ちっと通して下しゃんせ。
御用のないもの通しゃせぬ。
この子の七つのお祝いに。
お札を納めにまいります(百鬼夜行童謡「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」より)
りんと、鈴が鳴った。
空調の程よい涼しさとはまるで違う、背筋に氷柱を突き刺される気色悪さを感じさせる底冷えに肌が粟立つ。
誰かが───来た。
「(ヒフミ。合図は君が)」
じわりと嫌な汗が背中を伝う感触がしました。
病院であろうと感じる利用者や職員の方が行き交う気配や生活音は、気がつけばぱたりと途切れている。
この病室ごと隔離されたように、
代わりに、涼やかで、そしてまるで病院という場所に似つかわしくない響めきだけが壁越しに沈んだ空気を振るせる。
太鼓です。
太鼓の音が遠くから響いている。
「(まだ病院内にユウカちゃん達が……いいえ、たくさんの人がいます。ですから、セイバーさん)」
騒がしかったはずの蝉時雨が壁を挟んだようにぼんやりとして、代わりに葦笛が囁く。
「(ああ、任された)」
自分の左腕に刺さる針を無理矢理に引き抜く。
上体を起こした姿勢からすぐさま片膝をついて、病室備え付けのガンラックに置かれた戦友を確認。
すぐさま視線を扉から離さずに。
ベッド脇に立つ彼もまた私の話を受けて、着ていた黒いスーツ姿から鎧を纏い、籠手を鳴らして風を握る。
一つ、深呼吸。
準備は、整った。
「……どうぞ」
二回、少し間を置いてもう二回、扉が叩かれる。
その音は柏手に似ている。
手が、取っ手にかかったのだろう。僅かにスライド式のそれが揺れる。
次に見た時、音もなくゆっくりと扉が開かれる。
扉の向こう、その先には。
───誰もいなかった。
瞬間、視界がブレる。
数瞬前までベッドの上にいた私はいつの間にか彼の小脇に抱き抱えられて、誰もいないのに一人でに開いた扉の前まで移動している。
「けひっ……バレちまいましたか。ちょいとびっくりさせたかっただけなのに、残念ですねぇ……いひっ、いひひっ」
開いた扉とは真逆。
声の主はそこから私に笑い掛ける。
扉の反対、壁際。
ついさっきまで私がいたベッドのすぐ近く。日差しと陽気を注ぐ窓に彼女は居た。
「いやぁ速い速い。良いもん見せてもらいましたよぉ、さーゔぁんとぉ……飼い犬らしく随分と鼻が効くんですねぇ」
いつの間に開けたのか、鍵がかかっていた筈の窓は訪問者を招き入れている。
「しかしまぁっ!暫く見ないうちにずいぶんとまぁ草臥れて!嗚呼可哀想に、可哀想に!……手前がたぁくさん慰めてあげますからね。いひひっ、嬉しいでしょう?嬉しいなぁ?」
外と繋がる其処から、いやに生温い風とチューベローズによく似た甘ったるい香り漂わせて。
ぶらりと足を投げ出して窓に腰掛けながら、彼女は、箭吹シュロさんはそう言った。
「……お久しぶりです、シュロちゃん。お元気でしたか?」
「手前は変わらず頗る最低ですよ、ヒフミちゃん。久しいですねぇ、こうして手前様と話すのも。この前は『邪魔』が入っちまってちぃぃっともゆっくり出来ませんでしたもんねぇ……今日はまたぱちんっ!……って潰れちまわないと、いいんですけどねぇ」
ぶらり、ぶらりと投げ出した細い足を揺らしながら彼女は上機嫌に喉奥を鳴らしています。
言葉に合わせてわざわざ手を叩いてみせる姿は愉しげで、とてもではないですけどその話の中身にそぐいません。
「この前のように頭を撃ち抜かれたくないのなら、わざわざ外から見える窓に座るのはやめて降りて来たらどうだい?……それとも、今日は
ずいと半身になって、セイバーさんはその空に見える左手を彼女の方へと向ける。
その警告に薄く笑みを作ってシュロちゃんも返す。
「これはまた手厳しい。手前は噺屋、怪談家。口さえあれば御の字とはいえ、未だ若い身空でばらりずん、なぁんてのはご勘弁被ります。それに手前様はきしどー、なんて物に殉ずる異国の殿方でいらっしゃる。どうです?いたいけな少女の悪戯、少ぉしぐらい目をば瞑ってくださりませんかねぇ」
「無論、女性に礼を尽くすのが僕らの騎士道だ。もっとも、尽くすべき相手を見誤るつもりはないし、浅い子供の遊びに付き合える程、僕は余裕ある大人じゃなくてね……もう少し邪気を隠さないと臭って仕方ないよ」
軽く一振り。
塵紙で払うような所在。
「折角ヒフミに会いに来てくれて悪いけれど」
セイバーさんの腕が斬りあげるように下から斜め上へと動いたかと思えば、窓の横に浅く亀裂が入って。
ずるり、と。
黒い何かが溶けて落ちた。
「忌ひひひっ!いやさおっかない!手前みたいな手弱女じゃあぶるっちまって話も出来ない!なぁに、こっちも手前様の可愛い可愛いご主人様を虐めようってんじゃないんです!」
消える刹那に見えたのは、
この前、モノレールステーションで見たそれでした。
何をしようとして、いつの間にそんなものを仕込んでおられたのか。
少なくとも私には分かりませんがシュロちゃんは悪びれる様子なんてなく続けます。
「ただ少しだけ、少ぉぉしだけ。そう!驚かそうってだけですよ!そうそう目くじら立てないでくれませんかねぇ?イヒヒっ!だってそうでしょ!可哀想なヒフミちゃん!
「みなさんならちょうど用事があって一度出てるだけですよ……知ってて言ってるんですよね?シュロちゃん」
「けひっ、さぁてさて、どうでしょうかねぇ?」
黒い泥土のようになったそれは煙となって窓の外へと消えていき、剣を向けられた事にも私にばれた事にも何一つ気にせずに、彼女はにたりにたりと笑みを溢していた。
「ヒフミには他にもたくさん見舞いに来てくれる友が待っていてね。君の話に付き合う暇はないんだ。悪いけれど、お帰り願えるかい?」
「えぇえぇ、帰りますとも、帰らして頂きますとも!話が済んだらそそくさと。足なり口なり動かさせて頂きやしょう!……だけど手前様、ちょいといけずじゃありゃしませんか?だってそうでしょう?そうでしょうとも!今この場にいるのは手前様達のお二人だけ。いいじゃあ、ありませんか?ちょいと茶話していきましょうよぉ───ねぇ?」
いつの間にか彼女の手にある湯呑み。
材質そのままの土気色のそれからは湯気の一つも立っていないのに、僅かに水音が聞こえていた。
そう一言呟いてから、彼女の手から湯呑みがつるりと落ちて、空気が歪む。
床に叩きつけられた湯呑みはそのままにばらりと割れた。
ばしゃりと飛び散るのは紅い、液体。
それに混じるのは湯呑みだった筈の───。
「(目を瞑って、ヒフミ)」
静かに、セイバーさんの声がするりと頭に飛び込んできてそれに私はなにも考えずに従いました。
信頼もありますし、何より一度その手口は
視界を閉じてすぐ、ふわりと風が私の身体を軽やかに駆けて行ったのが分かりました。
「……もう、大丈夫だよ」
目を開ければさっきまであった真っ赤な
「ありがとうございます、セイバーさん」
「大した事じゃないさ、こういうのには昔から覚えがあってね。編み込みの甘い幻程度、
そう言う間も彼の視線はシュロちゃんから外れる事はなく、じっと左手を構えたまま警戒している。
この前の時と同じ幻なのだと、彼に看破されたシュロちゃんは変わらない様子のまま、むしろ一層囃し立てるように空になった両手で調子の外れた拍手をする。
「いやはやどうしていじらしい。見目もよけりゃ気立もいい!よかったですねぇ、ヒフミちゃん。とってもとぉっても優しい騎士様を恵んでもらって……大切にしなきゃいけませんよぉ、折角こんなに煩く喋るんですから。道具の手入れはかかしちゃいけません。なにせこっちに刃を向ける人斬り包丁なんですからねぇ……おぉ、おっかない、おっかなき」
「恵んで、か。随分含みのある言い方だけど……ヒフミと僕との間にあった縁は別にあるとでも?」
「おや?おやおやおやぁ?そんな風に聞こえちまいましたかぁ?そりゃぁ失礼しまして……いけませんねぇ、札の三枚目は後生大事に持つのが慣わしだってのに」
戯けてみせる彼女は窓を降りて、床へ。
そうして真っ白なベッドを挟んで私と真正面に彼女は立つ。
「さてさて、気になるますよねぇ?何をしに来たかって顔ですねぇ?いひっ……いひひひひひっ!」
捩れるほどとでも言いたげに態とらしく振る舞ってから数拍置いて、シュロちゃんはこの場に来た目的を勿体ぶって。
「お見舞い、ですよ。ヒフミちゃん」
そう話した。
「それにしても……まぁた一段と良い面ぁ、するようになりましたねぇ、ヒフミちゃん」
値踏みするように繁々と私の顔を見つめながらにんまりとほくそ笑んで彼女はそう言う。
彼女の様子はまるでお気に入りのキャラクターが物語の中で活躍したり成長したのを見て満悦でもしているかのよう。
その声色のまま、シュロちゃんは話題を切り出す。
「さぞ女前にも磨きがかかったご様子。如何です?その後の
「あはは……体調は昨日よりずっとよくなりましたよ」
「そりゃ結構!手前も百鬼夜行くんだりからえっちらおっ「でもシュロちゃんが聞きたいのは、聖杯戦争の事、なんですよね?」……へぇ、こりゃまた話がお早い噺が御好きなようで」
その日の天気の話でもしているかのような調子で投げかけられた問いに私がその投げ返すと、きょとんと惚けてみせてから、彼女は破顔した。
「ひひっ……えぇ、えぇ!そうです!聖杯戦争!なんて阿呆な乱痴気か!人でなしのお祭り騒ぎ!聖杯なんぞという下らねぇ玩具に釣られた馬鹿共が尊厳に塗り潰しあう餓鬼の道!」
言葉通りの表情ではありませんでした。
堪らないと全身を動かして彼女は聖杯戦争への思いを表現する。
力を込めて両腕で自分の身体をさも愛しげに殺意を乗せて抱きしめて、そうかと思えばむず痒いと身じろぎしてそれでも敵わないと頭を掻いてみせたり、まるで舞台役者にでもなったように激しく身振りする。
「……否定はしない。己が願いの為に聖杯を欲して召喚に応じたその瞬間から、僕らは確かに人でなしの死者だろう。今を生きるヒフミ達にそれを咎められるのなら、僕はそう答える他ない」
「へぇ……手前は別と?」
そんなシュロちゃんと反対に、セイバーさんは落ち着いていたけれど、彼女は思うところがあるとでも言いたげに含んで言う。
「ああ。だって君は聖杯戦争のそういう側面自体が気に入らないってわけじゃないだろう?」
だけれどそれに彼は事も無げに答えられました。
「むしろ、そう───好きなんじゃないかな?」
すっと、彼女の目が細まる。
隙間から見える蘇芳には明確な嫌悪が宿っていた。
「……嫌ですねぇ、その
「伊達に一度生ききっていないからね。悪いけどこれが年長者の特権、ってところかな?」
淡々と吐き捨てたシュロちゃんに対して、セイバーさんも平然と笑ってみせる。
それに舌打ちをしてから、暫く黙ったシュロちゃんの口から次に飛び出したのは聞き慣れない名前と、よく知っている名前でした。
「……シャルルマーニュかアーサー王か。はたまた馬上無敗か、荷車の騎士か。あぁ、それとも鉄腕か青髭か、なぁんて冗談は仕舞っときましょうか。獅子心王なんざとんでもない。奴さんとて手前様みてぇな優男と一緒にされちゃあ困るでしょうや。ついでに言えば十字の
大穴狙いはこれだからとごちる彼女が挙げていった名前がどういう意味を持っているのか、聖杯戦争に参加するマスターでそれが分からない人はきっといない。
だからこそ、私の心臓はどきりと跳ねて、彼はそうではなくとも声の調子が下がっていた。
「……感心だね。キヴォトスはそういう伝承に疎い、いや、
その言葉に彼女はしたり顔をした。
弱点を見つけたとでも言いたげに、気持ち良さそうに唇が忙しなく開く。
「ひひひっ……真名、でしたか?当たるも八卦、当たらぬも八卦。面白いもんですねぇ、こりゃ。見目から当てろたぁ粋なもんですよ、ひひっ」
明確に敵という立場でもなければマスターでない彼女が真名を知ったところで、なんて事はない。
サーヴァントの方にとってその真名は急所となり得るんだと何度もセイバーさんに教えて頂いたのだから。
だからこそ、ともすれば私達よりこのキヴォトスの聖杯戦争について知り、たった今キヴォトスでも聞き慣れない筈の真名を並べ立て、『楽しい』と口にした少女に警戒が一層強まりました。
でも彼女は、そうじゃなかったんです。
「良いですねぇ、真名とくらす、でしたか?生まれ持った名前を隠して真剣勝負!なぁんて不恰好な様でしょうか!名にし負う万夫不当の益荒雄が!裸でも見られた生娘でもあるまいにどいつもこいつも女々しいばかりに自分の名前も明かせない!名乗り上げは戦の華だというのに、嗚呼なんと可哀想!その癖一丁前に槍働はしてみます!これを嗤わず何を笑うか!でも仕方ないんですよ……だぁってそれがサーヴァント!それが英霊!いんやいんや、どうしてそれも仕方がない!だってそういう風に型に嵌められちまってますもんねぇぇぇっ!」
腕を広げて、頬を桜に染める。
熱に浮かされる蘇芳に宿るのは生優しい感情などではなくて、絵の具を何度も継ぎ足してしまったような複雑に染まったそれ。
けれどその中で一際大きく主張する色を敢えて形容するのでしたらそれはきっと───嘲り。
「……嗚呼、そうでした、そうでしたとも。手前は聖杯戦争が好きだかどうだか?無論のこと───」
たっぷりと間をとって彼女は言う。
「ご明察!握り飯片手に合戦見るは百鬼夜行じゃぁ昔からの習わしで。こりゃ良いですよ、良いですとも!これで手前も配を振れりゃぁもっと良かった!楽しいですねぇ、えぇそうですとも、楽しいですよぉ!」
恋する乙女のような仕草で、色濃く塗り潰された想いの丈がどこにしまっていたのかと思うぐらいその小さく細い身体から吹き出す。
「聖杯、聖杯っ、聖杯っ!浅ましいとは詰りませんとも!骸になっても欲しい願いの為に墓から起きた馬鹿な奴隷!昨日笑い合った学友を殺しても叶えたい欲望を掲げる阿呆な主人!各々、嘘偽りない赤心を抱いて死地に向かう!欲の坩堝、聖杯戦争!道理もへったくれもありゃしない!嘘付きなんざ誰も立っていられない!そりゃそうでしょうよ!戦争です!殺し合いです!命と命と!我と我のぶつけ合い!剥き出しになった手前ぇの願いってぇ銘の本質だけが誠実さを証明する!これには手前も拍手喝采雨霰!いやさ、御立派!いやはや御見事!正気の皮を剥いでやりゃどいつもこいつも獣になるとは!……えぇえぇ、そうですとも。手前は別に聖杯戦争自体が気に入らないわけじゃあない。あの間抜けが馬鹿やらかす前に手前らが知ってたなら、是非とも祭りの櫓を組んでやりたかったぐらいにはぁ、ねぇ?」
がなり立てるような、大きな声ではありません。
別段敵意を向けるような、きついトーンでもありません。
ただその小さな体から私達を通して聖杯戦争に対して向けられた熱量が、あまりにも大きくて、力強くて。
私は彼女の語りに呑み込まされそうになってしまいました。
だから、聖杯戦争に対する想いを言い終わった彼女が、呼吸を整える為かそれとも話題を切り替えるためか、深く吐いた息を聞いた時、思わずほっとして胸を下ろしてしまいます。
「さぁてさて。あんまり道草してちゃぁいけません。まぁた、あの頓珍漢なチビ助と浦和ハナコに卓袱台めちゃくちゃにされちゃぁ構いませんからねぇ」
さっきとは打って変わって今度はつまらなさそうに彼女は二人の名前を言う。
その言い草と、さっきまで全然違う彼女の雰囲気が、なんだか年相応な幼さを感じてつい揶揄ってしまいます。
「随分、お二人を気にされるんですね?この前も私一人ってお話でしたし……もし会うのが怖いのならよければ私がお二人との仲を取り持って差し上げますよ?どうですか、シュロちゃん」
それにシュロちゃんは心の底から嫌そうに顔を歪めた。
その仕草はまるで苦いものでも噛み締めてるかのよう。
「怖い?浦和ハナコの事が?……いけません、いけませんねぇ、いけませんよぉ、ヒフミちゃん。いいですか?冗談は面白くなきゃ白けちまいますよ、ヒフミちゃん。あぁんな、嘘吐きが怖いだなんて……嗚呼、冗談の一つにもなりゃしない」
ぼそりとそう言いつつ所々に私のお友達に対する毒を仕込んでいる彼女の言葉。
それが分かっていたから、敢えて私も意趣返しの意味も込めて特に反応を返さないでおく。
長い付き合い、というわけではありませんがもうこれで三回目。
いい加減、この子のする遊び方というのにも慣れてきました。
「そうですか。まぁシュロちゃんがそう言うのならそうなんでしょうね」
「……つまんないですねぇ。少しは色めき立ってくれなきゃ手前の屋号も名折れになっちまいますよ」
きっと、憤るか悲しむか、何かしら私がしてくる反応を見たかったのでしょう。
その当てが外れた物ですから、彼女はその言葉通りにつまらなそうにしていた。
「そうは言ってもシュロちゃん。セイバーさんの言葉を借りるわけじゃありませんけど、別にハナコちゃんの事、嫌ってるわけじゃないですもんね?」
少しだけ冷やかすと彼女は今度こそ顔に影を作りつつむくれてしまった。
「……嫌いですねぇ。大っ嫌いですよぉ、手前はハナコちゃんの事なんか大っ嫌いです。嗚呼そうですよ、あともう少し、あともう暫く早けりゃ手前も喜んで味見したかったですけどねぇ。少しばかし肥えちまいましたから、今じゃあちっとも面白くない女に成り下がりやがって……こんな事なら、あの
彼女にしては珍しくと言ってもいいのか、先ほどあった流れるような話し方と違ってぽつりぽつりと思いを綴り、その歯切れも悪かった。
本人もその自覚があったのでしょう、伏せていた顔をえいやとあげて、切り替えるようにシュロちゃんは目を細めつつ唇を吊り上げた。
「その点、ヒフミちゃんは大好きですよぉ。とっても、とぉぉっても、ねぇ?」
「あはは……ありがとうございます。私もシュロちゃんの事、
折角ですからお返しには細やかな棘を残しておいてみせると、彼女はそれを恭しく受け取って嬉しそうにする。
「いひひっ!そりゃあどうも!でもですねぇ、でもですよぉ、誓って嘘は言ってませんよぉ、手前は一つだってね……えぇ、
細い隙間の奥、鈍い眼光にじとりと湿った物が宿る。
値踏みするように見定めるように、それを悟られないようにする態とらしいポーズをしながら彼女は続ける。
「おおっと!勘違いさせちゃいけませんね。言葉には気をつけなきゃぁいけません……なにせ手前は噺屋ですからね。きちんと吐いた言葉の意図が相手に正しく伝わるってのが肝要です。ですからきちんとお伝えしましょうか。手前も、手前ら花鳥風月部も、前にも言った通りこの聖杯戦争にゃ手も足も出しません。出るのは舌先三寸、ってとこですかねぇ?」
にたり、にたりと。
笑う、嗤う。
いつも通りのシュロちゃんです。
初めて会った時から変わらない、檻の中で必死に吠える子犬を見るような、そんな目です。
「とはいえ、声援なんざ虚しいだけ、なぁんてこたありませんよ、ヒフミちゃん。れすぽんすがない、ってのは語るにゃ色々辛いもんがありますからねぇ……そうですとも、そうですとも。手前はあの臆病者共とは違う。底の抜けた盃を撫で回す間抜けとも、腐った花を愛でるだけの阿呆とも、及び腰で舞台に上がらねぇでいる腑抜けとも、そうです、手前は違う……っ……他の誰よりも、今このキヴォトスでヒフミちゃんを、他のどの陣営よりもヒフミちゃんの事を心から応援してるのは手前ですよ」
だけれど、その話の途中で彼女の嗤いには珍しく濁りがありました。その正体がなんなのか、今考える事ではないかと頭の片隅に追いやってから。
「……やっぱりお詳しいんですね。他の陣営について」
確かめるように私は尋ねました。
「そりゃあ、観戦するにしても誰が何してるか知らなきゃ、何を応援していいか分かんないでしょうや。阿呆面下げて盤面眺めちゃ面白いもんもそうでなくなっちまう……えぇそうです」
あっけらかんと、なんならちょっと小馬鹿にしてくるシュロちゃんは一度言葉を切ってから、にんまりと唇に弧を描いた。
「手前はどの陣営の願いや方針も大方の検討はついてますよ」
「教えて頂けますか?シュロちゃん」
それに間髪入れずに私は喰らいつく。
シュロちゃんの事ですからきっとまた虫食いというか出し惜しみするお話をされるでしょうけど、それでも彼女は嘘をつかないある意味とっても誠実な子ですから。
ちょっと意地悪ですけど、そういう彼女の側面を私は信用しています。
「どうしましょうねぇ、教えちゃいましょうかねぇ?いやいや、それはいけませんかねぇ?」
それにマーリンさんも言っていましたけど、色んな立場の方から話を聞くと良い、ってことでしたから。
そういう意味でも聖杯戦争のマスターでもどこかの陣営の協力者でもない、けれど聖杯戦争に精通しているシュロちゃんの立場から少しでも話を聞けるのは大事です。
だから、私を抱えているその腕に軽く触れました。
『(セイバーさん。降ろして下さい)』
『(……どうするつもりか聞いても?)』
『(決まってます。シュロちゃんにお話してもらえるようお願いするんです)』
返事は、緩められた腕の力でした。
「ん?おんやぁ、どうしました?ヒフミちゃん」
セイバーさんの隣に立ってみて、初めて彼の配慮を理解しました。
一瞬だけ、くらりと頭の中の血が抜けていくような感覚がします。
考えてみればそれもその筈、昨日倒れたからこの時間までまともに立ち上がって歩いてみたりしていません。
今更その事に気づくと共に、彼がずっと抱きかかえていてくれた理由が分かって頭が下がる思いです。
でも今は……いいえ。
これから先もセイバーさんに聞いてもらった以上の泣き言を言ってる暇なんてないですから。
薬の影響かそれとももっと単純に血が足りてないのか。
はたまたそれこそコレも症状なのか。
少しだけ霞がかる頭を振ってから真っ直ぐに、シュロちゃんのいる方へ進んでいく。もっと正確には。
病室に備え付けられたガンラック。
そこに立て掛けられた私の愛銃を手に取って彼女の方を見る。
「話をつけるにゃソレが早いってとこですか?ヒフミちゃんにしてちょっと性急じゃあないですかねぇ?……なんです?御時間でも宜しくないんで?」
「あはは……ここにお見舞いに来て下さった時点で言ってるような物じゃないですか。それに」
これまでの会話を効く限り、シュロちゃんは私達マスターに時間がない事も把握済みでしょうから今更それをどうこう問答するつもりもありませんし、彼女
言葉の意図が、行動の意味が、相手に正しく伝わるっていうのはとても大切な事ですから。
チャンバー内は確認しましたけどそれでも病院内で、しかも人がいるところで暴発させるわけにいかないので。
私はそっと優しく、彼女と私達を挟んでいるベッドの上に
無抵抗、の意思表示。
もちろんセイバーさんは後ろに控えてくれてます。でもこの狭い病室内。
もしここに来た時のようにシュロちゃんが何かして来たら、もしかするとセイバーさんの腕より先に彼女の悪意が突き刺さるかもしれません。
それを分かった上で、一対一で、戦う意思も強引に聞き出すつもりもないっていう私の気持ちがちゃんと彼女に伝わるように
丸腰で相対します。
ベッドを挟んで相向かいになって見つめ合って。
それからしばらく沈黙が流れてから。
「これまたずるっこいやり方、覚えちまいましたねぇ」
深々とした溜め息がその打ち止めの合図になりました。
「ええ、そうですとも。嫌いじゃありませんよぉ。ただ応援してる手前、そういうくっっっだらないやり方、あんまり両手を振って賛同はできないってのは分かってくださいよぉ?」
「あはは……これが私のやり方ですから。では改めてお願いします。シュロちゃん、私に他の陣営の話をして下さいませんか?」
「はぁ……惚れたこんだ弱みのなんとやら。とはいえ、懸想相手がこんな様とは。これだから大穴狙いはいけませんねぇ。ああいっそ、景気良く鉛玉ぶち込んで魅せてくださいよ……死にゃあしないんですから」
「でも、多分ですけどシュロちゃん。そういう私、嫌じゃないですか?」
「……いひっ」
疲れたように額を抑えて再度溜め息を吐く彼女に揶揄って言うとただ小さな笑い声だけが返ってきて。
なんとなくそれがおかしくてつられて笑ってしまいました。
『(ヒフミ、後でお説教追加だよ)』
『(あぇぇ!?な、なんで、一体どうしてでしょう……?)』
『(惚けない。分かってるでしょう、君)』
そんな風にセイバーさんと念話をしていると一頻り笑い終えたのかシュロちゃんは私の方を見て、皮肉げに唇を歪めながら私のお願いを聞いてくださいました。
「いいでしょう。他の陣営ねぇ、知ってますとも。知ってますとも。といっても全部は話しませんよ……知ってる情報、手前がぜぇんぶ話しちまうとなんて白けちまいますからねぇ。それにそういう事してちょっかい出されると困るんですよ」
「ちょっかい、ですか?一体、どなたに……?」
ただその話は。
「決まってるでしょう?───連邦生徒会ですよ」
私が予想もしてなかった名前から始まりました。
思わず目をぱちくりとしてしまった私を見てか、彼女は喜んでまた快調に語り出していきました。
「こいつは失敬!ご存知ないとは露とも思わず!……嗚呼けれど、知らぬ道理はよぉく分かりますよ、ヒフミちゃん。何せ相手は
「嗚呼!偉大なるかな、我らが恩師よ!十重に二十重にキヴォトス中で迫る難題を解決する様、正しく快刀乱麻を断つと言わんばかり!……では何故、聖杯戦争には積極的な介入を見せない?」
疑問を並べていく。
「大事な大事な可愛い生徒。手前様の愛しい愛しい教え子達。あれあれ?あれあれあれ?おかしいですねぇ?不思議ですねぇ?泣いてますよぉ?怯えてますよぉ?───手前ぇの可愛い生徒が殺し合いに巻き込まれてますよぉ!」
猜疑心を植え込んでいく。
「泣くでしょうや!怯えるでしょうや!そりゃあそうです、だっていきなり人殺しを強制される儀式に巻き込まれたもんですから!実際に被害者という形で実害ある、悪意を煮詰めたお祭りが今キヴォトスで起きている!……なのにシャーレも連邦生徒会もだぁんまり」
なるほど、言われてみればその通り。
「あちらから連絡は取ってくれましたか?シャーレのビルではなく現場を忙しく動き回ってる話は誰かから聞けましたか?連邦生徒会から声明は出ましたか?どうしてわざわざその席を一度は辞した調月リオが古巣に戻ってまで連邦生徒会と交渉する必要が?あれ?あれあれあれあれぇぇぇぇ!」
シュロちゃんが言っている事は確かにと、そう思わせるのには十分でした。
「おかしいですね、おかしいなぁ、変ですねぇ!なんだかいつもと。ヒフミちゃん、手前様もよく知るあのエデン条約の時とはわけが違うとは思いませんか?」
───エデン条約。
私達、補習授業部が駆け抜けた短くてもとても色鮮やかな大事な、そして先生が守ってくださった時間。
でも今あの人は、あの時と違って私の隣にはいてくださらない。
「なぁんて思いませんか?」
だけど。
返すべき
「たとえそうだとしても、そうでなかったとしても」
あの日お会いして、あの方と今日まで過ごしてきた時間の中で決まっている。
「私は先生を───先生の選択を信じます」
確かに気にならないかと言われれば嘘になるでしょう。
確かにそう言われると不安の影が私の中で鎌首をもたげ始めてきてしまうのだって本当です。
でも、あの人と過ごした時間を私は信じてる。
どんな困難にも立ち向かって大人としての勤めを果たして、その姿を私達にいつだって背中越しに見せてくれる彼を。
大切で大好きで特別な私達のたった一人の先生を、私は信じているんです。
だからはっきりとそれを目を見てシュロちゃんへと伝える。
その気持ちがどれだけ彼女に伝わったのかは分かりません。
でも彼女にとっても、
先ほどとは違って能面のように表情が削げ落ちたその眼窩には鈍く火が渦巻いていました。
「妬けちゃいますねぇ。猫も杓子も先生、先生……っ!……ユカリちゃんもナグサちゃんもハナコちゃんも挙句にヒフミちゃんまで揃って……まぁ、いいです。ヒフミちゃんの反吐が出るほど甘ぁぁぁい考え、手前は好きでも嫌いでもありませんから。どうぞどうぞ
「はいっ!そのつもりです!」
「……はぁ。本当に毒気が抜ける娘御ですねぇ。まぁ、手前としてもその方がやりやすい。つい、芽が出るようにって欲をかいて言葉を重ね過ぎたのがいけませんでしたかねぇ」
「それはなんとも。ところでシュロちゃん、続き、聞かせて頂けますか?」
脱線してしまった話を引き戻す。優先順位はそちらが先、今はとにかく他のマスターの方の情報を少しでも集めておかなきゃいけませんから。
「おっと、これはうっかり!そうでした、そうでした……他の陣営、ですか。でもヒフミちゃん。それを聞いてどうするんです?」
舌を出してこつりと頭を叩いて戯けてみせたかと思うと、彼女は不意に真剣な面持ちをした。
その姿はさっきまで、いいえ。今日あったどの話の雰囲気とも違います。
「斬ればいいんですよ、敵なんて。めちゃくちゃにしちまえばいいんですよ、力があるんだから。気持ちいいですよ、思うがままに振る舞うというのは」
本当に不思議だと疑問を口にする様子で彼女は私に問いかけたかと思えば、少しだけ口を噤んだ。
言うべきかどうか、悩むように逡巡して暫く。
結局彼女はつまらなさそうに話しだして下さった。
「風情も解さず何もかも手遅れな鈍間、理念と心中するつもりの頭でっかち、法螺しか吹かない大嘘吐き、一人で歩く事すら出来ない臆病者、曇り硝子を覗いて良い気になる間抜け……まともな願いを掲げたマスターなんざ、手前様を除けばこの聖杯戦争にはほとんどいやしませんよ」
私の思考をかき混ぜてこようとする時とは全く違っていて、どこまでも淡々と、まるで小説か何かを書評するように彼女は詰まらないと誰かについての採点を語っている。
「どいつもこいつも見所の欠片もない。敵の願いを踏み躙って、尊厳を捨て去って、恥も外聞もありゃしないただただ純粋に嘘の一つもない自分の欲望の為だけに悦び勇んで人殺しになる……ってぇのが醍醐味なのに。やっぱり当事者以外はてんで見込みなしですねぇ」
それがマスターの事について話してくれているのは何となく察して口を挟まず先を待ちます。
どうにも、そしてどうやってかはさっぱりですがシュロちゃんは聖杯戦争に詳しい。
だから彼女の言葉を一つ残らずしっかり頭の中の手帳に残そうと思っていると
「……嗚呼でも、あの娘っ子だけは別ですね」
ぽつりと、小さな声が耳に届きました。
「あれは良い、ああいう女は堪らない。手前様共々、他所さんのお子なのが勿体無い。それこそ」
さっきまでの嘲り、或いは諦観なんて物はどこにもなくて。
浮かれるような熱が滲む言葉。
まぁ私はヒフミちゃん一筋ですけどね、と付け加えてくれた言葉にとりあえずの愛想笑いを返しておきました。
それを彼女は「いけずですねぇ」となんとも思ってなさそうな感想を口ずさんでいる。
「とはいえ、そうは言っても全員やる気はあるご様子で。いやはや、そうでなくちゃいけません、そうでなくちゃぁ困ります!何せ時間は待ってくれない!そう、中途半端な結末なんて───
そう言うと彼女はとんと病室の床を蹴って、ふわりと浮きます。
そうしてそのまま来た時にいた窓へと腰掛けてから話を畳み始めました。
「……さて、さて、さて。手前が話せるのはこんなところでしょうかね。あゝわかってます、もっと詳しく、でしょぅ?駄目ですよ、ヒフミちゃん。
くすりと、小鳥のような囀りを聞かせてから。
「それに言った通り、手前がなんでもかんでも話すと白けちまいますからね。今日のところはここまで。『いつでも』応援してますよ、ヒフミちゃん」
彼女は私の目を真っ直ぐに見て。
そして彼女はくるりと身体を窓の外へ投げた。
1じゃんね☆
普通にバタバタしてたら投稿遅刻しました……ごめんなさい、じゃんね☆
というわけでシュロちゃん回だったじゃんね☆
なぁんでこの子はこんなに準レギュラーみたいになってるじゃんね?
一応言い訳すると、マスター候補を募集した時に挙がった子(五日目のお買い物しませんかのあとがきにリストがあるじゃんね☆)についてはなるべ登場回数だったり、メイン回あったりっていうのが1の構想にあったじゃんね☆
もちろんミスリードにってのもあったけど、ナツちゃんだったりを出してたのはそういう理由じゃんね☆
1話ごとの文字数で望ましいのは?
-
3000文字〜4000文字
-
4000文字〜5000文字
-
6000文字〜7000文字
-
8000文字〜90000文字
-
9000文字〜10000文字
-
10000文字〜12000文字
-
12000文字〜15000文字
-
15000文字以上