせます」
私の言葉にみなさんが頷いてくれます。
やるべき事は見つかりました。
トキさんの願いを知れました。
それは調月会長がいてくれたからです。
『……貴女もアリスと同じような事を言うのね』
そうしてしばらく間があったから彼女が絞り出した言葉は、何故だか少しだけ濡れている気がしました。
「ま、とりあえずやる事は決まってきたかな?」
「はい、モモイちゃん。最後の方は聞き取れませんでしたけどトキさんはどんな形であれ自分を犠牲にしようとしています───そんなの私は嫌です」
「そういうこと!……止めなくちゃ、トキを」
やるべき事は決まりました。
ハッピーエンドを、誰の犠牲もない聖杯戦争の終わりを。
聖杯そのものをどういう形で処理するかの問題はまだ残っていますが、破壊するにせよ別の方法を選択するにせよ。
まずは他のマスター達の願いを調べて、そして彼女達を説得しなきゃいけません。
『エリドゥの防衛システムで私が残してあった物はそう多くないわ。通路を通って強襲すれば、貴女達の戦力なら十分に攻略可能よ』
「会長、まだそんな物あったんですか!?私、聞いてません!……あとで帳簿を一つひとつチェックしながら確認しますからね、一緒に」
『ちょっと待ってちょうだい!ユウカ!あれは前回のエリドゥ建設と同時期に用意した物よ!』
意外な事、というと失礼かもしれませんが、調月会長の焦った声がおかしくて笑いそうになりました。
とても冷静な方とお見受けしましたから、ユウカちゃんとのやり取りはなんだかとても距離感が近くて微笑ましいです。
「でも戦力って事なら、その、トキさんだけじゃなくて……陸八魔さん、とか……伊落さんとか……他のマスターの人との戦いの事も考えなきゃいけないです……」
とはいえユズちゃんの言う通り、説得だけで済むという事はないでしょう。
アルさんもマリーちゃんも大切なお友達です。
でも彼女達のこれまでの様子から、対話というテーブルに着くまでの過程で戦いが必要になる可能性は決してゼロじゃありません。
「……陸八魔さんについては難しいですね。現状私達が簡単にコンタクトを取れる彼女の周辺を知る人物の手掛かりに欠けます。でもマリーちゃんなら、彼女が聖杯戦争に関わってからの様子をよく知る人物を私達はもう知っています」
ハナコちゃんが少しの間目をつぶって、それから前を見据えてそう言う。
その瞳には並々ならない誰かを想う強い物が宿っています。
「ウイ、それにシスターフッドか」
「ミネ団長……はいないもんね」
「はい。ですから、まずは……ウイさんにコンタクト取ってみましょう、『本丸』のシスターフッドはその後に。午後からならヒマリさんの話以上にしっかり時間をかけてお話♡できる筈です……私の予測が正しければきっとマリーちゃんの願いはそれほど難しい物ではない筈ですから」
マリーちゃんの願い。
私の腕を切り落とすとまで決めて、大切な居場所だったシスターフッドから去ってまで戦いに臨む理由。
その理由を調べる為に必要な材料はここ、
「……なら、古関さんへのアポ取りは私達でします」
意気込んだ声がミドリちゃんがあがります。
ありがたいお話ですが、ウイさんとは初対面のミドリちゃんが彼女にアポを取るというのはなんだか意外な気がしました。
そんな私の考えを代弁するように、コハルちゃんの口からも疑問の声が出ます。
「ミドリが?いやそのぉ駄目とかじゃないけど、ウイ先輩、人見知りだし……それにトリニティの人だから私かハナコが連絡した方が……」
ウイ先輩へ改めて協力を依頼する、となればある程度見知った間柄の人間がアポ取りをした方がスムーズではあります。
「ありがとう、コハルちゃん。うん、これは私のわがまま。私は戦いではそんなに役に立てないから……せめて褒めてもらえた交渉ぐらい、やれる時にやっておきたいの」
「それに……私達だからお話できること、あると思うんだ……私達は、ミレニアム生だから。学校が違うとか自治区が違うとかそういうの関係なく協力し合おうって……その……アピールとか……えと、」
ミドリちゃん達の意見は一理あります。
それにハナコちゃんの話を聞く限り、ウイ先輩も私達とマリーちゃんの事とで板挟みになったりもしてました。
その事を考えると私達からよりもミドリちゃん達に一度クッションを置いてもらうのもいいかもしれません。
ちらっと、彼女の方を見てみると力強い頷きが返ってきました。
「コハル、ミドリに任せよう。ミドリもユズも、俯瞰的に物が見れる人間だ。きっとウイとの話し合いも上手くいく」
「アズサ……」
「それに心配なら電話口の隣にコハルがいればいい。私もそうだけど、コハルがいてくれたらきっと勇気が出る」
私一人じゃ判断が難しかったので目線で助け舟を頼みましたけど、アズサちゃんはしっかりそれに応えてコハルちゃんの心配をほぐしてくれました。
その言葉に頭の羽をぱたつかせてから、コハルちゃんは振り切るように二人の目を見ました。
「ああもう!すぐそうやって煽てて!……ミドリ、ユズ」
「はい」
「うん」
短くて、そしてしっかりと力強い返事。
そんな二人の言葉にコハルちゃんは唇を尖らせつつ、でも彼女らしい形でお願いしました。
「その私と……あとハナコも隣にいるから!ウイ先輩、おっきな声とか苦手で!もしその話すの難しいとかなったらいつでも言っていいから……お願いしていい?」
その言葉への二人の返事は言うまでもありません。強い頷きと眼差しに、コハルちゃんも同じように頷きで返していました。
「それと戦力への不安をユズが口にしてたけど、それなら私にアテがある……この後、連絡を取ってみようと思う」
「なら、ウイさんと連絡を取れたら私も以前お世話になったSRTの人達に。特定の自治区を持たない彼女達なら、聖杯戦争に介入しても大丈夫だよね?ユウカ」
アズサちゃんは恐らくアリウスの皆さんに、ミドリちゃんはSRT特殊学園の方への協力依頼をしてくれるのだと言います。
片やアズサちゃんの大事な家族でスクワッドチームを組んでいた実力者集団、もう一方は『あの』SRT特殊学園の方です。
もし力になって頂けるならこれ以上ないぐらい頼りになる方々でしょう。
そしてミドリちゃんの質問にユウカさんは少し悩んでから、答えてくれました。
「そうね。自治区側から出せる戦力というのはどうしても限られてしまう。それをある程度クリアできる戦力って事なら貴女達が今名前をあげた彼女達になら頼める筈よ」
『……そういう意味では貴女達が廃墟に拠点を敷いたのは正しかったわね。もしもしミレニアム内にいたまま大型の拠点、そしてそれを守る為の防衛戦なんてしてみなさい。保安部やC&Cを敵に回すところよ』
「こ、怖い話ですね……」
『事実ですから。貴女もよく知ってると思うけど自治区内で命の奪い合い、それも大規模な破壊行為を伴った戦闘なんて……どんな形であれキヴォトスの秩序を敵に回すという話なのよ』
そう考えると本当に今の拠点に移って良かったとしみじみ感じてしまいます。
それからアズサちゃんとミドリちゃんの戦力強化の話、そしてそれに対するユウカちゃんの意見を聞いて私の中で一つの考えが浮かんできました。
いいえ、前々から考え自体はありました。
ただ頼っていいのか、縋ってしまってもいいのか。何よりあの人を巻き込んでしまっていいのか。
そしてあの日、カフェで彼に言われたこと。
─── 正確には聖杯戦争の情報漏洩も含めたシャーレへの過度な干渉。
ルール違反になるという忠告。
その言葉に悩んでしまっていました。
でも、私一人の力じゃ駄目なんです。
皆で一緒にやるように、少しでも力が借りられるなら。
何より誰かの命が掛かっている事態。
シャーレの先生を頼るという『選択』をすべきなんじゃないかと思うんです。
縺昴l縺ッ、繧、繧ア繝翫う繝ィ。縺イ縺オ縺ソ繝√Ε繝ウ
「あとはそうですね、私!せん『いい時間かしら?』……調月会長?」
縺翫d?…… 繝倥ぉ。
『もうすぐお昼になるわ。今のうちに各方面への連絡は済ませてしまいましょう』
意気込んで、先生を頼ってみませんかとみなさんに聞いてみようと思いましたけど、よくよく考えれば結構な時間話し込んでしまいました。
見れば時計の針も11を指しています。
「……では私達も一度部屋を出ましょうか?セイバーさん、後をお願いします」
「任された。君達もよろしく頼むよ」
「ああ。吉報を待っていてくれ」
「それじゃあ……あ、あの……し、失礼します……!」
調月会長の一声もあってか、みなさん病室を出てそれぞれが連絡をしにいかれました。
あとに残っているのはセイバーさんと私。モモイちゃん達とユウカさんに調月会長、それから。
『我も一度席を外そう。午後から合流するにせよしないにせよ、こちらで出来る事をしておく』
「拠点周りの安全確保かい?キャスター」
『うむ。野良のオートマタもそうだが、ある程度、奴らの動きも読めた。後は虱潰しとなるが、お前達が帰ってくる前にもう少し候補を絞るとしよう』
タブレットのビデオ通話越しに話をしておられたキャスターもそう言って通信を切られました。
なので、午後からの動きはこの病室内のメンバーで練ろうかと声をかけようした時。
「……んー、アズサ達も席外すみたいだし、私達も一回外に出てよっか?アリス」
「はい!アリスとモモイで一緒に病院内を探検です!」
次はモモイちゃんからそんな言葉が出ました。
「いえ、あのよかったら、モモイちゃん。このまま病室にいてもらっても……」
てっきり部屋にいてくれると思った彼女の意外な言葉に対して、恥ずかしながら少しばかり弱音のような声が出てしまいます。
でもモモイちゃんは優しい目で、けれど毅然と私に告げました。
「駄目だよヒフミ。今はキャスターいないから、みんながいる時ならまだしも、セイバーさん一人で四人を……ってなったら大変でしょ?いい時間になるまでちょっと時間潰してくるよ」
モモイちゃんが病室を出ようとする意図は理解できました。
でもだからこそ、彼女の言う万が一が怖い。
「それならなおさら……!」
何故ならマスターなのは私だけじゃありません。
モモイちゃんだってマスターなんです。
トリニティは安全です。
この病院だって自治区の中心部にあります。
こんな昼間からいきなり奇襲をしてくる陣営があるだなんてそうは思えません。
それでも、マスターがサーヴァントを連れずに一人で歩くなんて。
もしも彼女に何かあったら。
───みんなで一緒に、『ハッピーエンド』を目指せばいいんだよ。
マスターの中でただ一人、私に向き合って、私の願いに賛同してくれて、思い詰めた私を支えてくれた。
そんな大切なお友達に何かあったらと思うと、不安で胸が激しく早鐘を打つ。
どうかこのままこの場所に、目に見える場所に。
彼女を引き留めようとなんとか冴えた理由を自分の中で必死に考えていると、そんな私の内心をお見通しのように彼女は破顔した。
「大丈夫、大丈夫だよ、ヒフミ。ほら、こっちにはアリスもついて来てくれるからさ……ミネ団長の事、散歩がてら聞いてくるね」
「……はいっ!アリスがいれば!モモイに危険な目なんて合わせません!アリスが必ず守ります!」
大丈夫だよと、そう言って左手で私の右の手の甲を撫でるモモイちゃん。
そしてそんな彼女から信頼の眼差しを受けるアリスちゃんも、私だけじゃなくまるで自分にも、世界にも言い聞かせるようにしっかりと宣言してくれました。
そんかお二人の顔を見て、思わず下唇を噛んでしまいます。
「……分かりました、よろしくお願います。でも、無理だけは……」
不安は、あります。
アリスちゃんは強い。
私なんかよりずっと。
セイバーさんの見たてならご自分を相手取っても成長すれば十分にいい勝負が出来る、と。
それに大切な仲間なんです。
コハルちゃんにアズサちゃんがそう言ったように、任せられるところは任せて、一人でするのではなくみんなで。
そう自分を納得させて、なんとかそんな言葉を吐き出しました。
「しない、しない……そんな心配そうな顔しないで、ヒフミ。ヒフミは私達の、私の希望なんだからさ。しっかり笑ってて!」
にっと笑う彼女につられてしまう。
あどけないのに快活で、夏の空のように澄み渡る大輪。
病は気からとはその逆も然りというのでしょうか。体が本調子じゃないのもあってどうにも気持ちまで悲観的になりそうなところを、彼女の笑顔を見ていると胸の痛みも落ち着いて、掻きむしりたくなる不安すら緩く解けていきました。
そんな私の様子を見たからでしょう。アリスちゃんもまた同じように、私を安心させるように言葉を尽くしてくれます。
「アリスはヒフミの笑った顔が大好きです!……聖杯戦争は辛い事、苦しい事がたくさんあります。それでもヒフミとモモイに、アリスは笑っていてほしい……心配しないで下さい、今だけじゃない、これからも……最後まで。モモイは必ず守ります!」
好きだよ、大丈夫だよ。
その言葉に込められたたくさんの愛情に、右手を胸の前でぎゅっと左手で包むように握りしめる。
こんな大切なお友達が傷つかなくていいように。
聖杯戦争でこれ以上悲しむ人が生まれないように。
その為にハッピーエンドを目指すんだと、改めて私の中でその意思が強くなります。
「それじゃ!行ってくるね!」
そう言ってから二人は部屋を出ていく。
その後ろ姿は眩しいぐらい明るくて、その足取りは踊るように軽やかで。
二人手を繋いで、ミネ団長の事を調べに行ってくれました。
そうして残ったのは四人だけ。
そしてその時になって、漸く。
しばらく静かだった彼女が。
『いいタイミングね、他の子に聞かせて無駄な不安を抱かせるのは私も不本意だから』
「調月、会長……?」
ミレニアムの中枢、セミナーの代表者。
調月リオ会長は私の方を向いてから。
『阿慈谷ヒフミさん。先生へ協力を要請するのはやめておきなさい』
そう言われました。
1じゃんね☆
毎回こんな感じで不穏なところで切ってるじゃんね☆
困ったお話じゃんね☆
とはいえ先生関連については次回ちょろっと話をしたらすぐ別の話題にチェンジじゃんね☆
もうそろ、病室から移動したいじゃんね……
1話ごとの文字数で望ましいのは?
-
3000文字〜4000文字
-
4000文字〜5000文字
-
6000文字〜7000文字
-
8000文字〜90000文字
-
9000文字〜10000文字
-
10000文字〜12000文字
-
12000文字〜15000文字
-
15000文字以上